この話をすると、大抵の人は意外って言うんすけど、桜子さんはよく泣くんす。
悲しい事や嬉し事があった時はもちろん、夜寝てる時もっす。
ごめんなさいごめんなさいって、自分にしがみついて泣くんす。
誰に謝ってたのかまではわかんないっすけど、桜子さんは戦争が終わった今でも戦い続けてるんだと思うっす。
自分が犯してきた罪と、それを罰せられなかった不幸に苦しめられながら。
~戦後回想録~
奇兵隊副長へのインタビューより。
ーーーーーー
旦那達と別れた扉の先に進むと、脱衣場と検査室があってそのさらに先にガラス扉があった。
ガラス越しに見えるプールの中央に立ってるのは、かつてこの施設で共に過ごし、あの頃と変わらぬ姿の友人。
ガラス張りの天井を見上げる、黒いオカッパ頭に藤色の着物姿、無骨な艤装を腰に装着した野風だった。
「ようやく来てくれたのね。神風」
プールサイドに入ると、場違いな磯の香りと共に、野風がガラス張りの天井越しに空を見ていた視線を私に向けてそう言った。
色々成長して、髪だって昔より短いのによくわかったわね。変わってないのは瞳と髪の色と美貌くらいだって言うのに。
「久しぶりね野風。私がわかるの?」
「わかるわよぉ♪ずぅっと、見てきたんだものぉ♪」
野風は何がおかしいのか、右手の裾で口元を隠し、左手を「やぁねぇ」と言わんばかりにチョイと振ってコロコロと笑っている。
龍田のように間延びした喋り方をするわね。この子、こんな喋り方だったっけ?
いや、それよりも呼び方を訂正させるべきかしら。
ん~。面倒臭い。神風には悪いけど、ここには居ないから神風で通そう。その方が話がスムーズに進みそうだし。
「呉、横須賀、舞鶴、そして南方。色々な場所に行ってたわよねぇ?行ってないのは北方くらい?」
「そうなるわね。よく調べたじゃない」
「ふふ♪鬼風ちゃんがねぇ?貴女が何所に居るか教えろって言うから必死に行方を追ったものぉ♪」
「鬼風と通じてたか……」
「ええ、あの子に名前を付けてあげたのは私だものぉ。可愛い子だったでしょう?」
なるほど。
シーレーン奪還作戦の時はどうだったか知らないけど、後の舞鶴、ラバウル、タウイタウイの時は、偶然じゃなくコイツが私の居場所を教えたのね。
「あの子ね?ずぅっと還りたがってたの。でもね?貴女と出会って、貴女の手で還してもらいたいって思うようになったんだって」
「迷惑な話だこと。じゃあ、アイツを追って南方を転々とした日々は無駄だったって事じゃない」
「そんな事ないわよぉ。あの日々のおかげで、貴女は強くなったでしょう?あの子を殺せる程に」
ふむ、たしかにそう言えなくもない。
と、あの頃の事を脳裏で思い出しながら、私は水面へと歩みを進めた。
水面に立つのは久しぶりだけど問題はないようね。体がしっかりと浮き方を覚えてるわ。
「あらぁ?艦娘は辞めたんじゃなかったのぉ?ハワイ島での戦いの最中に」
ん?水面に浮けたことがそんなに意外?
狩衣だけじゃ無理だけど、薄衣も併用いてるから浮くくらいなら余裕よ。
もっとも、浮けるだけで動きは陸上と大差ないけどね。脚技は一応使えるけど、加速も飛距離も艤装を使った場合の3割程かしら。
「辞めたわよ。って言うか、なんでそこまでは詳しいのよ」
それよりもお父さん、海軍の情報は思ってた以上にアクアリウムに筒抜けになってるみたいよ。
だって、一般に公表されていない私の解体や、ハワイ島内部での戦いまで知ってそうだもの。下手したらスパイが潜入してるかもしれない。
「なんでって……。貴女が出した本に書いてあったわよぉ?」
「あ、犯人私だった……」
そうだったそうだった。
私が艦娘時代に体験した出来事を本にして出版してたのをすっかり忘れてた。
ごめんお父さん。私がスパイでした。
「ふふふ♪ブッ〇オフに沢山あったのぉ♪しかも一冊100円!私大人買いしちゃったぁ♪でもぉ、なんでブック〇フに大量に置いてあったのかしらぁ?」
「う、うっさい!読んだ人がまだ読んでない人に読んでもらう為にあえてそうしてんのよ!」
「なるほどぉ!だから、一冊1500円くらいしそうな装丁なのに、100円なんて捨て値で売ってたのねぇ♪」
くっそう……。
私の自尊心がゴリゴリ削られていく。野風の精神攻撃がハンパないわ。
それにしても100円って何よ100円って!安すぎじゃない!?まあ、ちゃんと買った後にブックオ〇に売ったんだろうから赤字ってわけじゃないけど気分は良くない。
そりゃあ、出版した当初は、ネットで「妄想癖の激しい奴が書いたんだろ」とか「という夢を見たんだな」とか散々言われた(旦那調べ)そうだけど、神風なんかは「先輩凄い!私、尊敬しちゃいます!」って褒めてくれたんだから!
