艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第百六十一話 心は貴方の傍に居続けます

 

 

 

 

 

 鬼の目にも涙。

 と、言うことわざをご存じでしょうか。

 

 詳しい説明は省きますが、その昔、悪代官が年貢の取り立てに情をかけたり、高利貸しが憐れみの心で証文を破ったりしたときに使われた言葉から、鬼のように怖く厳しい人でも感動して涙を流すという場合に使われます。

 さんざん見ましたが、今正に元帥邸のリビングで繰り広げられている光景がそうですね。

 普段はその強面のせいで、大本営で働く人のほとんどから鬼のような人と恐れられている元帥閣下が、大淀の腕の中で機嫌良さそうにしているご子息の顔を見ながら涙している光景を見ればほとんどの人が先に言ったことわざを思い浮かべるなり言うなりすると思います。

 

 「え~っと、大海姉さん、誰に説明してるんですか?」

 「気にしないでください。それより閣下、いい加減キモいので泣き止んでくれません?」

 「あ、相変わらず容赦がないですね……」

 

 容赦がないとは心外です。

 これでも一応は優しく言ってるんですよ?

 本当なら「キモ過ぎて吐きそうなのでやめてください。やめないなら写真に撮ってネットに晒しますよ?」くらいは言いたいんです。

 言いたいですが、今日は大淀が半年ぶりに元帥邸に戻ってきたから手加減してるんです。

 

 「いや、わしに説明されても困るんじゃが?」

 「べつに日進に説明した訳ではありません」

 「じゃけどわしに向かって……」

 「気のせいです」

 

 おっと、私としたことが日進の存在に気づいていませんでした。

 でもそれは仕方がないんです。

 日進はちょくちょく晩御飯目当てでここを訪れるのですが、何故か気配を消して侵入するので気配を察知するなんて事ができない私からすれば、いきなり目の前に現れてるのと同じなのです。

 今のが正にそうですね。

 さすがに慣れたので驚きはしませんでしたが、たまには堂々と玄関から入って来てくれません?

 

 「ほう、これが叔父上と大淀の嬢ちゃんの子かや?」

 「はい。抱っこしてみます?」

 「してみたいが……。泣きゃあせんか?」

 「この子、男性に抱っこされるのは嫌がりますが女性ならむしろ喜びますので大丈夫です」

 

 まだ生まれて数か月しか経っていないのに随分と女好きですね……。

 顔立ちもどちらかと言うと大淀似ですし、将来は横須賀のイケメン提督みたいな天然タラシになるかもしれません。

 あ、ちなみにですが、元帥閣下が泣いているのはご子息を抱っこしようとして激しく泣いて拒否られたからです。

 今も、日進の腕の中でキャッキャ♪と言ってるご子息を羨ましそうに見上げてます。

 めっちゃキモいです。

 

 「日進さんって、意外と子供の扱いが上手ですね」

 「これでも息子と娘がおるでなぁ。久しぶりじゃぁあるが、赤子の扱いはお手のもんよ」

 「え?日進さんってお子さんがいらっしゃるんですか!?」

 「おろ?大淀の嬢ちゃんには話したことがなかったかいのぉ。わしゃあこんな成りをしちょるが、今年で小学生になる息子がおるんぞ?」

 「小学生!?」

 

 大淀が驚くのも無理はありません。

 実際私も、見た目はいいとこ十代前半の日進の経歴を知ったときは虚偽なんじゃないかと疑ったくらいですから。

 

 「たしか、閣下を探すために艦娘になったんですよね?」

 「うんむ。我が家の秘宝を盗んだ者の子孫が陸軍におるっちゅう噂を聞いたわしの父上に行って確かめて来いって言われて……」

 「陸軍と海軍の区別がつかず、手っ取り早いと考えて艦娘になったんですよね?」

 「ま、まあそこは、叔父上が海軍に鞍替えしちょったけぇ結果オーライっちゅうやつじゃ」

 

 あはははは。

 と、日進は笑って誤魔化そうとしていますが、彼女が彼を探すための計画は『日進』になれる適正があり、かつ大本営付きの艦娘になったから上手くいっただけの行き当たりばったりの計画でした。

