艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第百八十七話 ナデシコの咲く丘で

 

 

 

 あの戦争が終結してからの一年間は、ある意味艦娘として過ごしていた日々以上に慌ただしかった気がします。

 

 いえ、命のやり取りなどはなかったのですが、何と言いますか……プライベートが修羅場っていたんです。

 

 はい、私の身の振り方でです。

 私は両親のもとに戻るつもりだったのですが、私が知らない所で大和旅館の養子になることが決まっていたんです。

 

 当然ながらお断りしました。

 ですがその……親元に一度戻ったときに、両親にお前なんかいらないと言われてしまいまして……。

 

 ええ、ショックでした。

 その後、追い出される形で家を出て、行く当てもなくふらついていたところを門倉(かどくら)さん……元長門さんに保護されてここに連れてこられたんです。

 

 そう…ですね。

 出来すぎなような気はしました。

 でも、その件に関わった皆さんが私のことを想って行動してくれていると肌で感じましたので、私は流れに身を任せることにしたんです。

 

 はい、結果的にですが、今は充実した日々を過ごせています。

 仕事と学業を両立させるのは確かに大変ですが、それでも今はこの生活が気に入っています。

 

 あの場所にもすぐ行けますしね。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 今日は部屋が満室で旅館は大忙し。

 本当は私も休んでいる暇などないのですが、つい先ほどまで門倉さんに追い回されていたので女将さんが休憩してきなさいと言ってくださったんです。

 なので休憩がてら、朝海先輩とあの場所までお散歩しようという流れになったのですが……

 

 「着いて早々、申し訳ありませんでした……」

 「気にする事はありません。可愛い後輩を魔の手から守るのは先輩の務めです」

 

 申し訳なさでいっぱいです。

 門倉さんに追い回され、恐怖と焦りでパニック状態だった私は玄関へ逃げ込んでしまい、到着したばかりの先輩の背中に隠れてしまったのです。

 結果として門倉さんは先輩が撃退してくださいましたが、そのせいで先輩の時間を奪う形になってしまったのですから。

 

 「そんなに気にしないで?ほら、お風呂の前に一汗かくのも良いものですから」

 「でも……元帥さんたちがみんなでお風呂に入るって……」

 「大丈夫です。きっと待っててくれます」

 

 それはどうでしょうか……。

 先輩に連れられて旅館を出る際、桜子さんが「早くお風呂行こうよ~」と、渋る元帥さんと海坊主さんを引っ張っていたのがチラッと見えたのですが……。

 

 「それはそうと、こちらでの生活には慣れましか?」

 「え?あ、はい!学校のお友達とも旅館の皆さんとも仲良くやれています!」

 「ふふふ♪まだ朝潮だった頃の癖が抜けてないようですね」

 「あ、申し訳ありません……」

 

 そう言われて初めて、自分が敬礼していることに気付きました。

 艦娘を辞めてから丸一年経っているの今だに敬礼癖が治りません。それだけならまだしも、仕事中に中居頭や女将さんに指示を仰ぐ際「司令官!ご命令を!」と言ってしまうんです。酷い時にはお客さまにまで……。

 

 「ふふふ♪そんなに恥じる必要はありませんよ?私だって、たまにですが家で主人に「ご命令を!」なんて、敬礼しながら言ってしまうことがありますから」

 「で、でも先輩はまだ軍属じゃないですか。私の場合は仕事と私生活両方に支障が出てまして……」

 「そうなのですか?玄関でご挨拶している時に、女将さんが「今やうちのマスコットキャラになってます」と仰っていましたよ?」

 「マスコット!?私がですか!?」

 「ええ、お客さんにも評判が良いんだとか」

 

 いやいや、それは女将さんが問題なくやれていると気を遣って言ってくださっただけです。

 だって私の容姿は、艦娘だった後遺症で蒼くなった瞳以外は贔屓目に言って普通ですし、マスコットと呼べるような愛嬌もありません。

 そんな私が大和旅館のマスコット?あり得ません!絶対にお世辞です!

