艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第九十二話 だらしないったら

 

 

 

 阿賀野姉との私生活?

 はっきり言ってホームレスと生活した方がマシだったわね。何回言っても部屋は散らかすしお風呂にも入らない。オムツに垂れ流すのをやめてくれないどころか……。

 え?ホームレスは意外ときれい好き?んな事はどうでもいいのよ!

 今はホームレスじゃなくて阿賀野姉の話でしょ!?

 

 で、実際どんな感じだったのか?

 う~ん……。

 まず、一日の大半は寝て過ごしたわ。いやホント、よくもまあそんなに寝れるわねってくらい寝てたの。

 起きるのは朝昼晩のご飯時と夜中にみんなが寝静まった後くらいだったわね。

 

 真夜中に起きて何をしてたのか?

 さあ?何をしてたのかまではわからないけど、私が起きる頃には帰ってきてて、汗でずぶ濡れになった制服を脱ぎ散らかしてお風呂にも入らずに寝てたわ。

 

 尾行してみなかったのかですって?

 あのねぇ……ただせさえ二水戦の子達の訓練でクタクタだったのにそんな余裕があるわけないでしょ!?

 体力馬鹿が総出で張り合ってくるもんだから常に全力でお風呂上がりに脱衣所で寝ちゃったのも一度や二度じゃ……って、それは今いいわね。

 

 え?制服を着てたのか?

 ええ、普段はほぼ全裸のクセに、夜中に部屋を出るときは必ず制服を着て出てたみたい。

 今にして思うと、あの人はあの時間帯に一人で訓練してたんじゃないかな。

 

 どうしてそう思うのか?

 じゃないとあの人の強さに説明がつかないからよ。

 貴女だって、阿賀野姉があの規格外を相手に戦った試合を見たでしょ?

 そう、それまで『だらし姉ぇ』って呼ばれてたあの人の評価が一変したあの試合よ。

 

 もし、あの人が普段からあの時みたいな感じだったら、『一人艦隊』と呼ばれていたのは大淀さんではなく阿賀野姉だったかもしれないわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 呉に所属している駆逐艦で阿賀野さんに従う子はいない。阿賀野さんの事情を知る私と霰姉さん以外はって但し書きはつくけどね。

 でもまあ、阿賀野さんが事情を知らない駆逐艦たちに慕われないのは彼女の普段の行いが主な原因だから自業自得と言えなくもないの。

 だって、事情を知ってる私でさえ仕方がないと諦めるほど酷いんだもの。

 

 「また、こんな時間に訓練ですか?阿賀野さん」

 「なぁんだ、霞ちゃんか……。阿賀野に何かご用?」

 「いえ、単に散歩してたら阿賀野さんの姿が見えたので声をかけただけです」

 「散歩?こんな時間に?」

 「ええ、()()()()()に」

 

 夜間の見廻りをしてくれてる海兵さんと、夜間の非常事態に備えて待機している提督補佐と駆逐隊を除いて起きてる者がいない午前0時過ぎ。

 こんな真夜中に工廠付近をうろつく艦娘なんて阿賀野さんくらいしかいないと思って声をかけてみたら案の定だったわ。

 この人は相変わらず、こんな夜中に人目を忍んで訓練してるのか。

 

 「昼間なら実弾を使っての訓練もできるのに、どうしてそうしないんですか?」

 「何の事かな?阿賀野も霞ちゃんと同じでお散歩してるだけだよ~?」

 「とぼけても無駄ですよ。阿賀野さんが艤装を無断使用しているのを誤魔化してるのは私なんですから。それに、夜中に訓練している事は司令官も知ってます」

 「へぇ、だから()()()以来、艤装の持ち出しを咎められなくなったのね~。納得納得」

 

 円満が見たら千切りかねないほど大きい胸を持ち上げるように腕を組んでうんうんと肯く阿賀野さんが言った『あの日』とは、今から三年半ほど前の演習大会で朝潮だった頃の大淀に私がコテンパンにされた日。

 あの日以来、私が司令官の秘書艦を金剛さんと交代で務めるようになった事を思い出して、艤装の無断使用を咎められる事も、就寝時間を過ぎて訓練しても何も言われなくなったのに納得したんでしょう。

 

 「まだ、ダメそうですか?」

 「何が~?霞ちゃんが何言ってるのか阿賀野ぜ~んぜんわかんな~い」

 

 嘘つけ。

 わかんな~いとか言ってニコニコしてるのに若干殺気立ってるじゃない。

 私が、先の作戦に参加できたことでやさぐれた気持ちが少しは解消できたかって意味で聞いた事、本当はわかってんでしょ?

