艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第八十五話 この世界の行く末

 

 

 

 呉鎮守府。

 

 本土の防衛に直接関わる五大鎮守府の一つで、旧帝国海軍時代から残っていた旧鎮守府を改装して開戦当初から運営されていた最古の鎮守府である。

 

 また、旧帝国海軍時代の遺物である『戦艦大和』を記念艦として一般開放しており、他の鎮守府に比べて今現在も観光向けでもある。

 

 

 ~艦娘型録~

 艦娘に関わる用語の項より抜粋。

 

 

ーーーーーー

 

 

 「凄く……大きいです」

 

 とは、今目の前に浮かんでいる『記念艦 大和』を見た朝潮ちゃんの感想です。

 私はと言いますと、大きさに驚きはしませんでしたが無駄に綺麗と思って呆れていました。

 

 「早く行きましょう大和さん!早く早く!」

 「あ、待ってください朝潮ちゃん!走ると転んでしまいますよ!?」

 

 そんな私とは逆に、いつもの制服ではなく私服姿の朝潮ちゃんのテンションはMAXのようです。

 一人ではここに来る踏ん切りがつかなかったので、行ってみたいと言っていた彼女を誘いましたがどうやら正解だったようですね。

 だって普段の真面目な朝潮ちゃんも良いですが、年相応にはしゃぐ朝潮ちゃんもgoodですもの。

 特に、白いノースリーブのワンピースに同じ色のストローハット姿は控え目に言って天使。彼女を見ているだけで魂が浄化されるような気さえしてきます。

 さらに今日は、帽子は被っていませんが私も朝潮ちゃんに合わせて同じコーディネート。所謂ペアルックというヤツです!

 

 (まるで新造されたばかりのようだ。まったく、お前と同じくらい不様だな)

 

 おのれ窮奇め。

 愛らしい朝潮ちゃんを眺めてせっかく忘れられてたのに、貴女のせいで気分が台無しになってしまいました。

 でもまあ、窮奇の気持ちはわかります。私だって……。

 

 「それには同意します。出来ることなら今すぐ……」

 

 沈めてやりたい。

 いえ、()()()()()()()()

 彼女を見ていると、何故だかそんな考えが頭をよぎってしまいます。

 

 「うわぁ~。甲板も広いですね!ここで運動とかをしていたんですよね?」

 「ええ、毎朝ここで乗組員が体操をしていました」

 

 左舷艦首に設けられた観光客用のエレベーターに乗って甲板に上がると朝潮ちゃんのテンションがさらにアップしました。

 甲板を無邪気に駆け回る朝潮ちゃんが子犬のようで超絶可愛いです。可愛いのですが……。

 

 (これはハリボテだな)

 

 このように、窮奇の言葉で正気に戻されてしまいます。

 さて、正気に戻ったついでに、はしゃぐ朝潮ちゃんに導かれるよう来た第一主砲を見てみると、窮奇は言った通り、よく出来ていますがハリボテなのは一目瞭然ですね。

 しかも第一主砲だけではない。

 遠目にも第二主砲がハリボテだとわかりますし、ここからでは見えない第三主砲もおそらく同様でしょう。

 

 『弾をくれぇぇぇ!』

 

 機銃座の下に移動すると、被弾して機能不全を起こし始めている対空機銃の群れの中で弾をくれと叫ぶ少年兵の姿が見えました。

 何故、さっきまで新品同様だった機銃がボロボロに?

 いや、考えるまでもないですね。

 今見えている風景は過去の記憶。この世界では起こらなかった戦闘の記憶です。

 以前の私なら、こんなモノが見えることに混乱していたでしょうが、不思議な事に今は混乱せず済んでいます。

 

 「あれは矢矧?それじゃあ、あっちは初霜ですか」

 

 機銃から()へと視線を移すと、航行不能になった矢矧と()を守るように寄り添う初霜の姿が見えました。

 二隻ともかなり被弾している。

 たしか矢矧は、この後の第二次空襲で……。

 

 「大和さん?どうかしましたか?」

 「え?ああ……。何でもありません。大丈夫です」

 

 朝潮ちゃんの声に押し流されるように、さっきまで見えていた光景が霧散して機銃は新品同様に、海は港に戻りました。

 

