艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第百六十六話 ポイント オケアノス

 

 

 

 

 スエズ運河とは、1869年11月に開通したヨーロッパとアジアを連結することができる海運の要と言っても良い運河よ。

 運河は北端のポートサイドと南端のスエズ市タウフィーク港を結び、中間点より北に3キロメートルの運河西岸にはイスマイリアがあるわ。

 

 「三ヶ所とも棲地化してたけどね」

 「現実逃避しないで円満。更地になったが抜けてる」

 「思い出させないでよ辰見さん……」

 

 日本を発って早二週間。

 リンガ泊地で補給を受けた私たちは、スエズ運河を通るためにそこに巣くっていた深海棲艦どもを蹴散らしながら前進し、三ヶ所の棲地を伊仏の連合艦隊と挟撃して突破して、今はマルセイユで補給を受けてる合間に提督居室で反省会をしてるんだけど……。

 

 「ま、まあおかげでこっちの被害は0だし、棲地化してたから人的被害も0。欧州連合から難攻不落と恐れられたスエズを突破したって偉業も達成できたし、更地になったから街の再建もしやすくなったんじゃない?」

 「円満が言う通りこちらの被害は0だし再建もしやすくなったかもしれない。でも、他国の土地を勝手に更地にして問題にならないと思う?」

 「やめて澪!そんなこと考えたくない!」

 

 確かにやり過ぎたとは思ってるし反省もしてるわ。

 でも勘違いしないでもらいたいんだけど、三ヶ所の棲地を更地にしたのは大和であって私じゃない。

 

 「だから私は悪くない!」

 「悪いに決まってんでしょ」

 「大和に命令したのって円満じゃん」

 

 ええそうね。

 二人が呆れながら言ったように、大和に波動砲で吹き飛ばすように命令したのは間違いなく私よ。

 ただし!

 私は敵艦隊を吹き飛ばせって言ったつもりだったんであって、棲地を吹き飛ばせなんて一っ言も言ってない!

 

 「ちなみに、棲地を更地にした貴女に申し開きはある?」

 「申し開きも何も、私は命令にしたがっただけで……。それは辰見さんもご承知のはずでは?」

 「そうね。貴女は命令に従っただけ。あんな命令の仕方じゃ、棲地を吹っ飛ばそうと考えるのも無理ないわ」

 

 そんなに酷い命令の仕方をしたかしら……。

 私はただ、補給艦を艦隊に加えれば波動砲の連続使用ができるんじゃないかと思ってそれを試してみただけなんだけど……。

 

 「『波動砲で道をこじ開けろ』確かに大和は命令通りのことをしたよね」

 「で、でも澪、いくらそう言ったからって敵艦隊ごと棲地を吹き飛ばすなんて……」

 「そうだね、普通なら考えないよ。でも大和にはそれを可能にする手段があった。あの結果は、そこまで考えなかった円満の失態だよ」

 「はい……、私の責任です……」

 

 迂闊だった。

 いえ、一特戦の戦力を把握しきれてなかったのが最大の失敗ね。まさか、たった一艦隊でスエズの端から端まで攻略できるほどだなんて考えもしなかったもの。

 でも嬉しい誤算でもあった。

 艦隊に洋上で補給することが可能な速吸と神威を加えれば、一々ワダツミに帰投しなくても都合三回は波動砲を撃てるんじゃないかと思い付いて試してみたらビンゴだったんだもの。

 

 「反省してるなら良し。今のところ、欧州連合からクレームは来てないんですよね?辰見さん」

 「ええ、()()()()()()()来てないわ」

 「スエズの周辺国からは来てると?」

 「ご名答。まあ、それに関しては欧州連合が口添えしてくれるって言ってきてるから大丈夫でしょ。円満がさっき言ったように、スエズ運河を解放したのは間違いないんだし」

 

 え?そんな報告聞いてませんが?

 もしかして黙ってた?私に反省させるために、あえて辰見さんは報告しなかったの?

