親父にはよく殴られたっす。
実の親はもちろん、義理の父親である海軍元帥殿にも。
こう言うと変態と思われるかもしれないっすけど、親父に殴られるのは嫌いじゃなかったっす。
自分の事を想って殴ってくれてるのがわかったっすからね。
桜子さんにプロポーズして、挨拶に行く度に殴られたのも嫌じゃなかったっす。
殴られる度に、ああ、この人は桜子さん事を本当に大切に想ってるんだなって実感できたっすから。
でも一度だけ。
こんな殴られ方は二度と嫌だって思った事があるっす。
それは、アクアリウム殲滅作戦後。
慰安のために泊まった旅館で、野風をその手にかけて憔悴していた桜子さんを慰めてあげてくれって、大本営まで出向いて親父に言った時、親父はこう言いながら自分を殴ったんす。
「そんな情けないこと言う奴に娘をやった覚えはない!」ってね。
騒ぎを聞きつけて大淀さん……。って呼ぶと怒られるんだった。お義母さんや他の職員が飛んで来て親父を止めようとしたんすけど、親父は「親子喧嘩の邪魔をするんじゃねぇ!」って、聞く耳持たずに自分を殴り続けたんす。
いやぁ、痛かったっすねぇ。
アレでも手加減してたのか、怪我自体は大した事なかったんすけど、なんっつうか……。心が痛んだって言えば良いのか……。
兎に角自分は、こんな自分を『子』だと言ってくれる親父を裏切ったんだって思った途端、大人気なく泣いちまったっす。
そのあと、親父の期待に応えよう意気込んで、桜子さんが待つ旅館に戻ったら大爆笑されたっす。
なんでか。っすか?
顔がボコボコで腫れ上がってたからっす。
なんで顔がボコボコになったかにも察してくれたからっす。
桜子さんは、泣きながら笑ってこう言ってくれたっす。「ごめんね。ごめんね」って。涙が涸れるまで、ずっとそう言いながら泣いてたっす。
~戦後回想録~
奇兵隊副長へのインタビューより。
ーーーーーー
「それは、事実なの?」
『真偽は確かめようがないが、桜子が直に聞いたそうだ』
腐れロリコン野郎の来日を一週間後に控えた日の夕方。歓迎の準備等で大忙しって時に、先生から突然電話がかかって来たから何かと思えば、桜子さんがアクアリウムの最高指導者である野風から深海棲艦の目的が聞き出せたという報告だった。
「調整、再現、そして初期化……か。確証はないにしても、深海棲艦の目的がある程度絞れたのは大きいわね」
『ああ、初期化の手段は見当がつかんがな』
「そう?私は見当がついちゃったけど?」
先生は「本当か?」とか言って訝しんでるけどマジだから。私はインド人並に嘘をつかないんだからね?
「桜子さんには感謝しなきゃ。勲章を贈りたいくらいだわ」
『それは私から贈る。お前が気にすることではない』
「是非とも贈らせてほしいとこだけど……。先生がそう言うなら先生に任せるわ。そっちの方が、桜子さんも喜びそうだし」
個人的にお酒でも贈るか。
桜子さんが聞き出してくれた情報のおかげで、今現在南方で指揮を執ってると思われる南方棲戦姫。渾沌の真の目的もわかったわ。
あとは、駒を適切に配置して、渾沌の思惑を打ち砕くだけだ。
そのためにはまず……。
「横須賀鎮守府司令長官として、元帥閣下にお願いしたいことがあります」
『なんだ?改まって』
「呉、佐世保、舞鶴、大湊の各提督を、横須賀鎮守府に集めて頂きたいのです」
『五大鎮守府の提督を全てか?』
「はい。秘書艦も一緒ならなお良いです」
『ふむ、秘書艦もか……。円満、何を企んでいる?』
「企んでいるとは心外ですね。私はただ、勝ちたいだけです」
そのためにはまず、各鎮守府提督の理解を得ておかなければならない。
その理由は、今回の作戦に投入する艦娘を厳選したいから。その中には当然、秘書艦を務めている艦娘や、カッコカリどころかガチな結婚をしている艦娘もいる。
そういう子を投入する場合、私が立てた作戦を聞いた途端に反対されそうだから先に説明して説き伏せておくのよ。
まあ、秘書艦や嫁艦を投入したら、こちらが求める支援以上の事をしてくれるかもって下心もあるけどね。
『わかった。今は聞かないでおこう。各鎮守府の提督には私から連絡しておく』
「ありがとう。愛してるわ先生」
『え、円満、気持ちは嬉しいがその……。そ、そうだ!誰かに聞かれたらどうする!』
「え?満潮が聞いてるけど、間抜けな顔してるだけよ?」
ちなみに、満潮は復帰早々に、ロリコンクソ野郎歓迎の準備に振り回されててんてこ舞い。
先生から電話がかかってきたくらいに、ようやく一息つける時間ができたからお茶を啜ってたわ。
私の「愛してるわ先生」ってセリフを聞いて噴き出しちゃったけど。
『円満、冗談でも次からは控えて……』
「あら、冗談に聞こえちゃった?気持ちは十分に込めたつもりだったんだけど」
悪いわね先生。私は吹っ切れたの。
今までは心のどこかで大淀に遠慮してたのが、満潮を半殺しにした事でその気持ちが霧散しちゃったわ。
今は全力で奪いに行ってる。
青葉にリークして大事にしてやろうか、とも考えてるわ。作戦を控えた今はさすがにマズいからしないけど。
ところで満潮?
