前回のあらすじ
ジン「囮はもちろんゴンがする」
文「ヒャア がまんできねえ」
クラピカ「ゴンのことは調査してくれるらしい。我々の出番もなくなった」
文によって空の旅に連れて行かれたゴン。当然すぐに暴れたが、空中では地の利がある文にうまくもてあそばれ、もはや落ちれば命の危険がある高さになった頃には諦めた。そして、その目には涙が浮かんでいた。
「食べられちゃうのは嫌だな・・・」
「えっなんで食べられると思ったんですか?」
「だって、親鳥が小鳥にあげる餌みたいじゃん、今のオレ」
そんなやけにリアリティのあふれる可愛らしい理由で泣いていたことに文は思わず笑ってしまった。
「危なっ!離さないでよ!」
「大丈夫、あなたは美味しそうですがそんなもったいないことしませんよ」
「美味しそうなんだ」
「食べませんよ」
そう言われるとゴンは安心して一息ついた。
「そういえばさ、ザバン市に出たっていう不審者って君のこと?」
ゴンからは見えないが、文の表情が固まった。
「不審者と来ましたかー。ちなみにそれはどこから?」
「船から降りる前に船長から聞いたんだ。ザバン市の近くで誘拐事件が立て続けに起こっているって。その謎の不審者のターゲットが子どもばかりだからお前も気をつけろって言われたんだ」
ゴンは自分を掴んでいる腕が震えているのに気づいた。
誰だって覚えがないのに不審者なんて言われたら嫌になるだろう。いや、もしかして違う人!?
「ごめん!もしかして人違いだった?」
「人のことを謎の不審者呼ばわりとは!それぐらいだったらあの場で見得でも切っておくんでした!」
ソッチのほうか~と言わんばかりにゴンは呆れ顔になった。
「見得を切るって?」
「名乗りを上げるということですよ。そうですね、今回で言えばこんな感じで・・・」
文は山の中に降り立ち、ゴンを下ろしたかと思えば、ポーズをとりだした。
「我は幻想の民にして、この地に降り立った妖怪である!
我らは人のためにあり、人のために仇なす者である!
我らは天狗!我が名は射命丸文!
我が天命において、この少年は貰い受ける!・・・といった具合でしょうか」
言った後、文は酒で火照っていた顔をさらに赤く染めた。考えて言ったは良いものの、やはり恥ずかしくなってしまったようだ。
目の前の少年を見ると、顔を下に向けてぷるぷると震えていた。さすがに笑われてしまったのだろうか。
「あの・・・どうか今のは忘れてしまってください・・・酒に酔った勢いといいますか」
「かっこいい!」
文は「えぇ・・・」と言わんばかりにげんなりとした顔を見せた。
「今の、オレを下ろす間にずっと考えてたの?」
「私はそんなことを常日頃考えている人じゃないですよ!」
自己紹介の仕方を常日頃考えているなんてなんとも痛々しいです。
「じゃあ即興で考えたんだ!すごい頭がいいんだね!」
「いえいえ、それほどでも」
即興というよりは、自らの立場とか生き方をそのまま言葉にしたようなものですが。
「君の名前は射命丸文って言うの?それに天狗?妖怪?君ってなんなの?」
「はいはい、一つずつ説明しますよ。そのとおり、私の名前は射命丸文と申します」
「ふーん、なんだか変わった名前だね。あ、オレはゴン!ゴン=フリークスだよ!よろしくね!」
「よろしく、フリークスくん・・・いや、外国では名前が先と聞きましたね。ゴンくんのほうが正しいですか。ちなみに射命丸が姓で、文が名です」
人の名前を小馬鹿にしない、なかなかできた子です。
「文は幻想の民って言ってたけど、もしかしてこの国以外から来た人?」
「鋭いですね。私はこの地ではない、『幻想郷』という場所からやってきました。現世において忘れ去られた者たちが集う楽園です。そこには人間や妖怪、神など様々な者がいるんですよ」
「神様って本当にいるんだ!だけど妖怪って何?文も妖怪って言ってたよね?」
「まあ幻想郷にいる神々は貴方の国の神とはおそらく違うでしょう。妖怪というのは人の噂や言い伝え、はてには都合の悪いことを人が適当に名前をつけたなにかのせいにして押し付けた結果生まれた者たちのことを言います」
小豆を洗う音が聞こえたら良いことが起きたとか、夜の外になにかよくわからない明かりが揺らめいていたとか。
「適当に名前をつけたって・・・普通どうしてそんな事が起きたか調べない?」
「昔の人は生きることに必死で、いちいち起こったことすべてを調べ尽くすほどの自由がなかったんですよ。それよりだったら適当に名前をつけて納得するのが一番楽だったということです」
それに、そうやって名前をつけられる妖怪は視界が悪い夜に出現するから、子どもたちに夜に出歩かないように教育するのにもってこいなんですよね。
「そうやって人々に語り継がれ、噂が広まった結果、本当に存在するものだと扱われたものが妖怪として形をなしたんです。神も同様ですね」
「じゃあ、神様と妖怪ってなんの違いがあるの?人の想いから生まれたってのは違わないよね?」
