大和と大淀が対面した時は正直気持ち悪いと思ったわ。
だって、応接室の外が騒がしいから何かと思って出てみたら、大和がまるで生き別れの家族か恋人にでも再会したかのように泣いてたんだもの。
普通ならジーンとしちゃう場面だったんだろうけど、私にはそれを言ってるのが大和ではなく、大和の内に潜む窮奇だって直感でわかったから気持ち悪いと思っちゃったのよ。
そしてその後、先生と握手を交わそうとした大和は、それまでの雰囲気が吹き飛ぶくらいの殺気を放ったわ。
もし先生が止めなれば、大和はミンチにされてたと思う。だって、その場には武装した桜子さんと辰見さん、それに大淀まで居たんだもの。
私自身、自衛用に持っている拳銃を大和に向けて撃つ寸前だったわ。
~戦後回想録~
横須賀鎮守府司令長官。紫印 円満中将へのインタビューより抜粋。
ーーーーーー
「応接室…ですか?」
「そうよ。円満さんから聞いてない?」
私が朝潮ちゃんと食堂でお昼ご飯を食べていると、提督に私を迎えに行って来いと言われたらしい満潮教官がいらしたので、「執務室に行けば良いんですよね?」と聞いたら「執務室じゃなくて応接室」と訂正されました。完全に寝耳に水です。
「聞いてますけど…13時に来てくれとしか聞いてなくて……」
だから、執務室に行けば良いんだと思ってたんですが違ったようです。満潮教官に教えて頂けなければ間違いなく執務室に行ってたと思います。
「またか…ったく。肝心な所を伝え忘れてるじゃない」
「また?」
「何でもない。それより準備は出来てるの?ご飯食べたらそのまま行けるのよね?」
「あ、はい。それは大丈夫です」
身なりはいつも以上にキチンとして来なさいと言われてましたから、朝潮ちゃんに引っ張って貰うリードも新品です。
「一応言うけど、リードは外しなさいよ?朝潮も着いて来ちゃダメ」
「そんな!」
「そんなじゃない。曲がりなりにも海軍で一番偉い人に会うのよ?そんな特殊プレイの最中みたいな恰好で会っていい訳ないでしょ」
それは…そうなんでしょうけど……。
でもでも!自分でもどうしてだかわかりませんけど、朝潮ちゃんとリードで繋がってる状態って凄く落ち着くんです!
まるで、昔からこんな感じで誰かに引っ張られていたような錯覚を覚えるほどに。
「大和さん。私も寂しいですが仕方ありません。元帥さんは厳しい人だと聞いたことがありますし……」
「いや、あの人って見た目の割に緩いわよ?変態だし」
「満潮さんは元帥さんとお知り合いなんですか?」
「あ~、朝潮は知らないんだっけ?お知り合いもなにも、あの人って円満さんの前にここで提督やってた人だもん」
だったらこのままでも良いんじゃないでしょうか……。だって変態なのでしょう?元帥さんって。
いえ、私と朝潮ちゃんが変態的な行為をしているとは欠片も思ってないのですが、緩いとおっしゃるくらいなのですからこれも大目に見てくださるのでは?
