艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第百七十四話 さあ、復讐の時間だ

 

 

 

 

 

 遊覧船を改造した司令部があり、私こと大淀を含めた艦娘たちと奇兵隊が展開している第一陣地。

 それより北の沿岸に構築された陣地は、レク川とワール川に分岐する地点に構築された第五陣地を皮切りに全部で5つ。

 防衛ラインは三つに分けられています。

 

 「第5砲兵隊と第10戦車隊は奴らの脚元に火力を集中!当てなくて良い!水を吹き飛ばして進行を遅らせることに専念しなさい!」

 

 先ずは第一次防衛ラインである第五陣地。

 全部で五つ、各陣地に配置されている砲兵隊の一つと、全部で十ある戦車隊の一つで敵の進行をとにかく遅らせる。方法は先ほど桜子さんが言った通りです。

 攻撃を直接当てても意味を成さない通常兵器でも、水面を吹き飛ばすことは可能ですからね。

 

 「お姉さま!第五陣地の損耗率が50%を越えています!このままでは……」

 「わかった。戦える者のみ第四陣地まで後退。戦えない者は置いていけ」

 

 戦闘が開始されて約5時間。

 たった5時間で、第五陣地が壊滅と言って良いほどまでやられましたか。

 ですがさすがは桜子さん。

 桃さんの報告を受けるなり、間髪いれずに次の命令を飛ばしました。

 しかも、負傷者を置き去りにしろだなんて非情な命令を下したのに、桜子さんの表情には一辺の曇りもありません。もっとも、胸中では泣き叫んでいるのでしょうが……。

 

 「第三、第四陣地に通達。基本的な戦法はさっきと同じよ。ただし……」

 

 第二次防衛ラインである第三、第四陣地。

 そこから深海棲艦の数を減らす作業も加わります。

 具体的には第3、第4砲兵隊と第6から第9戦車隊による攻撃で深海棲艦を水から切り離し、そのタイミングを狙って内火艇ユニットを装備した特殊歩兵二個連隊約6000名が攻撃します。

 作戦会議時の想定では、この第二次防衛ラインで10時間は足止めし、艦種問わず20隻は沈めたいと桜子さんは言っていましたが……。

 

 「厳しそうですね」

 

 偵察機からの映像や、後ろから聴こえてくる奇兵隊による桜子さんへの報告。さらに桜子さんが飛ばしている指示を聴く限り芳しくありません。

 

 「叢雲さん。いつでも出撃できるようにしておいてください」

 「保ちそうにないの?」

 「ええ、今の状況が続けば保っても6~7時間くらいです」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 な~んて、大淀がクソ真面目な顔して言うもんだから、私も腹をくくって何時でも出撃できるようにしてたんだけど、結局私たちが出撃したのは敵が第二次防衛ラインに到達してから12時間後。夜が明けてからだったわ。

 

 ええそう。

 第五から第三陣地までの人たちは、まともに効きもしない武器で17時間も敵の進行を遅らせた。しかも、駆逐艦や軽巡洋艦がほとんどとは言え30隻も沈めたのよ。

 

 でも、大淀が時間を見誤ったのも、偵察機からの映像を見せてもらって納得したわ。

 うん、酷いものだった。正に地獄ってやつね。

 地形が変わるほどの砲撃や爆撃に晒されて、陸上で原形を保っているモノは何一つなかった。

 それでもあの人たちは戦ってた。

 片腕が無くした人は残っている方の腕で砲を担いで攻撃してたし、両腕が無くなってる人は何かを……たぶん手榴弾を咥えて上陸しようとしていた敵艦に体当たりしてた。

 それだけじゃないわ。

 足を無くした人は這って前進し、どう見たって死んでるって思えるほど体を吹き飛ばされた人も敵に向かって行ってた。

 特殊歩兵連隊の人たちなんて、我先にと爆弾抱えて突っ込んでたわ。

 

 そうね。

 アレを、開戦当時はそこかしこで繰り広げられていただろう光景を目の当たりにして、私たち艦娘はなんて恵まれた環境で戦ってたんだろうって自己嫌悪に襲われたわね。

 

