奇兵隊は汚れ仕事専門。
そんな事は、お父さんから総隊長の座を引き継ぐ前からわかっていた。
けど、その事を嫌だと思ったことは無い。むしろ誇りに思っている。相手にするのが人間だろうと深海棲艦だろうとそれ変わらないわ。
そう、私は斬らなければならない。例え相手が誰であろうとも。例え…この身が血に染まろうとも。
「例の件で悩んでるんすか?」
「うん…ちょっとだけね……」
晩ご飯を食べ終わった後の家族の団欒。
その最中に、物騒な事を考えていた私に桜をあやしていた旦那が声をかけて来た。
「桜子さんが手を下す必要はないっすよ。自分がやるっすから」
「けど……」
「いいんすよ。桜子さんの思い詰めた顔なんて見たくないっすから。ねぇ~桜ちゃん」
と、眉無しツルッパゲの旦那が桜に変な顔を見せながら言ってくれた。
気持ちは凄くありがたいけど……。
桜に向けてる変な顔のせいで感動が半減だわ。気の弱い駆逐艦が見たら泣いちゃうんじゃないかってくらいキモいし。
まあ、桜が嬉しそうにキャッキャ言ってるから何も言わないけどね。
「ちょっと…お父さんに電話してくる」
「うっす」
旦那はそれ以上何も言わなかった。
いや、言えなかったのかな。だって私の腹は決まってるんだもの。旦那だってそれはわかってるはず。
それでも自分がやるって言ってくれたのは、きっと私の背中を押すためだと思う。ほら、私って天邪鬼だからさ。
「ふぅ……。よし。かけるか」
私達の住居には固定電話がある。
見た目は普通の黒電話だけど、これは盗聴対策を基地外レベルで施してあるお父さんの部屋以外には繋がらない直通回線。
それなのにダイヤルがあるのは暗証番号を入力するためよ。桜がイタズラしてかけちゃったら、お父さんがポンコツ化して大本営の機能が止まりかねないからね。
『私だ。どうしたんだ?こんな時間に』
「知らせたいことがあってね。あと…お父さんの許可が欲しくて……」
『命令ではなく。か?』
「うん……」
数コールで電話口に出たお父さんは仕事モードだった。
こんな時間まで仕事なんて大変ね。そんなんじゃ、あと2時間もしたら寝てしまう大淀との夜戦(意味深)もまともに出来てないんじゃないの?
「大和、矢矧を乗せた護送車を襲撃したメンバーの中にアクアリウムの上位メンバーが居たのは報告したよね?」
『ああ。何か聞き出せたのか?』
「ええ、単刀直入に言うと、アクアリウムの最高指導者。通称『マザー』に関する情報が入手できたわ」
『ほう?それは僥倖だな』
でしょうね。
アクアリウムは長年お父さんを悩ませて来た目の上のたんこぶみたいな奴らだもの。この情報を機に、奴らを一気に壊滅に追い込むことも出来るかもしれない。
「尋問した捕虜はこう言ってたわ。『マザーは神と言葉を交わし、十数年間歳も取らず、神のように海を駆ける』と」
『それは確かか?』
「確かよ」
お父さんは、たぶん私と同じ事を考えている。マザーの正体は艦娘だと。
襲撃に際し、深海棲艦に情報を提供した者が居たのではないかと疑われた舞鶴と横須賀、そして今回の養成所襲撃。
情報提供者の存在は可能性として有り得る程度にしか思われてなかったけど、この情報が本当なら放って置くわけにはいかないわ。
「4年前の大規模作戦。お父さんは直前まで情報をひた隠しにしてたけど、この事を確信してたから?」
『可能性の一つとして疑っていた程度だ。今は退役している当時の大本営参謀共に足を引っ張られないようにしていた用心が功を奏しただけだよ』
「じゃあ、お父さんも艦娘が情報を深海棲艦に流しているとは確信してなかったのね?」
『当たり前だ。艦娘は鎮守府から一歩外に出るだけでも許可が要るし監視もつく。さらに、全ての艤装は完全に管理されている。瓶に手紙を詰めて海に流す程度なら出来るかもしれんがな』
夢見がちな乙女じゃあるまいに。
