後半は夏イベ終了までには投稿開始……すると思います( ̄ー ̄)
嗤う嗤う ただ嗤う
狂った鬼は ただ嗤う
女房返せと ただただ嗤う
蒼い血刀 振りかざし
女房何処だと 黒鬼嗤う
嗤う嗤う ただ嗤う
狂った鬼は ただ嗤う
娘を返せと ただただ嗤う
黒い衣を 翻し
娘は何処だと 黒鬼嗤う
ああ、すんませんっす。
親父の事を話してたら思い出しちゃったんすよ。
ええ、もう二十年近く前、まだ横須賀鎮守府ができる前の奇兵隊がドサ回りしてた時期に、救助した民間人の一人が親父を唱ったもんっす。
え?この唄、子供の躾にも使われてるんすか?
なるほど、「悪いことしたら黒鬼さんが来るぞ」って感じなんすねっ……って、何で青木さんが知ってんすか?
え?あの地方の出身?ああ~、それで知ってたんすね。
でも、この唄に三番があるのは知らないっしょ?
ええ、実はあるんす。
と言っても、三番が唱われたのは一度きりで、あの時の戦闘に参加したもんしか知らないんすけどね。
知りたいっすか?
『嗤う黒鬼』、幻の第三の歌詞。
~戦後回想録~
奇兵隊副長へのインタビューより。
ーーーーーーーーーー
炎と煙が収まり、また戦闘が再開されると身構えていたのに、砲撃や爆撃は再開されなかった。それどころか、敵空母たちは艦載機を戻してるわ。
あれは混沌が命じてるの?だとしたら何を考えている?
だってお父さんを倒すなら今しかないのよ?
懐に入り込まれたら打つ手がない。お父さんを倒すなら、艦隊とお父さんの距離が離れている今しかないのに……。
『ああ……、提督。提督、提督、我の提督!やっとお会いできた!ずっとお会いしたかった!』
砲撃や爆撃の音の代わりに聴こえてきたのは混沌のものと思われる声。
お父さんが混沌の提督ですって?
確かにガングートから、お父さんが深海側の提督なんじゃないかと疑われてるって話は聴いたわ。
でもそれは、今の混沌の台詞で事実無根だと言うことがわかった。
恐らく混沌は、野風から人間の戦術を学ぶ過程でお父さんの存在を知り写真、提督になる前にドサ回りをしていた頃の写真なりを提供されたんじゃないかしら。
だから真っ白な士官服姿ではなく、戦装束を身に纏って真っ黒になったお父さんを見てお父さんだと認識した。
『俺も会いたかったよ混沌。十年以上かかってしまったが、ようやく君に会うことができた』
沈めるために。でしょ?
でも混沌は言葉通りに受け取ったみたいで、「嬉しい……。貴方にそう言ってもらえて我は感無量です!」とか言ってるわ。
あ、ちなみに、ほっぺた膨らませて「む~!」とか唸ってる大淀は無視する。
『どうぞ此方へ。我と共に進みましょう。そしてこの醜い争いに終止符を打ちましょう』
混沌がそう言うと、敵艦隊が左右二つに別れて混沌まで続く道を作り、お父さんを出迎えるように一隻のタ級が前に出て来た。
出て……来たけど、お父さんは何処に行った?
