艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第四十八話 愛する人のため

 

 

 突然ですが、鎖で体を縛られた事ってあります?

 普通はないですよね。

 私自身、二十数年生きてきた中であの日が初めてでした。唯一と言い換えてもいいかも知れません。

 だってこの先、ハイエースに連れ込まれて薬を嗅がされ、眠ってる間に車椅子に座らされて鎖でグルグル巻きにされるなんて特殊なシチュエーションに遭うなんて考え辛いでしょ?

 

 どこに連れて行かれたのか。ですか?

 さあ?あれは何所なんでしょう?

 提督や元帥さんの他にも、見たことのない提督さんや艦娘達が集まっていましたから鎮守府の中だとは思います。

 でも私は、その人達とは別の部屋で拘束されてて、会議の様子をモニター越しに見せられていたんです。

 いえ、一人ではなく、辰見さんと桜子さんが傍に居ました。

 

 何の会議だったか?

 すみません。あの会議の内容については今も機密なので言えません。言ったら私、逮捕されちゃいます。

 とある作戦についての会議だったのですが、提督が一通り説明し終えたところで、私は拘束されたまま会議の場に連れて行かれました。

 

 ああ、今思えば、私の内にいた彼女の存在を自覚したのはあの時からですね。

 あの日以来、彼女が出て来ても記憶が飛ばなくなって、たまにですが話すようにもなりました。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

ーーーーーーー

 

 

 米国から来た提督の歓迎式典を終えて、朝潮ちゃんと一緒にお昼ご飯を食べようとカレーショップ ダルシムへ向かっている途中に拉致されてから何時間経ったのでしょう。

 お腹の空き具合から午後3時くらいというのはわかりますが、正確な時刻まではわかりません。

 

 「ねえ辰見。さっきから変な音が聞こえない?」

 「大和の腹の虫が鳴いてるんじゃない?ほら、拉致った場所ってダルシムの近くだったでしょ?きっと食べに行く途中だったのよ」

 

 その通りです辰見さん。

 朝潮ちゃんとお店に入る前に、黒塗りのハイエースに押し込まれたせいでお昼ご飯を食べてないんです。

 それだけならまだしも、変な薬を嗅がされて眠らされ、起きたら車椅子に鎖でグルグル巻きです。

 この状態って意外と体力を消耗しますし、理不尽な扱いに対する怒りで余計にお腹が空いてます。

 

 「そうだったの?だったら早く言いなさいよ。ご飯くらい食べさせてあげたのに」

 「いや、猿ぐつわしてるからね?『うー』とか『んー』程度しか言えないから」

 

 ええ、その通りです。

 私は辰見さんが言うとおり『うー』とか『んー』程度しか声を出せません。

 それなのに、お腹が空いてるならそう言えと言う赤い髪の人はバカですか?

 

 「でも桜子、食べ物なんて持ってるの?」

 「フ……。こんな事もあろうかと、キノコの里を常に携帯してるわ」

 「いやいや、頭おかしいんじゃない?普通はタケノコの山でしょ!」

 

 そのツッコミはおかしい。

 カ〇リーメイトとかならまだ自然ですが、黒いコートのポケットからキノコの里を出すのは絵的にも常識的にも異常です。

 と言うか、コートなんか着て暑くないんですか?この部屋はエアコンが効いてますから暑くないんでしょうけど季節的にはもう夏ですよ?

 

 「はぁ?タケノコとか正気?あんなの、味のわからないバカ御用達のお菓子じゃない」

 「聞き捨てならないわね。アンタ今、日本国民の三分の二を敵に回したわよ」

 

 ほう?赤い髪の人改め桜子さんはわかっていますね。

 タケノコが売れているのは覆しようがないほど周知の事実ですが、チョコ菓子という意味ではキノコの方が贅沢かつ美味しいのです。

 まずキノコとタケノコでは、キノコの方が一粒あたりのチョコの量が多いです。その量、なんとタケノコの1.4倍!

 更に!

