掲示板に貼り出された捷号作戦の編成表を見た時の矢矧さんの顔を思い出すと、私は今でも吹き出してしまいます。
どんな顔だったか?
そうですね……。控え目に言うとムンクの叫びでしょうか。
アレを見た瞬間に3~4キロ体重が蒸発したんじゃないかな?って思えるくらいやつれちゃいましたから。
私ですか?私は普通でした。
へ~って感じです。
まあ、その当時貼り出された物には捷号作戦の編成表だとは書いておらず、単に『編成表』とだけ書かれていたんで実感が湧かなかったのかもしれません。
でも、実感こそ湧かなかったものの、私を含め異例の規模の編成表を見たほとんどの人は、あれが大規模作戦の物だとすぐに気付いてましたね。
『青木さん』もそうだったでしょ?
矢矧さんも新人なりに気付いたらしく「私が旗艦?嘘でしょ?何かの間違いじゃないの?え?嘘よね?」って、編成表にキスでもするんじゃないかってくらいに顔を近付けてひたすら繰り返していました。
~戦後回想録~
元駆逐艦 神風へのインタビューより。
ーーーーーーー
「どうしよう……。私が旗艦だなんて」
「死人みたいな顔して入って来たと思ったらそんな事かよ。今だって旗艦はやってんだろ?」
「やってるけど……。ほら、今は神風ちゃんが実質旗艦だし哨戒くらいしかしてないもの。そんな私に、大規模作戦で旗艦をやれとか無理ゲーにも程があるわ」
掲示板に突如貼り出された、大規模作戦の物と思われる編成表を穴が空きそうなほど眺めた十五時過ぎ、私は神風ちゃんたちと別れて一人で『猫の目』を訪れていた。
相手をしてくれているのはもちろん金髪さん。
最初こそ、この店特有の『いらっしゃいませ』に怯えて一人じゃ近づけなかったものの、今では言葉を発する前にあの三人を殴り倒すくらいには克服できたわ。
今日だってほら。
「
「やべぇよ
なぁんて事やってるし。
二人が末首と害悪って事は、もう一人は
害悪!男流手我!末首!深海棲艦にジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!みたいな感じで。
「アレって本名?」
「んなわけねぇだろ。コードネームみてぇなもんだ」
ん?何故か金髪さんの機嫌が悪くなかった気がする。嫉妬してるようにも見えるわね。
実際、「なんでモブ以下の奴らに名前があんだよ」とかブツブツ言ってるし。
「そう言えば海坊主さんは?」
「相棒ならお嬢と散歩だよ。ったく、クソ暑いのに熱中症になったらどうすんだ。艦娘と違って、お嬢にゃ装甲がねぇんだぞ」
艦娘でも艤装を背負ってなきゃ装甲を展開できません。って言っても無駄なんでしょうね。
あ、一応説明しておくわね。
艦娘が扱う力場の一つ『装甲』は、装甲内の気温と湿度を一定に保ち、雨や風、紫外線すらカットしてくれる快適空間。
だから今日みたいに暑い日や、逆に雪が降るような寒い日は艤装を外したくないと言う子まで出るくらいよ。
「大丈夫じゃない?自動販売機はそこかしこにあるし、帽子だって被らせてるでしょ?」
「そりゃあそうだがよぉ」
納得できませんか。そうですか。
出会って数カ月も経つと、その人がどんな人なのかだいたいわかってくるわよね。
趣味とか特技とか、好きな会話の内容やその逆。性格なんかも。この人の場合は……。
「過保護過ぎじゃない?」
