艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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歳を重ねて初めて、焼き肉屋の一人前の量の意味を痛感しました。
少ないと思ってた頃が懐かしい……。


第八話 青葉ワレェェェェェ!

 

 

 鎮守府大食堂。

 各鎮守府によって規模と場所は異なりますが、ここ横須賀鎮守府の大食堂は上空から見ると『(こんな)』形をしている庁舎の南側一階の中央付近に設けられ、200人は同時に食事が出来るほどの広さがあります。

 メニューは定食のみですがその数は多岐にわたり、一汁三菜を基本として日替わり定食が3種。他にも定番料理を主菜とした各種定食。例えばアジフライ定食や、変わり種ではお好み焼き定食などもあります。

 ただし、海軍の伝統らしく、金曜日は三食カレーライスのみとなります。朝からカレーは正直キツい……。

 

 「ですので、今日のメニューは横須賀鎮守府名物『横須賀海軍カレー』になります」

 「なるほどカレーですか。ならば特盛りでお願いします。え?特盛りはない?」

 「青葉は重巡盛りでお願いします!」

 

 大和さんと、ついでに青葉さんを連れて食堂に来たは良いのですが、なんだか妙に視線を感じますね。大和さんを珍しがってるようにも思えますが、私も注目されているような……。と、いうよりは、私と大和さんを交互に見ているような気がします。

 

 「どうしましょう朝潮ちゃん!特盛りが無いそうです!」

 「それでしたら重巡……」

 「空母盛りか戦艦盛りのどちらかがよろしいと思います!青葉的には空母盛りを見て青ざめる…もとい!目を輝かせる大和さんを写真に収めたいです!」

 

 私の言葉を遮って、青葉さんが胃袋を破壊するためにあるような空母盛りを大和さんに勧めました。

 周りの方々もそれを聞いてざわめき始めましたね。

 あ、説明不足でした。申し訳ありません。

 横須賀海軍カレーには盛り方が数種類ありまして、普通盛りが一般的な量。大盛りがその1.5倍。

 それとは別に、甘口で量が7割の駆逐盛り。甘口で量が普通の軽巡盛り。辛さは普通ですが、量が通常の2倍で特盛りに相当する重巡盛り。辛さも量も通常の3倍で色も真っ赤な戦艦盛り。別名「赤い彗星盛り」の6種類までが割と出る盛り方なのですが……。

 それらとは別、いえ別格とさえ言われているのが、量も辛さも通常の10倍で総重量2kg越え。見ただけで意識が遠のくと言われる空母盛り。別名「赤城盛り」が存在します。

 なぜ赤城盛りと呼ばれているか。それは実質、正規空母の赤城さん専用だからです。

 と言うか、あの人以外頼まないそうです。

 

 「では、それでお願いします!」

 「あ、あの…それはやめた方が……」

 「さすがは大和型の一番艦!そうでなくては面白くありません!青葉的に!」

 

 空母盛りに興味津々の大和さんを傍目に、青葉さんが悪魔みたいな顔して「ニヒヒッ♪」と嗤っています。

 相変わらず質が悪いですね。

 歴代の『青葉』もそうだったのかは知りませんが、青葉さんは人が慌てふためいたり困ったりしている場面を好んで写真に撮り、『週刊 青葉見ちゃいました!』というタイトルの壁新聞の一面に載せるという趣味。いいえ、悪趣味があるんです。

 その被害に遭った人が「青葉ワレェ!」と叫びながら青葉さんを追いかけ回す様は横須賀の名物の一つとなっています。

 

 「では、私も空母盛りをお願いします」

 「おおっとぉ!ここでまさかの赤城さん登場!もしかして勝負ですか!?フードファイト始めちゃうんですか!?」

 

 大和さんが見てわかるほどワクワクしながら空母盛りを待っていると、横須賀一の大食い兼海軍が誇る一航戦。その一人である赤城さんが、まるで挑戦者でも見るような視線を大和さんに飛ばしながら空母盛りを注文しました。