 キノコ、タケノコ双方とも、二種類のチョコで二重にコーティングされているのは同じですが、タケノコが甘さの違う二種類のミルク感が強いチョコなのに対し、キノコは一層目にカカオの香りが引き立つチョコを使用しています。

 要は、タケノコは子供向け、キノコは大人向けとも言えるのです。

 

 「ちなみに、アンタはどっち派?」

 「断然キノコです。女は黙ってキノコでしょう」

 

 桜子さんが猿ぐつわを外してくれたのでようやく喋れました。

 これでようやく、キノコ一箱分とは言えお腹に入れることが出来ます。

 はぁ、早く食べたい!キノコを口いっぱいに頬張りたい!

 

 「そうよね!うん!やっぱりキノコは最高!」

 「私にも!私にも食べさせてください!」

 「え?あぁ……。ごめん、全部食べちゃった♪」

 

 テヘペロ♪って感じの顔して空になった箱を逆さに振ってますが、あの一瞬で一箱全部食べたんですか?一粒も残さず!?

 空腹に喘いでいる私に一縷の希望を与えておきながら、その希望を一瞬で奪うとは悪魔ですかこの人!

 

 「キノコ頬張るのは良いけどさ、説明終わっちゃったみたいよ?」

 「辰見、なんかその言い方ヤらしい」

 「でも事実でしょ?」

 「事実じゃないもん。もう口の中に残ってないもん」

 「もう食い切ったの!?早くない!?」

 

 ええ、早いです。正に一瞬でした。

 それはそうと、『キノコを頬張る』となぜヤらしいのでしょう。キノコとは何かの隠語なのですか?

 

 『以上が、本作戦の大筋になります』

 

 おっと、キノコで連想出来そうな物は何かと考えようとしていたら、一号作戦から三号作戦まで説明し終わった提督が一同を見渡していました。意見があるなら言って。ってことでしょう。

 

 「どう思った?桜子」

 「作戦の立て方がお父さんソックリ。お父さんが考えたのかと思ったくらいよ」

 「じゃあ、隠し球もありそう?ハワイの時の大和みたいに」

 「どうだろ?さすがにそこまではわかんないわ。何か隠してそうな気はしてるけど」

 

 お父さんとな?

 桜子さんのお父さんは、こういう作戦を考える立場の人なのですか?と言う事は、あの場にいらっしゃると言うことでしょうか。

 そう言えば以前、ハレンチメガネと初めて対面した場に桜子さんもいましたし、提督の隣に座っている人もいました。あの人がお父さんなのでしょうか。

 

 『スリガオ海峡へ突入させる艦隊メンバーは決まっているのか?』

 『はい。旗艦を扶桑型二番艦 山城とし、随伴艦として同一番艦 扶桑。当鎮守府から、最上型一番艦 最上、朝潮型三番艦 満潮、同五番艦 朝雲、同六番艦 山雲です』

 『ほう?秘書艦だけでなく、朝雲と山雲のコンビもつけてくれるのか』

 

 ん?今、満潮教官の名前出ませんでした?

 敵の背後を突くという大事な作戦のメンバーに選ばれるのは光栄な事のはずなのに、教官は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしています。

 今にも「円満さんからは一っっっ言も!聞いてないんですけど!?」とか言い出しそうです。

 

 『扶桑、山城姉妹と最上はこの作戦の要ですから、その護衛に相応の者をつけるのは当然です。この三人ではご不満ですか?佐世保提督』

 『不満はないよ。君の秘書艦の実力は知らないが、朝雲と山雲のコンビの実力は知っている。去年の演習大会で煮え湯を飲まされたからな』

 

 ちなみに、朝雲と山雲は艦娘歴が長いのもあってかなり強い。

 一人一人の実力の高さはもちろん、コンビとして戦った場合は駆逐隊に留まらず水雷戦隊並だと言われてる。

 と、辰見さんが桜子さんに説明しています。

 だから、こんな大事な作戦のメンバーに選ばれるのも当然。とも言ってますね。

 私のご主人様である朝潮ちゃんも朝潮型だったはずですが、参加メンバーには選ばれなかったのかしら。

 

