ハイスクールD×D 転生生徒のケイオスワールド 作:グレン×グレン
その夜から朝まで、兵夜達は何もせずに過ごした。
というより、何かをする気になれなかったといった方が近い。
そして、日が明けてからは別の意味で面倒なことになっていた。
アルサム・カークリノラース・グラシャラボラスから、会談を入れたいという要請があった。
……ゆえに、兵夜は夜明けの空の元一人静かに立っていた。
「まあ、聖杯戦争なんだから死者が出るのは当然なんだがな」
付き合いの短い相手が、死んで当然の戦いで死んだ。
普通ならその程度のことで心を乱したりはしないのだが、彼女は須澄の大切な人だ。
むしろ、はたから見る限りでは須澄の方が動揺していなかった風にすら思える。
「……あ、兵夜さん」
「宮白か。もう起きてたのか?」
声をかけられて振り向くと、そこには古城とヴィヴィオの姿があった。
「二人とも同じだろう。……まあ、あまり寝れなかったのは同じってことだ」
「ですよね、トマリさんがあんなことになってしまって……」
ヴィヴィオが辛そうに顔を伏せるが、兵夜はそんなヴィヴィオの肩に手を置いた。
「あまり深く思い詰めるな、ヴィヴィ。聖杯戦争は殺し合いである以上、参加した彼女も覚悟の上でなきゃいけないからな」
冷徹だが、聖杯戦争とはそういうものだ。
基本的に殺し合い。そうであるならば死ぬ覚悟はきちんと持たねばならないのだ。
それに、気になることは他にもあった。
「というより、須澄君が吸血鬼化していることの方が不思議なんだがな」
調べた結果、須澄の体は吸血鬼のそれへと変貌していた。
何がどうしてそうなったのか少し不思議だが、しかし古城は首を横に振る。
「それは十分にあり得るだろ。俺もそれと同じクチだしな」
「ああ、そういえばそうだったか。……聖杯のあまりでも併用したのかね」
遺体を調べた辺り、肝臓や心臓を移植した形跡があった。
「なんていうか、不思議な縁を感じるな」
つまりは須澄は託されたのだ。
トマリから、エイエヌへの復讐か日常への回帰かは分からないが、何かを託されたのだろう。
ならば、せめて須澄だけは生き残らせねばならない。
それが、自分の失態を肩代わりしてくれたトマリに対する恩返しだった。
「……今回は、こちらの要望に応えてくれて感謝する」
開口一番、アルサムはそう言って頭を下げた。
なんというからしく思えたので皆何も言わなかったが、しかしどういうことなのかと警戒心も湧いてくる。
なにせ、この男は独断で聖杯戦争に参加しているという問題点があるのだ。
いまだ法整備がなされていない聖杯戦争ゆえに罰則は受けないだろうが、非難や批判は避けられない。
その状況下で口封じに走らない辺り、余程の事情があると考えるべきだった。
「それと、そちらの仲間の一人の死に関しては……」
「気にするな。そっちもあの戦いで死人が出ていたはずだ」
兵夜はさらりと流すが、しかし視線を一瞬須澄に向けた。
だが、須澄は笑みすら浮かべて首を振る。
「いや、気を使ってくれてありがとう。……大丈夫」
その姿に皆が沈痛な表情を浮かべるが、しかし話は先に進めないといけない。
「……とりあえず、こっちは礼を言っておかないとな。ヴィヴィとハイディの友達を保護しているどころか、転移させられた人達の大半は助けてくれたんだろう?」
「ああいう卑劣な遊戯には嫌悪が沸くのでな。たまたま陣地にしていた近くに集まっていたので助かったよ」
そう、非常に幸運なことに、アルサムが保護していた為、殆どの強制転移者が無事だったのが不幸中の幸いだった。
アルサムは今回の聖杯戦争の為に相当数の物資を持ち込んでおり、更には相当数の補給ラインすら確保していた。
その為、特に苦労することなく保護することができたという。
「リオとコロナも保護して、二人のことも聞いていたのだが、大人モードとやらのことは聞きそびれいてな。気づくのが遅れた」
「「本当にごめんなさい!!」」
リオとコロナは同時に頭を下げるが、しかしまあ、そこまで責めるものではない。
「いや、子供らしい失敗だよ。そういう取り返しのつく失敗は経験しておいた方がいいしね。……とにかく無事で良かった」
兵夜は笑顔でとりなすが、すぐに真剣な表情を浮かべると、アルサムへと顔を向ける。
「さて、それはともかく、なんでお前はこの世界の聖杯戦争に参加している?」
そう、それが真っ先に聞くべきことだ。
これまでの協力で、彼が禍の団とは一線を画す人格の持ち主であることだけはわかっている。
そんな彼が聖杯戦争にわざわざ参加するならば、それ相応の理由と目的があると思う。
だが、それ以上に疑念がある。
なぜ彼らはこの世界を知っていたのか?
