山口県某市の山奥にあるお寺。
そこにある墓地に、元帥閣下のご家族のお墓はありました。山以外何も無い県道なのに道路が国道、いえ高速道路並みに整備されている事に驚いたり、観光がてら寄った錦帯橋の近くで売っていたソフトクリームが思っていたより美味しかった事に驚いたりしましたが、それ以上に驚いた、と言うより呆れたのが彼のお墓参り。
掃除を終え、花と線香をお供えして手を合わせてから4時間以上微動だにしないんです。
「あの、淀渡さん。暇なのはわかるけどあたしに説明しなくてもいいかも」
「秋津洲さんに説明した訳ではありません。あ、ちなみに観光協会の回し者でもありません」
「それはべつに聞いてないかも」
なんと言う塩対応。
目が座ってるところを見るに、秋津洲さんも退屈しているはずだからと状況説明がてら話しかけてあげたんですからもう少し好意的に対応してくれてもよろしいのでは?
「任務中なのにそんな余裕はないかも」
「任務中?貴女の任務は、彼が二式大挺に乗ってからでは?」
「いいえ。ずっと昔からあたしは任務中かも」
これは気持ち的な問題なのでしょうか。
私が知る限り、秋津洲さんが命じられているのは元帥閣下の移送。護衛かな?とも考えましたが、彼ならたいていのトラブルならご自身でどうにでもできますので違うはずです。
「淀渡さんは、第901航空隊をご存じですか?」
「901?たしかそれは……」
開戦初期に急遽編成されたと言われている国防空軍の航空隊の一つ。通称『ゴースト隊』
私は資料でしか知りませんが、その航空隊は当時配備されていたF-15ではなく、保管されていた第二次大戦期に活躍した零式戦闘機を始めとした各種航空機十機足らずで編成された航空隊だったはずです。
しかも記録が本当なら、901航空隊は深海棲艦相手に奇兵隊並の戦果を挙げたんだとか。
「その通りかも。当時の国防空軍は主力機を全て失い、苦し紛れに骨董品をレストアして隊を編成した。あたしは、その901の生き残りか……なんです」
「もしかして、貴女が当時乗っていたのは……」
「ええ、お察しの通り岩国基地まで乗ってきた大艇さんかも。もっとも、撃墜されて中身は戦友共々滅茶苦茶になっちゃんたんで、皮だけ大挺さんで中身は別物ですけどね」
それを皮切りに、昔を懐かしむように秋津洲さんはゆっくりと当時の事を語り始めました。
駄目元で挑んだのに、旧式の戦闘機の方が最新鋭機よりも深海棲艦に対して有効だったこと。
その事実に浮かれ、自分たちこそ日本を救う英雄だと息巻いていたこと。
だけど物量に押され、一機、また一機と僚機と仲間を失い、最後に残った二式大艇も奮闘虚しく撃墜されたことを。
「あたしが奇兵隊に拾われたのは大艇さんが撃墜された時かも。撃墜されて浜に軟着陸した大挺さんから、大佐が救出してくれたかも」
「その恩に報いるために、奇兵隊に参加したのですか?」
「いいえ。違います。復讐するためです。あの時、意識を取り戻すなり戦友の後を追おうとしたあたしに、大佐はこう言いました。『どうしても死にたいのなら止めはしない。だがどうせ死ぬなら、奴らに復讐してからでも遅くはないんじゃないか?』と」
そう言われて、秋津洲さんは奇兵隊への参加を決めたそうです。
いつになるのかわからない、戦友たちの仇をとる機会が訪れると信じて、彼女は彼の駒になることを選んだ。
「あの日、あたしは任務を遂行できませんでした。だからあたしの任務は終わってない。あの人を、深海棲艦どもを撃滅することができる周防の狂人と言う名の爆弾を奴らの頭上に落とすまで、あたしは任務中なんです」
そこまで一息に言い切ると、秋津洲さんは拳を血が滴りそうなほど握りこんで、今もお墓に手を合わせている彼の背中を見つめました。
「ある意味、この戦争の勝敗は貴女にかかっているのですね」
「はい。だから絶対に失敗はできないかも」
語尾に『かも』と付けていますが、秋津洲さんの瞳は真剣そのもの。きっと死さえ覚悟しているでしょう。
「秋津洲。二式大艇の給油は済んだか?」
「作業員がサボっていなければ終わっているはずかも。出ますか?」
「ああ、行こう」
気が済んだのか、彼は奇兵隊の黒い軍服の上に羽織った戦装束の裾を翻してこちらを振り向くと、お墓を二度と振り返らずに車の方へと歩いて行きました。
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姉ちゃん。
ああ、すんません。自分は親父の奥さんをそう呼んでたもんでつい……。
ええ、自分は親父に取っ捕まって日本に連れ帰られてから数年ほど、親父の家で世話になってたんす。
少将や相棒と出会ったのもその頃っすね。
少将は親父に喧嘩売って半殺しにされてからちょくちょく家に来るようになって、相棒は親父の家の近くで珍走してたとこを親父にチームごと潰されて舎弟になったんす。
そっすね。
あの頃、自分と相棒が陸軍に入隊するまでのあの時期が一番楽しかったかもしれねっす。
入隊してからはあっちこっちに飛ばされてましたし、基本的に鉄火場でしたからね。
姉ちゃんがどんな人だったか?