 そして夜明けまで鳴り続けていた轟音が収まった頃。

 ついに私たちの出番が来たわ。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 叢雲へのインタビューより。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「遅い……。何やってんのよお父さん」

 

 もう何度、今と同じ台詞を呟いただろう。

 防衛ラインが突破される度、陣地が壊滅する度、いや人が死ぬ度に言ってる気がする。

 

 「お姉さま。由良さんが少将さんを下がらせてくれと言ってきていますが……どうなさいますか?」

 「下がらせなくて良い。由良には、愛する旦那を死なせたくなかったら死ぬ気で敵を減らせって伝えなさい」

 

 本当は下がらせたい。

 だって少将は、敵が最終防衛ラインに到達してからの数時間で、たった一人で10隻は沈めてるんだもの。この数字は大淀と叢雲が鬼級以上のみを相手にしてるって言っても異常な数。十分過ぎるほど役割を果たした少将は下がらせたい。

 でも、恐らくあの人は私の言うことを聞かない。

 きっとその身が砕け散るまで、お父さんとお母さんのために戦い続けるでしょうから。

 

 「お父さん早く……早く来てよぉ……」

 

 周りに聴こえない程度の声量で何度目かの弱音を吐いたときに改めて思った。

 私は指揮官に向いていない。

 だって戦ってるだけの方が楽だもの。我武者羅に刀を振り回してた方がよっぽど気楽。

 お父さんはずっとこんな気持ちだったんだ。

 こんな無力感に、何年も堪えてたんだ。

 

 「角千代!もっと戦線を押し上げて!大淀と叢雲はさっさとその姫級を沈めなさい!」

 『無茶言わないで!こっちだっていっぱいいっぱ……って大淀!こんなところでそんな大技使わないでよ!私にも当たるでしょ!』

 『この状況を打破するためにはこれしかありません!なので、頑張って避けてください!』

 

 叢雲の苦情と共に、遠目に二本の蒼い柱が現れた。

 きっと駆逐艦あたりに群がられたのね。

 それを薙ぎ払うために、大淀は「洄天剣舞!十二連!」とか叫んで蒼い柱を振り回し始めたんだわ。

 

 「桃、私たちも出るわよ」

 「で、ですが、それでは司令部が空に……」

 「ほぼ壊滅状態なのに司令部に意味があるわけ無いでしょ!怖じ気づいたんならケツ捲って逃げなさい!」

 

 やっぱり駄目だ私は。

 少将が被弾して片腕を吹き飛ばされた報告や、タシュケントとガングートが敵に包囲されつつあるって報告。さらに角千代と飛車丸が指揮を執っている『銃』と『車』の混成部隊『騎馬』の半数がやられたという報告を聴いて精神的な余裕がなくなって桃に当たり散らしてしまった。

 

 「ごめん、桃。言いすぎた」

 「お気になさらず。私に当たる事でお姉さまの気が晴れるなら私は本望です」

 「ありがとう。じゃあ行くわよ!」

 「はい!お姉さま!」

 

 私は花組を伴って駆け出した。

 取り敢えずやるべきは、1000mほど先で由良に庇われている少将の救出かな。

 

 「桔梗、うらら、菘は由良を援護!桃は私に着いてきなさい!」

 「「「「了解!」」」」

 

 私は少将と由良を一気に追い抜き、二人を砲撃しようしていた重巡リ級を逆胴で切り裂き、返す刀で突っ込んできたイ級に切っ先を突き刺して切っ先に集めておいた力場を解放。イ級を内部から弾けさせた。

 周りにはまだまだ居るけど、とりあえずこれで少将を下がらせる隙ができたわ。

 

 『離せお前たち!自分は、俺はまだ戦える!戦わせろ!戦わせてくれ!』

 「死にかけが何ほざいてんのよ!邪魔だからとっとと下がれ!」

 『駄目だ!まだ16しか沈めてない!まだあんなに邪魔者がいるんだ!兄ぃが来るまであと10は沈めてやる!』

 

 頭に血が昇りすぎて暴走してるわねあのデブ。艦娘でもないのに、たった一人で16隻も沈めたんだから十分すぎるわよ。

 

 「いいから下がれ!お父さんが混沌の首を刎ねる瞬間を見たいなら下がりなさい!」

 『だが俺ぁ……俺ぁ……』

 

 死にたいんでしょ?