異世界の存在は転生者の存在故に確立されていたが、そこに行けるかどうかなどの疑念はいくつもある。
そんな状況下で、どうやって異世界への渡りをつけたのかという疑問がまずあった。
それに対し、アルサムは少し言いよどんだがすぐにまっすぐに兵夜の顔を見つめた。
「単純な理由だ。フォード連盟及びそのレジスタンスは我々の世界に接触を行っていただけの話だ」
なぜか地球に対して侵略を行うとしているフォード連盟だが、彼らには敵も多い。
当然、その圧政に対抗するべくレジスタンスも存在する。
そのうちの一つとカークリノラース家は接触に成功しており、悪魔の契約として異世界の情報とともに軍事的指導を行っていた。
「……ややこしいことになるのと、政治的なアドバンテージとしてあえて父上達は黙っていたのだが、そしたらあれよあれよと事態は動いて逆に言い出せなくなる状態でな。正直丸投げされた時は切ってしまおうかと思った」
「ホント腐敗しすぎなんだよ冥界政府。おかげで俺がどれだけ仕事することになったか……っ!」
二人の間に心から同情の念による共感が生まれたが、それはともかく話を戻す。
「それで、お前はなぜ聖杯戦争に参加した」
「知れたこと、全ては悪魔の未来の為。あえて悪をなす覚悟をもってして聖杯の力を借りに来た」
まっすぐな瞳で、アルサムは断言する。
「……悪魔の未来と言いましても、各種腐敗は一掃され始めていると思いますのよ?」
雪侶の疑問ももっともだ。
各神話勢力との和議と、王の駒の不正使用などの公表の影響で腐敗した貴族の多くは勇退の名目で引退することになっている。
その後釜に若手悪魔や転生悪魔が据えられて、冥界の政治体制はかなりクリーンなものになっている。
だが、アルサムは静かに首を振った。
「……いや、悪魔の未来はまだまだ暗い。このままでは悪魔の未来は衰退していくことになるだろう」
アルサムは申し訳なさそうな表情で兵夜たちを見ると、そのまま語り出した。
この聖杯戦争に掛ける、彼自身の願いを。
この言い方を君達の前でするのは非礼なのかもしれないが、私は転生悪魔を純粋な意味での悪魔というには語弊があると思っている。
悪魔というものはもともと一つの種族の名だ。ならば、悪魔というものは純粋たる悪魔とその血を継ぐ者たちのことを指すべきであり、君たち転生悪魔はあくまで転生悪魔と区分するべきだろう。
少なくとも転生悪魔の力に頼り切って、純粋な悪魔がその力を衰退させていいわけがない。転生悪魔だけが強大になって、純粋な悪魔が格下になっては本末転倒だろう。
転生悪魔の力を借りることに否はない。だが、そのうえで自分達悪魔が強くなっていかなければ、それは悪魔の復権とはまったく異なる結果だろう。
……だがしかし、未だ悪魔達はそれに対して無頓着すぎる。
血統を重視する旧家達ですらその辺りの視点が足りていないのは度し難い。
このままでは、我々悪魔は武力においても政治においても転生悪魔の力便りの軟弱な生き物になり果ててしまうだろう。
……だからといってドーピングに頼るわけにもいかない。王の駒は確かに状況を一変させるだけの価値があるだろうが、既に民意がそれを認めん。それに競技試合でドーピングに頼るわけにもいかんしな。
つくづく腐敗している。これを一掃する手段がないか心から考えていたが、何より重要なことに気が付いたのだ。
そう、努力だよ。
上級悪魔が優れた素質を持っているものを多く輩出するのは既に分かり切っているのだ。なら、それを更に磨くことができれば有効なのは火を見るより明らか。
否、多種族からの転生悪魔に押されて結局出世の機会を逃している純血の下級や中級も、努力を行うことで優れた素質を持つものを輩出するかもしれない。
「まったくね。兵夜さんの言うことはやはり正しいと思うわ」
同意してくれて助かるよ、シルシ・ポイニクス。
かくいう私も、カークリノラース家の次期当主として恥じないよう努力を重ねてきたからこそ今がある。父上は天性の才能だけだと思っているようだが、そこまでおごり高ぶれんよ。
何より、サイラオーグ・バアルのように魔力が全くないものですら、血のにじむような努力を重ねることで若手最強とすら呼ばれるようになったのだ。これはもう努力というものには可能性があることの証明ではないか。
「だが、同じ努力で同じ結果が出るわけではないのが努力の難点だ。サイラオーグは体術の才能が高いことだけは疑いようがないぞ?」
その通りだ宮白兵夜。だからこそ、その素質を見つける為の学び舎が必要。アウロス学園は実に素晴らしいものだと私は思っている。
だが、そういったものの重要性を未だに多くの悪魔達は知ろうとしない。
上級悪魔達の未だ半分ほどは自然に才能が伸びることに任せている。磨いて輝かそうという意志が欠けている。
下級中級にしてもそうだ。血統間での差が大きいがゆえに、その時点で諦めている者が多すぎる。
それゆえに努力することの価値を知っている多種族の転生悪魔に後れを取っている事実だけはどうにかしなくてはいけない。
このままでは、力ある悪魔の過半数が多種族からの転生悪魔になる。
それで悪魔が発展しているなどと言えるのか? いいや、否だ、否なのだ!!
