私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

1 / 66
ようこそ絶望学園(前編)

喪女(もじょ、もおんな)は、ネット用語のうちの1つであり、要するにもてない女性のことを指す。

とりあえずの定義としては、男性との交際経験が皆無であり、周りからモテないと認められた女性というものらしい。

 

―――非常に屈辱だ…。

 

自分がそのジャンルにおいては“超高校級”なんて…。

 

なぜ、こんなことになったというと、全ては3ヶ月前に受けたあのテストから始まる。

放課後、ある教室に呼ばれた私は、なぜか「性格診断テスト」なるものを受ける羽目になった。その場には、クラスメートの姿はなかった。

このテストを受けるのは、私のクラスでは、私だけであった。理由は知らない。

先生に聞いても理由は教えてくれなかった。

ただ、少し気になったのは、私以外の生徒達だ。まず、全員が女子であること。

そして、顔見知りがいないので、あくまで私見なのだが、なんとなく“モテない”

そんなオーラをもった子達だった。

私も含めそんな人達のみで集まったその教室の雰囲気はこの上なく重く、暗かったことを鮮明に覚えている。

テストの内容は、交友関係・趣味・好きな動物などありきたりなものであった。

時間も30分ほど終了し、私は、まっすぐ帰宅した。

 

だが、テストはそれだけでは終わらなかった。

3日後、私はまたテストを受ける羽目になった。

しかも、平日に授業免除でだ。その時は、正直、授業をサボれてウキウキしていた。

遠足気分で、向かった他校の教室にいたのはやはり、女子だけだった。

その制服から、県内の各高校から集められたと推測できる。

そして、やはりあのオーラを感じた。その…“モテない”というあの残念なオーラを。

今度の性格診断テストは、かなりマニアックなもので占められていた。ゲーム・アニメの

内容の記述。好きな男性に関しての作文など。時間は2時間くらいかな。

 

「昨今の女子学生の意識調査です。アンケートみたいなものなので好きに書いてください」

 

イケメン試験官の爽やかな笑顔に触発された私は、オタ知識の全てを発揮し、答案を埋めていった。どうせ、ただのアンケートだとタカを括りながら。

 

だが、テストは終わらなかった。

一週間後、校門で私を待っていたのは、黒塗りのリムジン。

それに乗せられて私が向かった先は、東京都庁だった。

その中の一室に足を踏み入れた私は、正直、うッ…!と呻いた。

 

あのオーラだ…!

 

その教室にいたのは、やはり女子だけだった。後の席に座ることになったので

テストが始まるまで暇なので数を数えてみると私を入れて47人いた。

彼女達から発せられる強烈な“モテない”オーラ。

正直、このまま教室に鍵をかけて永久に開けないほうがいいんじゃね?と思うほどの。

(もちろん、私を除いての話ではあるが)

傾向を見ると、その大半が強烈なほどの残念な外見であり、一発で彼氏はいないと判断できた。

(もちろん、私を除く)

その中で、まともというか、一般的にはキレイに属する子がちょうど私の隣に座っていたので、ちょっと挨拶してみた。

 

「きひひひ…」

 

ああ…性格が残念なのか。

 

敢えて言えば、それがもう一つの傾向らしい。

 

そんな異常空間の中で、最終テストが開始された。

問題用紙を見て私は絶句した。

 

ほとんど乙女ゲー問題じゃねーか!文部省は何やってんだよ!?

 

その他にも、好きな男との恋愛展開の記述。好きな身体の部位などおおよそ学業とは

ほど遠く、一般人から見れば“キモい”の一言で切り捨てられる問題が並んでいた。

ゆとり教育の失敗から文部省は何も学んでいないようだ。

いや、最近は“クール・ジャパン”などと言って海外にアニメやゲームのコンテンツを

売り込もうと政府が画策してるみたいだから、そっちの線かもしれない。

何はともあれ、完全に私の好物、私のジャンルだ。

すらすらとペンが動く。実際の大学入試にも、これを導入してくれねーかなと思うほどに。

その日は、リムジンでそのまま家まで送ってもらった。

リムジンから降り、なぜか勝ち誇る私を2階から弟の智貴がドン引きして見ていたのを今でもよく覚えている。

 

それからというもの私は、普段の生活の中で誰かの視線を感じるようになった。

本屋にいる時も、ゲーム屋で乙女ゲーを買う時も、誰かに見られているように感じる。

まあ、私はカワイイから、他校の男子がストーカー化したのかも?と当時はそんな

ことを妄想して一人、ウヒヒと笑っていた。今思えば、何と愚かなことだろう。

 