「あ、あの…満潮さん。もしかして先輩もいらっしゃるのではないですか?」
「先輩?ああ…お姉ちゃんの事か。来るはずよ。元帥さんの秘書艦だし」
「じゃ、じゃあ私も……!」
「さっきも言ったけど着いて来ちゃダメ」
「ううぅぅ……」
最後まで言わせてあげてください。
言い切る前にダメだと言われちゃったから朝潮ちゃんがしょげちゃったじゃないですか。これはこれで可愛いので口に出して抗議はしませんけど。
「会ったことないの?あれだけ毎週毎週来てるのに」
「はい……。いらしてるというのは知ってたんですが…タイミングが合わなくて……」
ふむふむ。朝潮ちゃんが先輩と呼び、満潮教官がお姉ちゃんと呼ぶその人は恐らく朝潮ちゃんの先代、元二代目朝潮ですね。たしか……戦艦を倒すほど強い人だとか……。
「『猫の目』に行ってみなさいよ。週末はだいたい居るから」
「そ、それって倉庫街にある喫茶店です…よね?」
「そうだけど…って!アンタどうしたの!?顔が真っ青よ!?」
「だ、だいじょじょじょぶです。少し思い出してしまっただだだだけですから」
だいじょばないですよね?顔が真っ青なだけでなくプルプルプルプルと震え始めてますもの。チワワみたいで可愛いです♪
じゃなかった。
その『猫の目』と呼ばれる喫茶店には、朝潮ちゃんをここまで恐怖させる何かがあるのでしょう。今度場所を聞いて、誤射を装って砲撃してやろうかしら。
「あ~…アンタ、アレを思い出してるんでしょ。確かに私も慣れるまで苦労したわね……」
「慣れちゃったんですか!?あのレオタードに慣れちゃったんですか!?」
「そりゃ何度も行ってりゃ慣れるわよ」
なぜレオタード……。しかも『猫の目』でしょ?もしかしてキャッツアイですか?ウィンクしてるエブリナイですか?
「ちなみに、アンタが初めて見たポーズは?」
「モストマスキュラーでした……。食べ…食べられるかと……思っ…ふえ……」
「あーもう!泣かないでよ!そうよね。初見でモストマスキュラーはキツイわよね。私はサイドチェストだったから気絶するだけで済んだけど……」
日本語でお願いします。
二人が何を言ってるのか欠片も理解できません。ポーズと言うくらいだから、何かしらのポーズの名称なんでしょうけど……。
「お姉ちゃんにはそれとなく言っといてあげるわよ。だからその……。大人しく部屋で待ってなさい!」
「はい!ありがとうございます満潮さん!」
素直じゃないなぁ。
満潮教官は恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしてそっぽ向いちゃいました。朝潮ちゃんが嬉しそうだからいいですけど、もう少し優しい言い方をしてあげても良いと思うのですが……。
「ツンデレ……」
「何か言った?大和」
「いえ何も」
すんごい怖い笑顔でこっち見てる……。ボソッと言ったつもりだったのに聞こえてしまったみたいです。これは話題を逸らした方が良さそうですね。
さて、どうやって逸らそう……。
そもそも、満潮教官は何が気に障ったのでしょう。ツンの部分でしょうか。それともデレ?
素直じゃないですから、デレが入ってると思われたのが気に障った可能性が高いですね。『ツンしかない』と言えば良かったのかしら。でも、それでは語呂が悪いです。何か良い言葉は…あ、そうだ。
「ツンドラですね!」
「殴られたいならそう言いなさい?泣いて謝るまで殴ってあげるから」
おうふ……。逆効果だった。
ツンドラでも僅かな雪解けがあるというのに、満潮教官には僅かなデレすらないご様子。よく不良の人がやる「あぁん!?」って感じで威嚇してます。
見た目が愛らしいせいで大して怖くない…と言ったら余計怒らせてしまいそうなので黙っていましょう。
「ご飯食べ終わったんなら行くわよ。朝潮、悪いんだけど大和の食器を片付けてあげてくれない?」
「は、はい!お任せ下さい!」
と、元気よく返事をして小さな両手で食器が載ったトレイを運ぶ朝潮を愛でて居たかったんですが、いつもは朝潮ちゃんに引いてもらうリードを満潮教官に引っ張られて無理矢理食堂から連れ出されました。
やっぱり朝潮ちゃんじゃないと気持ち良くないですね。満潮教官はリードの引っ張り方が雑です。
こんな引っ張り方では気が弱い犬だって懐きませんよ。ワン!って吠えられちゃいます。
「ワン!」
「黙れ駄犬。あんまり吠えるようなら去勢するわよ?」
「それは困ります!」
私だって女の端くれです。将来的には子供を産みたいですから去勢されたら困ります。
けど、そのためには伴侶が必要ですね。
生憎と、これまでの人生で異性と交際した経験はありませんけど、これから先何かご縁があって交際に発展するかもしれません。
昨今は同性愛にも理解が深まってると聞きますので相手が男性じゃない可能性だってあります。
そうです!なにも男性にこだわる必要なんてありません!