う~ん、性格的には桜子さんをさらに理不尽にしたような性格だったっす。
姉ちゃんを知ってる人なら、間違いなく親父より姉ちゃんの方が怖いって言うっすよ。でも、同じくらい優しい人で、自分みたいなガキを実の子供のように扱ってくれて、しかも中学にも通わせてくれたんす。
あ~......そっすね。
今思えば、自分は姉ちゃんのことが好きだったのかもしれねっす。
だから自分は、何度ねだられてもあの人のことを母ちゃんって呼べなかったんでしょうね。
~戦後回想録~
奇兵隊副長 神藤 角千代中佐へのインタビューより。
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息が詰まりそう。
現在車で岩国基地に移動中なのですが、お寺を発ってかれこれ30分。全くと言って良いほど会話がありません。元帥閣下も秋津洲さんもずぅぅぅぅぅぅぅっと!神妙な顔をして黙りこくってます。
「状況説明ご苦労」
「別に説明した訳ではありません」
暇と沈黙に堪えきれずに口に出してしまいましたけどね。
ですがお二人の気持ちは理解しているつもりです。
方やなくなったご家族のお墓参りを済ませた直後。方や十数年もこじらせた想いをようやく達成できるかどうかの瀬戸際です。そんな気持ちを組んでいるからこそ、今の今まで黙っていたんですから。
「大佐。この人って素で喧嘩売る人かも?」
「大目に見てやれ秋津洲。淀渡君にとっては無駄な時間に違いはないんだ」
「無駄とまでは......」
思っていませんよ?
ただ退屈だっただけです。
まあ例えば、秋津洲さんが901時代のことを話してくれたり、閣下が亡くなったご家族のこと話してくれたりしたらここまで退屈な想いはしなくて済んだとは思いますが。
「大佐......」
「彼女の癖みたいなものだ。気にするな」
ええそうです。
誰にともなく状況と心境を説明してしまうのは私の癖みたいなもの。だから気にするだけ無駄なのです!
「胸を張って言うべきことではないと思うが......。まあ、君にはこれから苦労をかけるし、基地に着くまでではあるが、何か聞きたいことがあれば話そうじゃないか」
「そうですか?では遠慮なく質問させていただきます」
「お、お手柔らかに頼むよ」
お手柔らかに?
貴方がお墓に手を合わせていた時間と基地からの往復時間を加味すれば、そろそろ五時間近く退屈な時間を強要されているんですよ?だから手加減なんてしてあげません。
この機に普段は聞けないこと、大淀でさえ遠慮して聞けなかったことを聞いてやります。
「亡くなった奥さまのことをお聞きしたいのですが......」
ずっと気になっていたんです。
彼が全てを、それこそ愛妻である大淀や愛娘である桜子さんすら捨て駒のように使ってまで仇を取ろうとしている人。
姉である私が言うのもなんですが、大淀はよほど特殊な趣味の男性でもない限り間違いなく見惚れるレベルの美人です。
まあ胸はささやかですが、それを補ってあまりある程のスレンダーボディですし、胸が無い分お尻や太ももは均整を崩さない絶妙なバランスを保ったまま見事なボリュームを実現しています。
「そんな大淀を凌ぐほどの美人さんだったんですか?」
「いんや?女房は贔屓目に言って並だったぞ?」
「並?並とはどれくらいですか?」
「そうだな......。大淀を100とするなら40くらいか?容姿的には、そこら辺を歩いてそうな普通の女だったよ」
ふむ、秋津洲さんの「マジかコイツ」と言わんばかりの視線を私に向けているのは無視するとして、彼が奥さまを愛したのは容姿が理由ではないようですね。ならば……。
「性格が素晴らしかったのですか?」
「性格……か。アイツは桜子が常識人に思えるほどに傍若無人で理不尽だったよ」
ふむふむ。あの性格破綻者である桜子さん以上ですか。その人って本当に民間人だったんですか?っと、それは取り敢えず置いといて。
「奥さまとはどうやってお知り合いに?」
「家が近所だったんだ。所謂、幼馴染みと言うやつだな」
「へぇ、そんな漫画みたいな関係って本当にあるんですね」
どちらが先に異性として意識したんでしょう。
閣下から?それとも奥さま?
