私は物心が着く前、生後数週間くらいの頃から孤児院で暮らしていた。
孤児院の職員の話では、私が捨てられた当時は深海棲艦による本土への爆撃が始まってしばらく経った頃だったらしく、少しでも安全な所に私を置いておきたかったのだろうとの事だった。
子供心に「そんな訳あるか」とか思ったわね。
単に邪魔だっただけ。自分たちが生きていく上で、お荷物でしかない私を捨てただけ。そう思った。
もし職員の言った通りだったとしても、自分の子供を見ず知らずの人に預けるなんて理解できない。
私だったら何が何でも手元に置く。私が守る。食べ物がないなら、自分の血肉を与えてでも絶対に子供は餓えさせない。
なんて事を考えた時期もあったわ。
まあ、世間の厳しさ。特に空襲が始まった頃の混乱を知らない子供の浅はかな考えだから気にしないでちょうだい。
「知らない天井だ……」
暗くても白いとわかる天井を見た途端、何故だかわからないけど、言わなきゃいけない気がしてそう言ってしまった。
ここは……。
工廠の治療施設。『病院』かな?
どうして私、こんな所に居るんだろう。たしかお姉ちゃんと撃ち合って、それから……。
「そうだ…大和!って!いったぁ……」
身を起こそうとした瞬間、右半身に突っ張るような鋭い痛みが走って、私は浮かしかけた背中を再びベッドに沈めた。
そう言えば、右半身を手酷くやられてたんだっけ。
って事は、私ってこの怪我のせいで今まで寝てたの?今何時?右手に見える窓の外を見る感じ夜みたいだけど……。
「満…潮……?」
声のした方。左手の方を見ると、涙を拭いすぎて目元を真っ赤にした円満さんが私の左手を握り締めていた。
そっか……。
私はまた、円満さんを泣かしちゃったのね。
「ごめんなさい。私、負けちゃった……」
「そんな事どうでも良い!アンタが生きてるんならどうでも良いよぉ……」
円満さんは散々流したであろう涙を、再び滝のように流しながら私に抱きついた。
ああ、私はいつもこうだ。
私が一番、円満さんを悲しませている。私が一番、円満さんを泣かせてる。
中途半端に強くなっちゃったせいで、円満さんにいつも心配させている。怪我をして戻る度に、円満さんの心を傷つけている。
「ごめんねぇぇぇ!アンタがこうなる事はわかってたのに!わかってたのにぃぃぃ!」
「もう……。いい歳してガン泣きしないでよ……」
「でもぉぉ……」
まったく、これじゃあどっちが年上かわかんないわね。今からこんなんで、この先大規模作戦でもするようになったらどうなるのかしら。
今以上に泣くのかな。今以上に傷つくのかな。今以上に、心を壊しちゃうのかな……。
「よ~しよしよし。デカい子供が居ると苦労するわ~」
「こ、子供ぉ!?アンタの方が子供でしょうが!」
「こんだけ毎度毎度泣きじゃくっといてよく言えるわね。泣きすぎて涙腺がガバガバになってんじゃないの?」
「う、うるさい!ガバガバになんてなってないわ!シマリは抜群よ!」
「いや、その反論はどうかと思う……」
相変わらず、円満さんって泣くとバカになるなぁ。
しかも甘えん坊になっちゃうし。
今は私が怪我してるから我慢してるんだろうけど、いつもは私のお腹に顔を埋めて一晩泣き明かす。
もちろん、私はその日寝ることが出来ない。今みたいに一晩中、円満さんの頭を撫で続けるの。
心配させてごめんなさい。怪我をしちゃってごめんなさい。って、心の中で謝りながら。
「仕事は終わったの?今週は円満さんが報告を聞く番でしょ?」
「とっくに終わったわよ。今何時だと思ってんの」
「ん~と、20時くらい?」
「夜中の2時よ!アンタ、半日近く寝てたのよ!?」
Oh……。そんなに寝てたのか。
でもまあ、半日で起きたんなら良い方じゃない?何日も寝てた訳じゃないんだから。
円満さんからしたら、心配で仕事中も気が気じゃなかったんでしょうけど。
「じゃあ、今日は元帥さんと呑まなかったんだ。明日は休みなのに」
「アンタがこんな状態なのにそんな事出来るわけないでしょ?明日も、ずっと傍に居るつもりよ……」
そっか。私がヘマしたせいで、円満さんの楽しみを奪っちゃったのか。
元帥さんと呑む時のために、何を話そうかとかどんな服装で行こうかとかウザいくらい考えてたのに無駄になっちゃったのね。
