異世界召喚 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居する外伝集 作:ジト民逆脚屋
弓聖
埃の匂いが籠った納屋の奥、幾重にも厳重に布に巻かれ、縄で縛り付けられたそれがあった。
それからは、もう二度と使わぬという決意が感じられた。
「使うのですか?」
「神父様……」
長身の影が、納屋に差した。
「貴女の覚悟は理解していますし、貴女の優しさも理解しています」
「…………」
アサヒナは何も言わない。ただ包みを手に取り、唇を血が滲む程に噛み締めている。
「神は御許しになり、私も同じです。だから、貴女は貴女の心に従いなさい」
神父の言葉にアサヒナは、黙ってそれの封を解いた。
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〝
発生源は解らず、何時から始まったのか。この大陸特有の風土病は罹患し、発症したが最後、夜空に浮かぶ月に向かって、人とは思えぬ獣の雄叫びを挙げ続け、その一晩で周囲一切を見境無く破壊する。
そして、朝陽が昇ると共にその命を終える。
治療法は無い。罹患したと判明した時から、光差さぬ密室に、死ぬまで閉じ込めるか。発症して、最初の咆哮を挙げるまでに、罹患者の首を斬り落とすか。
だが、月吼病に罹患した症状は、風邪に似た症状と強い倦怠感しか無く、普通の風邪との判断が異常に困難であり、仮に罹患したとしても、発症する可能性もそれほど高くはない。
風邪と同じく、体の弱い者や子供に老人が多く、召喚勇者達が持ち込んだ医術や衛生に関する知識により、根絶への道が見え始めている風土病でもある。
「エリック」
「シスター」
今は季節の変わり目であり、誰しもが体調を崩し易い季節でもある。だから、アサヒナの住む孤児院では、厚手のセーター等を子供達に渡し、今日の様に雨の日には外には出ずに、部屋で暖かくして過ごす様に言ってある。
「調子は良いの?」
「うん、今日は何でかすごく調子がいいんだ」
「……そう。でも、気を付けて」
「分かってるよ、シスター」
彼、エリックは子供達の中で、年長の一人で少し体が弱い。中性的な見た目と、理知的な性格で、もし体の弱さが無ければ、今頃は何処かの貴族や名家に、養子として引き取られていたかもしれない。
「シスターこそ、子供達に自分のパンをあげたりして、倒れてもしらないよ」
「あら、大丈夫よ。私はこれでもタフなのよ」
そう、自分は召喚勇者。朝比奈の体は元の世界に居た頃とは、比べ物にならない程に強靭になっていた。
他にも、神野や和泉に新寺といったクラスメイト達は、他のクラスメイトとは隔絶した強さを得た。
得てしまった。
「そんな事言って、今朝もパンを下の子達にあげてたじゃん」
「ふふ、そうだったかしら」
「シスター、本当にいつか倒れるよ」
「大丈夫よ」
この理不尽な世界に対抗する為、朝比奈達は得てしまった力を鍛え上げた。
その結果、神野は神の雷を、和泉は無双の剣技を、新寺は比類無き拳を、そして朝比奈は頑健な肉体を手に入れた。
朝比奈は一ヶ月程度なら飲まず食わずで行動出来、傷もすぐに治る。
自分には過ぎ、しかし他からは取るに足らない。そもそも、神野や和泉は傷を得る程弱くなく、新寺に至っては拳だけではなく肉体も、傷を得る様なものではなくなっている。
四強と呼ばれ、召喚勇者組の切り札と呼ばれても、朝比奈は己が弱さを嘆いていた。
体は強くなっても、心までは守れない。
あの日、麻野達の様に山科の無実を訴え戦っていたら、今頃どうしていただろう。
竜胆にこき使われて、麻野達からは文句を言われながら、でもあの人を喪わずに済んだのだろうか。
「シスター?」
「大丈夫、何でもないわ。……ちょっとだけ考え事よ」
喪った者は多く、それは取り戻せない。だからこそ、償いをしなければならない。
「さ、歌の時間よ。今日のお祭りに歌う歌の練習をしましょう」
その償いに子供達を護るのは、ただの自己満足なのだろう。
しかしそれでも、竜胆から手渡されたこの贖罪がいつか実を結ぶと信じて、朝比奈はそれにすがるしかなかった。
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「まただ!」
「ちくしょう! 一体、どっから射ってやがんだ?!」
暗い暗い森の中、男達は阿鼻叫喚の坩堝にいた。
「ぎゃあっ!!」
「なんなんだよ……、なんなんだよこれは……!!」
次々に矢を射られ倒れていく仲間達、今夜は祭りの筈だった。
年に一度の収穫祭、油断しきった村を襲い、金も飯も女も子供も好きな様に奪いいたぶり、渇ききった欲望を満たせる。
その筈だった。
なのに、
「お頭がやられた!」
「逃げろ! 逃げろぉ……!!」
蓋を開けてみればどうだ。
隠れ潜んでいた森からは抜け出せず、背を向ければ矢を射られ、木々に隠れてもそれごと射抜かれる。
頼みの綱であった召喚勇者である頭領は、今先程頭と心臓を射抜かれ、三矢目で頭が吹き飛んだ。
理解が出来ない。
今日は祭りの筈だったのに、ようやく渇いた喉を潤せると思っていたのに、誰にも知られず獣の餌になっていく。
武器を投げ捨て、次々に散々になり、仲間が射抜かれ倒れていく様に脇目も振らず逃げ出し、飛び交う悲鳴と矢の雨を抜け出した男が見たのは、二重の月を背に佇む長弓を持つ修道女だった。
「……あ、ああ……」
「運が良い。まさか、私の矢に当たらず森から抜け出すとは」
「お前、お前が……!!」
「だけど、村には近寄らせない」
男が最期に聴いたのは、修道女の言葉と月明かりの様に優しく光る矢の音だった。
「……アサヒナ」
「神父様……、どうしてここに?」
「私も若かりし頃は、神の道に叛いた生き方をしていましてね」
斧を手にした神父は、ばつが悪そうにそう言った。
「アサヒナ、さあ帰りましょう。子供達が貴女を待っています。……死体の処理は教会から来ます」
「……はい」
それ以上は、神父も朝比奈も何も言わなかった。
だが、神父は心の中で祈りを捧げていた。
──神よ、どうかこの敬虔なる咎人に救いを与え給え
朝比奈の心に巣食う罪に、神父はただ祈りを捧げ、いつの日か彼女に救いが訪れる事を静かに祈った。
朝比奈の矢
魔力で形成した矢。正確には矢の形をした魔力の塊。
その魔力は救いを求める朝比奈の心を写すかの様に、月光色に輝く。
また、魔力から物質を形成出来るのは、シーナただ一人だけ。