「んな……!?」
お父さんは恭しく一礼していたタ級の後ろにいた。
って言うかいつ移動した!?それにいつ抜いて何回斬った!?桃が何故か持っていた双眼鏡を引ったくってまで探したのに、タ級がバラバラになって崩れ落ちなければそこに移動してるなんて全く気付かなかったわ。
それに驚いたのは私だけじゃない。
大淀も叢雲も由良も花組の子達も、お父さんが来て攻撃が止んだ事で包囲から抜け出して来たガングートとタシュケントも同じ。
この場で驚いてないのは、少将と日進叔母さんだけだわ。
「久しぶりに見たっすねぇ、アレ。なあ、相棒?」
「何が見ただよ。
「いや、見えてはないっすけど、自分もアレにゃあ痛い目見たっすからねぇ」
最前線から私の傍まで退いてきた角千代と飛車丸もお父さんのアレを知ってるみたいね。角千代に到っては身をもって。
普通に考えれば脚技とお父さんが習得してる各種歩行術の合わせ技なんだろうけど、水面にそれっぽい跡が全くないのが気になるわね。
「『柳の幽霊』それが兄ぃ……じゃない、大佐殿が得意とするあの歩法の名だ」
「柳?」
「そうだ。柳の枝のように自然と風に揺れ、気付くと初めからそこにいたかのように現れる幽霊の如く。呪法の応用らしいが、自分も詳しくは知らん」
由良の脚の上に胡座をかいたまま運ばれて来た少将が言った呪法って、お父さんの家に伝わってるって言うアレでしょ?アレって『魂斬り』と『狩場』だけじゃなくてそんな使い方もできるの?
日進叔母さんなら詳細を知ってるかしら……。
『何をなさるのですか提督!その者が何か粗相をいたしましたか!?』
日進叔母さんに聞いてみようと思った私を、混沌の驚愕とも抗議とも取れる言葉が遮った。
おめでたい奴ね。アイツはまだ、お父さんが自分のところに来てくれると思ってるんだ。
「何……アレ……」
「どうしたんですか叢雲さん!口唇が真っ青ですよ!?」
大淀が言うとおり本当にどうしたんだろう。
口唇が真っ青どころか、痙攣に近いくらいの勢いで身体を震わせてるじゃない。
「大淀には見えないの!?アレが見えないの!?あんなにハッキリ見えるのに!」
「アレと言われましても……」
お父さんを指差している叢雲が言ったアレの意味がわからずに困惑する大淀が、視線で私に助けを求めてきたけど私にも意味がわからない。
そもそも叢雲が怯えている意味がわからないわ。
確かにタ級がバラバラになった光景はグロテスクだったけど、艦娘やってりゃあアレよりグロい光景は日常茶飯事のはず。
と言うことはそれに怯えてるんじゃない。
じゃあ何に?
お父さんはまだ、欠片も殺気を放ってないのよ?
「マズいのぉ。叢雲の嬢ちゃんはアレが見えるか。大淀の嬢ちゃんや、叢雲の嬢ちゃんを抱きしめちゃれ。それで幾分マシになるじゃろう」
「抱きしめるって……こうで良いですか?」
「あ~……。艤装を背負っちょりゃそうなるか……」
どうなってるかと言うと、分かりやすく一言で言えば対面座位。これ以上は言わないから気になったら調べてみてね。あ、あと、意外とコレが好きな女性は多いみたいだから練習するのも良いか……。
「じゃなくて!叔母さん、叢雲は何が見えてるの?」
「化生じゃよ。叔父上が育てた化生。それが見えちょる」
化生?それって化け物とか妖怪ってこと?
そんな、存在するかどうかも怪しい物が叢雲や日進叔母さんには見えてて、しかもお父さんの傍に居るの?
『何をする。だと?俺にとって貴様ら深海棲艦は敵だ。敵を屠って何が悪い』
『敵?何を仰るのですか提督!貴方は我の……』
『敵だ。何を勘違いしたのか知らんが、お前は俺が最も沈めたい相手だよ』
お父さんと混沌の会話が再開された瞬間、上から何かに押し付けられるような感覚に襲われた。
それは私だけじゃない。
周りに居るみんなや、深海棲艦たちも同じみたい。
「チッ、叔父上め。ちぃとは加減せんかい。こんままじゃ……」
『キイヤアァァァァァァァァァァァ!』
日進叔母さんが何か言おうとしたのを、深海棲艦の絶叫、いや悲鳴が掻き消した。
お父さんに近い奴から半狂乱になってるわね。
駆逐艦供なんか砲を出鱈目に連射してるし。
『五月蝿い』
お父さんがそう言って刀を真横に振ると、一番近い場所にいた駆逐艦5隻がなます斬りになった。
今のは魂斬り?
