森久保がもりくぼになった時   作:雫。

8 / 11
信念、私はここに

……状況を整理します。

 

お母さんは、相変わらず半年前と同じように、潰えた夢への感傷に浸りつつ現実逃避をしていました。そして、その思い出の中には凛さんに似た雰囲気の女の子がいました。多分、叔父さんが私と凛さんが組むのを妨害したのは、お母さんが自己投影している私が凛さんと並ぶことにより、トラウマが呼び覚まされてもっとおかしくなることを警戒してのことでしょう。

 

……しかし、それはお母さんが自分自信と私・森久保乃々、そしてトラウマのある人と凛さん。この四者二組を区別できない、全く境界を引くことができないだろうという前提のもとの予測です。でも、私を含めた家族のほとんどは、誰もお母さんの病状の変化を見てこなかったのです。お母さんのほんとうの状態を知るのが、自分たちの対応の結果を知るのが怖くて、あの聖域にお母さんを閉じ込めたまま、なるべく距離を置いて、真実から目を背けてきました。

 

でも、ほんとうのお母さんと半年ぶりに話してみて、そうではないことがわかりました。決して普通の状態だとは、元に戻ったとは言えません。でも、確実に有していたのです、自分と他者を、他者と他者を明確に線引きするだけの理性は。

 

それが元からだったのか、快方に向かっていることを意味しているのかはわかりません。少なくとも、半年前の段階ではもっと酷かったような気もしますが、これとてお母さんと関わらなかった期間が長過ぎた故の悪い意味での思い出補正かもしれないです。もしかしたら、私がアイドル活動をしてるのを見て、少しだけ良くなった可能性もほんの少しだけあるのかもしれません。

 

とはいえ、今重要なのは、叔父さんの懸念が杞憂な可能性もあるということです。もちろん、確実にお母さんに影響を及ぼさないことを考えるなら、森久保と凛さんがユニットを組むのはよした方がいいのでしょう。でも、今のお母さんは明らかに最低限人の区別ができる状態でした。だとすれば、むしろ何の変化も無く、今のままの私を見せ続けることは、お母さんのためになるのでしょうか。

 

……少なくとも、良い影響は与えないでしょう。確かに、私がお母さんと話して感じた主観的な印象が間違っていたなら、叔父さんの言う通りこのまま行くのが一番です。でも、もしお母さんが快方に向かっているのだとしたら、お母さんが見る私にも何らかの変化があって初めて、何か殻を破れる可能性もあるかもしれないのです。

 

とはいえ、森久保もこの結論を自分の中で出して、苦しみました。私が自己を放棄すれば、全ては今まで通りになる。私が自分として動けば、全てが私に帰属し、そして何かが壊れて何かが生まれる。こんなの、森久保には重過ぎるんですけど……。

 

でも、私には目を逸らすことは、それはそれで怖ろしく感じられました。目を逸らすこと、じゃあそこには壊れるものは無いのか、そもそも目を逸らすという選択が私がしたものなら、時計の針を止めたのも私ということになるのか……。正直、魂まで吐いてしまいそうです。

 

「……なるほど」

 

私の話を聞いて、凛さんとプロデューサーさんは唸ります。

 

「……やっぱり、聞く限りは乃々次第だね」

 

「そ、そうなのでしょうか……」

 

「うん。その様子なら、乃々が私と組んだからと言って当然にお母さんに害があるとは言えないし、プラスになる可能性もある。でも、叔父さんはそうは思えないんでしょ? だとしたらこれは、乃々自身と叔父さんの信念のぶつかり合いの次元の話だよ」

 

「……森久保の……私の……信念……」

 

いきなり信念なんて大それたことを言われたって、私にはそんなもの思いつきません。森久保は、ただひたすら家族に翻弄されて生きてきたのだから。

 

「難しく考えないでいいんだよ、乃々。今乃々がどうしたいのか、譲れないこと、変わりたいこと、それを紡ぎ出せば、乃々なりの信念が見えてくると思う」

 

「……私の譲れないこと……私が変わりたいこと……」

 

……譲れないこと。それが、今の私の変わらない気持ちを意味するとしたら、凛さんと組むこと……あれ、なんでそんなことが真っ先に思い浮かぶの? 私はつい昨日まで、荷が重いって逃げてたはずなのに。

 

……私が変わりたいこと。だとすればそれは、私が私になることでしょうか。家族のための生贄から、少しでも、指一本でも脱却した森久保乃々という個人で何かを初めてすること……。

 

でも、それは未知への旅。私が私になった時、今までに蓄積してきた分も、これからの分も、全ての痛みが私にのしかかるのです。

 

でも、それでも。

 

「……そんなの……そんなの、凛さんと一緒に組みたいに決まってますけど……! 私はきっと凛さんの足を引っ張るかもしれません。でも、もし私なんかが自分の気持ちを言うことが許されるなら、私は叔父さんの意に反してでも、このユニットを組みたいんですけど……!」

 

「……そう。よく言えたね、乃々。それなら、あとは乃々の覚悟次第。私も全力でバックアップするよ」

 

優しく同意してくれる、凛さん。その笑顔は、いつか見たような気がする、いえ、ほんとうは見たかったお父さんとお母さんのそれの上位互換のようでした。もう見られないかもしれないものを、凛さんはさらに洗練して見せてくれました。

 

プロデューサーさんも力強く頷き、裏方は任せろ、森久保は森久保のしたいようにやれ、叔父に自分はここにいると見せてやれ、と言ってくれました。

 

「……うぅ……皆さん、そんなに頼もしくしないでください……そんなに頼もしくされたら……私も後戻りできなくなっちゃうんですけど……」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。