艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第七十五話 大淀のバーカ

 

 

 

 軽巡洋艦 大淀。

 

 艦隊旗艦として特化設計された彼女だが、初代大淀が着任した正化26年以降、彼女が旗艦として艦隊を率いた事は一度もない。

 

 特に二代目大淀は、軽巡洋艦でありながら、そのあまりの強さから「艦隊を組むより一人の方が強い」「彼女と共に艦隊行動が取れるのは同じレベルの規格外だけ」などと言われ、彼女を知る艦娘達からは『一人艦隊』と呼ばれ、常に一人で出撃していた。

 

 常識外れの戦果を数多く上げた彼女だが、その中でも特に常識外れなのが捷一号作戦時の敵南方主力艦隊の撃破である。

 

 彼女は紫印少将(当時)の命令で奇襲を受けた味方艦隊の救援に向かい、唯一無事だった戦艦大和と共に鬼級以上のみで編成された敵連合艦隊を殲滅したと伝えられている。

 しかし、あまりにも常識外れの戦果なため、近年では海軍によるプロパガンダだったのではないか。と言うのが通説となっている。

 

 

 ~艦娘型録~

 大淀型軽巡洋艦一番艦 大淀の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 『久しいな窮奇、我が可愛い妹よ。姿は変わっても太々しさは相変わらずのようだが、会えて嬉しく思うぞ』

 「おお混沌。我が偉大な姉よ。私も再会を嬉しく思うよ」

 

 渾沌からの通信に、窮奇はうやうやしく一礼しながらそう答えました。

 姉妹の再会と言う割に、場に漂う空気は物騒なことこの上ないですね。

 

 『戻ってこい窮奇。そこの艦娘を沈めて戻ってこい』

 「断る」

 『何故だ?母の仇を討ちたいと思わないのか?』

 「貴様のことが気に食わん」

 『ほう……?』

 

 渾沌がどういう表情かはわかりませんが、窮奇の答えがよほど気に障ったのでしょう。彼女の感情に呼応するように、敵随伴艦達が陣形を整え始めました。

 その陣形は四警戒航行序列。所謂、戦闘隊形です。

 足の速い重巡洋艦を中央に、それ以下を前面に配して、次いで護衛空母と戦艦。そして最後尾には、空母二隻に挟まれて渾沌がいます。

 

 「貴様、何故健在なのだ?貴様は東側艦隊の旗艦だっただろう?」

 『……』

 「答えられないか?それとも答えたくないのか?ならば私が言ってやろう。貴様は逃げたのだろう?私を含めた子供達が母の後を追うように沈んでいく中、貴様は不様に逃げたのだろう?」

 『黙れ』

 「それでよく、母の仇云々と……」

 『黙れと言っている!』

 

 私の頬が緩むのがわかります。

 偉そうな物言いの姉を言い負かして気分爽快、と言ったところでしょうか。性格が悪いですね。

 

 「窮奇、あまり時間はないのでしょう?」

 「ええそうね。ならば、そろそろ行きましょうか」

 

 大淀は速度を上げ、窮奇は電探傘を右から左へと薙ぐよう振ってレーダー波照射して眼前にレーダー画面を投影しました。

 敵艦隊との距離は4000程。十分射程内なのに、まだロックオンをするつもりはないようです。

 

 『本当に、戻るつもりはないんだな?』

 「ない。と言っているだろう」

 『そうか。ならば、せめて我の手で沈めてやる。艦娘に身を堕とした哀れな妹よ』

 「相変わらず、出来もしない事を言うな愚かな姉よ。沈むのは私ではなく貴様だ」

 

 ゴングが鳴る。

 そう思えました。私の前を行く大淀もそれを察したのか、さっきよりも重心を落とし始めています。

 

 「『再び水底に還るが言い!』」

 

 窮奇と渾沌がそう言うと同時に、混沌艦隊が砲撃を開始。それに続いて空母が100機近い艦載機を放ちました。

 砲弾も合わせれば150近い攻撃が私たちに迫っています。

 

 「お任せしても?」

 「ええ、構わないわ」

 

 それだけ言って大淀は加速し、窮奇は全砲塔を迫る砲弾と艦載機に向けました。

 まさか撃ち落とす気ですか?

