艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第七十六話 それでこそ朝潮です

 

 

 自慢どころか自虐でしかありませんが、私は友人が少ないです。

 養成所からの付き合いである叢雲さん。私にとって姉のような存在であり、艦娘のいろはを叩き込んでくれた円満さんと澪さんと恵さん。

 桜子さんは……あれは娘ですね。

 今だにどちらが母親かわからない関係ですが戸籍上は娘です。だから友人とは呼べません。

 霞と満潮ちゃんも親しいですが、友人かと聞かれると少し悩んでしまいます。

 あの子たちの場合は友人と言うより妹ですから。

 あと、私が友人と呼べそうなのは……。

 

 「またこんな無茶な体の使い方して!脚技の使用は控えろっていつも言ってるでしょ!」

 「だって……」

 「だってじゃない!ほら!ここも筋断裂起こしてるじゃない!あ!右腕は肉離れ!衝角戦術まで使ったの!?まったく、こんな体でよくワダツミまで戻って来れたわね」

 

 大和さんに曳航されてワダツミに戻ってから、お説教混じりに医務室で私の怪我を治療してくれている明石さんです。

 彼女は私が二代目大淀になったのとほぼ同時期に着任した大本営付きの艦娘で、秋月型の子達同様、名目上は私の指揮下の艦娘と言う事になっています。

 まあ立場が上なだけで、私が彼女に何か命令することはないんですが。

 

 「少しは体を労りなさいよ。敵に負わされた怪我より技の反動での怪我の方が多いくらいじゃない。いくら高速修復材で後遺症も残さず治ると言っても痛いでしょう?」

 「痛みなど些細なぁぁぁあ!?痛い!痛いから握らないでください!」

 「ほら見なさい!泣くほど痛いならどうして忠告を聞かないの!」

 「いやほら、私には閣下からの命令が……」

 

 私の体を心配して怒ってくれる明石さんにするいつもの言い訳。それを聞いた明石さんが盛大に溜息を吐くまでがお約束です。

 主人を言い訳にするのに抵抗はありますが、事実だから仕方ないのです。

 だって、私が無茶をするのは彼のためなんですもの。

 

 「相変わらずの忠犬っぷりね。プライベートでもそんななの?」

 「はい。私はあの人の命令なら何でもします」

 

 あの人は私の全て。

 いえ、私が全てを賭けて尽くそうと誓った唯一の人。

 だから、あの人の命令なら本当に何でも実行しますし完遂します。

 直近では、今回の作戦に参加したいとあの人にお願いしたときに命じられた「渾沌を逃がせ」と言う命令ですね。

 窮奇が思ってたよりも察しが良くて助かりました。

 もし、是が非でも渾沌を沈めると言い出されたら、限界を超えてる体で窮奇を相手に戦わなければならなかったのですから。

 

 「そういえば、前にバニーガールのコスプレしてたわよね?あれも閣下の命令?」

 「もちろんです」

 「執務室でいちゃこらしてるのも?」

 「アレは命令ではなく夫婦の営みです」

 「裸エプロンしてと言われたら?」 

 「しました」

 「したことあるのかよ……」

 

 と言って、明石さんは再び盛大に溜息を吐いて呆れてしまいました。

 でも、どこに呆れたのでしょう?

 コスプレも執務室でのスキンシップも夫婦なら日常的に行っていることなのでは?

 あ、ちなみに執務室で裸エプロンになったことはありません。

 主人は仕事とプライベートでメリハリをつける人なので、そういう事を言う時は必ず家でです。

 まあ家と言いましても、大本営の敷地内に立てられた元帥公室なんですが。

 

 「はい、治療はこれで終わり。後は病室でのんびり寝てなさい」

 「歩けないのでベッドまで運んでください」

 「這っていけ」

 

 フッ……。

 わかっているのですよ?明石さんは何だかんだ言って私に甘い。

 こうやって縋るような瞳で見上げながら両手(右手は動きませんが)を差し出すように上げていれば「もー!忙しいのに!」と言いつつも運んでくれるのです。

 

 「そう、じゃあ長門さんにでも……」

 「OK、わかりました。歩きますので松葉杖貸してください」

 

 なんと卑怯な。

 私が今だに ながもんを苦手にしているのを知ってて何故そんな事が平気で言えるのですか?今襲い掛かられたら成すがままですよ、抵抗なんてできません。

 それなのに、運ぶのが面倒臭いからって ながもんを呼ぼうとするなんて、ハッキリ言って友人に数えて良いのか疑ってしまうレベルです。

 