 そんなことはわかってる。アンタも他の奴らと同じで死ぬためにここに来たのは知ってるし気持ちも理解してる。

 でも、私が言ったようにお父さんが混沌の首を刎ねる瞬間を見たいとも思ってる。だから片腕を失なっても特攻はせずできるだけ敵の数を減らそうとしてるんでしょう?

 

 「お姉さま!後方から何か……!」

 

 少将をどう言いくるめて下がらせようか悩んでいた私の耳に飛び込んできた桃の言葉に釣られて後ろを振り返ると、空の彼方から近づいて来てる緑色の飛行機が見えた。

 あれは二式大艇?

 間違いない。二式大艇だ。二式大艇が来たってことは、それはすなわち、お父さんが来たってこと。

 それで安心してしまった私は……。

 

 「遅いよ……お父さん」

 

 と、戦闘の真っ最中だっていうのに、上空を通りすぎて行く二式大艇を見上げながらそう呟いていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 青木さんは幽霊を信じるかい?

 そう、今時の幽霊がうらめしや~なんて言うかはともかく、その幽霊だ。

 

 ああ、出たんだよライン川で。

 しかも真っ昼間にだ。

 

 そいつらは俺の知り合い……つうか、一人は兄貴だったからすぐ気付けたんだが、まさか兄貴の操縦がまた見れるとは思ってなかったから思わず泣いちまったのを覚えてる。

 

 ゴースト隊って知らねえか?

 そっか、知らねぇか。そうだよな……。

 ああ、自慢の兄貴さ。

 俺の兄貴はその隊の隊長をしててよ。ガキの頃は、よく内緒でF-15のコックピットに乗せてもらったりしてたよ。

 もっとも俺は頭の出来が悪かったからパイロットにゃあなれなくて、その憂さ晴らしに連れと珍走するなんて馬鹿やったりしてた。

 

 いや、俺に会いに来たんじゃねぇよ。

 確かに、翼を振ってくれたようにも見えたが、兄貴はアイツのために来たんだってすぐにわかった。

 兄貴の元部下で、たった一人残されちまった最後の幽霊のためにな。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 元奇兵隊副長補佐。

 現カブ専門店『forever』店長へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 戦地が近づいてる。

 それは護衛の戦闘機からの情報や、計器からの情報でもわかるし、肌を焼くような鉄火場の空気でもわかる。

 

 「やっとか……」

 

 岩国基地を発って丸二日。

 給油も空中でしてここまで一切着陸せずに行った強行軍。それがようやく終わる。やっと任務を遂行できる。

 十数年越しにみんなと会える。

 そう考えると、疲れなんかどっかにふっ飛んでしまうかも。

 

 「大佐。もうすぐ戦域に突入するかも」

 『わかった』

 

 機内スピーカー越しに聴こえてくる、あたしに復讐の機会を与えてくれた人の口調は変わらない。

 もうすぐ、あとほんの十数分で敵の制空権に入るのに、緊張も高揚も感じさせない淡々とした口調。

 高揚感で胸がいっぱいな自分が恥ずかしく感じるかも。

 

 「大佐。約束、覚えていますか?」

 『ああ、もちろんだ。俺が降りたら好きにしていい』

 

 良かった。覚えていてくれた。

 もし、降ろすなり帰投しろとか言われたらどうしようかと思ったかも。

 でも、その心配は杞憂だったかも。

 だって大佐は好きにしろって言ってくれた。奇兵隊に入ってから与えられたビークル3のコールサインを返上し、再びゴースト8に戻って良いと言ってくれた。

 まあ、大佐がいる後部格納庫に積んである物を見れば、あたしが何をする気なのか容易に想像できるか。

 