 っと、そうこう言っている内に、目的地が見えてきました。

 

 「うわぁ……。何度来ても、この景色は壮観ですね」

 「はい、ここは日当たりが良いので開花が早く、今では観光スポットにもなっているんです。それでも、今年はいつも以上に早いですが」

 

 私と先輩の目の前に現れたのは、開花時期よりだいぶ早いにも関わらず丘一面に咲き誇ったナデシコの花。

 ナデシコの花は300種類以上ありますが、ここで主に咲いているのは日本固有の種であるカワラナデシコ、別名大和撫子。深い切込みの花びらが特徴で、ピンクや紫などがあり、繊細で凛とした印象のナデシコです。

 花言葉は『大胆』『才能』『純愛』。

 その別名通り、大和さんのような花です。

 

 「今年はまだ早いと諦めていたんですが、これは僥倖でした」

 「ええ、私もこんなに咲いているとは思っていませんでした。あとで元帥さんとご一緒に来てみてはいかがですか?」

 「主人と?あ~……ダメです。あの人がこの光景を見ても「しばらくは食い物に困らないな」くらいの感想しかいいません。桜子さんを連れて来ようものなら全部食べちゃいます」

 

 いや、確かにこの花は秋の七草の一つですから食べられますが、さすがにむしってまで食べないのでは?

 

 「あ、ここですね?朝歌がいつも立っている場所は」

 「ええ、まあ……。そこからの眺めが一番好きなので。それに……」

 

 先輩が歩を進め、丘の下が一望できる場所に見つけた何も生えていない場所。

 毎日毎日そこで景色を眺めていたら、いつの間にか雑草くらいしか生えなくなってしまったんです。

 

 「ここに初めて連れて来てもらった時に、大和さんとここから景色を眺めたんです」

 「そう……だったんですね」

 

 先輩の隣に立った私は、景色を眺めながらそう補足しました。

 でも私が毎日ここに足を運ぶのは景色が好きだからというだけではありません。

 大和さんならここに帰って来る。

 何故かそう思えるから、私は毎日ここに足を運ぶんです。何年、何十年経っても。だから……。

 

 「私はここで、このナデシコの咲く丘で、大和さんを待ち続けます」

 

 と、決意を新たに宣言したのですが、何故か先輩の反応がありません。

 後ろ、丘の中央辺りを信じられないモノでも見たかのように眼を見開いて見ていますが……。

 

 「嘘……」

 

 私は先輩の視線を追い、丘の中央へと視線を移しました。

 そこにいたのは私がずっと待っていた人。

 他の皆さんが諦めてしまっても、私だけはと生還を信じていた人でした。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 あっちで何をしていたか?

 

 え~っと……一言で言うならお使いです。

 ええ、ちょっと往復で29万6千光年ほどお使いに行ってきました。

 

 え?もう少し詳しく?

 詳しくと言われましても、これ以上は言ったらダメな気がするんですよ。

 何故か怒られそうな気がするんです。

 

 あ、そう言えばそのお使いに出る際、とある男の子とある約束をしたのですが……。

 

 はい、何でもその子は映画監督を目指していたらしくて、帰ってきたら私の映画を撮らせてくれと言われたんです。

 

 結局、地球に戻ってもその子と再会できませんでしたが、あの子はちゃんと映画監督になれたのでしょうか……。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 朝歌は大和さんが生きていると信じている。

 それは、私と同じ蒼い瞳に宿った決意を見て確信しました。

 私だって生きていると信じていますが、朝歌ほど深く、絶対的な確信を持って信じているわけではありません。

 でもこの子は本当に待ち続ける。

 例え何年、何十年経っても、この子はここで大和さんの帰りを待ち続けるでしょう。

 そんなこの子に、先輩として何か一言声をかけようと思ったのですが、不意に、何の前触れもなく現れたの気配の元に視線を移したらできなくなりました。

 だってそこに、丘の中央でナデシコの花弁を舞い上がらせながら立っていたのは、装いは私が知っている彼女とかけ離れていましたが間違いなく……。

 

 「嘘……」

 

 朝歌も彼女に気づいたようです。

 ですが件の彼女は状況がつかめていないのか、白を基調として赤いラインが入ったピッチピチのボディースーツ姿で周りをキョロキョロと見渡して頭の上にハテナマークを浮かべています。

 

 「大和……さん?」

 「え?あ、はい!大和です!そう言う貴女は……」

 

 呼ばれて初めて私たちの存在に気づいた大和さんは、ゆっくりと自身に近づいてくる朝歌に戸惑いながらそう問いかけました。

 まあ、会うのは数年振りですからすぐに朝歌だとは気付けませんよね。

 だって朝歌は身長が伸びて私よりも少しだけ大きくなっていますし、胸だって……いや、胸の話はやめましょう。そのオッパイで朝潮型は無理でしょうと言いたくなるくらい育った朝歌の胸には触れたくありません。

 

 「あ!もしかして大淀ですか!?あれ?でも胸が……それにメガネもかけていませんし」

 

 確かにメガネと胸以外は私と似ていますが胸には触れないでいただきたい!

