……私が嫌な仕事を、いや、お母さんの代わりをしなくてよくなるには、失望してもらうしかありません。森久保がお母さんではないことを知ってもらわないと、私が静かに暮らすことはできそうにありませんでした。何故なら、私の代役が予想以上に成功して、既に部屋から出られなくなっていたお母さんが少し元気になってから、叔父さんたちも熱に浮かされたようになったのです。もっとも、叔父さんたちの熱の何割かはお金も舞い込んでくるからというのもあったようですが……。
でも、どうしたらいいのだろう。私が自分を改めて作り直そうと思ったのは初めてです。今までは目立ちたくなかった、流行りに乗ってまで面倒な騒ぎに身を投じたくはなかった。私にとっての私らしさとは、静かに、平穏に、それをありのままだと言えるように過ごすことだったから。
手鏡を見ました。……サラサラのまっすぐな黒髪。形の良い耳。清楚で自然体の服装。まさに、昔のお母さんの写真に瓜二つです。これが、私が期待される理由です。
お母さんが私を過去の自分の代わりにしようとする理由で、叔父さんたちが、それに応えさせようとする理由です。同時に、お母さんが過去に戻ろうとするようになってしまった元凶でもあります。
……逆に言えば、この昔のお母さんにそっくりな、正統派の清楚アイドルに相応しいと言われる(自覚はないですけど……)見た目さえなければ、森久保はただの地味で臆病で駄目な子。ただの駄目な子に戻れるんです。森久保家のみんなを裏切ることになっても、私は私に戻れるんです。そうなれば、この苦行からは解放されるのかも……。さらに言えば、もとからこの見た目でなければ、お母さんがおかしくなることもなかったかもしれないのです。
……私はこれまで誰かに必要とされたことなんてありません。私が必要とされたのは、お母さんに夢を見続けさせるための、今回が初めてなんです。私、乃々が必要とされているのではなく、お母さんの現し身としての森久保が必要とされてるだけ。……そこにほんとうの私はいません。
森久保はお母さんの失われた青春のための生贄。ならば、それに値するだけの価値がない子になってしまうしかないじゃないですか。
幸いにして、アイドル活動という苦行を始めてから、お小遣いだけは余裕があります。このお金さえあれば、森久保はお母さんの影から解放されるかもしれないわけです。
だから私は、散歩コースにしている人のいない森をたまたま、やるせない気持ちになって普段より長く歩いて、隣町に抜けてしまった時、ある意味他にはないと思いました。……親が連れて行ってくれなかった隣町には、私のお小遣いで十分に利用できる美容院やその他の施設があっから。
……今思えば、理由はそれだけでもなかったのかもしれません。もともと人に見られるのが苦手だった私が、いざ見られてみればそれはお母さんの代わり。ならいっそ、私をせめて見て欲しかったのかもしれません。
……抵抗はありました。入る時は、頼む時は魂が消し飛ぶかと思いましたけど……それでも一歩を踏み出せたのは、多分、森を抜けた先にある街だったからでしょうか。
そんなわけで私は、母から受け継いだ容貌や雰囲気を捨てました。真逆になろうとした結果、ともすればギャルっぽいと言われるような見た目に……。でも、理由は後からいくらでもつけられます。嘘つくのは苦手なんですけど……アイドル活動にはこの方が向いてるとか、流行りに乗らないといぢめられるとか、その程度の言い訳なら思いつきます。
髪色はブロンズに染め、パーマで後ろ髪の量をかさ増しした上でロールさせました。そしてピアスの穴も開けました、途中で緊張の余りに気絶しましたけど……。なんとか、やけになって最後までやりました。やれるところまでやりました。
鏡を見ます。……一体誰ですか、これは。それが第一の感想でした。間違いなくこの見た目では目立ちます。人の視線を集めるでしょう、人の視線はきっと光に飛び込む秋刀魚のように刺さってきます。それは私にとっては苦行に他なりません。想像しただけで脳が沸騰しそうになる上に、それは私が後戻りのできないことをしてしまったという現実をあらゆる感覚に語りかけてきます。耐えきれなかった私は、その場で吐いてしまいました。
……でも、同時に何か殻を破れた気もしました。私ははっきり言って、今までの自分のことが、容姿も含めて嫌いでした。もし、これが今までの自分との連続性に少しでも楔を打ち込むことになり得るなら、それも悪くないのかもしれません。
……とにかくこうして私は、森久保はお母さんの影から乃々として独立できた……はずでした。