どうして幽霊でも見たような目で私を見てるの?
『はぁ……。まあいい、他に注文はあるか?』
「他に?そうねぇ。あ、そうだ。日程を、ロリコンクソペド野郎が来日する日以降に調整してくれるとありがたいんだけど」
『わかった。なぜお前がケンドリック君をロリコン扱いしているのかは知らんが、そういう方向で調整してみよう』
「さっすが先生♪今度会った時には私の全てをあげるからね♪」
『キャラ変わっちょらんか!?前は絶対にそんな事言わんかったろうが!』
「先生、方言でてるわよ?私は好きだからそのままでも良いけど♪」
確かに自分でもキャラが変わっちゃったなぁと、思わなくもない。でも同時に、これが本来の私なんだという確信がある。
だって、素直になっただけだもの。
素直に気持ちを言葉にして伝えてるだけ。なんだか、雁字搦めにされていた心が解放されたような気分だわ。
私の様子を見た満潮が恐怖に竦んでガタガタ震えるくらいキャラが崩壊してるけど、一度この解放感を味わったらやめられない。そう、今の私は……。
「自由だぁぁぁぁ!」
『いかん!円満が壊れた!大淀!今すぐ横須賀鎮守府に精神科医をダースで送れ!』
おっとマズい。
思わず叫びながら立ち上がったら、先生に壊れてる認定されちゃった。このままじゃ本当に精神科医をダース単位で送って来そうだから、これくらいで控えるとしましょう。
「大袈裟ねぇ。壊れてなんかないから大丈……。って、満潮?誰に電話して……」
先生を止めようと座り直して真面目な話にシフトしようとしたら、満潮が真っ青な顔して誰かに電話しようとしてる姿が目に入った。
誰かに相談?
いや、助けを求めようとしてるのかしら。
満潮のスマホに登録されてる連絡先なんて片手で足りるくらいだけど、この状況で満潮が連絡を取ろうとする人は誰?
先生?
は、ないわね。先生は今も電話口でバタバタと大淀に指示を出してるもの。そろそろ止めないと本当にマズいなぁ……。
じゃあ澪かな?
有り得るけど、この状況で澪はないわね。今も仕事中のはずだし、鎮守府と養成所はすぐに駆け付けられる距離じゃない。
あと登録されてるのは恵くらいだけど……。ん?恵?あ、これはマジでやばい……。
「ちょ待っ……!」
「恵姉さん助けて!円満さんが壊れちゃった!頭パーになっちゃったぁぁぁ!」
「ひぃっ!やっぱり恵だった!」
元駆逐艦 荒潮だった荒木 恵は、現在は元艦娘を主な対象にした心理カウンセラーをしている。
こんな、常に命の危険が伴うような商売してると、精神的に病んじゃう子がどうしても出ちゃうのよ。
例えば、多いのだと海が怖い。
症状が酷い子になると、海の画像を見ただけで怯えるそうよ。
変わったのになると先端恐怖症とかかな?