「バッカ野郎!打ち水しただけで涼めてた昭和とは違ぇんだ!この炎天下の中散歩だなんざ虐待って言われても文句言えねぇぞ!」
野郎じゃなくて女郎です。
昭和の頃が本当にそうだったのかは、正化生まれの私は知らないし知りたいとも思わないから置いといて。
この人って面倒見が良い反面、超がつくほどの過保護なのよ。
7月になってからこっち、異常とも言える暑さの中倉庫街を駆け回る駆逐艦たちのために、自腹でアイスキャンディーとスポーツ飲料を用意して目につく子に片っ端から配ってるし、倉庫街から庁舎までの送迎バスまで出してるの。
もっとも、この人って見た目が完全にDQNだから、アイスキャンディーとスポーツ飲料は怯える駆逐艦に押しつける感じで渡してるし、送迎バスになんて乗ったらエロ同人みたいな事されると思われているらしく、この人の事を知ってる子しか乗らない。
具体的に言うと、神風型姉妹と私だけね。
「おい、ちょっと店番しててくれ。また駆逐艦が帽子も被らずにうろちょろしてやがる」
「いや、私客だからね?それに、貴方が注意なんてしたら逆に通報されかねないわよ?」
「でもほっとけねぇだろうが!」
「すぐ怒鳴らないでよ!そんなだから駆逐艦に怖がられるんでしょ!」
ホント、見た目と怒鳴り癖のせいで損してるわ。
完全に善意から駆逐艦を心配してるのに、当の駆逐艦には怯えられて逃げられちゃうんだもん。
せめて、怒鳴り癖さえ無ければなぁ。
「ねえ、普通の口調で喋れないの?こう言っちゃ悪いけど、控え目に言ってチンピラよ?」
「できるけどしたくねぇ。俺のキャラじゃねぇからな」
「いやいや、金髪さんって髪を黒に戻してピアス外すだけでも十分イケメンの部類に入るんだからさ、普通にしてたら駆逐艦に怖がられるなんて事ないわよ。むしろモテるかもよ?」
「絶対ぇしねぇ!」
勿体ないなぁ。
普通になった金髪さんを誰かに例えるなら若い頃のジョン・ステイモス。もっとわかりやすく言うならジェシーおいたんかしら。
声も似てるし、桜ちゃんからも『おいたん』って呼ばれてるからピッタリよ。forever 歌ってくれないかしら。
「ちなみにギターは?」
「弾けるけど弾かねぇ。どうせforever歌えって言うつもりだろ」
チッ、私以外にも似たような事を考えた人がいたか。おかげでforeverを聞き損なっちゃったわ。
「そういやぁよ。お前の艦隊は何するんだ?神風達はともかく、ド新人のお前にさせられる事なんてあんのか?」
「新人なのは否定しないから、せめて『ド』は抜いて。大規模改装だって受けたし、トビウオだって使えるようになったんだから」
トビウオは五回が限界だけどね。
それ以上使ったら、足が生まれたての子鹿よりガクガクしちゃうわ。一度限界まで使わされて、四つん這いになって必死に立とうとしてるところを朝風ちゃん達に笑われたな。
それどころか青葉さんに写真を撮られて、その週の『青葉見ちゃいました!』の一面に、『生まれたての矢矧』ってタイトルをつけられて晒されちゃった。
あのパパラッチはいつか泣かす……。
「まあ、お前がアイツらと一緒ってのはある意味安心だがな」
「どういう意味よ」
「ヘボいお前が一緒なら、アイツらも無茶し辛いってことだよ」
「取り敢えずケンカ売られてるのはわかった」
そりゃあ私はヘボいわよ?