 それに今の私だってメガネはかけていません!

 

 「朝潮です!忘れちゃったんですか!?」

 「え?は?ご主人さま?またまたご冗談を。そのオッパイで朝潮型は無理ですよ」

 

 その台詞はさっき私が脳内で言いました。

 まあそれはともかく、大和さんは朝潮だった頃とは比べ物にならないくらい女性らしく育った朝歌が元朝潮だと信じられないご様子。

 ここは私が助け船を……。

 

 「あ、じゃあ貴女が大淀ですね」

 「今、どこを見て確信しました?」

 

 胸ですか?

 メガネもかけず、服も私服なので私を私だと認識できる部分なんて胸くらいのものですよね?

 よろしい。

 ならば戦争です。

 帰って早々とか関係ありません。喧嘩を売ってきたのは大和さんなんですから私は買うだけです。

 

 「ちょ!ちょっと待ってください先輩!どうしてファイティングポーズなんてとってるんです!?」

 「喧嘩を売られたからです!」

 「喧嘩!?いつ!?いや、それよりも落ち着いて!落ち着いてください!大和さんも早く謝って!」

 

 無駄ですよ朝歌。

 だって大和さんは「え~……」とか言って不満そうにしてますもの。

 反省の色は無しと判断しましたので、おかえり代わりに全力のガゼルパンチをお見舞いしてあげます!

 

 「あーっもう!大和さん!お座り!」

 「はっ!はい!ってあれ?どうして私……」

 

 いざ踏み込もうとした私を、朝歌の一喝に近い命令と大和さんの行動が遮りました。

 いやいや大和さん、不思議そうに朝歌を見上げていますが不思議なのはこっちですよ。

 どうしてお座りと言われて本当のお座りしちゃったんです?もしかしてそう躾られていたんですか?

 

 「お手!」

 「はい!」

 

 いやちょ……。

 

 「おかわり!」

 「はい!」

 

 ええ…………。

 

 「ちんちん!」

 「はい!」

 

 うわぁ…………。

 

 「よ~しよしよし。良くできました」

 「本当に……ご主人さまだったんですね」

 「はい。ようやくわかっていただけましたか」

 

 え?なんですかこれ。

 お互いに瞳を潤ませて見つめ合っている様子()()見れば感動の再会ですが、大和さんがちんちんのポーズをしたままなので第三者である私は欠片も感動できません。

 

 「三年も、待ったんですよ?」

 「そんなに……私の体感では精々一年なのですが……」

 

 だからちんちんのポーズをやめなさい。

 首から上は感動の再会そのものなのに、そのポーズが全てを台無しにしてますよ。

 力ずくでやめさせようかしら……。

 

 「何処で、何をしてたんですか?」

 「え~と、どこから説明していいやら……」

 

 大和さんの説明によると、彼女は穴の中での戦闘の折りにラスボス、仮称エラー娘に次元の狭間へと引き込まれ、気付いたら遥か未来の世界にいたそうです。

 その世界は異星人と戦争中で、大和さんは異星人に汚染された地球を元通りにするための装置を受け取りに宇宙の果てまで行ってきたのだとか。

 で、その説明を聴いた私の感想はと言いますと……。

 

 「ちょっと何言ってるかわかりません」

 

 です。

 となりで同じように聴いていた朝歌も「何かの暗号でしょうか……」と言ってますので理解できていないと思います。

 でもまあ良いでしょう。

 イスカンダルまで行ってコスモクリーナーをどうしたとか、ガミラス帝国とドンパチやって最終的にどうなったとかはどうでもいいです。

 問題なのは……。

 

 「どうやって帰ってきたんですか?」

 「ふふふ、いい質問です。私が帰って来るのに使った方法とは……」

 

 いい質問も何もそれしか今は聞くことがありませんよ。

 いやそりゃあ、その露出面積が低いにも関わらずやたらとエロいコスチュームについても言及したいですよ?

 したいですが、今はそれよりも帰投方法の方が気になります。

 だって聞いた話が本当なら、大和さんがいたのは100年以上未来の世界なんです。タイムマシーン的な乗り物にでも乗ってきたのでしょうか。

 でもそれらしい機械が見当たりませんので、某映画のようにI'll be backとか言いながら飛ばされたのですか?

