人間って何だっけ。
なんて、自分でも訳がわからない疑問がこの二人の喧嘩を見る度に頭に湧いてきます。
まあそれも、陸で喧嘩しているときは「うわぁ、何やってるかわかんないくらい速~い」くらいの感想は抱けますし、そう言いつつも刀や拳の軌跡くらいは捉えることができます。
でも……。
「ねえかみっか~。ママとばぁばなにしてるの~?」
「何してるんだろうね~」
艤装を背負ったこの二人の戦いは理解が追い付きません。
事の発端は、大淀さんの産休によるブランクを埋めるために桜子先輩が訓練に付き合うと言い出した事。しかも海上で艤装を装備した大淀さん相手ですよ?
いくら桜子先輩でも、私程度の艦娘ならともかく大淀さん相手じゃ無理だろうと思っていたら、当の大淀さんがそれを口に出しちゃったんです。
そんな事を言われた桜子先輩がどういう行動に出るかなんて言わずもがな。
訓練を名目にしたガチ喧嘩を海上で始めちゃったんです。
「うわぁ……。なんでアレが避けられるの?」
その様子を、金髪さんが操作するドローンからタブレットに送られてくる映像を通して膝に乗せた桜ちゃんと一緒に見てるんだけど……。
大淀さんの出鱈目っぷりよりも、桜子先輩の人間離れした出鱈目っぷりに開いた口が塞がりません。
今だって、先輩は稲妻による急接近からの大淀式砲撃術その四『鎌鼬』を紙一重で回避し、お返しとばかりに大淀さんを蹴り飛ばしたんですから。
『くっ……。流石は桜子さん、今のを躱すどころか反撃してくるなんて』
『アンタとは潜って来た修羅場の数が違うのよ。つか、あんな殺す気がない攻撃が私に当たるわけないでしょう……が!』
と、言いながら、今度は桜子先輩が稲妻で大淀さんの懐に飛び込んでからの神狩りで装甲を破壊し、容赦なく大淀さんの左脇腹目掛けて切っ先を突きだしたわ。
でもその切っ先は、大淀さんが右に体を反らしたことでスカートの横を通りすぎるだけで終わった。
終わったけけど……紐みたいな物を斬らなかった?
『ちょ!ちょっと待ってください!タイムです!』
『はぁ!?待ったとかふざけた事言ってんじゃ……!って、ん?どうして股ぐら押さえてんの?しかも顔が真っ赤だし……。もしかして発情した?』
『違います!えっとそのぉ……。パ、パンツが……』
『パンツ?パンツがどうした……って、そういうことか』
あ~、やっぱりあの紐は大淀さんのパンツの紐でしたか。
その紐が切られたせいでパンツが脱げそうになったから、大淀さんは慌てて待ったをかけたのね。
「神風、音声は切ったから手ぇ離してもいいぞ」
「かみっか~、なにもきこえない~!」
「あ、忘れてた」
金髪さんに言われるまで、先輩の言動があまりにもあんまりなんで咄嗟に桜ちゃんの耳を塞いでたのを忘れてました。
でも、二人がこっちに戻って来てるから、すぐにまた塞ぐようになるかな?
「まったく、アンタももう母親なんだから紐パンなんてやめなさいよ」
「でも主人が好きですし、私も慣れちゃってますから……」
案の定でした。また桜ちゃんの耳を塞がなきゃ。
紐パンとか桜ちゃんの教育に悪いし、いつどんなタイミングで桜子先輩が教育に悪いセリフを吐くかわかりませんからね。
「それよりさ、なんか上半身の動きがおかしくない?何て言うか、バランスが悪いって言うか軸がぶれてるって言うか」
「あ、やっぱりおかしいですか?」
「うん。もしかして胸に振り回されてる?」
「ええ、想像以上に重くて……」
へぇ、胸が急に大きくなると戦闘に影響が出るんだ。
まあそれもそうか。
今まで『かろうじて有る』程度だったのが急に『有る』って言えるくらい大きくなれば、大淀さんレベルの人にはかなり影響が出るでしょうね。腕とか振りにくそうにしてたし。
「どうする?着替えて続きやる?それともノーパンでやる?」
「主人以外の男性の目があるんだから着替えるに決まってるじゃないですか。それに、そろそろあの子がグズりだす時間ですし」
桜ちゃんの前でノーパンとか言うな。
は、置いといて、大淀さんのお子さんがグズり出すのは基本的に朝昼晩の三回。つまりお腹が空いたときです。
大淀さんのお子さんは赤ん坊の割りに規則正しいと言うか、もうちょっと我が儘でも良いんですよ?と言いたくなるほど手のかからない子ですが、それでもお腹が空けば相応に泣きますし騒ぎます。
今は霞さんが『猫の目』で面倒を見ていますが、そろそろ大淀さんに電話なりしてくるかもしれませんね。
あれ?でもお腹が空くと赤ん坊以上に騒ぐ桜子先輩が、今日は一度もお腹が空いたって言ってないような……。
「もう昼だっけ?私、あんまりお腹空いてないんだけど……」
「それ、『黒汁』を服用してるからですよね?」
桜子先輩が昼時なのにも関わらず一度もお腹が空いたと言わなかったのはそのせいか。
ちなみに『黒汁』とは、桜子先輩が長時間の作戦中にお腹が空かないよう、と言うより空腹を紛らわすために開発した『ブラ汁(異常な滋養強壮効果と肌の黒色化の副作用付き)』を100倍に薄めることで一応完成した栄養ドリンクです。
しかしそこは桜子先輩製。100倍に薄めても三日は栄養補給無し、さらには睡眠なしで動き続けられると言う出鱈目仕様です。
桜子先輩はこれを「社畜の味方」と銘打って一般販売しようとしたんですが、さすがに効果が強すぎて
「効果は期待通りだけど夜眠れなくなるのが問題ね。おかげで亭主が干からびかけてるわ」
「それはどういう……」
「どうって……。そりゃあここ二日ほど朝までヤってるからよ」
ぶっちゃけすぎでしょ!