 これ以上は殴られる危険もあるし、阿賀野さんの心の傷をえぐるのに罪悪感も感じるけど、通話状態にしたスマホの向こう側にいる人に今の阿賀野さんの状態を知ってもらうために少し挑発気味に揺さぶってみようかな。

 

 「円満……じゃないや、紫印提督は最初、直衛艦隊の旗艦は那珂さんに任せるつもりだったそうです。それなのに、なんで貴女にお鉢が回ったかわかりますか?」

 「さあ?()()()()()()が余計なお節介でも焼いたのかな?」

 「そうです。『艦隊のアイドル』と謳われる那珂さんよりも役に立つと言って納得して貰いました。そうそう、大淀に比肩するとも言いましたね」

 「大淀に比肩する?阿賀野が?何それウケるんですけど~♪」

 

 さて、突然ですが問題です。

 そう聞いてお腹を抱えて笑ってた阿賀野さんは私に何をしたでしょう。

 なんて、思わず現実逃避しちゃいたくなるくらい、私は力一杯左頬を殴られて軽く吹っ飛んだ。

 口の中が鉄の味で一杯。しかも、何か堅い物が舌の上を転がってるわ。たぶんこれって……。

 

 「痛たた……。やっぱり奥歯が折れてたか」

 「ごめんね~?でも高速修復材でうがいすればまた生えてくるでしょ~?」

 「ええそうね。苦いから出来ればしたくありませんが……」

 「私を挑発した代償と思って我慢する?」

 「ええ、もう2~3本は覚悟する必要がありますので」

 

 私を見下ろす阿賀野さんの顔が悲しげに歪んだ。

 もうやめて。私は現状に満足してる。だから、これ以上私を追い詰めないで。とでも言いたいのかしら。

 でも私はやめない。

 貴女からすれば、私がやってる事は余計なお世話だろうし自己満足だと言われても仕方ない。

 でももう、貴女が堕落していくのを見たくない。

 

 「貴女の活躍は紫印提督も評価してくれました。優秀だって言ってくれました」

 「やめて。聞きたくない」

 「いいえやめません。貴女を作戦に参加させるために司令官がなんて言ったかわかりますか?」

 「知りたくない。だからもうやめて」

 「彼は自身の進退を賭けました。貴女がミスをしたら提督を辞める。不足なら命まで差し出すって言いました」

 「やめろって言ってるでしょ!そんな話を聞かせてどうしようってのよ!阿賀野にどうしろって言うのよ!」

 「私はどうしろなんて言いません。言っても無駄でしょうから」

 「だったら……!」

 

 なんでやめてくれないの。って、続けようとしたのかな。悔しそうに黙り込んじゃったからわからないけど、たぶんそうなんだと思う。

 

 「こういう言い方をすると馬鹿にしてると思われるかもしれませんが、阿賀野さんはやれば出来る人です。阿賀野さんがその気にさえなれば、きっと大淀にだって負けません」

 「あの規格外に阿賀野が?冗談やめてよ。阿賀野なんかが彼女に勝てるわけないじゃない」

 「大淀の戦い方を参考にして毎晩訓練してるのにですか?いや、参考にするどころか大淀を仮想敵にしてますよね?」

 

 驚いてるみたいね。

 もしかしなくても、自分の訓練を誰かが観察してたなんて考えもしなかったんでしょう。

 もっとも、見てたのは私じゃないんだけど。

 

 「どうして……それを」

 「動きを見ればわかります。貴女の砲撃姿勢は動きの緩急が激しい相手。もっと言えば脚技を使う者を想定している。さらに、あの危険極まりない艤装の使い方。あれは対深海棲艦じゃなくて対大淀用ですよね?」

 「どうして、そう思うの?」

 「深海棲艦との戦いが基本的に艦隊戦だからですよ。それなのに、()()は艦隊戦どころか後の事も考えていない。神通さんを上回る程の実力者である貴女でも倒せないと想定している者を()()()で倒すためのモノです。そんな相手、私が知る限り大淀しかいません」

 

