艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第九十一話 第二水雷戦隊、預かります

 

 

 

 第二水雷戦隊。

 

 通称『二水戦』とは、数ある水雷戦隊の中で第一水雷戦隊と並び常設隊として編成されていた隊の一つである。

 

 第一水雷戦隊が本土近海の防衛、さらには首都圏の最終防衛ラインである長門、陸奥の護衛を主任務としていたのに対し、第二水雷戦隊が担っていたのは最前線での攻撃任務であったためメンバーの入れ替わりが激しく、生きて退役できた者は10名に満たないと言われている。

 しかし、そんな過酷な隊であるにも関わらず、駆逐艦達は第二水雷戦隊を『華の二水戦』と呼び憧れたという。

 

 第二水雷戦隊の旗艦は伝統として軽巡洋艦 神通が担っていたが、平成3年9月から平成4年4月までの約半年間は阿賀野型三番艦の矢矧が旗艦を代行していた。

 

 なお矢矧は、10代目神通に二水戦旗艦を引き継ぎ後、新たに編成された対空戦特化戦隊である第七水雷戦隊(詳しくは第七水雷戦隊の項を参照)の旗艦となっている。

 

 

 ~艦娘型録~

 艦隊編成。第二水雷戦隊の項より抜粋。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「ほ、本日の訓練はこれで終了します。みんなお疲れ様」

 

 呉に配属されて何日経ったっけ。

 配属されてからこっち、毎日毎日どうやったらここまで散らかせるのってくらい部屋を散らかす阿賀野姉のお世話と、第二水雷戦隊所属の駆逐艦たちの訓練を消化する毎日のせいで日にちの感覚が無くなってるわ。

 まあ、訓練自体は昼過ぎに終わるから時間的にも体力的にも問題はないけれど。

 

 「お疲れ様です矢矧さん。どうです?二水戦の子達は」

 「どうって言われても……」

 

 お疲れ様でした!

 と、元気よく返してくれた二水戦の子達がお風呂へと向かう中、一人だけ残った陽炎が不自然なほどニコニコしながらそう尋ねてきた。

 で、私の感想はと言うと……。

 

 「拍子抜け。かな」

 「手厳しい評価ですね。それなりに出来る子ばかりのはずなんですが……」

 「ああごめんなさい。そういう意味で言ったんじゃないの。なんて言うかその……」

 「素直に従ってくれるとは思っていなかった。ですか?」

 「ええ」

 

 その通り。

 彼女たちは神通さんが課した訓練に堪え抜き、全水雷戦隊最高と謳われる二水戦に所属し続けられる程の実力者たち。その彼女たちが、新米に等しい私の指示に素直に従ってくれるのが意外でしかない。

 はっきり言って驚いてるわ。

 どうやって従えたら良いか悩んでたのが馬鹿らしくなるくらいよ。

 

 「油断しちゃダメですよ?みんなまだ、矢矧さんを値踏みしてるだけですから」

 「値踏み……ねぇ」

 「ええ、だから用心してください。貴女が従うに値しない人だと判断したら、()()()は貴女の言う事に聞く耳を持たなくなりますから」

 

 私たち、と言うくらいだから、目の前でニコニコしてる陽炎も例には漏れないって事ね。

 でも、値踏みしているのは私も同じ。

 彼女たちと訓練するようになって疑問に思う事がいくつか出て来たし、この機に陽炎に聞いてみるのも手かもしれないわ。

 

 「ねえ陽炎。いくつか質問してもいい?」

 「私に答えられることならなんなりと」

 「訓練初日に貴女から教えてもらった、神通さんが貴女たちに課していたという訓練内容。あの内容に間違いはない?」

 「ええ、間違いありませんよ」

 「本当に?」

 「本当ですよ。並の駆逐艦じゃ午前分すら消化できないようなメニューでしょ?」

 「ふぅん……」

 

 確かに、陽炎から教えてもらった訓練メニューは過酷と言えなくもない内容だった。

 いくら艦娘が使う浴場のお湯に高速修復材が少量混ぜてあるおかげで疲労や小さな怪我程度ならすぐ治るとは言っても、あの内容じゃ翌日にまで疲労が抜けきらないかもしれない。

 そのメニューを難なく熟す二水戦の子達は素直に凄いと思ったわ。

 でも違和感を感じる。

 鬼の神通とまで呼ばれてた人が、()()()()()()()()()()()を旗下の駆逐艦に課すの?