 艦載機のみならず砲弾まで?150近い数ですよ!?

 

 「各砲、各銃座、狙いなさい。外す事は許さない」

 

 窮奇の指示と同時に、レーダー画面上に映し出された数百の目標全てがロックオンされました。

 本当に撃ち落とす気だ。

 窮奇は本気で全てを撃ち落とす気でいる。って言うか、誰に命令してるんです?

 

 「さあ、ミュージックスタート」

 

 私は音楽には疎いので窮奇が何の曲を奏でているのかはわかりませんが、今の窮奇を例えるならドラム奏者でしょうか。

 

 バスドラム(主砲)の重低音でビートを刻み、流れるようにフロアタムからスネア、トム(副砲から機銃)まで連打し、ハイハット、クラッシュシンバル、(風切り音、爆音)そしてライドシンバル(そして着水音)をアクセントにして曲を奏でています。

 

 「ハハハハハ!私を沈めたければその倍は持って来い!」

 

 まあ、たしかに倍の300くらいの数になると危ういですね。実際、砲弾は混じっていませんでしたが、300以上の艦載機に……。

 あれ?300以上の艦載機に何をされたんでしたっけ?

 

 「流石ですね。無駄弾を一切出さず、全て直撃させるとは」

 「あら嬉しい♪貴女に褒めてもらえるなんて光栄過ぎていっちゃいそう♪」

 

 何処に行く気ですか何処に。

 いえ、だいたい想像はついてる。と言うより、今自分の体がどういう状態になってるかがわかりますから。貴女が何をもって「いっちゃいそう」と言ったのかはわかってるんです。

 あんまり下着を汚さないで頂けます?

 

 「見た目的には針鼠みたいでしたが」

 「じゃあ、今度からアレを『針鼠』と呼ぶことにするわ♪」

 

 なんか、大淀と話す時だけキャラが変わってませんか?いや、それよりも私の声で、大淀に対して甘えたような声を出さないでください。気分が悪いです。

 

 「私も負けていられませんね」

 

 もうすぐ1000m程の距離を開けて反航戦かな?と、私が思ったとき、大淀は左に舵を切り敵艦隊の横っ腹目掛けて突撃を開始しました。

 おかげで、所謂T字不利と呼べる状況になってしまいました。

 前を行く大淀はいいでしょうが、私の位置からでは大淀が邪魔になって敵を狙いにくいです。

 

 「窮奇、軽巡と駆逐艦は任せます」

 「ふふふ♪貴女は大物狙いと言う訳ね?」

 「ええ、沈め甲斐がありますので」

 

 敵からの砲撃や爆撃が続く中、大淀は敵艦隊の真ん中辺りを目指しているみたいです。

 一番数が少ない真ん中の敵を沈めて敵艦隊を分断するつもりなのでしょうか。

 敵もその思惑に気付いたのか、攻撃を大淀に集中し始め、突っ込んでくるなら囲ってやろうと思ったのか左旋回を始め逆Uの字になるような針路を取っています。

 

 「計算通りです」

 

 絶対に嘘です。

 貴女は単純に、あそこが一番薄いからあそこから潰そうって考えただけでしょう?

 敵の集中砲火を掻い潜りながら距離を詰め続けているのは素直に凄いと思いますが、貴女が狙っているであろう重巡棲姫に肉薄する前に包囲されてタコ殴りにされますよ。いえ、むしろそうされろ。

 

 「窮奇!」

 「了解よ。マイハニー♪」

 

 人に聞かれたら誤解を招きますので、間違っても彼女をハニーなどと呼ばないで頂きたい。

 と、それは置いといて。

 窮奇は名前を呼ばれただけで大淀が何をしてほしいのか察したらしく、艦載機と砲弾の迎撃を機銃に一任して全ての主砲と副砲の各砲門の射角を調整しました。

 見る限りでは敵を狙っている訳ではないですね。

 

 「全主砲、副砲。彼女の道を作りなさい」

 

