艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第二十五話 力の使い方を教えてやる

 

 

 演習前に、満潮教官からいくつかアドバイスを頂きました。

 一つ。

 勝とうだなんて思わない事。

 その理由は、相手の駆逐艦は横須賀鎮守府でトップクラスの駆逐艦であり、今では数少ない大規模作戦経験者の一人だからだそうです。

 今の私では彼女の動きを追う事すら出来ないとも言われました。

 実際、その通りでしたね。

 演習開始から数分。駆逐艦は私の周りを反時計回りに旋回しながら砲撃を続けていますが、当の私は狙いをつけるどころか目で追うのがやっとなのが現状です。

 二つ。

 戦闘の空気を感じる訓練だと割り切る事。

 タコ殴りにされろとも言われました。

 実際の戦闘では、実弾の爆発の音と衝撃で実戦経験のない子は竦んでしまって動けなる場合が多いからだそうです。

 特に私の場合は、養成所でその手の訓練を受けていないので尚更です。

 三つ。

 自分を見失わない事。

 これに関してはよくわかりませんでした。

 実戦で恐怖のあまり錯乱する子がたまに居る云々と言っていましたが、本当は別の意味で言っていたように思えるんです。

 まるで、私が私でなくなる事があると言われているような気さえしました。

 

 『ねぇ辰見さ~ん。もう決めちゃって良い?』 

 『それは円満に聞きなさい。この演習を仕切ってるのは円満だから』

  

 無線を通して、相手の駆逐艦と観覧席に居ると思われる辰見さんとやらの会話が聞こえました。

 きっと相手の人は、手も足も出せない私に退屈してしまったのでしょう。

 少し申し訳ない気もしますが、同時に少しムッとしてしまいました。だって、私にも聞こえているのにさっきみたいな会話をしてるんですもの。

 

 『大和が反撃出来る程度に砲撃の手を緩めてもう少し続けて。まだ終わらせちゃダメ』

 『これでもかなり手加減してるんだけど?『脚技』だって使ってないし。それでも私を捉えられないのよ?』

 

 砲撃の手を緩めろ?これでも手加減してる?

 ええそうでしょうとも。

 私のように回避運動もまともに取れない者など、実戦経験のある彼女からしたらただの的。訓練にもならいでしょう。

 仕方のない事ではありますが、直接聞かされると悔しくなってきます。

 

 『だったら足を止めてみたら?そうすれば撃って来るかもよ?』

 『いやいや、模擬弾とは言え戦艦の火力で撃たれたらただじゃ済まないから』

 『わかってるわよ。でも、アンタなら停止状態からでも避けれるでしょ?』

 

 ふふふ……。

 ここまで馬鹿にされると逆に笑えて来ますね。

 提督の仰る通り、今の私では完全に停止した目標にも砲撃を当てる事はできないでしょう。

 ですが、ここまで馬鹿にされて大人しくしていられるほど、私は人間が出来ていません!

 せめて一太刀。いや、一泡吹かせてやる!

 

 (全砲門。展開(・・)!)

 

 私の心の声に応えるように、両舷に配された主砲二基は4時と8時方向へ。背部の主砲は6時へ稼働。側面の副砲二基が3時と9時へ砲身を向け、前面の二基は1時と11時へと砲塔ごと向きました。

 これで、水平面上のみとは言えほぼ360度をカバーできる。

 あとは、駆逐艦が私の間合い(・・・)に入って来るのを待つだけ。

 

 (さあ、早く来なさい。私の一撃を御見舞いしてあげます!)

 

 私は戦闘中なのに瞼を閉じました。

 視覚など不要。聴覚も不要。相手の敵意のみを感じ取るのよ。

 

 (感じる…彼女の隠す気のない敵意をヒシヒシと感じます)

 

 駆逐艦は私のほぼ真後ろ。だからと言って背中の主砲を撃っても当たりはしない。撃つなら4時方向へ向けた右舷主砲だ。

 

 (右舷主砲!放て!)