あれ?でもたしか……。
「深海棲艦に魂斬りは効かないんじゃなかったっけ?」
特に人型じゃない艦種には。
それなのに、駆逐艦5隻は先のタ級と同じようにバラバラになっ……。ん?同じように?
「そうか、初手で『刀に斬られる』って概念を植え付けたのね」
だから魂斬りが効いた。
だから駆逐艦たちは、タ級と同じようにバラバラになったんだわ。
「ありゃ酷いのぉ。統制なんぞ消失しちょるじゃないか」
確かに。
深海棲艦たちは完全に統制を失い、渾沌の制止を無視してお父さんに対し思い思いに突撃し始めた。
逃げ出さないだけマシ。
と、誉めてあげたくなるなるわね。
直接対峙していない私でさえ、この場から逃げ出したくて仕方ないってのに。
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その後からはもうしっちゃかめっちゃだったわ。
アレを一言で言い表すなら乱戦。
1対150の乱戦ね。
深海棲艦どもは味方に誤射しようが関係なく、お父さん一人に攻撃を集中したわ。
そうそう、話は変わるんだけど。
お父さんの刀が古い割にほとんど傷んでないって知ってた?
うん、お父さんの愛刀って、百うん十年前にご先祖様がほとんど捨て値で買った名刀とは程遠い粗悪品なんだけど、不思議な事にほとんど傷んでないの。
しかも、ご先祖様が入手した時から数えて十回も磨いでないらしいのよ。
ええ、有り得ないわ。
そもそも、刀で人を斬れる回数は知れてる。
使うのが達人だろうが素人だろうが、斬れば斬るほど脂で切れ味は鈍るし刃こぼれなども増えていくわ。
切れ味が鈍れば当然磨ぐから刀はだんだんと痩せ細っていく。でも、お父さんの刀にはその兆候がほとんどない。
私が知ってるだけでも、お父さんが斬った深海棲艦は二百を軽く越えてるのよ?
あの時だけでも軽く30は直接斬ったのに、最後の最後までお父さんの刀の切れ味は落ちてないように見えたわ。
いや~、聞いてはみたし説明もされたんだけど、結局は呪法の応用ってことしかわかんなかったわ。
本当かどうかはわからないけど、叔母さんの話では直接斬っているように見えて、実際は刃が触れてなかったんだってさ。
~戦後回想録~
奇兵隊総隊長 神藤 桜子大佐へのインタビューより。
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「凄い……アレが小十郎さんの本気……」
「いや、まだっすよ大淀さん。親父はまだ本気出してねぇっす」
「アレでですか!?」
そうよ大淀。
そりゃあ、アンタですら回避は不可能と言った豪雨のような攻撃をものともせず、並み居る深海棲艦を次から次へと斬り裂いてるあの光景を見たらそう思うのも仕方がないけど、角千代が言ったとおりお父さんはまだ本気じゃない。
だって……。
「お父さんは、まだ嗤ってない」
「嗤ってない?それはどういう……」
どうもこうもない。言葉通りよ。
お父さんは本気で戦う時必ず嗤う。
恐怖を紛らわせるためか、はたまたテンションを上げるためかはわかんないけど、嗤った時のお父さんはそれまでとは一線を画すほど強く……いえ、怖くなる。
そう説明してあげようとしたんだけど、体を鷲掴みにされたような圧力に襲われて出来なくなった。
これはたぶん……。
『クククク………クハッ!クハハハハハハハハハ!アーッハッハッハッハッハッハッハ!』
やっぱり原因はお父さんだった。
お父さんが本気になった。
その嗤い声は聴く者の恐怖心を否応無く掻き立て、冷静な判断力を奪う。
実際にお父さんが嗤いだした途端、深海棲艦たちは顔に張り付けた恐怖の色を一層濃くして、統制どころか理性まで失ったかのように持てる手段による攻撃を強めたわ。
ただただ目の前にいる、わかりやすい恐怖の源を排除しようと。
「日進さん!叢雲さんが!」
「あぁん?おっと、こりゃあいよいよマズいのぉ」
大淀が上げた悲痛な叫びに釣られて視線を移すと、大淀の胸にしがみついた叢雲が泡を吹いて白目まで剥いてた。
確かにお父さんが発してる殺気は尋常じゃないけど、なんで叢雲だけがこんな状態に?同じくらい殺気慣れしてなさそうな由良は少し怯えてる程度なのよ?