 窮奇の命令に従って、主砲と副砲が砲塔を微妙に旋回させながら各砲門ごとに射撃を開始しました。

 なるほど、そういう事ですか。

 放たれた砲弾は大淀をセンターに据えて両脇の海面に順次着弾し、重巡棲姫へと続く水柱の並木道を作り出しています。

 いや、これはもう遮音壁に左右を囲まれた高速道路ですね。しかも防弾仕様。

 敵は水柱のせいで大淀に狙いをつけられず、適当に撃っても水柱に角度を変えられて明後日の方向へ飛んで行ってます。

 その、反時計回りに旋回している敵艦隊の中心目掛けて逆Jの字を描くように出来た道を、大淀が最大船速で駆け抜けています。

 

 「大淀式砲撃術その二。『(はつ)り』」

 

 その一は?

 って言ってる場合じゃないですね。

 水柱の終わり、つまり重巡棲姫の目と鼻の先まで接近した大淀は砲を装備した両腕を胸の前で交差させ、技名と思われるものを言うと同時に腕を左右に開きながら砲撃しました。

 その結果がどうなったかと言いますと、大淀の砲撃はドドドドドドン!って感じの音を響かせて重巡棲姫の胸部辺りの装甲を貫通して撃沈したのですが……。

 

 「へぇ、私のような艤装じゃアレは無理だわ」

 (彼女は何をしたんです?)

 「気付かなかったのか?一点を貫いていただろう」

 (それはわかりましたが……)

 

 それの何に感心しているのでしょう。

 両腕からの砲撃を一点に集中しただけでしょう?腕を振った意味は全くわかりませんけど。

 

 「満潮に習わなかったか?連装砲や三連装砲の場合、砲身の数だけ火力は分散されると」

 (そう言えば……)

 

 習ったような気がします。

 例えば三連装砲を装備し、火力値を90とした場合、総合火力は90ですが砲身一門辺りの火力値は三分の一の30になると。

 要は、90の火力で攻撃してるようで実は30の火力3発で攻撃していると言う事です。

 当然、三門同時に放っても着弾点は微妙にズレ、90分の火力を一点にとはいきません。

 ん?と言う事はですよ?

 大淀は都合6門から放たれた砲弾を、腕を振って着弾点を調整して一点に集中したと言う事ですか?

 あ!だから斫りなんですね!

 斫りとは簡単に言いますと、建築現場などで職人さんが先の尖った機械(削岩機)を地面に突き立ててガガガガガガ!と、音を立てながらコンクリートなどを砕く作業の事です。

 余談ですが、この『斫り作業』を専業としている人を『斫り工』もしくは『斫り屋』と呼びます。

 

 つまり、大淀は削岩機と同じ事を砲撃でやってのけた。と、言う事です。

 その結果は御覧の通り。

 狂いなく、間をほとんど空けずに一点に集中された砲撃は徐々に装甲を削り、6発目で貫通して重巡棲姫本体に達して重巡棲姫を撃破しました。

 

 (貴女は出来ないんですか?)

 「無理だな。似たような事はできるが、この艤装の構造では砲塔の旋回が間に合わず一発一発の間が空きすぎる」

 

 なるほど、間をほとんど空けずに砲撃を撃ち込むのがあの技の肝なのですね。

 腕を左右に振りながら、しかも動いている相手の一点に寸分の狂いも無く着弾させる大淀の砲撃技術は常人離れしています。素直に賞賛しましょう。

 ですが、敵艦隊の分断に成功して包囲されるのを防げたのは良いのですが、今度は左右から挟まれる形になってしまいましたね。

 

 「背中を任せて良いかしら?」

 「任されましょう」

 

 今度は自分が魅せる番。という事でしょうか。

 窮奇は後方への警戒など一切せず、前方の軽巡と駆逐艦たちへ砲塔を向けました。

 窮奇が前を向いているせいで見えませんが、砲撃の音が絶え間なく響いていますので、後ろでは大淀が残りの艦隊とやり合っているはずです。

 

 (どうするのです?)