 『不満はないが、そのメンバーに佐世保から一人追加する事は可能か?』

 『可能ではありますが……』

 『ついて行ける程の実力があるか不安。か?そこは心配するな。彼女は佐世保で一番……と言うと白露が怒るか。トップの駆逐艦だ』

 

 同じじゃないですか?は、置いといて。

 佐世保から一人って言われた時点で、提督が若干嫌そうな顔をしたのが気になりますね。

 佐世保提督は実力を不安視してると受け取ったみたいですが、私には違うように思えます。

 まるで「うわぁ……。たぶんアイツよね?アイツしかいないよねぇ……」って、考えてるように見えますもの。

 

 『それは、時雨ですか?』

 『話が早いな。その通りだ』

 

 佐世保提督が肯定した途端、提督の顔が「やっぱりか」とでも言いたげに歪みました。

 この様子だと、時雨さんとやらの実力は知ってるけど好んで関わりたくはない。と、言ったところでしょうか。

 

 「時雨って、私が知ってる時雨?」

 「アンタがどの時雨の事を言ってるかわかんないけど、アンタが南方から戻って雪風とやり合った演習大会に出てた時雨の事を言ってるならその通りよ」

 「ふぅん。じゃあ実力的には問題ないわね。それなのに、なんで円満は嫌そうにしてるの?」

 「時雨に手籠めにされかけた事があるからじゃない?」

 

 ほう?時雨さんとやらは女知音でしたか。しかも、提督を手籠めにしようとした事があると。

 艦娘って、体を持て余してる人が多いのでしょうか。

 最近は前みたいに素っ気なくなりましたが、やはぎんもちょっとイジっただけで発情しちゃいましたし。

 

 『……わかりました。時雨も艦隊メンバーに加えましょう』

 『感謝する。ああそれと、艦隊名は決まっているのか?』

 『一応、第一遊撃部隊 第三部隊と銘打つ予定ですが……』

 『事務的過ぎて花がないな。うちの扶桑と山城が主役の艦隊なんだからもうちょっと……』

 

 コイツ面倒くせぇ。

 とは、辰見さんと桜子さんのご感想です。私はそんな事欠片も思っていませんよ?ええ、思っていませんとも。

 散々反対してたクセに、奥さんに言いくるめられた途端に艦隊名にまで口を挟み始めやがって、とは思いましたが。

 

 『書類に残す名前はそれで良いとして……。そうだ!西村艦隊とかどうだ?』

 『『『西村どっから来た!?』』』

 

 と、佐世保提督と扶桑さん以外の人が声を揃えてツッコミました。当然、私もです。

 だっていきなり出て来ましたもの。

 西村さんが旗艦を務める艦隊を西村艦隊と呼ぶならまだ理解できますが、旗艦は山城さんでしょう?ならば山城艦隊が妥当ではないですか。

 それなのに「西村艦隊とかどうだ?」とか言ったらそうなりますよ。

 

 『扶桑にとっては旧姓になってしまうが、西村とは扶桑と山城の本名だ。これならば、二人が主役の艦隊だと一発でわかるだろう?』

 『『『いや、わっかんねぇよ!』』』

 

 と、再度全員から総ツッコミが入りました。

 確かにわかりませんね。艦娘は親しい人にコッソリと教える場合を除いて、本名を名乗ることを基本的に禁止されています。

 私の場合は本名と同じですから違和感は少なかったのですが、大半の人は慣れるまで苦労したと思いますよ?

 そう言えば、どうして本名を名乗ってはいけないのでしょう。私に本名を名乗るなと言った大城戸さんは「提督が憶えやすいから」と言っていましたが……。

 

 「西村ならまあ、苗字だけだし割と聞くから問題ないか……」

 「辰見ならアウトだったわね。あんまり聞かない苗字だし」

 「そうね。退役後の事を考えて本名を名乗らせないようにしてるのに、それを強いている提督が率先して破ってどうすんだ。って感じよ」

 

 退役後を考えて?

