不思議なものですね。
『穴』に落ちるつもりでドームに突入したのに、1秒もかからずに抜けた先にあったのは『穴』ではなく海。
しかも、本来ならドームの壁があるはずの背後にも広がっています。
これではまるで……。
「狐にでも化かされた気分です。いや……」
外では激しい戦闘が繰り広げられているはずなのに音がしない。
どこまでも遠く、深く、空と海との境界線が曖昧でわからないほど蒼い海が、小波の音を奏でているだけ。
もしかして、気づかないうちに外と隔絶した空間に飛ばされでもしたのでしょうか。
「狐ではなく神。でしたか」
私の視線の先、10mほどの距離にいるのは、なぜか若葉マークが描かれた白い帽子にセーラー服を着た茶髪のおさげを黄色いリボンで留めている少女。
その少女は無邪気な笑顔を浮かべて、白猫の両前足を掴んでブランブランと振って遊んでいます。
動物愛護団体に訴えられれば良いのに。
まあそれはともかく、アイオワさんが彼女をエラー娘と仮称していたので私も倣いますが、あのような少女にアイオワさんをボロ雑巾にするほどの力があるのでしょうか。
「やあ、バグ」
「婬婦の次はバグ呼ばわりですか。礼儀を知らない神様ですね」
私を見ずに、変わらず白猫と戯れながら彼女が言ったバグとはたしか、英語で言うところの『虫』でありコンピューター用語では誤りや欠陥を指す言葉。
彼女にとっては、私など取るに足らない虫のような存在だからそう呼んだのでしょうか。それとも後者?もしくは両方?
「貴女が神。で、よろしいんですよね?」
「君たちからすればそうなるんだろうね。もっとも、正確には管理者だけど」
管理者ですか。
差し詰め、この世界を管理、運営する者ということですね。ならば、この世界に住む私たちからすれば神と同義。彼女の胸先三寸、いえ気まぐれで、この世界そのものをどうとでもできると考えておいた方が精神衛生上よろしいかもしれませんね。
「この世界はただでさえエラーが多かったけれど、終いには喚んだ覚えのない君のようなバグまで出てきた。リセットではなく、いっそデリートしてしまおうと何度考えたことか」
喚んだ覚えがない?
喚ぶとはどういう意味ですか?まさか、アイオワさんやジャービスちゃんのような艦の生まれ変わり?つまりは召喚?
「あの男もエラーだ。あんな真似ができる人間がいるなど想定していなかった。ここまでたどり着けずに沈んだ者たちもエラーだ。せっかく引き上げてやったのに生き残ったのはたったの二隻。まったく、エラーが多すぎて頭が痛くなるよ」
エラーエラーとうるさいですね。
これなら、アイオワさんが彼女をエラー娘と呼びたくなった気持ちもわかる気がします。
私的には、飽きもせず猫を吊り上げているので『猫吊るし』と呼んで差し上げたいですが。
(大和、時間の無駄だ。今のうちに攻撃してさっさと『穴』を塞ごう)
「それには同意しますが、塞ぐべき『穴』が見当たりませんよ?」
(私たちの目の前に広がっているだろう)
「目の前?」
目の前にあるのは果てが見えない海。
それ以外は彼女だけです。まさか彼女自身が『穴』?いえ、違いますね。窮奇は『広がっている』と言いました。つまり『穴』とは……。
「この海そのもの……ですか。大きすぎでしょう……」
こんな広大な面積をどうやって塞げば……。
それとも下に行くにつれて漏斗状になっているのでしょうか。それならまあ、最深部に到達する手段があればなんとかなる……かな?
「神であるわたしの啓示の真っ最中だと言うのに世間話かい?まったく、君の態度は不遜の極みだね」
「啓示?愚痴の間違いでは?」
聴いただけでは理解できないような事を言っているのは啓示と言えなくもないですが、彼女が口走った内容は愚痴そのもの。
自分の思い通りに進まない事態への愚痴です。
愚痴を言うということは、彼女が世界に干渉できることにも限界がありそうですね。
少なくとも、全知全能じゃないのは確実。
「愚痴……か。愚痴の一つも言いたくなるさ。わたしは必死にやってるのに誰も認めてくれない。それどころか、エラーが起きたらわたしのせいにされる」
「何の、話ですか?」
「なんでもない。君が言う通りただの愚痴さ」
人間臭い。
それが、会ってからの十数分で私が彼女に抱いた感想です。
彼女は本当に神?
もしかして神は神でも唯一神ではなく、複数いる神の一柱にすぎないのでしょうか。
だから深海棲艦に聖書を引用させた?
自らを唯一神だと私に誤認させ、自らもそう思い込みたかったから?
