『波乗り』時雨。
戦争中期から末期にかけて活躍したネームド駆逐艦の一人で、5代目時雨として正化24年に佐世保鎮守府へ着任。
『呉の死神』や『ソロモンの悪夢』ほど目立った戦果は上げていないが、着任から終戦まで戦い抜き、佐世保鎮守府主導で行われた大規模作戦には全て投入されている。
その戦い方は独特で、パッと見ただけでは他の艦娘と大差がないように見えるが、その機動は艦娘ができる動きを凌駕しており、真横へのスライドや不規則な加速と減速など、まるで波に乗って動いているようだと言われた。
~艦娘型録~
ネームド艦娘。波乗り時雨の項より抜粋。
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「どう?時雨。勝てそう?」
「相手の戦力が未知数なのに迂闊な事は言えないよ。でも、勝たなきゃいけないよね」
「そうよ。私達は勝たなきゃならない。相手がどれだけ強くてもね」
時に隠れ、時に戦いながら海峡を進んだ先。
ここを越えればスリガオ海峡を突破できる。と言えるところまで来たら、新種と思われる姫級がお供を引き連れて待っていたから覚悟を決める意味合いも兼ねて時雨に聞いてみた。
ったく、ここに来るまでにスルーした敵や戦った敵も含めれば軽く70隻越えてるんだけど?
どう考えても完全にオーバーワークだわ。
ハッキリ言って割に合わない。
これなら、敵主力を相手にしてる人達の方が絶対に楽よ。あっちの方が数は多いでしょうけど、一人頭が相手にしなきゃならない数はあっちの方が少ないはずだわ。
しかも、負傷したらワダツミに戻ればいいんだもん。怪我したくらいじゃ撤退も許されない私達とじゃ難易度が段違いだわ。
違ったらごめんね?
『撤退しましょ~?アレは無理よ~』
『気持ちはわかるけどそれは却下よ山雲。私達が本当にやらなくてはならないことはこの先にあるんだから』
『でも~、下手すると山城さんが大好きな扶桑さんが死んじゃうかもよ~?』
『それは…そうなのだけど……』
余計な事を。
ただでさえ戦意が低くなってるのに、山雲さんが扶桑さんを盾に撤退を進言したせいで旗艦の山城さんが迷い始めたわ。
でも、撤退したい気持ちは私もわかる。
敵の編成は新種の姫級が3隻にル級が1、2、3……4隻!?しかも全部フラグシップっぽいじゃない!バカなの!?
さらに前衛には駆逐ナ級を筆頭に二級後期型が3、次いでPT子鬼群が2。
駆逐艦は兎も角、子鬼共が厄介ね。
アイツらって小さいから攻撃当てにくいのよ。補強増設スロットに機銃を装備して来てたのが不幸中の幸いかしら。
『私は嫌よ~。朝雲姉ぇが死んじゃうくらいなら迷わず逃げるわ~』
『ダメだよ山雲。勝手に逃げたら円満姉ぇに怒られちゃうよ』
『死ぬよりはマシよ~。朝雲姉ぇだって死にたくはないでしょ~?』
口調は間延びしてるくせにブレないわね山雲さんは。
山雲さんからしたら、円満さんから与えられた任務よりも朝雲さんの命の方が大事って訳か。
「これはマズいね」
「そうね。戦意喪失一歩手前だわ」
「いっそ、見つかってない今の内に島に上陸して陸路を進むかい?」
「ダメよ。それじゃあ時間に間に合わない」
「じゃあ、やるしかないね」
「ええ、取り敢えず前衛を片付けるわ」
段取りは決まった。
山城さんに意見具申しようかとも考えたけど、私と時雨は問答無用突っ込むことにしたわ。
下手に意見具申なんてしたら、撤退する気満々の山雲さんに邪魔されかねないからね。
だから強引に戦端を開いて、逃げるくらいなら戦った方がマシって状況にしてやろうと考えたの。
「時雨!駆逐艦共を引き付けて!」
「了解。小鬼は任せたよ」
私と時雨は、目配せを交わして突撃を開始した。
私は敵艦隊に向かって右、時雨は左にね。
時雨は砲撃が届く距離でもないのに撃って敵にわざと発見され、私から敵前衛艦隊の注意を逸らそうとしてるわ。
『良い波だ。これなら負ける気がしないね』
「調子に乗って転覆すんじゃないわよ。助ける余裕は無いからね!」
『ふふふ♪僕の事を心配してくれるなんて満潮は優しいんだね。後でキスして良い?』
「却下!」
遠ざかる時雨を横目に見ながら、私は出来るだけ静かに、航跡すら残さないよう慎重に進んだ。
実戦で使うのは初めてだけど、この『波乗り』って波が高い所で使うと危険極まりないわね。
波を読み間違えたら明後日の方向に行っちゃうし、下手すると波に飲まれて海の底だわ。
「流石は本家本元。ちょっとだけ見直したわ」
私は前にすすむだけで苦労してるのに、片や時雨は戦場の波を全て把握してるんじゃないかと思えるような速度で動き回ってる。
たぶん、お姉ちゃんでもあそこまで『波乗り』を上手く使い熟せてないはずよ。
『満潮も波乗りを使えたの?』
「ええ、アンタほど上手くはないけどね」
『謙遜しなくていいよ。この荒波の中、転覆しないだけでも大したものだ』
「お褒めに預かりどうも。それより、そのまま南に転進出来る?そうすれば子鬼共の後ろを突けるんだけど」
『了解。良い機会だから、『波乗り時雨』の本気を御覧に入れよう』
その動きをなんて表現したらいいのかしら。例えるならサーフィン?