 「どうする?沈めるに決まっているだろう」

 (いや、それはわかってるんですけど……)

 

 私は沈める手段を聞きたかったんですよ。それなのに目的だけ聞かされてもチンプンカンプンです。

 敵も、取り敢えず窮奇から沈めようと考えたのか徐々に旋回半径を狭めて包囲しようとしています。

 

 「悪手だな」

 

 敵が包囲を完成させ、四方八方から窮奇に向けて魚雷を放ちました。

 合計で何射線あるのでしょう?少なくとも、私の性能で出せる速度では躱しきれないほどの魚雷が迫って来ています。窮奇は悪手と言いましたが、私にはとてもそうとは思えません。

 

 「あの駆逐艦は本当に良いモノを見せてくれた」

 

 あの駆逐艦?

 あの駆逐艦とは誰の事ですか?もしかして叢雲さんかしら。だとしたら、窮奇は叢雲さんがした何かしらを真似するつもりなのでしょう。

 叢雲さんがした事で、窮奇に真似できそうな事と言えば……。

 

 (ま、まさか貴女!)

 「全主砲、放て!」

 

 予想通りでした。

 事もあろうに、窮奇は『脚』を消すと同時に全主砲を真下に向けて発砲したんです。

 ええ、砲撃の反動で吹っ飛びましたよ。真上に!

 周りを旋回している敵からは、窮奇を囲うように立ち上がった水柱で見えないでしょうが、私は今砲弾ばりの速度で飛び上がっています。

 って言うか体が砕ける!乗っ取られた状態でも痛みは感じるんですからこんな無茶はやめてください!

 

 「全主砲、装填急ぎなさい。副砲は照準後、一斉射」

 

 飛び上がった窮奇は腕を振って空中で方向転換し、被雷したとでも思ったのか背を向けて大淀に向かおうとしている駆逐棲姫と駆逐古鬼に狙いを定めて発砲しました。

 発砲したはいいですが、いくら私の火力でも空中では倒しきれないんじゃ……。

 贔屓目に言って、つんのめらせるのが精々でしょう。

 

 『戦艦のクセにとんでもない事をしますね』

 「凄いでしょう?もっと褒めても良いのよ?」

 『褒めてません。呆れてるんです』

 

 大淀が本当に呆れているのが通信越しの声でもわかります。そりゃあ呆れますよね。一撃必殺の威力の主砲を全て使って飛び上がるだなんて普通は考えませんから。

 

 「さて、残りは2隻か」

 (いやいや、副砲で撃った2隻は前のめりに転けただけですよ?仕留めてません)

 「見てなかったのか?その2隻目掛けて、大淀が魚雷を放っていただろう」

 (嘘!?本当に!?いつそんな打ち合わせをしたんですか!?)

 「打ち合わせなど必要ない。私と彼女は通じ合っているのだから」

 

 などと、頬を緩ませながら着水した窮奇は装填が完了した右舷主砲と左舷主砲を、私が向いている方向を12時として、4時と8時の方向にいた軽巡棲姫と駆逐水鬼に向けると同時に放ちました。

 それから少し遅れて、前方2時と11時で体勢を立て直そうとしていた駆逐古鬼と駆逐棲姫に大淀が放ったと思われる魚雷が各2発づつ着弾して撃沈。

 口だけではなかった。

 大淀と窮奇は、重巡棲姫を皮切りにほんの十分足らずで5隻もの鬼級と姫級を沈めてしまいました。

 数も性能も上の者達を相手にたった二人で……。

 これが性能を過信せず、己に出来る事を極めた者が戦った結果ですか。

 

 『敵空母の艦載機は打ち止めみたいですね』

 「そうね。貴女が撃ち落としてくれたおかげで、空母4隻は置物と同じだわ」

 

 しかも空母4隻分の艦載機を全滅させた?軽巡と戦艦の二人だけで?

