暗黒文花帖   作:ヲリア

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Stage6(後). 観音さま猿田彦さま

百式観音の掌の一つが消えた。

壊れたわけではなく、消えたのだ。

 

されたことは単純。

文が胸元にあったカメラを取り出し。

そのレンズに百式観音を映し。

シャッターを切っただけ。

ただそれだけで、いともたやすく、百式観音の掌の一つは弾幕の一種として撮られてしまった。

 

厳密には、百式観音そのものは弾幕ではない。

しかし、幻想郷には雲居一輪という入道使いが、雲山という入道雲の妖怪が放つ拳を弾幕として採用している。

当初は文も「そんなのありですか」と戸惑ったものの、弾幕だと認識できたなら、あとはカメラで撮るのみである。

 

このカメラのことをジンは危惧していた。

放出系の念能力を消滅させる、だけではなく、念で形作られたものは何であれ除念させられてしまうのではないかと。

それこそ具現化系に近しい、百式観音ですらその範疇ではないかと、そう思った。

 

ただの具現化系能力者なら普通、自身の念能力が破壊、消滅させられることは織り込み済みで発を作る。

絶対に壊れない物なぞ作れやしないし、絶対に負けない人間はいないからだ。

 

だが、ネテロは違う。

「一日一万回 感謝の正拳突き」によって独学で個の極地に至ったネテロは、その生き様を、感謝の対象を、狂えるほどの妄信によって生み出した武の神を顕現しているのだ。

故に不敗。個の極地に至った後のネテロは負けることを知らない。

故に不変。武の神の姿を侵されたことは一度としてない。

 

それ故に、もしも、あのカメラによってその姿が歪められたなら、どのような影響があるかジンには想像できなかった。

だからジンは言った。『もしも文がカメラを構えたのなら、なりふり構わず百式観音をしまえ』と。

 

 

ネテロは掌の一つがなくなった現状を確認し、一度消滅させた後、しっかりと姿かたちをイメージしながら今一度祈りを捧げ、百式観音を顕現する。

そこには寸分違わず---掌を失ったまま---変わらない姿があるだけだった。

 

「(あやややや、雲山さんのときはちゃんと腕は再生していたんですが・・・少し悪いことをしましたね)まだ、続けますか?どうやら治らないようですが」

「『生温いこと言ってんじゃねえよ』」

 

『ジン、お前はこう言いてえんだろ?百式観音がパワーダウンしちまう真似はよせってな。だがな、殴られるのが怖くて殴り合いができるか?んなもん、転ぶのが怖くて歩き出せなくなるようなもんだ。

ワシはそうはなりたくない。そうはなれない。そんなカシコい真似はできねえんだよ』

 

厳密に言えば、ネテロがカメラに対して何もしなかったのは、慢心以外の何物でもない。ただし、慢心せざるを得なかったのだ。

ネテロは百式観音に、己の信ずる武の神に絶対の信頼を寄せている。もっとも、常に相手の全力を受け止めるという健全な武闘家精神は、真剣な立会の前には消え去る。

ただ、百式観音になにかしようとする者がいれば、その百式観音の力でその脅威をされる前に排除するだけだ。

その中に、百式観音を引っ込めて脅威をやり過ごすという選択肢はない。

それは、武の神に対する裏切り行為だ。負けるはずのない対象が、負けるかもしれないという可能性だけで負けを認める、そんなことをしたくなかったのだ。

 

そのネテロの一途な想いに答えるがごとく、掌のひとつを失った百式観音は勢いを増した。

物量としては1%減った。だがネテロの闘志は減るどころか、最強たる自信を持つ自分の攻撃にカウンターを入れる強者と戦える喜びに震えている。ならばその腕一本一本に伝わる力の質量が増したのは当然の道理。

二対の掌底が文を襲い、吹き飛ばす。それに追撃をするべくクロスチョップの要領で横薙ぎに腕を振るう。

 