そりゃあ、ここ数日で海坊主さんが急に痩せたけどどうしたんだろ?とは思ってましたが、その原因を開けっ広げにするのはどうかと思います!
ほら、金髪さんもそっぽ向いて聴こえてない振りしてますし、私だって聴きたくもない桜子先輩の性活を知って顔がひきつってますよ。
大淀さんも……あれ?大淀さんはなぜか「その手がありました!」って考えてそうな顔してる。
まさか、元帥さんとの性活に活用しようとか考えてるんじゃ……。
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緊急時栄養補給剤。通称『黒汁』
今でこそ軍隊や警察、消防などの機関や、国家が非常食として備蓄するのが普通になっている黒汁であるが、この補給剤が初めて使用されたのは意外にも欧州棲姫討伐作戦時である。
しかし、開発者に関しては今現在も軍事機密とされている。
低コストかつ高カロリー、食欲抑制効果や高い滋養強壮効果で食糧難に喘ぐ国や地域に住む多くの人々を救い、近い将来訪れると危惧されている食糧問題に光明をもたらした功績を称えられ複数のノーベル賞を同時に受賞したにも関わらずである。
日本が開発者の名とレシピを明かさないことで一時は国際問題にもなりかけたが、その騒動は開発者と思われる人物によるレシピの公開と声明によって一応は終息した。
その開発者、Mrs.Scarlet witchと名乗った人物はこうのべたと言う。
曰く、「お腹が空くと辛いじゃない?」と。
~艦娘型録~
艦娘に関する用語の項より抜粋。
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「あ、やっと戻ってきた!なんとかしてよ大淀!この子、さっきまで大人しすぎるくらいだったのにミルクをあげても飲まないの!」
猫の目に戻ると、正にギャン泣きと言っても過言じゃないほど泣きわめいている大淀さんのお子さんと、その子を抱いてあやしていた霞さんが大淀さんに駆け寄りました。
その後ろではレオタード姿の変態が三匹ほどオロオロしていますが……あれは放っておいていいですね。
それにしてもこの子って、オムツが余程汚れない限り泣いたりしないのに、お腹が空いたときは異常に泣くんですよねぇ。
しかも、大淀さん以外があげてもミルクを飲もうとしません。
マザコンの素質ありですかね?
「はいはい、お母さんですよ~」
ピタッと泣き止む。
と言う言葉がこれ程しっくりくる泣き止み方を初めて見ました。
と言うのも、赤ちゃんは大淀さんが霞さんから受けとると同時に泣き止んだんです。まだオッパイを飲ませていないのにですよ?
「あの、金髪さん。申し訳ないのですが……」
「わぁってるよ。コーヒーでも淹れてっから終わったら呼んでくれ。おら!お前らも裏行け裏!」
そう言って、金髪さんは三人組を追い出し、自身も「くわばらくわばら」とでも言いそうな顔をしたまま厨房に入って行きました。
まあ気持ちはわからないでもないです。
大淀さんの授乳シーンを見たとバレたら元帥さんに何をされるかわかりませんもんね。
「お~、よく飲むわねぇ。そんなに美味しいのかしら」
「美味しいんじゃないですか?」
「ふぅん……」
なんて言いながら、必死に大淀さんの胸に吸い付く赤ちゃんを桜子先輩が物欲しそうな顔して見てますが……。まさか自分にも飲ませろとか言い出しませんよね?
