艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第二十七話 私は貴女が嫌いです

 

 

 艦娘になる理由は人によって様々。

 ここ1~2年の間に艦娘になった子は、キャリアや『元艦娘』という肩書きのために志願した子が多いそうです。

 ですが正化30年以前に志願した子。特に駆逐艦は、深海棲艦への復讐が目的で志願した子が多かったのだとか。

 私を指導してくださってる満潮教官と長門さんも例に漏れず、復讐が目的で艦娘になったんだとお聴きしました。

 もっとも、駆逐艦になれる年齢の子達と違い、ある程度社会的に自立している場合が多い年齢の人がなれる、軽巡洋艦以上の上位艦種では復讐を目的に艦娘になる人が少なかったそうです。

 長門さんが艦娘になった理由は、上位艦種に限って言えば稀有な部類だったんですって。

 私も復讐のために艦娘になったんだと話したら、長門さんに「今時の子にしては珍しいな」と、年寄り臭い事を言われてしまいました。

 でも、私は復讐したい相手の事までは言いませんでした。いや、言えなかったのかしら。

 だって、私が復讐したいのは深海棲艦ではなく……。

 

 「この人……だったんだ」

 

 叢雲さんと入れ替わるように現れ、私の頭上で旋回させている偵察機を放ち、私の死角から攻撃を繰り返してる大淀さんの動きを見て、彼女が私の会いたかった駆逐艦だったとわかりました。

 

 「もし、第三者として見ていれば、私はあの時のように魅了されたのでしょうね……」

 

 彼女が私の死角に潜り込む時に見せた叢雲さんと似たような移動法。

 けど違う。

 同じ技術なんでしょうけど、体裁きが叢雲さんとは全然違う。

 彼女の動きは叢雲さんより鋭い。彼女は叢雲さんよりも優美で華麗。叢雲さんを槍とするなら、大淀さんは研ぎ澄まされた日本刀。

 凶器でありながら美術品の如く美しい。

 

 「あの時と同じ。いえ、あの時以上に美しい」

 

 彼女を、当時は朝潮だった大淀さんを初めて見たのは忘れもしない正化30年の3月3日。

 家族と共に乗船していた横浜発のフェリーが深海棲艦に襲われ始めて数十分経ったくらいでした。

 その日、出港してからずっと駆逐隊が護衛してくれていたのですが、襲撃して来た敵の数が多く、徐々にではありましたが、フェリーにも着弾するようになりました。

 そんな時です。彼女が仲間を連れて現れたのは。

 彼女は一人だけ白い衣を纏い。戦場を縦横無尽に駆け回り、到着からたったの十数分で、襲って来た深海棲艦のほとんどを沈めてしまったんです。

 

 「全砲塔。展開」

 

 私には二つ年下の弟がいました。

 病弱で部屋に引き籠もりがちな子だったけど、私と一緒に居る時は笑顔を絶やさず、私の行く先には必ず着いて来たがるお姉ちゃん子でした。

 だけど弟は、フェリーに着弾した砲撃に巻き込まれて死んでしまった。

 もちろん、両親は悲しみました。私も血塗れになった弟を抱き抱えて泣きました。

 彼女が現れるまでは泣いていました。

 

 『やめなさい大和!大人しく両手を挙げて跪くの!そうすれば大淀も攻撃をやめるかも知れない!』

 「嫌です」

 

 両手を挙げて跪け?

 冗談じゃない。私はこの人に会うために艦娘になったんだ。この人に復讐するために艦娘になったんだ。

 その目的が叶う絶好の機会なのに降参しろと?不様に命乞いしろと?

 もう一度言います。

 冗談じゃない!

 

 『はぁ!?嫌ですって何よ嫌ですって!大人しく降参しなさい!これは命令よ!』

 「絶対に嫌です!私はこの人に負けたくない!」

 

 逆恨みなのはわかってる。

 弟が死んだのは彼女のせいじゃない。弟を殺したのは深海棲艦。そんな事はわかってる。彼女を恨むのは筋違いだと両親にも言われました。

 それなのに、私の心は納得してくれなかった。

 日を重ねる毎、歳を重ねる毎に、私の内に彼女への憎しみが増していった。

 

 『相手の力量がわからない訳じゃないでしょ!今のアンタじゃ絶対に勝てない!』

 「それでも嫌です!この人にだけ(・・)は負けたくない!他の誰に負けても、この人にだけは絶対に負けたくないんです!」

 

