私には、落ち込む度に訪れる秘密の場所がある。
まあ、秘密の場所とは言ってもただの工廠裏の堤防の上だから、稀にフラ~っと人が来ることもあるわ。
以前はここで釣りをしてた人もいたそうだし。
「大規模作戦……か」
駆逐艦 神風として横須賀鎮守府に着任して約三年。
初めの内こそ、訓練や敵太平洋艦隊の残敵掃討などに駆り出されたりで忙しかったけど、日が経つにつれて暇だと感じる日が多くなっていった。
まあ、そんな毎日に慣れちゃっただけなのかもしれないわね。
「でも、大規模と銘打たれる程の作戦には参加したことがない」
いや、これはもう超規模と言っても良い。
艦娘だけでも100人超え。
ワダツミの護衛や、補給を担当する海軍艦艇も50を超えると言う噂がある。
「第三遊撃部隊が何をする部隊なのかわからないけど、上手くやれるのかな……」
矢矧さんは大規模改装も受けたし『トビウオ』だって使えるようになったけど、今だに新人の域を出ていない。
そんな人が大規模作戦で旗艦に選ばれたら、そりゃあムンクみたいにもなるわ。
私は平静を装えたけど、朝風たちも矢矧さんと同じく、編成表が張り出されてから数日経った今も、動揺して不安を抱えている。
「たぶん、実質的な旗艦は、今みたいに私になる……」
はず。
でも、出来る?
いつもの哨戒中の遭遇戦とはわけが違う。そんな状況で僚艦に気を配り、指示を飛ばし、私自身も戦うなんて事が出来る?
「そんな事出来る自信なんて……」
ない。
先輩なら出来たのかもしれないけど、私は先輩ほど身も心も強くない。ハッキリ言って弱い。
そんな私には荷が重すぎる。
「ていっ♪」
「へ?」
私が飽きもせず溜息をつこうとしたら、妙に可愛らしいかけ声と共に背中を押された。
押されたはいいけど、このままじゃ私……!
「落ち……!」
「ないんだなぁ♪これが」
海面に顔からダイブするのを覚悟しようとした瞬間、ガシッ!と襟首を掴まれて引き戻された。
ったく、油断してたとは言え、近づいて来る気配が全く無かったから冷や汗かいたわ。
って言うか誰よ!人が落ち込んでる時にこんな質の悪いイタズラするのは!
「イジケ虫見~つけた♪」
「せ、先輩!?どうしてこんな所に!?」
私の背中を押した犯人。
それは、私と同じ真紅の髪と瞳を持ち、奇兵隊特有の黒い軍服の上から狩衣を羽織った、横須賀鎮守府始まって以来の問題児でありトラブルメーカーの桜子先輩だった。
なんだか、前にもこれと似た状況があったような気がするわね。あれはたしか……。
「何イジケてんの?こんな所で」
「あの、私の質問に……」
「あ、これ食べる?執務室でクスねてきたフレンチクルーラー。美味しいわよ?」
ダメだ。
この人は相変わらず私の言う事を聴いてくれない。
問答無用とばかりに私の隣に腰を下ろして、懐からフレンチクルーラーを二つ取り出して、一つを囓りながらもう一つを差し出してきたわ。
まあ、美味しそうだからいただくけど……ってぇ!
この人また執務室から食べ物をクスねたの!?
「円満から聞いたんだけどさ。神風も作戦に参加するんだって?」
「ええ、まあ……」
「何させる気なのかしらね。第三遊撃部隊だっけ?遊撃部隊って銘打つくらいだから、色々とやらされるんでしょうけど」
その色々が私を悩ませている。
遊撃部隊とは、簡単に説明すると本隊とは別に遊撃を主とした部隊。
つまり攻撃・守備を選ばず、標的も選ばず、状況に応じて臨機応変に戦闘目的を変更する部隊のことを指す。
そのため、武装は機動性を重視。移動能力を妨げるほどの重武装は施されない向きが強い。
だから私は不安なの。
私達にそんな役割が熟せるかどうか、私達自身わからないんだから。
「上手くやれる自信がない?」
「はい……。だって私は……!」
旧型だから。
と、喉の奥まで出かかったのをなんとか堪える事は出来た。出来たけど、この人には私が言い掛けた事なんてお見通しなんだろうな。
「ねえ神風。貴女の練度っていくつ?」
「練度ですか?確か……先々週計測した時は98でした」
「たっか!最高練度手前じゃない!もしかしたらもう、99になってるんじゃない?」
「さあ?前に計って以来計ってませんから」
どうして練度なんて気にするんだろう?
