艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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 後半はまだ時間がかかるかな~(-_-;)


第十七章 黒鬼と妖精の哀歌《エレジー》
第百七十一話 穴があったら入りたい


 

 

 

 敵が七分に海が三分。

 そんな光景を実際に見る機会が来るとは、艦娘だった頃は考えもしなかった。

 実際、偵察機による映像を見たときは軽く絶望したわね。

 それは私だけじゃなく、『穴』を後ろに引っ提げた欧州棲姫を最後尾にして、600隻以上の深海棲艦が鶴翼の陣を形成しつつ、交戦可能距離まであと2日って距離まで進軍して来ていると知った第一艦橋に居たほとんどの人がそうだったわ。

 

 「そんな状況なのに、貴方がこんな所にいても良いの?」

 「まだ敵先遣隊との小競り合いが起きている程度だから俺の出番はないよ。君こそ、こんな所に居て良いのかい?」

 「良くはないけど、ギリギリまで休んどけって澪と辰見さんに追い出されちゃったのよ」

 「休……めるのか?」

 

 そんな所とは何処かと言うと、六畳一間の私と満潮用の部屋。しかも何故か、敷いた覚えのない布団が敷いてあって、これまた何故か枕が二つ並べられ、枕元には謎のドロッとした透明な液体が入ったボトルと箱ティッシュが置かれている。

 こんな如何にもヤれと言わんばかりの部屋で、私とヘンケンは面を突き合わせて呑気に雑談してるって訳。

 

 「意識しちゃう?」

 「そりゃあ君と二人きりで布団の上だ。意識するなと言う方が無理だよ」

 

 ですよね。

 ヘンケンとそんな事をしてなくて良かったと満潮に言った私でさえ、彼の顔をまともに見れずに天井を見上げてるもの。

 それは不自然に声がくぐもってるヘンケンも同じはず。もし第三者がこの部屋に来たら、「二人して正座してなんで天井を見てるんだ?」って言うなり思うなりするでしょうよ。

 

 「はぁ、首が疲れちゃった」

 「俺もだ。まったく、日本と米国の艦隊のトップが何をしてるんだろうな」

 「ホントね。でも、こんな状況じゃ仕方ないわよ」

 

 だって、天井から視線を下げて軽く笑いあった私たちはお互いに未経験。

 そんな二人が、ヤりたきゃヤれみたいな状況に放り込まれたらおかしな行動の一つや二つはするわ。

 

 「肩でも揉もうか?」

 「是非。と言いたいところだが遠慮しておくよ」

 「どうして?」

 「ただでさえマズい状況なのに、君に触れられたら自制がきかなくなる」

 

 な、なるほど。

 顔には微塵も出してないけど、ヘンケンの自制心は限界に近いのね。いや、体はもっとヤバイのかしら。

 両膝を指が食い込むくらい強く握ってるし、両腿もギュー!って音が聴こえてきそうなくらい閉めてるわ。

 もしかして、そうしてないと主砲の仰角が大変な事になるの?

 

 「それよりエマ。あのoperationを本当に実行する気か?」

 「あの作戦ってどの作戦?」

 「とぼけるな。一号作戦の事に決まっているだろう」

 

 はて、まだ話してないのにどうしてヘンケンが一号作戦を知ってる?ううん、知ってるだけじゃないわね。

 彼にしては珍しい、心底怒っているような表情を見るに詳細まで知ってそう。澪か辰見さんあたりから聞かされたのかしら。

 でも、むしろ好都合か。

 反対されると思っていつ切り出そうか悩んでたから、彼から切り出してくれたのならこの機に話しておくとしましょう。頼まなきゃならないこともあるしね。

 

 「ええ、実行するわ。言っとくけど止めたって無駄よ」

 「そう言うと思ったよ。次は何だ?大和が『穴』を塞ぐまで可能な限り敵を沈めるな。か?」

 「話が早くて助かるわ。その通りよ」

 

 これがヘンケンに頼まなければならない事の一つ。

 沈めた深海棲艦が再び『穴』から現れる以上、下手に沈めてしまったら敵陣内に切り込んでも無駄になる。むしろ押しくらまんじゅう状態になっちゃうわ。

 だから沈める数は最低限。

 補充されても、ワダツミ旗下の艦娘だけで欧州棲姫の近衛艦隊と後ろの艦隊を相手に出来る程度に抑える必要がある。そしてもう一つは、撤退後に開いた会議で話した……。

 

