艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

88 / 190
第八十七話  ただいま……なのです

 

 

 

 突然で申し訳ないですが、僕は横須賀鎮守府に籍を置く提督補佐の一人です。

 普段は紫印提督や辰見提督補佐に代わって夜勤をしているので、艦娘の皆さんからは『夜勤提督』とか『バイト司令官』、極一部からは『無能提督』などと呼ばれています。

 

 まあ実際バイトみたいなものですし、フリーター呼ばわりされている事に不満はありません。

 顔もコンビニで夜勤をしてるお兄さんみたいな感じらしいですし。

 

 「相変わらず無能なのです。どうしてこんなに書類を貯め込んでるのです?」

 

 提督補佐になる前はしがないフリーターだったんですが、ひょんな事から妖精が見えることが発覚して自分でも訳がわからないうちに提督補佐になっていました。

 提督補佐になって初めての給料明細を見た時に、給料の額を見て失禁したのは良い思い出です。

 

 「あ!電のお菓子が無くなってるのです!」

 

 そんな僕は、紫印提督と辰見提督補佐が作戦のために揃って鎮守府を留守にしている間、普段の夜勤業務に加えてお二人が熟している昼間の業務も代行することになり、かれこれ三週間ほどまともに寝ていません。ええ、もちろん休みも無しです。

 ですが不満はありません。

 僕たちは艦娘さん達が頑張ってくれているから平和を享受出来ている。その艦娘さん達が働きやすいよう、雑事を処理するのは人として当然です。

 そう!僕は艦娘さん達へ献身するためにブラック企業顔負けの労働時間に堪えているのです!

 けっして!紫印提督と辰見提督補佐に『お願~い♪』と猫なで声で頼まれたからじゃありません!

 

 「話聞いてるのです!?電のお菓子を何処にやったのですか!」

 

 それに紫印提督は兎も角、辰見提督補佐は美人ではありますが歳が行き過ぎてます。年下好きの僕に言わせればハッキリ言って守備範囲外です。

 もっとも、紫印提督は年齢的にはセーフですが、彼女は美少女過ぎる。

 可愛いとは思いますが、現実味がない可愛さのせいで夜のオカズが関の山ですね。

 ええ、お世話になってます。

 

 「無視ですか?無能のクセに電を無視なのですか?」

 

 で、なぜ僕が、こんな現実逃避とも言える脳内回想をしているかと言いますと、原因は作戦を終え、紫印提督と満潮さんに引っ付いて他の艦娘さん達より一足早く戻って来るなり僕の目の前で「お菓子はどこだ!言え!」と鬼気迫る勢いで詰め寄っている秘書艦が原因です。

 彼女は僕が提督補佐になるの時に「この五人の中から一人選んで」と言われて選んだ子で、正確には僕の初期艦になります。

 いやぁ~外見に騙されましたね。

 見せられた五人の中で一番好みだった子を選び、実際初対面の時は少し気弱そうで攻略しがいが……もとい、打ち解けるのに時間がかかりそうだなとワクワクしたんですが、三日も経つ頃には今みたいな感じになっていました。

 

 「電は容姿の幼さと口調もあって、庇護欲をこれでもかと言わんばかりに掻き立てる守ってあげたい系艦娘の筆頭って聞いてたのに……」

 「あぁん?」

 

 実際はコレである。

 どうしてこの子は、愛らしい顔でDQNも裸足で逃げ出しそうな威嚇が出来るのだろう。

 黙ってれば可愛いんですよ?

 黙って大人しくしていれば、僕がリサーチした電そのものなんです。

 

 「それは私より前の電なのです!」

 

 彼女は雷としては六代目にあたるらしく、性格も歴代の雷とは異なるそうです。

 その事で一度、辰見提督補佐に相談したことがあるのですが、彼女曰く「歴代の電もストレスくらい抱えてただろうし、それが六代目で一気に表面化したんじゃない?」とのことでした。

 せめて次の代で表面化してくれればよかったのに……。

 

 「コレじゃあ電じゃなくてぷらずまじゃないか……」

 「誰がぷらずまやねん」

 「ナス食べる?」

 「ナスは嫌いなのです!」

 