 「あ、そうそう。メガネを置いて行きなさいね」

 「何故ですか?」

 「何故って……。ヒビだらけでまともに見えないでしょ?直しといてあげるから置いて行けって言ってるの」

 「で、でも私、これが無いと……」

 

 どういう訳か落ち着かないんです。

 明石さんの言う通り確かにまともに見えていませんが、大淀になって以降、寝てる時以外はメガネをかけていないと落ち着かなくなってしまったんです。あ、もちろん度は入っていません。

 伊達メガネですし、視界の端にメガネのフレームが映りこんで目障りですが、それでもメガネをかけずにはいられないんです。

 

 「貴女って視力は無駄に良いでしょ?」

 「そうですけど……。なんて言うか、恥ずかしくて」

 「いや、訳わかんない。だったら代わりにコレかけとく?」

 

 そう言って、明石さんが取り出したのは鼻と口髭がついた黒縁の丸メガネ。所謂、パーティーグッズでよくある鼻メガネってヤツです。

 と言うか、なんでそんな物が医務室に?

 

 「で、どうする?」

 「つけません」

 

 いくらメガネをかけたいと言ってもソレはないです。

 そんな物をかけて歩き回ったら、ただでさえバカだと思われてるっぽいのに余計バカだと思われちゃいますよ。

 

 「え~っと、このベッドを使っていいのでしょうか」

 

 鼻メガネを断るやいなや「ならサッサと病室に行け」と言う明石さんに医務室から追い出されて松葉杖を突きながら病室まで来たのですが、入り口から見て左右に5台づつ、都合10台あるベッドは右列一番奥のカーテンで仕切られているベッドを除いて空いていました。

 ここまで空きばかりだと、どれを使えばいいか逆に迷ってしまいますね。でも……。

 

 「奥から詰めて使った方が良いです……よね?」

 

 右列奥から二番目に辿り着いた私は、隣で寝ているであろう誰かを起こさないよう、ゆっくりと腰をかけました。

 布団の盛り上がり方を見る限り、隣で寝ているのは駆逐艦でしょうか。

 

 「ひっく……。ひっく……」

 

 しゃっくり?

 じゃ、ないですね。隣の駆逐艦と思われる子は声を押し殺して泣いているようです。

 怪我が痛んで泣いているのでしょうか。それとも、寂しくて泣いてるのでしょうか。

 う~ん、わかりません。声をかけた方がいいのかしら。

 

 「あ、あの、傷が痛むのですか?誰か呼びます?」

 「い、いえ!なんでもありません!お構いなく!」

 

 声をかけられて初めて私の存在に気付いたらしく、駆逐艦はガバッと起き上がってカーテン越しにそう言いました。

 動きを見る限り傷が痛むから泣いてるわけじゃないですね。と、言う事は寂しくて泣いていたのでしょう。

 ならばここは、年長者らしく慰めるくらいはしてあげないと。

 

 「私で良ければ話を聞きましょうか?」

 「い、いえ!見ず知らずの方にそんなご迷惑をかけるような事は……」

 「そんな事気にしないでいいんですよ?ほら、私も話し相手が欲しいと思っていましたし」

 

 駆逐艦の割に礼儀正しい子ですね。

 いえ、駆逐艦が無作法と言ってるわけではないんですが、この子の場合は下手な大人よりも……。

 いや、待ってください。

 もしかして艦娘歴が長い子なのかしら。実際、神風だった頃の桜子さんは見た目10代前半で実年齢は二十歳を超えていましたし(精神年齢は10サイ以下でしたが)、霞もJC1みたいな見た目なのに私と同い年です。

 だとしたら、下手したら私よりも年上の可能性がありますね。

 

 「ほ、本当によろしいので……」

 「あら?貴女はもしかして」

 

 カーテンを開いて顔を覗かせた少女は黒のロングヘアに蒼い瞳。顔立ちは若干異なりますしパジャマ姿ですが、まるで朝潮だった頃の私みたいな子でした。

 

 「あの!失礼を承知でお尋ねしますが、軽巡洋艦の大淀さん……ですよね?」

 「ええ、大淀です。そう言う貴女は朝潮……ですよね?」

 「は、はい!駆逐艦朝潮です!」

 

 朝潮はベッドから降りて敬礼し、元気よく自己紹介してくれました。

 たしか、大和さんを庇って負傷していたはずですが、この様子だと高速修復材のおかげでほぼ完治しているようですね。それなのに病室に居ると言う事は、念のために寝ておけとでも言われたのでしょう。

 

 「敬礼は結構ですよ。それより座ってください。そんなに鯱張っていては傷に障ります」

 「はい!で、では、失礼します」

 

 う~ん……堅い。

 私の対面、寝ていたベッドに座った朝潮はなぜか正座。しかも、膝を握り締めて両腕をピーンと張っています。

 何をそんなに緊張しているのでしょう?