 「大佐に拾われたおかげで、この10年余りは楽しく過ごせました。仲間達には申し訳ないけど、幸せでした」

 『そうか』

 

 うん、楽しかった。

 奇兵隊のみんなとドサ回りしていた頃も、秋津洲として鎮守府にいた間も楽しかった。あたしみたいな幽霊を、家族だって言ってくれるみんながあたしは大好きだった。

 

 「総隊長が結婚した時の大佐の顔は忘れられないかも」

 『そんなに酷かったか?』

 「酷いなんてもんじゃなかったかも。鬼の目にも涙って諺をあれほど痛感した日は他にないかも」

 

 あたしが901にいた頃から有名で、助けた民間人からも恐れられたほどのあの人の涙。

 隊長と大佐は古い知り合いだって聴いたことがあるから、アレだけでも十分すぎる土産話かも。

 

 「そろそろ後部ハッチを開くかも。準備はよろしいですか?」

 『ああ、いつでも良い』

 

 眼下で繰り広げられている戦闘が肉眼で見える距離まで来た。

 花組や総隊長まで戦闘に参加してるってことは、第5から第2陣地まで壊滅して最終防衛ラインを突破される寸前ということ。

 制空権も取られてるんだろうな。

 そんな中をパラシュートで降下するなんて自殺と同じかも。

 でも、大佐は構わず降りちゃうんだろうな。

 

 『世話になったな秋津洲。いや、ゴースト8』

 「どういたしまして。ご武運を」

 

 短い挨拶を交わすなり、大佐は少しの躊躇もなく後部ハッチから飛び降りた。

 一応大艇ちゃんを護衛につけたけど、大佐は無事に降りられるかな?降りてくれてなかったら困るな。だってそうしないと任務失敗かも。

 

 「だったら、ダメ押しと行くかも!」

 

 あたしは操縦桿を引き、機首を上に向けた。それに釣られて敵艦載機群も上昇を始めた。

 そう、それで良い。

 着いて来い。あの日みたいに着いて来い。あの日みたいに、あたしを囲め。

 

 「アイツで良いかな。いや、アイツが良い。アイツにしよう」

 

 上昇しながら目星をつけた、敵艦隊のほぼ中央に陣取った空母ヲ級。しかもフラグシップ。

 あの日のヲ級とは別の個体だけど、あの日ヲ級に墜とされたあたしの道連れにはピッタリの相手かも。

 

 「水上機母艦、秋津洲。いや……」

 

 ここからは秋津洲じゃない。艦娘でも、奇兵隊のビークル3でもない。

 あたしは幽霊。

 未練がましく、たった一人だけこの世に残った8番目の幽霊。今のあたしは……。

 

 「日本国防空軍、第901航空隊所属。コールサイン ゴースト8。突撃します!」

 

 あたしは操縦桿を少し下げ、あの日と同じように空母ヲ級へ特攻するための針路修正を始めた。

 あの日は失敗した。

 あの日、二式大艇に乗ったあたしとゴースト9、10、11の4人は、陸軍からの応援が駆けつけるまでの時間を稼ぐために特攻を命じられた。

 今と同じように二式大艇の(はら)に爆薬を積んで、敵艦隊に突っ込むはずだった。

 

 「くっ……」

 

 艦載機どころか、水上艦までもが砲撃をあたしに集中し始めた途端に左操縦席を砲弾が掠めて、あたしの左腕ごと吹き飛ばした。

 でもあの時よりはマシ。

 あの時は、隣に乗ってたゴースト9が艦載機の機銃で蜂の巣にされた。今回は、あたしの左腕が吹き飛んだだけだ。

 

 「まったく……。ちょっとどころじゃなくしつこいかも」

 

 あの日と同じように、上部銃座に被弾して少し針路がズレた。でもまだ大丈夫。

 あの日も、ゴースト10とともに上部銃座を吹き飛ばされたけど、あたしは針路を修正できた。

 だから、今日もできる。

 

 「正面から3機!前部機銃……撃て!」

 

