艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第百六十九話 エラー娘

 

 

 

 

 

 順調。

 それがノルウェー海での戦闘が始まって丸一日が経った頃に抱いた感想だったわ。

 

 たぶん大多数の人が、あそこから巻き返されるなんて夢にも思ってなかったでしょうね。負けると予想していた私だってそうだったもの。

 貴女だって、欧州の海軍と空軍が連携して水柱の盾を作り、海から切り離された深海棲艦にあちらの艦娘がトドメを刺して欧州棲姫までの道を開拓していた時にはそう思ったんじゃない?

 

 実際、アイオワが『穴』に飛び込んだ時は「これで終わるの?」って思ったわ。

 そうとすら思ってなかったのは大和くらいじゃないかしら。

 

 ええ、大和は二特戦に代わって欧州棲姫とその近衛艦隊と戦いながら私に意見具申してきた。

 

 大和が何て言ってきたか聞きたい?

 私が通信士を通して貴女たちに行ったセリフと一緒よ。

 ええそう、瑞鶴が「こんなタイミングで撤退とか馬鹿なんじゃないの!?」って突っかかって来たのを貴女だって無線で聴いたでしょ?

 

 私だって第三者としてそんな指示を受けたら同じことを言うと思うわ。

 

 でも私は大和を信じた。

 大和を信じて、展開していたワダツミ旗下の艦娘を収容し、代わりに護衛をつけた速吸と神威を大和の元へ向かわせたのよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府司令長官 紫印 円満中将へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「これは命令よ瑞鶴。他の一特戦以外の艦隊旗艦にももう一度言うわ。ただちにワダツミに帰投しなさい。これは命令よ」

 

 アイオワが『穴』に飛び込んでどれだけ時間が経ったかしら。10分?20分?いやもっとかしら。

 想定通り二特戦が行動不能になり、その救助のために一特戦と金剛たち第二攻略部隊を向かわせたあたりから頭をフル回転させてるから時間が長く感じるわ。

 

 「欧州連合司令部に最低でも開戦初期位置まで後退するよう伝えて」

 

 そう通信士に命じたけど、顔色を見る限り欧州連合司令部は瑞鶴と同じようなリアクションをしてるみたね。

 まあ無理もない。だって客観的に見れば勝ち戦。

 しかもここに集ったすべての将校から一兵士、艦娘に至るまで慢心せず、艤装をじわじわと損傷させる『紅潮』を航空機や海軍艦艇による攻撃で吹き飛ばし、さらに適度に艦娘をローテーションさせることで乗り切って『結界』を構成していたと思われるギミックも破壊し、慎重に事を運んで欧州棲姫の首元に迫り、転生者の一人であるアイオワを『穴』に送り込むことに成功したんだもの。

 そんな時に、作戦の要である特務戦隊を乗せて来ただけの支援である日本から戦線を下げろと言われたら、ほとんどの人はふざけるなと言うでしょうね。

 

 「紫印提督。カナロアが映像通信を求めていますが、如何がなさいますか?」

 「正面モニターに回してちょうだい。それと、各艦隊旗艦とカガに封書Aの開封を許可と伝えて」

 

 このタイミングでヘンケンからの通信。

 これがヘンケンじゃなかったら抗議の通信だと身構えなきゃならないけど、リグリア海までの顛末を知っている彼に限ってそれはない。

 別の要件ね。

 

 『やあエマ。調子はどうだい?』

 「悪くはないわ。そっちは?」

 『事情を知らない将兵や艦娘たちを宥めるのに苦労しすぎてハゲそうだったよ』

 「こっちと同じ……か。でもそう言うってことは、カナロアの撤退準備は順調なのね」

 『ああ。既に護衛の艦隊はPoinnto Oceanusに向けて航行を開始させた』

 

 それもこっちと似たような状況か。

 こちらも既に、封書Aに書かれた指示に従ったカガ艦長の指揮のもと、護衛艦群が撤退を始めてるし艦娘の帰投も各特務戦隊と第二攻略部隊、そして速吸たちを除いて順調。

 問題があるとすれば……。

 

