艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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 お待たせしました!
 掘りは終わっていませんがイベント自体は完走したので十七章後半の投稿を開始します!


第百七十六話 私のために死になさい

 

 

 

 

 ノルウェー海での敗北からちょうど一週間目の夜。

 敵艦隊がパルマを越えて、ワダツミを先頭とした我が艦隊を包囲するように鶴翼の陣を形成しているという報を受けてから、ワダツミ他各艦は第一種戦闘配置に移行した。

 

 「各艦隊旗艦、及びカガ艦長に封書Bの開封を許可。と、伝えてちょうだい」

 「了解しました」

 

 私の指示で、通信士がほぼそのままの内容を伝えているのを他人事のように聴きながら、私は夜闇の向こうを見つめた。

 あの闇の向こうに敵がいる。

 私たちを包囲殲滅しようと、薄く長く艦隊を広げている敵がいる。

 

 「カナロアから入電。ケンドリック提督が提督と話がしたいそうです」

 「繋げてちょうだい。映像通信を求めているなら映像も」

 

 私がそう伝えると、通信士は「了解しました」と答えてヘンケンの映像を正面モニターに映した。

 ほんの二日前に身体を重ねたばかりだってのに、彼の顔を見た途端に私の下腹部が疼いた。

 まったく、作戦開始の前なのに、たった一度抱かれたくらいでオスを求めるようになんて、私の身体は私が思っていた以上にメスだったみたいだわ。

 

 『やあエマ。調子はどうだい?』

 「上々よ。そっちは?」

 『絶好調だよ。それは俺だけでなく、兵から艦娘に至るまで全てだ』

 「そう、なら良かったわ」

 

 ワダツミの後方で、護衛の第7艦隊と共に控えているカナロア。そこに彼が居ると思うだけで安心感が得られる。

 愛する人が背中を守ってくれてるからってだけじゃないわ。彼なら、私の考えを読んで最適な手を打ってくれるもの。

 

 『では少し真面目な話をしよう。Gimmickへの攻撃は予定どおりで良いな?』

 「ええ、構わない。こちらもすでに、ビッグ7を筆頭にした戦艦たちを全て両舷カタパルトに待機させてるわ」

 

 この作戦で一番難しいのはギミックの破壊タイミング。

 敵が艦隊を補充する速度がノルウェー海戦時と同じと仮定すると、ギミックの破壊はワダツミが結界に接触する直前くらいに調整しないとダメ。

 故にタイミングを合わせ、カナロアに搭乗している全戦艦と、ワダツミに搭乗している大和を除いた全戦艦による艦砲射撃で敵陣の両翼、その最奥にいる戦艦仏棲姫と欧州水鬼を撃破して結界を解除し、突破後に船首カタパルトから大和を抜錨させ、撃破した二隻のギミックが復活する前に欧州棲姫とその近衛艦隊を一度撃破する。

 それが、この作戦の第一段階。

 

 『こちらの護衛艦隊による特殊砲弾と爆弾を使った攻撃も予定通りで良いな?』

 「良いわ。結界破壊後、ワダツミを中心にして放射状に着弾させて」

 

 そして第二段階。

 海域を浄化後に特務戦隊を全て出撃させ、第二、第三特務戦隊に復活した二隻のギミックを復活する限り何度も撃破して結界の形成を妨害させ続ける。

 一特戦は復活した欧州棲姫の艦隊と交戦しつつ、大和を『穴』へ送り込む。

 

 「そこまで行けば……」

 

 この作戦で一番キツい第三段階。

 大和が『穴』を塞ぐまでひたすら堪えなきゃならない。しかも、沈めて復活した敵に板挟みにされないよう、手加減しながら戦わないとならないっていうおまけ付き。

 大和が『穴』を塞ぐのが先か、それともワダツミとカナロアの戦力が尽きるのが先かの我慢大会よ。

 

 「後ろは任せたわよ。ヘンケン」

 『任せておけ。君が予想している以上の働きをして見せるさ』

 

 作戦発動直前で、しかも周りには人が大勢いるのにも関わらず、私とヘンケンは互いを見つめて微笑み合った。

 そんな私たちを見た澪と辰見さんが「ま、まさか……」とか「恵の仕業ね」なんて言ってるのが気になるけど……。もしかして私とヘンケンが男女の関係になったのに察しがついちゃった?