そりゃあ高いに越したことはないわよ?でも、私の練度が99になったって性能の上昇は微々たるもの。
例え、今の練度が99でも、性能的には新米の駆逐艦よりはマシ程度でしかないわ。
「私が初めて大規模作戦に参加した時って60かそこらよ?それに比べたら十分過ぎるほど高いじゃない。それなのに、なんで落ち込んでんの?」
「いやだって、練度だけ高くたって……」
確かに、練度は別名、同調率と呼ばれることからもわかるとおり、上がれば上がるほど艤装の反応が良くなる。でも、それを扱う私自身が弱かったら意味がない。
ほら、高スペックなパソコンでもソフトウェアが貧弱だったらダメでしょ?そんな感じよ。きっと。
「ちなみに、私の練度は53万です」
「どこのフ〇ーザ様ですか。だいたい、先輩はもう艦娘じゃないでしょ」
「言った者勝ちよこんなの。そう言えば、ずぅーっと前に、満潮にも同じ事を言った事があったわね」
「満潮さんにも?どうせ、今の私みたいに呆れてたんでしょ?」
「いいや?「ホント!?どうやったらそんなに上がるの!?」って驚いてたわ」
そっかぁ…満潮さんは信じちゃったのかぁ。
普段はツンケンして人を寄せ付けないクセに意外と騙されやすいのね。
それとも、先輩に騙され続けた結果、騙されないために人を寄せ付けなくなったのかな?
「先輩って、人にイタズラするのが生き甲斐になってません?」
「失礼な事言うわね。私ってそんなに子供っぽい?」
「はい」
「うぉい!」
とか言って憤慨してますが事実です。
先輩は円満さんが泣くまでからかうのをやめませんし、暇さあれば倉庫街に看板トラップを設置してるじゃないですか。
アレの被害に遭って、倉庫街に近寄れなくなった駆逐艦は私が知ってるだけでも20はくだりません。
「ったく。出会った頃は『はい♪桜子先輩♪』とか言ってめちゃくちゃ従順だったのに。最近冷たくない?」
「あの頃は先輩の本性を知りませんでしたから。ほら、先輩って見た目
「おいこら神風。なんで『だけ』を強調した?中身も完璧でしょうが!」
その自信がどこから来るのか本当に不思議。
確かに先輩は家事も完璧ですし育児もそつなく熟してると思いますよ?
でもそれ以外がハチャメチャ。
元帥さんから命じられている円満さんの護衛が無いときは、先に言った看板トラップの制作と設置に余念がないですし、何か問題が起これば力尽くで解決しようとする短絡思考。
私が軽巡の先輩たちに目の敵にされてたのが先輩の悪行のせいだったと知った時は、尊敬の念が荷物まとめて出て行っちゃいました。
「でも、先輩くらい短絡的だったら楽だろうな。とは稀に思います」
「ねえ神風。もしかしてケンカ売ってる?ケンカ売ってるよね?」
「ほら、また拳に物を言わせようとしてる」
「拳じゃありませんー。刀ですー」
「結局力尽くじゃないですか!そういうところが短絡的だって言うんです!」
「だってその方が早いじゃない!」
その方が早いですって?
ええそうでしょうよ。先輩だったらその方が早いでしょうよ。だって先輩には力があるんだもの。力尽くで物事をねじ伏せられるだけの力があるんだもの。
でも私には無い。
先輩と同じ神風なのに、私にそんな力はないし自信もない。
私と先輩は何が違うの?
才能?経験?その両方?
「覚悟よ」
「覚……悟?」
私に足りないのは覚悟?何の覚悟が足りないって言うんだろ?
それより、今私声に出してた?出してないよね?
じゃあ、言葉にしてない私の疑問に、先輩は真剣な顔して答えてくれたってこと?