 「欧州連合からのクレームかしら」

 『ああ、凄すぎてこちらのCorrespondentがやつれてしまったよ」

 「こちらもよ。今にも吐きそうなくらい顔を真っ青にしてるわ」

 

 おっと、今の会話が聞こえちゃったようで、通信士が「わかってるなら代わってくれ」と言いたそうな目で見てきてるわ。

 でももう少しの辛抱よ。

 もう少しすれば、状況が一転するはずだから。

 

 『what?(何?)Are there only cowards in America and Japan?(米国と日本には臆病者しかいないのか?)And you said that?(と、言ってきただと?

)Unlike you, it is not a habit. (貴様らと違って猪ではないだけだ。)And tell(と、伝えておけ)

 

 臆病者……ね。

 今の状況で撤退を具申すれば当然と言えば当然だけど、それだけストレートに言ってくるってことは欧州連合の司令官は相当お冠みたいね。

 ムキになって突っ込み過ぎなきゃ良いけど……。いや。

 

 『好都合だな。これで撤退時の被害が減る』

 「ワダツミとカナロアの。でしょ?」

 『ああ。せっかく壁になろうとしてくれてるんだ。こちらはそれに便乗しようじゃないか』

 

 悪い顔してるわね。

 でも出会った頃ならともかく、今は不適な笑みを浮かべるそんな彼を頼もしく感じるわ。

 

 「提督!『穴』に変化が!」

 「いよいよか……。映像を正面モニターに。それと辰見大佐、二特戦の収容状況は?」

 「第二攻略部隊共々完了したわ」

 「そう、なら良いわ……って、何?あれ」

 

 辰見さんから正面モニターに視線を戻すと、さっきまで海面にポッカリと開いていた直径500mほどの『穴』がドーム状に盛り上がっていた。

 いや、まるで空間に穴が開いているようにも見えるわ。アイオワはいったい、中で何をしたの?

 

 『エマ、すぐに出している二艦隊をワダツミに戻して撤退しろ。三特戦はカナロアで回収する』

 「ヘンケン?」

 『早くしろ!間に合わなくなるぞ!』

 

 今まで見たことのない顔をしてヘンケンが焦ってる。

 それに細かく指示も飛ばしてるわね。聴こえる限りだと……フレッチャーズを全艦出撃させろ?それにカナロアを前に出せですって?

 このタイミングでどうしてそんな指示を……。ヘンケンはいったい何に気づいた……って、そういうことか!

 

 「大和!欧州棲姫の艦隊に波動砲を撃ち込みなさい!後に後退、『紅潮』と通常海域の境で待機している速吸達と合流し、補給を受けて次発の準備!」

 『了解しました。次発の照準はどうしますか?』

 「()()現れる敵艦隊よ!二発目を撃ったら再び補給を受けて速吸達と共にワダツミまで後退しつつ、三発目の準備をしなさい!」

 

 ヘンケンが焦った理由、それは『穴』に飛び込むと同時に消失していたアイオワの反応が徐々に復活してるからよ。

 三特戦の次席旗艦であるコロラドもそれを察知したのか、アイオワの反応が向かっている先に移動を開始してるわ。

 

 「艦長」

 「わかっとる。いつでもケツ捲れるようにだな」

 「ええ、航路はお任せします」

 「了解だ。ワダツミを180度回頭させろ。後に後部ハッチを解放。それと、機関室にエンジンにかなり無理をさせると伝えとけ」

 

 艦長の指示に従った艦橋要員たちが慌ただしく動き始めた。

 あとはどれくらいの敵が沸いてくるかね。

 辰見さんからの報告では、南方の時は50隻余りの深海棲艦が涌き出たって話だけど、ここの場合はそんな少数では済まないはず。

 最低でも400以上。もしかしたらその数字を遥かに上回る数の深海棲艦が涌き出るかもしれない。

 