「アレを読んで懐かしくなったわぁ。あの頃は酷かったものねぇ。どこもかしこも避難民で溢れて、食べる物も雨露を凌ぐ家もなくて……」
「ふぅん。アンタも似たような目に遭ってたのね」
「当然よぉ。でもね?私は貴女とは真逆だったの」
「私と真逆?」
「ええ、真逆。貴女は幸せな家庭で育ったでしょう?貴女のことを想ってくれる両親に育てられたでしょう?でも、私の親は私の事が嫌いだったの。毎日のように殴られた。ご飯だって一日一食食べれれば良い方だった。私はクソみたいな親の元で育ったの」
それが、アンタが深海棲艦に与した理由?親から受けた虐待の恨みを、深海棲艦を通して縁も所縁もない人達にぶつける事で晴らそうとしたの?
「そんな、人生のドン底にいた私を救ってくれたのが彼女たちだった。私を何年も何年も苦しめ続けたクソ親を挽き肉に変え、見て見ぬふりをし続けた近所の奴らも炭に変えてくれた。あの時の彼女たちは女神様のように綺麗だったわぁ♪」
野風は胸元で手を組み、まるで祈っているかのように瞼を閉じた。
そう言えば、私も綺麗だって思ったっけ。それどころか助けを求めた。私の両親を肉塊に変えた憎むべき相手に。
「その後、アンタはどう過ごしたの?」
「何でもしたわぁ。生きるためならなぁんでも。貴女なら、言わなくてもわかるんじゃない?」
ええ、わかるわ。
アンタは生きるために盗みはもちろん、体を売ることすらしたんでしょう。もしかしたら、自分が生きるために他人の命奪うことすらしたかもしれない。
私も、お父さんの所に帰るためなら迷わずそうしてたから。
「死にたくなかったんだぁ。ゴミ共に良いようにされたままで死にたくなかった。仕返ししたかった」
「だから艦娘に……。いや、違うわね。アンタは深海棲艦になりたかったんだ」
野風は、歪んだ笑顔を私に向けることで肯定した。
真逆、か。
そうね。私とアンタは良く似てるけど真逆だわ。艦娘になる前の人生はもちろん、その後の人生も。
私はお父さんの役に立ちたかった。お父さんみたいになりたかったから艦娘になった。
お父さんが居る場所に帰りたかったから、死にたくなかった。
アンタは人に仇成すため。深海棲艦みたいに、理不尽な暴力を振るうために艦娘になった。
自分を苦しめた人間より先に死にたくなかったから、アンタは生き続けた。
「彼女と会ったのは、配属された部隊を全滅させた日よ。私の体で欲望を満たそうとしたクソ袋共をグチャグチャにした余韻に浸っていたら、彼女が現れたの」
「彼女?それは…鬼風のこと?」
「違うわぁ。鬼風ちゃんと会ったのはもっと後。彼女は私を仲間だと誤認して近づいて来たの。自分と似たような力を使い、クソ共を嬉しそうに潰す私を」
どの個体の事を言っている?たぶん名前がついてる個体だと思うんだけど……。
鬼風以外で名前がついてる個体なんて窮奇くらいしか覚えてないのよねぇ。もう何体かいた気がするけど。
「私は彼女に色々教えたし、色々教えてもらったわぁ。名前だって付けてあげた。この腐った世界に混沌をもたらせてほしいという願いを込めて『渾沌』とね」
思い出した。
たしか、ハワイ島攻略戦で米軍が相手をした敵主力艦隊の旗艦だった奴。現在、南方で深海棲艦の指揮を執っていると円満が目している南方棲戦姫だ。
「聞きたい?聞きたいよねぇ?彼女達の目的。彼女達の勝利条件。貴女達の運命!気になるよねぇ?気になるよねぇ?気になるよねぇ?ねぇ?神風?」
「聞かせたいんでしょ?聞いてあげるからサッサと話しなさい」
まどろっこしい。
アンタは私達が知らない真実を話したくて仕方がないんでしょう?自慢したくてウズウズしてるんでしょう。
だったら話させてやるわよ。
どの道、ふん縛って知ってること全部吐かせるつもりだったんだから。
「彼女たちの目的は大きく分けて三つ。すなわち『調整』、『再現』、そして『初期化』」
「調整は兎も角、再現?初期化?」
うん、調整は何となくわかる。
前元帥さん達、異世界転生者によって歴史が書き換えられた事で生じた死者数の違いを修正する事でしょう。
じゃあ再現は?