私には朝潮ちゃんというご主人様がすでにいるじゃないですか!
「ちょっと結婚して来まぐぅえ!」
「13時に来いって言われてるのを忘れたの!?だいたい誰と結婚する気よ誰と!」
ううぅ……。朝潮ちゃんと結婚しようと踵を返したら、リードを思いっきり引っ張られて変な声を出してしまいました。
それだけじゃありません、。私と満潮教官の身長差のせいで体が逆くの字になりました。腰とかグキッってなりましたよ。
「そんなの朝潮ちゃんに決まってるじゃないですか!何か問題でも!?」
「問題しかないでしょ!だいたい、どうやって女同士で結婚する気よ!」
「愛さえあれば性別など些細な事です!」
満潮教官はどうやってとおっしゃいましたが、海軍には結婚(仮)と呼ばれる制度があると噂で聞きました。
しかも、しかもです!
その制度は歳や性別は関係なし。40過ぎの男性が10台の子と結婚した例もあれば、女性同士の結婚も例があるのだとか。
つまり!その制度を利用すれば、私も朝潮ちゃんと結婚が出来ると言う事です!
「アンタ。もしかしてケッコンカッコカリの事考えてる?」
「なんだ、ご存じなんじゃないですか」
「そりゃ知ってるわよ。だって私、円満さんとケッコンしてるもん」
なん…だと?
提督と満潮教官が夫婦?いや、この場合も夫婦で良いのかしら。だって女性同士でしょ?女性同士じゃ子供を作れませんし、そもそも法的にどうなのでしょう。
他国はどうか知りませんが、少なくともこの国では同性婚は認められていません。
つまり違法です。犯罪です!
「この犯罪者ぁぁぁぁ痛い痛い!髪の毛を引っ張らないでくださいよぉぉぉ!」
「このダブスタ女が……。何か勘違いしてるみたいだから説明してあげるけど、ケッコンカッコカリはあくまで(仮)。ケッコンとはついてるけど本当に結婚する訳じゃないわ」
満潮教官が私のポニーテールを引っ張りながらしてくれた説明はこうです。
ケッコンカッコカリは一般的な結婚とは異なり、最高練度に達した艦娘の練度上限を上げるシステムだそうです。
方法はいたって簡単。
提督、もしくはそれに準ずる人。極端な例を言うと一般人でも、艦娘に指輪に代表される物を渡して気持ちを伝え(恋愛感情とは限らない)、艦娘がそれに答えれば成立するんだとか。
「要は結婚ごっこですね?」
「身も蓋もない事言うわねアンタ……。まあ、そう思ってても良いんじゃない?アンタには当分関係ない事だから」
「ちなみにぃ…艦娘同士でケッコンカッコカリをした例は……」
「艦娘同士で?そういう話は聞いた事ないけど……。艦娘の運用が始まって結構経つし、探せばそういう例もあるんじゃない?」
ふむふむ。
ならば希望が持てますね。私も練度を上げて、いつの日か朝潮ちゃんとケッコンカッコカリしましょう。
「着いたわ。リードを外すから屈んでくれない?」
「わかりました。どうぞ外してください」
外せるものなら…ですけど。
私は言われた通り屈みましたが、満潮教官が背伸びして手を伸ばしてもギリギリ届かない高さまでしか屈んでいません。「ちょっ!もうちょっと屈みなさいよ!」とか言ってますけど聞いてあげません。これは意趣返しなのです。
「この…!アンタ、後でどうなるかわかってるんでしょうね!」
あらあら、そんな怖いことを言っても、今の満潮教官は両手を一杯に伸ばして何かをねだる子供そのもの。とても可愛らしいですよ。
しかし、これは中々に気分が良いです。
必死な満潮教官を見下ろしていると、なんかこう……。そう!ゾクゾクしてきます!