 「円満!アイオワが……!」

 「わかってる!」

 

 澪が慌てるのも無理もない。

 私自身、アイオワがドーム状になった『穴』から上空に放り出されたのを見た瞬間に同じことを言いかけたもの。

 でも、代わりに澪が慌ててくれたおかげで冷静さを保てた。

 保ててはいるけれど……。

 

 「さすがにこの数は想定以上ね……」

 

 アイオワが放り出されてから一分もしない内に穴の縁から這い出るように湧き出し始めた深海棲艦の数は、今時点でもパッと見で300以上。

 その十分の一ほどは、ヘンケンが二特戦の救助用に差し向けたフレチャーズによる魚雷の絨毯で吹き飛んだけど湧き出てくる速度が速すぎる。

 あっという間に沈んだ分を補填しちゃったわ。

 

 「大和、波動砲二射目の準備は?」

 『いつでも撃てます』

 「なら三特戦の追撃を開始した敵艦隊に撃ち込んで。間違っても三特戦に当てるじゃないわよ」

 『照準は問題ありませんが有効射程外です。最大威力は叩き込めませんよ?』

 「三特戦とフレチャーズがカナロアまで撤退できる時間が稼げれば良い。やりなさい」

 『了解しました。全主砲照準。波動砲……撃ぇ!』

 

 大和の波動砲が虹色の尾を引きながら水平線の向こう側に飛んで行き、微かに見えていた『穴』の手前に着弾して巨大な水柱を上げると同時に50隻近い敵の反応が消えた。

 単純距離で10km、有効射程の10倍離れていてもあの威力か。

 食らう方はたまったもんじゃないでしょうね。

 っと、波動砲の感想はとりあえず置いといて。

 

 「欧州連合は?」

 「こちらの呼び掛けに答えません。ですが……」

 「浮き足立って通信を開きっぱなしにしたまま撤退命令を飛ばしてる?」

 「はい。聴こえてくる限りですと、最も進行していた艦隊が敵艦隊に飲まれたようです。その数、約150」

 

 欧州連合が投入した艦娘の三分の一か。

 通信士の「ざまぁ」とか考えてそうな顔は無視するとしても数字は無視できないわね。

 

 「敵の数は?」

 「現時点で500を超えています。内、約100隻がこちらへ向けて進行中。艦載機の発艦も確認しました。それと、第二艦橋の呉提督が敵艦載機迎撃のために艦娘を出撃させてくれと言ってきていますが……」

 「一特戦にも迎撃させるから最低限の編成で出撃させろと伝えて」

 「了解しました」

 「聞こえたわね?大和。貴女は速吸から補給を受けたら三射目の準備をしつつ、矢矧たちに対空迎撃をさせて」

 『了解です』

 

 これで欧州連合はほぼ壊滅するでしょうけど、ワダツミとカナロアの戦力は維持できる。

 あとは……。

 

 「大和。三射目はいつ撃てる?」

 『30秒ください』

 「わかった。準備が出来次第、欧州連合艦隊に迫る敵艦隊に向けて撃ちなさい」

 『あのぉ……さすがに距離が……』

 「それはわかってる」

 

 大和の位置から私が指定したポイントまでの距離は約20km。撃ち込んだとしても、威力は二射目の半分以下でしょうね。でも撃っておくに越したことはない。本当はワダツミに迫る艦隊に撃ち込みたいけど、友軍を見捨てて逃げただなんて思われたくないからね。

 

 「艦長、ワダツミを発進させてください。大和収容後、全力で撤退を」

 「了解した。両舷微速前進!大和を収容したら最大船速で逃げるぞ!」

 

 艦長がそう命じるのと、大和が波動砲を撃つのは同時だった。

 さすがにワダツミの艦橋からでも欧州連合と反れに迫る敵艦隊は黙視できないけど上手くいったのかしら。

 

 「提督、欧州連合より通信が入りました」

 「何て?」

 「苦虫でも噛み潰したような口調ですが「支援、感謝する」と言っています。返信しますか?」

 「少し待って」

 