「それについては同意だが、しかしそれこそアウロス学園を発展させていくことで対応していくしかないんじゃないか? 彼らが成果を上げれば、努力の価値を知る者達は増えていくだろう」
私もそれが妥当な策なのはわかっているさ宮白兵夜。
……私が考えた策は、間違いなく聖杯の力を借りなければ対応できないからな。
そう、ここからが本題だ。
努力の価値を自覚するには、先ず努力をして成果を体験しなければ困難だろう。
しかし、それをさせるということがまず困難。これでは本末転倒だ。
しかし、既に努力し成功した者の半生を追体験することができればどうだ?
私やサイラオーグ・バアルなど、悪魔の中にも努力を行うことでその素質を開花させたものは数多い。
少なくとも悪魔の術式を組み合わせれば夢見の形でそれを追体験させることは不可能ではない。
だが、その術式を用意するには多大な時間とコストがかかる。更にそれを同意させるのにも手間がかかる。はっきり言ってアウロス学園以上の手間が掛かるだろう。
だが、聖杯の力を借りることができれば、その手間を大幅にショートカットできるのではないかと思い至ったのだ。
レジスタンスから聖杯戦争の存在と、そしてレジスタンス側がそれを利用することが困難だということを聞いた時、私はいてもたってもいられなくなった。
すぐさま私は彼らと契約を更新し、より本格的な支援を行う代わりに聖杯戦争に参加させることを承諾させたのだ。
………だが、昨日になってこのプランに大いなる欠陥があることに気が付いてしまった。
この術式、冷静に考えると人格汚染の疑いがあることが判明したのだ。
そこまでの説明を聞いて、兵夜は一言言い切った。
「気づくの遅いだろ」
「一つのことに集中しすぎて、冥界の研究者からの報告が来るまで気づかなかった……っ」
崩れ落ちるアルサムと、涙すら流すアルサムの部下達の姿を見て、兵夜は心底頭を抱えた。
「あの、真っ先にその危険性から至るべきではないでしょうか?」
「言ってやるな姫柊ちゃん。ルレアベは先代から真面目過ぎて馬鹿になる奴が持ち主になる呪いでもかけられてるんだろう」
そういえば、あいつも真面目過ぎて変な方向言ってたよなぁ、と兵夜は懐かしそうな顔を浮かべた。
「アルサムさん! 元気出して!」
「そ、そうです! 一生懸命なのは伝わりました! やる前に気づいてよかったですよ!」
「で? お前は一体何をしたいんだ?」
それがよくわからなくて兵夜は聞いてみる。
聖杯で願いが叶わない……以前の問題であることはわかった。それに関しては仕方がない。
だが、それで兵夜達と接触する理由がわからなかった。
「知れたことだ。……頼みがある」
アルサムは崩れ落ちた体勢から、速やかに土下座の態勢へと移り変わった。
「私が罰せられるのは仕方がない。だが、そんな私についてきた者達の人生まで狂わせるわけにはいかん! カークリノラース家当主としての出せる限りの権利を渡すので、どうか眷属達のフォローを入れて欲しいのだ!」
「待ってくださいアルサム様! そんなこと聞いてませんよ!?」
「その通りですアルサム様! 俺は人間ですが、言いたいことはわかりますって!」
「だからついてきたんです! 罰なら共に受けさせてください!!」
速攻で眷属達から声が飛ぶが兵夜はとりあえずスルーする。
今、この段階で言いたいことは一つだった。
「アルサム・カークリノラース・グラシャラボラス」
静かにそう呟くと、兵夜はしゃがみ込んでその肩に手を置いた。
「落ち着いてくれ。俺はお前の味方……とは言い難いが共犯者にはなれる」
『え?』
全員が首をかしげるが、兵夜は何か感動すら浮かべてうんうんと頷くと拳を握った。
「お前の眷属と同じく、俺も人間だが言いたいことはよくわかる。単一民族国家の出身として、他国の人間を政治や軍事の中枢に入れるのは抵抗がある」
「あ、アンタも分かってくれるクチか!」
アルサムの眷属の一人が同士を見つけた口調になるが、しかし今はそれどころではない。
「安心しろ。聖杯戦争関係はまだ法整備は済んでいない。サーゼクス様やゼクラム様には俺から口利きをしておこう。……はっきり言って、俺はお前のようなものを待っていた」
心からの本心を兵夜は告げる。
「魔王側も大王側もはっきり言って極端すぎる。お前のような中庸派ともいえるような悪魔の実力者の存在を、俺は待っていた」