海に流した瓶が、情報を流したい深海棲艦の元に辿り着く可能性なんて宝くじが当たる可能性より低いわね。
「管理外の艤装は無しか……。やっぱりマザーは艦娘じゃないのかしら」
それが有り得ない事はわかってる。
尋問が終わってすぐ、あの子が所属していた部隊の生き残りを探して接触し、あの子が死んでない事は確認済みだから。
『いや待て。一つだけあったな……。管理されてない…と言うよりは存在しない艤装が』
やっぱりか。もしかしたらと期待したのに。再建造されてちゃんと管理されてるって言って欲しかったのに。
『改峰風型。覚えているな?』
「うん…覚えてる」
改峰風型。
野風型とも呼ばれるこの艦型は神風型と同時期に開発、建造された艤装よ。
中でもその一番艦は、かつて私が背負っていた『神風』と共に艤装の雛型として完成した初の艤装で、その一番艦と適合した子とは研究所に居た頃にルームメイトだったわ。
お父さんがこんな話をするって事は…当たって欲しくない予想が当たってるって事ね……。
『艦名を聞きたいか?』
「いい…察しはついてるから……」
『そうか。ならば、
気づかれてたか…お父さんには敵わないなぁ。
私が望んでる事なら言わなくてもわかっちゃうんだもの。そんなだから、子供が生まれた今でも甘えちゃう。辛い事があると背中を押してもらいたくなる。
旦那に、後ろめたさを感じながらも……。
「ううん。命令は要らない。許可だけしてちょうだい」
『……わかった。好きにやれ。お前が何をしても、私が責任を持って揉み消してやる』
「うん…ありがとう……」
『気にするな。可愛い孫娘のためだよ。母親が檻の中などと言った境遇にはしたくないからな』
「ひっどーい!可愛い娘は檻にぶち込まれても良いって言うの!?」
『むしろ、お前を檻に入れておいた方が日本は平和になるかもしれんぞ?』
ったく!結婚式の時はガチ泣きしたクセに!
それどころか、お父さんったら私の妊娠が発覚した途端に産婦人科医を隊長とした助産師さんの特殊部隊を編成して鎮守府に配属したのよ!?しかも!工廠の治療施設に私専用の部屋まで造っちゃってさ!
そんな公私混同丸出しな事すれば円満が止めそうなものだけど、あの子ったらお父さんにベタ惚れだからあっさり許可しちゃったの!他の鎮守府関係者に申し訳なくて仕方なかったわよ!
それなのに、孫が生まれた途端にこの言いようだもん。あったまきちゃう!
『良い事考えたぞ!いっそ桜をうちで引き取るってのはどうだ?』
「ぶん殴るわよクソ親父!私の子供に手を出そうとしないで大淀に産ませなさいよ!」
『いやぁ……。頑張っちゃぁおるんじゃが……。歳のせいかその…なぁ?』
なぁ?じゃない。
まだ仕事中でしょ?仕事中に素に戻んないでよ。
あ、ちなみにだけど、お父さんは仕事中とプライベートでキャラを使い分けてるの。
仕事モードの時は一人称は『私』だし喋り方も偉そうなんだけど、素に戻ると方言が丸出しになるのよ。ハッキリ言って、プライベート時のお父さんは見た目の厳つさも相まって893にしか見えないわ。
「やる事はやってんでしょ?子供作った実績はあるんだからその内デキるわよ。大淀に問題が無ければ」
『おうそれよ。大淀が正にその事を気にしちょってな?今度病院に付いていっちゃってくれんか?』
「ええ~。私がぁ~?」
『頼む!どうも俺にゃあ隠しちょきたいらしゅうてな。俺の方から病院に行こうとは言いづらいんじゃ』
はぁ……。そんなの夫婦の問題でしょうが。
とは言え、年下でも大淀は継母だし、お父さんも困ってるみたいだから病院について行くの自体はやぶさかじゃないけど……。それプラス慰めてあげなきゃダメかなぁ。
え~と、お父さんと大淀が結婚して1年くらいだっけ?まあ、お父さんって射撃が下手だから単に当たらないって可能性もあるって慰めてやろう。
けど……私は一発だったんだけどなぁ。旦那が狙撃手だからかな?
