その日も阿賀野姉は惰眠を貪ってたわ。
ええ、紫印提督から『艦種別国際艦娘演習大会』開催の通達が呉提督に届けられた日よ。
私?私はいつも通り、朝から脳筋どもの相手をしてたんだけど、午前の訓練を終えて工廠に戻った時に霞から「
当然、旗艦の私がいないんだから午後からの訓練は自主練にしたわ。
陽炎からは「何かしたんですか?」なんて探りを入れられたりもしたから、阿賀野姉を連れて来いって言われたんだと伝えたわ。別に内密で連れて来いとはいわれてなかったしね。
そしたら陽炎は「あ~、ついに解体かなぁ……」なんて不吉な事を言ってくれたっけ。
いや、そう言われてもおかしくないくらい私生活が酷かったのよ。
実際、私が同居し始めるまで部屋の臭いに対する苦情が凄かったそうだし、阿賀野姉が食堂に来る時間帯には他の艦娘達は波が引くようにサーッと逃げてったらしいの。
でもあの日以来、阿賀野姉の生活態度が一変した。
日が昇っている内は部屋に引き込もって真夜中に出掛けるってスタイルは変わらなかったけど、今度は逆にいつ寝てるの?って聞きたくなるくらい寝てる姿を見なくなったのよ。
部屋で何をしてたのか?
簡単に言うと、提督から貸し出されたノートPCの画面を齧り付くようにして見てたわ。
文字通り朝から晩まで、食事をする時間すら惜しんでずぅ~っとね。
~戦後回想録~
元軽巡 矢矧へのインタビューより。
ーーーーーーーーーー
「阿賀野姉起きて!ほら!提督に呼び出し食らってるんだから起きなさい!早く!」
「やぁだぁ~。もうちょっと寝るのぉ~」
「一日何時間寝る気よ!もうお昼なのよ!?」
「え~?じゃあまだ36時くらいじゃなぁい。朝ご飯まで寝るぅ~」
「36時って何よ36時って!この星の一日は24時間よ!?」
「阿賀野の星では一日48時間なのぉ~。きらり~ん☆」
眠たいとか言いながら、律儀に額の前で右手をそれっぽい形にしてきらり~ん☆とか言ってんじゃないわよバカ姉。
普通の人なら起こして顔洗わせて着替えさせるだけで連れて行けるけど、阿賀野姉の場合はなぜか汗だくのまま寝てるからお風呂にも入れなきゃいけないんだからサッサと起きろ。マジで。
「やだやだぁ~。執務室なんて行きたくなぁい~!」
「出頭命令が出てるのに拒否できるわけないでしょうが。ってか重い!お願いだから自分で歩いてくれない!?」
「動きたくないでござる!絶対に動きたくないでござる!」とか言って抵抗する阿賀野姉を無理矢理裸にして(身に着けてたのはオムツだけ)体を濡れタオルで拭いてやり、着替えまでさせて部屋から引っ張り出したものの、動きたくないとかダダこねるから仕方なく襟首掴んで引っ張ってるけど無駄に重いわこの人。
日頃からだらけてる割にデブじゃないからもっと軽いかと思ってたのに、まるで岩でも引っ張ってるような気分になってくる。
「ねぇ。本当に入らなくちゃダメ?」
「目の前に来てまで往生際の悪い……。出頭しろって命じられてるんだからダメに決まってるでしょ」
「そう、わかった」
へぇ、やれば出来るんじゃない。
スックと立ち上がって身なりを整えた阿賀野姉からは普段のだらしなさが欠片も感じられない。どこに出しても恥ずかしくない立派な艦娘だわ。普段からこうしてれば良いのに……。
「久しぶりだね阿賀野。直接会うのは5年ぶりかな?」
「6年です。阿賀野が部屋に引き籠もり始めたのがそれくらいからなので」
入室の許可を霞から貰って入るなりフレンドリーに話し掛けてくれた提督に対して、阿賀野姉は仏頂面&面倒臭さ全開。敵意すら感じるわね。過去に、この二人の間で何かあったのかしら。
って、今6年って言った?この人6年もあんな自堕落な生活してたの!?