砲撃や雷撃も上手いとは言えないし、艦隊運動だって気を抜くとすぐ乱しちゃう。
口の悪い人なんかは「矢矧がまた叱られたようだな」「ククク、矢矧は軽巡の中でも最弱」「駆逐艦に叱られるなど軽巡の面汚しよ」な~んて小芝居をするくらいよ。
そんな私と一緒に居たら、神風ちゃん達は本来の実力を発揮できない。私が、文字通り足枷となって。
「弱いって自覚はあるわ。でも、弱いなりにできる事はある」
……はず。
だって私は軽巡だもの。駆逐艦である神風ちゃん達が装備できない物、例えば偵察機を装備できるし、阿賀野型はほとんどの軽巡が装備できない、爆撃が可能な水上偵察機『瑞雲』が装備可能。
あの子達では不可能な戦い方ができるわ。できるはず。たぶん。
「で?何が出来るんだ?」
「それがわっかんないから悩んでるのよぉぉぉぉ!」
「うるっせぇよ!一々叫ぶんじゃねぇ!」
「貴方の声の方がうるさいわよ!怒鳴る暇があるなら、私があの子たちの役に立てる方法を考えてよ!」
「なんで俺が!?胸に無駄な脂肪蓄える余裕があんなら脳に回して自分で考えろ!」
「ちょっ!それセクハラ!憲兵さんに言いつけるわよ!?」
「言いつけりゃいいだろうが!憲兵が怖くて軍人やってられっか!」
な!?開き直ったですって!?
確かに横須賀の憲兵さんは、女装趣味の変態が隊長であることからもわかる通り頼りにならない。それどころか、女装趣味が発覚してから憲兵の権力を利用して善からぬ事をしてるんじゃないかという疑惑まで出て来たわ。
でも、だからってこの人みたいに開き直っていいわけじゃない。だって、憲兵の権力は健在なんだから。
「そういやぁ姐さんから聞いた事があるんだが、艦載機が見た映像を他人。例えば、お前が駆逐艦に見せるって芸当もできるんだろ?」
「やった事はないけどできるはずよ。でも、アレって額同士をくっつけたりしないとできないらしいわ」
「あ~、有線でしかできねぇのか」
無線でできたところで、って気がするけどね。この人は何が言いたくてそんな事を言ったんだろう?
「奥さん……。大淀さんを知ってるか?」
「会ったことはないけど名前と噂くらいなら」
「その大淀さんが対戦艦。いや、対艦隊用に作った『円形劇場』って技があんだけどよぉ」
対艦隊用って……。
さすがは全艦娘最強と謳われている大淀さん。考える事のスケールが大きいわ。
「その技を思い付いた切っ掛けがな?『目が足りなかったから』らしいんだ」
「いや、意味がわからない」
え?どういうこと?
だいたい、『円形劇場』って技がどんなモノなのかわかんないから、どうして目を増やそうと思ったのかさえわからないわ。
「大淀さんが言うにはだ。『私について来れる艦娘が居ない以上、私は一人で戦わねばなりません。そのためにはまず、戦場を見渡せるだけの目が必要です』って、言ってたんだわ」
「それで目を増やそうと……」
あれ?思い付いて実際に実行する事自体は凄いと思うのに、なんだか考え方が安直に感じるわね。
もしかして大淀さんは、『目が足りないなら艦載機で補えばいいじゃない』って、単純に考えただけなんじゃ……。
「お前は軽巡だから偵察機とか装備できんだろ?」
「ええ、まあ……」
「だったら、お前が神風たちの目になってやれよ。映像を直接見せれれば最高だが、敵の位置を細かく教えてやるだけでも全然違ぇぞ?特に、夜なら」
「な、なるほど……」
目になる……か。
今まで熟してきた哨戒任務での遭遇戦では、軽巡は駆逐艦より前に出なければならないという固定観念に囚われて、敵艦隊発見後は偵察機からの映像を気にしてなかった。と言うより、気にする余裕が今の私にはない。
そうするにはまず……。
「下がって……。いいのかな」
「俺は良いと思うぞ?旗艦ってのは要は指揮官だ。艦娘の場合は装甲の厚さやらなんやらが関係して前に出てんのかもしれねぇが、俺に言わせりゃあ指揮官が先陣切るなんざ時代遅れもいいとこだ」
「でも、桜子さんってそんなタイプなんでしょ?」