 まあ、結果オーライと言えばその通りなのですが。

 

 「に、日進、俺にも抱っこを……」

 「ダメじゃ。ほれ見てみぃ、叔父上が近寄っただけで顔を歪ませちょるんぞ?渡したら間違いなくギャン泣きするわい」

 「じゃけど……」

 「わしだって親の端くれじゃ。叔父上の我が子を胸に抱きたい気持ちはよぉわかる。じゃが、この子に恐れられちょる理由は叔父上が一番わかっちょるはずじゃろ?」

 

 日進に諭されてようやく諦めたのか、元帥閣下は寂しそうにリビングを出ていきました。

 あの様子だと、barにあるような棚とカウンターを備えた自室で一人寂しく晩酌でしょうか。

 

 「大淀の嬢ちゃん。オロオロしちょる暇があるなら行っちゃれ。こういう時こそ内助の功が必要じゃ」

 「でも……」

 「坊が心配か?それなら安心せぇ。この様子じゃと、もう少ししたらおねむじゃ」

 「では、少しの間お願いします」

 

 と、言いながらもやはり子供が心配なのか、大淀のは何度も我が子を振り返りながらリビングを出ていきました。

 桜子さんから聞いてはいましたが本当にビックリするほどの変わりっぷりです。。

 以前のあの子なら、閣下が肩を落として退室しようものなら何をおいても真っ先に寄り添い、原因を物理的に排除するくらいはしていたのに......。

 

 「叔父上も難儀な人生を送っちょるのぉ。胸の奥に飼っちょる化生をとっとと解放してしまえば坊に泣かれることもあるまいに」

 「あの人がその子に嫌われているのはやはり......」

 「ああ、呪法のせい。というよりは育てすぎた化生のせいじゃ。こん子は、叔父上の内に棲む化生の存在を感じとって怯えちょるのよ」

 

 なるほど。

 子供ゆえ、いえ赤子ゆえに、普段のあの人からは感じられない狂気を感じとってあの人が近づくだけで泣いてしまうのですね。

 

 「じゃが、こんな些細な事さえ叔父上の化生を育てる餌となっておる」

 「あいつさえいなければ息子に嫌われることもなかった。という感じでですか?」

 「そうじゃ。正直、ライン川には行きとうないわい。恐らく、叔父上の化生はあの日以上になっちょるじゃろうからなぁ」

 「でも日進が行かなかったら……」

 「そりゃあわかっちょる。わしが行かにゃあ、みんな叔父上の化生に喰われてしまうからなぁ」

 

 そう言ったきり、日進はウトウトとし始めたご子息に寂しげな視線を落として黙ってしまいました。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 わしの父上が言うには、叔父上ほど我が家の秘宝を使いこなした者はおらんじゃろうっちゅうことじゃ。

 

 そう、叔父上の祖先である弥一郎ですらあの域じゃあなかった。

 

 そもそも『魂斬り』は相手が無警戒かつ並の精神力の持ち主くらいにしか通じん程度のものじゃし、『狩場』もせいぜい相手の動きを封じる程度のもんじゃ。

 

 叔父上に比肩するほどの者がおるとすれば、それはわしと叔父上の共通の祖先。京を追い出された初代くらいかのぉ。

 

 何?叔父上は今でも同じことができるのか?

 無理じゃろうなぁ。

 今でも『魂斬り』くらいは使えるかもしれんが、()()()と同じ規模かつ同じ現象を起こすほどの『狩場』は使えんはずじゃ。

 

 まあそうでもないと、叔父上は今でも坊に嫌われたままじゃったろうなぁ。

 もっとも嬢ちゃん、いや奥方がおらにゃあ、叔父上は廃人になって坊に好かれる云々など言っておれんくなっちょったろうが……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元水上機母艦 日進へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 主人は大のお酒好きです。

 ワインは体に合わないらしく飲みませんが、逆に言えばそれ以外のお酒は何でも飲みます。

 特にお好きなのが日本酒ですね。

 その中でも、地元にしか出回っていない正に地酒と呼べる銘柄が大好きです。

 今でも現地まで買いに行くくらいお好きなのは愛媛県の『市兵衛』と茨城県の『富久心』でしょうか。

 どちらも小さな酒造らしく、県外からはなかなか手に入らないそうです。

 そんな日本酒と同じくらいお好きなのが……。

 