「人の想いが形になったのは正しいです。その想いの方向性が違うだけですね。人の恐怖、それを遠ざけたい気持ちが敬う心となり、"畏れ"となって妖怪は生まれました。神は人の暮らしがこうあってほしいと願う気持ち。農業がうまく行ってほしい、子どもが無事に生まれてほしい時に願を掛ける相手が欲しかった。それが神となったのです」
八坂神奈子は戦の神だし、良いことを願うだけじゃなくて、災厄を溜め込むことで結果的に幸せを呼ぶ鍵山雛という厄神も存在する。そういう意味では疫病神とかは妖怪に近いと思うけど、どんな基準で線を引いたのでしょうか。
若干ゴンの頭から煙が吹き出しつつある。あまり頭をつかうような子じゃないんですね。
「うーん・・・えーと、それで文は文って名前で、天狗で、妖怪で・・・」
「ライオンっていますよね?ライオンはネコ科の動物です。それと同じで、私は天狗科の妖怪って覚えてもらえばいいです」
本当は天狗の中にも烏天狗とか白狼天狗とかいますが。
「わかりやすい!それでね、天狗って何?」
「天狗というのは、簡単に言えば山に住む妖怪ですね。ですが、山の中にいるだけじゃなくて、山を降りてきて悪さをすることもあります」
ただ、天狗の歴史はかなり古くを遡ると、中国で凶事を知らせる流星を意味していました。千年を生きる私でもそこまでいくとまだ生まれていませんが。私は日本生まれの日本育ちの天狗です。天魔様だったら知っているでしょうが。
「でもさ、人のためにあるって言ってたじゃん?子どもをさらっているのにそれは悪いことじゃないの?」
「それが必ずしも悪いこととは限りません。私は親から見放された子どもを狙ってさらっています。薄情な親からは子どもがいなくなっていくのがわかっていけば、自ずと子供のことを大事にするでしょう」
「それが人のために仇なす者ってこと?子どもを大事にしようって言い聞かせればいいじゃん」
「言葉だけでは人は動かない・・・とまあ色々言いましたが、これについては嘘も方便というやつです。本当は順番が逆なんです」
「え?」
「始めは"天狗の仕業"と呼ばれていました。巷で起こる不可解な怪異。物がなくなる、怪我をする、突如として風が吹くみたいなちょっとしたことでも、その原因がわからなければすぐに天狗の仕業とされました。やがて、子どもがいなくなった。本当は口減らしのために人為的に起こされたことでも、それを素直に口にだすことはためらわれた。そうやって天狗の悪名は際限なく広まり、我々天狗は生まれたのです」
「全部天狗のせいにされたからって、人をさらう理由にはならないんじゃない?」
「妖怪は人の噂や言い伝えから生まれるというのは、そういうことです。噂を再現するんですよ。首が伸びた女の影が見えたなら、ろくろ首が生まれる。天狗は天狗の仕業という噂を再現するべく生まれてきた。私が天狗であること、それだけが理由です」
私はそこに罪悪感なんて感じませんし、良いことだとも悪いことだとも思っていません。
ですが、このくらいの子どもだったら自分の正義をわかっているでしょう。理解される必要はないですが、どんな反応をしたものでしょうか。
「大変なんだね、妖怪って」
「え?ええ、大変なんです」
淡白ぅ~。それとも素直なんでしょうか?あるいは器が大きい?
「まあ、ということで私のお話は終わりです。ずいぶんと話がそれましたが、ここからが本題です」
手を広げ、仰々しく歩く。演説をするように、ゴンくんの視線を釘付けにする。
「ごめんね、話の腰折っちゃって」
「いえいえとんでもない、相互理解は契約に大切なことですので。それにこれからする話は今までの話と無関係ではないですよ」
さり気なく、木陰に場所を移す。光が見えやすいように、これからすることがわかりやすいように。
獣を射抜くだけなら一本の矢で良い。過剰な演出なんて無駄でしかない。
だが、無駄の中にこそ美しさがある。弾幕ごっこはその極みだ。
ならば、無駄の中の美しさを極めた私の演出を見るがいい。
右手を握りこぶしにして前に出し、妖力を込める。ただの人間にもわかるように、ぼんやりと手が光り始める。
「?」
手の甲を下にして、ゆっくりと手を開く。木の葉を模した私の弾幕が渦を巻いて空に広がる。
「悪戯をするだけが妖怪じゃない・・・超常の力」
木の葉の弾幕と吹き始めた風に煽られた本物の木の葉が混ざり、広がった弾幕が私の体の周りを覆い、その姿を見えにくくする。
「空を駆け、嵐を呼ぶ、天狗の力は妖怪の中でも上位に値します」
弾幕がクロスし、ゴンくんの視界が光に満ちた瞬間を見計らい、空を飛ぶ。
ゴンくんの周りを高速で飛び回る。その目にはもはや残像しか映っていないだろう。
「妖怪は噂や伝承から生まれる。ならば、人間は一生人間のままなのでしょうか」
飛び回りながら喋り、さらに風を操ることで、あらゆる場所から立体的に声が聞こえるようにする。
人間が妖怪になることは大罪・・・それは私が今まですごしてきた幻想郷においての規則。人間と妖怪のバランスを保つための。
だがここは幻想郷ではない。怪異なぞ存在しない、現世に近いこの世界。
「実はそうではないのです」
逆位相の風を生み出し、即座に静寂を生み出す。
そして音もなくゴンくんの後ろに着地した私は、耳元でこう囁いた。
「ゴン。