「ちぃと早いがやるしかない……か。わしが保てばええが……」
そうボヤくなり、日進叔母さんは両手をシャッ!シャッ!シャ!って音が聴こえてきそうなくらい速く動かして……アレは何て言うんだろ?印とでも言えば良いのかしら。を何度も組みながらぶつぶつと何かを呟き始めた。
叔母さんが怪しい術を使うのは身をもって知ってたけど、あんな風に印を組んだりしてるのは始めて見たわね。
「桜子。生き残っちょる奴ら全員に気をしっかり持てと伝えぇ。じゃないと、死んだとも気づかずに喰われるぞ」
「それは構わないけど……」
「わかったんなら早ぉせぇ!わしが術を使えば叔父上は気づく。気づけば、今度は叔父上が術を使うじゃろう。しかも、加減一切無しでな!」
「は、はい!」
日進叔母さんの剣幕に圧倒されて、慌てて言われた通りの指示を飛ばしている最中に、お父さんの前に二隻の戦艦棲姫が立ち塞がろうとしているのが見えた。
それと同時に、日進叔母さんが柏手を一回鳴らしたわ。
「わしが喰われるんが先か、叔父上の気が済むんが先か勝負じゃ!呪法!
日進叔母さんがそう叫ぶなり、お父さんが発していた殺気を感じられなくなった。
それにしても、躾と称して私をいじめる時もそうだけど、術って言う割にピカッと光ったりそれっぽい効果音が鳴る訳でもないから本当に術を発動してるのかどうかわかんないのよねぇ。
おっと、私の感想は置いといてお父さんは……。
『邪魔だ』
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
視線を戻した私の目に映るのはライン川と今も煙を上げているその両岸。そして、前方1kmくらいの位置に嗤うのをやめたお父さん。そのさらに500mほど先には混沌と起爆棲姫。
ただそれだけ。
他は?他の、100隻近く残ってた深海棲艦は何処に行った?
「まさかこれ程とは……。大淀の嬢ちゃんや、叢雲の嬢ちゃんは生きちょるか?」
「生きてはいます。生きてはいますが……」
叢雲はこれでもかと眼を見開き、身体をガタガタと震わせながらお父さんを凝視してる。
恐怖が極まって何も出来ないって感じね。
きっと目も逸らしたいんでしょうけど、身体が言うことを聞いてくれないんだわ。
『な、何が……。提督、貴方は何を……』
お父さんは答えない。
何も言わず、ゆっくりと混沌へと歩いて近づいてる。
『あ……ああああ………ああああああああああ!』
恐怖に負けたのか、渾沌がお父さんに右手と砲を向けた。
って、冷静に観察してる場合じゃない!
