森久保がもりくぼになった時   作:雫。

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全てが初めての

その後、私たちは忙しくなりました。

 

私は迷惑をかけないかの心配で蒸発しそうになりながらも、何とかして、叔父さんの意に反しただけの価値を得るべく、練習に打ち込みます。再び、お母さんとは話せなくなりました。

 

そして凛さんは私のペースに色々と合わせてくれて、プロデューサーさんは時には徹夜をしてでも、この一度頓挫しかけた企画を通らせようとしていました。二人がこうも頑張るようでは、今さら逃げられなじゃないですか……もう、やるしかない。

 

そして一月後に迎えるミニライブ当日。

 

プロデューサーさんは、最後まで叔父さんサイドの勢力と競り合っていたようです。結果、中継を見るお母さんの側に叔母さんが待機して、少しでも変調があったら、会場側で待機する叔父さんが動いて私たちのステージを中断し、合同ミニライブのスケジュールを繰り上げるよう根回しをする形になりました。これが、私たちのライブを認める条件です。

 

「……あぅ……ついに始まってしまった……。まさか……こんなことになるなんて」

 

このライブに臨むにあたっての緊張は、今までのものを超えています。こんな私が今までライブを乗り越えるという天変地異のようなことが今まであったのは、森久保があくまでもお母さんの思い出の代わりという立ち位置だからこそ、私が自分自身と本気でぶつかる必要が無かったからでした。

 

でも、今回は紛れもなく、私自身の活躍する場なのです。全てが、責任も後悔も懺悔も何もかもが私に帰するのです。……既に失敗する自分ばかりが脳裏によぎって、このライブ当日を迎えてから三度は吐きました。未来の自分を思い描くだけで、自分の全てが嫌になって。……こんなの、無理に決まってますけど……。

 

でも、もし無理じゃないとしたら……?

 

「……乃々が選んだ道に間違いは無い、そう私は信じるよ。ううん、信じていたからこそ私もプロデューサーもついてこれた。だから、あとは成功させるためのピースは一つだけ。乃々自身が、自分の道を信じること」

 

「……うぅ……でも私、今まで自分のことを信じたことなんて無くて……ずっと家族の思惑に振り回されてきましたし……その流れに刃向かうこともできなかった弱くて駄目な子で……」

 

「そんなに難しく考えないで、乃々。少なくとも、乃々が自分の流れを初めてとは言え作ることができた、だから今ここに立ってるんでしょ?」

 

凛さんはそう言って、私の手を握ってくれます。誰かに手を柔らかく、しかし頼もしく握ってもらえるなんていつぶりでしょうか。

 

「……うぅ……信じるとかって言っても、なんていうか、自己暗示みたいなことしかできないんですけど……」

 

「それで十分だよ。ある程度のところまで乗り越えられれば、また変わるから」

 

私には、凛さんの超然とした構えに込められた意味を理解することはできないでしょう。でも、自己暗示で楽になれるなら、それしかありません。自己暗示で、お母さんと向き合った時のやけになった、私じゃない私を召喚しよう……。

 

ステージに上がります。

 

視線、声援、今回ばかりは全てが私自身に向けられているものです。今までのように、私の後ろにいる存在に受け流すことは許されないのです。

 

まるで、狩の成果として吊るし上げられて見せ物にされた森の動物のような気分……。

 

でも、同時に他の名状しがたい気持ちも感じます。自分で選択してここにいる私、その私自身に向けられる期待。初めての経験です。これは確かに「痛い」経験のはず。恥ずかしさ倍増で、責任重大で、逃げ場も無い、私には痛すぎる舞台に他なりません。なのに、痛みに晒される表面部を補完するかのように、私の芯には熱く、でも痛くない何かがあるのです。そして、その鼓動は確かに痛みにも連動していて……。

 

……自分自身で何かを貫くというのは、かくも痛く苦しく、でも何か心地良いものを同調して感じるという、麻薬的なものなのでしょうか。正直、森久保には……私には、何度も耐えられるものではないです。

 

ですけど、私はもう後戻りできない舞台に立ってしまっています。逃げられないなら、例え私がダメで、本来ならこんな負担ではパンクするような子だとしても……今この瞬間だけは、この不条理で甘美な刺激に甘んじてもいいのでしょうか。

 

もし、この声援が、隣にいる凛さんの頑張りがそれを肯定する答えなのだとしたら……。

 

 

……ライブは、いつの間にか終わっていました。私はただ、痛みを伴う充足感を感じながら、凛さんの足を引っ張らないように必死にやっただけです。でも、いつもより早く感じられました。そして、いつもより早く過ぎたにもかかわらず、私はその中に自分自身の存在を確かに感じた気がしました……。

 

その痛みも伴う確かな自分の存在感、自信がないながらもこの手に感じられる虚無の対極。そんなものを噛み締められるのは初めての体験。こんな何も無い私がわがままを通して、虚無以外のものを得られるとは知りませんでした。

 

……でも、慣れない私にはそれが正のものであれ負のものであれ、どのみち負荷が大き過ぎるのでしょうか。ライブが終わった後、私の中に燻るものは私の全身の神経系を引っ張り合うように圧迫します。

 

……あれ? ……だんだん意識が……。

 

「も、森久保ォ!」

 

足の感覚が無くなり、視界が暗転。しかし、私の脳天が床に当たって割れることはありませんでした。力強く、頼もしい存在にギリギリのところで支えられた、私の記憶はそこで途切れます。

 

やっぱり、もりくぼはこの痛みに耐えられなかったのです。ですけど、この痛みを受け入れることは……少なくとも今回はできたみたいです。

 

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