 

 「じゃあ二つ目の質問。貴女、体力的に余裕ある?」

 「あのメニューを熟して余裕があるわけないじゃないですか。ほら、足だってガクガクしてるでしょ?」

 

 これは嘘だ。

 確かに陽炎は汗だくだし、薄ら笑いをしてる表情からも疲労感は見て取れる。

 でも余裕はあるわね。

 もうワンセット同じメニューを消化しろと言えば消化しきれる程度には。

 

 「なるほどね。大体わかったわ」

 「何がですか?」

 「神通さんがどうやって貴女たちをしごいていたか。かな」

 

 たぶんだけど、神通さんはメニューは変えず、二水戦の子達の練度に応じて回数を増やしてたんだわ。

 例えば朝一のランニング。

 陽炎からは、呉庁舎の周りを回るコース(一周約500m)を朝一で走ると聞いたけど、何周するかまでは聞かされなかった。

 だから私は、準備運動がてらだから2周くらいで良いかと思いそうさせたわ。

 でも神通さんは違う。

 恐らく神通さんは限界まで走らせた。走れる限界時間が伸びるに応じて周回数を増やしたのよ。

 それは航行訓練や砲撃訓練、雷撃訓練でも同様。

 彼女は少しづつ、でも確実に、駆逐艦たちの限界を引き上げて来たんだわ。

 

 「陽炎、他の子達に伝えておいて欲しいことがあるんだけどいい?」

 「構いませんよ?何ですか?」

 「明日から()()()()厳しくするわ。取り敢えず、貴女たちの限界が知りたいから」

 

 私のその言葉を聞いて陽炎の薄ら笑い消えた。

 きっと、私が何をしようとしてるのか察しがついたんでしょうね。

 

 「わかりました。伝えておきます。でも大丈夫ですか?」

 「何が?」

 「矢矧さんの体力がですよ。神通さんはいつも、()()()()()()()()()()を余裕で熟していたんですから」

 

 陽炎の目付きが鋭くなった。

 要は、私達と同じ訓練をして尚かつ余裕を見せなければ二水戦の旗艦をする最低限の資格はないって事かしら。

 でもそれは私を見くびり過ぎだわ。

 私だって伊達に、拷問に等しい神風の訓練を熟してきたわけじゃないんだから。

 

 「朝のランニング、貴女の限界は2周ってところでしょう?」

 「馬鹿にしてるんですか?2周くらい鼻歌歌いながらでも……」

 「ダッシュでよ。もちろん、全力でね」

 

 陽炎が目をまん丸に見開いた。

 神通さんはそこまでしなかった?いや、そうじゃない。神通さんが課していた本当のランニングを言い当てられて驚いてるんでしょう。

 

 「他の子も似たようなものかしら。いくら二水戦所属の駆逐艦とは言っても、子供の体じゃそれが限界なのかしらね」

 「……否定はしません」

 「そう、ありがとう。参考になったわ」

 「私からも、質問して良いですか?」

 「私に同じ事ができるのか。ね?」

 

 陽炎は頷くことで肯定した。

 まあそうなるでしょうね。私にとって貴女たちの限界が未知数であるように、貴女たちにとっても私の限界は未知数なんだから。

 ちなみに、私なら3周半は確実にいける。

 汗だくにはなるでしょうけど、笑顔を絶やさずに走り終える事だってできるわ。

 だって、神風が私に課した訓練はもっと厳しかったんだから。

 

 「それは明日、実際に見せてあげるわ」

 「わかりました。楽しみにしています」

 

 そう言って陽炎は敬礼し、踵を返して立ち去ろうとした。

 しっかし、我ながら強気に出たものね。

 これじゃあ、彼女たちに対して宣戦布告したのと同じじゃない。でも、宣戦布告したならしたで全力でぶつかるわ。じゃないと、あの人の二水戦を預かる重責に潰されそうになるから。

 

 「あ、最後に一つだけ。呉の慰霊碑ってどこにあるの?」

 「慰霊碑ですか?工廠の裏ですけど……」

 「そう、ありがとう」

 

 そんな事を聞いてどうするの?って顔した陽炎と今度こそ別れて、私は慰霊碑へと向かった。

 ここにはいないあの人にも、一言言っておくべきだと思ったから。

 

 「工廠の裏って聞いたから日陰かと思ってたけど、なかなか良い景色じゃない」

 

 陽炎が言った通り、呉の慰霊碑は工廠の裏という陰湿な響きとは裏腹に、その向こうに広がる海を一望できる場所に建てられていた。

 ここなら安らかに眠れそうね。それとも逆に、沈んだ海を見続けなきゃならないから眠れないかな?