 どうしてもっと早く来てくれなかったんですか?あと一分。いえ、あと十数秒早く、貴女が来てくれていたらフェリーに深海棲艦の攻撃が当たる事はなかったのに。弟も死なずに済んだのに。私も、貴女を恨まずに済んだのに。

 

 「右舷主砲より砲撃開始!てぇ!」

 

 右目の端に彼女が映った瞬間に砲撃を開始。

 私の突然の反撃にも動じず、彼女は一旦10mほどの距離を取ったものの、再び私の死角へと姿を隠しました。

 

 「ならば全砲門!薙ぎ払え!」

 

 全砲門を一斉射。

 ほぼ360度の範囲を攻撃しましたが、彼女は砲撃と砲撃の隙間を縫い、装填の隙を突いて再接近して砲撃。再度距離を空けました。

 

 「長く痛ぶるつもり?いや……。もしかして」

 

 それから五回。

 私は全砲門一斉射を繰り返しました。しこたま撃たれたせいで艤装のあちこちから煙が上がり、私自身も満身創痍ですが、その甲斐あって見つけましたよ。貴女に勝つ方法を!

 

 「背部主砲!撃てぇ!」

 

 彼女が私の背後に回り込んだのを察すると同時に砲撃開始。当たるなんて思っていませんでしたし、それどころか砲撃し返されました。

 凄く痛いですが怯むわけにはいきません。彼女はどっちへ回はった?右?左?左だ!

 

 「左舷主砲!同副砲!順次斉射!」

 

 私は7、9、11時に向けた砲を順番に撃ちました。

 もちろん当てようだなんて思っていません。これは誘導するためです。

 反撃を始めて十数分でしかありませんが、彼女の動きを見ている内に、彼女には癖がある事に気付いたんです。

 

 「往生際が悪いですね」

 

 9時と11時に向けた副砲の砲撃を、加速とブレーキの緩急だけで回避した彼女が一足跳びに距離を詰めました。

 これが彼女の癖。

 彼女は相手の正面付近で攻撃された場合、装填の隙を狙って一気に近づき、反撃して離脱する。

 五回の砲撃中、同じ状況になったのは二回ですが、二回とも彼女は同じ行動を取りました。

 癖と断定するにはサンプルが少ないですが、同じ行動を取ってくれた以上、私は予定通り突撃(・・)するだけです。

 

 「右舷(・・)主砲!放て!」

 

 私は5時方向。

 つまり、彼女が滑空するような移動法で接近して来ている方向の真逆へ砲撃。それと同時に『脚』を消しました。もちろん、消した傍から再形成を始めるのを忘れずに。

 その結果がどうなるかと言いますと……。

 

 「しょ!正気ですか!?」

 

 もちろん正気です。

 私は主砲による砲撃の反動で撃ち出され(・・・・・)、私と彼女の『装甲』がぶつかり合ってガギギギ!と金属同士が擦れ合うような音を上げました。

 彼女が突撃して来る方向を固定し、回避が難しいタイミングで自分自身を砲弾としてぶつける。

 これが、叢雲さんの『魔槍』を目の当たりにしたことで思い付いた、今の私に出来る彼女へ肉薄する唯一の方法です。

 

 「くっ!『装甲』が保たない!」

 

 パリィン!と、ガラスが砕けるような音と共に、彼女の『装甲』が光の粒になって砕け散りました。

 対して私の『装甲』は健在。『脚』の再形成が若干間に合わず脛の辺りまで沈んでしまいましたが問題ありません。

 ここまで接近すれば、あとは殴るだけなんですから。

 

 「だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 私は『装甲』を消し、電探傘を全力で彼女へ振り下ろしました。

 そのせいで、電探傘は折れて使い物にならなくなりましたが、代わりに、彼女が防御のために振り上げた左手に持つ連装砲ごと、彼女の左腕をへし折るのに成功しました。

 

 「はぁ、はぁ……」

 「ぐっ…油断しました。でっ、でもまだ沈みません。大淀沈みは…しません!」

 

 私の眼下で膝を突く彼女の戦意は失われていない。

 けど、それは私も同じです。

 砲撃の反動による体へのダメージが想像してたより大きく、背中どころか体全体が弾け飛びそうなほど痛みますがまだやれます。

 大和はまだ戦えます!