 

 「あのぉ、提督」

 「何?大和」

 「ええっとですね。スエズでの戦闘で試した速吸さんと神威さんを加えた編成なんですが……」

 「何か問題でもあった?」

 

 戦闘記録を見た限りでは問題があるようには見えなかった。

 それは私と辰見さん、そして澪共通の見解よ。

 スエズでの戦闘で問題があったとすれば、嫁である扶桑の出番がなかったなんて心底どうでもいい文句を佐世保提督が第一艦橋まで言いに来たことくらいかしら。

 

 「単に敵を殲滅するだけなら問題はありませんが、ノルウェー海で実行されるような規模の戦闘では使えません。間違いなく味方を巻き込みます」

 「なるほど、威力が大きすぎるのね。他には?」

 「速吸さんと神威さんには申し訳ないですが、あの二人を連れていては一特戦本来の力が発揮できません。これは矢矧と霞も同意見です」

 

 ふむふむ、確かに戦闘記録を思い返してみると、速吸と神威を護衛するために霞と朝霜が通常よりも配置を下げたせいで矢矧たち第一小隊が前に出づらそうにしてたわね。

 

 「波動砲を頼りにしすぎると一特戦という艦隊の強さが削がれる。か、なんとも悩ましいことになったわね」

 「それは戦況に応じて使い分けるしかないわね。実際、速吸と神威を使って波動砲で一気に敵を殲滅する方法は有用ではあるんだから」

 「そうね。辰見さんの言う通りだわ」

 

 今回のスエズ戦で試してみて、棲地を更地にするって予想外の展開にはなったけど波動砲が連続使用できるってことは確認できた。

 これで、最小限の犠牲で()退()できそうだわ。

 

 「円満?」

 「え?何?澪」

 「いや、なんだか辛そうだったから......」

 「ああごめん。ちょっと考え事してて」

 

 今現在予定されている艦隊の配置から考えると、欧州棲姫に一番速く到達するのはウォースパイトを旗艦にした二特戦。次点でアイオワたち三特戦。

 私の予想では、欧州棲姫と相対することになる二特戦は影響を受けて行動不能になり、特務戦隊では最後尾に配置される大和たち一特戦はその救援に追われることになる。

 その隙を突いて三特戦が『穴』に突入するでしょうね。それで終われば、欧州連合が立てた計画的には大成功……。

 でも、そうはならない。

 

 「辰見さん。速吸と神威を護衛する艦娘を選定しておいてもらえない?」

 「それは構わないけど……」

 「それと澪。これを必要分コピーして各指揮官と各艦隊旗艦、護衛艦『カガ』の艦長に封書にして渡しておいて。あ、大和は澪と辰見さんが読み終わったら見てもいいわ」

 「お安いご用……」

 

 私が渡した二枚のA4の用紙を見た澪と辰見さんの顔が見る見る内に驚愕の色を帯びてきた。

 まあそうなるわよね。

 一枚目に書いてあるのはノルウェー海から撤退時の作戦と、その後の再集結ポイントに関する情報。

 そして二枚目に書いてあるのは、その後に予想している戦闘で大和を『穴』に送り込むための作戦。『新・天一号作戦』の詳細が書かれてるんだから。

 

 「ほ、本当にやるつもり?こんなの自殺と同じだよ?」

 「ええ、やるわ。だから、今のうちから辰見さんとアンタは覚悟してて」

 「それはもちろんだけど……。これ、ヘンケン提督は知ってるの?」

 「()()()に関しては知ってる。そもそも再集結ポイントをそこにしようって言ったのも、名前をつけたのもヘンケンだもの」

 

 それで納得したのか、澪と辰見さんは深いため息をついて「最悪だ」と言いながら二枚の用紙を大和に渡した。

 たしかに最悪の展開ね。

 その通りの展開になったら、実質ワダツミとカナロア二隻分の艦娘だけで敵を殲滅しなきゃならないんだから。

 

 「『ポイント オケアノス』ですか。なかなか皮肉が効いてますね」

 「皮肉?」

 「ええ、そうです大城戸さん。ヘンケン提督はおそらく、これ以上は撤退することができないという意味を込めてこの名前にしたのでしょう」

 「どういうこと?」

 

 元中二病の辰見さんのは察しがついたみたいで「ああ、なるほど」とか言ってるけど澪はわかってないみたいだから説明しましょう。

 

 オケアノス、またはオーケアノスとはギリシア神話に出てくる海神で外洋の海流を神格化したものよ。

 で、何故ヘンケンがこの名を再集結ポイントの名にしたかと言うと、ギリシア神話の世界観では世界は円盤状になってて大陸の周りを海が取り囲み、海流=オケアノスがぐるぐると回っているとされてたの。