 本名を名乗らせない事と退役後にどんな関係があると言うのでしょう。

 

 「不思議そうね。大和」

 「ええ、まあ……。艦娘が本名ではなく艦名を名乗るのは提督がお憶えやすくするためじゃないんですか?」

 「それもあるわ。良い機会だから、この桜子お姉さん教えてあげる」

 

 そう言ってエッヘン!と胸を張った桜子お姉さん(笑)の説明によりますと、艦娘に艦名を名乗らせるのにはいくつか理由があるそうです。

 一つは、今私が言った理由です。

 艦娘は退役や戦死などで代替わりするため、似たような外見でも別人という事がザラらしく、一々名前を覚え直すより艦名で統一した方が効率が良いからだそうです。

 そしてそれは同時に、名前の呼び間違いの防止にも繋がります。

 例えば、提督が私の事を本名の撫子と呼んでいたとしましょう。

 その私が退役して、次に『大和』の艤装を使う人を間違って撫子なんて呼じゃったら、呼ばれた人は「はぁ?」ってなっちゃうでしょ?本名ではなく艦名を名乗らせるのには、そういった間違いを防止するための役割もあるのです。

 

 そしてもう一つは、さっき辰見さんが仰った退役後を考えて。

 謂われの無い風評被害に遭う可能性を考えてです。

 例えば、元艦娘だから暴力的。軍に居たから常識に疎い。女所帯に居たから女にしか興味がない。反対に、男に囲まれて逆ハーレム生活を送っていた等々です。

 大半は根拠のない噂ですが、一般社会に戻れば証明する手段も助けも基本的にありません。

 だから、退役するまで本名を封印するのです。

 その封印の仕方は徹底しており、艦娘になる前の戸籍は抹消。親や友人に手紙を出すのも電話をかけるのも禁止。公的な書類にも本名ではなく艦名を書かねばならず、艦娘になる前に運転免許など、名前が特定出来る資格を有していた場合は剥奪されます。

 要は、艦娘になる前の人生を無かったことにされちゃうんです。

 退役後は面倒な手続きの後に元に戻してくれるそうですが、そこまでの事をされているとは夢にも思いませんでした。あれ?でも……。

 

 「朝潮ちゃんは親に仕送りをしてるって言ってましたよ?」

 「それはきっと、適当な名義を軍がでっち上げて振り込んでるはずよ。情報は消せても人の記憶は消せないから、朝潮の親は娘からの仕送りだって気付いてると思うわ」

 

 私の質問に答えてくれた桜子お姉さんは更にこう続けました。

 昨今は、この制度は形骸化しつつあると。

 その理由は、元艦娘という肩書きが女性のステータスと化しているためだそうです。

 なぜそうなったのかは謎ですが、いつの頃からか元艦娘の中に自分からそうだったと言う者が現れ始め、最近は元艦娘でもないのに、髪を変な色に染めたりカラーコンタクトを入れたりまでしてそうだと騙る者もいるのだとか。

 もっともそのおかげで、艦娘になったことで髪や瞳の色が変わってしまった人も、問題なく一般社会に溶け込めているのだとか。

 まあ、大半は髪を黒に染めたり黒いカラーコンタクトを入れたりしてるそうですけどね。

 

 『紫印提督。深海棲艦が即座に火山を起爆できないと貴女が確信した根拠を、そろそろ説明してくれないかしら?』

 『わかりました。長倉提督』

 

 提督の返事を合図にしたかのように、辰見さんと桜子お姉さんが動き始めました。

 辰見さんは私の背後に回って車椅子を押す準備をし、桜子お姉さんは鎖と手錠を取り出して先に部屋を出ました。

 まさか、この状態の私を会議の場に連れて行く気ですか?何のために?