 

 「大和さん…でよろしいんですよね?」

 「はい。大和です。そういう貴女は……」

 「申し遅れました。私は赤城と申します。以後お見知りおきを」

 

 ああ、言い忘れていました。

 この食堂には、理不尽とも言うべき暗黙の了解があるんです。

 それは、空母盛りを注文するイコール赤城さんへの挑戦状という、事情を知らない人からしたら迷惑極まりないルールです。

 きっと青葉さんは、赤城さんが食堂に入って来たのを確認した上で大和さんに空母盛りを勧めたんでしょう。大和さんの胃袋のためにも止めた方が良いですね。

 

 「や、大和さん…今からでも注文の取り消しを……」

 「それは出来ません」

 「ど、どうしてですか?」

 「周りの様子から察するに、空母盛りを注文するのは彼女への挑戦状と同義なのではないですか?」

 「それは…そうなんですけど……」

 

 つまり、大和さんは赤城盛りが化け物じみた量だと知らないにも関わらず、『赤いブラックホール』という異名を持つ赤城さんに挑戦すると言う事ですね?

 その結果、胃が破裂する事になるかも知れないのに……。

 

 「安心してください。私、これでも大食いには自信があるんです♪」

 「わかりました。そこまで仰るならもう止めません。勝ってください!大和さん!」

 「お任せ下さい!見事勝って御覧に入れます!」

 

 大和さんがそう宣言した事で死合いが成立。

 それまで後ろでざわざわしてただけのギャラリーの皆さんが、誰に言われたわけでもないのに長テーブルと二人分の椅子を準備し始めました。

 賭けまで始まってますね。詳しくはわかりませんが、赤城さんの方に賭けてる人が多いように見えます。

 

 『レディィィィス! アァァァンド! ジェントルメェェン!いよいよ始まります一世一代の大勝負!数々の大食い自慢達を鎧袖一触とばかりに薙ぎ倒してきたチャンピオンに挑戦者が現れたぁぁぁ!』

 

 青葉さんが何処からか取り出したマイクで実況を始めると、律儀に「おおおおお!」と応えるギャラリーの皆さん。娯楽に餓えてるのは理解しますが、少々悪ノリが過ぎるのではないですか?

 

 『それでは本日の食闘士(フードファイター)を紹介しましょう!まずはこの人!月の食費は100万超え!一日5食でまだ足りぬ!一航戦の誇りは何処へやら、イ級を見て「美味しそう♪」と言った時は加賀すら引いたぁ!自他共に認める大食い女王!赤ぁぁぁぁ城ぃぃぃぃぃぃ!』

 「美味しそうだと言ったのはロ級です」

 『その女王に果敢に挑むのは大戦艦!いやさ超戦艦!海軍が望みに望んだ大和型!その一番艦!戦艦!大ぁぁぁ和ぉぉぉぉ!』

 「そこまで持ち上げられると、なんだか晴れがましいですね」

 

 用意された長テーブルに、紹介された順に赤城さんと大和さんが腰を下ろしました。赤城さんは余裕の笑みを浮かべ、大和さんは純粋にカレーを楽しみにしてニコニコしています。

 

 『解説は私、重巡洋艦 青葉。解説は、一航戦の急に歌いだす方こと加賀さんでお送りしていきます』

 『加賀です。よろしくお願いします』

 『早速ですが、加賀さんから見てお二人はどうですか?』

 『二人の体格を見る限りでは大和さんが有利でしょう。恐らくですが、男性並に胃袋も大きいのではないでしょうか』

 『なるほど、確かに大和さんは下手な成人男性よりデカいですね』

 

 その言い方は失礼なんじゃ……。ほら、大和さんも「デッカくありません!」って抗議してるじゃないですか。まあ、私も大きいとは思いますけど……。

 