「で?要件は何です?解体ですか?」
「君が望むならまだしも、僕から進んで君ほどの艦娘を解体なんてしないよ」
「飼い殺しにしといてどの口が言うんです?阿賀野がこの6年、どんな想いで過ごしたと……!」
「その事に関しては弁解のしようもない。完全に僕の落ち度だ。その罪滅ぼしという訳ではないんだが、君にとって良い話が舞い込んだのでを伝えようと思ってね」
「良い話?」
ふむ、想像するに、呉提督と阿賀野姉はかつて恋人同士だった。それがどういう訳か別れちゃって、阿賀野姉は引き籠もりになっちゃった。
なんてのはどうだろう。
それで今日、阿賀野姉のご機嫌を取れそうな話が舞い込んだから、それを切っ掛けによりを戻そうとか考えてるのかも知れないわ。
いや、十中八九間違ってるのはわかってるのよ?
でも、事情も知らないのに阿賀野姉の隣に立たされて話を一方的に聞かされている身としては、そんな有り得ないような妄想でもして時間が過ぎるのを待つしかないのよ。
「単刀直入に言おう。今冬に行われる予定の『艦種別国際艦娘演習大会』で君と大淀君の試合が組まれている。君にはそれに出てもらいたい」
「阿賀野姉が大淀さんと試合!?マジで!?」
あ……ビックリし過ぎて思わず声を上げちゃったせいで話の腰を折っちゃった。
呉提督は和やかだけど、霞は眉間にしわを寄せて怒るべきか黙っておくべきか悩んで、阿賀野姉は呆れたような目で私を見てるわ。本当に申し訳ありません。
「話を戻すけど……。どうだい?阿賀野。君にとっては望みに望んだ相手との試合じゃないかな?」
「はぁ?阿賀野があの化け物と戦いたがってたって言いたいの?」
「君の訓練を見た限りではそう思えたけど違うのかい?君は大淀君に勝つため。いや、自分の実力をわかりやすく示すために彼女を研究してたんじゃないのかい?」
阿賀野姉は呉提督の問いかけに無言で返した。それどころか、呉提督ではなく霞を睨んでるわ。
まるで「余計なことをしたのはアンタね?」とでも言わんばかりに。
「これを君に。今の君が一番欲しがっているはずの物だ」
「……そんな物をどうやって手に入れたの?彼女は大本営付きの軽巡洋艦。しかも元帥夫人でしょう?機密レベルは相当高いはずよ」
「かなり特殊なコネがあってね。外部にけっして漏らさないという条件付きで譲ってもらったんだ」
かなり重要な物のように言ってはいるものの、呉提督が執務机の上に置いて差し出したのは何の変哲もないノートPC。
これが、阿賀野姉が一番欲しがっている物?
かなり偏見が入ってる気はするけど、引き籠もりと言えばネトゲだからネトゲをするためにPCを欲しがってたのかしら……って、そんな訳ないわね。
今ままで話から察するに、阿賀野姉が欲しているのはあのノートPCに入っているデータ。
さらに言うなら、対戦相手(予定)である大淀さんの戦闘記録だわ。
そんな、ワダツミの設計図並みの軍事機密を呉提督はどうやって手に入れたのかしら。
「そしてもう一つ。君が大淀君に勝った場合は、君が
「阿賀野が望むこと、わかっててそのセリフを吐いてるの?」
阿賀野姉の言葉に、呉提督ではなく霞が身を強張らせた。何かを言い掛けて思い留まったようにも見えるわ。
阿賀野姉が望むことって、霞が動揺するほどの事なの?
「もちろんだ。君が望むなら僕は何でもするし、
呉提督の瞳は真剣そのもの。何かを覚悟しているようにも見える。
その瞳を前にしても、阿賀野姉は変わらずどこか面倒臭そうな顔をしている。
いや、その感じを保ってるのかしら。
だって表情は相変わらずなのに、血が滴りそうなほど拳を固く握り締めているもの。
「いいわ。その試合に出てあげる」
「そうか。君用に訓練場は確保してあるから、霞に場所を聞いて好きな時に使ってくれ。それと艤装はもちろん兵装ユニット、燃料弾薬ボーキサイト。必要な物を好きなだけ使いなさい」
「あぁそう。じゃあ好きに使わせてもらうわ」
それだけ言って、阿賀野姉はノートPCを引ったくるように受け取って執務室から出て行った。
残された私は、重苦しい空気に満たされた執務室で何をすればいいのかしら。
取り敢えず、阿賀野姉の不敬を謝った方が良い?