 

 「シッ!」

 

 先に動いたのは彼女でした。

 立ち上がる動作からの…これは確かガゼルパンチでしたか?カエルパンチに近い気もしますが……。を、私の腹部目掛けて放って来ました。

 少し、本当に少しですが、パンチの伸びが悪い気がします。

 左腕が折れているから?いえ、問題があるのはそれよりも下ですね。腰…でしょうか。

 私の一撃で腰を痛めた?それよりも前から痛めていた?

 どちらにせよ、そんな温いパンチは私には通じない。

 私はガゼルパンチの勢いを殺さぬように電探傘を投げ捨てた右手を添え、右方向へ弾くように流しながら手首を掴みました。

 もちろん、それだけでは終わりません。

 空いた左手を彼女の右肩に置き、押し込んで彼女に再び膝を突かせました。

 

 「右も貰います!」

 

 掴んだ右手を引き、代わりに体重をかけ、押し潰すように左手を押し込んだ事で、彼女の右肩からボグン!という音が左手を通して聞こえました。

 本当なら、ここから右膝を首に押し当ててへし折るなりするのですが、今はこれが精一杯のようです。

 でも、首はへし折れなくても砲撃は出来そうですね。

 

 「ぐぅっ……!」

 

 彼女が顔を痛みに歪ませ、押し殺した呻き声を出しました。

 痛いでしょう?無理矢理関節を外されるのは気絶しそうなほど痛いでしょう?

 でも、弟はもっと痛かったんです。

 文字通り死にそうな痛みに耐えながら、それでも私を安心させようと微笑んだんです!

 

 「両舷、全砲門。照準」

 「なっ!?何を考えているんです!いくら模擬弾とは言え、こんな距離で撃てば貴女だってただでは……!」

 「知ったことか!私は貴女に勝てればそれでいい。貴女に復讐できればそれで良いんです!」

 「私に…復讐?あの時の復讐ですか?あの時、貴女を沈めた事への復讐なのですか?」

 

 私を沈めた?何の事ですかそれは。

 ああ、そういう事ですか。貴女は大和()を見ていない。貴女が見ているのは、私の内に居るもう一人の私なんですね。 

 貴女にとっては、大和()など取るに足らない路傍の石も当然なんですね。

 

 「貴女は覚えてないでしょう。きっとあの時、あの場に私が居た事すら貴女は知らない」

 「あうっ…!」

 

 私が肩を握ると、彼女は悲痛な声を上げて目尻に涙を浮かべました。

 腹が立つ。

 もっと痛めつけてやりたい。弟のように血塗れにしてやりたい。今際の際に自分の罪を自覚させ、その顔を絶望の色で染め上げてやりたい。

 

 「許しを請いなさい。私の弟に謝りなさい!」

 「お、弟?いったい何の事ですか!私が貴女の弟に何をしたと言うのですか!」

 

 何をしたか。ですって?

 貴女は何もしていない。貴女が何もしてくれなかったから弟は死んだんです。

 貴女がした事と言えば、私から復讐する相手を奪ったこと。

 貴女が全部沈めてしまった。

 貴女が私から復讐する相手を奪ってしまった。

 もっと早く来てくれたら良かったのに。

 そうすれば、こんな筋違いな復讐心を抱かずに済んだのに。

 そうだ。全部貴女が悪いんだ。

 弟が死んだのは貴女のせい。私がここまで狂ってしまったのも貴女のせい。全部全部全部全部!全部貴女が……!

 

 「貴女が来てくれなかったのが悪いんだ!」

 

 私は彼女へ砲撃しました。

 その反動と爆発で、私も彼女の吹き飛びましたが、直前に彼女が『装甲』を展開するのが見えました。

 たぶん、彼女はまだ生きてる。

 私もまだ生きてる。まだ、復讐は終わっていない。

 

 「痛っ……。まったく…はしたない格好になってしまいましたね」

 

 艤装も制服もボロボロ。

 制服よりも露出している肌の面積の方が多いくらいです。胸など、手で隠さなければならないほど布が吹き飛んでいます。

 

 「それは彼女も同じか……」

 

 彼女も私と同じくらいボロボロ。

 もっとも、私と違って露出部を手で隠すどころか、立ち上がる余力もないようです。海面に横たわって蠢くのが精一杯と言った感じでしょうか。

 

 「トドメを……」

 

 使えそうなのは背部主砲だけですか。

 それでも、瀕死の彼女を仕留めるには十分なはず。

 

 「やめなさい大和。もう勝負は着いたわ」

 「退いてください。そこに居られると、叢雲さんまで巻き込んでしまいます」

 