 いやいや、後者はないですね。

 あの映画で出てきたタイムマシーンは衣服着用不可だったはずですから。

 さて、大和さんは何と答えるのでしょうか。

 

 「ワープです!私とご主人さまの絆の前では、もはや時間も距離も世界も関係ないのです!」

 

 うん、やっぱり意味がわかりません。

 ワープ?ワープってなんですか?フラフープの親戚ですか?それに、胸を張って絆が云々と言っていましたが……。 

 

 「いや、朝歌に気付かなかったじゃないですか」

 「そのオッパイで朝潮型は無理だとも言われました」

 「……」

 

 こら自称宇宙戦艦。

 目を逸らして誤魔化そうとしてないで朝歌に弁解の一つもしたらどうなんです?

 朝歌が大きくなってたから気付かなかったんですか?

 絆があれば、例えどんなに成長して見た目が変わっていても気付くと思うのですが……。

 でもまあ、大和さんは罰が悪そうにしながらも朝歌を、朝歌は少し拗ねながらも大和さんを見つめています。

 先ほど聴いた大和さんの話の真偽を確かめるのはさておき、ここは二人きりにした方がよさそうですね。

 

 「では朝歌、私は先に旅館に戻ります」

 「え?どうしてですか!?」

 「どうしても何も、大和さんが帰ってきたことを女将さんや他の人たちにも伝えないといけないでしょ?」

 

 じゃないと三回忌の準備が進んでしまいますし、集まった皆さんも、大和さんの帰還を心から喜んでくれるでしょうから。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 最初は信じてもらえませんでした。

 ええ、大和さんの帰還をお伝えしたときです。

 

 女将さんはどう反応していいのかわからずに困っていましたし、主人や円満さんには頭の心配をされました。

 満ちゃんなんか恵さんに電話していましたね。

 

 でも、桜子さんが「帰って来たんなら出迎えてあげなきゃね」と言って有無を言わさずに皆さんを引っ張ってくれたので、大和さんと朝歌が丘から降りてくるのをみんなで出迎えることができました。

 

 でも、今でも不思議なんですが、どうして桜子さんは信じてくれたのでしょう?

 あのときも、私が言うことを一切疑わずに「やっと帰ってきたか」とボソッと呟いていたんです。

 

 それが……聞いても「ただの勘」としか答えてくれないんです。

 

 あの様子だと、桜子さんは大和さんが帰ってくるのを以前から知っていたのは確実なのですが……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡 大淀。現海軍元帥夫人 暮石 朝海少佐へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 大淀がこの場を去ってからと言うもの、ご主人さまとの間に流れ始めた沈黙が辛いです。

 ご主人さまは俯いたままですし、私も何と声をかけたら良いのかわからないのです。

 だから仕方なく、私が知っているありとあらゆる箇所が小さくてペッタンコだったご主人さまとは思えない程女性らしく成長した彼女を観察しているのですが……。

 

 「これはこれで有り……ですね」

 「は?」

 

 おっと、ついつい声に出してしまいました。

 ですが声に出したくもなります。

 だって朝潮だった頃の愛らしさと歳相応の女性っぽさが見事に溶け合い、思わずむしゃぶりつきたくなるような美少女に変貌していたのですよ!?

 こんな、何故かうちの旅館の中居の格好をした美少女を目の前にして興奮するな。いや発情するな?いやいや!正気を保てなど無理強いにも程があります!

 できる事なら今すぐ押し倒して泣かせたい!

 

 「涎、垂れてますよ」

 「はっ!申し訳ありません!ちょっとムラムラしてしまいまして!」

 「本当にちょっとですかぁ?」

 

 おおぅ……。

 ご主人さまにジト目で睨め上げられてしまいました。

 でもこれはこれで良いですね。なんだか背中がクゾクします。

 

 「節操が無くなってません?その様子だと、よほど未来の世界で良い思いをしてきたようですね」

 「いえいえそんなことは!基本的に戦ってばかりでしたし、こちらで戦ってた時より無茶な戦力差の敵と戦っていましたからムラムラする余裕なんてありませんでした!」

 

 私の艦内では色々な恋愛模様が繰り広げられていましたけどね。

 特にあの二人は最高でした。

 最後はちょっとご都合主義が過ぎるのでは?とか、イスカンダルの技術スゲーとか小学生並の感想を抱いたりもしましたが、最終的にあの二人が結ばれてホッとしました。

 