「矢矧君」
「は、はい!阿賀野姉が大変失礼な物言いをしてしまって申し訳あり……」
「ああ、それは良いんだ。それよりも、君に頼みたいことがあるんだけどいいかな?」
「は、はぁ、私に出来ることなら……」
「二水戦の訓練で忙しいとは思うけど、彼女をサポートしてやってくれないか?」
「サポート、ですか?」
え?サポートって何すれば良いの?
いつもみたいに掃除洗濯して、お風呂にも連れてって体を洗ってあげたりオムツ交換をしてあげれば良いのかしら。
それなら、呉に来てからの二週間余りで介護士さんに褒められそうなくらい上手くなった自身があるから別にかまわないけど……。
「きっと彼女は、寝食を惜しんで大淀君対策を練るだろう。だから、本来の職務とは逸脱するけど彼女の生活の面倒を見て欲しいんだ」
「それならいつもしていますから構いませんが……」
「いつも以上にだよ。そのために二水戦との訓練が障害になるなら、試合が終わるまで訓練を休んでも構わない」
いやどんだけ?
呉提督はその試合にどれだけ力を入れてるの?
そりゃあ『一人艦隊』と謳われ、名実共に海軍最強の艦娘である大淀さんに阿賀野姉が勝てば鎮守府としては名誉な事なんでしょうよ?
でもそれだけ?
さっきの呉提督と阿賀野姉のやり取りを見る限り、それだけのために阿賀野姉をサポートしろって言ってるようには思えない。
「失礼ながら、提督と阿賀野姉は過去に何かあったんですか?例えばその……」
「恋人同士だった。とかかな?」
「え、ええまあ……」
「残念ながら、僕と彼女がそんな関係だったことはないよ。むしろ逆かな」
「逆?」
「そう、逆さ。僕と彼女の間に信頼関係など無かった。なさ過ぎたんだ……」
呉提督は何かを後悔しているような顔で、最後に「強いて言うなら、僕は償いがしたいんだ」と言って、私に退室を促した。
ーーーーーーーーーー
部屋に戻ると、阿賀野姉はノートPCの画面を凝視しながらブツブツと独り言を繰り返してたわ。
例えば「あの偵察機は何のため?ああ、アレで死角を潰してるのね」とか「砲撃の精度が駆逐艦だった頃の比じゃない。もしかして、索敵能力のほとんどを照準に使ってる?」ってね。
私もチラッと覗いたんだけど、重巡棲姫を一撃で撃破した映像を見て背筋が寒くなったのを覚えてるわ。
ええ、本当に一撃。
私や朝風達が苦戦し、神風が捨て身の突撃でやっと倒した重巡棲姫とは別の個体ではあるけど、ほぼ同スペックと思われる重巡棲姫を大淀さんは一回の砲撃でいとも簡単に屠って見せたの。
でもあの映像、大淀さんじゃなくて第三者視点だったわね。誰が記録した映像だったのかしら。
え?それから?
それから丸一週間、阿賀野姉はノートPCに記録された大淀さんの映像を、文字通り寝食を惜しむどころかせずに見続けたわ。
私が食事を用意しても、たまに水とカ〇リーメイトを口に入れるだけで「お手洗いに行きたくなるからいらない」って言って食べなかったんだから。
そしてちょうど一週間後。
今度は逆に、丸一週間寝続けたわ。まるで、寝てなかった期間を取り戻そうとしてるようにも見えたっけ。
一週間後に起きたときはガリガリに痩せ細ってたわね。
当然でしょ?だって都合二週間、ほとんど飲まず食わずだったんだもの。
訓練はしなかったのか?
してたらしいわよ?
起きてから、横須賀の食母が真っ青になるくらい食事して後、阿賀野姉は呉提督から貰ったノートPCを持って姿を消したから詳細は知らないんだけど、その事を霞に聞いたら「とある場所で、大淀程じゃないけど強い人を相手に訓練してる」って教えてくれたわ。
その相手が誰なのかは、後の阿賀野姉と大淀さんの試合を見てなんとなくわかったわ。
だって動きがソックリだったし、あの人が居た場所と呉鎮守府は目と鼻の先と言って良いほど近かったんだから。
~戦後回想録~
元軽巡 矢矧へのインタビューより。
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)