もしかして子供の頃から、お互いに異性として意識しあっていたのでしょうか。
「女房がいなかったら俺はムショん中だろうな。いや、死刑になっていていたか?」
「それはどういう……」
「俺はな、ガキの頃に父親を殺しているんだ」
「は?」
今なんと?父親を殺している?何故?
この人が異常者なのは嫌というほど存じていますが、まさか親を、しかも子供の頃に殺害しているとは思ってもみませんでしたよ。
「俺の家、と言うよりは親父は、俺と違ってあの呪法を後世に残そうとしていたんだ。その過程で、俺が9つの時にあの糞親父は俺の目の前で母を殺し、アイツや弟にまで手を出そうとした」
それが、この人が父親を殺害した動機だそうです。
この人が扱う呪法の修行には何段階かあるらしく、まずは幼少期、物心がついた頃からかひたすら我慢する事を覚えさせられるそうです。
それは精神的な苦痛から肉体的苦痛まで、ありとあらゆる苦痛を、物心がついたばかりの頃から強要されるんだとか。
その次の段階が種の植え付け。
愛する人たちの死を目の当たりにさせ、手を下した者への憎悪を植え付ける。
その段階で、彼は父親を殺害したそうです。
「では、正確には呪法を継承していないのですか?」
「いいや、しっかりと継がされたよ。あの呪法の継承は、種を植え付けた時点で八割方終わっているんだ。自分の内に生まれた化け物を自覚した時点で……な。俺がアイツに惚れたのもその日だ」
「そんな日に、ですか?」
「ああ、うちの異変を察した女房と親父が踏み込んできてな。その時に俺はアイツに惚れた。アイツはな、返り血まみれになった俺や、死体になった俺の両親を一切恐れず、親父よりも先に俺をぶん殴ってこう言ったよ」
そこまで言って、彼は当時の事を思い出したのか軍帽を目深に被って表情を隠してしまいました。
耳まで真っ赤になっていますから、相当恥ずかしい台詞を言われたのでしょう。
「『こん馬鹿たれが!』とな」
「え?それだけですか?」
「それだけだ。それ以上は何も言わずに、泣きながら俺を睨んでいた」
「はあ……そうです……」
いや、待ってください。
その事件は彼が9つの頃と言いましたよね?と言うことは、奥さまも似たような年齢のはずです。そんな子供が血塗れの彼やご両親を恐れずに彼を叱責した?
どんな想いだったかまではわかりませんが、それだけでも子供とは思えない胆力です。
「でも今こうしてるって事は、大佐は罪に問われなかったってことかも?」
「ああ、親父が手を回してくれたのもあるが、現場の状況や隣近所の者の証言、それに正当防衛も認められて罪には問われなかった」
おや?秋津洲さんも彼の人生に興味を持ったようですね。私が聞きたかったことを先に聞かれてしまいました。
「じゃあ、刑務所に入れられたり死刑になっていたかもと言ったのはどういう意味なのかも?」
むむ、そこまで突っ込んで聞きますか。
個人的に、それこそが奥さまの死を切っ掛けに彼の内の化け物が一気に育ってしまった理由だと思っていただけに、私が直接問いたかったのですが……。
「15になった頃だったか、糞親父に植え付けられた呪法の種が抑えられなくなっていた時期があったんだ」
その時期の彼は誰彼構わず傷付けたい、殺したいという衝動に駆られ、実際に人に手を上げたこともあったそうです。そんな彼を、奥さまは自らの身体を使って諌め、そして癒した。
「アイツは俺にこう言ったよ。「赤の他人を殴る体力があるんならうちを抱け!アンタの鬱憤は全部うちが受け止めちゃる!」とな」
「それで大佐は……」
「ああ、アイツに全部ぶちまけたよ。アイツは言葉通り俺の全部を受け止め、俺なんかの子を生んでくれた。もっとも、それが親父の逆鱗に触れて、俺は中東に飛ばされたがな」
そこまで話した閣下は照れ臭さが頂点に達したのか、「一本吸わせてくれ」と私と秋津洲さんに断ってから窓を少し開けて、妹が彼に贈ったというシガレットケースから取り出した煙草に火を着けました。
「お義父さんはどうして大佐を中東に?いくら若気の至りに近い過ちだったとしても、娘の恋人を戦地の送るなんて正気じゃないかも」
「確かにな。だが親父は、俺を想って戦地に飛ばしたんだよ」
「いや、意味わかんないかも」
いえ、私にはなんとなくわかります。