 

 「提督、カガ艦長が映像通信を求めていますが……」

 

 それは他の人たちも同じだったらしく、通信士が申し訳なさそうに告げてきた。

 それじゃあヘンケンに勇気も貰ったことだし、作戦前の山場に入るとしましょうか。

 

 「正面モニターに回してちょうだい。ああそれと、同じ映像を艦内にも流して」

 「よろしいのですか?」

 「ええ、構わないわ」

 

 それも作戦の内だから。

 とは口に出せないけど、艦娘たちに彼らのことを知っていてもらう必要がある。

 自分達が、誰の犠牲があって敵陣深く切り込めたのかを知っていてもらうためにね。

 

 『ご機嫌麗しゅう、妖精殿。沖田艦長もご壮健のようですな』

 「妖精?カガ艦長は、妖精が見える人だったのですか?」

 

 確かに妖精さんは、うじゃうじゃって言うほどじゃないけどここ第一艦橋内にも居るわ。

 でも変ね。

 隣の艦長席に座ってる艦長に視線で「見える人?」って訪ねても、艦長は瞼を閉じて否定してる。

 だからカガ艦長は見える人じゃない。いや待って?そういえば私を見ながら妖精殿って言ったような……。

 

 『いえ、これは失礼。我が艦の乗組員が貴女の事を妖精と呼んでいるのでつい』

 「私が……妖精?」

 『ええ、艦娘たちをその可憐な声で勝利に導く『海原の妖精』紫印 円満。私を含め、護衛艦群の兵全てが貴女のファンで、そう呼び慕っているのです』

 

 そ、そんな呼ばれかたをしてるとは今の今まで全く知らなかった。

 なんか、自分が妖精なんて呼ばれてると知って照れ臭くさいと言うより少し引いちゃったわ。

 でもここは取り敢えず、当たり障りの無いことを言っといた方が良いわよね。

 

 「そ、それはどうも。兵の方々にもよろしくお伝えください」

 「承知いたしました。それで本題ですが……」

 

 来た。ここがこの作戦の最初の勝負どころ。

 彼らに上手い具合に火を着け、ワダツミの盾になってもらわなければ、ギリギリの資源をさらに切り詰めて大和の波動砲に頼らなければならなくなる。

 でもそれはしたくない。

 いくら短期決戦にするつもりでも、資源を切り詰めたら勝てる可能性が低くなるし、波動砲で吹き飛ばした敵が再び『穴』から出てきたら敵陣を突破する意味がなくなるもの。

 

 「我らは沖田艦長、いえ元帥閣下からこう約束されていました」

 「何て?」

 「時が来たら必ず死に場所を用意してやる、とです」

 「そう、でも私はそんな話聞いてない。貴方たちには申し訳ないけど、深海棲艦に対する手段を持たない貴方たちはこの先足手まといでしかないわ」

 「だから、撤退しろと?」

 「そうよ。後の事はワダツミとカナロアに任せて、貴方たちは撤退しなさい」

 

 彼は、いや彼らは、それでも行かせと言うはず。逝かせろと言うはず。だって彼らは、そうすると踏んで艦長を通して先生が集めた人たちなんだもの。

 これで「はいわかりました」と言うような人たちが、こんな場所まで付き合うはずがない。

 

 「我らの艦は装甲が強化され、戦艦の砲撃にも数発は耐えられますし、水壁を起こすのに特化させた特殊砲弾を撃つことができる火器も多数搭載しています」

 「だから何?まさかワダツミの盾になるとでも言うつもり?」

 

 間違いなくそのつもり。

 それはカガ艦長の微笑みや、その後ろから聴こえてきた期待に胸を膨らませたような静かな歓声で確信したわ。

 でも私は……。

 

 「却下よ。認められない」

 「理由を、お聞きしてもよろしいですか?」

 「理由は先に言った通りよ。戦艦の砲撃にも数発耐えられる?特殊砲弾が扱える?だから何よ。それでも貴方達が足手まといなのは変わらない。無駄な死人を出すくらいなら、大和の波動砲で敵陣に風穴を開ける方が安全で確実だし効率的だからよ」

 

 そう、強い口調で言ってもカガ艦長の顔色は変わらない。微塵も動揺していない。

 それに対して私はどう?

 ちゃんとやれてる?効率を優先するという建前で死人を減らそうとする提督を演じられてる?

