艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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あれ?報酬艦以外新艦がいない……。


第百七十七話 同期の桜

 

 

 

 夜明け前。

 あと十数分もすれば朝日が顔を覗かせる。

 そんな時間に、私は不自然に静まり返った第一艦橋のほぼ中央にある提督席の横で、白髪になってしまった円満さんの手をずっと握ってる。

 それはもうすぐ、眼前の水平線上に見える敵陣への突入作戦、『新・天一号作戦』が実行されるからよ。

 

 「日本に帰ったら髪、染める?」

 「ううん、このままで良い」

 

 言うと思った。

 円満さんのことだから、髪がこうなっちゃったのも罰だと思って受け入れるつもりなんでしょうね。

 でもまあ、艦橋から飛び出してきた円満さんを見たときは面食らっちゃったけど、意外と似合ってるから有りと言えば有りだから良いか。

 

 「円満さん、時間よ」

 「わかった」

 

 私が手を離すと、円満さんはまるで船が抜錨するかのようにゆっくりと、流れるように席から立った。

 この戦いを。いえ、この戦争を終わらせるための一手を打つために。

 

 「ワダツミ全乗組員、及び全護衛艦群に通達。これより、新・天一号作戦を実行します」

 

 円満さんのその言葉を皮切りに、さっきまで耳が痛いくらいの静寂に包まれていた第一艦橋が一気に騒がしくなった。

 それはワダツミだけでなく、ワダツミとその少し前にいるカガを中心として輪形陣を展開している9隻の護衛艦群や背後の第7艦隊も同じなんでしょうね。

 

 「艦長」

 「了解だ。ワダツミ、微速前進」

 

 艦長さんがそう指示するとワダツミがゆっくりと動き始めた。窓から外を見てみると、少し遅れて護衛艦群も前進を始めたのが見えたわ。

 

 「護衛艦群の状況は逐一伝えてちょうだい」

 「了解しました」

 

 席に座り直しながら、円満さんは管制官にそう命じた。

 まったくこの人は、身体に目に見えて影響が出てるのにまだ背負おうとしてる。

 どの艦がどんな沈みかたをしたのか、全部覚えておくつもりなんだわ。

 

 「敵艦隊。護衛艦群に向けて砲撃を開始しました」

 

 航行開始から約10分。

 全艦が最大戦速に入ったあたりで敵艦隊が砲撃を開始した。今のところ、距離も開いてるから至近弾で済んでるわね。

 

 「コンゴウ、アタゴ、マヤ、改良型巡航ミサイルによる攻撃を開始」

 

 前方の空を見てみると、緩い弧を描くように計10発のミサイルが順次飛んで行くのが見えた。

 管制官は攻撃と言ったけど、アレは正確には攻撃じゃない。

 あの巡航ミサイルは水壁を起こすことに特化させた物で、数秒間とは言え敵からの攻撃を防ぐ防御壁を造り出すことができるって代物よ。

 

 「左翼、護衛艦シラネ被弾。速度を一杯に上げ、敵陣へと突撃を開始しました」

 

 敵陣との距離が2kmまで迫ったところで、時計で言うと11時の位置にいたシラネが左舷に被弾し、砲を連射しながら突っ込み始めた。

 アレが一番手か。

 何をする気かはわかんないけど、なぜか悲壮感は感じない。あのまま突っ込めば轟沈は確定なのに、何故か嬉しそうに感じるのはなんでだろう。

 

 「ん?何この音……。歌?」

 

 シラネが突撃を開始して少し経ったころ、歌のようなものが響いているのに気づいた。

 これは艦橋内から出てる音じゃないわね。外からだわ。

 

 「『同期の桜』……か。古くせぇ歌を歌いやがる」

 

 艦長さんが帽子を目深に被り直しながら口にした『同期の桜』。この歌は日本の軍歌で、太平洋戦争時に好んで歌われた歌だったと誰かから聞いた覚えがある。

 なんでも、華々しく散る姿を桜の花に喩えた歌なんだってさ。

 歌詞はたしか……。

 

 「貴様と俺とは同期の桜……でしたか」

 「なんだ、提督はこの歌を知ってたのかい」

 「ええ、私と同世代の駆逐艦は全員歌えますよ。もっとも、替え歌の方ならですけどね」

 