 「そうですか?なんだか気分が悪そうですが……」

 「本当に大丈夫ですよ。それより、あそこから中に入れるようです。行ってみませんか?」

 

 正直に言うと気分は良くない。

 ここに来てから、いえ彼女の姿を視界に収めてからずっとイライラしています。

 もし一人だったら暴れていたかもしれないほどに。

 

 『お母さぁぁぁぁん!』

 

 艦内に入ろうとしたのを、手摺から海に向かって叫ぶ若い水兵達の声が呼び止めました。

 その彼らの後ろでは、士官と思われる人が憂いの隠った瞳を彼らの背中に向けています。その傍らの黒板には……。

 

 「死二方用意……」

 

 これはたしか出撃前の夜。水兵達が故郷に向けて別れを告げていた時でしたか。

 

 「羨ましい」

 

 いや、妬ましい。

 彼らはこの儀式で、手始めとは言え死ぬ準備が出来た。

 では私は?

 私には父も母もいない。呉が故郷と言えなくもないですが思い入れなんてありませんし、別れを告げるべき相手もいない。

 そんな私に死二方用意もクソもない。

 死ぬ覚悟はあっても、()は乗組員達のように死に方が用意出来なかった。

 だってこの時の()は、無謀と知りながらも敵艦と砲火を交えられるかもしれないという淡い希望に縋っていたんですもの。

 

 「大和さん?」

 「ああ、ごめんなさい。すぐに行きます」

 

 艦内に入っても幻は現れ続けました。

 ラムネ製造係になって「今日はガブ飲み出来る!」と沸き立つ水兵達。菊水作戦の意義について激しく議論を交わす若手将校達。呻き声を上げながら医務室に運び込まれる負傷者を、()()()()から順に治療していく船医と衛生兵に「早く治療しろ!」と怒声を浴びせる下士官。その下士官に「戦える者から治療するんだ」と、悔しげに返す船医。

 時間はバラバラですが、その場所を訪れるとまるで私を責めるように過去の幻が現れます。しかも……。

 

 「医務室も広いですね。船の中にあるとは思えません」

 

 朝潮ちゃんの声が聞こえても幻が消えなくなりました。

 それなのに、医務室の広さに感嘆の声を漏らす朝潮ちゃんの目の前では腹から飛び出た腸を船医が押し込んでいます。

 今と過去の光景がごちゃ混ぜになったせいで、何ともシュールな光景になってしまいました。

 

 「うるさい……」

 「え?あ……ごめんなさい。少しはしゃぎすぎました……」

 「ああ!違います!朝潮ちゃんに言ったんじゃありません!」

 

 今と過去がごちゃ混ぜになっているのは光景だけじゃない。私まで今と過去の区別がつかなくなってきています。

 このままだと、朝潮ちゃんに私の醜い面を見せてしまうことになりかねない。なりかねないのに、幻は今も私の前に現れ続けていますし、苛立ちを抑えることも出来ない。

 

 (さすがにうんざりしてきたな)

 「言う事が辛辣ですね。彼らのほとんどは亡くなっているのですよ?」

 (だから何だ。奴らは程度の差は有れど決死の覚悟で戦えたんだ。必死止まりだった私にとって、奴らの死に様は嫌味に等しいぞ)

 

 決死の覚悟……ですか。

 そう言われると、窮奇の気持ちもわからなくはない気がします。

 もっとも、私はうんざりどころか怒り心頭。

 解釈は人によって違うでしょうが、必死とは読んで字の如く『必ず死ぬ』という意味。ですが、頭に()()()()()とつけること出来ますので生き残れる可能性は0ではありません。

 ですが決死は違う。

 成功しようが失敗しようが()()()()()()()()()()。生き残る事など考えないのです。

 何故私は決死になれなかった?何故必死止まりだった?

 例え目的地に着けず、作戦を完遂出来なくても決死の覚悟で臨んでいたらと、彼らにではなく自分に苛立って仕方がない。

 

 「あれは……」

 

 幻の喧騒に包まれる廊下で、白い着物姿の女性が背を向けて歩いています。

 周りは軍服姿の男性ばかりの中で、彼女の存在は異常なほど目立っています。いえ、はっきり言って場違いです。

 

 「ついて来い……ってこと?」

 

 彼女は立ち止まって少しだけこちらへ振り向き、すぐに前を向いて歩みを再開しました。

 彼女も幻?