 

 私の意志に応え、右舷の主砲が駆逐艦へ向けて火を噴きました。

 砲撃自体は問題なく行えましたが、反動で体が逆側に持って行かれそうになったせいで腰を多少痛めてしまいました。次はもう少し下半身に力を入れておかないといけませんね。

 

 『おっ!ようやく撃って来たわね!しかも中々正確じゃない!』

 

 言うまでもありませんが初撃は大ハズレ。駆逐艦の気配がする位置と着弾の音がした位置は軽く50mは離れています。

 もう少し撃つタイミングを早くする必要がありますね。

 

 『おおっと!今のは危なかったわ!』

 

 次弾もハズしてしまいましたか。

 ですが、今度は駆逐艦の後方20mほどの位置に着弾しました。この調子でタイミングを調整していけばいつかは当たりそうです。

 それから、私は駆逐艦の動きに合わせて撃ちまくりました。

 撃つ度にタイミングは修正していますが、駆逐艦は速度に緩急をつけていますし、私に砲撃を加えてもきますので至近弾にすらなりません。

 悔しい。私の艤装には彼女の数倍の数の砲があるのに。彼女よりも強力な砲撃ができるのにそれを生かせない。

 

 『くっ!コイツ!』

 

 惜しい。

 これは直撃するかな?と、思った砲撃は駆逐艦の数メートル手前に着弾し、彼女は悪態をつきながらも悠々と立ち上がった水柱の後方へ身を隠しました。今のは少し早すぎたようですね。

 

 (違う)

 

 何が違うと言うのですか?現に、私が撃った砲弾は彼女の手前に……。って、今のは何?私の頭に知らない女性の声が……。

 

 (何故、すぐさま次弾を撃たなかった?そうすれば仕留められたものを)

 

 そんな事を言われましても……。

 私にはまだ、いくつも同時に砲を操作するなんてこと出来ません。と言うか、貴女は誰なんですか?

 

 (代われ。力の使い方を教えてやる)

 

 私の問いのは一切答えずに勝手な事ばかり言う誰かに憤りを感じていると、視界が遠くなり体の感覚がなくなりました。

 この感じは…夢を見ている時に似てるけど少し違う……。意識はハッキリしてます。

 もしかして明晰夢とかいうモノでしょうか。

 いや、それも違いますね。私の意志など関係無しに体が動いています。

 まるで、他人の体に乗り移ったような。もしくは、他人に体を乗っ取られたような……。

 

 (良く覚えておけ。自分より速い奴を相手にする場合は、まずは足を止める)

 

 足を止める?止めるもなにも、私はまともに回避運動を取っていません。停止してるのと大差ない状態です。

 脳内に響く声の主は、これ以上どうやって足を止めろと言うのでしょうか。

 

 (こうやるのだ)

 

 脳内の声の主…長いですね。もう一人の私としましょう。は、左舷副砲を駆逐艦の針路上、10m程の位置に向けて発砲し、駆逐艦が回避のために速度を落とした瞬間を狙って右舷副砲を駆逐艦の2mほど後ろに着弾させました。

 なるほど、止めるのは私の足ではなく相手の足でしたか。

 

 (これで、並の艦娘は動きがほぼ止まる。後は主砲を撃ち込むだけだ)

 

 そう言うや否や、もう一人の私は二回目の砲撃で発生した水柱で退路を塞がれ、着弾で発生した小規模な波で体勢を崩した駆逐艦に右舷主砲を叩き込みました。

 

 『きゃあっ!』

 

 私は、駆逐艦が吹き飛ぶ姿を眺めながら、これなら私でも出来そうだと冷静に観察してしていました。 

 だって、もう一人の私は複数の砲を同時に操作したわけじゃない。左舷副砲、右舷副砲、そして右舷主砲と順番に撃っただけです。

 狙った場所へ正確に撃ち込むのは難しいですが、この方法ならば訓練次第で私でも修得可能だと思えてしまいました。

 

 (ほう?あの駆逐艦、直撃を避けよった)

 

 直撃していない?はて?私には派手に吹き飛んだように見えましたが……。実際、彼女の艤装の右舷からは煙が上がっています。それなのに直撃してないんですか?

 

 (当たる寸前に跳んだ(・・・)のさ。右舷から煙が上がっているのがその証拠だ)

 

 右舷から上がる煙が証拠?

 あ、そう言えば。彼女は私の周りを反時計回りで旋回していたんでしたね。だったら右舷ではなく、左舷に被弾しているはずです。

 

 (奴は避けきれないと悟るや、二発目の砲撃で前のめりになった体勢から側転気味に12時方向へ跳んだのだ。完全に回避するのは無理だったようだがな)

 

 なるほど。それで右舷から煙があがっていたのですね。

 ですが、新たな疑問が出てきました。

 どうやって跳んだのです?艦娘は主機から発生させている『脚』が海面下にあるため、陸上と同じように動けないはずでは?