 そう言えば、着任して間もない頃に円満さんから聞いた覚えがある。

 当時の、正確には円満さんより前の世代の駆逐艦の誰かがその替え歌を歌いだしたのを皮切りに爆発的に流行ったんだとか。

 

 「ほう?替え歌なんぞあったんか。どんな感じなんだ?」

 「ほとんど変わりませんよ」

 

 そうは言っても歌いたくなったのか、シラネが自爆による爆風で敵艦数十隻を吹き飛ばして敵陣に開けた大穴へと艦隊が斬り込み、漢たちが歌っていた本来の同期の桜が終わったのを見計らって、円満さんは静かに歌い始めた

 

 「貴女と私は 同期の桜 同じ養成所の 庭に咲く 咲いた花なら 散るのは覚悟 みごと散りましょ 国のため」

 

 円満さんが一番を歌い終わると、それに応えるように両翼、3時と9時の位置にいた護衛艦コンゴウとキリシマが砲とミサイルを撃ちながら左右に別れて行った。

 たぶん、シラネと同じように自爆するつもりなんだわ。

 

 「あれ?この歌……」

 

 円満さんはとっくに歌い終わって、管制官からの報告に耳を傾けているのに歌が終わらない。

 もう一度一番の頭から始まって、そろそろ二番に突入しそうだわ。

 

 「こいつぁまた、アイツらにはもったいねぇ葬送曲だな……」

 

 どうやら聴こえているのは私だけじゃないみたい。

 ワダツミの内側から広がるように響いてくるこの歌声の主は誰?

 いや、()じゃない。

 みんなだ。

 ワダツミに乗艦している艦娘全てが彼らを鼓舞するためか、はたまた安寧を願ってかはわからないけど、各々が様々な想いを込めて歌ってるんだわ。

 

 

 貴女と私は 同期の桜

 

 同じ鎮守府の 庭に咲く

 

 血肉分けたる 仲ではないが

 

 なぜか気が合うて 別れられぬ

 

 

 

 二番が終わると、4時と8時にいたミョウコウとチョウカイが左右に別れ、先の三隻に倣って敵陣へと進んでいった。

 

 

 

 貴女と私は 同期の桜

 

 同じ泊地の 庭に咲く

 

 仰いだ夕焼け 南の海に

 

 未だ還らぬ 姉妹艦

 

 

 

 三番が終わると、6時にいたヒュウガが船隊を真横にして、自身をワダツミへの攻撃を防ぐ壁にした。

 その甲板から乗組員たちが手持ちの火器で応戦し、少しでも注意を引こうとしている様がモニターに映し出されたわ。

 

 

 

 貴女と私は 同期の桜

 

 同じ戦地の 海に咲く

 

 あれほど誓った その日も待たず

 

 なぜに死んだか 散ったのか

 

 

 次は12時と1時の位置にいたクラマとハタカゼだった。彼の二隻は、敵からの集中砲火を受けつつも速度を落とさない。クラマは艦橋を吹き飛ばされながらも前進して自爆し、更なる道を開拓した。

 ハタカゼは砲撃と雷撃を一身に受けて、自爆する間も与えられず轟沈した。

 

 そして残った二隻。

 5時の位置にいたハツユキが、ミサイルでワダツミの周りに水壁を造りながらワダツミとの距離を詰めて、先頭を行くカガが速度を上げた。

 カガの前に立ち塞がっているのは敵水上打撃部隊12隻。アレを突破すれば、もう結界以外にワダツミの針路を遮るモノはない。

 

 

 貴女と私は 同期の桜

 

 離れ離れに 散ろうとも

 

 遠き祖国の 慰霊碑に

 

 かつての名前を 刻みて会おう

 

 

 艦娘たちによる同期の桜の熱唱が終わるのを待っていたかのように、カガは他の艦と同じく自爆し、結界までの道を開いた。

 ハツユキはダメ押しとばかりに自爆し、ワダツミの後ろに炎と水の壁を造ってくれた。

 ここからは私たち艦娘の出番。

 漢達の屍の上を進んで来た私たちが、彼らの死に酬いるために戦う番だ。

 

 「両舷カタパルト緊急展開!各戦艦は順次抜錨!他の艦娘も出撃用意!」

 

 カガが上げた炎の門を通り抜けると同時に発した円満さんの命令に従って、ワダツミの両舷カタパルトが展開されて戦艦たちが抜錨して行った。

 そして円満さんは、始まりの合図とばかりにこう言ったわ。

 

 「さあ!黄昏の水平線に、未来(明日)を刻みなさい」と。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 最初に歌いだしたのは文月だったかしら。

 そうそう、見た目の割に妙に落ち着いた雰囲気を纏ったムツキClassの子よ。

 

 あの子が歌い始めるなり、連鎖するように日本の駆逐艦たちが次々と歌い始めて、それに釣られるように他の艦種も歌い始めたわ。

 

 あたし?