 「って、それはどうでも良いです。あんまり引っ張ると怒られそうなのでこの辺でやめましょう」

 「よくわかりませんが賛成です。それに、早く戻って女将さん達に顔を見せてあげた方がいいでしょうし」

 「そうですね。え~と、こっちでは三年も私は行方不明になっていたんですよね?」

 「いえいえ、行方不明どころか死んだことになっています」

 「え!?私死んじゃったんですか!?」

 「はい。だって結構な人数で捜索したにも関わらず見つからなかったんですよ?リグリア海戦が終わった一年後に戦死認定されちゃいました」

 

 な、なんということでしょう。

 私が未来で世界どころか星の命運を賭けたお使いに出ている間に、こちらでは死んだことにされていたなんて……。

 まあ、あの海戦のあと三年も行方不明なら当然と言えば当然なのでしょうが、なんだか複雑な気分です。

 

 「あの……戻る前に一つお聞きしたいのですが……」

 「なんでしょう?ご主人さまのご質問ならなんでもお答えしますよ?」

 

 不思議そうに私を見上げていますが何でしょう?

 あ、この服装が気になるのでしょうか。たしかに思わず見入っちゃう服ですよね。

 露出面積は無いに等しいのですが、ピッチリしすぎてて体のラインがモロに出てますもの。こんな服を着た女性がウロウロしていたのに、男性陣はよく理性を保てましたね。

 

 「中に居た人は、いなくなってしまったのですか?」

 「中に居た人、ですか?」

 「はい。以前、たしか先輩と『猫の目』でお会いした時に出て来た方の大和さんです」

 「気づいて……いたんですか」

 

 ご主人さまはコクリと頷いて肯定しました。

 たしかに私の中に窮奇がいることは話していましたが、ご主人さまの前でも入れ替わっていたことがあるとまでは話していなかったはずです。

 それなのにご主人さまは気づいていた。

 どうやら私は、ご主人さまのことを見誤っていたようです。

 

 「消えました。あの時、穴を塞ぐために向こう側へ行って」

 「そう、だったんですか……」

 

 あの後、窮奇はいったいどうなったのでしょう。

 私のように、あちらで元気にしていると良いのですが……。いや、彼女ならどこででも上手くやれるでしょう。色恋で暴走しない限りは常識人でしたから。

 それに……って、あら?この曲は……。

 

 「あ、もうこんな時間ですか」

 「え?ああ、この曲がかかるということはもう17時ですね。やはり昔からかかっていたんですか?」

 「ええ、私が子供の頃から、夕方になるとこの曲が流れていました」

 

 この曲は独国の作曲家、ロベルト・シューマンのピアノ曲集の第七曲。『夢』や『夢想』の意味を持つ曲です。

 ですが曲名の意味を知らなくても、その曲を知らなくても一度は聴いたことがあると思います。

 メロディーを思い出せなくても、聴けば懐かしく思い出せる、そんな曲。その曲名は……。

 

 「トロイメライ」

 

 この曲を聴いていると、何故か私と窮奇が共に過ごした二年足らずの時間が鮮明に思い出せます。

 

 もう二度と戻れない夢のような時間。

 いえ、私と、悪魔のような残酷さと天使のような純真さを合わせ持っていた貴女で奏でた夢の時間。

 この先何年、何十年、何百年先も、私と貴女が奏でた曲は世界に響きつづけるでしょう。

 

 愛する人のために戦った、私と貴女の夢想曲(トロイメライ)が……。

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 大淀……じゃないや。

 朝海が旅館に戻ったあと、一頻り再会を喜びあった私たちは、この地域で夕方になるとかかるトロイメライを聴きながら一緒に丘を下りました。

 

 ええ、お母様を始めとして私と所縁のある人たちが出迎えてくれました。

 あ、そういえばあのとき、青木さんもいましたね。

 

 いやぁまあ、はい。

 お母様は少々苛烈な性格なので、帰るなり投げ飛ばされるくらいは予想していました。

 寝技までかけられるとは思っていませんでしたが……。

 

 え?本当に匿名でいいのか?

 はい、構いません。

 今の私はただの人間ですし、半身だった彼女を失った今はその名を名乗りたくないんです。

 

 今の私は、ただの人間です。

 彼女のためにも、一人の人間として生きていかなければならないのですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 

 

 

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  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
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