「アンタ以外からはミルクを飲まないなんて困ったもんね。そんなんじゃアンタ、作戦に参加できないじゃない」
「そうなんですよね……。死にかけるまで飲まないと言うことはないと思いますが、これでは霞の言う通り作戦に参加し辛いです」
し辛いだけで参加はするんですね。
とは言いませんでしたが、大淀さん以外はこの子に食事を与えられないのは困りもの……。
ん?桜ちゃんが興味津々と言った感じで赤ちゃんを見つめていますが、もしかして桜ちゃんもオッパイが飲みたくなったのかな?
「ねぇばぁば、さくらもあげてい~い?」
「オッパイですか?でも桜ちゃんはオッパイ出ないんじゃ……」
「ああそれなら、この子が泣き出してから作ったミルクがあるからコレでやらせてみたら?」
「なるほど、その手がありました!」
いや、その手しかない。
前々から思ってはいましたが、大淀さんって頭良さそうな見た目のクセにお馬鹿な事を平気で言いますよね。
「え~っと、じゃあ桜ちゃんはこっちに座って。それで……」
大淀さんはまだ飲み足りなさそうな赤ちゃんを胸から離し、霞さんから哺乳瓶を受け取った桜ちゃんを左膝に乗せて赤ちゃんと対面させました。
問題は哺乳瓶を咥えてくれるかどうかですね。
子供の扱いに慣れている私や桜子先輩ですら無理だったんだから、赤ん坊と大差ない桜ちゃんにできるとはとても……。
「あ、咥えた」
「マジですか!?」
「マジマジ。ほら、下手したら大淀のオッパイより旨そうに飲んでるわよ?」
「ほ、本当だ......」
先輩が言う通り、赤ちゃんは桜ちゃんが両手で突き出した哺乳瓶を咥えてゴクゴクって擬音が聴こえてきそうなほど勢いよく飲んでるわ。
「これでこの子の食事問題は一応解決?」
「そうなるのかな?桜ちゃんも淀渡さんに預けるんでしたっけ?」
「ええ、あの人に預けとけば、万が一私や旦那に何かあった場合も安心だから」
「そうですね。あの人に預けておけば安……心?」
ちょっと待って。
今先輩は何て言った?
私が知る限り、先輩と海坊主さんは欧州棲姫討伐作戦には直接関わらない。
霞さんも「そうなの?」って大淀さんに聞いてますから間違いありません。
桜ちゃんを淀渡さんに預けるのだって、艦娘がほとんど本土からいなくなる穴を埋めるのに集中するためだって聞いてたのに、それじゃあまるで桜子先輩たちも生死を賭けた戦に参加するみたいじゃないですか。
「先輩……も?」
「うん、アンタたちと場所は違うけど、私も作戦に参加する」
そこではじめて、桜子先輩はライン川流域での戦闘が想定され、それに奇兵隊を中核とした欧州との連合軍が迎撃準備をしていることを教えてくれました。
そして、その迎撃作戦自体が、ギリギリまで日本を発つことができない元帥さんが到着するまでの時間稼ぎだってことも。
その作戦が、元帥さんの復讐を成就させるための舞台作りだってことも......。
「そんなの、元帥さんの我が儘じゃないですか!」
「ええそうよ。これはお父さんの我が儘。それを叶えるための作戦よ。それでも、この作戦に参加する者は誰一人不満を抱いていない。私ですらね」
「どうして……ですか?どうしてみんな、あの人の捨て駒になろうとするんですか?」
「捨て駒……か。確かにアンタの言う通りよ。お父さんにとってはライン川に集う兵は全員捨て駒。お父さんが到着するまで場を保たせる捨て駒よ。私や亭主、大淀すらね」
大淀さんまでもが捨て駒?
私でもわかるくらい大淀さんにベタ惚れしてる元帥さんがそんなことするの?
いや、マジっぽいですね。
大淀さんの「あの人の捨て駒になれるなら本望です」って考えてそうな顔を見れば本当なんだとわかります。
「でも私はそれで良い。旦那だってそう思ってるし、集まった死にたがりどももそう思ってる」
「わ、私には理解できません」
「理解なんかしなくていい。いえ、死にたがる人間の気持ちなんか理解しちゃダメ。そして、勘違いもしちゃダメ」
「勘違......い?」
「そう、勘違い。だって私は死ぬ気なんてないもの。それは旦那も大淀も同じ。私たちが死んじゃったらお父さんがまた泣いちゃうじゃない」
「だったらどうして......!」
そんな無謀な作戦に参加するんですか?
と、続けようとした私の唇に、桜子先輩は人差し指を当てて黙らせた。
そしてニカッと、若干照れ臭そうに笑って「他はどうだかしらないけど......」と断ってからこう言ったんです。
隠していた恥ずかしい秘密を明かすように「それが私にできる、唯一の親孝行だから」って。
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)