 冷酷な仮面の裏に、部下の身を案じる心優しい提督をちゃんと演じられてるの?

 

 「それでも、やらせていただきたい」

 「駄目よ!絶対に駄目!貴方達は今すぐ撤退しなさい!」

 

 あれ?どうしたんだろう。

 感情的に言うつもりなんてなかったのに、冷静に、冷徹に、有無を言わせぬように言うつもりだったのに、私は感情的に、叫ぶように言ってしまった。

 

 「提督、アイツらを盾にすりゃあ、大和の波動砲を節約できるんじゃねぇのかい?」

 「それは……そうだけど……」

 

 艦長が助け船を出してくれたけど、彼らの申し出を許可する言葉が喉の奥から出てきてくれない。

 日本を発ってからずっと、どんな言葉で彼らの士気を上げようかばかり考えていたのに、今の私はどうやったら諦めてくれるか考えてる。

 

 『紫印提督。どうか、どうか我らの気持ちを汲んで頂きたい。この通りです』

 

 そう言って、画面の中のカガ提督は帽子を脱いで深々と頭を下げた。カガ艦長だけじゃない。画面に映る範囲にいる全ての人が同じように頭を下げている。

 そんなに死にたいの?

 そんなにも、私に重荷を背負わせたいの?

 そこまで私を苦しめたいの?

 私みたいな小娘に頭を下げてまで、アンタたちは死にたいの?

 

 「わか…った」

 『で、では!』

 「ええ、ワダツミの護衛を……」

 

 だったら死なせてやろうじゃない。背負ってやろうじゃない。と、覚悟を決めてそこまで言ったら、艦橋内が一瞬だけざわついて私に注がれていたみんなの視線も一際強くなった気がした。

 カガ艦長ですら、信じられないものでも見るような目で私を見てるわ。

 

 「円満!もういい!それ以上は私が言うから!」

 「やめなさい大城戸中佐。貴女にそんな権限はないでしょ?」

 「でも……!でも辰見さんだって!」

 「でもじゃない。それに気持ちもわかる。だけど今は立場と状況をわきまえなさい」

 

 何かに慌てて取り乱した澪を辰見さんが力付くで諌めた。澪は何に慌てたのかしら。

 いや、それは後で聞けば良い。

 今は続きを言わなきゃ。

 言って作戦を実行しなきゃ。

 でも口が動かない。喉から声が出てくれない。彼らに死んでもらわなきゃダメなのにどうしても口が動いてくれない。どうしても、続きが言えない。

 

 (兵達が最も望んでいることを一言だけ言ってやれ)

 

 どうしても言葉を紡いでくれない自分の口に困惑していると、以前先生から教わったことが頭をよぎった。

 あれはたしか、先生がまだ横須賀鎮守府で提督をしていた頃、私が士官として着任してしばらく経った頃に、出撃前の演説はどんなのが好まれるのかって質問をしたんだっけ。

 

 「演説?そんなものはしてもしなくてもいい」

 「そうなんですか?」

 「ああ。確かに出撃前の演説は士気高揚に効果的だが、だからと言って絶対にしなければならないものではない」

 

 あの時は、先生の言葉を聴いて拍子抜けと言うより安心した記憶がある。

 だってお立ち台に立って長々と演説するなんて私のキャラじゃないしね。

 そして先生は……。

 

 「だがどうしても何か言ってやりたいなら、兵達が最も望んでいることを一言だけ言ってやれ」

 

 と言って、話を締め括った。

 それで悩みが一つ増えたわね。

 だって、兵達が最も望んでいることなんて私程度じゃ想像もつかないだろって、あの当時は思って無駄に悩んだりもした。

 でも今は違う。

 今この瞬間、この人たちに限れば、彼等が望んでいる一言がわかる。

 

 「カガ艦長。護衛艦群全ての人に、私の声が届くようにして頂けますか?」

 『はい、ただちに』

 

 カガ艦長が目配せすると、後ろに控えていたカガの艦橋要員たちが画面からフレームアウトした。

 今の内に、言いたいことをまとめなくちゃ。

 

 『準備、整いました』

 

 時間にして5分足らずかしら。

 再びモニター内に現れた艦橋要員に耳打ちされたカガ艦長が、準備ができた旨を私に伝えてきた。

 さて、言いたいことは頭の中でまとめたけど、私はちゃんと言うことができるのかしら。

 