 それ故に、神話において『オケアノスの領域』という言葉はしばしば『地の果て』という意味で用いられるわ。

 要は行き止まり。これ以上退路はなく、負ければ人類側の敗北を意味する。

 

 「ここを再集結ポイントにしたってことは……。深海側が目指すのは伊国のセージア渓谷?」

 「私はそう予想してる」

 「だったらもっと西に艦隊を配置するべきじゃない?例えばジブラルタル海峡とか。あそこなら敵艦隊の展開範囲を限定できるじゃない」

 「ええ、それも考えたわ」

 

 辰見さんが今言ったように、ポイント オケアノスとしたリグリア海、もっと具体的に言うとジェノバ沖、コルス島とカンヌの中間よりもジブラルタル海峡の方が敵の展開範囲を狭められる。

 でもそれじゃあダメなの。

 敵艦隊には広く、それこそ私たちを包囲するように展開してもらわなきゃ困るのよ。

 もっとも、ヘンケンにはそうさせる理由までは説明してないけど。

 

 

 「ねえ円満、敵艦隊がジェノバから陸を縦断せずにアドリア海へ迂回したらどうするの?」

 「その場合、主戦場はティレニア海になるわね。でも、それは無いというのが私とヘンケンの共通見解よ。澪」

 「どうして?深海棲艦に戦術の概念がないから?でも南方で逃がした渾沌が合流してるかもしれないんだよね?」

 「むしろ、それが根拠になってその考えに至ったのよ」

 

 先生の戦術を真似る渾沌が敵欧州艦隊に合流している。そのことは、欧州からの「こちらでは見慣れない深海棲艦を確認した」という情報でほぼ確信している。

 ならばノルウェー海で欧州連合が敗北した後、欧州棲姫を中核とした敵主力艦隊を盛大な囮にして、渾沌は寡兵を自ら率いてライン川を南下し、セージア渓谷を目指すはずよ。

 

 「それヤバイじゃん!」

 「心配しなくても良いわ。そっちにはすでに、奇兵隊が各国陸軍と協力してライン川の北端、レク川とワール川に分岐する地点に陣地を構築して迎撃体勢を整えてるし、ワダツミに乗っていない艦娘もそこに配置されるわ」

 

 そこがもう一つの決戦の地。

 大淀はもちろん、大淀から指名された叢雲もそこに配置されている。

 辰見さんはそこに叢雲が配置されたのにようやく合点がいったらしく、「死ぬんじゃないわよ……」と言いながら表情を曇らせてるわ。

 

 「提督、この一号作戦に少し修正を加えて頂けませんか?」

 「内容によるわね。どう変えてほしいの?」

 「突入開始時、初手で艦首カタパルトから波動砲を撃たせてください」

 「無理よ。アンタの砲撃の反動にワダツミが耐えられない」

 「ですが……」

 「言いたいことはわかる」

 

 たぶん大和は初手で立ち塞がるであろう敵艦隊を殲滅し、ワダツミの針路を確保する気なんでしょう。

 当然それは私も考えたわ。

 でもノルウェー海からの撤退時に波動砲を頼りにする方法を考えた今では却下するしかない。

 波動砲を使って、撤退時に戦力を維持したままポイント オケアノスに到達できなければ一号作戦が成り立たなくなるんだから。まあ正直に言えば、ワダツミに積み込んでいる資材に余裕がないって事情もある。

 

 「安心しなさい大和。突入開始から敵陣突破までワダツミはほとんど傷つかない」

 「理由をお聞きしても?」

 

 まあそうなるわよね。

 でも正直話したくない。いや、口に出したくない。

 だって私は彼らの、今もマルセイユの沖合いでワダツミを護衛してくれている彼らの気持ちを利用しようとしてるんだから

 

 「相応の……」

 「円満?ちょっ!大丈夫!?顔が真っ青だよ!?」

 「平気よ。こんなのどうってことないわ」

 

 当然ながら嘘。

 本当は今にも吐きそうだし、誰かに握られてるんじゃないかってくらい心臓が痛い。

 でも、この程度の苦痛で根を上げるわけにはいかない。

 私がワダツミで敵陣に突入すると言い出せば必ず「盾になる」と言い出すであろう彼らの屍の上を進まなきゃならない。

 だから、今は彼らにこの事を知られる可能性を少しでも減らすために、こんな言い方しかできないけど少しだけ教えて上げる。

 