 『ですが、胃袋が大きいだけでは赤城さんに勝つことは出来ません』

 『それは医学的な根拠に基ずく考察ですか?』

 『そんな小難しい理屈など考えていません。誰がとまでは言いませんが』

 『では何故?』

 『赤城さんだからです。赤城さんが負けるなど、一航戦が五航戦に負けるくらいあり得ません』

 

 あ、この解説者さんダメです。同じ一航戦の赤城さんを完全に依怙贔屓してますもの。

 その流れ弾に当たった五航戦の瑞鶴さんが「表に出ろや一航戦!」と叫んでいます。

 

 『おっと、ようやくカレーが運ばれて来たようです。いやぁ、何度見ても凄い量ですねぇ。青葉、見てるだけでお腹いっぱいです』

 

 これが空母盛り……。

 私が実際に見るのは今日が初めてなんですが、本当にとんでもない量です。だって山ですもの。直径60cm程の大皿に、文字通り山盛りにされたご飯に見てるだけで口の中が辛くなってくるくらい真っ赤なカレールーをこれでもかとかけ、更にカツレツが6枚も載っています。 

 あんな量を食べれるわけがない。だって明らかに、人間が持てる胃袋の許容量を超えているんですもの。

 

 「おや?どうしました大和さん。お顔から余裕が無くなりましたよ?」

 「いえそのぉ…思ってたより……」

 

 多かった。と言うつもりでしょうか。

 赤城さんの言う通り、さっきまでニコニコしていた大和さんが急に真顔に近くなりました。

 ですが、私は妙な違和感を感じています。

 大和さんのあの表情。ぱっと見は馬鹿げた量のカレーを見て驚愕、絶望して真顔になったように見えますが、私にはそうじゃないように思えるんです。

 例えるなら、今日私と会った直後のような表情です。

 もしかして、大和さんはガッカリしているんじゃ……。

 

 「量が少なくて……」

 「なっ!?」

 『なぁんとぉ!絶望したかと思われた挑戦者が口にしたセリフはまさかの「少ない」!これをどう思われますか?解説の加賀さん!』

 『虚勢でしょう。あの空母盛りは、赤城さんですらギリギリ食べきれるかどうかと言う程の量なんです。大食いの素人に食べきれる量ではありません』

 

 加賀さんが凄く早口で言ってます。

 大和さんの一言で動揺したのは赤城さんだけでなく、加賀さんも同じだったようです。

 

 『では参りましょう!ルールは簡単!先に完食した方の勝ちです!お二人とも、準備はよろしいですか?』

 「いつでも構いません」

 「早く食べさせてください」

 

 赤城さん、大和さんが順に準備が出来ている旨を青葉さんに伝え、青葉さんはそれを受けて二人の前に立ち、左手でマイクを持ったまま右手を高々と挙げました。

 

 『それでは第33回!横須賀大食い女王決定戦!始めぇぇぇ!』

 

 青葉さんが号令と同時に右手を振り下ろし、待っていましたとばかりに大和さんと赤城さんがスプーンを手に取ってカレーを食べ始めました。

 過去32回もこんな馬鹿げた事が行われていた事にツッコむべきか、それとも聞いてない事にして流すべきか……。聞いてないことにしよ……。

 

 「慢心してはダメ。最初から全力で行きます!」

 『おお!?女王赤城が左手にフォークを!?加賀さん、赤城さんはいったい何をするつもりなのでしょうか』

 『あれは二丁食いと呼ばれる技、その変形です。両手に持った箸で、片方を冷ましている内にもう片方を食す。それを交互に繰り返すのが本来の二丁食いなのですが、赤城さんのあれは少し違います』

 『スプーンとフォークだからですか?』

 『貴女は五航戦の挑発に乗る方よりバカですね。赤城さんを見れば一目瞭然じゃないですか』

 『あ!そういう事ですか!』

 

 加賀さんは五航戦のお二人が嫌いなのでしょうか。

 まあ、それは兎も角。

 赤城さんが何をしていたかと言いますと…別に難しい事じゃありません。

 右手に持ったスプーンでカレーを、左手に持ったフォークでカツレツをと交互に食べていたんです。

 