そうしてた時の円満さんは、年相応で微笑ましかったのになぁ。
聞いててウザかったけど。
「気にしなくて良いのに。って言っても、気にしちゃうんでしょうね」
「当たり前よ…。アンタがこうなると予想してたのに、それでも大淀の傍にアンタを配置したのは私なんだから」
「そりゃそうだけど……。もしかして、その件でお姉ちゃんとケンカしちゃった?」
「ちょ、ちょっとだけ…ね」
嘘だ。
こんなに、所在なさげにモジモジして目を泳がせてれば私でもわかる。
殴り合いまではしてないと思うけど(そもそも、円満さんは殴り合いなら私より弱いし)、言い合いくらいはしたかも知れないわね。
それこそ、二人の関係にヒビが入るレベルで。
「仲直りしときなさいよ?元とは言え妹なんだから」
「……やだ」
「子供か。仲直りしとかなきゃ、元帥さんと不倫していいって許可も取り消されるかもよ?」
お~、悩んでる悩んでる。
プイッとそっぽ向いたまま「う~」とか唸ってるわ。
大人の艶やかさと子供の愛らしさが混在したような容姿の円満さんがやると絵になるわね。
歳を考えたら大人気ないと思うけど。
「円満さん。やめても、良いんだよ?」
「やめない……。全部終わるまで絶対にやめない」
でしょうね。
円満さんはやめない。目的地に着くまで歩みを止めない。目的を果たすまで傷つき続ける。
この戦争が終わるまで、平和な世界を取り戻すまで、円満さんは泣き続けるんだ。
「死なないで満潮……。ずっと私のそばに居て」
「うん。死なないよ。私は死なない。ずっと円満さんのそばに居続ける……」
円満さんとケッコンカッコカリをした時に交わした言葉。
私と円満さんは事あるごとに、そう約束し合う。
そう約束して、また次の日を迎える。円満さんは私を。私は円満さんを支え続けると約束を交わして、私達は戦い続ける。
戦わなくていい日が訪れるまで。
「ねえ、円満さん。お願いがあるんだけど。良い?」
「何?私に出来る事なら……」
「ちゃんと見てあげて。窮奇じゃなく、大和を」
お願いと言うよりはやめて欲しい事、かな。
円満さんに辛い思いをして欲しくないってのもあるけど、大和の事をちゃんと評価してあげて欲しい。
大和の頑張りをちゃんと認めてあげて欲しい。
そして、窮奇としてじゃなく、大和として使ってあげて欲しい。
「うん……。わかった。アンタの教え子だもんね」
「わかればよろしい。退院したら、ご褒美に円満さんの好きなオムライスを作ってあげる」
「子供扱いしないでよ。私、アンタより年上よ?」
「年下の私に抱きついて甘えてる人が何言ってんのよ。じゃあ、オムライスはいらないのね?」
「食べる……。ケチャップで名前も書いて……」
「はいはい」
余談だけど、円満さんはオムライスが大好物。半熟のオムレツを割ったら卵が流れ出るような凝ったのじゃなく、薄く焼いた卵で包んであるヤツね。
それに自分の名前を書いて……。いや、書くのは私か。平仮名やカタカナで名前を書くと怒るから、ちゃんと漢字で書かなきゃいけないのが面倒なのよねぇ。
まあ、口の周りをケチャップで真っ赤にしながら食べる円満さんを見ると謎の優越感に浸れるから良いんだけどね。
「一度、部屋に戻ってお風呂に入って来なさいよ。士官服のままじゃない」
「でも……」
「でもじゃない。そんな汗臭いままでいたら元帥さんに嫌われるよ?」
「わかった……」
「歯もちゃんと磨いて、パンツも替えるのよ?」
「わかってるってば。終いには宿題もやりなさい。とか言い出しそうね」
「言って欲しいの?」
「言わなくて良い……」
まるで母親と子供の会話ね。見た目は完全に逆だけど。
でも、今日みたいに精神状態が不安定な時は、しつこいくらいに言わないとサボるのよこの人。
「すぐにまた来るから。寝ないで待っててね?」
「いや寝かせろ。私、怪我人よ?」
「じゃあ戻らない」
「OKわかった。寝ないで待ってるから着換えてきて」
「絶対よ?絶対だからね?」
わかったからとっとと行きなさい。
とまでは言わなかったけど、私は左手でしっしっとやりながら円満さんを病室から追い出した。
体が動けば蹴り出すところを、しっしっとやるだけで済ませてあげたんだから感謝しなさい?