 

 「辰見、先に入って大淀をふん縛るから少し待ってて」

 「了解、ガチバトル始めちゃダメよ?」

 「わかってるって。そんじゃ、行ってくる」

 

 会議場の入口と思われる観音開きの扉の前に着くや否や、辰見さんと桜子お姉さんは短いやり取りをして桜子お姉さんのみ中へ入って行きました。

 ハレンチメガネをふん縛ると言っていましたが、やるなら私にやらせてくれないでしょうか。縛ってなくても身動き一つ取れないよう痛めつけてやります。

 

 「ちょっ!桜子さん何を……!」

 「はぁ~い。すぐ済むから大人しくしなさいね~。あ、お父さん、ちょっとそっち抑えて」

 「わかった。こうでいいか?」

 「閣下まで!?」

 「痛かったら右手挙げてね~。やめないけど」

 「挙げれませんよ!両手諸共椅子に縛られたら手なんて挙げられませんよ!」

 

 騒がしいですねぇ。

 ギャーギャー言ってないでさっさと縛られなさい。私なんて、文句言う暇も無く拉致されて縛られたんですよ?そんな私に比べたら遥かにマシじゃないですか。

 

 「ちょっと桜子さん!下!下!」

 「下?下が何よ」

 「パンツ!パンツです!スカートが捲れて丸見えになってます!」

 「別に良いじゃない減るもんじゃなし。って言うか凄いの穿いてるわね。お父さんの趣味?」

 「そうですけどそれは今良いんです!せめてスカートを!閣下だけならまだしも、他にも殿方がいらっしゃるんですから!」

 「サービスサービスぅ♪って言っとけば無問題」

 「問題だらけですが!?」

 

 非常に気分が良い。

 恨み骨髄の大淀が慌てふためいている声を聴いてると気分が高揚してきます。見える位置まで行きたいくらいです。

 

 「悦に入ってるとこ悪いけど、貴女も似たような状態だからね?」

 「気にしません。私のスカートは捲れていませんから」

 

 と言いつつ、一応確認を……。

 よし、私の大事なところはちゃんとスカートで隠されています。これで心置きなく、椅子に縛られパンツ丸出しになってるハレンチメガネを嗤ってやれます。

 

 「だいたい、どうして閣下も一緒になって縛ってるんです!?こういう段取りだったんですか!?」

 「そんなわけないだろう。桜子が乱入して君を縛るなど全く聴かされていない」

 「だったら何故!?」

 「……一度、縛ってみたかったんだ」

 「そう……ですか。ならば仕方ありませんね。受け容れましょう」

 

 受け容れちゃった。

 頭おかしいんじゃないですか?だって人前で醜態を晒しているんですよ?

 それとも何ですか?元帥さんが縛ってみたかったと言った途端に受け容れたと言うことは、元帥さんが望むなら人前だろうと何をされても構わないと?

 もう一度言いますが、頭おかしいんじゃないですか?

 

 「辰見ー。良いわよー」

 「りょーかい。それじゃあ行くわよ。大和」

 「え?私もこのまま行くんですか?せめて鎖は解いて……」

 「却下」

 

 言い切る前に私の訴えを却下した辰見さんは、車椅子を押して会議室へと入り、反時計回りに提督と満潮教官の間まで移動しました。

 視線が痛いですね。「あれは大和か?」とか「なんで縛られてるの?」とか聞こえてきます。

 

 「これが根拠です。正確には彼女の内にいる、かつてハワイ島中枢の側近だった戦艦棲姫。個体名『窮奇』ですが」

 「窮奇?それはあの、隻腕の戦艦棲姫のこと?」

 「その通りです長倉提督。大和の艤装に使われた核に、窮奇の意識が残っていました」

 「暴走したりしないの?いや、それよりも、窮奇は貴女の姉妹艦の仇だったはずでしょう?」

 「暴走時の対処をさせるため、常に満潮、及びそれに準ずる実力の者を傍につかせています。それに今は、個人の感情より戦局を有利に進める事が肝要です。なので今は、大淀と互角に戦えるほどの実力を有し、敵側の情報も知っている彼女を有効に活用すべきだと思っています」

 

 はて?私の中に窮奇とやらが居るみたいな事を提督は仰っていましたが、私の中にそんなモノがいるんですか?窮奇ってたしか、中国の妖怪か何かでしたよね?

 

 「正気か紫印提督。こちらの意のままに動かせるならまだしも、暴走時の対処を考えていると言う事はそうではないと言うことだろう?ならば、引き出せるだけの情報を引き出したら即座に解体すべきだ」

 「大湊提督に賛成する。大和型を一人失うのは痛いが、油断している時に暴走されたら痛いでは済まない」

 

 大湊提督と佐世保提督は、提督が言うことに反対しないと気が済まないのでしょうか。

 他の人達はさして気にしてないみたいですよ?