「私は神風だった頃、生きて帰る事だけを考えて戦い続けたわ」
「生きて、帰る?」
「そう。どんなに大怪我しても、足を引っ張る僚艦を戦死に見せ掛けて殺そうとしても、死にかけの仲間に引導を渡したりしても帰って来た。お父さんに、褒めてもらうために」
な、なんか今、聞かない方が良かったと思えるワードが混じってた気がするんだけど……。
いや、今は気にせずに先輩の言葉を聴こう。
真面目モードの先輩は変わらず滅茶苦茶だけど、意外と良い事を言ったりもするから。
「こういう商売してるとよく聞くよね。『名誉のためなら死など恐れない』とか『刺し違えてでも敵を倒す』とか」
「ええ、まあ」
前者は上位艦種、後者は駆逐艦に多いかな。
食事中や歓談中の雑談でしか聞いた事はないけど、いざその時になって、言葉通りに行動できる人がいったい何人いるんだろう。
「先輩は、そういうのを否定してるんですか?」
「否定はしないわ。別に死に方くらい当人の好きにしたらいいと思うし。でもね」
「でも?」
「残される方はたまったもんじゃない。そりゃあ、死んだ奴はいいわよ。好きなようにして死んだんだから」
「元帥さんに、そんな想いをさせたくなかった。って事ですか?」
「当時はね。あの頃はお父さん以外、大切な人なんて居なかったし」
海坊主さんが聞いたら泣いちゃいそうだなぁ……。
先輩が生粋のファザコンだって事は、元帥さんへの態度を初めて見た時に察しはついたけど、父親って言うより好きな人。いや、愛する人のもとへ戻るために、死に物狂いで戦ってたって言ってるようにも聞こえちゃうわ。
邪推し過ぎだと思うけど。
「神風の大切な人は誰?帰って来てただいまって言いたいのは誰?」
「私の、大切な人は……」
意外なことに、そう言われて頭に浮かんだのは桜子先輩だった。
帰って来た私を出迎えて「ただいま」と言う私に「おかえり」と返して頭を撫でてくれる映像が、実際に体験したことがあるかのように目の前に映し出された。
「先輩……私……」
自分にとって大切な人が、隣で「ん?」と言って首を傾げている先輩だと気付かされた途端、気恥ずかしくて先輩顔を見れなくなってしまった。
顔も赤くなってるんじゃないかな?ほっぺたとか凄く熱いし。
「あ、そうだ神風。出会ってすぐぐらいに渡した模造刀。ちゃんと使ってる?」
「は、はい。言われた通り毎日素振りしてます」
出会って一ヶ月くらい経った頃だったかな。
先輩は私に模造刀を渡しながら「今日から毎日、これを使って素振りしなさい」と言ったわ。
その当時は、強くなるために必要なんだろうと思って素直に従って今では日課になっている。
唐竹・袈裟切り・逆袈裟・右薙ぎ・左薙ぎ・左切り上げ・右切り上げ・逆風を各100回。刺突だけは200回。それを毎日熟すよう言われた。
最初の半年ほどは、訓練に支障が出るくらい疲れ切ったけど、一年、二年と続ける内に息も切れなくなったし疲れる事もなくなった。
三年目になると、終わる時間が早くなったから自主的に100回づつ増やしたりもしたわ。
もっとも、その訓練が役に立ったことは今だにないけどね
「じゃあこれあげる。大事に使ってよね」
「え?あ、ありがとうございます……。ってこれ!」
先輩がほいっと投げて寄越したのは、いつも先輩が肌身離さず持ち歩いてる日本刀だった。
初めて持ったのに、妙にしっくりと手に馴染む。
まるで、いつも持ってたみたいに違和感がないわ。
まあ、それはそうと、あげる。とか言ってたけど、これは先輩にとって大事な物なんじゃ……。
「その刀ってね。お父さんが初めて私にくれた物なの」
「じゃあ、やっぱり大事な物じゃないですか。そんな物貰えません!」
「そうね。私にとっては、上から数えた方が早いくらい大事な物よ。お父さんとのケッコンカッコカリの指輪みたいな物だし」
「だったら余計に……!」
貰えません!
と、続けようとした私の口を、先輩の人差し指と射貫くような瞳が押し留めた。
黙って聞けって事?
「だからこそ、貴女に受け取って欲しいの」
「私……に?」
「そう、無銘ではあるけど、私が半生を共にしたこの刀を、私の名を受け継いだ貴女に贈りたい。そう思って、形から重さまで寸分違わずに作らせた模造刀を貴女に渡したの。その刀、手に馴染むでしょ?不思議なくらいに」
「は、はい。手に吸い付くようにシックリと……」
じゃあ、先輩は出会った頃からこの日を想定していた?だから私に模造刀を渡し、それを使っての素振りを命じたの?
「本当は『脚技』も私が教えてあげたかった。でもあの頃は、桜を身篭もってたから出来なかったのよ」
「だから、円満さんに習えと?」
「うん。私って口だけで教えるのが苦手でさ。お父さんに、「神風に脚技を教えて良い?」って聞いたたら「お前は口より先に体が動くからダメだ」って言われちゃったから諦めるしかなくて……。だから円満に習えって言ったの」
あの日……かな。
私と先輩が初めて会った日。今では私にとって聖書となっている、先輩の半生が書かれた本をくれた日に、先輩はそんな事までしてくれてたんだ。
そこまで、私を想ってくれてたんだ……。
「プレゼントはもう一つあるわ」
「もう一つ?」
「そう、もう一つ。私の取って置き。いや、私の悪足掻きの集大成を、貴女に伝授してあげる。今度は私自らの手で」
悪足掻きの集大成?