あの視線は監視であり、調査であった。

 

そして私の元に一通の招待状が届く。

 

宛名は―――私立希望ヶ峰学園。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「バカなのかお前は…?」

 

希望ヶ峰学園に入学する前日、部屋を訪れた私に向かって智貴は開口一番にそう言った。

 

「いや…悪かった。バカなのは姉貴じゃない。希望ヶ峰学園の方か」

 

そう言って、智貴はめんどくさそうに頭を掻いた。

 

「なんだと!てめーは希望ヶ峰学園の何を知ってんだ!」

 

売り言葉に買い言葉。旅立ちの前日、こんな口論をしにきたわけではないのに、

私は、ついカッとなって怒鳴り声を上げた。

 

「“超高校級”の才能をもった現役高校生のみがスカウトで選ばれ、卒業すれば社会的成功が約束される日本最高峰の高校…でよかったか?」

「おお、そうだよ。よくわかってるじゃねーか」

 

智貴の回答に私は全身で大きく頷く。

 

「私はそこに明日、入学する超高校級の高校生なんだよ!それをバカとか言いやがって!」

 

ギギギ、と歯を噛み締める私に、智貴はため息をついた後、尋ねる。

 

「で、姉貴は何の“超高校級”なんだ?」

「え…?」

 

その瞬間、時が止まる。

 

「いや、だから何の“超高校級”なんだって聞いてる」

「いや…その…」

「言って見ろよ」

「わ、私は、ちょ、超高校級の…も…」

「も?」

「超高校級の…“喪女”…です」

 

いつのまにか立場が逆転し、半泣きしながら敬語で話す私に向かって、

智貴は“はぁ~”と大きくため息をついた。

 

私立希望ヶ峰学園の特色は、その在校生にある。

希望ヶ峰学園に入学する高校生は、各ジャンルにおいて“超高校級”とよばれる存在だ。

そのジャンルは幅広い。

学業やスポーツだけでなく、反社会的な不良やギャンブラー、なんと同人作家まで迎え入れる度量の広さだ。

 

「だからって“喪女”はねーだろ…」

「そ、そんなこと私に言うなよ。私だって知らねーし…」

 

智貴の言うことに、私は渋々ながらも同意するしかなかった。

 

“喪女”って何だよ。

いくら幅広いジャンルで選抜されるからといって“喪女”はないだろ希望ヶ峰学園!

 

どうやら、学校で最初に受けたあの「性格診断テスト」がその学校で一番の“喪女”を

決めるための試験だったようだ。

次が県代表選抜試験。そして都庁でうけたのが全国大会みたいなものか。

後日、家に訪問してきた私立希望ヶ峰学園の職員の話では、最終テストの成績上位者数名に対して、日々の生活態度の調査が行われ、それが加算された合計点数により、激しい激戦の末、僅差で私が全国の頂点に君臨することとなったらしい。

職員からその話を聞いた母の顔は泣いているようで、笑っているようで何か左右非対称な、

そんな初めて見る表情だった。

そして、私はその傍らで、真っ白になっていた。

 

全国の頂点――だが、“喪女”だ…!

 

正直、自分は目元のクマさえ取れれば、クラスでもカワイイ方だと自惚れしていたし、

本当は、明るく愉快なキャラだとも思っていた。

だが、現実はいつだって厳しく辛いものだ。

世界が下した私の評価はその真逆。

カワイイや明るいなどとは限りなくかけ離れた存在である“喪女”

それも超高校級の“喪女”だった。

 

「で、何しに来たの?」

「おお、そうだった。なあ、智貴、お姉ちゃんは明日、希望ヶ峰学園に入学する。

 寮生活になるから夏休みまではたぶん、家に帰らない。だから当分お別れだ」

 

そうそう。私は智貴に当面の間のお別れを言いに来たんだっけ。

つい、カッとなって忘れてた。

 

「本当に行くのか…?」

「ああ、寂しいからって泣くんじゃねーぞ」

 

椅子を回し、私に正対する智貴に向かって、私は腕を組みながら、上から目線で答える。

 

なんだ、コイツ。

まさか、寂しいからって引き止める気じゃないよな。

カワイイとこあるじゃねえか。

 

「お前…本当にやってけるのか?」

「え…!?」

 

シスコンの弟の懇願を予期していた私は、その一言で現実に戻された。

 