 「君のところの工作艦が作った特殊砲弾と爆弾、それをこちらで使えと言いたいのだろう?」

 「お見通しか。そんなにわかりやすい?」

 「わかるさ。それくらい……」

 

 ヘンケンが苦虫でも噛み潰したように言ったのがもう一つの頼みごと。

 その特殊砲弾と爆弾は、内部に高速修復材を詰めた対紅潮用の急造兵器よ。

 なぜ高速修復材を詰めたかと言うと、採取した『紅潮』を調べていた明石と夕張が「これ、もしかして海が損傷してるんじゃない?」という思い付きから高速修復材を投入したら、見事に正常な状態に戻ったから。

 しかもたった一滴で半径50mを正常化できるという分析結果も出ているわ。

 

 「俺も、同じ作戦を考えていた」

 「貴方も?」

 「ああ。彼我の戦力差や、敵が艦隊を補充できることを考えれば継戦可能時間は長くない。楽観的に考えても20時間が限度だ。ならば当然、取るべきは短期決戦。強引にでも敵中を突破し、大和かジャービスを『穴』に送り込むしか選択肢はない」

 

 そうよね。

 敵艦隊が展開すると予想している地点の後方の陸地に特務戦隊のいずれかを待機させ、結界の破壊と同時に突入させるって案も考えたけど、『穴』から敵が湧き出る以上、後ろから突入を図る特務戦隊に気づくなり湧き出されたら特務戦隊を一つ失うことになる。

 似たような理由で、艦母のどちらかを後方に配置するってのも廃案にしたわ。

 ただでさえ正面に600以上の敵がいるのに、艦母と同規模の敵が湧き出たら打つ手が完全になくなるもの。

 

 「今日、俺が三特戦を直接引き渡すのを名目にこっちに来たのはその話をするためだった」

 「無理よ。だって、カナロアに乗艦してる艦娘の半数以上は欧州棲姫が元なんでしょ?」

 「ああそうだ。だから、君たち日本の指揮官とブリッジ要員をカナロアの要員と入れ換えるつもりだったんだ」

 「それこそ無理。ワダツミとカナロアは同型艦だけど細かい仕様が異なるじゃない」

 「わかっているさ。だから……」

 

 だから?だから何よ。

 どうせ私だけでもカナロアに移乗させ、ワダツミの指揮をアンタが執って一号作戦を実行するつもりだったんでしょ?

 でもおあいにく様。

 作戦の指揮自体は問題なく執れるでしょうけど、アンタじゃ盾を用意できない。私じゃないと、敵陣を縦断するワダツミの盾を用意できないから無理よ。

 

 「何故、一言相談してくれなかった?俺が反対するとでも思ったのか?」

 「それは……その」

 

 反対されるとは思った。

 でも、ヘンケンに前以て相談しなかったのはそれだけが理由じゃない。

 

 「甘えたくなかった……」

 「それはどういう……」

 「だって怖いんだもの。こんな作戦、本当なら実行したくなんてない。どう考えても半数は死ぬのよ?どんなに頑張ったって、ワダツミに乗ってる艦娘の半分は死んじゃうの!そんな作戦の内容を貴方に話したら間違いなく甘えたくなる!慰めてもらいたくなる!抱いてもらいたくなる!」

 

 だからギリギリまで話したくなかった。

 澪か辰見さんか知らないけど、余計な事をしなければ本当に実行直前まで話すつもりなんてなかった。

 それなのに、彼に作戦の事を聞かれたら答えるしかない。話しちゃったらもう、感情を抑えきれない。

 

 「なんでここまで予想通りの展開になるのよ!なんでノルウェー海で終わってくれなかったのよ!あそこで終わってたら、こんな苦しい想いをしなくてもすんだのに!」

 

 これで私が根っからの冷血人間なら、今の予想以上に予想通りな展開にほくそ笑むでしょう。

 でも、私はそうなりきれない。

 ここまで予想通りに進んだんだから、この先も予想通りになる可能性が高いんだから。

 