「う……。気が抜けたら痛み出しちゃった……」
ここまで酷い怪我をしたのが初めてなせいもあるんだろうけど、傷の痛みと同時に孤独感が襲って来た。
凄く寂しい。誰かに背中をさすって欲しい。誰でもいい、誰かに話しかけて欲しい。
そう考えながら、痛みと孤独に堪えていたら、病室の扉がゆっくりと開かれる気配を感じた。
円満さんが戻って来たのかしら。いや、違うわね。円満さんが出て行ってから10分も経ってない。いくらなんでも早すぎるわ。
「酷い格好だな。駆逐艦」
「大和……。じゃないわね。何か用?窮奇」
「ほう?お前は私の名を知っているのか」
病室に足音もさせずに入って来たのはパジャマ姿の大和だった。見た目だけなら、ね。
雰囲気は別人だし、口調も全然違う。
それに、私の問いには答えなかったけど、窮奇と呼んだ事を否定しないどころか肯定したもの。
「お前に聞きたいことがある」
「内容に寄るわね。で、何?」
「どうして、私を助けた?」
助けた?私が窮奇を?
たぶん、応接室での一件の事を言ってるんだろうけど、私は大和を助けたんであってアンタを助けたわけじゃない。
アンタは私にとって、友達の仇でしかないんだから。
「答えたくないならいい。だが、借りを作ったままというのは私の性に合わない」
「あら、意外と人間くさい事言うのね」
「私に人間の事を教えた奴の影響だよ」
窮奇は、うんざりしたような顔をして明後日の方を向いた。
コイツに人間社会の事を教えた奴が居る?だから名前があるの?そう言えば、窮奇って確か中国の妖怪かなんかだったわよね?コイツの名前もソイツにつけてもたったのかしら。
「ところで駆逐艦。名は何と言う?」
「満潮よ。大和が何度も呼んでるでしょ?それとも、表に出てない時は外の情報が入ってこないの?」
「そんな事はない。アサシオ以外に興味がないから憶えられないだけだ」
「何よそれ。私、アンタが今使ってる体の本来の持ち主を指導してんのよ?」
「安心しろ、もう憶えたよ。だからそう責めるな。あ~……。ミツコシ、だったか?」
「百貨店になった覚えなんてない。って言うか『ミ』しか合ってないじゃない」
いやいや、「難しい名前なのが悪い」とか言ってるけどアンタの名前の方が難しいからね?辞書登録してようやく変換出来るようになるレベルなのよ?
「兎に角だ。借りを作ったままなのは気分が良くない。だから、お前の願いを一つだけ聞いてやる」
「なんでも?」
「なんでもだ」
これは棚からぼた餅ってヤツ?
そんなつもりはなかったのに、一度だけとは言え窮奇を支配下に置けるようになっちゃった。
「もう、お姉ちゃんの事を諦めて。とかは?」
「お姉ちゃん?それはアサシオの事か?だったら無理だ。彼女を見ただけで、私は我を忘れてしまう」
「じゃあ私の奴隷になって。一生」
「それは卑怯だろう」
「だったら、三回回ってワン!と吠えなさい」
「お前が良いなら良いが……。本当に良いのか?」
「いや、やっぱり無しで」
思ってたより話が通じるわね。
ガチレズでドMの盲目的なストーカーだとばかり思ってたけど、これならお願いの仕方次第で大和もお姉ちゃんも守れるかも知れない。
「今お願いしなきゃダメ?」
「お前が願いを思い付いた時で良い」
窮奇の顔は真剣そのもの。
口約束とは言え、コイツが約束を反故にするとは思えない。これは契約に近いかもね。
対価は先払いしちゃってたみたいだけど、私がコイツを助けた事の対価を、コイツは私の願いを叶える事で払おうとしてるんだ。
「約束だからね?破ったら承知しないんだから」
私の言葉を聞いて、窮奇は私が抱いていたイメージとはかけ離れた微笑みを浮かべてこう言ったわ。
「ああ、約束しよう」と。
その微笑みを見て、私は不覚にもこう思ってしまった。
まるで女王のよう威厳と、聖母のような慈しみを合わせ持ったような微笑みだなって。
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)