 ならば見えているのは私と窮奇だけなので、あれは私たちに対するメッセージ。

 

 「この先はたしか……」

 

 彼女に導かれてついた先にあったのは艦内エレベーター。艦橋へ上がることが出来るエレベーターです。

 

 「朝潮ちゃん。ここで待っていてもらえませんか?」

 「え?どうして……」

 「お願いします」

 

 少し強い口調になってしまいましたが、朝潮ちゃんは「わかり……ました」と言って納得してくれました。

 これで心置きなく文句が言えそうです。

 

 『待って、いました』

  

 エレベーターが着いた先にある艦橋に居たのは私ソックリな女性でした。

 私と違うところがあるとすれば、髪型と服装くらいでしょうか。

 彼女は私のように髪を結っておらず、色は同じ白ですが着物姿。所謂、死に装束呼ばれる格好です。

 

 「貴女が見せていたのね。今すぐこの幻を黙らせて!」

 『それは出来ません』

 「何故です!貴女が見せてるんじゃないんですか!?」

 

 目と鼻の先まで詰め寄った私に、彼女は首を横に振って違うと答えました。

 じゃあ誰が?

 もしかして窮奇?

 

 (断っておくが、これを見せているのは私でもない)

 「だったら誰が……!」

 

 いや、わかっています。

 幻を見せているのは他ならぬ私自身。私の頭が、かつて見聞きした光景を幻として今見せているんです。

 

 (アイオワが言っていただろう。この世界には、転生者と呼ばれる者が存在している)

 

 だから何です?

 それが私とどう関係するって言うんですか?それではまるで、私もそうだと言ってるようじゃないですか。

 

 『彼らはこの世界の歴史に干渉し、改竄しました』

 (その結果現れたのが、お前達が妖精や深海棲艦と呼ぶ存在。そして)

 『貴女です』

 

 なるほど、改竄された歴史を修正。いえ、会議で聴いた内容を加味すると、やり直すために深海棲艦は出現した。妖精は差し詰め対存在と言ったところですか?

 じゃあ私は?

 私は何?

 妖精でも深海棲艦でもなく、改竄されなかった歴史を識る私は何者?

 いや、答えなんてわかってる。

 私はアイオワさんが言うところの転生者。しかも人が転生した者じゃない。私は……。

 

 「つまり、こういう事ですか?私は大和。別の歴史で沈んだ戦艦大和の生まれ変わり」

 

 以前、窮奇にお前は今も昔も大和だ。と言われたときにもしやとは思いました。

 アイオワさんのと会話でそういう存在がいる事も知りました。でも実感はなかった。いいえ、認めたくありませんでした。

 だって、認めてしまったら私は変わってしまうかもしれない。人として振る舞えなくなってしまうかもしれない。人じゃなくなるかもしれない。

 そう考えると、怖くて認めることが出来なかったんです。

 それなのに、窮奇とこの世界の大和に認めさせられてしまった。

 

 『そうです。貴女はもう一人の私』

 (私の善性。そして)

 『(私が求めていた者)』

 「求めていた……者?」

 (そうだ。お前の存在があったからこそ私はかつての記憶を取り戻し、今一度戦う機会を得ることができた)

 『貴女が存在してくれる事で、私は自分を終わらせる事が出来る』

 

 勝手な事を……。

 私のおかげで戦える?自分を終わらせる事が出来る?

 戦えば良いじゃないですか。窮奇なら私よりもよほど上手く私を扱えます。好きに使ってください。

 もう一人の私も同様です。

 勝手に終われば良い。私がいようがいまいが勝手に終われ。勝手に沈め!

 

 「なんで思い出させたんですか?せっかく忘れていたのに、せっかく人でいられたのに。貴女たちのせいで台無しじゃないですか!」

 

 朝潮ちゃんに下で待ってくれるようお願いして本当に良かった。

 今の、頭を抱えてうずくまる事しか出来ない私をあの子には見せたくないですから。

 それに、今からもっと酷くなるはずです。

 何故なら、私はもう自分を抑えるつもりがないんですから。

 

 「貴女、終われるって言いましたよね?」

 『はい。貴女がいるのなら、私は生き続ける必要がありませんので』

 「生き続ける必要がない?違うでしょう?死にたいんでしょ?あの戦争で活躍出来ず、沈むことすら許されなかった貴女は不様に生き続けるしか出来なかった。だから沈みたいんでしょう!?私の存在を言い訳に使って!」