 「一特戦は全員死ぬ。一特戦だけじゃない。ワダツミの盾になる護衛艦群の人たちも、一特戦の応援に向かわせる第八駆逐隊も、神風たちカミレンジャーもみんな死んじゃう」

 「もういい。やめろ、エマ」

 「長門も鳳翔さんも、後ろからの敵を抑えきれずに死ぬ。赤城たちも死ぬ。私だって、瑞鶴がわざと撃ち漏らす敵艦載機の爆撃で……!」

 

 続きを言い終える前に、ヘンケンが私を強く抱き絞めた。本当に、息をするのも辛いくらい強く、私を抱き締めてくれた。

 

 「なんで提督なんかになっちゃたのかなぁ……。艦娘で終わっておけば良かった。戦争を終わらせようなんて考えなきゃ良かった……」

 

 それが私の唯一の後悔。

 自分が下した命令で人を死なせてしまった事実は甘んじて受け入れる覚悟……いや、その覚悟自体が私の傲慢か。

 私ごときが堪えてしまえるくらいの苦しみで、大勢の人を死なせてしまった罪が贖えるわけがない。

 そう考えてしまった時、提督になったことをどうしても後悔してしまう。

 

 「もう考えるな。今だけでも考えるのをやめろ」

 「無理よ……。今だって頭が休んでくれない。ずっと最悪の状況をシミュレートし続けてる」

 

 考えたくないのに考えてしまう。

 嫌な予想が『穴』から涌き出てきた深海棲艦のようにワラワラと頭の中に広がるのを止められない。

 いっそ、机の角に頭をぶつけてかち割って……。

 

 「え?な……んっ……!」

 

 ヘンケンはが私を抱き締めていた腕を緩めたと思ったら頭に手を添えて私に少し上を向かせた途端、口を何か柔らかい物で塞がれた。

 この柔らかい物は何?それに瞼を閉じたヘンケンの顔が近い。近すぎる。ほとんど0距離だわ。

 も、もしかしなくてもこれって……。

 

 「すまない。君の思考を止める手段がこれしか思い浮かばなかった」

 

 唇を離してそう言ったヘンケンは困ったような、泣きそうにも見える表情を浮かべてた。

 やっぱりキスされてた。 

 でも、キスってこんな感じだったっけ?

 先生の不意を突いてキスした時も今と同じくらい心臓がドキドキしてたし、唇も火が着いたように熱かった。

 でも違う。

 あの時のキスと違って心地良い。唇しか触れてないのに、彼と一つに溶け合ったように感じた。

 それに、さっきまで私の頭の中で渦巻いてた嫌な想像が霧散したわ。

 

 「(もう…一回……)

 「ん?何か言ったか?」

 「もう一回……して」

 

 私がヘンケンの蒼い瞳を真っ直ぐ見ながらそうねだると、彼は一瞬だけ戸惑ってからゆっくりと唇を重ねてくれた。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 Henry Kendrick 退役大将。

 

 救世の六提督の一人に数えられる彼であるが、日本においての彼はもっぱら紫印 円満中将の婚約者としか知られておらず、彼が上げた戦果について知る者は限られている。

 

 20代と言う若さで第七艦隊の司令長官まで上り詰め、終戦後も米国軍の重要なポストに就くことを熱望された彼だが、終戦宣言とともにアッサリと退役し、日本に渡った。

 

 そんな彼が退役時に、軍に残ってくれと懇願する大統領を始めとした要人各位に「惚れた女と添い遂げるのに地位と名誉は邪魔だ」と言い放ったその言葉は、米国のみならず今も世界中の女性を虜にし続けている。

 

 

 

 ~艦娘型録~

 歴代提督の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「離して!お願いだから離してよ恵姉さん!は~な~し~てぇぇぇぇぇぇ!」

 「ダ~メ♪だって離したら二人の邪魔をしに行くでしょう?」

 「あったり前じゃない!だって長いもん!ヘンケンさんが円満さんの部屋に入ってもう6時間よ!?日もとっくに暮れちゃったのよ!?」

 