それは恐らく、彼の内の化け物を弱らせるため。
人を傷付けることで発散され、弱くなるのならそれが大っぴらにできる場所に彼を置こうとし、そうしたんです。今でもですが、日本で発散させたら彼が先に言ったように、今頃は刑務所の中か死刑だったでしょうから。
「解説感謝かも」
「お気になさらず」
おっと、声に出していましたか。失敗しました。
でもまあ、解説を声に出したことで話の主導権が私に移ったっぽいので次は私が質問しましょう。
「奥さまは、反対しなかっったのですか?」
「しなかったよ」
「娘の父親が、人殺しになってしまうのにですか?」
「俺はその時点で人殺しだったが?」
「それでもです。追い詰められた末の殺人と、自らの利益のために行う殺人では意味が違います」
前者は言わずもがな。
ですが後者は、彼の内の化け物を弱らせるために行われた殺人。つまり彼は、自分のために多くの人をその手にかけたのです。
「最初の方で言ったが、女房は桜子以上に傍若無人で理不尽で、おまけに我が儘で利己的な女だった」
「おまけは初耳ですが?」
「気にするな。それでだ。アイツは君がさっき言った事を気にする俺に「赤の他人が何人死のうがうちの知ったことじゃない。じゃけぇ、アンタが他所で何人殺そうが知ったことか」と言って、俺を中東行きの飛行機に押し込んだんだ」
「それはなんとも……」
豪快、いえ寛大?なお人だったのですね。
私には絶対同じことは言えません。もし、亡くなった奥さま以外で同じ言葉をかけてあげられるとしたら、それは大淀くらいのものでしょう。
その考えに至った時、どうしても聞きたい質問が思い浮かびました。
意地の悪い質問ですが、彼は答えてくれるでしょうか。
「今でも、愛しているのですか?」
「ああ、愛している」
やはりですか。
でなければ海軍のみならず、陸軍と空軍までも実質的に牛耳ってまで復讐を成し遂げよとはしませんよね。
では、こう続けたらどう答えます?
「大淀。いえ、朝海よりもですか?」
基地の門を過ぎ、海上に停泊しいる二式大艇が遠くに見え始めたあたりでそう聞いてみました。
彼は何と答えるのでしょう。
朝海の方をより愛している?それとも奥さま?
私の質問を聞くなり、窓の外に視線を移してしまった彼の表情からは読み取ることができません。
「さっきの質問だが……」
秋津洲さんとともに二式大艇へのボートへと乗った彼は、桟橋で見送る私にそう切り出してから、悲しそうな笑顔を浮かべてこうおっしゃいました。
「卑怯な答え方だが……比べられんよ。アイツも朝海も、俺にとっては掛け替えのない女性だ」
そう言い残した彼は、ボートの操縦士に「出せ」と命じました。
彼は朝海を亡くなった奥さまと同じくらい愛している。その言葉に偽りはなく、もし、愛を数字で表すことができたなら、その数字は同じでしょう。
でも、少しだけ違う気もします。
恐らく、彼にとって奥さまは何もかもが初めてだった人。初めて愛し、初めて身体を重ね、始めて彼の子供を生んだ人。そして、彼を人間に押し留めてくれた恩人。
彼が今のようになってしまったのは、ある意味封印であった奥さまが亡くなったからです。
奥さまが亡くなられたことで化け物の封印が解かれ、おまけに最大級の餌が化け物に与えられた。
対する朝海は、今の彼にとって必要不可欠な人。
無条件で彼を愛し、彼のためならばお腹を痛めて生んだ我が子すら置いて戦場へ赴く彼の大剣。そして、彼が化け物に変わるのを後押ししてくれた支援者。
もし朝海と出会ってなかったら、彼は中途半端な復讐鬼のまま、化け物も今ほど育ってはいなかったでしょう。
「嗤う 嗤う ただ嗤う。でしたか……」
彼の戦いぶりを目の当たりにした民間人の一人が口ずさんだ彼の唄。
同業者からは『周防の狂人』と呼ばれて敬われ、民間人からは『嗤う黒鬼』と呼ばれて恐れられた彼の唄が、重そうな機体で海面を滑った後に飛び上がり、護衛の戦闘機数機とともに彼方へと向かい始めた二式大艇を見ていたら頭をよぎりました。
そして私は……。
「鬼が
と、約束の地に向かう二式大艇を見送りながら、誰に言うでもなくそう呟いていました。
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)