私たちも完全に渾沌の射線上。あのまま渾沌が撃ったら、私たちまで巻き添えを食らう。
『え?あ……我の腕は何処に……』
渾沌の砲撃に備えていつでも回避できるよう身構えたのに、結果として渾沌の砲撃は飛んでこなかった。
いや、渾沌は付き出していた右手が切り落とされたことに驚愕して砲撃出来なかったんだ。
『い、痛い……。うぁ!ああっ!やめてください提督!やめっ……やめて!』
目に映る状況だけ見れば、お父さんは渾沌に対して何もしていない。
ただ歩いてるだけ。
渾沌に向かって、一歩一歩歩を進めてるだけだわ。
それなのに、渾沌の身体が裂けていく。
艤装は一切傷付かず、身体だけがあちこち裂けていってる。それは薄皮一枚程度の軽い傷から、人間なら致命傷になるレベルの傷まで様々。だけど、傷が1つ刻まれるたびに渾沌の身体だけでなく、魂までも削っているように見える。
『何……が、貴方の気に触ったのですか?我は貴方と同じように……』
『主攻を囮にして寡兵で背後を突き、本丸を落とす。か?確かに俺のやり方にソックリだ』
お父さんが渾沌のすぐ傍に到達した。
お父さんと渾沌の距離はたったの2m。
お父さんからすれば、たった一歩で渾沌の首に刃を食い込ませられる必殺の距離であり、渾沌が何かしようとしても即座に対処できる距離でもある。
渾沌は誉められたと思ったのか少しだけ口角を上げたわね。対するお父さんは……。私の位置からじゃ背中しか見えないか。
『お前は舐めているのか?艦隊の編成、ライン川への突入タイミング等々最悪の用兵だ。落第だよ馬鹿者』
『そんな!い、いえ。言い訳は致しませぬ。我の勉強不足でした』
膝を突いて頭を垂れる渾沌の目は泳いでる。
言い訳はしないと言いながらも、とりつく島を探してるんでしょう。
『勉強不足以前の問題だ。お前は端から用兵を間違えている』
『そ、それはどういう……』
『わからんか?ならば冥土の土産に教えてやる。そもそも、此度の戦闘において寡兵を用いる必要など無い。無駄だ』
渾沌は目をまん丸に見開いてお父さんを見上げた。
意味が全くわかってないようね。お父さんは、そこまで律儀に説明してやるつもりなのかしら。
『俺なら250もの艦隊を寡兵に使ったりはせん。そもそも、艦隊を無限に補充できる手段があるのなら、俺は損害など気にせずリグリア海まで艦隊を進め、目的地を目指す』
そうそれが、渾沌が犯した最大の過ち。
人類側を圧倒するほどの海上戦力を持ち、しかも何度でも補充できるなら小手先の戦術など無用。
単純な力押し、物量戦略で押しきれるし確実。
要は、深海棲艦らしく攻めれば良かった。
もし渾沌がその手段を取っていたなら、お父さんは渾沌の首もとまで迫れなかったし、円満たちは完全に敗北。深海棲艦は、人類文明のリセットという目的を達成できていたでしょう。
渾沌もその考えに至ったのか、完全に項垂れて土下座みたいな格好になってるわ。
『しかもだ。アレがいなければお前が率いていた寡兵も意味をなさん。アレを沈められた時点で、お前の企みは水泡となる』
『アレ?あ……おやめください!アレを失えば……!』
渾沌が振り向くよりも先に、背後にただ立っていた起爆棲姫が巨人の手に握り潰されたようにバラバラになった。
これで渾沌の計画はご破算。
例え、万が一混沌がお父さんを倒し、私たちまで突破して目的地に到っても、起爆棲姫がいないんじゃ意味がないもの。
『さて、これでお前が立てた作戦は失敗。次はどうする?』
錆び付いたようにぎこちなくお父さんに向き直った渾沌の顔は、まるで迷子の子供のように拠り所を探しているように見える。
ここから渾沌が取れる手段は二つしかない。
お父さんに挑むか、不様に命乞いをするかの二つよ。
まあどちらを選んでも、渾沌が行き着く先は一つしかないんだけど……。
『お、お許し……ください……』
渾沌が選んだのは後者だった。
力無く残った左手をお父さんに差し出し、渾沌は涙を流しながら許しを乞うた。
『沈みたくない……。あそこには還りたくない!我は沈みたくない!』
渾沌はお父さんのズボンの裾を掴んで懇願した。