 ははは……。有り得なさすぎて渇いた笑いしか出て来ませんよ。

 でも、少しだけ羨ましく思えてしまいます。

 もし()()()、私が艦娘だったならと。

 

 「窮奇、表に出ていられるのはあと何分ですか?」

 「いつもならあと数分だけど、今日はいつもよりもずっと長く出ていられそうよ」

 「今日は?何故です?」

 「今この時が、私がもっとも望んだ時間だからよ。貴女と踊れるなら、限界なんていくらでの超えてみせるわ」

 「あまり嬉しくない理由ですが……今は心強いです」

 

 大淀と敵艦隊の中間地点に砲撃して水の壁を作って敵の攻撃を中断させて、無線でなくとも声が届く距離まで大淀に近づくと、冷静な口調とは裏腹に疲労困憊なのが見て取れました。

 いくら彼女でも、空母4隻分の艦載機と窮奇を狙った砲弾を落としながら自分への攻撃も避け続けるのは至難の業だったようです。

 眼鏡にはヒビが入り衣服は所々破れ、そこから見える地肌からは血が滲み、額には大粒の汗がいくつもの浮かんでいます。

 

 

 「貴女も時間が無さそうね」

 「時間と言うよりは弾薬が残り少ないです。そちらは?」

 「似たようなものよ。各主砲で一回づつが限度かしら」

 

 厳しいですね。

 残っている敵は空母と戦艦。しかも、私の火力をもってしても一撃では仕留めきれないほど硬い敵ばかりです。それなのに弾薬は残り僅か。さらに、大淀と窮奇が戦闘を開始して十分も経っていません。

 大淀が出撃したすぐ後に救援の艦隊が出撃したとして

も、到着より弾薬切れの方が早いでしょう。

 

 「戦艦棲姫二隻をお願いしても?」

 「構わないわ。私の劣化品は私が片付ける」

 

 にもかかわらず、二人の戦意は微塵も薄れていない。むしろ昂ぶっているかのように感じます。

 窮奇は兎も角、大淀はどうやって空母を撃破するつもりなのでしょう?

 

 「軽巡大淀、突撃します。今こそ、必中距離へ!」

 

 水柱が落ちきるより前に、大淀は6機の偵察機を発進させながら突撃を開始しました。

 恐らく、私と叢雲さん演習に乱入して来た時に使った『円形劇場(アンフィテアトルム)』を使うつもりなのでしょう。

 

 「ああ……。本当に美しい……」

 

 敵艦隊からの砲撃を回避しつつ接近しながら、大淀の動きに魅了された窮奇が感嘆の声を漏らしました。

 悔しいですが私も窮奇と同意見です。

 砲撃を軽いステップで躱して即加速。そうかと思えば急停止から砲撃で応射。

 人に、いえ艦娘に可能な動作を極めていると言いたくなるほど研ぎ澄まされた彼女の動きは正に芸術。

 

 「11万馬力……!馬蹄!崩拳!」

 

 敵艦隊の一番前にいた護衛棲姫の懐に跳び込んだ大淀は右拳を護衛棲姫の装甲に触れさせると同時に、気合を入れるようにそう言いました。

 するとどうでしょう。

 大淀の拳は護衛棲姫本体には触れてもいないのに、護衛棲姫の装甲は内側から青黒い液体で染め上げられました。

 

 「おい大和、彼女は何をしたんだ?」

 (恐らくですが、打撃の衝撃を装甲の内側に伝えたのでしょう)

 「訳がわからん。それでどうして()()なる」

 

 可能かどうかなど考えずに言うならば、あれは馬蹄崩拳と空手で言うところの裏当ての合わせ技。

 ハッキリ言って有り得ませんが、馬蹄崩拳の衝撃を護衛棲姫の装甲、さらに内側の空気に浸透させて護衛棲姫まで伝えたのです。

 しかも、大淀が言ったセリフを信じるなら11万馬力もの衝撃を。

 そんな衝撃を直に受ければ、いくら深海棲艦と言えど爆ぜてしまいます。

 いえ、それよりも……。

 

 (美しい。極められた武は()と同じ……と、言う事ですか)

 

 大淀は同じ方法で護衛水鬼を屠り、返す刀で空母棲姫にガゼルパンチを撃ち込みました。

 ええ、結果は護衛棲姫と同様です。

 大淀は砲も魚雷も使わず、打撃で三隻もの深海棲艦を沈めてしまいました。

 でも何故でしょう。

 繰り出しているのは打撃ばかりなのに、私にはまるで日本刀が閃いているように見えるんです。

 

 「こちらも行くぞ」

 (行くのは良いですが、どうやって倒す気ですか?)