「基本、“超高校級”なんて奴らは自己顕示欲の塊だぞ。

俺、サッカーやってるからわかるけど、学校で一番上手い程度の奴ですら、それを鼻にかけて威張ってるからな。そんな奴らがクラスメート全員なんて正直、俺は無理だな」

 

「う、うわ…」

 

ぶわッと全身の毛穴から汗が噴出した。

その通りだ。

“超高校級”なんてきっと自己チュー野郎の集まりに違いない。

そんなところに私が入学するのは、まさに野獣の中に子うさぎを入れるようなものだ。

今の学校では、まだ友達はいないが、だからと言って、孤立することもイジメられること

もない。

だが、希望ヶ峰学園ではそんな甘い状況は許されないかもしれない。

だって、私は“喪女”だ。それも“超高校級”の。

イジメて下さいと言っているようなものだ。それ何てプレイ?バカなの?マゾなの?

 

「う、うるせー!それでも、もう行くしかねーんだよ!文句あっか!」

「泣くなよ…」

 

号泣する私に対して、智貴はめんどくさそうに顔をしかめる。

本当は私だって行きたくない。だが、それ以外にもう選択肢が残されていないのだ。

この時期、某掲示板の専用スレッドには、毎年やっかみの新入生情報で沸くことが通例となっていた。

某提示版の「希望ヶ峰学園新入生スレ」。

そこにはすでに多くの“超高校級”のジャンルが明かされていた。

 

正統派としては…

 

超高校級の“アイドル”

超高校級の“プログラマー”

超高校級の“スイマー”

超高校級の“御曹司”

超高校級の“文学少女”

超高校級の“格闘家”

超高校級の“野球選手”

超高校級の“ギャル”

 

変り種としては…

 

超高校級の“ギャンブラー”

超高校級の“占い師”

超高校級の“暴走族”

超高校級の“風紀委員”

超高校級の“同人作家”

 

とりあえず上記が今年入学予定の某提示版をにぎわしている各ジャンルの希望達だ。

すでにお茶の間では知らない人はいない超高校級の“アイドル”「舞園さやか」をはじめ、

ほとんどの超高校級の名前が判明していた。

ああ、そうだ。私と、それともう一人の超高校級の存在のことを忘れていた。

じゃあ、紹介しよう。

 

超高校級の“喪女”

超高校級の“幸運”

 

現在、某提示版の羨望と侮蔑は目下、この二人に集中していた。

 

「“幸運”って抽選で選ばれたんだよな?うらやましい」

「つーか、喪女って何コレw」

「やだなwそんな超高校級とかw」

「喪女を極めてどうするwww」

「喪女とかwwwww」

「希望ヶ峰学園のジャンル広すぎワロタw」

 

超高校級の“幸運”の方には、その幸運に対する羨望と嫉妬が。

超高校級の“喪女”である私に対しては、嘲笑と罵倒が集中した。

 

「そういえば、何の超高校級かわからない奴がいるな」

「なんでも、女らしいぜ」

「超高校級の“腐女子”とか?」

「勘弁してくれw“喪女”だけでおなか一杯ですw」

 

(グギギギ…)

 

深夜、私は、歯軋りしながら、マウスを握り締めた。

 

(クソどもが!好きに言いやがって)

 

ネットの提示版など本来、いいものではない。薄汚い罵詈雑言が日々飛び交っている。

だが、ネラーとしての経歴も長く、もはやネット中毒とも言える私が、PCの電源を止められるわけはなく、特に目的がある訳ではなかったが、提示版に流れる超高校級の“喪女”の情報を追い続けていた。そんな時だった。

 

「朗報!“幸運”の名前が判明したぞ。“苗木誠”残念、男でした」

「なんだ男かよ。なんか女をイメージしてたよ→“幸運”」

 

ふーん、くじ引き野郎の名前は“苗木誠”っていうのか…。

どこにでもいるような平凡な名前だな。ツマンネ。

 

そう言って、私は砂糖がたっぷり入ったミルクコーヒーをすする。

 

何が“誠”だよ。包丁で殺された挙句、首をバックに入れられた某アニメのクズみたいな名前しやがって。きっと運だけの嫌味な奴に違いない。

まあ、名前がバレたらしいから、これで奴は晒し者か…ざまあ。

 