 

 (あの程度、驚くほどの事ではない。私が知る彼女はあれ以上の事をやってのけたよ)

 

 彼女?その彼女とやらはどんな事をやったんですか?

 

 (覚えていないのか?お前も片鱗を見ているはずだ。お前も彼女に魅了されたはずだ。だからこそ、私はお前と巡り会ったのだから)

 

 私も見ている?私も魅了された?

 もう一人の私にそう言われて、私の脳裏に思い浮かんだのは3年前に見た駆逐艦でした。

 言われてみれば似たような跳び方に思えなくもないですが、私が知る彼女はもっと速かった。もっと華麗でした。

 深海棲艦の攻撃に巻き込まれて血塗れになった、今はもういない弟を抱き抱えているのを忘れてしまうほど美しかった。

 

 「駆逐艦よ、一つ問う」

 『……何よ』

 「貴様は彼女と同じ事が出来るのか?」

 『彼女?彼女って誰の事よ』

 

 もう一人の私の問いに答えながら、駆逐艦はゆっくりと立ち上がって体勢を整えました。

 いつでも行動できるように重心を落とし、その瞳は私の一挙手一投足を見逃すまいとしています…って、あれ?どうして駆逐艦から目を逸らすんですか?

 

 「ああ、怯えなくていい。別に取って食おうという訳ではない。ただ確認したかったんだ」

 『べつに怯えてなんてないわ。で?何を確認したいって言うのよ』

 

 取って食う?

 それは文字通りの意味でしょうか。それとも意味深?性的に食べると言う事ですか?

 生憎ですが、私はカニバリストではありませんし同性愛者でもありません(朝潮ちゃんは除く)のでどちらもしないで頂きたいのですが……。

 と言うか視線を戻してください。右の方に何かあるんですか?

 

 「貴様がブランクを埋めるのに丁度良いかを確認したいのだ。彼女と同じ事ができるのなら好都合だからな」

 『へぇ…この叢雲様を……』

 

 練習台にすると?

 私が手も足も出なかった彼女を練習台にしてブランクを埋めると本気で言っているのですか?

 駆逐艦もムッとしたのか、不愉快そうに私を……。あら?何故か視線を逸らしました。と言うよりは、無線の声に耳を傾けた感じかしら。

 十秒もしない内に再び私に視線を戻して、戦意を高揚させ始めたように感じます。

 

 「どうした駆逐艦。本気を出していいとお許しが出たか?」

 『そんなところよ』

 

 駆逐艦は少し意外そうな顔をした後、何かを納得したようにこう続けました。

 

 『今の私は、当時のアイツより強いわよ』

 「ほう?それは良い事を聞いた。ならば見せてもらおうか。貴様の実力を」

 

 彼女の戦意の上昇に呼応するように、私は左手を彼女に向け、同時に全砲門が彼女へと狙いを定めました。

 ここからが本番と言ったところでしょうか。もう一人の私がワクワクしているように感じます。

 

 『特Ⅰ型駆逐艦、五番艦。叢雲!相手になってあげる!』

 

 駆逐艦改め、叢雲さんは流れるような動きで槍を構えました。

 あの構えに移行する動作だけで、彼女が計り知れないほどの研鑽を重ねてきたのが伺えます。きっと、彼女の手の平は豆だらけなのではないでしょうか。

 

 「ああ、相手をしてもらおう。足掻け。抗え。死力を尽くして私の糧となれ!」

 

 もう一人の私はそう言うと、ほとんど不意打ちに近いタイミングで全砲門を一斉射しました。

 いくら模擬弾とは言え、これだけの数の砲撃が直撃したら叢雲さんは耐えられないのでは?と言うか、名乗られたら名乗り返すのが礼儀ですよ?

 

 「そう言えば、駆逐艦は飛ぶ(・・)事もできるのだったな」

 

 私の視線と副砲が上を向き、先ほどの砲撃を跳ぶどころか飛んだとしか思えない高度まで飛翔して回避した叢雲さんを捉えました。

 もう一人の私はこれと似た場面を見たことがあるようですが、駆逐艦とはあんな芸当が出来るものなのですか?