自分の命を狙う砲身に晒され続けた結果、指先を向けられただけで悲鳴を上げたり、酷くなると襲いかかっちゃうんだってさ。
そういう子達が抱えている問題や悩みを聴き、解決に導くのが恵の仕事よ。
評判は上々で、恵のカウンセリングを受けて実生活に影響が出ないレベルまで回復したって子も多いらしいわ。
ただ、恵のカウンセリングを受けた子の多くは無駄に「あらあら」言うようになって、唯一神アラアッラーを信奉するムツリム(別名アラアッラー教)、しかも過激派で知られるヒアソビ・シーヤ派に入信してしまう。
「それ、カウンセリングじゃなくて洗脳じゃない?」って何度ツッコんだ事か……。
で、コイツらは日に日に勢力を増し、元伊勢と元日向の二人が教祖の瑞雲教と事あるごとに衝突してるの。
瑞雲教徒が線香の某銘柄を好んでるからって理由だけで「抹香臭い奴は瑞雲教徒だ!」とか難癖つけてね。
いつかお坊さんを襲うんじゃないかって考えると気が気がじゃないわよ。
だって、アイツらったら軽くテロリストなんだもの。
火がついてる線香を問答無用で消化し(なんて罰当たりな!)、某銘柄(某銘柄は、瑞雲教徒が買い占めるせいで常に品薄状態)の不買運動まで扇動してるの。
まあそんな感じだから、私はムツリムに対してあまり良い感情を抱いていない。
今の荒潮もムツリムに入信したって満潮から聞いた時は血の気が引いちゃったけど、ヒアソビ・シーヤ派じゃなくて穏健派のヒアソビ・スンナ派だったから少しだけ安心した覚えがあるわ。
「お願い恵姉さん!すぐに来て!私……私こんな気持ち悪い円満さんなんて見たくないの!」
Hey ミッチー。
いくらなんでも気持ち悪いはないんじゃない?だいたいさ、アンタだって散々私を煽ったでしょ?
やれ「いい加減に告るなりしなさいよ」とか「はぁ?キスもできないの?このヘタレ!」とか言ってさ。
それなのに、いざそういう事をしたら気持ち悪いと来た。これは失礼なんてレベルじゃない。侮辱よ!
「って!そんな場合じゃなかった!満潮!すぐに電話を切りなさい!命令よ!」
「嫌!だって円満さんがおかしいんだもん!壊れちゃったんだもん!だから恵姉さんに治してもらうの!」
「やめて!恵に頼んだら治るどころか改造されちゃう!」
しかも魔改造!
独特の口調と声音。艦娘時代の経験と、カウンセラーになる前となってから培った知識。それらを駆使し、大量のムツリムを生み出した洗脳術にかかれば、私と言えどもムツリムにされかねない。
『恵?そうかその手があった!大淀!今すぐ恵に迎えを出せ!元帥専用車を使っても構わん!』
「え!?ちょっと先生!?」
マズいマズいマズい!
このままだと、本当に恵のカウンセリングを受けさせられちゃう。
それだけは絶対に避けないと。
洗脳されるかもしれない危険はもちろんだけど、常に笑顔で、私ですら何を考えてるか全く読めない恵と二人っきりで居ることに堪えられる自信がない。
あ、誤解のないように言っておくけど、恵の事を嫌ってるわけじゃないのよ?
いくつもの戦場を共に駆け抜けた戦友だし、元とは言え同じ朝潮型だった姉妹だもの。そんな恵を私が嫌うなんて有り得ない。
でも二人っきりは無理。
恵と二人っきりで居て平静を保てるのなんて、私が知る限り澪と山雲しか居ないわ。
「ホント!?来てくれるのね!?うん、うん。わかった!正門から入れるように手配しとくわ!」
「来るの!?いやいやいや!無理言っちゃダメよ満潮!恵はカウンセリングの予約でいっぱいなんだから!」
「安心して円満さん!『予約はキャンセルするしぃ、こんな事もあろうかと、円満ちゃんの洗脳プランは考えてたからぁ♪』って言ってくれたから!」
「それでどう安心しろと!?」
満潮は心底安心したように通話を切って、恵を迎えに行く気なのか執務室から出て行こうとしてるけど、私的には安心できる要素が欠片もない。
だって『洗脳プランは考えてた』とか言ったんでしょ?ソレって私を洗脳する気満々ってことじゃない!
「ちょっと待って満潮!私は壊れて……!」
「安心して円満さん。きっと治るから。恵姉さんがちゃんと……。ちゃんと治してくれるから。くぅっ……」
くぅっ……。とか言ってんじゃない。
え?満潮って私が思ってるよりバカなの?なんで涙を堪えながら出て行ったの?
『閣下、迎えの手配が完了しました!』
『そうか。これで一安心だな』
『はい。恵さんなら、円満さんがどれだけ壊れようとも必ず治してくれるはずです』
身勝手な安心をしないでくれない!?
言っときますけどね。
恵はカウンセリングにかこつけて私を洗脳する気だからね?ムツリムにする気なの!
そうなったら大変よ。私の地位と権力を利用して勢力を拡大、さらに他宗教の殲滅までやりかねないわ。
いや、むしろそれが目的?
洗脳プランは、私を利用するために練られていた!?