 「私は彼女のような事が出来ないんだから砲撃で倒すしかないだろう?」

 (それはそうですが……)

 

 ダメですね。

 窮奇も大淀同様、かなりの短絡思考のようです。

 私だってバカじゃありませんから砲撃で倒すのはわかってるんです。問題は、残り少ない砲撃回数でどうやって二隻もの戦艦棲姫改を倒すのかです。

 

 「有効射程では無理……か。ならば!」

 

 窮奇が戦艦棲姫改の一隻に接近を開始しました。

 大淀ほどの派手に動いている訳ではありませんが、戦艦棲姫改二隻と渾沌の砲撃を最低限の舵操作で避けて距離を縮めています。

 

 (なるほど、装甲を……)

 

 伸縮させている。とでも言えば良いのでしょうか。

 窮奇は半径1m以上ある装甲を時には半径50cmまで縮め、そして直撃しそうな時には砲弾の射線に装甲を縮めて入り込み、装甲を広げて砲弾の腹を叩いていなしたのです。

 武道に例えるなら合気道の『入り身』に近いでしょうか。

 

 「ふむ、初めてやったが意外といけるじゃないか」

 (初めてやったんですか!?あんな目にも止まらない速度で飛んでくる砲弾を相手に!?)

 「名前を付けるなら何が良いだろうか」

 

 名前なんてどうでも良いでしょ!?今は戦闘中、しかも戦艦三隻から集中砲火されてる真っ最中ですよ!?

 いや、それでも直撃しないのは凄いと思いますが、今考える事じゃないですよね!?

 

 「さあ沈め。私の模造品ども」

 

 と、言いつつも、窮奇は先頭にいた戦艦棲姫改のすぐ左隣、装甲が掠めそうな距離まで接近したのに、私から見て11時の方向50m先にいるもう一隻の戦艦棲姫改を見ています。

 すぐ傍にいる戦艦棲姫改は無視?

 いや、違いますね。右舷主砲はしっかりと隣の戦艦棲姫改へ狙いを定めています。

 考えたくありませんが、窮奇はまさか……。

 

 「名前を付けるなら『モーニングスター』だな」

 

 同じ名前を冠したモノは多々ありますが、窮奇が言っているモーニングスターとは持ち手とトゲのついた鉄球を鎖で繋いだ鈍器の事でしょう。

 ああ……嫌な予想が当たってしまいました。

 窮奇は右舷主砲をゼロ距離で発砲して傍の戦艦棲姫改を撃沈しました。そこまでは良いんです。

 問題は発砲と同時に脚を消したこと。

 発砲と同時に脚を消せばどうなるか。答えは簡単です。砲撃の反動で吹っ飛ぶんですよ。体が引き裂かれそうな痛みと引き換えに!

 と言うか、モーニングスターと言うよりもビリヤード、もしくはピンボール方が合っているのでは?

 

 (痛っ!いったぁぁぁぁい!)

 「うるさい。気が散るだろう」

 (痛いって言うだけで我慢してあげてるんですから文句言わないでください!本当は転げ回りたいんですよ!?)

 「そうか。ならついでだ。もう一回我慢しろ」

 (はぁ!?)

 

 もう一回!?

 もしかして貴女、11時方向にいる戦艦棲姫改に対しても同じ事をするつもりですか!?

 いや、間違いありません。

 砲弾並みの速度でもう一隻に肉薄した窮奇は、背部主砲を旋回させながら戦艦棲姫改の右隣に着水し、すでに別方向へ視線を向けいます。

 その視線の先に居るのは装甲空母鬼。

 窮奇が何をしようとしている事を察したのか、大淀も肉薄しようとしています。

 

 「左舷主砲。照準!」

 

 11時方向にいた戦艦棲姫改を撃沈した砲撃の反動で飛んだ窮奇は、自らを砲弾にして装甲空母鬼に体当たりしました。

 あの時、私が大淀の装甲を砕いた時のように装甲空母鬼の装甲も砕けるのかな?と、思いましたが、装甲空母鬼の装甲は金属が擦れ合うような音を響かせ、シャボン玉のように虹色の光を浮かべながら歪んだだけで砕ける事はありませんでした。

 でもこれ、装甲空母鬼は私の装甲との接触面に装甲を集中させて堪えていますよね?