 と、机を両手でバン!と叩きながら額に青筋を浮かべ、和やかに微笑む彼女のなんと恐ろしいことか。

 って言うかやっぱりぷらずまじゃないか。

 

 「僕以外の前じゃ普通なのに……」

 「司令官さんがまともなら電もイライラせずに済むのです」

 

 不思議なことに、彼女が今みたいな一面を見せるのは何故か僕の前でだけ。

 もっと言えば、僕は普段夜勤なので彼女のコレは夜だけの一面とも言えます。ん?なんだかヤらしく聞こえるのは気のせいでしょうか。

 

 「暁さんたちはまだ呉かい?」

 「なのです。電も残って休暇を満喫したかったのですが、どうせ司令官さんが仕事を貯め込んでると思って、仕方なく提督さん達と一緒に帰って来たのです」

 

 責められてるなぁ……。

 まあ、実際に仕事を溜め込んじゃったから反論なんて出来ないんだけど……。

 きっと明日は紫印提督から同じようなお叱りを……。

 あれ?何故だろう。

 紫印提督に叱られるのはご褒美にしか思えない。

 

 「辰見さんはコレを見て何も言わなかったのです?」

 「言われたよ。主に叢雲さんに」

 

 辰見提督補佐とその秘書艦の叢雲さんは、三日前に戻って業務を再開しています。

 辰見提督補佐は僕の机の上に積まれた書類の山を見ても「まあ、一人だし仕方ないわよね」と、半ば諦めたような顔で労ってくれたんですが、叢雲さんは眉をつり上げて舌打ちでもしそうな顔で一言「使えない」と仰いました。

 

 「それより作戦はどうだったんだい?成功した?」

 「成功してなきゃ帰って来てないのです」

 「そりゃごもっとも。怪我はしなかったかい?」

 「司令官さんはバカなのですか?ドンパチやって怪我しないわけがないのです」

 

 さいですか。

 いやまあ、当然の事を聞いた僕が悪いんだけど、一応心配したんだからもうちょっとこう……ね?

 

 「まったく、強い奴がポンポン死んでくれたせいで大忙しだったのです」

 「そ、その言い方はどうかと……」

 「司令官さんは戦場に出たことがないからわからないのです。強い奴から先に死んでいくから、残される弱い奴にしわ寄せが来るのです!」

 「戦場では弱い奴から死んでいく。って聞いた事があるけど、実際は逆なのかい?」

 「他の戦場がどうかは知らないのです。でも、少なくとも電が知ってる戦場ではそうだったのです」

 

 電曰く、強い奴は弱い奴を守ろうと前に出るらしい。

 そしてそれは、駆逐艦でも戦艦でも変わらない。

 強い奴は弱い奴を守って代わりに死んでいき、弱い奴だけが生き残る。

 そう、彼女は心底ムカついているような顔でそう言い捨てた。でも……。

 

 「それじゃあ君が弱いって事にならないかい?」

 「はぁ?司令官さんは電が強いとでも思ってたのですか?」

 「違うのかい?」

 「大間違いなのです。電は下から数えた方が早いくらい弱いのです」

 

 正直意外だ。

 彼女の戦闘を直接見たことはないけれど、姉妹艦の暁さんたちは「六駆で一番強い」と言っていました。

 そんな彼女が下から数えた方が早い?

 それだと今度は、第六駆逐隊が弱いと言う事にならないかな?

 

 「電……」

 「言いたい事はわかるのです。六駆は弱くない。暁ちゃんも響ちゃんも、雷ちゃんも強いのです。弱いのはあくまで電だけなのです」

 「いや、それもなんだけど……」

 

 みんなは君が一番強いと言っていた。と、続きを言う事ができなかった。

 だって電は、今まで見たことがない悲しげな顔で僕を見たんだ。まるで「それ以上言わないで」と言わんばかりに。

 

 「電は弱いのです。弱くなきゃいけないのです。じゃないと……」

 「じゃないと?」

 

 それっきり、電は口を噤んでしまった。

 僕のような戦場を知らないオフィスワーカーには、彼女がなぜ自分を弱いと自虐するのかなんてわからないし、何を背負っているのか想像も出来ない。

 でも一つだけわかった。

 彼女は死にたくないんだ。

 