身の丈を優に越える高波上を滑りながら敵の頭上を砲撃し、旋回半径?何それって言いそうなほどの急角度で転進した時雨を見て、子鬼共を攻撃するのも忘れて「凄い」って言っちゃった。
「桜子さんが言ってた通り、『波乗り』は別物だわ」
もう二年ほど前になるのかしら。
お姉ちゃんと円満さんの訓練でクタクタになりながらも桜子さんのお料理教室に通っていた頃。
桜子さんが、ふと思い出したかのように「今は何を習ってんの?」って聞いてきたから「波乗り」って答えたのね。
そしたら桜子さんは、「アレかぁ。アレは良いモノよ。アレが完璧に使えるんなら他の脚技は憶えなくてもいいわ」なんて言ったの。
当然私は「はぁ!?」って言ったわ。
だって脚技にカテゴラズされている5種の内3種は桜子さんが編み出したモノなのに『波乗り』の方が優れてる風な事を言ったんだもの。
そして、納得できない私に桜子さんはこう言ったわ。
「円満達はアレを脚技の一つに数えてるみたいだけど、私から言わせれば全くの別物よ。どうしてかわかる?」
「えっと……。体への負担が軽いから?」
「それもあるわ。でも、私が違うと言ったのはそこじゃない。例えばそうね……。満潮、『トビウオ』がどういう技か説明してみなさい」
「瞬間的な加速と移動を可能にする技」
「それは結果ね。どうやって瞬間的な加速と移動を可能にしてるか言ってみて」
説明しよう!
脚技の代表例である『トビウオ』は体の動きと、一度消した『脚』を再形成する時に生じた浮力と水の反発力をシンクロさせることで、瞬間的に100ノット以上の速度と10m前後の移動距離を得ることが出来る『脚』の裏技よ。要は、『脚』の再形成そのものを推進力として利用してるのね。
例えば、ボールを水の中に沈めて手を離すとボールは水面に向かって飛び上がらんばかりに浮かぼうとするでしょ?
私達はそれを『脚』でやってるわけ。
「正解。トビウオを始めとした、私が編み出した脚技は自分に出来る事で完結してる。でも『波乗り』は違うわ。アレは、『脚』の操作はさして重要じゃない。海波を読む目と、体幹が主。さらに言うと波の状況で結果が左右される」
「前提が違うってこと?」
「そうとも言える。私が創作した脚技は身体操作と力場操作の割合が3:7くらいなのに対して、『波乗りは』4:1くらい。それに環境の5がプラスされる感じかしら。アレを独自に編み出した時雨は大したものだわ」
この時は、料理に集中してたから話半分くらいにしか聞いてなかったし、自信過剰って言葉が服着て歩いてるような桜子さんにしては他人を素直に褒めるんだなぁ、くらいにしか思わなかったわ。
っと、回想はここまで。
今は目の前の敵を始末する事を優先しなきゃ。
「ああっ!もう!ウザいのよ!」
私は、気が狂ったように時雨を追い回す敵前衛艦隊の最後尾のPT小鬼群を後ろから順番に沈めて行った。
コイツ等を相手にするのは初めてじゃないけど、相変わらず攻撃を当てにくいわね。
機銃でなんとかなるからいいものの、もし装備して来てなかったら砲撃でどうにかしなきゃならないとこだったわ。
「時雨!8時方向に魚雷を撃って!」
『OKハニー』
誰がハニーだバカ。
と、私がツッコむ前に、時雨は左に大きく旋回しながら8時方向に魚雷を発射した。流石は歴戦の駆逐艦ね。アレだけで私がしたい事に察しがついたみたいだわ。
それならばと私はトビウオ2回で急加速し、左旋回中の時雨とは逆方向、敵前衛艦隊の最後尾を通り過ぎながら8時方向に向かって魚雷を発射した。その結果がどうなるかと言うと……。
「バカね。その先にあるのは地獄よ」
私が撃った魚雷は敵前衛の1,2番艦に命中し、時雨が放った魚雷は3,4番艦に命中して炎を纏った水柱を上げた。我ながら上出来ね。
さて、これで前衛は片付いたから良いとして、問題は敵本隊。
なんか砲撃が始まってるけど、もしかして山城さん達が捕捉された?