しかし、カメラに妖力を込め終えた文は、掌が交差して自身に触れるその一瞬をシャッターチャンスとした。それによって交差して迫ってきた掌は写真へと変換されてしまった。

「まだやりますか?」

「まだまだ、こんなもんじゃねえだろっ・・・!」

 

あの撮影をする前・・・カメラにオーラみたいなのを込めている。それによって体力を消耗しているわけじゃねえし、一種の制約みたいなもんか。

それが終わるまでの間は、ひたすら避けに徹している。さっきまでバカスカ撃っていた弾幕が一つもきやしねえ。

だとすれば・・・オーラを込め終えた瞬間に顕現を止め続ける?

 

ネテロの攻撃をかいくぐりながらなんとかチャージを終えた文。決定的なシャッターチャンスをモノにするべくカメラを構えるが、その時にはすでに百式観音は姿をくらましていた。

「お隠れになってしまわれましたかぁ。せめて5枚は撮りたかったところですが、小躍りでもしていれば天の岩戸から出ていただけるでしょうかねえ?」

 

 

バカが!そんな考えじゃいつまでたっても勝てねえだろうが!

 

だれにも知覚されない速さの祈り。その祈りに応えるべく現れた百式観音の、比類なき速さの手刀突きに文は貫かれる。

しかし速さに自信のあるのは文とて同じ。極限にまで凝縮された時間の中でわずかに身をよじり、されど左腿を貫かれた。

かすり(グレイズ)による傷程度なら妖怪の地力で再生できる。それよりも特ダネを得るべく、戻される前の腕にシャッターを切るものの、撮れたのはその残像。実像はすでに消え失せていた。

カメラに込めた妖力を無駄に消費してしまったのをいいことに、激しい乱打が始まってしまう。

 

 

なるほど。こちらの準備が整った時点であの観音像を消し続けるのではなく、危険を承知で一瞬だけ顕現させる。実に攻めっ気のあって

、私としても小躍りせずに済みました。

しかもあのお爺さんは気付いている。私が観音像の動きを見てから避けているのではなく、その前、祈りの所作を見て予測していることを

おそらく今までは自分自身でも気付いていなかったのでしょう、祈りと顕現、そして攻撃への一連の流れは完全に同期してはおらず、僅かに隙間があることに。

無駄なようで無駄に等しく、されど神速で行われるそれは、何処の誰にも避けられるものではなかった。指摘するものすらいなかった。

だからこそ悠長に全体の動作を見せていて、次第に避けられてきていたことに一抹の不安を覚えた。

今は観音像の乱打で巧妙に自分の姿を隠しているし、時折砂埃をあげて見えにくくしている。正直避けにくいったらありゃしません。

っと、妖力充填完了。不意打ち・・・する前に観音像も消えてしまいました。

ならば後は居合抜きの時間です。

 

 

まったく、ワシもまだまだ未熟者じゃな。避けられてこなかったことにかまけて、自分でもこの遅れに気付けなかったとは。この気付きこそ強者と戦える喜びじゃ、感謝するぜ。

今は、今だけは勝つために姿をくらます。だが今度戦う事があれば、それは生まれ変わったワシじゃ。その隙、突けると思うなよ?

奴のカメラも準備万端。奴にとっては屏風から這い出た虎を瞬時に捕まえる心境。守る側、文が読み違えればもう一度チャージする時間が生まれ、即座に不利になる。攻める側、ワシが捉えられれば、百式観音はその一部が切り取られる。奴に回復手段があればその限りではないが、撮られた部分は永久に失われると考えたほうがいいだろう。

まっすぐいってストレート、それだけで勝ててきた。搦め手とは弱者が強者を倒すための手段だ。だがワシは・・・いつまでも強者だとおごり高ぶる気はねえ

 

銃を手にしてフェイントの練習をするよりも、動いている相手に外れる可能性がある限りは急所狙いの練習をするほうが有意義だ。クレー射撃のように飛んでいる的を射抜くのもいい。スナイパーのように、より遠くの敵を狙うのもいい。一発でも当てるだけで十分に相手を傷つけるという目的を達成できるのだから。

 

だが、それだけでは目的が達成できないとしたら?あるいはそれができない状態だったら?