「わかったわよ。付き添ってあげる。私の方から話を振ればいいんでしょ?」
『それで頼む!いやぁ~。やっぱ持つべきもんは出来た娘じゃのぉ』
「お世辞言っても何も出ないからね。じゃあ要件も済んだし……」
『待て。話が逸れたが、さっきの件を円満にも話すつもりか?』
「そのつもりだけど……。話すなって言うなら話さないよ?」
『いや、話すのは構わん。むしろ、私がそっちに行った日に辰見も交えて話そう。だが、『神と言葉を交わし』の部分は伏せて話せ』
「その心は?円満なら可能性レベルで考えてると思うけど?」
急にキャラを変えるな。は、良いとして、私は話した方が良いと思うんだけどなぁ。本当に情報が流されてるなら、こっちの都合の良いように操作できると思うんだけど……。
『お前の考えはわかる。だが、情報の流出先が
「深海棲艦も一枚岩じゃない……。って言いたいの?」
『その可能性があるという程度だが、不確実な情報を当てにして失敗したのでは目も当てられん』
なぁ~んか怪しい。
お父さんは何を隠してる?情報の流出先が目標とは限らない?目標って何処?ハワイ島の中枢を叩いた今、些細な不安要素まで警戒して挑まなきゃいけない目標って……。有り得そうなのは…あそこしかないわね。
「まさか…
『……まだ計画段階だがな』
当たり…か。鬼風との会話をお父さんに話した時から、いつかは攻めるだろうと思ってたけど……。
「じゃあ、去年お父さんが各泊地を巡ってたのはその準備のため?」
『ああ、すでに防衛ラインの強化を名目にしてラバウル、ブイン、ショートランドの三基地が包囲網を形成中だ。各鎮守府からも艦隊を派遣している。この秋には殲滅戦に移行出来るだろう』
やっぱりか。
てっきり新婚旅行ついでの挨拶回りだと思ってたけど、大淀との夫婦生活で色呆けしてたんじゃなくて発令、実行前の根回しをしてたのね。
「包囲殲滅戦ねぇ……。上手くいきそうなの?」
『今のところはな。だが……気になる事がある』
「気になる事?」
『作戦の内容は円満が考え、概要はすでに提出されているのだが……』
「使えないの?」
『そんな事はない。三基地を前線基地とした包囲殲滅戦は円満のアイディアだ。しかし、円満はこれを予備プランだと言っていた」
「包囲殲滅戦が予備プラン?本命じゃなくて?」
お父さんはすでに包囲網を形成中って言ってたわよね?各鎮守府から艦隊も派遣してるとも言ってた。
南方中枢を封じ込めている三基地に集まってる艦娘の数まではわかんないけど、お父さんが直接指示してるんだから陸海空全てを包囲する算段のはずよ。
『そうだ。そのプランでは、ラバウル、ブイン、ショートランドに配した艦娘と基地航空隊で三方から包囲を狭めて行き、北方に誘因、もしくは後退しようとする敵艦隊の背後をガダルカナル島南方からワダツミ旗下の艦娘で攻める予定になっている』
「まるでカンナエの戦いね。それで十分なんじゃないの?」
『私もそう思う。南方中枢の艦種や『結界』の有無は確認できていないが、こちらは前線基地三つから反復出撃できると言う好条件だ。ハワイ島攻略戦時の戦力と相対しても優位に戦えるだろう』
「それなのに、円満はそれを予備プラン扱いしてると?」
『ああ、どうやら円満は、この通りには行かないと考えているみたいだ』
まあ、予定通りに行ったら苦労はしないわよね。
どんなに小さな作戦でも想定外の事態は起こり得ると考えて行動しろって、私はお父さんに教わった。お父さんに提督のいろはを叩きこまれた円満だって例外じゃないはずだわ。
「ちなみに、本命のプランはどうなってるの?」
『聞きたいか?』
「聞いていいんなら」
『……なら言おう。正直、私も円満が何を考えているのかわからない所がある』
はて?円満の考えがお父さんでもわからない?お父さんにそうまで言わせるほど突拍子もない作戦なのかしら。
『そのプランは、我が軍がトラック泊地まで後退していることが前提で立てられている』
「え?は?トラック泊地まで後退?どういう事?中枢を包囲中の基地や泊地は?」
『円満のプランでは陥落していたよ』
「ちょちょちょっと待って!そんなにヤバい状況になってるの!?」
『いや、現状は小規模な戦闘が発生してる程度で大事には至っていない。確認されている敵艦隊も小規模な物ばかりだ』
それなのに三つの基地が陥落?お父さんの事だから、敵の勢力が小規模だからって慢心はさせないはず。
各基地の司令がお父さんほど慎重かはわかんないけど、それでも包囲殲滅の前準備をしてるんだから下手な事はしないはずだわ。
単に、円満が心配性で最悪以上の事態を想定してるだけだと思うんだけど……。
『わからないことはそれだけではない。円満は、その作戦での
「いくらなんでもそれは……。予想戦死者数よね?」
『違う。
有り得ない。
もしその通りになれば、それはもう予想なんて言葉じゃ片づけられない。予知だ。
円満にそんな能力が?いや、あの子は頭は良いけど予知能力者なんかじゃないはず。少なくとも、私が
『円満は、そのリストを私に渡した後、涙を流しながらこう言ったよ。「私はこれだけの艦娘を殺します」とな』
「あの子には…いったい何が見えているの……?」
『それは私もわからん。だが……』
「だが?だが、何?」
『円満はこうも言った。「これは前哨戦」と』
前哨戦ですって?敵中枢を攻略するのが前哨戦?