『円満、すまなかった。私はお前に無理をさせすぎていたようだ……』
「い、いや、無理はしてるけどまだ大丈……」
『いいんだ!皆まで言うな!よくよく考えれば、お前はまだ19歳だ。それなのに私は、提督という重責を負わせてしまった。頭が良く、先を見通すような戦略眼があるという理由だけで』
「だ、だからね先生、本当に大丈夫だから。ちょっと悪ノリしちゃっただけで壊れたわけじゃ……」
う……。なんか男泣きし始めちゃった……。
先生の嗚咽と、大淀の『円満さんが壊れたのは貴方のせいではありません。きっと疲れているだけですよ』なんて言って慰めてるのが受話器を通して聞こえる。
そうね。百歩譲って、私が壊れてるんだとしたら、それは先生のせいじゃない。アンタのせいよ。
アンタが不倫の許可なんて出したから、私はアンタへの罪悪感と、先生への恋心に板挟みにされて苦しむ羽目になったんだから。
そしてトドメを刺したのもアンタ。
私の心の支えだった満潮を3週間もの間奪ってくれたおかげで、私のメンタルも私生活も滅茶苦茶。部屋は散らかり放題になったし、食事にだって困ったわ。
自慢じゃないけど、私ってカップ麺すらちゃんと作れないんだからね?3分しか待ってないはずが30分経ってて、麺がアフロみたいに盛り上がるのなんてしょっちゅうだし、お弁当をレンジで温めようものなら容器が溶けるまで温めちゃうような料理オンチよ。
満潮が入渠を終えて帰って来た日は一晩かけて説教されたし、次の日はお休みだったから一日かけて掃除させられたわ……。
『もしもし。円満さん?聞いてますか』
「え?ああ……。大淀か。何よ。先生は?」
『目から変な汁が出て止まらん。とか言って泣いてます。今日はもう話にならないと思いますので……その、私が聞いて問題ない事なら、後ほど伝えておきますが』
「まだ先生以外には教えたくないから、アンタには言わない」
『そう、ですか……。あの、円満さん!もう一度ちゃんと……!』
謝らせてください。
って、言おうとしたんでしょうね。
今だに満潮の件を根に持ってるから、最後まで聞かずに電話を切っちゃったから合ってるかどうかわかんないけど……。
「小さいなぁ。私……」
一応言っておくけど、胸じゃなくて人間がって意味ね。
だって胸は小さくないもの。
普通の人より少し、ほんのちょっぴり小振りなだけで小さいわけじゃない。本当よ?
谷間だって……。いや、谷間の事を考えるのはやめておこう。考えるだけで発狂しそうになるから……。
「それよりも今は」
逃げななきゃ。
先生が出した迎えが恵の所に着くまで軽く一時間。そこから鎮守府まで、さらに一時間くらいはかかるはず。
逃げる時間は十分にあるけど……。
「でも、仕事が……」
幸いにも、今日中に終わらさなければならない仕事はほぼ終わっている。
残るは午後の哨戒に出た子達の報告を聞くだけだ。
「戻って来るまであと30分。って、とこかしら」
報告を聞き終わるのに更に一時間。恵の襲来まで、差し引き30分は時間がある。
ちゃんと職務を全うしてから逃げても間に合う。問題ない。
と、安心した私を、執務室のドアをゆっくりと開いて現れた人物が絶望のドン底へ突き落とした。
亜麻色の少し癖っ毛のロングヘアと金色の瞳。言ってもないのに「あらあら」と聞こえてきそうな独特の笑顔。襟の白さがワンポイントになった黒のワンピースにブーツ姿の荒木 恵だった。
「なん、で……」
来るのが早すぎる。
満潮が恵に連絡してからまだ20分くらいしか経ってないのよ?それなのに、どうして恵がここに居るの?
さらに、何故か四駆と八駆が勢揃いしてる。この子たちも満潮が呼んだの?何のために!?
いや、それよりも。
「どうやって……」
ここまで来た。と、言おうと思った私を、恵は一歩前に出ることで制し、邪悪という概念の塊で出来てるんじゃないかと錯覚しそうな笑顔でこう言った。
「徒歩で来た」と。
どこかの戦闘王みたいなその言葉を合図に、四駆と八駆の八人が一丸となって私を椅子に縛りつけ、満潮が代表して「円満さんの事、よろしくお願いします」と恵に言って出て行った。
後に残ったのは、冷や汗ダラダラで表情を変える余裕もない私と、獲物を前に舌舐めずりする肉食獣のような笑顔を浮かべた恵だけだった。
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)