「ほら。もうちょっとで届きそうですよ?ほら、ほら」
私は満潮教官の動きに合わせて首を上下させました。
「フシャー!」と言いそうな程怒ってる満潮教官はまるで猫のようですね。猫じゃらしかボールが欲しくなってきます。
「お二人とも、そこで何をしてるのですか?」
「お、お姉ちゃん!?」
おっと、噂のお姉ちゃんの登場ですね?
満潮教官が応接室と思われる部屋の反対側を「マズい……」って心の声が聞こえて来そうな顔で見上げています。
朝潮ちゃんの先輩でもありますし、ちゃんとご挨拶して好印象を持っていただかないと……。って、ああ!私としたことが手土産の菓子折りを持って来ていません!
不作法だと思われちゃうかしら……。でもでも、元はと言えば満潮教官が急かしたせいです。だから私は毛ほども悪くありません。ええ、全くと言って良いほど悪くありませんとも。
「悪いのは満潮教官です!」
「ほわぁっ!?何も悪い事してないけど!?」
「そうなのですか?なら満潮ちゃん。悪い事したのならごめんなさいしなさい」
「待って待って待って!私何も悪い事してないから!このデカ女のリードを外そうとしただけだから!」
「リード?ああ…ごめんなさい。満潮ちゃんにそう言う趣味があるとは知らなくて……」
「違っ…違う!私が着けたんじゃなくて朝潮が……!あ、そのお茶運ぶの?私が持つ!」
「いいの?じゃあ…お願いしますね」
なんだかおかしな流れになってきました。
このリードは朝潮ちゃんと私の絆であって趣味などではありません。だから一言訂正しておきましょう。屈んでいるのも疲れてきましたし。
「ちょっと待ってください。一つ訂正して頂きたい事…が……」
彼女の姿を視界に収めた途端、ドクン!と聞こえるほど大きく胸が高鳴りました。
腰まで届く黒髪に蒼い瞳。私が知っている彼女をそのまま成長させたような容姿。
この人が、朝潮ちゃんの言っていた先輩?この人が二代目朝潮だった人?
「あ…あぁ……アサ…シ……」
私の口が勝手に言葉を紡ぎ始めました。
いえ、勝手に動いているのは口だけじゃありません。目からは涙がこぼれ落ち、両手がワナワナと震えながら彼女に伸びています。
「アサシ……!」
「大淀です」
私の言葉をピシャリと遮り、彼女は大淀と名乗りました。感極まった私とは対照的に冷めた瞳。いや、軽蔑するような瞳で私を見据えて。
どうしてそんな目で私を見るの?私は貴女に会いに来たのに。貴女に会えるのを何年も待ったのに!
と、私の内側で誰かが叫んでいます。
私は大淀さんに会いたかった?なぜ?私が会いたい彼女は駆逐艦です。大淀さんじゃない。
確かに、私が会いたい彼女に良く似ていますが……。
「ちょっと何を騒いでるの!ここは応接室……。ああ、来てたのね大和。満潮もご苦労様」
提督が割り込んだ途端、それまでの胸の高鳴りがスー…っと納まりました。
まるで奥に引っ込んだような収まり方です。
はて?私の胸の鼓動はどうして高鳴っていたんでしたっけ?