 

 『コレは見たことがないでしょう!』

 

 もう一人の私が副砲を放つより早く、叢雲さんはロボットアームと言いますかマジックアームと言いますか。兎に角、アームに繋がれた連装砲を真横へ向けて放ち、反動で私から見て左へ回避しました。

 砲撃にあんな使い方があるなんて驚きです。勉強になりました。

 

 「ほう。口だけではないようだ」

 『当然よ!』

 

 叢雲さんは着水後、間髪入れずに海面を滑空するような動きで加速して私へ接近を開始しました。

 対するもう一人の私は、砲の数を最大限に生かして弾幕を張って叢雲さんの接近を妨げています。

 都合17門の砲門を巧みに操って砲撃を繰り返すもう一人の私も凄いですが、殺到すると言っても過言ではない砲弾の雨を回避しながら接近してくる叢雲さんはもっと凄い。

 

 『追い詰めるわ。逃がしはしない!』

 「そう。その動きだ。あの時の彼女と同じ動きだ!」

 

 もう一人の私が言ったその動きを例えるなら稲妻でしょうか。砲弾の雨の隙間を縫うように、砲撃を繰り返しながらジグザグな動きで進んできます。

 そう言えば、私が知る彼女も叢雲さんと同じような動きをしていましたね……。

 

 「素晴らしい。やはり駆逐艦は素晴らしい!もっと見せろ!もっと魅せろ!貴様の全てを私に見せろ!」

 

 確かに素晴らしい。

 叢雲さんの動きは速く、その手に持つ槍の如く鋭い。その姿はまるで、海を切り裂きながら突き進む一本の槍の様です。

 

 『いいわね。こういうのを待っていたのよ!やればできるじゃない!』

 

 そう言うと、叢雲さんは両舷のアームを連装砲ごと真後ろへ向けました。

 何をする気?さっきの空中回避のように、砲撃の反動で移動する気?だとしたら、真後ろへ向けた連装砲は例えるならブースター。恐らく、叢雲さんは砲撃の反動を利用してさらに加速する気です。

 

 『思い知りなさい!私が磨き上げた『魔槍』の鋭さを!』

 

 叢雲さんは私の頭部を狙うように槍を構え、一際大きく前傾姿勢を取りました。

 私が思うに、『魔槍』とは砲撃の反動を加える事で、自分自身を砲弾と成して敵を貫く体当たりに近い技でしょう。

 駆逐艦の砲撃の反動がどの程度かは知りませんが、体にかかる負担はかなりの物のはず……。

 連続使用は多くて4~5回程度ではないでしょうか。

 

 『撃て(てぇ)!』

 「ああ…本当に駆逐艦は最高だ……」

 

 叢雲さんが加速するのと、もう一人の私が褒め言葉を言うのはほぼ同時でした。

 一瞬で、叢雲さんは私の鼻先まで接近しましたが、もう一人の私は『装甲』をわざと消し、頭を軽く逸らすだけで叢雲さんの槍を回避しました。

 狙っている場所がわかりやすいのが『魔槍』の欠点ですね。

 たぶん、砲弾とほぼ同じ速さで加速するため、事前に狙いを定めないと安定しないのでしょう。

 彼女がこの欠点に気づいているかはわかりませんが、あれなら加速の瞬間に合わせて体を逸らすだけで回避が可能です。

 

 「ちぃっ!」

 「あはっ♪惜しかったな駆逐艦!」

 

 叢雲さんは勢いそのままに私の後方20mほどに着水しました。

 そこから180度反転してもう一度『魔槍』を放つのか、それとも右か左に回り込んで『魔槍』か。

 もしくはそれ以外。

 一度、砲撃なり魚雷なりで私を牽制し、体勢を整えてから『魔槍』で決めに来るのか。

 

 「けど、ここはもう私の距離だ!」

 

 叢雲さんは着水位置からコの字を描くように二度ほど跳躍して私の左舷側に移動しました。

 そこから『魔槍』を放つ気ですね。

 

 (あの技、お前が思っているより使用できる回数が少ないようだ)

 

 そのようです。使えるとしたらあと1~2回でしょう。

 これは私の予想ですが、砲撃の反動を利用した加速による負荷が相当大きいのだと思います。

 それこそ、一度使用しただけで他に選択できる手段を放棄せざるを得ない程に。

 

 (ならば、受けて立たねばならんな)

 

 ええ、彼女の『魔槍』は正に捨て身。

 己の全てを注ぎ込んで研ぎ澄ました必殺の一撃。あの技は彼女自身です。

 受けて立たねば女が廃ります!

 

 「貴様の素晴らしい技に敬意を表し、今度は受けて(・・・)立とう」

 

 私は若干腰を落とし、叢雲さんに向けて電探傘を構えました。

 戦艦である私が言うのは違う気がしますが、柔よく剛を制すると言うものを見せてあげましょう!