本当に心からの本心である。
サーゼクス達魔王側はリベラルすぎで、大王派は血統主義は良いのだが旧態依然とした政治すぎる。
ゼクラムのようなある程度反対派閥も適度に利用できるものがいてくれたのは僥倖だが、しかしゼクラムは血統主義の筆頭ともいえる立場。彼の力に頼りすぎてはそれはそれで改革は望めない。
しかも、現四大魔王は次代の七代魔王を多種族からの転生悪魔からも躊躇なく組み込もうとしているし、
大王派に止めてもらおうにも、不正の発覚で発言力が低下しているし、ゼクラムは魔王をお飾りとしているのではっきり言ってその辺りはむしろ煽っている節すらある。
「……本音を言おう。ストッパーが欲しかったんだ!!」
涙すら浮かべて兵夜は告げた。心から告げた。
「ああ、確かにな。俺様は辞退すればいいしヴァーリも面倒くさそうだが、だが名義だけでもとか言い出しかねねぇ節がある」
うんうんとグランソードは頷くが、それで頭を抱えたのはアルサムだ。
「……魔王を何だと思っているのだ。いかん、今こそ私達が立ち上がってストッパーをかけねばどんなことになるか想像がつかない」
「わかってくれたなアルサム。ようやく見つけた意見の一致するお前を、俺は地の底に突き落としたりなど決してしない」
真剣な表情で兵夜は告げる。
「時間は掛かるが、アウロス学園をしっかり育てることで対応していこう。それまで俺達が保たせるんだ」
「それしか手はないか。否、転生悪魔の実力者で、お前のようなものがいてくれたことは僥倖だろう」
二人の間に急速に絆が生まれていく。
見ているものはどこかずれているだろうし、完全に一致しているわけでないことは確信している。
だが、今のままではよくないという意見は一致し、その為の方法の一つは間違いなく同じなのだ。
「悪魔という種族の未来を思うのなら、純血の悪魔の可能性を切り開いていくことが重要だ。俺は転生悪魔だが、それに関して否はない。だからこそ、アウロス学園の建設の為に動いてきたんだ」
「その通りだ。その為にも下級中級だけではなく、上級にも努力の大切さを教えなくてはならない」
二人は頷くと、そして同時に口を開いた。
「「……アウロス学園発展は必要不可欠!!」」
そして手を握り合う。
「手を貸せアルサム! お前は魔王と成れ! そして強引にでもアウロス学園の分校を認めさせるんだ! その為なら、俺はお前を
「良かろう! その毒杯、あえて飲み干す!!」
「……なあ、俺達聞いちゃいけないこと聞いてないか?」
「できれば聞かなかったことにしてくれないかしら?」
何とも言えない表情になった古城に、シルシは苦笑するほかなかった。
「うっわぁ、これどうしたもんかなぁ?」
「ど、どうしよう・・・」
須澄とヴィヴィオも困り顔になっているが、しかしその耳にドタバタとした音が聞こえた。
「兵夜様! グランソードの兄貴! 緊急報告です!」
「アルサム様! 火急の報告があります!!」
大量の汗すら流して入り込んでくる悪魔たちに、二人はすぐに立ち上がると声を上げる。
「「何があったかすぐに報告しろ!」」
「は! 平行世界の赤龍帝達を発見しました!」
「それと軍勢はすごい数です! 少なく見積もっても一万以上!!」
……事態は恐ろしいほどに動き始めていた。
まあ大体わかっているとは思いますが、アルサムもルレアベの持ち主なので大体アレなのです。
アルサムが聖杯に願ったのは、己の発想した努力の価値矯正認識法のショートカット。
まあ、外から呼び寄せた人がすごいだけで自分たちが弱いままだったらそれはそれで問題だというのはわかっていただけるかと思うのですが、実際に実行されていたら人格汚染で別の意味で大変なことになりかねないという罠。気づいてよかったねアルサム。
しかしまあ、正直に話したことがきっかけで兵夜という後ろ盾を得ることができたあたり彼にとっては幸運。兵夜も味方の意向はある程度きくし、アウロス学園に出資した理由はアルサムの今回の目的の大本と同じなので、その方法で力を貸してくれる分には後ろ盾になるのはやぶさかではないのです。
……リベラルな魔王派と凝り固まった大王派の仲介で苦労する身としては、中庸側のアルサムはぜひ確保しておきたい将来の投資対象なのでした。