 これに気付いたのも私じゃない。

 気付いたのは、阿賀野さんの訓練を見守っていた司令官よ。

 司令官は阿賀野さんの訓練風景を見て、その動きに違和感を覚えた。これは何を相手に戦うことを想定した訓練なんだ?ってね。

 相談を受けた私自身最初はわからなかった。

 でも作戦を終えて呉へ帰る途中、記録された阿賀野さんの戦闘映像を円満に見せてもらって確信したの。

 阿賀野さんの動きは大淀。いえ、朝潮だった頃の大淀を参考にしたものだって。

 

 「今の大淀の戦い方。知りたくないですか?」

 「……知りたくない」

 「そうですか。でも知りたくなったらいつでも言ってください。()()の大淀を御覧に入れますよ」

 

 私がそう言うと、阿賀野さんは話は終わりとばかりに踵を返して再び工廠へと歩き出した。

 知りたいけど、今は知る必要がないから知りたいとは言えないのかしら。

 知る必要が出れば聞きに来てくれるのかな。

 それとも、現状で十分だと判断してるのかしら。

 いや、後者はない。

 あの人は慢心したりしないもの。

 だってあの人は、司令官に冷遇された時期がなかったら鬼どころか修羅と呼ばれてもおかしくない程自分に厳しい人なんだもの。

 

 「ちゃんと、聞こえてた?」

 『ああ、だいぶ拗らせているようだ』

 

 明日、いえ今日も仕事だって言うのにこんな真夜中まで私の我が儘に付き合ってくれた人は、私が話し掛けると即座に答えてくれた。

 元帥になっても、駆逐艦の真摯な願いには真剣に向き合ってくれるのはこの人の数多い美点の一つね。

 

 「何とか……出来ませんか?私と司令官じゃ、あの人を助けられないんです」

 

 だから、この人に頼ることにした。

 阿賀野さんをこのままにしたくないと言う私の我が儘を叶えるために、海軍で一番偉い人に頼る事にしたの。

 

 『都合の良いことに、うちの馬鹿娘が進行させている悪巧みが使えそうだ。だから話しておこう、大淀には秘密にしてな』

 「大淀には言わないんですか?」

 『ああ。彼女に予め教えておくと、上手い具合に火がつかないかもしれないのでな』

 

 言われてみれば確かに。

 アイツに「阿賀野さんを助けて」なんて言おうものなら、どうして良いかわからずに中途半端な結果になりかねない。

 悩みすぎて、本来の実力を発揮できずに大淀の方が負けるまで有り得るわ。

 

 「お願いします。あの人を助けてください」

 

 私は口の中に広がる血の味を噛み締めながら、ここにはいないあの人に頭を下げた。

 類い稀な才能を持ちながらもそれを発揮できる舞台を与えられず、評価もされず、終には腐ってしまった軽巡洋艦を助けてと。

 その我が儘に、彼は一言「任せておけ」と答えてくれた。

 

 「もし、配属先があの人の所だったら……」

 

 私も阿賀野さんも腐らずに済んだのかもしれない。

 だって通話を終了しても、あの人の「任せておけ」の一言が耳に残って私を安心させてくれるんだもの。

 実際に手を下すのは大淀で結果もまだ出ていないのに、私はすでに安心しきってる。

 もう大丈夫。阿賀野さんもきっと立ち直れるって確信してるわ。

 

  「まあそうだったらそうだったで、姉さんや大淀とあの人を取り合わなくちゃいけなかったか」

 

 うぅ……自分がした想像で背筋が寒くなってしまった。姉さんと大淀を相手にあのオッサンを取り合う?

 そんなの、命がいくつあっても足りないったら。

 

 「でも、あの二人みたいに私が強かったら……」

 

 あの人に頼らなくてもよかった。大淀に嫌な役回りをさせなくても済んだ。

 私は朝潮姉さんみたいに強くない。

 大淀と違ってチートレベルの天才じゃない。

 澪みたいな特殊な身体能力があるわけでもないし、恵のように深海化も使えない。

 それに、円満のように頭も良くないし、霰姉さんのように底知れない怖さを隠してもいない。

 そんな、凡人代表みたいな私は誰かに頼ることしか出来ない。

 たまにそれが、どうしようもなく悔しくて仕方がなくなる。

 

 「ったく、だらしないったら」

 

 私は誰にともなくそう呟いて、工廠から月明かりに照らされた海へと漕ぎ出して行く阿賀野さんを見えなくなるまで眺め続けた。

 

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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