 「今日はスコッチなんですね」

 「ああ、少し酔いたい気分だったんでな」

 

 スコッチ・ウイスキー、所謂スコッチとは、簡単に言いますと英国スコットランドで製造されるウイスキーの総称です。

 糖化から発酵、蒸留、熟成までスコットランドで行われたウィスキーのみがスコッチ・ウィスキーと呼ばれるそうです。

 私はお酒が飲めませんので今一イメージが湧きませんが、なんでも麦芽を乾燥させる際に燃焼させる泥炭に由来する独特の煙のような香りが特徴の1つなんだとか。

 

 「それは何と言う銘柄なんですか?」

 「これか?これはオクトモアっちゅう銘柄でな……」

 

 世界一スモーキーな最強のアイラウィスキーだ。

 と、主人は隣に腰を下ろした私に教えてくださいました。

 そんな主人の受け売りですが、オクトモアを生産するブルックラディ蒸溜所では現在3種類のシングルモルトウイスキーを生産しています。

 一つ目はノンピーテッドの『ブルックラディ』、二つ目がヘビリー・ピーテッドの『ポートシャーロット』、そして三つ目が、カウンターに座る主人の目の前においてある真っ黒なボトルのスーパー・ヘビリー・ピーテッド『オクトモア』です。

 同じ設備から3種類のシングルモルトブランドを生産する蒸溜所は世界的にも極めて珍しいんだとか。

 余談ですが、『オクトモア』というブランド名は他の2ブランドと同じく地名に由来しています。

 ポートシャーロットはブルックラディ村から海岸線を2kmほど南下した場所にある村の名前で、オクトモアはその中間にある農場の名前だそうです。

 さらに余談ですが、オクトモアとはゲール語で『偉大なる8番手』を意味する言葉なんだとか。

 

 「こちらの箱に入ったままのも同じ物なんですか?」

 「同じブランドだがそっちは08.1だ。横須賀にいる呑み仲間が恋人とよりを戻したそうなんでな。君と大和の演習を観に横須賀へ行ったときに祝いがてら贈ろうかと思っているんだ」

 「横須賀にいらっしゃる呑み仲間と言いますと……」

 「工廠で整備員をしている奴だ。ここにも何度か連れてきただろう?」

 「あ!思い出しました!たしか澪さんの元彼さんですよね!」

 

 私も横須賀に所属していた頃は知らなかったのですが、その人は澪さんが艦娘時代に交際していた人です。主人のご友人にしては歳がお若いと思った覚えもあります。

 その人が恋人とよりを戻したということは、澪さんとよりを戻したと考えても良いのですよね?

 

 「ああ、澪とよりを戻したらしい。っと、すまん。また考えを読んでしまった」

 「今さらですので気にしません。そう言えば、あの人とはどういった経緯で知り合ったのですか?」

 「澪を、大潮だった頃の澪を尾行したらあいつと逢い引きしてる現場に遭遇してね。あとはまあ、桜子とバカ息子の時と似たような展開になった」

 「そ、それでよくご無事でしたね」

 

 澪さんの彼氏さん。

 海坊主さんみたいな生粋の軍人なら多少は堪えられるでしょうが、元彼さんはたしか妖精さんが見えることが発覚して海軍にスカウトされただけの一般人だったはず。

 そんな彼氏さんが、この人に殴られて無事でいられたとはとても思えませんが……。

 

 「澪に割って入られた。だから彼を殴ることはなかったよ」

 「なるほど。でも、澪さんに怒られたんじゃないですか?」

 「ああ、しばらく口も利いてくれなかった。そのせいで澪を秘書艦にできなくなって、半分しかたなしに由良を秘書艦にすることにしたんだ」

 

 それで、私が朝潮として着任した当時は由良さんが秘書艦をしていたんですね。

 ロリコンであるこの人が軽巡洋艦を秘書艦にするだなんておかしいと思ったんです。

 

 「君も今では軽巡洋艦だが?」

 「問題ありません。たしかに今の私は軽巡洋艦ですが、凹凸の少なさは朝潮だった頃からたいして変わっていませんから」

 「いや、今は1.5倍くらいになってないか?」

 「ご安心ください。もう少ししたら元のサイズに戻りますから」

 

 たぶん。

 主人がおっしゃる通り、今は母乳のせいでパンパンに胸が膨らんで痛いくらいです。

 でも個人的には複雑な気分です。

 だって今の私の胸なら谷間を作ることが可能なんですよ!?ええ、寄せて上げてようやく作れるパチもんとは違う本物の谷間です!