 「凄いね。君は」

 「凄くなんてないのです」

 

 もっと歳を重ねれば変わるかも知れないけど僕だって死にたくはない。楽に死ねるなら死ぬのも有りかなと、学生時代やフリーター時代に考えた事がないわけじゃないけど今は死にたくない。

 僕よりも幼い艦娘さんたちに生かされている身なのに、生きていたいと図々しく思っている。

 ()()のように、弱い僕たちを守るために戦場()へ出て死んでいった艦娘さんたちのおかげで今も生きていられる。

 

 「ありがとう。電」

 「きゅ、急になんなのです!?」

 「なんでもないよ。無性にお礼が言いたくなっただけさ」

 「変な奴なのです」

 

 と言って、電は秘書艦席に着いて書類の山を鬱陶しそうに睨み付け始めた。

 どうにも機嫌が悪いなぁ。

 僕が仕事を貯めてしまったのも原因の一つではあるんだろう。でも、それだけじゃない気がする。

 だっていつもなら、少し煽てれば多少なり機嫌が直るのに今日はその気配がまるで無い。

 仕事を貯め込んだ以外に僕がした事と言えば、彼女がこの部屋に常備しているお菓子を食べてしまったくらいだけど……。

 取り敢えず、ピリピリした電のままだと感電しそうだからご機嫌を取るとしますか。

 

 「お菓子、買ってこようか?」

 「そんな暇があるなら一枚でも多く判子を押すのです。紫印提督に怒られたいなら話は別なのですが」

 

 紫印提督に怒られる。それは僕的にはご褒美です。

 間違っても『僕の業界では』とは言いません。それだと海軍がドMの巣窟だと誤解されかねませんので。

 

 「じゃあ肩でも揉もうか?」

 「それはセクハラしたいって事なのです?憲兵さん呼びますよ?」

 

 なぜ肩を揉むのがセクハラになるのか。

 もしかして、肩を揉むと見せ掛けて別のところを揉むと思われたのだろうか。

 でも残念ながら、電は上から下までスットントン。口に出したら殺されそうだから言えないけど揉むところが無い。皆無だ。

 それなのに、例えば胸を揉まれるとでも思ったのならそれは自意識過剰だろう。せめて服の上からでも有るのがわかるくらいまで育ってから警戒すべきだと思います。口には絶対に出しませんけど。

 

 「そう言えば、帰って来たんならただいまくらい言うべきなんじゃない」

 「はぁ!?なんで電の方から言わなきゃならないのです!?」

 

 うわぁ……。火に油だったみたいだ。

 電はさっきよりも不機嫌になって、書類を撃ち抜かんばかりに判子を叩きつけ始めた。

 いや、待てよ?

 どうして今ので、電のお菓子を食べちゃった事より怒ったんだろう?

 もしかして、帰って来たんならただいまくらい言えと言ったのが偉そうで気に障った?

 いいや違う。

 彼女は『なんで電の方から』と言った。

 それはつまり、僕の方から言ったら返すつもりだったんじゃないだろうか。

 そうだ。

 僕は彼女に大事な事を言ってない。

 彼女のように、戦場から帰ってきた者がいの一番に言われたいセリフなんてコレしかないのに、僕は仕事に追われて完全に失念していた。

 今からじゃ遅いかもしれないけど、彼女が望んでいるなら言ってあげないと。

 

 「おかえり。電」

 

 なんの脈絡もなくそう言ったからだろうか。

 電は書類から顔を上げて心底驚いたような表情を僕に向けた。

 その表情を見て、僕はそれが正解だったと確信した。

 だって彼女は、照れているのか真っ赤になって俯いて、耳を澄まさなければ聞こえないような大きさでこう言ったんだ。

 

 「た、ただいま……なのです」と。

 

 口調に変わりはなかったし、不機嫌そうな顔は相変わらずだったけど、僕には電の機嫌が直ったのがなんとなくわかった。

 だって電は「ふん、言うのが遅いのです」とぼやきながらも、口元は少しだけ笑っていたんだから。

  

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。