……森久保の母方のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんはとても怖い人で……私も帰省する度に情け無いとかシャキッとしろとか森久保家の恥だとか怒鳴られてたんですけど……それで、人が怖くなって。
……だって、何を言っても怒るんです。言われた通りのことをしても、返事に気迫が無いとかやる気が感じられないとか言われるんですけど。だったら、最初から会わない方が、何も話さない方がいいじゃないですか……。
……それで、そのお祖父ちゃんたちは昔からお母さんにも厳しくしてたみたいで……昔ながらの良妻賢母を目指す以外は許さないって……。とにかく、お祖父ちゃんの頭の中では理想の家庭像が出来上がっていて、私もお母さんも、その線から少しでも外れることは許されなかったのです。
でも、お母さんは私くらいの歳の時、アイドルとか歌手とか役者とか、そういう世界に憧れてたらしいんです。……当然、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが許してくれるはずはありません。家政大学に行って、良いお婿さんを貰い模範的な主婦になる以外にお母さんの人生の選択肢はありませんでした。
だからお母さんはずっと、自分のほんとうの気持ちを押し殺して生きてきて、私を産んでからも、自分を偽って母の務めをしてきたのです。……夢を諦めて主婦として家族のために生きることが敷かれたレールだったのだとしたら、もしかしたら私を産んだのも、私を育てていたのも、それも全て望まないこと、お祖父ちゃんの掌の上で転がされた結果に過ぎないのかもしれません。だったら、私はお母さんにとって、自分の生き方を否定した存在の残滓に過ぎないのかもしれません……。
……それもそのはずで、限界が近かったんです。お母さんの中で抑圧されたものはどんどん溜まっていって、殻を内側から引き裂いて……。それがついに破裂してしまったのは、私が在りし日のお母さんに本格的に似てきたかららしいのです。私を見るたびに、時間を超えた鏡を見ているような、そして過去の自分に責められているように思えたんです。どうしてアイドルにならなかったの、どうして私の夢を捨ててしまったの、どうして親に屈したの、って。
……そんなこと言われたら、まるで私がお母さんを責めているって言われてるみたいじゃないですか。
それからお母さんはおかしくなりました。家事もせず、私や弟との会話もほとんどできず、寝室に篭って、憧れていたアイドルのビデオを反復して見るようにに……。それだけが、自分の人生を持てなかったお母さんにとって許された選択肢だったのです。お祖父ちゃんが死んだ今、人生をやり直すにはもう遅いけど、思い通りにいかなかった現実から逃げて、過去の夢に浸る。その自由だけは手に入ったんです。だからお母さんは、初めて自由になって、他の全てを放り投げて虚ろな夢を見ようとしたんです。
……叔父さんたちは、これをお母さんが現実に耐えきれずに壊れたんだと判断しました。正確には、壊れる寸前で過去の夢を追体験して退行することで踏み留まっているのだと。そして、それができなくなってほんとうに壊れてしまったら、どうすればいいかわからないと。
……叔父さんは、お母さんがこれ以上壊れることを阻止するには、お母さん本人すら自分の面影を見出すようになってきた私を、森久保をアイドルにさせることで、お母さんに果たせなかった夢を疑似体験させるしかないって思ったらしいのです。……嫌でというか重荷でというか……とにかく逃れたかったです。それで私は、少しでも昔のお母さんと違う見た目になったら解放されないかと……。