最強の武器を持ったが故に、最強であればそれでいいとあぐらをかいたネテロの怠慢。

それでもネテロは個の極地。万全とは言えずとも、武器を使いこなすすべなぞアドリブでやってのける。

 

感謝の祈りをささげ、百式観音を顕現。両の手を合わせて大きく上に掲げた後、大きく振り下ろす。

百式観音による攻撃はいずれも高速とはいえ、小ぶりな攻撃にはどうしても劣る。そんな攻撃を、読まれれば終わりの場面に持ってくるとは文にも思えなかった。案の定、そのアームハンマーはカメラの射程外―――過去2回にわたって撮られて消えた腕の範囲から予測した位置―――に向けて落とされる。

もちろんそれは囮で、振りかぶったことにより視線が上に向けられることを期待したもの。

それに遅れて、下からすくい上げるように手刀を繰り出す、多腕による多方面同時攻撃。

 

「読めてますっ・・・!?」

 

本命だと思われていたその手刀は途中で止められた。だがそれすらもフェイク。

ネテロは親指と人差し指で丸を作り、中指を立てる。

すると、文の背後に現れた観音像が、掌で文を優しく包み込む。そしてネテロのオーラのすべてをぶつけんとするべく、その口を開いた。

 

 

百式観音 零乃掌

 

 

無慈悲な咆哮が轟く。ネテロが生涯かけて練ったオーラはまさに必滅の一撃。たとえ妖怪とはいえ、叩けば血が出る以上、これをまともに受ければ致命傷足りうるだろう。

零乃掌の掌に包まれて、攻撃が開始されたならば、そこから逃れうる術はない。まさに奥の手、切り札。この時ばかりは、ネテロもさすがに勝利を確信した。

 

 

 

ふっと一瞬だけ光線の放出が途切れ、物影が横切るのが見えた。あのカメラの能力ならば零乃掌の拘束を解き、鴉天狗の速さを持ってすればその数瞬で抜け出すことは不可能ではない。

そして文は抜け出すだけでは終わらない。ネテロは零乃掌を止め、即座に蹴りで反撃に移る文をはじき返した。

 

「なかなかやるじゃねえか。背中に眼でもあんのか?(すこしはまともに入ったみたいだが・・・すぐに抜け出されちまったせいで思ったよりダメージは小さく済まされた。途中で止めたから全部のオーラを放出したわけじゃねえが・・・かなり厳しい)」

「最近摩多羅神という背後から攻撃してくる神がいましてね。全体把握能力は鍛えているんですよ(生命力を凝縮して放ったかのような熾烈な攻撃・・・威力としてはマスタースパークと同等だが、背後から出る不意打ち性能や拘束力、なにより展開速度が弾幕ごっこのそれとは殺意が違う。1秒も被弾していないのにこの損傷ですか)」

 

文は背中を中心に熱線を浴びて、その肌があらわになっていた。このままでは乙女の恥として服を最優先に再生させたが、細かな傷まで回復させる余力は今はない。

ネテロ本体には傷らしい傷は全くない。ただし、弾幕の防御や百式観音の展開、なにより零乃掌は最後まで出し切ったわけではないにせよ、その発動に多大なオーラを消費し、息切れを起こしていた。

 

「結構真剣にやっちまってたけどよ、別にどっちかが死ぬまでやる必要はねえんだ。次の勝負で勝ったほうが勝ちってことにしねえか?」

「あんなもの(零乃掌)まで持ち出して一体どの口が言うんですかねぇ。でも、まあ、それには賛成です。このままだと行けるところまで行っちゃいそうですし・・・締め切りギリギリまで攻める事もありません」