 『なるほど、だから「変形」と加賀さんは仰ったんですね。本来ならスプーンで切るなり一口食べて皿に戻すなりするカツレツを、左手のフォークで常に保持する事によってその手間を省いたと、言う事でよろしいでしょうか?』

 『その通りです。先程の五航戦の挑発に乗る方よりバカと言うのは撤回しましょう。五航戦の腹黒い方並みに頭は回るようですね』

 『それは褒められてるんでしょうか……?』

 『……』

 

 絶対に褒めてないと思います。だって加賀さんは、これでもかと首を捻って明後日の方を向いてますもの。

 五航戦の腹黒い方こと翔鶴さんの「誰が腹黒ですか!」という抗議は無視ですね。相手にしてたら話が進みませんし。

 

 『しかし妙ですね。食べ進める姿を見る限りでは赤城さんの方がペースが速いように見えるのですが……』

 

 確かに妙です。

 開始から数分、バクバクと顔を左右に振りながら食べる赤城さんのお皿のカレーは残り三分の二まで減っています。

 それに対して、大和さんの食べるペースは普通。たまに「本当に美味しいですね♪」と感想すら口にしているのに、残りの量が赤城さんと同程度。いえ、見ようによっては大和さんのお皿の方が減っているいるようにも見えます。

 

 『口だけではなかった。と、言う事ね。彼女、とんだ食わせ者だわ』

 『と、言いますと?』

 『大和さんを見て何も気づけないのですか?明らかにおかしいでしょう?』

 『はて?青葉は別におかしいとは……。上手いことカツ、カレールー、ご飯の三つをスプーンで掬ってるなとは思いますけど』

 『それが有り得ないのです!その三つを、あんなプリンを掬うような動作で掬い取れる訳がない!』

 

 そう言われてみれば確かにおかしい。

 大和さんは青葉さんが仰ったようにカツ、カレールー、ご飯の三つを一回の動作(・・・・・)で掬って口に運んでいます。

 カレールーとご飯だけなら別におかしな事ではないのですが、カツレツが絡めば話は変わります。

 いくら2cm幅位で切られているとは言え、一口サイズと言うには大きいですもの。

 カツレツを食すにはお皿に押しつけて一口サイズに切るか、一切れ口に運んで噛み切る、もしくは一切れ全部食べるかのいずれかです。 

 

 『な、なぁんとぉぉ!青葉ようやく理解しました!異常です!確かに異常です!挑戦者大和は、スプーンで全てを掬っています!いや、これはもう掬うと言うレベルの芸当ではありません!切り取っています!カツ、ルー、ご飯の三つ全てを一回の動作で切り取っているぅぅぅ!』

 『大和さんは一動作で全てを掬い上げますが、赤城さんは掬い上げてから首を振る動作が加わります。これでは首を振る動作の分、赤城さんが不利ですね。それに……』

 

 加賀さんの言いたい事は何となくわかります。

 それは見た目の美しさ。赤城さんの食べ方はお世辞にも綺麗とは言えません。貪り食うと言った感じです。

 対して大和さんの食べ方は美しい。優雅と言っても過言ではないかも知れません。

 まるでフランス料理のフルコースを食べているように錯覚してしまいそうです。食べているのが拷問レベルの量のカレーでなければ。

 

 「あのぉ…青葉さん、一つ質問しても良いですか?」

 『え?は、はい!何でしょうか大和さん!』

 

 双方が全体の8割程を平らげた辺りで、大和さんはカレーを掬う手を止めて、何やら青葉さんに質問を投げかけようとしています。

 今手を止めてしまうと赤城さんに負けてしまうんじゃ……。

 

 「ルーの追加はルール違反ですか?」

 『は?いや、すみません。今何と?』

 「ですから。カレーのルーを追加して欲しいのですが……。ダメですか?」

 『ダメではないのですが……。あの…正気ですか?』

 