「さて、話が長くなってしまったね。そろそろ始めようか」
「始める。とは?」
「バトルだよ。ラストバトル。君もそれを望んでいるだろう?」
喧嘩を売った身としては確かに望んでいましたが……。あっけらかんと言われると緊張感が皆無ですね。世間話の延長とすら感じてしまいます。
「これでもラスボスだからね。それっぽい台詞は色々考えてたんだ。例えば、抜錨すら許されない恐怖に恐れおののくがいい。とか、我が軍門に下るのなら世界の半分をくれてやろう。とかね。ちなみに聞くけど、世界の半分が欲しいかい?」
「いりません」
「言うと思った。じゃあバトル開始だね。君はバグ故かわたしの干渉を受け付けないが、一応はわたしが作ったルールの内側にいるようだから真っ当に相手をしてあげよう。さて、どれを使おうか……。アイオワの時はモンタナを使ったから……。そうだな……うん、これにしよう」
そう言って、少女が白猫を放すと白猫は海に溶けるように沈み、その代わりのように少女の後ろから艤装が浮かび上がってきました。
見覚えのあるシルエット、それに私と同じ46cm三連装砲が三基。間違いなく大和型の艤装です。
私か武蔵の艤装のコピー?
でも、細部がどちらとも微妙に違うような……。
「君は初対面だったかな?彼女は戦艦として生まれることができなかった、君の三番目の姉妹だよ」
「三番目?ま、まさか……!」
私の反応が愉快で仕方がないのか、少女は満足げに顔を歪ませて艤装を背負いました。
三番目と言うことは、アレは私の妹の艤装?
戦艦として生まれるはずが、時局の影響で空母に設計変更され、生まれ落ちてから僅か10日でその艦生を閉じた悲運の大和型三番艦。
その名は……。
「そう!そのまさかさ!君の相手は幻の大和型三番艦。『戦艦 信濃』だよ!」
そう名乗るなり、彼女は10mという超至近距離なのにも関わらず、私に対して砲撃を開始しました。
ーーーーーーーーー
選択を迫られる。
と、私は彼女たちに言われていました。
ええ、その時が訪れるまで、まるで意味がわかりませんでした。だってこの世界の行く末ですよ?
私が何かしたところでどうにかなるほど、この世界は単純じゃないでしょ?
ですが、私は選択を迫られました。
この世界に安寧をもたらすか、それとも乱世のままに留めるかの選択です。
はい。結果的に私は前者を選択しました。
彼女を犠牲にしてまで、私のような兵器風情が安寧を求めたんです。
~戦後回想録~
匿名希望の元艦娘へのインタビューより、
ーーーーーーーーー
「窮奇!砲撃は一任してるんですからしっかり当ててください!」
(やっている!だが何故か当たらない!
彼女との戦闘が始まってそろそろ30分ほどになりますか。
彼女の初擊をギリギリ傘で逸らし、距離を取って反航戦に持ち込んだ今の状況が好転しないことをついつい窮奇に八つ当たりしてしまいましたが、私も窮奇のことは言えません。
おかしな方向から飛んでくる砲弾を戦艦乙女でなんとか跳ね返しているのですが、砲弾は彼女の体を素通りし、直撃しているはずなのに何故か当たらないのです。
「何が真っ当にですか!とんだチートですよこれは!」
『心外だなぁ。わたしはちゃんと、真っ当に相手をしているよ?』
真っ当にですって?
こちらの攻撃が素通りするだけでなく、発射元であるはずの彼女のはるか前方、私からすれば7時くらいの方向から飛んでくる謎の砲撃法を使っておいて真っ当ですって?
彼女の真っ当は、私に常識から駆け離れているようですね。
「いや、待ってください?もしかして……」
彼女の砲撃は縦方向の弾道曲線は描いていますが水平方向へ曲がっていない。真っ直ぐ飛んできています。
それに、直撃しているはずのこちらの攻撃が彼女の体を素通りすることを加味すれば……。
「そこです!」
私は7時方向から飛んできた砲弾を6時方向へと弾き返しました。
その結果は大当たり。
大したダメージは与えられなかったみたいですが、先ほどまで私と反航戦を繰り返していた彼女の姿が霧散し、弾き返した砲弾の着弾点に彼女が姿を現しました。
『凄いじゃないか。アイオワは気づくまでもうちょっとかかったよ』
やはり幻影でしたか。
彼女は幻の自分を空間に映し出し、自身は透明化して私の電探と視覚情報を狂わせていたのですね。
なぁにが真っ当にですか大嘘つきめ。
『じゃあ、次はこれなんかどうだい?』
彼女が砲撃をやめると、艤装が粒子状に弾けて再び彼女へと集束し始めました。
その粒子が構築しようとしているのは艤装?
ですが、さっきまでの大和型の艤装ではなく、左腕には盾のように持った巨大な飛行甲板。右手には身の丈ほども有りそうな巨大な弩。あれではまるで空母じゃ………ん?空母?まさか……!?