 機銃で迎撃を行ったけど血を多く失い、意識も朦朧とし始めている今のあたしじゃまともに当てられなかった。

 あの日も今と同じような状況になり、迎撃を行ったゴースト11は機銃掃射を受けながら二機も落としたのに。

 

 「前部銃座大破。ここまであの日と同じとか嫌になるかも……」

 

 あの日と同じなら、次は右翼の第二エンジンをやられて針路を完全にズラされる。

 そうなったらまた不時着。また任務失敗。また、あたしはみんなの所に行けない。

 

 「そんなのは嫌だ!」

 

 あとは突っ込むだけなんだ。

 それだけできれば終わる。任務は成功。あたしの望みも叶う。

 なのに、右目の端が右翼へ向かう敵艦載機の一編隊を捉えた。

 少し左に旋回するだけで回避できる?

 回避できたとして針路を修正できる?

 こんな時に、みんながいてくれたら……。

 

 (針路を変えるなゴースト8)

 

 聞き覚えのある声が聴こえたと思った途端に、右翼に迫っていた敵編隊が全て、機銃で撃ち落とされた。

 その後に通り過ぎて行ったのは、隊長機を示す赤いラインを翼に施された零戦21型を先頭に52型が5機。いや、それだけじゃない。烈風に二式水戦、それに紫雲や、大佐の護衛につけていたはずの大艇ちゃんまでいる。

 あれは作戦に参加してる艦娘が飛ばしたもの?

 でもあの編成は901と同じ。

 しかも、全機に901航空隊の部隊章である『鬼火』のノーズアートがペイントされていたような気が……。

 

 (相っ変わらずトロくせぇ操縦してんなぁゴースト8。俺らが来なきゃ撃墜されてたぞ)

 (小回りが効かない二式大艇じゃアレが限界ですよゴースト5。それより、右から二機来てますよ)

 (うっせぇぞゴースト7!んなこたぁわかってんだよ!)

 

 禿頭で口が悪いゴースト5とそのお目付けのゴースト7の声まで聴こえた。

 なんであの二人の声が聴こえる?

 しかも無線を通しての声じゃない。まるで、脳内に直接響いて来るような不思議な声。

 

 (よくも私の可愛い妹分を好き勝手に痛ぶってくれたわね。12と13はあたしに着いて来な!邪魔物を蹴散らすよ!)

 

 紫雲を先頭にして烈風と二式水戦があたしの前方に回り込もうとしていた艦載機群とドッグファイトを始めた。

 あの紫雲はあたしの姉貴分だったゴースト3。

 ことある毎にあたしをイジメてくるゴースト5から庇ってくれてたっけ。

 

 「どうして……」

 

 みんなの声が聴こえてくる?

 懐かしい編成を見て、あたしの頭が都合の良い幻聴を聴かせているだけ?でもあの飛び方はみんなと同じだ。901の飛び方だ。

 

 (何をボケッとしているゴースト8。任務中だぞ)

 「は、はい!申し訳ありません!」

 

 昔と同じ、ゴースト1の静かな叱責の声。

 ずっと聴きたかった声。あっちに行くまで聴けないと思っていた声。あたしを庇って墜ちていった、あたしが憧れていた人の声。

 彼の飛び方に見惚れる度に、今みたいに注意されたな……。

 

 (ゴースト1より各機へ。フォーメーション『枝垂れ柳(しだれやなぎ)』でゴースト8を援護。さあ、真昼の百鬼夜行と洒落こむぞ)

 

 ゴースト1の命令に「イエッサー!」と答えた各機が大木の幹を描くように上昇していく。

 これが901が得意とした『枝垂れ柳』の始まり。

 最高点から各機が放射状に広がって降下する様が、まるで垂れ下がった柳の枝のように見えるからという理由で、どこかの陸軍将校から名付けられた901の必勝陣形。

 あたしの降下に合わせて、みんな一緒に降下する気なんだ。

 

 「嬉しいな……」

 