『邪魔だぁぁぁ!どけぇぇぇぇ!』
『二戦隊、突破します!てぇーーーーッ!!』
捕捉されたじゃ済まなかった。
戦意が高揚どころか爆上げになった山城さんと扶桑さんが、弾薬の消費なんかまるで考えてないような砲撃を繰り返してるわ。
「これは違う意味でマズい状況になっちゃったね」
「そうね。このままじゃ作戦に支障が出る。ってか後ろに立たないで」
「ダメ?お尻が可愛いからつい……。ごめん、謝るから砲を下げてくれないかな?」
まったく、コイツが居るとシリアスもクソもないわね。
まあそれは置いといて、どうする満潮。今のペースで砲撃を続ければ、山城さんと扶桑さんの弾切れは確実。被弾も増えてるようだし……ってうわぁお。
山城さんが顔面付近に被弾して後ろに一回転しちゃったわ。「ひでぶっ!」って悲鳴?を実際に聞く機会が訪れるなんて夢にも思わなかったなぁ。
って、現実逃避してる暇はない。
残りの敵を片付けなきゃ海峡は突破できない。かと言って、敵を殲滅するだけの燃料弾薬の余裕は西村艦隊にない。
「ここかな?いや、使うならここしかない」
私なら出来る。
他の西村艦隊の面々に弾薬を温存させ、残りの敵を殲滅する事が。そのために、円満さんは私をに西村艦隊に配属したんだから。
でも問題が一つ。
全力が出せる状態に成るまで一分はかかる。その間、私は完全に無防備。こんな、流れ弾がいつ飛んで来てもおかしくない状況でやるなんて無謀もいいとこだわ。
だから、コイツに守ってもらうのは癪だけど守ってもらわなきゃ……。
「時雨」
「なんだい?満潮」
「一分間、全力で私を守って」
「守る?ちょ、ちょっと満潮!?」
私は時雨の返事を待たずに目を閉じた。
今の私に視覚情報は邪魔。聞こえて来る全ての音も邪魔。体が得る全ての情報をシャットダウンし、意識を艤装に宿る妖精さんに傾ける。
「全感覚、全神経を解放。各部妖精とのリンク開始」
体の使用権を妖精さんに譲るのに従って感覚が拡張されていく。
瞼を閉じているのに周りの景色が見える。
響く音を聞くだけで周りの敵と味方の位置が把握できる。
無数の妖精さんが得る情報を妖精さん達が選別し、必要な情報だけ私にフィードバックしてくれる。
「コネクト完了。『艦体指揮』発動」
円満さんが編み出し、私に妖精さんとコンタクトが取れる才能があると発覚してすぐに伝授してくれた艤装本来の使い方である『艦体指揮』。
これを使っている時の私は全天全周360度の視界と超人的な反射速度。更に、無数の妖精さん達と思考すらリンクさせることで本職の作戦参謀顔負けの戦況分析が可能になる。
でも、ここで終わりじゃない。
『艦体指揮』は確かに強力な技だけど艦娘の域を出ない。それじゃあこの状況を打開できないわ。
だから私は、意識をさらに
背中の艤装に収められた深海棲艦の核と、会話するために。
(久しぶりね。元気にしてた?)
いつもの挨拶。
潜った先の真っ白い空間に居た私そっくりの
この子、いつも仏頂面浮かべて体育座りしてるだけで一言も喋らないんだもん。
(また、力を借りに来たわ)
(借りてどうしようって言うの?)
私そっくりの少女が初めて口を開いた。
予想はしてたけど、やっぱり声まで私そっくりなのね。でも、どうして今回に限って話しかけて来たのかしら。いつもなら「力を貸して」って言った時点で終わりなのに。
まあ、聞かれたからには答えないとダメよね。
(戦うためよ。そんな事、言わなくたってわかるでしょ?)
(どうして戦うの?)
(勝つためよ)
(勝つため?くだらない事に拘るのね)
(くだらない事。ですって?)