 

 罵声を浴びせても、私を見下ろすもう一人の私は悲しげな顔をするだけで答えようとはしません。

 

 (落ち着け大和。八つ当たりしたところで何もならんぞ)

 「落ち着け?これが落ち着いていられますか!だって思い出しちゃったんですよ?全部わかっちゃったんです!貴女が私の悪性であることも、私が人じゃなかったことも!」

 

 かつての私は船でした。

 戦艦大和の魂とも呼べるものでした。

 それがどういう訳か、私が知る歴史とは違う歴史を歩んだこの世界で人として再び生まれました。

 

 「なんで人なんです?前のように無機質な鉄の塊ならこんな想いをせずに済んだのに……」

 『それは、艦娘になるためです』

 「そんなの他の誰かで良いじゃないですか!なんで私だけが船の生まれ変わりなんです!?他の艦娘は違うんでしょ!?」

 

 私は感情のままに喚いていますが、頭は思ったより冷静です。

 いや、私だけじゃない。たぶんアイオワさんも私と同じ存在だ。と、昨日話したときの内容を元に推測していますもの。

 

 『貴女が生まれ変わったのは必然。この戦争を終わらせるためには、貴女という特異点が必要なのです』

 「高が戦艦一人に何が出来ると?それとも私には、深海棲艦を殲滅出来る特殊な力でもあるって言うんですか?」

 

 そんな力は無い。

 それが、記憶を取り戻した今なら確信できる。

 私は船の生まれ変わりと言うだけで他の艦娘と同じ。何も変わらない。

 その私が特異点?

 確かに、変わってしまったこの歴史上では私は異物と言えるでしょう。それこそ、特異点と呼べるほどに。

 でも、それが何の役に立つ?

 私の砲撃は強力ですが常識の範囲内。数百、数千の敵を一撃で焼き尽くす事など出来ません。

 それなのに、戦争を終わらせるのに私が必要?どうして?

 

 (それはいずれわかるさ。いずれ……な)

 「いずれ?」

 『そう、いずれ。その時、貴女は選択を迫られるでしょう』

 「選……択?私に何を選択しろと……」

 『この世界の行く末』

 

 もう一人の私はしゃがんで目線を私と合わせ、まるで子供に言い聞かせるような口調でそう言って消えていきました。

 未練など微塵も感じさせず、後は任せたと言わんばかりに。

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 悪いとは思いましたが、待っていてとお願いされたのに私は大和さんの後を追って艦橋に上がりました。

 上がった途端に、大和さんの叫び声に驚いた記憶があります。

 

 はい、正直言って怖かったです。

 見つからないよう壁際に隠れて聴いていたんですが、大和さんは誰かと話しているようでした。

 でも不思議なことに、大和さん以外の人の声はなかったんです。

 誰と話していたのかを何度か聞こうと思った事はありますが、半狂乱で喚き散らしていたあの時の大和さんをどうしても思い出してしまうので結局聞けず終いです。

 

 その後ですか?

 え~とたしか……。

 大和さんがフラフラとエレベーター、つまり私が隠れていた方に向かって来たので、エレベーターを使わずに階段を駆け下りて元いた場所に戻りました。

 走ったせいで汗だくになってしまいましたが、大和さんは私の状態など気にも止められないほど憔悴していましたね。

 

 そう言えばあの日、記念艦大和から出るとご老人や子供達が大和に向かって手を会わせている光景を見ました。中には涙を流している人もいました。

 

 最初は何をしているんだろうと、不思議に思いましたが、記念艦大和を振り返ってその意味がわかりました。

 何と言いますか……。そう!眠っているように見えたんです!

 

 巨大な鉄の塊のはずなのに、私には記念艦大和が役割を終えて安らかに眠る女性に見えたんです。

 だから、私も手を合わせました。

 どうか安らかに。と想いを込めて。

 そんな彼女を、大和さんは私とは逆に忌々しそうに睨んでいました。

 

 そう…ですね。

 他の人は気にしてなかったようですが、今思い返すと大和さんが変わってしまったのはあの日からだったように思えます。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。




  


作中に出て来た幻のセリフは男たちの大和を参考にしました。

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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