 

 「佐世保提督。一応聞きますが、かつて時雨が窮奇の被害に遭ったから解体しろ。と、言ってるわけじゃないんですよね?」

 「いや、それもあるぞ長倉提督。時雨は九死に一生を得たが、初撃から時雨を庇った涼風が戦死している。我が佐世保鎮守府にとっては涼風の仇だ」

 「そのお気持ちはわからないでもないですが、紫印提督が言ったメリットも確かにあります。即座に解体。と言うのは性急すぎだと思いますが?」

  

 なんだか、佐世保提督と長倉提督の間で火花が散っているように見えます。

 最初に反対した大湊提督は蚊帳の外ですね。火を着けるだけ着けて大人しくなっちゃいました。

 まあ、解体されるかもしれない私自身が蚊帳の外なんですが……。

 それよりも、『涼風』という名前が出てから教官の表情が曇ったのが気になります。もしかして、教官のお知り合いだったのでしょうか。

 

 「二人とも、先ずは紫印提督の話を聞かないか?大和を解体するかどうかはそれを聞いてからでも遅くはないだろう?」

 「止めるのが遅すぎだろう。殺されるかと思って冷や冷やしたぞ」

 

 あら?元帥さんが二人を止めたら、遅すぎるという抗議の声が上がりました。

 なんだか、私の声と似ていますが……。

 

 「出てくるのが早すぎじゃない?合図するまで待っててって言っといたでしょう?」

 「そうは言うが円満よ。こんな縛られた状態で、私をどうこうすると聴かされれば一言言いたくもなるだろう?それよりもだ。これは約束と違うのではないか?」

 「違わないわ。ちゃんと会わせた(・・・・)でしょ?」

 

 不承不承と言った感じで納得した私の口が、私の意志とは無関係に言葉を紡いで提督に食い下がっていますいます。

 今喋っているのが、私の内にいるという窮奇なのでしょうか。

 

 「し、紫印提督。まさか……今?」

 「はい、出て来ています。合図するまで出てくるな。とは言っていたんですが……」

 

 佐世保提督の擦れた声での問いに、私に「まったく……」と言いたげな呆れた目を向けて提督が答えました。

 合図するまでと提督は仰っていましたが、いったいいつそんな話を?

 もしかして数日前、朝潮ちゃんを探していた私を執務室に招き入れた時ですか?あの空白の十数分で、今日のための打ち合わせをしていたのですか?

 

 「彼女は十数分しか表に出ていられません。ですので、これから彼女への質問は最小限でお願いします」

 「では僕から一つ。良いかな?」

 

 真っ先に手を挙げたのは呉提督。

 メガネをクイッと上げる仕草がインテリっぽくてイラッとしますね。

 提督は右手を差し出す仕草で「どうぞ」と促しましたが、彼は何を質問するつもりなのでしょう。

 

 「火山を噴火させる手段を深海棲艦が持っていると言うのは本当かい?」

 「ああ、あるよ。ハワイにも居ただろう?」

 「では、起爆させるまでに時間がかかるのも?」

 「アレは特殊な個体でな。太陽光と地熱を蓄えて放つ事が出来るのだが、火山を起爆させる程のエネルギーを蓄積するとなると相応の時間がかかる」

 「それは、どれくらいだい?」

 「私はそこまで知らんよ。先に話した事も渾沌の受け売りだ」

 「ではもう一つ。あの個体は卵にエネルギーを供給していたと言う報告を聴いているんだけど、それはオマケの機能かい?」

 「オマケだ」

 「それはつまり、本来の機能を使う機会が当分先だから、それまでは孵化、及び成長を促す役割を取りあえず担っていた。と理解して良いかな?」

 「そうだ。『保育器』の助けがあれば、戦線に投入出来るまでの期間が短縮出来るからな」

 「その『保育器』とやらは南方にも?」

 「いや、居なかったはずだ。アレは本来、初期化を担っていた我が母固有の兵装のようなモノ。渾沌が南方の母に初期化を実行させようとしているのなら、別のモノで代用するか新たに生み出す必要がある」