前元帥さん達に書き換えられた歴史を再現するって事?それは不可能よ。第二次世界大戦時と現代じゃ兵器の質が段違いだし、戦略や戦術も当時とは違ったモノになっている。
そもそも、当時の人と現代人とじゃメンタル面が別物と言っても良いわ。
今の時代の人が、御国のために天皇陛下万歳って言いながら死んで逝くと思う?答えは、有り得ない。
この戦争が始まった当初でさえ、戦える年齢の大人は志願よりも政府への非難を優先したのよ?
だからこそ、年端もいかない少女を艦娘として戦地に送り込むなんて方法がまかり通ったんだから。
「ああ、勘違いしないでね?『再現』は、彼女たちの目的の中でも一番アバウトなモノなのぉ。
「似たような結果?」
「そうよぉ。例えば、開戦初期の本土空襲。空襲が起こったと言う事実さえあればよかった。場所はどうでも良いの。小さいものになるとアレね。ほら、ラバウルで奇襲を仕掛けようとした艦隊が、貴女達に一方的に沈められたじゃない?アレ、本来なら日本の艦艇が似たような目に遭ったんだけど、実際に沈んだのは彼女たち。でも問題ないの。
野風が言ったのは、恐らく私が辰見達と迎え撃った艦隊とは別。ダンピール海峡を北上しようとした艦隊の事でしょうね。
たしか、あっちは当時の二水戦が迎撃し、基地航空隊の援護もあって、一方的に叩いたと聞いている。
あまりにも一方的な展開だったため、『敵にとっては正に悲劇。差し詰め、ダンピールの悲劇と言ったところか』なんて言う子まで居た程よ。
「じゃあ、『初期化』とは?」
「文字通りよぉ。初期化するの。人類の文明と歴史を」
「はぁ!?それって人類を滅ぼすって事!?」
「違う違う。それじゃあ初期化じゃなくて淘汰じゃない。そうじゃなくてぇ、初めからやり直すのよぉ」
「初めから、やり直す?」
「そう、さっきも言ったでしょう?文明と歴史を初期化するって。原始時代くらいまで戻しちゃうんじゃないかしらぁ♪」
「んな事どうやって……」
「ふふ♪どうやってかしらねぇ♪」
そこまで教える気はない。って事かしら。
それとも、ニヤニヤと顔を歪めて私の反応を楽しんでる野風もそこまでは知らないって事?
あれ?でも待って。
深海棲艦の最終目的が文明と歴史のリセットなら……。
「『調整』と『再現』は必要なくない?」
「ええ、必要ないわぁ。その二つは儀式みたいなモノだからぁ」
儀式。と来たか。
なんで深海棲艦はそんな回りくどい真似をする?
どうせ『初期化』するんなら『調整』も『再現』も意味がない。いや、そもそも不可能に近い。いくらアバウトで良いとは言っても、反撃する手段を手に入れた人類を相手にそんな事するなんて至難至難の業だもの。
いや?野風は儀式と言ったわね。
何の儀式?『調整』と『再現』が難しい、もしくは無理だと確認するための儀式?要は……。
「言い訳作り?『調整も再現も無理だから初期化しよう』って事にするための?そんな……。だったら私達がしてきたことは……!」
深海棲艦の手伝い?
私達が多くの犠牲を出しながらやってきた事が、結果として深海棲艦に文明と歴史を初期化させる大義名分を与えてしまったってこと?
「そう!大正解よ神風!貴女達は頑張りすぎたの!あはははははははは!愉快よねぇ?痛快よねぇ?貴女達が必死に守れば守るほど、彼女たちの目的の達成に近づくだけだったんだからぁ♪」
野風は腹を抱えて嗤いだした。
何がそんなに可笑しい。私達がやってた事が、自分たちの死期を早めるための愚行だったから?
それとも、自分の思い通りに事が運んだ事が嬉しいの?
どちらにしても、私達の苦労を、散っていった者達の想いを腹抱えて嗤うコイツが私には許せない!