 「相応の生け贄を捧げる。だからアンタは、『穴』に到達することだけ考えなさい」

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 一号作戦の内容が書かれた封書Bを開いた時の艦長の一言は今でも忘れられません。

 

 自分は残念ながら死に損なってしまいましたが、艦長が「ようやくこの時が来た」とおっしゃった時は期待に胸を膨らませましたよ。

 

 いえ、艦長に託された封書にはワダツミの盾になれなどとは書かれていませんでした。

 むしろその逆です。

 はい、各護衛艦は後方に退避しろと書かれてあったんです。

 

 ですが封書の内容が各護衛艦の艦長に通達されてほどなく、各護衛艦の艦長から通信がほぼ同時に本艦に届きました。

 ええ、よく覚えています。

 何せ、その通信を受けたのは他ならぬ自分ですから。

 

 なんて言ってきたのか?

 みんな似たようなことを言いました。

 はい、本艦の艦長と同じです。

 

 ようやくこの時が来た。

 だから、我らがワダツミの盾になると『妖精』に意見具申してくれ。と、他の護衛艦の艦長たちが護衛艦群の旗艦だった本艦、『カガ』の艦長に懇願したのです。

 

 これがその時の映像を録画した物のコピーです。

 はい、艦長の指示です。

 べつに、自分達に死ねと命じた紫印提督を非難するための材料にするために録画したわけではありません。

 これは言わば餞別。

 意見具申が通り、突入開始までの時間をフルに使って人数分コピーされたこれを懐にしまい、自分達は敵陣に突入したんです。

 

 どうしてそれが餞別なのか?

 それは、護衛艦群の乗員全てが彼女のファンだったからですよ。

 恥ずかしながら開戦初期の戦闘で死に損ない、生き恥を晒し続けていた自分達は、今度こそ死ぬために集まったのに死ぬ理由を求めた。

 

 その理由が彼女なんです。

 そうです。体裁もクソもありません。

 大の男、彼女からすればオッサンと呼べるくらい彼女とは歳が離れていたのに、自分達は揃って彼女に首ったけだったんです。

 

 ええ、彼女のために死ねた同志たちを今でも羨ましく思います。

 こんなことを言うと不謹慎ですが、自分はもう一度戦争が起きてほしい。

 そしてまた、彼女に命じて欲しいんです。

 あの時の、幼さを残しつつも凛々しく、葛藤に葛藤を重ねた末に捻り出したような声で死ねと命じて欲しい。

 そう、思ってるんです。

 

 おっと、今のは妻に内緒にしてくださいね?

 もし自分がそんなことを言ってたと知られようものなら「爆撃されたいの!?」とか言いながら手当たり次第に物を投げてきますから。

 

 妻ですか?

 妻は今仕事中です。

 何でも今日は、マネージメントをしている歌手のレコーディングの日なんだとかで。

 

 ええ、その人です。

 元正規空母の演歌歌手。

 妻はその人の後輩で、デビューするのを渋っていた彼女を説得して……って、何ですか?

 

 妻との馴れ初め?

 あ~……どこから説明すれば良いのか、自分はカガが沈んだあと、破片と一緒に海上を漂っていたところを当時艦娘だった妻に救助されたんです。

 

 いえ、目が覚めた当初は妻に救助されただなんて知りませんでした。

 

 自分が妻と出会ったのは、正確にはワダツミ艦内の病室で、ですね。

 しかもタイミングの悪いことに、密かに拝借した果物ナイフで喉を掻き切ろうとしたときに。

 

 今思えば、アレが馴れ初めと言えるかもしれません。

 あの時妻に「私たちの頑張りを無駄にする気か!」と叱られなければ、自分は懲りずに自殺しようとしていたでしょうし、彼女を伴侶にすることも出来なかったでしょう。

 ええ、それからちょくちょく、自分が自殺しないよう見張るために来るようになったんです。

 最初こそウザいと思ったものの、本土の病院から退院する頃には彼女に惚れていました。

 

 ははははは、そうですね。

 今死んだら、あっちにいる同士たちに袋叩きにされそうだ。

 そう思うと、少しだけ死ぬのが怖くなりましたよ。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元護衛艦 カガ 通信士へのインタビューより。

 

 

 

 

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  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
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