 昼過ぎに、三特戦と一緒に何故か来たヘンケンさんが来たからこれ幸いと、円満さんを励ましてもらおうとか考えたのが失敗だった。

 まさか、こんなに長い時間一緒にいるとは……。

 このままじゃあ、恵姉さんが「話の種になるわよぉ♪」とか言って用意した布団の上で種付けが行われかねない。いや、もしかしたらとっくに……。

 

 「落ち着きなさいよ満潮。ここんとこ円満姉さんは緊張しっぱなしだったんだから、恋人が来たときくらいハメを外したって……」

 「霞さん何言ってんの?あんな童貞と処女を拗らせた二人が一緒に居たらハメを外すどころかハメまくるでしょ!」

 

 だから一刻も早く止めに行きたいのに、恵姉さんの部屋でかれこれ3時間、ずぅ~っと拘束されてて身動きが取れない。

 ちなみに「もうちょっと言い方があるでしょ……」とか言って呆れてる霞さんは無視する。

 

 「満潮ちゃんは過保護ねぇ。いつも円満ちゃんにさっさとヤれとか言ってるのに、いざそうなったら邪魔しようとするなんて」

 「だって……」

 

 どうしてかわからないけど嫌なの。

 ヘンケンさんを円満さんの相手として認めてはいるし、さっさと仲を進展させろとも思ってる。

 でも嫌なの。円満さんが私の知らないところで大人の階段を登るのがどうしても嫌なのよ。

 

 「だからやっぱり止めてくる!」

 「だからダ~メ。ようやく澪ちゃんと辰見さんの目を盗んで、あの二人を二人っきりにさせることができたんだから」

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 恵姉さんは姉さんたちの仲で一番姉妹艦想いだって、円満さんとヘンケンさんの食事を用意して霞さんと部屋に向かう道すがら聞かされた。

 

 私もそう思うわ。

 恵姉さんは初代朝潮が戦死して心を病んだ末に深海化を任意でできるようになっちゃった人だし、カウンセラーになったのも、提督補佐として鎮守府に再着任したのも円満さんのためだった。

 

 円満さんとヘンケンさんの件では、澪姉さんとよくもめてたらしいわ。

 澪姉さんは私以上に過保護で、結婚するまでキスも禁止とか言ってたらしいの。自分はしっかりと恋人とイチャイチャしてたのにね。

 

 だからあの日、円満さんを休ませるために澪姉さんと辰見さんが忙しくしていたときを狙って、恵姉さんはヘンケンさんを円満さんの部屋に行かせたんだって。

 

 今が一番、円満さんにとってヘンケンさんが必要な時とも言ってたっけ。

 

 でもさ、旧八駆の姉さんたちの中で、恵姉さんだけ男の影が全くないのよ。

 いや、バイト提督みたいな奴隷は何人か抱えてるらしいんだけど、恋人らしき人はいないみたいなの。

 円満さんや澪姉さんですら知らないそうよ。

 

 元々プライベートが謎な人ではあるんだけど、澪姉さんも結婚して円満さんも結婚を控えてる今になって、急に気になってきたわ。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 「ん……」

 「起きたのか?エマ」

 「え?あ~……。そうみたい」

 

 いつ寝たんだろう。

 下半身、もっと言うなら下腹部に違和感を感じたから目が覚めたんだけど、どうして私はヘンケンに、しかも裸のヘンケンに腕枕されてるんだっけ?

 

 「あ、思い出した……」

 「何をだ?」

 「いやそのぉ……」

 

 アンタに抱かれた事をよ。

 二回目のキスのあと、完全に火が着いちゃった私たちはどちらからともなく服を脱ぎ始めて、悩みも葛藤もなく繋がってたわ。しかも、気を失うまでヤり続けるっておまけ付き。

 

 「痛く…なかったか?」

 「えっと……。控えめに言って体が裂けるかと思った」

 

 マジで。

 痛い痛いとは聴いてたけどあそこまで痛いとは思ってなかった。そりゃあ本当に裂けるよりはマシなんでしょうよ?でもさ、私って平均よりはるかに小柄だから、当然その……ね?あっちの方も小さい訳よ。いや、他人と比べたことがある訳じゃないから本当に他人より小さいのかどうかはわかんないのよ?