 

 「あの、足を崩してもいいんですよ?」

 「いえいえ!貴女は軽巡洋艦、しかも!私の先輩に当たる人の前でそんな無作法な事はできません!」

 

 真面目だなぁ……。

 まるで昔の自分を見ているようです。いや?私より真面目でしょうか。

 私まで正座しなければならないような気になって来ます。

 

 「さっき、泣いていましたよね?」

 「はい……。その……。あ、先輩とお呼びしてもよろしいですか?」

 「ええ、構いませんよ」

 

 こそばゆい……。

 まさか自分が先輩と呼ばれる日が来ようとは夢にも思っていませんでした。

 ですが可愛い!

 小首を傾げながら「よろしいですか?」と尋ねるこの子は控え目に言って天使です!今すぐ娘にしたい!

 

 「ありがとうございます!」

 「それで?どうして泣いていたんですか?」

 「それは……。私があの場に居たのは先輩もご存知ですよね?」

 「はい。知ってます」

 「実は……。申し訳ありませんでした!」

 「いや、え!?どうしたんですか急に!?」

 

 朝潮はベッドの上で土下座しました。

 ええ、見事な土下座です。

 例えるなら、もし世の中に土下座検定でもあれば間違いなく1級が取れるほど見事な土下座です。

 でも、何故土下座?

 あの場に居たことが、どうして私に土下座する事に繋がるのですか?

 

 「私は、任務を放棄してあの場に向かいました」

 「は、はぁ……。と、とにかく頭を上げてください。私に土下座なんてする必要は……」

 「あります!私は先輩の顔に泥を塗りました!」

 

 はて?任務を放棄することがどうして私の顔に泥を塗ることになるのですか?

 たしかに、任務を放棄することは艦娘にとって許されることではありませんが私に謝るのは筋違いです。

 それは旗艦、もしくは円満さんに謝ることです。

 

 「私のしたことで、『朝潮』は任務を放棄する駆逐艦というレッテルを貼られるでしょう。それはつまり、先代の朝潮である貴女の顔に泥を塗るのと同じです!」

 「あ~……、なるほど。そういうことですか」

 

 気にしすぎ。

 と言うのが率直な感想です。

 確かにそう思われるかもしれませんが、私からしたらどうでもいいことです。

 今の朝潮であるこの子が何をしようと、私や初代がやってきたことの評価が変わることはないと思いますし、変わったとしても気にしません。

 だって他人にどう思われようと、愛するあの人が評価してくれればそれで良いんですから。

 

 「と、言っても納得はしないんでしょうね」

 「え?」

 「いえ、なんでもありません。それで?その件で誰かに何か言われたのですか?」

 

 私の言葉に、朝潮は土下座の姿勢のまま一瞬だけ背中をビクッと震わせました。

 これは言われてますね。

 恐らく、任務を放棄したことを叱られるなりしたのでしょう。

 

 「司令官と満潮さん、それに大潮さんと荒潮さんに、旗艦だった白雪さんに叱られました……」

 「そう……ですか」

 

 やはり叱られていましたか。

 それが悲しくて、申し訳なくて、一人で泣いていたのですね。

 なら私は……。

 

 「よくやりました」

 「え?い、今何と?」

 「よくやった。と、言ったんです」

 

 よほど意外だったのか、朝潮は思わず顔を上げて私を仰視しました。

 一応言っておきますが、私は本心から言っています。けっして、落ち込んでるこの子を見るに見かねてお為ごかしを言ってるわけではありません。

 

 「こっちへ来なさい。朝潮」

 「で、でも私……」

 「そうですか。ならば私がそちらへ行きます」

 「ふぇ!?で、でも先輩はお怪我をしてるじゃないですか!」

 

 私は構わず朝潮の右隣に移動しました。

 多少……いえ、かなり傷が痛みましたが、この子を立ち直らせられるなら安いものです。

 