 と、言ってみたいのですが……。もう一人の私は出来るんでしょうか?今更出来ないとかやめてくださいよ?

 

 「シャアァァァァァァァァ!」

 

 叢雲さんは踏み切り直後にもう一度発砲しました。

 つまり、単純に砲撃二度分の加速と突進力となった『魔槍』を私にぶつけて来たのです。

 

 「くぅぅぅぅっ!」

 

 私の『装甲』に触れた槍の穂先がキィィィ!と、金属を切り裂くような音を立てながら潜り込んで来ています。

 まだ貫かれていませんが、もう一度砲撃による反動が加われば貫かれるでしょう。

 

 (あと数瞬で勢いが止まるな)

 

 はい。ですが彼女は超えてくる。

 もう一度砲撃すれば、私の『装甲』を貫けるかも知れない事くらい彼女もわかっているはずです。

 

 「だったらもう一発ぅぅぅ!」

 

 案の定、叢雲さんは砲撃で加速して私の『装甲』を貫きました。

 ですが、『装甲』を貫くのに勢いのほとんどを費やしたのか、槍の穂先は私の電探傘に食い込み、もう一人の私は傘の受け骨で穂先を搦めて孤を描くように叢雲さんを放り投げました。

 

 「貴様の負けだ。駆逐艦」

 

 視線と全砲門が宙を舞う叢雲さんに向けられました。

 装填しているのが模擬弾とは言え、このまま撃てば落下することしか出来ない叢雲さんは文字通り吹き飛ぶでしょう。

 

 「そうね……。貴女の勝ちよ」

 

 もう一人の私の言葉に、叢雲さんは少しだけ後悔が混じったような声音でそう言いました。

 諦めが良い。

 これは私の想像でしかありませんが、今の時点で自分に出来る事以上の事をした叢雲さんは、己に足りない物を自覚して負けを受け入れたんです。

 

 (見事だった。素直に賞賛しよう)

 

 ええ、本当に。

 演習なのですからトドメの一撃は必要ないと思うのですが、もう一人の私は手向けの花代わりに撃つつもりなのでしょう。

 撃つ…つもりなんですよね?視線がどんどん下がっているのですが……。

 

 (来た……)

 

 来た?もう一人の私は何が来たと言っているのでしょうか。

 視線の先、西の方には何も……。

 いや、誰かがこっちに向かって来ています。まだ豆粒ほどの大きさにしか見えませんが、あの黒髪は……。

 

 (ああ…ああああ!来てくれた!彼女が来てくれた!来て…くれたのに!)

 

 もう一人の私の、歓喜と落胆が入り交じった感情が流れ込んでくる。

 もう一人の私は彼女に会いたくて仕方がない。

 だけど、もう一人の私は口惜しそうに何かを諦めようとしています。

 

 (口惜しいが限界だ…後はお前に任せる)

 

 は?限界って何が限界なんですか?それに、後を任せると言われましても何をどうすれば良いのか……。

 演習はたぶん終わり…ですよね?

 じゃあ、このまま戻って良いのかし……。

 

 「きゃあっ!」

 

 体の主導権が戻るのとほぼ同時に、私の『装甲』に何かが当たって爆ぜました。

 今のは砲撃?西から来てる人が撃ったの?

 でもどうして…演習は終わったはずじゃないの!?

 

 「あれは…大淀さん?」

 

 叢雲さんと入れ替わるように向かって来たのは大淀さんでした。

 その瞳は氷のように冷たく、左手に持つ連装砲は私を狙っているようです。

 何故、私を撃つのですか?

 何故、私をそんな目で見るのですか?

 何故、剥き出しの殺気を私に向けるのですか?

 

 「殺…される……」

 

 私がそう感じた時、大淀さんは背中の艤装から6機の艦載機を発進させました。

 あれは確か、零式水上偵察機…だったかしら。が、私の上空を円を描くように回り始めています。

 でも、偵察機って偵察するための物です…よね?既に私を捕捉しているのに、あんな風に飛ばしていったい何の意味が……。

 

 「歓迎しますよ窮奇。ようこそ、私の円形劇場(アンフィテアトルム)へ」

 

 私に偵察機の意味を理解する暇など与えないとばかりに、大淀さんは叢雲さんよりも速く、鋭い動きで襲いかかって来ました。

 でも私は、命の危険を感じながらも大淀さんの事を美しいと思ってしまいました。

 蒼い瞳で私を見据え、黒髪を靡かせて無慈悲に命を刈り取る死神に、私は見惚れてしまったんです。

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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