「ありゃあ親に似たんだよ。親父も先陣切って突っ込むタイプだったからな。ああでも、誤解すんなよ?あの二人は、それでも的確に指示を飛ばせるからな?」
「わ、わかってるわよ……」
元帥さんは歓迎式典の時に遠目に見ただけだからわからないけど、桜子さんは直接会ったこともあるし話した事もあるからなんとなくわかる。
神風ちゃんは「トラブルを起こすのが生き甲斐みたいな人」なんて言ってるけど、そう見えるのはきっと近すぎるから。
だって第三者目線で見てる私には、滅茶苦茶な言動の中にも周りを気遣う気配りを感じるもの。
例えば初めてあの人と会った日。
神風ちゃんの頭の上に桜ちゃんを乗せた後、落ちないようにずっとお尻に手を添えてたし、神風ちゃんに気づかれないよう、横に桜ちゃんのオムツなどが入ってたと思われるバッグを置いてたわ。
それに、ずっと私を値踏みしてた。
神風ちゃんとたわいも無い話をしてる最中も、私がどういう人間か観察してたわ。たぶん。
「ねえ、前に少佐だって言ってたわよね?」
「俺か?言ったことがあるようなないような……」
「言った!確かに言った!」
「うっせぇなぁ。じゃあ言ったって事にしてやるよ。で?それがどうしたってんだ?」
「私に指揮の仕方を教えて!」
「はぁ!?なんで俺がそんな事しなきゃいけねぇんだよ!」
「いいじゃないケチ臭い!私と貴方の仲でしょ!?」
「ただの店員と客だが!?」
うん、これで行こう。
少佐って言うくらいだから、きっと部下を指揮した経験だってあるはずだわ。
この人に指揮の仕方を習って、神風ちゃんたちをビックリさせてやるんだから。
「じゃあ、さっそく今日からお願いするわ!」
「勝手に決めんじゃねぇよ。俺に何の得があんだ」
「な!?見返りを求めるの!?駆逐艦には無償で親切にするクセに!」
「ガキ相手に見返り求めたらそれはそれで問題だろうが……」
言われてみれば確かに。
でもそれなら、私だって金髪さんからしたら子供みたいな歳なんだから無償で親切にしてくれたっていいのに……。
いや、待って?
もしかしてこの人、私を女として見てる?だから駆逐艦にするみたいに親切にしてくれないの?
「え?ちょ……。困る……」
「困ってんのは俺だが?」
そ、そうよね。困るわよね。
私って容姿は割と良い方だし、胸だってオッパイソムリエ垂涎の逸品(大和談)らしいし。
そんな私に二人っきりで指揮の講義をする事になったんだもの。普段は駆逐艦くらいしか相手にしない金髪さんの腰が引けちゃうのは当然よね。
だったらここは一つ。
私の方から報酬を提示して、金髪さんが気持ち良く講義ができるようにしてあげようじゃない。
「デ、デート……」
「は?」
「お、教えてくれたら!作戦が終わった後にデートしてあげる!」
ーーーーーーー
てな感じのやり取りをした日から、アイツに指揮の仕方を教えたなぁ。
もっとも俺は、親父や姐さんと違って人を使うのは得意じゃねぇから上手くいったかどうかは定かじゃねぇ。
アイツは上手くいったとか言ってたがな。
デート?
ああ、その約束な。
結局、作戦が終わった後にはしなかったんだわ。お前も知ってるだろ?
あの作戦後、アイツが呉に転属しちまったからだよ。
アイツと初めてデートしたのは結局、戦争が終わってからになっちまったな。
今思いだしても笑っちまうよ。
アイツ、男と連れ添って歩くのが初めてだったみてぇで終始ガッチガチでよ。
おっと、女房が呼んでる。相変わらず声がデケェなアイツは。
ああ!わかってるから叫ぶんじゃねぇ!
悪ぃな、どうやら客が来たみてぇだ。すまねぇが少し待っててくれ。
~戦後回想録~
元奇兵隊副長補佐。
現カブ専門店『forever』店長へのインタビューより。
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
-
大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)