南方の中枢を攻略できれば日本の安全は半ば保証されるようなものなのに、円満はそれを前哨戦だと言ってたの?あの子の最終目標は何処にあるの?
『覚悟しておけ桜子。円満は本気だ。彼女は本気で、この戦争を終わらせるつもりでいる。例え、どれだけの犠牲を払おうとも』
そこから先の話は正直覚えていない。気づいたら、私は旦那が座るソファーに腰を下ろしていたわ。
お父さんが何か言う度に「うん」とか「ええ」とか言って適当に流してた覚えはあるけど、『戦争を終わらせる』ってワードのインパクトが強すぎて他が頭に入ってこなかったんだと思う。
「ママ~ぽんぽんいたいの?」
「え?ううん、痛くないよ。桜は痛いの?」
「いたうなぁ~い♪」
たぶん、痛くないって言ったんでしょうね。
元気のない私をこの子なりに心配したのか、隣に座ってる旦那の膝から私の方に移動してお腹に顔を埋めてグリグリし始めたわ。どうしてお腹の心配をしたのかは謎だけど。
「ねんねする?」
「うぅ~……」
私のお腹をグリグリしてる内に眠くなってきたのか、座りの良い位置を探してモゾモゾしてる。こうなると、桜が寝るのはあっという間。ベストポジションを見つけたら速攻で寝落ちするわ。
「親父は何て?」
「好きにして良いって……」
「じゃあ、好きにするんすね?」
私は、すぐに答える事ができなかった。
やる事は決まってるのに。やるべき事はわかりきってるのに、寝息を立て始めた桜の頭を撫でてる内に決心が鈍りそうになってしまった。
「私の手は血で汚れてる……。これからも汚れ続ける……」
「なら、やめるっすか?」
やめる?やめるなんて選択肢は端から存在しない。これは私が選んだ道だ。
例え将来、この子に人殺しと蔑まれたって構わない。この子が平和な世界を享受できるなら、私はどれだけ汚れたって構わない。だから、今も戦い続けている。
それなのに……。
「ねぇ、アナタ。この戦争を終わらせるなんて出来ると思う?」
「どうっすかね。正直、終わらせれる気は全くしないっす。終わらせられれば最高っすけど……」
だよね。私だってそう思ってた。
終われば最高。終わらなくても現状は問題ないって。
だって、私はもう艦娘じゃないから。ただの人間の私じゃ戦争を終わらせるなんて無理だって、いつの間にか私は諦めちゃってたのね。
艦娘を辞めても、いや、辞めたからこそできる事があるって言うのに。
「本腰を入れるわ。手始めにアクアリウムを殲滅する」
円満に触発されちゃったわね。今さらになって、昔の気持ちが蘇って来たわ。
どんなに奇異な目で見られようと、どんなに馬鹿にされようと、どれだけ蔑まれようと諦めなかった昔の気持ちが。
「それでこそ、自分が惚れた桜子さんっす」
「惚れなおさせてあげるわよ。昔以上の無茶だってしてやるんだから」
だから円満。貴女がこの戦争を終わらせる気だって言うなら私も乗ってあげる。
貴女は表舞台で私は裏舞台。
この私が黒子ってのが少し気に食わないけど、終わるまでは我慢してあげるわ。
私が貴女の足元を固めて、貴女が安心して外に目を向けれるよう、内側の不安要素は全て私が片づけてあげる。
そう……。
「あの子は、私が斬る」
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)