 あたしは歌詞がわからなかったから鼻歌だけだったわ。ただ、何故かFletcher姉さんは歌詞を知ってて、空気も読まずにオペラ歌手張りの歌唱力を遺憾なく披露してたっけ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元Fletcher級 駆逐艦 DD-557 Johnston へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 一際大きな砲撃音が聴こえてから、船体を通じて聴こえて来ていた戦闘音が聴こえなくなった。

 予定通りなら、先ほどの一際大きな砲撃音は私以外の戦艦がギミックに向けて放った一斉射。

 ならばもうすぐ、私の出番です。

 

 『戦艦大和に通達。これより抜錨シークエンスを開始します』

 

 管制官がスピーカーを通してそう言うと同時に、ワダツミ艦首のハッチが左右に開き始めました。

 見えるのは、背後からの薄い朝焼けの光に照らされたドーム状の『穴』。その手前、ワダツミから5000mほどの場所に欧州棲姫とその近衛艦隊。

 アレを波動砲で吹き飛ばすのが、私が最初にやるべきこと。

 

 『船首カタパルトに注水開始。戦艦大和は抜錨位置へ』

 

 指示に従って数歩進むと、スキー板のビンディングのような構造をしたカタパルトと主機が接続されました。

 訓練以外で実際に使用したのはスエズ運河攻略時とノルウェー海戦時の計二回。

 流石に実戦での使用となると緊張してしまいますね。

 まあ、二度あることは三度あるとも申しますし、たぶん大丈夫でしょう。

 

 『主機とカタパルトの接続を確認。射出タイミングを大和に譲渡します』

 「頂戴致しました」

 

 射出タイミングを譲渡されるのと、ワダツミの眼前の景色を歪めていた結界が下の方から消え始めるのは同時でした。

 そう言えば、窮奇はアレを天幕と呼んでいましたね。

 でも私には、アレは幕は幕でも緞帳に見えてしまいます。最後の戦いと言う、戦争と言う名の物語の最終章の幕が上がっているように。

 

 『針路、条件付きでクリア。BB163 大和。抜錨どうぞ』

 「了解致しました。戦艦大和、出撃します!」

 

 ハッチ上部の警告灯が赤から青に換わると、やや前傾姿勢を取った私をカタパルトが私の最高速を上回る速度で射出しました。

 

 「さあ、奏でましょう。未来を勝ち取るための協奏曲を」

 

 急速に上がった速度に身体が慣れ、体勢が安定すると同時にターゲットスコープを形成。

 

 「掴みましょう。望みに望んだ平和な日々を」

 

 目標確認、前方10km地点の欧州棲姫艦隊。全主砲照準、ターゲットロック。

 力場出力150%。波動砲、発射用意完了。

 

 「そして皆で詠いましょう。我らが紡ぎ、歩んだ英雄譚を!」

 

 私は、背後のワダツミから艦娘たちが次々と射出される気配を感じながら、帰投用の燃料すら残さぬ全力の波動砲を発射しました。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 光って見えた。

 ええ、大和の事よ。

 

 戦艦たちの砲撃音を聞きながら、カナロアからの攻撃で正常化した海に両舷カタパルトから打ち出された私たち一特戦が目にした大和は、波動砲の余波によるものと思われる虹色の光りに包まれて光り輝いていた。

 

 

 え?神を穢す名?

 あ~、なんか深海棲艦たちが大合唱してたわね。

 後に香澄から聞いたんだけど、アレって聖書の一説なんでしょ?

 

 は?アレは私たち一特戦の事じゃないのかって?

 いやいや、数が合わないでしょ。

 私たちは9人しかいなかったんだから一人足りないじゃない。

 

 

 あ、でも、香澄は妙に納得してたわね。

 ええ、欧州棲姫の艦隊との戦闘が始まる直前に「大和さんは黙示録の獣であり、バビロンの大婬婦ってことか」って言ってたのよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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