正直、私は、超高校級の“幸運”が…“苗木誠”が嫌いだった。

会ったことも見たこともない相手をこんなに嫌うというのも自分でも変な感じがする。

だが、その理由はシンプルだった。“幸運”ただその一言につきる。

なんだかんだ言っても、他のジャンルの超高校級たちは、持って生まれた才能を努力によって開花させた人達と言える。そのジャンルの頂点に君臨するまでに、多くのライバルと競い、その戦いに勝ってきたのだ。その彼らに苗木誠は、ただ抽選のみで並んでしまったのだ。何の努力もせずに、社会的成功が約束されるのだ。ムカつかないわけがない。

あれ、なんだろう?“お前が言うな”という声が聞こえた気がするけど、空耳かな。

それに、何が一番ムカつくかって言うと、以下の表だよ。

 

これは私見だが、私が集計した超高校級の不人気ランキングである。

 

1 超高校級の“喪女”

2 超高校級の“同人作家”

3 超高校級の“暴走族”

4 超高校級の“ギャンブラー”

5 超高校級の“幸運”

 

(クソが!私がぶっちぎりじゃねえか!)

 

“幸運”に対しては、嫉妬もスゴイが、その反面、その幸運に対する羨望も大きい。

故に、人気、不人気は五分五分となるのは当然といえる。

3、4位は、反社会的だが、そのアウトローな生き方に憧れる人間も多い。

2位は“キモい”という声が圧倒的だが、それでも支えてくれるファンがいるようだ。

そして、堂々の一位、超高校級の“喪女”つまり私であるが、全て嘲笑と罵倒で埋め尽くされていた。

 

「喪女って何の意味があるの?そもそもなんの実績があるの?」

「いや、アレじゃねーの、将来性とか。将来、活躍するんじゃね?」

「想像つかねーんすけどw」

「いや、だから、喪女に需要がある商品を開発したり、喪女に人気のサイト運営とか」

「気持ち悪いな…」

「くさそう」

 

う、うう…私だって抽選みたいなものだったのに、苗木の奴となんでこんなに差が…

 

涙のせいで、PCの画面がぼやけた時だった。

 

 

「そうだ。ついでに“喪女”の方も判明した。黒木智子だってさ」

 

 

「ぶファあッ!」

 

コーヒーを噴き出した私は、急いでPCをふき、食い入るように画面を見た。

そこには、“黒木智子”という文字がはっきりと浮かんでいた。

 

「黒木智子か…人生オワタ」

「このご時勢、名前バレはきついなwしかも喪女だし」

「智子ちゃんの外見どんな感じ?せめて人類だよね」

「だれか画像プリーズ」

 

(あ、あわわわ)

 

恐ろしい速さで進行していくスレに私は耐え切れず、ついに電源を切った。

その翌日から、私は学校に登校することはなかった。

当たり前だ。どの面さげて、授業を受けろというのか。

もう、すでに学校中が超高校級の“喪女”の…私の話題でもちきりだろう。

そんな空間にいるなんて死んだほうがましだ!

この数日、唯一の友達といえる優ちゃんから頻繁に電話やらメールやらが来ている。

その内容から、リアルにおける状況が手にとるようにわかった。

 

つまり、もはや普通の高校生活は不可能―――そういうことだ。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「もう、私の人生の責任を希望ヶ峰学園にとってもらうしかねーんだよ!」

「だから、泣くなって…」

 

再び号泣する私に、智貴はこれ以上ないほど面倒くさそうな顔をした。

 

「今の高校に通えないなら、他の高校行けばいいだろ。姉貴は頭だけはいい方だし」

「県内は私の話題で持ちきりだよ。それに県外なら、いろいろお金がかかるし、お母さん達に迷惑がかかるじゃん。希望ヶ峰学園の生活は正直、不安だけど、学費と生活費はタダだし。そこだけは嬉しいなとは思う。ん?どうした智貴?やはり、私と離れたくないのか?

 

号泣から一転攻勢。にやける私に対して智貴はいつになく、いや、いつも以上に真面目な顔でその理由を答えた。

 

「姉貴の人生は姉貴のものだし、好きにすればいい。だけどさあ…何か久しぶりに嫌な予感がするんだよ」

「え…?」

 

その言葉に私は固まった。智貴の“悪い予感”それは黒木家にとって笑い事では済まされないものだったから。

まだ私達が幼い頃、遊園地に出かける寸前に、智貴が“悪い予感”がするといって泣き出し、結局、その日は遊園地は中止になってしまった。だけど、その日の夜、私達が乗る予定だった電車で脱線事故がおきて多くの負傷者を出した。