 

文は懐から紙を一枚取り出す。

 

「このスペルカードは・・・耐久型。本来ならば制限時間いっぱいまで被弾しなければいいことにしています。もちろん、貴方の言いたいことは分かってますよ」

「・・・ありがとよ。ワシの流儀に付き合ってくれて」

「後から頼まれても制限時間なんて作りませんからね」

 

 

 

 

 

「無双風神」

 

「無双風神」は「幻想風靡」の上位スペルであり、最も厳しい難易度設定をしている。

文の姿が消え、ネテロの周囲360度全てに大量の小粒弾幕が展開される。

どこか遠くに逃げ出した訳ではない。常人には見えないが、たしかに存在していた。弾幕を放ちながら、超高速、文の全速力でネテロの周りを円を描くように動いていた。

 

(弾幕が途切れないっ・・・!元より限界じゃったが、これでは飛んでいる奴を百式観音で迎撃するのは無理か)

 

さらに時折トップスピードを維持しながら移動方向を反対にしたり、ネテロの頭上を通りながら、少しずつ近付いてきていた。当然弾幕の供給量は変わらないので、文が近付くにつれて見てから全てを避けるのは困難になっていった。

人間の視野角は180度程度。どうあがいても後ろからの弾幕はさばけない。ましてや死角となる頭上からの弾幕も。

だが念能力者はそんな人間の体の仕組みすら超越する。

ネテロは即座に"円"を展開すると、その全ての弾を避けに徹した。

 

(お優しいこって・・・わざわざ近づいてくれるなんてな。だが・・・このペースだと間合に入るまで30秒。全容を把握できる大きさの円を展開し続けていると、一撃入れるためのオーラすらもう無くなっちまう)

 

ネテロの通常の円の範囲は・・・ちょうど百式観音の攻撃範囲と一致する。その範囲の円を維持するには当然それなりのオーラが必要になる。だがすでに消耗しているネテロには余計でしかなかった。

故にその円の範囲を縮小。10mから5m、3m、1m・・・ついには肌からわずか数cmの範囲にまで絞り、オーラの消耗を抑える。同時に纏を解除して絶となり、最小限の防御手段すら捨て去る。

 

全ては次の一撃のため。勝つために他の手段がないのなら、命すら掛け金にする。

一度でも被弾(ミス)すれば即死につながる。緊張して然るべき場面でありながら、不思議とネテロの心境には一片の震えも歪みもなかった。

凪。ネテロの心を揺るがすものは何一つとしてなかった。ただ一つ、勝利のため。ただ勝ちたいと願うその心には他の何者も干渉することはできなかった。

 

(ふふ・・・これが人間の輝き。信念のために自らの命すら掛け金にする。長生きするが故に、いずれ生きることを生きる目的とする我らとは決定的に違う。やはり人間は素晴らしい。それでも・・・そう簡単に勝てると思わないことですね!)

円周が短くなればその分曲がる力を強くしなければならず、速度は下がるはずだが、そんな物理法則すら無視してなおも加速する。その力を誇示するかのように。

されどネテロには当たらない。極限まで最適化された最小限の動きで、柳のごとく、見るまでもなく感じながら避けている。

 

ついにはネテロの間合いの一歩手前に入る。その時を今か今かと待ちわびていた。

だがそこで文は空高く舞い上がる。弾幕もかき消して、この場に静寂が訪れる。

 

 

 

 

 

ガァンッ!!

 

 

天より重力の支援を受けた助走をもって放たれた蹴りは、下駄の硬さと文自身の質量によって、さながら急降下爆撃機のような一撃を生み出した。

だがネテロは地に足をつけて、完全にタイミングを合わせた正拳突きを放った。それは対象が頭上にいても威力は変わらない。

 

 

その勝負の行方は。


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