 苦虫を噛み潰したような~、なんて余計な事まで伝えてきたってことは、通信士は欧州連合からのクレームに今だにご立腹みたいね。

 おっと、それは置いといてどう返信しようかしら。

 今の状況だと欧州連合は散り散りに敗走。

 逃げ遅れた者が敵追撃艦隊に討ち取られるとして、残るのは楽観的に考えて最初の十分の一ほどかしら。

 たったそれだけの数でも合流してくれたら戦力的に余裕が……。

 

 「円満?」

 「なんでもないわ澪」

 

 そう、何でもない。

 我ながら冷徹になったものだとは思うけど、今はそんな事を考えるよりもっと戦局を有利に、ポイント オケアノスでの決戦で勝つための戦力を少しでも駒を集める。

 そう、敗走した彼らが、それでも戦う意思を失っていないことを期待して……。

 

 「欧州連合にポイント オケアノスの座標を伝えて」

 「了解しました」

 「ああそれと……」

 

 これは賭けだ。

 これから私が、通信士を通して伝える言葉を聞いて彼らが来てくれるかどうかは賭け。

 でも私には、彼らを怒らせるだけに終わるかもしれないセリフしか思い浮かばない。

 

 「そこが本当の決戦の地よ。だから……」

 

 そこまで口にしたところで妙なことに気づいた。

 外からは敵追撃艦隊と迎撃部隊が放った艦載機部隊の風切り音や爆弾の爆発音。それに砲撃音が艦橋にまで響き渡ってる。それなのに、艦橋が静かに感じる。

 通信士だけでなく、みんなが私の言葉の続きを待ってるんだわ。

 じゃあ言わなきゃ。

 本当はこんなセリフ言いたくはないけど、少しでも戦う気がある人に来てもらうために私は……。

 

 「負け犬になりたくなかったらそこに来い。そう、伝えてちょうだい」

 

 と、自分でもビックリするくらい冷血な声で言った。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 ゾクッとした。それと同時に、あのオジサンが憎くて憎くてどうしようもなくなったよ。

 

 確かに提督になることを選んだのは円満自身だけど、あのオジサンが切っ掛けを与えなきゃ円満は冷徹に人を切り捨てられる子にはならなかった。

 あんなにも、顔色を微塵も変えずに人を数字で数えれる子にはならなかった。それなのに、あの頭がイカれたオジサンのせいで円満はそれができる子になってしまった。

 

 

 そんな風に、あの時は考えたかな。

 だって撤退後に行われた作戦会議でも円満は不自然に感じるほど冷静だったし、『結界』と『紅潮』の分析と対策を練っている間も動揺してる素振りが全くなかった。万単位の人間が死んだばかりだったのにだよ?

 

 それに提督にさえならなきゃ、円満は悪夢に怯える日々を過ごすこともなかったろうし、消えることのない傷を体に刻むこともなかったんだから。

 

 え?『穴』の中で何があったのか?

 いや、話をぶった切って悪いとか言うくらいなら切らなきゃ良いじゃない。

 

 そっちの方が気になる?

 気になるって言われても、私が知ってるのはアイオワから聞いた限りのことだけだよ。

 そうそう、撤退後の会議で聞いたの。

 

 アイオワが言うには、『穴』の中には海が広がってたらしいよ。そう、海。360度海だったんだって。

 そこには白猫を抱いた一人の少女が立ってたって言ってたかな。その少女との戦いに敗れて、アイオワは外に放り出されたんだよ。

 

 ううん、違う。深海棲艦じゃなかったらしい。

 ただやたらと「エラーエラー」言うもんだから、アイオワはこう仮称してたそうだよ。

 

 うん。そのまんま『エラー娘』ってさ。

 

 

 ~戦後回想録~

 横須賀鎮守府提督補佐 大城戸 澪中佐へのインタビューより。

 

 

 

 

主要キャラ人気投票

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  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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