 確かに正気を疑ってしまう発言です。

 問われた青葉さんはもちろん、対戦相手の赤城さんや解説の加賀さん。ギャラリーの皆さんも信じられないモノを見るような目で大和さんを見ています。

 あと2割ほどで完食。いや、あと2割と言っても某壱番屋さんの並盛りと同じ位の量があるんですが……。

 それなのに、食べる量を自ら増やそうとしてるんですから皆さんの反応も当然です。

 

 「もちろん正気です。私のお皿を見て頂ければわかると思いますが、ご飯の量に対してルーが少ないです」

 『いや…それはフードファイト的には歓迎すべき事なんじゃ……』

 

 青葉さんの言う通り。見ただけで辛いと分かるルーよりご飯が多い状況は、フードファイト的には歓迎するべき状況です。しかも、ルーだけとは言え食べなければならない量を増やすなど、早食いというルールでは自殺行為どころか敗北宣言にも等しい愚行。

 ですが、ずっと大和さんを見ていた私には気持ちが何となくわかります。大和さんはきっと……。

 

 「最後まで、美味しく食べたいんですよね……」

 『は?いえ、再度失礼しました。朝潮ちゃん、それはどういう……』

 「言葉通りの意味です。青葉さんは気づきませんでしたか?」

 

 信じがたい事ですが、大和さんは死合い開始から今まで本当に美味しそうにカレーを食べていました。

 普通の人なら見ただけで絶望するような量のカレーをですよ?

 その大和さんの表情に、ご飯とルーの割合が6:4を下回ったあたりから影が差し始めました。

 最初は限界が近いのかなと思ったのですが、私には大和さんが「そろそろヤバい……」と言うよりは「味気ない」もしくは「物足りない」と思っているように見えたんです。

 

 「朝潮ちゃんの言う通りです。今の8:2の割合ではカレーの味を存分に堪能できません」

 『ルール上は問題ないのですが……』

 

 確かにルール上は問題ないでしょう。

 フードファイトのルールは決まった量を相手より早く食べきる『早食い』と、相手より多くの量を食べる『大食い』の二つに大別できます。

 そして、今回のルールは前者。ルーの追加はルール違反ではありませんが、相手の赤城さんからしたら挑発、もしくは死合い放棄と取られかねません。

 

 「ふざけないでください!これは真剣勝負なんですよ!?貴女がしようとしてる事はフードファイトに対する侮辱です!」

 

 おっと、思ってたより大袈裟な事を言い出しました。どうしてルーを追加する事がフードファイトを侮辱する事になるのか欠片も理解できませんが、赤城さんからしたら我慢できなかったみたいです。

 

 「侮辱?私は侮辱などしていません。なぜ美味しく食べようとする事が侮辱になるのですか?」

 「その美味しく食べようという行為が侮辱なのです!相手より早く、相手より多く食すのがフードファイト。味など二の次三の次でしょう!」

 「味が二の次三の次ですって?貴女こそふざけないでください!貴女が言ったことは全ての料理人に対する侮辱です!」

 「な!?私は料理人を侮辱など……!」

 「していない。とは言わせません。貴女は大食い女王ともてはやされているせいで変な勘違いをされているようですが、大食いにも味の良し悪しは必要不可欠!考えなくてもわかるでしょう?誰が不味い物を大量に食べたいと思うんですか!」

 

 確かに。不味い物を大量に食べさせられるなんてただの拷問です。赤城さんの言うように、ただ相手より早く、多く食べるだけで良いなら、極端な話ですがお米だけでも良いですし、もっと言うなら小麦粉を水で練って丸めただけの物でも良いことになります。

 

 「貴女はこのカレーを食べて何も感じませんでしたか?一見するとこのカレーは「食えるものなら食って見ろ」と言わんばかりの辛さと量ですが、ちゃんと食べる人の事を考えて作られています」

