……優しかったお母さんの振る舞いにあれ? というのが見え始めたのは、そしてそれに呼応して叔父さんや叔母さんが私に何かを求めるようになったのは、中学に入ってすぐにの頃だったと思います。いえ、ほんとうは、もっと早くに兆候があったのかもしれません。私がお母さんの苦しみに気づいてなかっただけだったのかもしれません。……もっとも、私なんかが気づいていても、何かできたとは思えませんけど……。
ある日、私がお家に帰ってくると、お母さんは一心不乱に、テレビの中のアイドルを見ていました。最初は、ただの気まぐれだと思いましたけど……。でも、次第におかしいと思うようになりました。
……お母さんは、古今東西のアイドルやバンドに関する本を買い集めるようになり、積み上げられたそれを見ては海より深い溜息をつく、ひたすらそれを反復するようになりました。時には、ご飯を作ったり洗濯をしたりすることすら忘れて。目も怖かったです。画面の向こう側に何を見てるのか、もう帰れない遠い彼方を見ているような光の無い深淵の瞳でした。
そしてある時、お母さんは私にそういう本を見ることを暗に強要するようになりました。有無を言わさずに。そして繰り返すのです、乃々は私に似てきたねって。虚ろな目で私を見つめて頰を撫でながら。そして愚痴るのです、何度も同じ話を。夢を追うことが許されなかった昔話を、何度も。
……いえ、私を似ているというのは、実際にはもっと前からですけど。私を似てきたと初めて言った、その直後からお母さんは古いアイドルの本やビデオに没頭するようになりました。
……芸能界に繋がりのある仕事をしてる叔父さんからアイドルの代役の仕事を頼まれたのは、それからほどなくしてからした。
……最初からわかっていました。それが単なる代役ではないことくらい、代役なら他にももっと向いてる子がいることくらい。でも、叔父さんたちは私じゃないとダメなのだと言って、頭を下げながら外堀を固めていきました。私が目立ちたくないことを、人見知りなことを逆用すれば、大人が私に嫌な仕事をするよう仕向けるのは、簡単なことでした。
わかっています、わかっているんです。それでも、私は一度だけ聞きました。……何故なのと。
すると叔父さんたちは、少し黙った後、こう言いました。お母さんも喜ぶよって。
思った通りです。叔父さんたちは、おかしくなったお母さんの心を満たすために、私を使っているんです。
そしてこうも言いました。森久保家のために頑張ってくれと。
私は、「乃々」としてではなく、「森久保」家のパーツの一つとして、壊れた他のパーツの代わりになるためだけに働いているのでした。私自身は誰にも必要とされていません。お母さんの青春時代の現し身として、代わりとなり得る存在が必要なだけでした。
私にそれを拒否する権利はありません。親を盾にとって、有無を言わせずに私を親のための生贄にするのです。でも、私にはお母さんの代わりなんてできません。
私はただの「森久保」……ただでさえ自分を主張できなかった私は、家族のトラブルと思惑に翻弄され、お母さんの代わりに、なるべく自分を押し殺すことを強いられました。「ただの森久保」、そうなるには、自己主張の乏しかった当時の私ほど都合の良い子供はいなかったのでしょう。
……なら、事前に予防線を張るしかないじゃないですか。私が失敗してお母さんが壊れても、私は言うべきことは言ったんだと。
無理……。むり……。むーりぃ……。
私はそうやって、お母さんの代わりを期待されながらも、それを壊していくのです。