 

 「初めまして神通さん。阿賀野型三番艦の矢矧です」

 

 ここに彼女が葬られていないのは知っている。

 いえそもそも、歴代神通の遺体が一部でも残った事が一度もない。

 彼女はある意味異質。

 開戦後、代替わりしていない艦娘は何人か居るけど、彼女のように()()()()()()()()()()()艦娘は彼女だけよ。

 彼女たちは皆、艤装のみを残して海の底に沈んでいった。軽巡らしく、凄絶な戦死を遂げた。

 私が養成所にいた頃は、神通の適性があるとわかった途端に養成所を去る子ばかりだったわ。

 その理由は簡単。

 軽巡洋艦神通は全艦娘唯一の、戦死率100%を記録し続けている艦娘だからよ。

 故に、神通になった人も他の艦娘と比べると多い。

 私自身、神通が十代目を数えようとしてるって話を聞いた時は度肝を抜かれたわ。

 だって駆逐艦ですら多くて六年代目か七代目くらいが最高なんだもの。

 その上位に位置する軽巡洋艦なんだから、私自身その事を知るまでは鬼の神通と呼ばれた人も精々三代目か四代目くらいに思ってたわ。

 他にもそう思ってる人がいるはずよ。たぶん。

 

 「貴女の教え子たちは本当に素晴らしいですね。正直、貴女のように慕ってもらえる自信がありません」

 

 私が艦娘を目指した理由は人には言えない。

 大城戸教官にすら言ったことがないほど恥ずかしい理由。大和になんて死んでも言えないわ。

 

 「それでも私は、貴女に憧れて艦娘を目指しました。もちろん嗤ってくれて構いません。貴女からしたら不純極まりない動機でしょうから」

 

 いつだったかまでは覚えていない。

 でもあの時の、テレビで特集された貴女の姿を見たときの興奮は今でも忘れていない。

 例えプロパガンダ用に撮影されたデモンストレーションだったとしても、駆逐艦たちを率いて勇猛果敢に海を駆ける貴女の姿に私の心は奪われた。

 そしてそれを忘れられないまま、私は親の反対を押し切って養成所の門を叩き、貴女と同じ軽巡洋艦になった。

 

 「大城戸澪さん、ってご存知ですか?その人は元駆逐艦大潮で、私が貴女に抱いていた理想をそのまま体現している人なんです」

 

 知らないかな。

 艦娘になって知ったことだけど、艦娘は基本的に同じ鎮守府や泊地に所属してる者にしか興味がない。

 知ってたとしても精々、他の鎮守府や泊地に所属しているネームド艦娘の噂話をする程度ね。

 だから、私みたいに彼女に憧れてる人や直接関わったことがある人以外は、この前の作戦で戦死した神通さんが九代目だって事も知らないはずよ。

 

 「情けない話ですが、私は大城戸教官も含めて駆逐艦にしか師事した事がありません。私は駆逐艦に育てられた軽巡洋艦なんです。そんな私が、次の神通が着任するまでの間とは言え二水戦の旗艦を預かることに罪悪感すら感じています」

 

 提督から彼女の死とその状況を聞かされた時は、憧れてた人の死を悲しむ気持ちと、一時とは言え二水戦の旗艦を務めることができる喜びがごちゃ混ぜになって軽くパニックになった。

 逃げようかとも考えたわね。

 まあ、その後の神風たちの喧嘩と阿賀野姉のだらしなさのせいで悪い意味で正気になっちゃったけど。

 

 「それでも、引き受けたからには全うするつもりです。あの子たちに喧嘩も売っちゃいましたし」

 

 私がいつまで旗艦でいられるかはわからない。

 でも旗艦でいる間は、貴女が育てた二水戦を責任もって導きます。いつか着任する、貴女の名を継ぐ人に胸を張ってあの子たちを引き渡せるように。

 

 「第二水雷戦隊、預かります」

 

 私は敬礼して静かに、でもハッキリと慰霊碑に向けて宣言した。

 華のように戦場で散っていった、彼女たちが少しでも安心して眠れるようにと想いを込めて。

 

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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