「大淀、満潮と一緒に皆にお茶を配ってあげて。大和は…取り敢えず涙を拭きなさい」
「え?涙?あ、ああ…そういう事ですか」
大淀さんと満潮教官が応接室に入ると、提督が後ろ手にドアを閉めながらハンカチ差し出してきました。
そう言えば、私は泣いていたんでしたね。でも、どうして泣いていたんでしょう。
胸が高鳴った後の記憶が朧気で……。
「大丈夫?」
「はい…大丈夫…だと思います」
「そう。なら良いけど、今から元帥と会ってもらうから粗相の無いようにね?まあ、気さくな人だから少々の事じゃ怒ったりしないけど」
「はい、気をつけます……」
提督はそう言うと、「失礼します」と言いながら応接室のドアを開けました。
部屋の広さは三十畳程でしょうか。ドアから入って一畳分ほど空けて、窓に向かって三メートル位の高級そうなテーブルが伸びています。
その一番奥。
上座に相当する場所に座るのは中年の男性。40代前半かしら?と、両脇に二人の女性が立っています。
一人は黒い軍服、確か花組…だったかしら。の一人と良く似ています。そして、もう一人は提督と同じ白い軍装。なぜか、お二人とも左手に日本刀を握っています。物騒ですね……。
大淀さんと満潮教官はお茶を配り終えたのか、右の壁際に並んで立っています。私を見る目が少々険しいのが気になりますが……。
「元帥閣下。戦艦 大和を連れて参りました」
「堅苦しい挨拶は無しで良いよ円満」
「しかし……」と続けようとした提督を左手で制しながら、元帥さんは椅子から立って私の方に近づいて来ました。
重心が全くブレてない。足音も聞こえない。それだけでもかなりの手練れとわかりますが、すぐ傍、手の届く距離まで近づかれても気配を感じません。
いや。違いますね。
纏っている気配に特別なモノが無い。一般人と同じなんです。それなのに圧倒されてしまう。
彼を何かに例えるなら山でしょうか。この人には勝てない。挑んではダメだと心が警鐘を鳴らしています。
これが海軍元帥。艦娘を含む海軍全てを従える人。こんなに怖いと思う人は、お祖父さま以外では初めてだわ。
「君が大和だね?」
「は、はい!お初にお目にかかります!」
「そう畏まらなくて良い。海軍は君の誕生を何年も待ち望んだ。私は君の着任を心より歓迎するよ」
「はぁ…あ、ありがとうございます」
元帥さんが白手袋を外して右手を差し出してきました。
これは…握手で良いんですよね?と、視線で隣に立つ提督に確認してみたらコクリと肯いてくれました。
「あな……!い、いえ、閣下!」
「どうしたんだ大淀、そんなに慌てて。君らしくもない」
私が差し出された手を握ろうと右手を挙げようとしたら、大淀さんは何かを恐れているかのように慌てて元帥さんを呼びました。
さっきまでの冷静沈着な態度が嘘のような変わりっぷりですね。
いったい何をそんなに慌てて……。
んん?大淀さんの左薬指で輝いているのは指輪でしょうか。よく見ると、元帥さんの左薬指にも指輪のような形が白手袋に浮き出ています。
それに大淀さんは「あな……!」と、言いかけました。恐らく「あなた」と言おうとしたのでしょう。
と、言う事は、元帥さんと大淀さんは夫婦と考えるのが妥当。ケッコンカッコカリなのかガチなのかはわかりませんけど。
「おま…えか……」
「ん?何か言ったか?大和」
勝手に紡いだその言葉を皮切りに、私の心がドス黒く濁リ始めました。
これは憎しみ?恨み?いや、怨みです。私は目の前の男が憎くて仕方ない。
会うのは今日が初めてなのに、私は目の前の男を知っている。彼女が戦う理由。彼女の惑わす私の恋敵。私から彼女を奪った奴!お前が!お前がお前がお前がお前が!