 「カガ艦長。貴方を護衛艦群全ての乗組員の代表とし、言いたいことがあります。よろしいですか?」

 『何なりと』

 「では、遠慮なく。アンタ、バカじゃないの?」

 

 さすがに予想していなかったのか、いきなりバカ呼ばわりカガ艦長だけでなく、艦橋に居る全ての人が「は?」と言いたげな視線を私に注いできた。

 さて、どこかの芸人風に言うと掴みはOK。

 あとは感情に任せて言いたいことを言うだけよ。

 

 「時が来たら死に場所を用意してもらう約束だった?もう一回言うわよ。バカじゃないの?自分の死に場所も自分で用意できない奴が私に意見具申するなんて片腹痛いわ」

 

 カガ艦長だけでなく、後ろに控えているカガの艦橋要員たちも困惑してる。

 そりゃそうよね。

 一軍を預かる最高司令官である私が、日本軍全ての人が聴いている状況で暴言を吐いてるんだもの。

 

 『お、お言葉ですが提督、我らは……』

 「我らは、何よ。まさか今さら、自分達が死ぬのはお国のためだ。なんて綺麗事を言うつもりじゃないでしょうね」

 

 カガ艦長の言葉を遮った私の言葉で、彼は黙り込んでしまった。

 言おうとしたけど言えなくなった。って、ところかしら。

 自分達がお国のためじゃなく、自らの欲求を満たすためだけに死のうとしている。その事実を、私が思い起こさせたから。

 

 「良いわ。アンタ達の望みを叶えてあげる」

 

 私が席から立ち、私の全身しかモニターに映されない位置まで移動しながらそう言うと、カガ艦長の困惑の色が濃くなった。

 もう少しよ円満。もう少しだけ我慢しなさい。

 言い切れば泣ける。

 きっと放送を聴いた満潮が、艦橋の外まで来て待ってくれてる。慰めてもらえる。

 だから、全部言い切れ。

 

 「でも、アンタたちに綺麗な理由は与えてあげない。アンタたちは世界のためでもお国のためでも艦娘のためでもなく、私を護るため、私のために戦いなさい」

 

 私が背負ってあげる。

 私が、全てを失った貴方達が戦う理由になってあげる。私が見送ってあげる。だから……。

 

 「カガ艦長、列びに全護衛艦乗組員に、敵中突破までの護衛を命じます。総員、私のために死になさい」

 

 今にも崩れそうな顔に力を入れてそう言い放つと、カガ艦長は一瞬だけ涙を堪えて敬礼し、「アイ!マム!」と力強く応えてくれた。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 あの放送が終わったあと何処に行ってたのか?

 第一艦橋よ。

 いや、提督の物言いにあったまきちゃってさ。一発ぶん殴ってやろうと思って行ったわけ。

 

 殴ったのか?

 ううん、殴れなかった。

 それどころか、朝潮型姉妹と荒木中佐に邪魔されて第一艦橋に近づけなかった。

 

 でもなんとか、提督と満潮が見える位置までは近づけた。近づけたは良いけど、提督の姿を見てぶん殴りたいと思ってた気持ちが萎えちゃったのを憶えてる。

 

 うん、青木さんも知ってるでしょ。

 艦内に流された放送はカガからの映像だけだったから気付かなかったけど、亭主に聞いたら提督の髪はあの時真っ白になったんだって。

 そう、大城戸中佐が口を挟んだあたりで。

 

 そんな姿になった提督が、満潮の胸に顔を埋めて泣いてたのを見ちゃって、その場では何もする気になれなくなっちゃったんだ……。

 

 その後に何かしたのか?

 あ~いやぁ……。青木さん知ってて聞いてない?

 うん、そう。

 どうしてお咎めがなかったのか不思議だよ。

 私はワダツミの直衞艦隊が対処しきれないタイミングを見計らって、敵の爆撃機をわざと見逃した。

 

 その結果は青木さんも知っての通りだよ。

 死人こそ出なかったけど、私はあの場にいた人全てを死なせかねないことをしでかした。

 

 正直、処罰された方がマシだったかな。

 何かしらの罰を受けてれば、こんなに気持ち悪い想いを抱えたまま生活しなくてもすんだだろうから……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元翔鶴型装甲空母 二番艦 瑞鶴へのインタビューより。

 

 

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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