「ねぇ神風。今どんな気分?悲しい?哀しい?落胆した?絶望した?それとも怒った?どれでも良いけど、引き金を引いたのは他ならぬ貴女なのよ?」
「はぁ?私が何したって言うのよ。私がした事なんて……」
他の艦娘と大差ない。
そう口にしようとして、私だけがしたある事に気がついた。
アイツを討ったのは私だ。アイツは敵の中枢の一つだった。じゃあ、私が引いた引き金っていうのは……。
「ま、さか……」
「そう!その通り!ありがとう神風!貴女がハワイ島の母を討ってくれたおかげで、渾沌は南方の母を説き伏せることに成功した!貴女のおかげで予定を早めることができた!見事よ神風!貴女はその名の通り、腐りきったこの世界を滅ぼす神風を吹かせたの!あはははははははは!」
野風の嗤い声が室内に反響して四方八方から私を襲ってくる。
私のせいで世界が滅ぶ。私のせいでお父さんが死ぬ。大淀が、長門が、辰見が、鳳翔さんが、円満が、旦那が、桜が死ぬ。私のせいで、私の大切な人達がみんな死ぬ。
そう、否応にも思わせられる。
「ねぇ神風。私と一緒に来ない?」
「一緒、に?」
「そう、一緒に。私と一緒に居れば特等席で見られる。世界が滅ぶ瞬間を。私達を散々苦しめた人間たちが苦しむ様を特等席で見られるのぉ♪素敵だと思わない?」
一頻り嗤った後、そう言いながら野風が右手を差し出してきた。
私達?私はアンタと違って人間を怨んでなんかいない。そりゃあムカつく奴の一人や二人居るけど、ソイツらに痛い思いをさせるために文明を滅ぼそうなんて思わない。思えない!
「お断りよ。そんな悪趣味な場面を見るくらいなら抗ってやる。私が阻止してやる!」
「貴女にできるのぉ?艦娘でもない貴女に」
「できるわ!」
直接は無理でも手伝うことはできる。
この情報を円満に伝え、作戦に協力すれば間接的にとは言え阻止に貢献できる。
それに、もし南方の中枢がハワイ島の中枢みたいに陸上に居るのなら、艦娘を送り込むよりも奇兵隊を送り込む方が勝算が高い。
あの時のように、私が中枢の首を獲ってやる!
「海軍元帥の名代として、アクアリウムの最高指導者、マザーに通告します。大人しく投降しなさい。さもなくば」
「さもなくばぁ?」
野風の顔が今まで見た中で一番、最も邪悪に歪んだ。
投降する意志はなしってことね。
野風に投降する意志がないのなんて想定内だったけど、私も甘いわ。
斬るつもりでここまで来たのに。野風に引導を渡すつもりで会いに来たのに、少しだけ、本当に少しだけ、野風を救いたいと考えた。
世界の破滅を願い、滅亡の手助けをするほど狂ってしまったかつての友人を助けたいと思ってしまった。
そんなの、鬼風に死を諦めさせるくらい難しいとわかっていたのに。
「私が……。奇兵隊総隊長。神藤桜子が貴女を斬り捨てます。
だから、殺してあげる。
助からないのなら、もう手遅れなのなら私が送ってあげる。私もその内行くから、先にあの世で鬼風と昔話に花でも咲かせてなさい!
「きゃははははははははは!貴女が私を殺す?人の身で?だったらやってみなよ!出来るものならやってみなよ!逆に貴女を殺してやる!踏みにじってやる!引き裂いてやる!命乞いさせてやる!」
野風の殺気が膨らむのに応じるように、姿が禍々しく変容していく。
これは……先代荒潮が奥の手としていた深海化か。艤装の形状的には鬼風に近いわね。
「そして、死に瀕して絶望した貴女にこう言ってあげるわぁ……。ざまぁみろってなぁ!」
野風が、化け物みたいな艤装に覆われた左手を私に向けてそう言った。
スペックは鬼級?姫級?それとも水鬼級かしら。まあどれでも良いか。いずれにせよ、私とは比べるのが馬鹿らしいほど高いはずだし。
でもね、私は退くわけにはいかないの。私はアンタを倒さなきゃならないの。
円満の後押しではあるけど円満の為じゃない。
アンタからしたら大きなお世話かもしれないけど、これ以上アンタに罪を重ねさせないために!
「そう……。ならば覚悟しなさい野風」
私はそう言いながら刀を抜き、野風に切っ先を向けた。
スペックの差なんて関係ない。
私が今まで勝ってきた相手は全員格上だったんだもの。今さらその程度の事で動揺したりしない。悲観したりしない。退かない!怯まない!
アンタの歪みに歪んだ激情を真っ正面から斬り伏せてやる!
「今からこの戦場に、神風を吹かせてあげる!」
こうして私と野風の、十数年ぶりの再会と言う名の殺し合いの幕があがった。
私たちが出会い、語り合ったこの場所で、お互いの譲れない思いをぶつけ合うために。
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)