 機体の大きさからして、あたしと並走して降下しているあの艦載機たちは艦娘の艦載機。みんなじゃない。

 みんなと似たような飛び方をしてるのは偶然。声が聴こえたのは気のせい。

 それでも、あたしは嬉しい。

 またみんなと飛べてる。異国の空だろうと関係ない。だって空は繋がってる。

 だからここはあの空と同じ。

 901のみんなと飛んだ、私たちだけの空と同じなんだ。

 

 「ゴースト8……より、フラワー1へ」

 

 もう、目が見えない。

 ちゃんとヲ級に針路が合ってるかどうかも、もうあたしにはわからない。

 でも爆発の効果範囲には入ってるはず。

 だから報告させてください。

 あたしがずっと、十数年間ずっと言いたかった一言を、あたしが隊長以外で唯一下についても良いと思えた貴女に言わせてください。

 

 『こちらフラワー1。どうぞ』

 

 総隊長が応えてくれた。

 なのにあたしの口が動かない。水面まであと何秒もないはずなのに、あたしにはたった一言を言うための体力も残っていないらしい。

 

 『フラワー1よりゴースト8へ。言いたいことがあるならさっさと言いなさい!じゃないと、言い終わるまで何度でも叩き起こすわよ!』

 

 それは困るかも。

 総隊長なら本当にやりそうだからなぁ……。

 あの人なら本当にあの世まで来て連れ戻しそうだから、なんとしても言いきらなきゃ。

 せっかく、あの人があたしの報告を聴いてくれるって言ってくれたんだから。

 

 「任務……完了しました」

 

 ああ、やっと言えた。

 ずっと言いたかった完了報告を、あたしはやっと言えた。

 そのせいなのかな。

 痛みも苦しさも全部無くなって、そよ風が頬を撫でてる気がする。

 

 「おい、いつまで寝てんだ?さっさと起きねぇと置いてくぞ8」

 「え?置いてく……って!ここ何処!?」

 

 ゴースト5に良く似た声に叩き起こされて周りを見てみると、そこはさっきまでいた大艇さんの操縦席じゃなくて草原だった。それにみんなもいる。

 ここはいったい……。

 

 「お?なんだお前、化粧なんか覚えたのか?でもちぃと厚化粧すぎじゃ……」

 「厚化粧ですって!?相変わらず5は失礼かも!」

 

 つい昔のノリで言い返しちゃった。

 でも、5が「女なら化粧の一つもしたらどうだ」ってしつこく言うから覚えたのかも!

 それなのになんたる言い種。

 

 「まあまあ、落ち着いてください8。5のこれはアレです。好きな子にちょっかいかける小学生と同じなんですから」

 「おい7、なに出鱈目言ってやがる。俺がこんな食うとこもねぇ鶏ガラ女に惚れてるわけねぇだろうが」

 

 誰が鶏ガラ女だ。

 確かに豊満とは言いがたいけど、あたしだって出るところはちゃんと出てるし引っ込むところはしっかり引っ込んでるかも。

 5は知らないだろうけど、世の中には提督みたいに全く出てない人だっているんだよ?

 

 「あら、その割に最後まで8のことを心配してたじゃない?」

 「そりゃあ、こいつは俺らん中で一番下手くそだったからな。つか3、今回は俺の方が多く落としたぞ」

 「ええ、今回はアンタの方が多く落としてたわね。久しぶりに会ったこの子に良いとこ見せたかったの?」

 「だから違ぇって言ってんだろうが!犯すぞこのクソ女!」

 

 また始まった。

 5があたしに茶々を入れて、それをネタに7が5をいじり、さらに3が参戦して最終的にド突き合いになる(ちなみに毎回3が圧勝)。

 そんな、昔はもういい加減にしろって言いたくなるほど見飽きてた光景をもう一度見れるとは思ってなかった。

 

 「あいつらは死んでも変わらないだろう?」

 「ええ、馬鹿は死ななきゃ治らないって大嘘だったんですね」

 「ああ、大嘘さ。俺だって馬鹿のままだからな」

 