 私が背部主砲を彼女に向けようとした時、叢雲さんが彼女の前に立ち塞がりました。

 このままじゃ撃てない。

 私が憎んでいるのは彼女であって叢雲さんじゃない。どうにかして退いて貰わないと。

 

 「邪魔をしないでください。叢雲さんには関係ない事です」

 「関係ならあるわ。アンタがどうして大淀を憎んでるのかは知らない。でもやらせる訳にはいかない。大淀は……。その、私の友達だから」

 

 若干頬を赤く染めながら、叢雲さんはそう言って彼女に肩を貸しました。

 友人を助けようとする気持ちはわかりますが、こんなチャンスを逃すほど私の恨みは浅くない。

 

 「主砲……。照準!」

 「やめろって言ったでしょ?今撃てば私諸共大淀を仕留められるでしょうけど、それをしたらアンタの腰にしがみついてる満潮まで反動で死なす事になるわよ」

 「え……?」

 

 視線を腰に落としてみると、叢雲さんが言った通り、満潮教官が小刻み震えながら私の腰にしがみついていました。

 いつの間に……。

 いや、それよりも、どうして満潮教官は怪我をしているのですか?右半身だけとは言え、怪我の具合は私よりも酷いように見えます。

 

 「教官…どうして……」

 「もうやめ…て大和。これ以上はもう……」

 「教官!?」

 

 それだけ言って、満潮教官は私の『脚』の上に崩れ落ちました。

 『装甲』どころか『脚』も維持できていない。私の『脚』がなかったら、教官はそのまま海の底へ沈んで行ったでしょう。

 

 「ちょっと大淀!アンタもやめなさい!」

 「お断りしま…す。元帥閣下を、主人を害そうとする者をぉぉぉぉぉ!?痛い痛い!痛いですよ叢雲さん!」

 「両手壊されといて何言ってんのよ。大人しく工廠に連行されなさい」

 

 叢雲さんは容赦なく、彼女の脱臼した右肩と折れた左腕を槍の石突きの部分で突っついてます。

 涙目で抗議している彼女を見た私の感想は『ざまぁ』って感じですね。とても気分が良いです。

 

 「アンタも満潮を運んであげなさい。それくらいの余力はあるでしょ?」

 「それは…まあ……」

 

 私は言われた通り満潮教官を抱え上げました。

 その時にふと思ったのですが、艤装を背負ってる時って腕力が上がるのかしら?

 現に、私は重そうな艤装を背負ったままの満潮教官を軽々とお姫さま抱っこしてますし、叢雲さんも自分より身長の高い彼女のお尻をこちらに向けて丸太のように肩に担いでます。

 清楚な見た目の割に凄いの穿いてますね。黒のTバックでしかも紐パンですか。今度からハレンチメガネと呼んでやります。

 

 「ちょっと待ってください」

 「何よ。アンタの怪我も軽くないんだからサッサと……」

 「一言だけ、彼女に言わせてください。それでこの場は収めます」

 「だってさ、大淀。どうする?聞く?」

 「……聞きましょう」

 

 叢雲さんは「そう……」とだけ答えて私に背を向けました。

 いや…うん……。

 彼女に言いたい事があるのですから、叢雲さんが面と向かわせようとしたのは当然だと思います。

 思いますが、叢雲さんに担がれ、壊れた両手をブランと垂らした状態で私を睨む彼女がシュール過ぎて吹きかけましたよ。

 思わず「ウケ狙いですか?」と言い掛けてしまいました。

 

 「で?何を言いたいんですか?再戦の申し込みならいつでもぉぉぉ!?叢雲さん!お尻を抓らないでください!」

 「余計なこと言わなくて良いから大人しく聞け!この暴走メガネが!」

 

 抓られた瞬間の間抜けな顔を見たら言う気が失せちゃった。

 でも、言わないと。

 決着は着けられませんでしたが、せめて私の嘘偽りない気持ちを彼女に伝えておかないと私の気持ちに収まりがつかない。

 

 「私は貴女が嫌いです」

 

 私の言葉を聞いた彼女は一瞬驚き、その後バツが悪そうに「そうですか」とだけ言いました。

 彼女が何を思っていたのかはわかりませんが、私には「やり返された」と言ってるように見えたんです。

 もしかしたら、彼女もかつて同じセリフを誰かに言ったことがあったのかも知れない。と、思いながら、私は叢雲さんに担がれて遠ざかる彼女を睨み続けました。

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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