 そんな私が、あんな明らかにでかすぎるモノを捩じ込まれたんだもの。体が裂けると錯覚しても不思議じゃないと思うわ。

 

 「すまん……。出来る限り優しくしたつもりだったんだが……」

 「優しく~?あんなに長い時間ほぼノンストップで、しかも散々ぶちまけたのに?」

 「あ~……その、すみませんでした……」

 

 何を何処にぶちまけたのかまでは言わないけど、おかげで私の下腹部はポッコリしてるしキュルキュル言ってるわ。これ、危険日じゃなくても妊娠しちゃうんじゃない?

 

 「でもまあ、おかげで嫌な想像はしなくて済んだわ」

 「本当か?」

 「本当よ。今だってその……。思い出してるし」

 

 本当に。

 私の身体ってどうだったのかなとか、気持ち良かったのかなとか、もう一回とか言われたら困るけどどうしてもって言うならしても良いかなとか、とにかくアレの事しか考えてないわ。

 それともう一つ……。

 

 「ねぇ、ヘンケンに。一つだけ、お願いしても良い?」

 「俺に出きることなら何でも」

 「じゃあ……」

 

 愛してるって言ってほしい。

 そう言ってもらえたら、まだしばらくは嫌な考えが頭をよぎらない。女でいられる。馬鹿でいられる。

 でもその一言が、喉の奥に引っ掛かって出てきてくれない。

 

 「君は、この戦争が終わったらどうするつもりだ?」

 「どうって……」

 

 まだ終わってもいない事を考えても詮無いだけだけど、しばらくは戦後処理に追われるでしょうね。

 それが終わってもしばらく、最低でも3~4年は提督を続けなくちゃならないと思う。

 それはヘンケンだって同じはずだけど……。

 

 「俺は終戦宣言とともに退役する」

 「いや、許されないでしょ」

 

 だって戦争が終われば、その立役者の一人になるヘンケンは英雄として必ず祭り上げられる。

 軍の要人のポストも用意されるでしょうね。

 それに、彼がその気になれば大統領にだってなれるはず。そんな彼が、戦争が終わったからってスンナリ退役できるとは思えない。

 

 「許されなくてもするさ。そして日本に渡る」

 「日本に?どうして?」

 「君は日本を離れる気がないだろう?だから俺が行くのさ」

 「それって……」

 

 私のために地位と名誉どころか母国も捨てるってこと?女のために?

 いやいや、さすがにそれは思い切りが良すぎる。

 

 「俺は君を愛している。君と添い遂げられるなら地位も名誉も金もいらん。国だっていらない。君は、俺の全てなんだ」

 「あ、いや…あの……」

 

 言っては欲しかった。

 欲しかったけど、こんなちょっと動けば触れあう……いや腕枕はされてるんだけど、そんな超至近距離でピロートークの最中に言われたら照れる。

 いいえ、照れるどころじゃないわね。もう一回抱かれたくなる。また求めてもらいたくなる。

 それに、私も同じことを言ってあげたくなる。

 貴方の事を愛してるって、無性に言いたくなる。

 

 「私だって……」

 

 これは言わなきゃ駄目でしょ。

 その気になれば地位も名誉も金も女も、世の男どもの大半が求めるモノを全てを手に入れられる人が、その全てを失ってでも私が欲しいって言ってるのよ?

 それなのに答えないなんて有り得ない。

 私もそうだって、私も貴方を愛してるって言わなきゃ。

 

 「私も貴方を……!」

 

 愛してる。

 身を起こしてそう言おうとした瞬間、部屋のドアノブを無遠慮に回す音が聴こえた。

 いやぁ、我ながらウッカリしてたわ。

 まさか何時間も人に見られたらヤバイ事をしてたのに、部屋の鍵を一ミリもかけてなかったなんて。

 

 「円満姉さ~ん。入るわ……って、おうふ……」

 「ちょっと何してんのよ霞さん。とっとと入ってって……おうふ……」

 

 二人揃って「おうふ」とか訳わかんない台詞言ってじゃない。

 いや、気持ちはわかるのよ?

 スッポンポンの(但し下半身は布団で隠れてる)私とヘンケンを目の当たりにすればそうなるのはわかる。

 私だって、例えば先生と大淀の事後を目撃しちゃったら今の満潮と霞みたいに固まって「おうふ」とか言っちゃうと思うもの。

 でもさ、ノックくらいするべきだったんじゃない?