 と言う事は、大淀が接近中の背中側の装甲は薄くなってるんじゃ……。

 

 「一発必中!肉薄します!」

 

 正直、装甲空母鬼が可哀想に思えました。

 だって彼女の前面からは窮奇の左舷主砲で、そして背面からは大淀の三連装砲×2プラス魚雷で撃たれたんですもの。いや、それはそれとして……。

 

 (だから!主砲の反動で跳ぶのはやめてって言ってるじゃないですか!)

 「だがそうしないと、爆発に巻きこまれてしまうじゃないか」

 (そうですけど痛いんですよ!貴女は痛みを感じないんですか!?)

 「無論、感じる。感じ過ぎて失神しそう♪」

 

 あ、要は変態なんですね?

 痛みを快感に感じられるド変態なんですね?だから、こんな体がバラバラになりそうな痛みに堪えるどころか連続して行うんですね?

 なんて迷惑な……。

 

 「さて、残ったのは貴様だけだぞ。渾沌」

 『そのようだな』

 

 渾沌と私たちの距離は500m程。

 なのに、窮奇も大淀も、渾沌ですら攻撃を開始する気配がありません。

 いえ、渾沌はむしろ腰が引けている?逃げようとしている?

 でもどうして?

 今の大淀と窮奇は弾薬も切れかけ、体力的にも限界のはず。いくらこの二人でも、ほぼ無傷の渾沌を相手に勝てるとは思えません。

 にも関わらず、渾沌が逃げようとしているのは二人の状態を把握できていないから。

 特に、砲も魚雷も使わずに三隻も沈めた大淀を警戒しているのでしょう。

 

 「また、逃げる気か?」

 『逃がしてくれるのか?』

 

 逃がすわけがない。 

 窮奇も同じ事を思っているのか、主砲の照準を渾沌に合わせています。

 ただ、大淀の様子がおかしいですね。

 砲も構えず、私の方を横目で見ています。殺気すら感じる鋭い瞳で。

 

 「良いの?大淀」

 「はい、構いません」

 

 窮奇の問いに大淀は簡潔に答え、それを聞いた窮奇は砲を下げました。

 まさか、見逃す気?敵の総旗艦を?

 渾沌も見逃してもらえると思ったのか、ゆっくりと後退し始めています。

 

 「そう……。わかった」

 「なんで……!ってあれ?窮奇!?」

 

 急に体の主導権を返されたせいで若干フラついてしまいました。

 でも、どうして急に?

 さっきの問いは、見逃して良いかのかと大淀に確認したのですか?それに良いと大淀が答えたから引っ込んだんですか?

 いや、それよりも、体の主導権が戻ったのなら私が……。

 

 「やめてください大和さん。追撃は必要ありません」

 「なぜ止めるんです!奴は敵の総旗艦なのでしょう!?」

 「その通りです。奴を仕留めたいのは山々ですが、私にも貴女にもそんな余裕はないでしょう?」

 「た、たしかにそうですけど……!」

 

 大淀が言うとおり弾薬はほぼゼロ、燃料もワダツミまで帰投できるか疑問になるくらい残量がギリギリです。

 でも、だからと言っておめおめと逃がすのですか?渾沌との距離は、今この時もどんどん離れているのですよ?

 貴女なら、残りの燃料でどうにか倒せるのでは?