 『いや…口を挟んで恐縮ですけど……。それを完食できるのは赤城さんくらいしか……』

 「ええ、だからこれは、赤城さんの為だけに作られたカレーなんです。この辛さと量は、赤城さんを満足させるためだけに料理人が試行錯誤した結果です。それなのに、貴女は二の次三の次と切り捨てるのですか?ただ辛いだけでなく、具材の旨味とスパイスの香りを存分に堪能できるよう計算し尽くされたカレーの味を!」

 

 大和さんのその言葉で、赤城さんは持っていたスプーンとフォークを床に落としてしまいました。きっと、自分が言った事を後悔しているのでしょう。

 最初は赤城さんだって味を楽しんでいたんだと思います。だけど、いつの頃からか大食い女王と呼ばれ、フードファイトを繰り返している内に、ただ食えばいい、ただ胃袋が満たせればいいと思うようになってしまったのではないでしょうか。

 

 「私の…負けです……。私にはこのカレーをEatする資格がない……」

 

 8割以上食べておいて食べる資格がないも何もないと思いますが、赤城さんは力なくうなだれて負けを宣言しました。青葉さんと加賀さん、ギャラリーの皆さんも、意外な結末に何を言って良いかわからず押し黙っています。

 と言うか、なぜ『食べる』をわざわざ英語で言ったんですか?ルー何とかさんですか?

 

 「Noです。それは認められません」

 「意外と冷酷なのですね…敗者にSpankingですか?」

 

 大和さんにまで移っちゃった。それよりも、今のセリフでSpankingは適当ではありません。せめて鞭打つあたりにしておいてください。それでは大和さんが赤城さんのお尻を叩く変態みたいになっちゃいます。

 

 「そんなつもりはありません。赤城さん、貴女はまだ食べれるでしょう?なのにLeave(残す)ですか?」

 「しかし…私にはQualifications(資格)が……」

 「Qualifications(視覚)Case Shan Zi(案山子)もありません!おleaveは許しませんよ!」

 

 そうですね。お残しは味云々以上に料理人さんへの侮辱です。私も食は細いですが、毎日残さないように全部食べてます。もっとも、お二人の食べっぷりを見たせいで、何も食べてないのに脳が満腹だと思い込んでしまったのでお昼ご飯は食べれそうにありませんが……。って言うかしつこい!いつまでルー語で話す気ですか!

 

 「そうですね……。お残しなど一番やってはならない行為。私もルーを追加です!ルーをCome on(持って来る)してください!」

 「その意気です赤城さん!さあ!ルーCome on!」

 

 ルー何とかさんが来そうだからその言い方はやめてください。あ、もしかしてこれが言いたかっただけですか?

 

 『いやぁ、まさか女王が負ける瞬間を見れるとは青葉思ってませんでした。加賀さん的にはどうですか?』

 『赤城さんが負けるのを見るのは始めてではありませんが、今回の敗北は赤城さんにとって良い刺激になったと思います』

 『赤城さんが以前にも敗北を!?』

 『ええ、赤城さんは以前『紅い魔女』と呼ばれる女に心身ともに敗北……。いえ、それは今どうでも良いのです。私が言いたいのは、赤城さんが失っていた食を楽しむ心(・・・・・・)を取り戻したと言う事です』

 

 いや、そう言う取って付けたような良い話っぽいのはどうでも良いですから紅い魔女について詳しく教えてください。赤城さん以上の大食いが誰かの方が私的には気になりますよ。

 

 「朝潮ちゃんも一緒に食べませんか?美味しいですよ♪」

 「いえ…私は……」

 「朝潮ちゃんは駆逐盛りですよね?青葉が取ってきてあげます♪」

 

 やめてください!青葉さんわかってますよね?私がすでにお腹一杯なのわかっててそんな事言ってますよね!?

 

 「ここのカレーは本当に美味しいですね♪私ももう一杯食べちゃいましょう♪」

 

 空母盛りを!?いやいやいやいや!嘘でしょ!?大和さんってたしかに並の女性より大きいですけど、それを考慮しても食べれる量を遥かに超えてますよ!?