 二人ともトレイに乗せた食事を持ってるってことは、この部屋にヘンケンが来てるって知ってたってことよね?だから二人分の食事を持って来たのよね?

 だったらノックすべきでしょ!

 もしかしたらキスしてるかもとか……いや、キス以上のことしてたんだけど!そういうことを考えなかったわけ!?

 

 「え~と……。円満姉さんとヘンケン提督は居ないみたいね。ね?満潮」

 「う……うん。居ないわね。少なくとも私には見えないわ。裸で明らかに事後の二人なんて見えない」

 「そうよね!見えないよね!じゃあ他を探しましょう!ほら、泣いてないで行こ?満潮」

 「うん……」

 

 気遣いが痛い。

 しっかりと見ながら、見えてない風の三文芝居をする二人の気遣いが痛すぎる。

 さらに満潮なんて滝のように涙を流してるしね。

 それを見ていると、悪いことをした訳じゃないのに罪悪感が込み上げてくるわ。

 

 「み、満潮、これはそのぉ……」

 

 部屋を出ようとした二人に私が四つん這いで近づいて声をかけると、満潮は顔だけだけど振り向いてくれた。

 でも変ね。

 振り向いてたのに、すぐに私から視線を逸らしたわ。具体的に言うと私の右斜め下方。もっと言うと右手の辺りに。

 

 「主砲が最大仰角……」

 「は?主砲?ちょっ、何言ってるの?」

 

 満潮の言葉の意味がわからずに戸惑っていたら、霞が「アンタにはまだ早いから見ちゃダメ!」と言って半ば強引に満潮を引っ張って部屋から出て行った。

 満潮は何を見たんだろう。

 私の右手辺りにいったい何が……って、そういうことか。

 

 「ちょっと、ヘンケン」

 「すまん……。この位置からだとその……丸見えで」

 「丸見えって何が……。ちょっ!見るなバカ!」

 

 ヘンケンが目撃したモノに察しがついた私は慌ててその場に座り、ダメ押しとばかりに両手でお尻を隠した。

 情事の真っ最中にすら見せなかったのに、私が四つん這いなんかしたせいで全部見られちゃった……。

 

 「うう……穴があったら入りたい」

 「俺もだ……」

 

 アンタの場合は突っ込みたいでしょうが!

 と、ツッコむ気力も起きないまま、私は部屋の鍵をしっかりかけ(指差呼称までして)、一時の安らぎを再び得るためにヘンケンの腕の中に戻った。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 ヘンリーの恋愛遍歴?

 無いわね。皆無よ。

 彼って、子供の頃から全くと言っていいほどモテなかったのよ。だからエマは、彼にとっては何もかもが始めての女性ってことになるわね。

 

 昔からの知り合いなのか?

 ええ、彼とは幼馴染みよ。

 家も隣どうしだったし、親も親友どうしだったの。

 そのせいでkindergartenからhigh schoolまでずっと一緒だったわ。まさか、Japanにまで一緒に来るとは思ってなかったけどね。

 え?両親は実の両親なのかって……。何?その質問。

 両親は正真正銘実の両親よ?それがどうした……って、は?ないない。

 彼に恋愛感情を抱いたことは一度もないわ。だってキモいもの。

 なんか退役してからやたらとファンが増えたそうだけど、アイツの趣味を知ったらファンたちも「キモ……」とか言って幻滅するんじゃないかしら。

 

 どんな趣味か?

 所謂アニメオタクってやつね。しかも美少女変身ものが大好きで、アイツの部屋はそれ関係のグッズに占領されてるわ。

 今ハマってるのは……たしか戦時中に活躍した駆逐艦をモデルにしたとかっていう魔法艦娘シリーズ。その3作目の『魔法艦娘 マジカル☆カスミン』だったかしら。

 それを毎週エマと一緒に見ながら、カスミンの決め台詞を一緒に言ってるそうよ。

 そうそれ、「冗談じゃないったら!」ってやつ。

 

 いや本当よ。

 ついこの前、満が来て「アレも戦争のせいなのかなぁ……」ってボヤいてたんだから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元Iowa級戦艦一番艦 Iowa。

 現バーガーショップマクダニエル日本支店副店長へのインタビューより。

 

 

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