 あたしが飽きもせず喧嘩を続ける二人と、それを囃し立てる他のメンバーを眺めていると、ゴースト1が隣に腰を下ろしてそう言った。

 昔と同じで格好良いなぁ。

 格好良いだけじゃなくて操縦の腕も当時の国防空軍で一番。もし生きてあたしと同じ時を歩んでいたら、きっと大佐みたいに渋くてダンディーなおじ様になっていたはずかも。

 

 「もう少し、ゆっくりでも良かったんだぞ?」

 「ゆっくり……か」

 

 考えたことが無いわけじゃないかも。

 奇兵隊のみんなと馬鹿騒ぎして、やりすぎて大佐に怒られて、それでも懲りずに馬鹿騒ぎを繰り返す日々がずっと続けば良いのにって考えたこともあるし、誰かと一緒になって家庭に入るなんて妄想をしたこともあった。

 でも……。

 

 「やっぱり、みんなと一緒に居たかったら……」

 

 そう言って、まだ乱痴気騒ぎを続けてるみんなに視線を移した私に、ゴースト1は「そうか」とだけ返して、私と同じようにみんなに視線を移した。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 そういえばライン川流域戦の最中、最終防衛ラインまで敵艦隊が迫ったあたりで不思議なことが起きました。

 

 私たちの後方、南から現れた二式大艇から彼が飛び降りるなり私とあきつ丸さん、そして日進さんは艦載機の制御を失ったんです。

 

 本当ですよ。

 しかも制御を失っただけでなく、私たちの制御を離れた艦載機たちは私たちが操るよりも遥かに巧みに、信じられない軌道を描いて秋津洲さんが乗った二式大艇を援護し始めたんです。

 

 ですが、艦載機の制御を失って慌てていたのは私とあきつ丸さんだけでしたね。

 ええ、日進さんだけは冷静でした。

 それどころか、桜子さんに「叔母さんがやったの?」と聞かれて、「アレだけ触媒と依り代がありゃあ、わしでもアレくらいはの」と、訳のわからない答えを返していたくらいですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 由良へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 お父さんがパラシュートの紐を刀で斬って私たちの目の前の水面に降り立つのと、二式大艇が秋津洲の報告と共に敵艦隊の中央付近に墜落して爆炎を上げるのはほぼ同時だった。

 見事だったわよ秋津洲。

 アンタはお父さんをちゃんと送り届け、降下時間もしっかりと稼いだ。

 この作戦の……いえ、人類を救ったのはアンタだと言っても過言じゃない大殊勲よ。

 

 「酷い有り様だな。生きているか?少将」

 「はい、まだ死ぬわけにはいきませんから」 

 「そうか。ならばもう少し待て。最高の土産を持たせてやる」

 

 炎の海となった水面を尻目に、お父さんは片腕を失って虫の息になり、由良に体を支えられている少将にそう言ったのを皮切りに、大淀や叢雲、他の艦娘達や奇兵隊員を見回して、私で視線を止めた。

 

 「何人死んだ?」

 「正確な数はわからないけどザッと4万ってところかしら」

 「そうか。そんなに死んだか」

 

 お父さんはそれ以上言わなかった。

 よくやったとか、ご苦労だったとかの労いの言葉はかけてくれなかった。

 いや、かけなかったのかな。

 お父さんは私の性格をよく知ってる。

 私が悩みに悩んだ末に、彼らに死ねと命じたことを知っている。だから労わなかった。労ったら私が泣いちゃうから、お父さんは結果だけを聞いた。

 ただ結果だけを聞いて、混沌がいるであろう炎の向こうに視線を体ごと向けたわ。

 

 「日進」

 「何じゃ?」

 「あとは、頼む」

 「おう、頼まれた」

 

 日進叔母さんとの短いやり取りを終えたお父さんは、敵艦隊の方へとゆっくりと歩を進め始めた。

 そして無線じゃないと声が聞き取れないくらいの距離まで歩を進め、敵艦隊がハッキリと視認できるようになるあたりで、お父さんは無線を通して私ですら背筋が凍りそうになるような冷たい声でこう言ったわ。

 

 『さあ、復讐の時間だ』と。

 

 

 

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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