 「ありがとう。僕からの質問は以上にするよ」

 

 呉提督との質疑応答が一段落すると、会議室に沈黙が訪れました。他の提督達は何かを吟味でもするかのように考え込む素振りをしています。

 今得た情報を、提督が説明した各作戦内容に照らし合わせて粗探しでもしているのかしら。

 

 「紫印提督。次は私が質問しても良いかしら」

 「どうぞ、長倉提督」

 「では窮奇に問います。貴女はさっき説明された作戦をどう思う?別室なりで聴いていたんでしょう?」

 

 バレてる……。

 秘書艦の何人かはその事に若干驚いてるようですが、提督達の表情には動揺が微塵もありません。

 私が連れて来られた時点で、作戦を予め説明していたか、別の場所で聴いていたと考察したのでしょう。

 

 「一号、だったか?あれは渾沌らしい攻め方だと思ったな。アイツは圧倒的な戦力差で正面から蹂躙するような攻め方が好きだ」

 「海峡にはどれ位の数を回すと思う?」

 「そうだなぁ……。旗艦に、貴様らが姫級と呼んでいる個体を据えて……せいぜい十分の一程度と言ったところか?アイツは些事を下の者に丸投げする癖があるからな」

 「ではもう一つ。貴女の助言を元に、紫印提督はこの作戦を考えたの?」

 「いいや?私が教えたのは、『保育器』の機能に関する事だけだ。作戦の内容はさっき知った」

 「わかりました。私の質問は以上です」

 

 再びの沈黙。

 大湊提督と佐世保提督は苦虫を噛み潰すように私を睨んでいます。どうしても私を解体したいようですね。

 それに対して、呉提督と長倉提督は何かに納得したのか、目の前に置かれていたコーヒーカップを口に運んでいます。安心したようにも見えますね。

 私の横にいる提督が無表情なのが少し気になりますが……。

 

 「……紫印提督。窮奇が裏切る可能性を忘れているのではないか?」

 「当然、考慮しています」

 「ほう?俺の杞憂だったか。ならばどうする?艤装に爆薬でも仕掛けておくか?」

 「そんな事はしません。しなくても、彼女は裏切りません。約束してくれましたから」

 「その根拠は?そいつは元々敵だぞ?まさか、そんな奴との口約束が根拠だとは言うまいな!」

 

 ま~た佐世保提督が絡んできました。

 彼は提督の事が嫌いなのでしょうか。それとも、単に口を挟まずにはいられない性分なだけ?

 

 「そう心配するなゴツいの。円満との約束がある限り、私はけっして裏切りはしない」

 「ゴ、ゴツい!?いや、それはいい。俺が、敵であるお前の言う事を素直に信じると思うか?」

 「信じられないなら、さっき貴様が言ったように私に爆薬なりなんなり仕掛ければいい」

 

 いやいや、やめてください。

 それって私も死にますよね?貴女が裏切ったら私も一緒に死んじゃうって事ですよね!?

 

 「何故、そこまでする?紫印提督との約束が、お前にとっては命を賭ける程大切な事なのか?」

 「円満との約束のためじゃない。私は私の意志で、貴様達の側に立って戦うと決めた」

 「その理由、聞いても構わないか?」

 

 私の視線がゆっくりと動いて、質問してきた佐世保提督ではなく、敵意剥き出しの眼差しを向けるハレンチメガネの方を向きました。

 顔も熱いですし、胸の鼓動もどんどん高鳴っています。

 まるで、好きな人に告白をするときのように……。

 

 「愛する人のため。では不足か?」

 

 私の捻り出すように言った言葉を聞いて、ハレンチメガネこと大淀は複雑そうな顔をして私から目を逸らしました。

 それを見つめる私は、いえ、窮奇は寂しそうに見つめ続けました。

 周りの雑音をBGMにして、今もなお想い続ける彼女の横顔を。

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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