『コンバート改装。航空母艦 信濃』
やはり信濃本来の姿である空母でしたか。
しかも、コンバート改装と宣っていましたから戦艦にも戻れるはず。
母港に戻らずとも自在に戦艦と空母の姿を行き来できるなんて反則でしょう!
「窮奇!」
(わかっている!お前は回避に専念しろ!)
彼女がバリスタのような弩を両手で構えて撃ち出した艦載機数は約100機。
実際の信濃の艦載機搭載数は補用を合わせても47機程度だったはずですから倍以上の数です。
まあ、幻を使っての欺瞞工作に戦闘中のコンバート改装までする人ですから、実際の艦載機搭載数より大幅に多い艦載機を扱えても大して驚きはしませんが……。
「艦載機の熟練度が高い!回避しきれません!もっと弾幕を!」
(やっている!やっているが、艤装に備えられている機銃ではこれが限界だ!)
余裕のつもりなのか、私の前方約5km地点で静止したままの彼女が放った無数の艦載機を相手に窮奇はよくやってくれています。
ですがそれでは不十分。
窮奇の『針鼠』すらすり抜けて急降下爆撃を仕掛けてくるあの艦載機たちに囲まれたままでは、いずれ直撃弾を食らって取り返しがつかないダメージを負ってしまいそうです。
ならば、やりたくはないですがその前に……。
「背部主砲の制御を貰いますよ!」
(構わないが、何をする気だ!?)
「貴女の得意技です!」
そう言うなり、私は背部主砲を真後ろに向けて発砲。同時に脚を消しました。
自分の意志でこれをやるのは初めて大淀と戦った時以来ですが……やっぱり痛い!
「無茶苦茶するね君は。それでも戦艦かい?」
「戦艦ですよ。ただし、戦艦娘です!」
私が着水したのは彼女の真後ろ約100m。本当は目の前に着水したかったのですが飛びすぎちゃいました。
ですが問題ありません。
至近距離まで詰めれば艦載機による攻撃が緩むだろうと思い、そうした私の意図を察した窮奇が両舷主砲を真後ろに向けてくれています。
(背部主砲が装填中で使えないから6発分だが、この距離なら十分だろう)
「ええ十分です。覇道砲!てぇ!」
私の合図で、窮奇が彼女に向けて覇道砲を放ちました。
これで終われば最高。あとは『穴』を塞いで戻るだけなのですが……。
「そうは問屋が卸さない……ですか」
向き直った私の目の前に伸びる数キロにも及ぶ覇道砲の爪痕。その先に、彼女は艤装から煙を上げながらも悠然と佇んでいます。
艤装の損傷具合から察するに大破。
飛行甲板も半分吹き飛んでいますから、艦載機の運用も不可能なはずです。
もっとも艦娘や深海棲艦なら、ですが。
『コンバート……』
再び彼女の艤装が光の粒子になって弾け、艤装を構築し始めました。
両舷から主砲が伸びて来ていますから戦艦モードでしょうか。ですが、左手の飛行甲板と右手の弩も一回り小振りになって再構築されています。
嫌な予感がしますね。
戦艦、そして空母と来たら……。
『if改装。航空戦艦 信濃、
嫌な予感とはどうしてこう当たるのでしょうか。
純粋な火力と艦載機運用能力は落ちているはずですが、それでも砲撃と艦載機による多重攻撃を行える航空戦艦は脅威。
艦隊戦ならともかく、一対一では絶対相手にしたくない相手です。
「窮奇、まだいけますよね?」
(当然だ。むしろこれからが本番だよ)
そうですね。
彼女がいくら反則的な事をしても、私たちには戦うしか選択肢はありません。
それに、ここに入ってから一時間ほどですが、そろそろ外で戦っている矢矧が癇癪を起こす頃ですし、ご主人様にも誉めて貰いたくなってきましたから。
ーーーーーーーーー
『穴』の中にいた奴?
見た目だけなら普通の少女だったわ。
ただし私の次級であり、建造されなかったはずのモンタナの艤装を自在に扱ってたわ。
強かった……と言うよりは卑怯な奴だったわね。
色々と嫌らしい真似をされたけど、一番まいったのはアレね。簡単に言うと、levelを徐々に下げられたのよ。
終いには1まで下げられて、私は思うように艤装を扱えなくなってたわ。
は?今なんて?
数時間ってどう言う意味?私が『穴』に入っていた時間?
いやいやいやいや、そんな訳ないわ。
だって、私が『穴』の中にいたのは精々一時間程度よ?
じゃあ何?
あの空間の内と外では時間の流れが違ってたって言うの!?
ちょ、ちょっと待ってて!
ヘンリーにその話が本当かどうか確認してくるから!
~戦後回想録~
元Iowa級戦艦一番艦 Iowa。
現バーガーショップマクダニエル日本支店副店長へのインタビューより。
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)