鬱蒼と生い茂った深い森の中ーー当然人の通る道なんてものはなくーー邪魔な小枝を手で払いながら、ざくざくと進む一人の男がいた。
「荒野を彷徨って、やっと緑が見えたと思ったら……案外広いなぁ、この森。数日歩いてるのに抜けられん。それに、いい加減獣やモンスター以外の…そう、人間。話せる奴と出逢いたいもんだ。話を聞けば少しは自分の状況ってもんを理解できるだろ」
一人でいるためか、自然と独り言が多くなる。ほんの少し寂寥感を感じながら、鬱陶しげに白髪をかきあげて木々の隙間から溢れる日差しに目を細める。
「もし此処が天国ってやつなら、なんて綺麗な世界なんだろうな。まぁ、心臓動いてるし当然息もできるし、"死"って感じ皆無だけどな。空気も水も汚染されてない、野生の果実だって実ってる……ほんと、楽園ってやつだよなぁ」
現実を思い出して、この世界と比較しては感動する毎日だ。夜空も青空も映像や空想なんかではない本物で、最初は1日中眺めてはその変化に興奮していた。
そして思い出したのは、嘗ての仲間であり自然に並々ならぬ思い入れがあった彼の人のこと。
「ブループラネットさんが見たら感動と興奮で狂い出しそうだ」
くくっ、と笑う男の笑い声が静かな森に響く。しかし、楽しそうな顔から一変、男は苦悶の表情で眩しい空から目を落とし、自分の暗い影を見下ろした。
「帰りたい……みんなの…モモンガさんのいるギルドに帰りたい。もう一度、アインズ・ウール・ゴウンに…ナザリック地下大墳墓に帰りたい。………会いたい」
しかし、自分はあの時確かに死んだのだ。
その悲しみと苦しみに男は一生苦悩するだろう。そしてそれが自分に与えられた罰なのだとも理解している。
「本当に、神様ってやつはクソったれだな、チクショウが」
そう吐き捨てると、前だけを見据えてまた歩き始める。
その後は喋ることもなく黙々と歩き進んだからか、体感的にはそれほど時間をかけずにーー実際は更に数日かかっているーー森を抜ける事ができた。そうして、ようやく待ち望んだ村が眼下に見えた。
「第一住民発見〜っと……て、ありゃ?」
鬼の目は人間の時よりも遠くのものも鮮明に見ることができ、視野も広い。その目で見た光景は、初めて自然以外を見るのに中々に壮絶なものだった。
「野盗かモンスターに殺られたのか……こりゃ全滅か?」
うっすら登る火の手に、血の海に沈む肢体、壊された家屋に蹂躙の跡が生々しかった。風に乗って煙と血の臭いも漂ってきた。
「まぁ、何かしらこの世界を知る手掛かりや情報は調べられるだろ。人がいないってなら食料その他奪っても文句は言われねぇ。逆にラッキーかもな、これ」
派手に壊された門から村の中に入る。汚れた地面を歩いて、足元に転がった死体を見て…ふと気がついた。余りにも自然で違和感を感じなかったから気づくのが遅れたが……
「こんな状況でも…人が死んでるってのに、恐怖も、悲しみも怒りも湧いてこない?」
赤の他人だから?いや、誰であれ人が死んだり殺されたりしたらそれは身近な死として恐れるし、悲しい出来事だと、死者を憐れみ悔やむべきだ。そして、犯人に対しなんて非道な事をと怒りを燃やし断罪されるべきだと誰何する。……そう、現実で生きた人間の自分は、そういった普通の精神を宿していたはずだ。
「なんだ、これは……」
おかしい、異常だ、普通の精神じゃない。そう思うのに、そんなことはないと頭では理解している。バランスが取れなくなったみたいに、ふらりとよろめく。
ぐるぐると思考が回る中、頭に浮かぶのは…
ーーこれは食料だ。ああ、美味しそうだ。
ーー殺戮し、蹂躙し、赤で染まったこの光景のなんと美しいことか!
それは
フラフラと立ち上がる鬼の前に、血濡れた剣を片手に下卑た笑みを浮かべる野盗が家屋の隙間から出てきた。男は生き残りがいた事に胡乱気な顔を向け……そして、人外である様相にひっと恐れた悲鳴を漏らした。
「ば、バケモノ……っ!」
殺さなければ殺される。そんな恐怖からか、血走った目をして男は剣を振りかぶった。
ざしゅ、という音が耳に届く。しかし、振り下ろした剣…手からは何も感触は伝わってこない。代わりに感じたのは胸に迫りくる熱い衝撃。
「ガハッ……」
男の胸から背中にかけて、赤黒い棒が伸びていた……いや、それは真っ直ぐに伸ばされた腕だ。誰の?そんなもの、目の前の鬼以外にいない。
ずりゅ、と生々しい音を出しながら腕が引き抜かれる。支えを失った肢体はゆっくりと傾き、足元に転がる死体同様に地面に横たわった。
その死に顔に写るのは恐怖と絶望。当然だろう、殺される恐怖に、死への絶望……しかし、同じ状況であったはずの鬼はそんな感情を微塵も感じなかった。殺意を、凶器となる剣を向けられたのにだ。
今しがた殺した男の血が滴る自身の腕を見つめる。そう……殺したのだ、己の手で。
「人を殺したってのに、何も感じない……か」
むしろ目障りな虫を手で払った、くらいでしかない。鬼と人は違う。種族そのものも、価値観も。
鬼は、恐怖と狂気を振りまき、その心に付け込み墜とす。残虐な性格で殺戮を好むものが多い。そして、人を喰らう化物だ。
血に濡れた腕を先程殺した人間に伸ばす。躊躇いなく引きちぎった肉の塊を貪り食う。食べた事もない筈なのに、美味と感じて愉悦に嗤う。渇きに似た餓えが和らぎ、充足感を得た。
「鬼……か。人間としての俺が鬼の体に宿ったのかと思ったが……。これは、鬼として俺がなった…ということか」
人間であった頃の記憶を持つ、人間であった思考や感情はもはやただの残滓でしかない…そんな鬼となってしまったのだろう。
「はぁ、普通はショックなり受けるはずが…………なぁーんも感じねぇな」
口元に付いた血を拭うが、その手も同様に血で汚れているため意味はない。しかし、気にも留めずに鬼は目の前の餌をただ喰らった。
もはや原型を留めていないくらいぐちゃぐちゃに、白い骨が見え隠れする赤い肉の塊と成り果てたそれから興味を失ったように目を離し、ごくりと口内に溜まった血を嚥下すると、ようやく男はその場から歩き出した。
「さてさて、武器や魔法はモンスター相手にも使ってきたが、人間相手にはどうかな?」
右手には妖刀と呼ばれる村正を、左手には地獄の業火と呼ばれる漆黒の炎を揺らめかせて経津主はニィと残虐に嗤った。今から試す事が面白くて楽しみでたまらないからだ。
「さァて、鬼ごっこの始まりだ」
楽しませてくれよ?人間。
勝手に決めて勝手に始める
ーーそうして、村に再び絶叫と断末魔が響き渡り、そしてまた静寂が訪れた。
主人公の鬼としての見た目は大柄な男性で、左側は大きく、右側は小さい朱色の角が生えている。
犬歯は長く、逆虹彩(白目部分が黒色)で瞳孔は紅。腰まである白髪はざんばらで、目元には朱塗りの化粧を施している。
格好は鬼の総大将!みたいなもの(大雑把)