 

 「うっ……」

 「大淀!?ちょっ……どうしたの!?」

 「何でもありません。少し無理をし過ぎただけです」

 

 声は平静を保っていますが、大淀は海面にへたり込み、右手は動かないのかダランと垂れ下がり、左手で左腿を押さえて額に脂汗を浮かべています。

 たぶん、右手は格闘戦の、左腿はあの滑空するような移動法の後遺症のようなものなのでしょう。表情と違って、体は平静を装う余裕がないようです。

 渾沌も見えなくなってしまいましたし、追撃は諦めるしかありませんか……。

 じゃあ、後は。

 

 「手を……」

 

 満身創痍の大淀に手を貸して帰投しようと思いました。実際、私は腰を若干屈めて右手を差し出そうとしています。

 でも、私はこう考えてしまったんです。

 これはチャンスなんじゃない?と。

 

 「なんの……つもりですか?」

 「なんの?決まっているでしょう」

 

 私は右舷主砲の照準を大淀に合わせました。

 三門全てを発射するほどの弾薬はありませんが、一門だけならなんとかなります。

 

 「私が貴女を恨んでいること、忘れたわけではないでしょう?」

 「……」

 

 大淀は無言で私を見上げるだけ。

 少しでも動けば撃たれると思っているのか身じろぎ一つしません。

 せめてみっともなく命乞いでもすれば、この場は見逃してやろうという気になるかもしれないのに、何故彼女はそうしないのでしょうか。

 

 「撃ちたいのなら撃ちなさい」

 「は?今何と?」

 「撃ちたければ撃て。と言ったんです。御覧の通り私は抵抗できませんし、装甲も無いに等しいです」

 「潔く見せれば、私が撃つのを思いとどまるとでも?」

 

 大淀は首を横に振ることで否定しました。

 声を出すのも億劫なほど消耗しているんでしょうね。実際、脚が左に傾いてきていますし。

 でも同情はしない。私は撃ちます。

 ここで撃たなければ、彼女に負けたような気分になってしまいますから。

 だから、撃ちます!

 

 「何故、外したんですか?」

 「外した?何を言ってるんですか貴女は」

 「でも、砲弾は明後日の方向に飛んでいきましたよ?」

 「ええ、確かに明後日の方向に飛んでいきました。当然でしょう?そっちを狙ったんですから」

 

 ドン!という砲声を響かせて放った砲弾は、大淀の頭上はるか上を通過して北の方へ飛んで行きました。

 言っておきますが、本当に狙って撃ったんです。

 けっして大淀に情けをかけた訳ではありません。

 

 「ほら、脚を広げましたから乗ってください。浮いているのも辛いのでしょう?」

 「はい……。ですが、良いのですか?こんなチャンスは二度と来ないかもしれませんよ?」

 「良いんです」

 

 私の脚に上がって再びへたり込んだ貴女は手負い。

 ちょっと殴っただけで死んでしまいそうなんですもの。それじゃあ意味がありません。だって……。

 

 「万全の状態の貴女を痛めつけなければ、私の恨みは晴れそうにありませんから」

 「意外……ですね」

 

 はぁ?何が意外なんですか?

 キョトンとした顔で私を見上げていますが、私は常識人です。死にかけてる人を痛めつけるような嗜好は持ち合わせていません。

 

 「乗り心地が悪いです。もっと丁寧な操船は出来ないのですか?」

 「乗せて貰ってる分際で我が儘言わないでください。それに、私の体だって窮奇が無茶な使い方をしてくれたせいでガタガタなんです」

 

 いやホント、できる事ならば今すぐ布団に潜り込んで爆睡したい。

 お風呂?

 確かに汗と海水で濡れて気持ち悪いですが、今はそんな些細な事は放って置いて寝たいです。

 

 「あ!何寝ようとしてるんですか!起きて私の話し相手をしてください!」

 「だって眠い……んです。ワダツミに着いたら……起こ……し……」

 「ちょっ!ちょっと大淀!……本当に寝ちゃった」

 

 大淀は背中に背負った艤装に体重を預けて本当に寝てしまいました。

 まったく、安心しきったように寝ちゃって……。

 私が貴女の命を狙っているのを忘れちゃったんですか?私がその気なら、脚の上から落とすことだって出来るのに。

 そうだ!

 ただ運んでやるのも癪ですから一言文句を言っておきましょう。今の私の気持ちを表した一言を、疲れ果てて眠ってしまった貴女に。

 

 「大淀のバーカ」と。

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  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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