この目で見ても信じられないわ。だってあれは、恐らくはこの戦争初の深海棲艦の命乞いなんだもの。
『そうか。沈みたくないか』
『はい、どうか……どうかお許しを……』
人はいつ絶望するのか。
仕事が上手くいかなかった時?お金がない時?愛する人と別れた時?まあ、人によって理由は色々あると思う。
でも、今の状況に限定すれば命乞いしていようと、いっそ殺せと言っていようと心の底から絶望させられる。それは相手が深海棲艦でも変わらない。
たった二言、言えばいいだけ。
『良いだろう。許してやる』
お父さんが一言目を言うと、渾沌は一縷の希望を得たように、嬉しそうな顔でお父さんを見上げた。
『とでも、言うと思ったか?』
二言目を言うと、渾沌の顔が信じられない物でも見たように固まった。
きっと頭がお父さんの言葉を理解しきれていない。
一縷の希望を容赦なく絶たれたことが信じきれないでいる。
お父さんは、そんな渾沌の頭を掴んで刀を水平まで持ち上げた。
そして……。
『ああ……その顔が見たかった』
と言って、刀を右から左へと一気に振り抜き、渾沌の首を絶ち斬った。
これで終わったのかしら。
頭と強制的にお別れさせられた渾沌の胴体が沈んでも、頭を眼前に持ち上げたお父さんがそれっきり動かなくなったからわからないわ。
「ふぅ……。死ぬか思うたわい」
みんな、どうしていいのかわからずにお父さんを見守っている中、日進叔母さんはそんな空気をぶち壊すかのようにそう言って、水面に胡座をかいた。
そういえばこの人、途中から何かしてたわね。
死ぬかと思ったとか言った割に身体は傷一つ付いてないけど何やってたんだろ。
「終わったようじゃのぉ」
「終わった?何が?」
「復讐じゃよ。奴の首を斬ったと同時に、叔父上の化生も霧散したわい」
「じゃあ……」
お父さんの戦いは終わった。
十数年の時間をかけたお父さんの復讐がついに終わった。だからお父さんは動かないの?余韻に浸ってるから動かないの?それとも目的を失って、次ぎに何をしていいかわからないから動かないの?
と、頭に浮かんだ疑問のどれが正しいのか考えていると、お父さんがようやく動いた。
刀を手放し、眼前に掲げていた渾沌の首を両手で胸に押し付け……いや、抱き締めた。
そして……。
『ハハハハハハ………。ハハッ…ハハッ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!』
再び嗤い始めた。
でも何でだろう。この嗤いは怖いと感じない。
それは私だけじゃない。だって、お父さんが最初に嗤い出した途端に白目剥いて泡吹いてた叢雲が普通だもの。
今のお父さんは嗤ってるんじゃない。
たぶんあれは泣き声であり、断末魔の悲鳴なんだわ。
「叢雲さん。すみませんが、離れてもらえますか?」
「ど、どこ行くの?」
「あの人のところへ」
叢雲が離れると、大淀は持っていた三連装砲を投げ捨ててお父さんへと向かって行った。
そうよね。
アンタならそうするよね。
だって今、お父さんが泣いてるんだもの。
「桜子さんは、行かなくていいんすか?」
「うん。私じゃあ、お父さんを慰めてあげられないから」
大淀に抱き締められてもまだ泣き続けるお父さんを見ていたら、以前角千代に聞いた唄が頭をよぎった。
助けた民間人が、お父さんの戦いぶりを唄った唄が。
「泣いた 泣いた ただ泣いた……」
でも、私の口を突いて出た歌詞は違ってた。
今のお父さんは鬼じゃない。
失った家族を想って泣く一人の父親。
心の内に飼っていた復讐鬼が死んだことで、ようやく人に戻れた哀れな男。
そんなお父さんが、少しでも安らかな気持ちになれるよう願って……。
泣いた泣いた ただ泣いた
狂った鬼は ただ泣いた
何も言わずに ただただ泣いた
仇の首を 抱き締めて
狂った黒鬼 泣いたら死んだ
と、口ずさんだ。
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
-
大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)