先輩が悪足掻きと自虐するのって、トビウオ、水切り、稲妻の三種の脚技と、減らした『装甲』と『脚』の力場を『弾』に上乗せする刀よね?それらの集大成っていったい……。
「その技は捨て身。だけど、貧弱な『神風』の力場でも戦艦の装甲を貫ける必殺の一撃。無敗の一撃よ」
「そんな凄い技があったんですか!?」
「あるわ。私はソレを使って……鬼級すら倒して見せた」
先輩が少し言い淀んだのが気にはなったけど、鬼級すら倒せる技があるなら是非ともご教授願いたい。
それ以上に、先輩に教わりたい。
先輩の全てを教えて欲しい。と、思ってしまった。
「どう?教わってみる?」
「はい!是非とも!」
私は一も二もなく即答した。
先輩が十数年かけて培った、悪足掻きを教えて貰うために……。
って、あれ?なんか力が漲ると言うか、湧き上がると言うか……。なんだろ?これ?
「どうしたの?」
「いや、なんと言うかその……。急に強くなったような気が……」
「え……それってまさか」
はて?先輩は何か心当たりがあるのかしら。
「意外と緩いのねぇ……」とか言って一人で納得してますが……。
「それ、たぶんケッコンカッコカリだわ」
「はぁ!?」
待って待って!?
ケッコンカッコカリって提督、もしくはそれに準ずる人と艦娘が特別な絆を結ぶことで、練度上限や、微々たるものではあるけど性能が上がるアレよね?
「わ、私、先輩とケッコンしちゃった……。って事ですか?」
「そ、そうなるわね。これはさすがに、この桜子さんも予想外だったわ」
うわぁ……。なんだろう、この複雑な気分。
嬉しいのにショックと言うか、光栄だと思う反面絶望してると言うか。
だって、私と先輩がケッコンカッコカリしちゃったのよ?これがもし、ユウジョウカッコカリとかシマイカッコカリだったらダメな気はするけどまだ我慢できるわ。
でもケッコンは無理。
だって私ノーマルだもん。くららさんみたいにレズじゃないもん。
大本営は何を考えてケッコンカッコカリなんて名称にしたのよ!
そりゃあ、男性が多い提督と艦娘だったら問題ないでしょうよ?でも女性同士の場合も有り得るんだから、そこはもうちょっと考えるべきでしょ!
ほら!先輩も同じ事を考えてるのか、心底呆れた顔して「大本営ってバカじゃないの?」とか言ってるわ。
「まあ、亭主が神風でもいっか。あくまでカッコカリだし」
「ちょっと待って!?私が男役なんですか!?」
「当たり前じゃない。私が男に見える?」
「下手な男より男らしい性格してるクセに何言ってんですか!男役は先輩がしてください!」
「ちょぉ!それは聞き捨てならないわね!旦那も桜も大好物なこの見事なオッパイが目に入らぬか!」
「そのくらいちょっと手術すれば男性だって手に入れ……って!揺らすな!これ見よがしに揺らすのをやめてください!」
ーーーーーーー
なぁんて言い合いを一時間くらいしたかな。
バカみたいでしょ?
でも、なんて言うか。あのたわいも無いひと時で、あの子の不安が払拭できて良かったわ。
正直、どうやって励ましたらいいかわかんなかったのよ。あの子と私は同じ神風だったけど、性格はまるで違ったからさ。
第三遊撃部隊が何をしたのかって?
あの子達に命じられたのは、敵別働隊の撃滅よ。
主戦場となったエンガノ岬沖やソロモン諸島とは全くの別方向。セレベス海からマカッサル海峡を抜けた先にあるジャワ海だったそうよ。
あの話を聞いた時ほど、円満の事を恐ろしいと思った時はないわね。
円満は誰も予想していなかった渾沌の目論見を見抜き、第三遊撃部隊を使って見事打ち破って見せたんだから。
ええ、あの作戦の勝敗を決したのは、エンガノ岬沖で奮闘した第一部隊でも、挟撃を成功させた西村艦隊でも、ソロモン諸島で敵主力を撃滅した大淀と大和でも、南方中枢を討ち取った米国第7艦隊でもないわ。
一般には公開されてない情報だから、ネットとかでは迷子艦隊なんて揶揄されてるみたいだけど私は胸を張ってこう言う。
あの作戦を勝利に導いたのは神風たち第三遊撃部隊。
いいえ、水雷戦隊 カミレンジャーだ。ってね。
~戦後回想録~
奇兵隊総隊長 神藤桜子大佐へのインタビューより。
主要キャラ人気投票
-
朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
-
神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
-
大和(影が薄い三部主役)
-
紫印 円満(実質三部の主役?)