 それがなくなると思うと、小さい胸がお好きな主人には申し訳ないですが残念な気分になってしまいます。

 

 「ま、まあそんなに落ち込むな。俺は胸が大きい君も小さい君も......その」

 「愛してる。ですか?」

 「あ、ああ」

 

 可愛い♪

 主人は真っ赤になって、照れ隠しのようにグラスに注いであったスコッチを一気に飲み干しました。

 でも、お顔は赤いままですが表情が曇ってきたような......。

 

 「朝海(あさみ)。本当に良いのか?」

 「ライン川に配置されるのが、ですか?」

 「そうだ。下手をすれば、あの子と二度と会えないかもしれない」

 「それは覚悟の上です」

 

 この人が私を大淀ではなく、本名の朝海で呼ぶときは言い辛いことを言おうとする時です。

 私を本名で呼びつつも方言が出ていませんから、これから今以上に言いにくいことを言おうとしているのでしょうね。

 

 「ですが私は死にません。私が死んだら、貴方がまた泣いちゃいますから」

 「そうだな。君を失ったら俺はまた泣くだろうな。それなのに俺は……」

 

 私を捨て駒にしようとしている。

 私だけでなく桜子さんや海坊主さん。それに、古くからの戦友たちまでも。

 そんな矛盾した想いが、この人を今も傷つけ続けているんでしょう。

 

 「たぶん君は本当の俺を見るだろう。桜子やバカ息子も知らない。本当の俺を」

 「それを見た私が、貴方を嫌うとお考えなので?」

 「あ、ああ……」

 

 ふふふ♪相変わらずギャップが激しいですね。

 でもそのギャップがたまらなく愛おしい。

 私を捨て駒として使おうとしてるこの人が、本当の自分を晒け出したら私に嫌われるかもしれないと不安に思い、それを私に看破されて照れている貴方が、私は何よりも愛おしいです。

 

 「安心してください。本当の貴方がどんなに醜くても、私は貴方を嫌うことはありません」

 「ほ、本当か?」

 「ええ、本当です。私は海軍元帥である貴方の剣であると同時に、暮石 小十郎(くれいしこじゅうろう)である貴方を愛する一人の女なんですから」

 

 私が頬に熱を感じながらそう言うと、小十郎さんは耳まで真っ赤にしてそっぽを向いてしまいました。

 いつもこうなんですよね。

 この人は、本気で照れると絶対に私の方を見てくれないんです。

 

 「私の心は貴方から離れません。体がどんなに離れていても、心は貴方の傍に居続けます」

 

 私が小十郎さんの背中に体を預けてそう言うと、強張っていた背中から力が抜けるのがわかりました。

 もうすぐ終わる。

 どんな形で終わるかはまだわかりませんが、十数年にも及ぶこの人の復讐の旅がもうすぐ終わる。

 その一助になれるんだと思うと、死の恐怖よりも喜びの方が勝りました。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 『嗤う黒鬼』ですか?

 え?唄?

 ああ、あの時桜子さんが歌っていた唄のことでしょうか。

 

 たしかに、歌詞にそんな言葉が混じっていたような憶えがあります。

 

 ええ、後に主人の戦いぶりを民間人の方が歌ったものだと聞きましたが……。

 

 あれ?

 青木さんが今歌ったのがそうなのですか?

 

 いえその、私が知っている歌詞と違ったので……。

 なるほど、今のが一番と二番なんですね。

 

 じゃあ、あの時桜子さんが歌ったのって……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦大淀。現海軍元帥夫人。

 暮石 朝海少佐へのインタビューより。

 

 

 

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  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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