(そうよ。無駄な足掻きって言った方がいいかしら)
少女は言いながらゆっくりと立ち上がり、私のすぐそばまで寄ってきた。
無駄な足掻き……か。
元が深海棲艦であるこの子からすれば、私達がやってる事は無駄な事なんでしょうね。
ん?違う。この子震えてるわ。怖がってるの?何を?いや、私はその理由を識っている。
この子が時雨の言う通り、改竄されなかった歴史の被害者の怨念なのなら……。
(ああ、そういう事か。アンタ、怖じ気づいてんでしょ)
(……ええ、私は怖い。この場所が怖い)
(ここで沈んだから?)
(そうよ。
はて?
今の言い方には違和感がある。
コイツの正体は、本当の第二次大戦で沈んだ駆逐艦満潮に乗っていた乗組員の誰か。そう思っていた。
でも、コイツは「私」と言った。
そこで私なりにコイツの正体を想像してみる。
これは円満さんの秘書艦として働き出して初めて知ったんだけど、現存している艤装が破壊された場合は開発資材と偽称した深海棲艦の核を妖精さんに渡し、建造を依頼することで建造される。
でも大半の場合、狙った艤装とは別の艤装が建造されちゃうわ。まあ、別の艤装とは言っても何の艤装かもわかんない鉄の塊でしかないんだけどね。そういう艤装もどきは内火艇ユニットの製造に利用されたり近代化改修の材料に使われたりするわ。
(アンタは『満潮』なの?)
少女は悲しそうな瞳を私に向けるだけで答えようとしない。
それはつまり肯定って事ね。
でもこれで、妖精さんが艤装をランダムで建造する理由がなんとなくわかった。
ランダムで建造してるんじゃない。狙って作れないんだ。
ううん、この言い方は正確じゃないわね。
例えば『満潮』の艤装を作る場合は、『満潮』の怨念が深海棲艦と成ったモノの核が必要なのよ。
でも私達には手に入れた核が何の、誰の怨念が元になっているか判断する術がない。
だから、妖精さんがランダムに建造していると思われてるんだ。
つまり、今存在している艤装は全て、それに成るべくして成ったモノなのね。
(じゃあ尚更、力を貸してもらう。いいえ、一緒に来てもらう)
(一緒……に?)
(そうよ。こんな何も無い空間でいじけてんじゃないわよ。アンタが満潮だって言うならリベンジくらいかましなさい!かつて出来なかったスリガオ海峡の突破を、今から私と成し遂げなさい!)
(そんな事して……)
(何になるのか?アンタにとっては何にもならないわよ。だって、スリガオ海峡を突破したってアンタの歴史が変わるわけじゃないもの)
(だったら……!)
(だからこそついて来なさい!私がアンタに見せつけてやる。不可能を可能にする瞬間を見せてやる!私とアンタにはそれが出来るだけの力が有るんだから!)
『満潮』は、呆気にとられてるのか鳩が豆鉄砲食らったような顔をして口をパクパクさせてる。
ったく、こんなウジウジした奴が『満潮』だなんて嫌になるわ。ここはもう一押ししてコイツのやる気を奮い起こさせなきゃダメね。
(五省唱和!一つ!)
(し、至誠に悖る勿かりしか!)
よし、食い付いた。
この子が『駆逐艦 満潮』の魂とでも言うべきモノなら食い付くと思ったわ。
(ひと~つ!)
(言行に恥づる勿かりしか!)
『満潮』の瞳に光が戻った気がする。
五省を唱和し始めた事で昔の気持ちが甦ったのかな?
(はい!もう一丁!)
(気力に缺くる勿かりしか!)
よし!
『満潮』の顔が決意に満ちてきてる気がする。五省を唱和し終わる頃には腹が決まりそうだわ。
(もう一つ言ってみよー!)
(努力に憾み勿かりしか!)
そう思ってたのも束の間。
『満潮』の瞳に再びの影が差しはじめるたわ。でも声はしっかりしてる。この子はきっと……。
(はい!ラスト!)
(不精に亘る勿かりしか!)
最後の一文を唱和し終えて、『満潮』は俯いてしまった。
五省を唱和したことで、この子は自分の今の状態に気づいたんだわ。
五省を今風に言うとこうよ。
真心に反する点はなかったか。
言行不一致な点はなかったか。
精神力は十分であったか。
十分に努力したか。
最後まで十分に取り組んだか。
その悉くに自分は反していると、唱和することで改めて思っちゃったんでしょうね。
(まだ、何か言わなくちゃダメ?)
(要らない。私はアンタと一緒に行く)
再び顔を上げた『満潮』の顔は決意に満ちていた。
だから私は。いえ、私達は声を揃えてこう言ったわ。
「「朝潮型駆逐艦。三番艦満潮!抜錨します」」と。
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)