 「いいですか?貴女がその身を挺して大和さんを守ったおかげで、私たちは敵艦隊を撃破することができたのです。もし大和さんが小破、もしくは中破していたら、敵艦隊の撃破どころか私たちは死んでいたかもしれません」

 「で、でも私は任務を……」

 「ええ、わかっています。それ自体は褒められたことではありません。ですが、貴女がしたことは結果的に敵艦隊の撃破に一役買いました。貴女がした事はけっして無駄ではないんです」

 「ですが司令官は……」

 「円満さんは立場上、貴女がした事を褒めるわけにはいきません。だから心を鬼にして、任務を放棄した貴女を叱ったんです。でも本当は、褒めてあげたかったと思いますよ?」

 

 わかりませんけどね。

 円満さんなら私の出撃後、そう時を置かずに艦隊を出撃させていたはずですから、私と窮奇が戦わなくても渾沌艦隊は撃破出来ていたと思います。

 でも、私はそうさせる訳にはいかなかった。

 私が主人から命じられた「渾沌を逃がせ」という命令を遂行するには、円満さんが派遣した艦隊が到着するよりも早く、渾沌以外の深海棲艦を沈める必要があったんですから。

 だから、この子がした事は私にとっては好都合でしたが円満さんからしたら余計な事。

 渾沌を逃がすか沈めるかの結果が、この子の行動で決してしまったんです。

 私の、もっと言えば主人にとって都合が良い方向へと。

 ですから、貴女を慰めるのはお礼です。

 主人の目的を達成する手助けをしてくれた貴女への、私なりのお礼なんです。

 

 「先輩は……私を叱らないのですか?」

 「貴女は散々叱られ、しかも反省しているのでしょう?」

 「はい……」

 「なら、私が叱る必要はありません。叱られ、反省している子に追い打ちなどしたくありませんから」

 

 と、言っても納得していないようですね。

 朝潮は俯いて、膝の上で両手を堅く握っています。ここは先輩である私も同じだと思わせた方が良いかもしれません。

 

 「ここだけの話ですが、私も命令違反をしているんです」

 「先輩が……ですか?」

 「はい。私が円満さんから命じられたのは第一部隊の撤退支援です。それなのに、私は命令を無視して敵艦隊を撃破しちゃいました」

 

 と、少し戯けて言うと、朝潮は目をまん丸に見開いて唖然としてしまいました。

 私が命令違反したのがそんなに意外なのかしら。

 

 「私も、私の先代もそうでしたが、『朝潮』になる者は約束を大切にします。約束のためなら命も惜しみません。貴女も、大和さんと何かを約束していたから、任務を放棄してまであの場に向かったのでは?」

 「はい……」

 「ならば、今回のことは反省はしても後悔する必要はありません。貴女は朝潮らしく行動しただけなのですから……って、どうして泣くのですか?」

 

 チラリと朝潮を見ると、彼女は瞳から大粒の涙を流していました。

 何か傷つけるような事を言ったかしら……。

 いえ、違いますね。

 彼女は小さな声で「ありがとうございます」と繰り返しています。

 きっとこの子は……。

 

 「人から褒められた事がないんですね……」

 

 朝潮は涙を拭いながらコクリと頷きました。

 この歳の子が褒められた事がないなんて、いったいどういう境遇で育ったのでしょうか。

 見た目相応なら11~2歳ですよね?

 ご両親はこの子を褒めてあげたことがないのかしら。

 

 「おいで」

 

 左手を彼女の頭に添えると、今度は素直に私の胸に頭を預けてくれました。

 褒めてあげたくなった。

 褒められた事がないと言うこの子の頭を撫でながら、私は無性に褒めてあげたくなったんです。

 励ましてあげたくなったんです。

 そしてそれは、同じ朝潮だった私にしか出来ません。

 同じ朝潮だった私しか、この子の気持ちをわかってあげられない。そう、思ったんです。

 

 「約束を守りたかったんですよね……」

 

 ()()()朝潮は約束を大切にします。

 どんな些細な、それこそ雑談の果てにした口約束ですら、守らなければならないという衝動に駆られるんです。

 それは『朝潮』の本能とでも言うべきモノ。

 私達『朝潮』は、その本能に逆らうことが出来ないのです。

 恐らく、この子もそうだったのでしょう。

 大和さんとどんな約束をしたかまではわかりませんが、この子にとっては任務を放り出してでも守らなければならない約束だったはずです。

 だから、私はこう言います。

 元朝潮として、この子が安堵し、誇りを持てるようにと願いを込めて。

 

 「それでこそ朝潮です」と。

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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