 

 「ごめんなさい朝潮ちゃん。間違って軽巡盛りを頼んじゃいました♪テヘっ♪」

 「テヘっ♪じゃないですよ!ワザとでしょ!ワザとですよね!だって青葉さん、凄く悪い顔してますもん!背後にイヒヒヒヒ♪って文字が浮かんでそうなほど悪い顔してますもの!」

 「え~?そんな事ないですよぉ~♪」

 

 とか言いながら、青葉さんはカレーを前にして脂汗を流している私を首から下げていたカメラでパシャパシャと遠慮なく撮っています。私なんか撮らなくていいですから大和さんを撮ってくださいよ。青葉さんの目的は大和さんのはずじゃ……。

 あれ?そう言えば、寮の入り口で会った時、青葉さんは確か「ちなみに今、脂汗を流しながら青ざめる朝潮ちゃんってリクエストを頂いてまして」と言っていました。ええ、正に今の私です。

 

 「まさ…か……。最初から……」

 「あっ!その顔も頂きですぅ♪いやぁ、良い絵が撮れました♪」

 

 セリフの陽気さとは逆に、その顔は邪悪そのもの。「計画通り」と幻聴まで聞こえて来ます。

 完全にしてやられました。青葉さんの目的は最初から大和さんではなく私。

 恐らく長門さんにリクエストされたであろう『脂汗を流しながら青ざめている私』の写真を撮影する事が本来の目的だったんです。

 どこから計画していたのかはわかりませんが、青葉さんの計画はこうだったのでしょう。

 食堂のメニューがカレーオンリーになる金曜日に、見ただけで食欲が失せる空母盛りを高確率で注文する赤城さんが来る時間を見計らって私を言葉巧みに食堂へ誘導し、私の脳が食べてもいないのに満腹だと錯覚したのを見計らって空腹でも食べきれない軽巡盛りを私に食べさせようとする。大和さんと言うイレギュラーが加わった事で、当初の計画以上に上手く行ったはずです。

 おのれ青葉さん……。見事に嵌められましたよ。

 話が逸れますが、私は普段、育ちの悪さを悟られないように良い子を演じています。

 誤解のない様に言っておきますが、両親は貧しいながらも私を真っ当に育てようと出来る限りの事をしてくれました。私が誰に対しても敬語なのは両親の躾の賜物です。

 ですが、貧しさは罪だとでも言うように周りは私を貧乏人と蔑み、陰湿なイジメにも遭いました。

 ええ、グレましたよ。そんな目に遭わされてグレないなど逆におかしいです。

 グレた私の行動は悪逆非道を極めました。5歳で横断歩道を手も上げずに渡り、7歳で校舎の窓ガラスを拭いて回りましたし、10歳の頃には盗まれた自転車を見つけて持ち主に返しました。

  フフフ…今思い出しても自分の悪童っぷりに背筋が寒くなります。

 そんな、親の助けになろうと艦娘になる事を決めた日に封印したかつての私が言っています。叫べと。力の限り叫べと言っています。

 だから私は叫びます。力の限り、私を貶めてお小遣い稼ぎをしようとしている青葉さんに叫びます。その後どうなろうと知った事じゃありません。

 

 「青葉ワレェェェェェ!」

 「うわわっ!朝潮ちゃんがキレたぁ!」

 

 私は追いかけました。

 青葉さんが嫌がらせのために用意した軽巡盛りも、周りの「あの朝潮ちゃんが暴言を……」と言う声も無視し、私自身すっかり忘れていましたが、ロープを首に繋いだままだった大和さんを引きずって青葉さんを追い掛け回しました。

 その行動のせいで、次の日から『急にキレる子』『大和のご主人さま』などと皆さんから認識されて、腫れ物にでも触るような対応をされるようになるなど夢にも思わずに。

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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