「お前が『あの人』か!」
私は『あの人』の襟首を掴み上げた。
さあ、どう殺してやろうか。
床に頭から叩きつけるか。それとも、原型が無くなるまで平然としているその顔を殴ってやろうか。腹に手を突きさして内臓を捏ね繰り回すのもいいな。
まあどうするにしても、コイツを殺して彼女と一緒に逃げよう。逃げて逃げて逃げて逃げて、今度こそ彼女と……。
「やめろ。お前達」
彼のその一言で、私は我に返りました。
私は何を考えていた?どうして私は元帥さんの襟首を掴み上げている?いやそれよりも、私の全身を切り裂かんばかりに浴びせかけられている殺気は……。
「大和。その手を離しなさい。二度は言わないわ」
「提…督?」
声のした方を見ると、提督が私に拳銃を向けていました。
それだけじゃありません。
元帥さんの両隣に居た黒い人と白い人は抜刀して左右から私の首を白刃で挟んでいますし、大淀さんは私の心臓を下から抉るように右拳を突き上げています。
提督と黒い人と白い人は兎も角、大淀さんは止める気などなかったでしょう。満潮教官が大淀さんの腰にしがみ付いて引き摺られながらも止めてくれていなければ、私の心臓は大淀さんの拳に潰されていたと思います。
「大和!お願いだから元帥さんを離して!早く!」
「あっ…!はい!」
満潮教官にそう言われて、私は元帥さんの襟首を掴んでいた手を離しました。
それと同時に黒い人と白い人は刃を鞘に納めました。でも警戒は解いてないようです。私が少しでも妙な動きをすれば即座に斬りかかって来るでしょう。
「大淀。君もだ。拳を引きなさい」
「ですが閣下。これは処罰されても文句は言えないと思いますが」
「処罰など必要ない。大和は私の襟首を正してくれただけ。そうだろう?」
「でもっ!」
「それにだ。私は駆逐艦の悲しむ顔を見たくない」
元帥さんの視線の先に居たのは満潮教官でした。
今も大淀さんの腰にしがみ付き、目尻に涙を浮かべながら必死に大淀さんを止めてくれています。大淀さんもそれに気づいたのか、若干バツが悪そうに拳を収めてくれました。
「ごめんなさい、満潮ちゃん……」
「いいの…こうなるかもって、予想はしてたから……」
大淀さんは、私を目の端に捉えながら涙を拭う満潮教官の頭を撫でています。
しかし…どうして私は元帥さんにあんな事をしたのでしょう。何かどす黒い感情が胸の内を渦巻いたのは覚えているのですが……。
「満潮。大和は気分が優れないみたいだ。すまないが部屋まで送ってやってくれないか?明日の演習に差し支えが出ても困るからな」
「え……?あっ!はい!」
はて?若干頭はボーっとしてますけど気分は悪くないのですが……。
でもこの雰囲気。元帥さん以外の人から感じる、まるで「さっさと出て行け」と言われているような雰囲気には耐えられそうもないので退室した方が良いですね。
元帥さんもそれを察してそう言ってくださったのでしょう。
「ほら!行くわよ大和!」
「ま、待ってください教か…ぐぅえ!」
外すのをすっかり忘れていたリードを満潮教官に引っ張られて、私はまともに挨拶をすることも出来ずに退室しました。
力づくで引っ張られたせいでうなじが痛いです。
「あ、あのぉ……。教官?」
応接室から離れて、寮に差し掛かろうとする辺りで満潮教官は立ち止まりました。
後ろからではよくわかりませんが、肩が小刻みに震えていますし目元を拭っているので恐らく泣いているのだと思います。
けどどうして?私が粗相をした事に責任を感じているのでしょうか。
「ふんぬっ!」
「きゃ、きゃあ!」
い、痛い……。首がゴキって言いましたよ……。
教官は何を思ったのか、急に振り向いてリードを両手で持ち、くす玉でも開く様に思いっきり引きました。幸い顔面を廊下に打ち付ける事はありませんでしたが、教官の前で四つん這いを披露する事になりました。
「この…バカ!なんであんな事したのよ!」
「い、いや…その……。ごめんなふぁい!?」
私は、覚えはないけど迷惑をかけたようなので謝ろうとしたのですが、言い切る前に両の頬を教官がパーンと小気味の良い音を立てて手の平で挟んだのでまともに言い切れませんでした。
教官の潤んだ瞳に映る私はひょっとこのように唇を突き出しています。かなり間抜けですね……。
「もう少し考えて行動しなさいよ!元帥さんが止めなかったらアンタ死んでたのよ!?」
「ひょへはわはっへ……」
「わかってない!いい!?今度から絶対にあんな事しちゃダメよ!?わかった!?」
「ふぁい…わはりまふぃは」
そう返事はしたものの、私は教官の言葉に違和感を感じました。
私に向けて放たれた言葉のはずなのに私に言ってるわけじゃない。
まるで、私の向こう側。いいえ、内側に居る誰かに言い聞かせるているように感じたんです。
主要キャラ人気投票
-
朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
-
神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
-
大和(影が薄い三部主役)
-
紫印 円満(実質三部の主役?)