それから智貴の“悪い予感”は的中し続け、そのおかげで、黒木家は今日までを無事に過ごしてきたと言っていい。だけど、智貴の“悪い予感”は成長するにつれ、回数が減っていき、今、この場で言われるまで私はその存在を忘れていたほどだ。

 

「お、お前…私がただでさえ不安のどん底にいるのに余計な能力復活させやがって…!」

「いや、わからないよ。ただの勘だし。もう昔みたいに当たらないかもしれないしさ。

でも、何か収まらないんだよ嫌な感じが。だから、行けるなら他の高校行けよ」

「ぐ…ッ」

 

真剣な目だった。

正直、私は気圧されていた。出来ることなら私も、智貴の言うように他の高校に行きたい。

だが、すでに希望ヶ峰学園の入学手続きは完了し、後は旅立つだけという状況だ。

いまさら、それを取りやめるのは、お母さん達に多大な迷惑をかける。

それに希望ヶ峰学園を卒業すれば、社会的成功が約束される。今まで迷惑かけた分、

親孝行もできるはずだ。だから、私は、あえて強気を演じることにした。

 

「ふ、ふーん。そうか、お前、アレだろ。私に嫉妬してるだろ。社会的成功が約束されたこの私に嫉妬してるんだろ?」

「はあ?てめーは、バカか?“喪女”なんかに嫉妬するわけないだろ。俺は真剣に…」

「うるせーその手に乗らないぞ!味方の振りをして私に入学を辞退させる作戦だろ?」

「バカすぎる…勝手にしろよ」

 

そう言って、椅子を回し、智貴は私に背を向けて漫画を読み始めた。

その態度にムカついた私は、ベッドに座り、智貴に向かって足を伸ばした。

 

「私は将来の社会的成功者様だぞ。いいのか?そんな態度で。いまから媚を売っておいた方がいいんじゃないのか?ほら、マッサージしろよ。なんなら舐めてもいいんだぞ」

 

無視を決め込む智貴の背中に“ぺしぺし”と軽く蹴りを打ち込む。

それでも、無視しているので、速度を上げて少し力を入れる。

“オラオラオラ”とか“無駄無駄無駄”とかそんな声を心の中で出しながら。

殊の外、楽しくなってきた時だった。

ヌッと私の眼前に智貴の手のひらが広がってきた。

 

「痛ッ!?痛い!痛い!痛い!ゴメンなさい!ゴメンなさい!」

 

アイアンクロー。

こめかみを掴むプロレス技が私を襲う。

智貴は私の掴んだまま、部屋の入り口まで移動し、そして私をポイッと外に押し出した。

 

「て、てめー智貴!覚えてろよ!後でお前の隠してるエロ本を台所に放置してやるからな!」

 

固く閉ざされたドアの前で、男子高校生には恐怖となるその捨て台詞を残し、私も部屋に帰ることにした。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「体には気をつけるのよ。何かあったら家に帰ってきてもいいからね」

「うん、行ってきます」

 

入学当日、玄関で母に出発の挨拶をする。

お母さんはすごく心配している。当然かな。私も1日後の未来が想像できないもん。

 

「行ってくるぞ弟よ」

「ああ…元気でな」

 

ポケットに手を突っ込むそっぽを向く智貴に声をかける。

私達は毎日のように喧嘩はしているが、本気の喧嘩じゃないから、朝になればまた普通の

関係に戻れる。コイツとの喧嘩も当分できないのは少し寂しいな。

家から出るとそこには、あの黒塗りのリムジンがあった。

どうやら、これは希望ヶ峰学園の所有物らしい。さすが日本最高峰!すごい。

リムジンに乗った私は、そのまま都内某所にある希望ヶ峰学園に連れて行かれた。

 

「うわぁ、すごい」

 

その小学生並みの感想が、希望ヶ峰学園の前に立った私の第一声だった。

それは、まさに“希望”の学園にふさわしい場所だった。

荘厳な外装。そのヨーロッパ調の建物は、歴史と伝統、そしてここから輩出された

栄光により、その前に立つ者にえもいわれぬ重圧を感じさせた。

 

この前に立つまで、希望ヶ峰学園に入学するなんて、何か現実感がなかった。

でも、今は例え“喪女”だとしても、ここに入学できる“幸運”に私は初めて感謝した。

 

(これで、セレブの仲間入りか…)

 

極度の緊張と興奮の中、私はついに学園に足を踏み入れ、集合先の玄関ホールに向かった。

玄関ホールには、まだ誰もきていなかった。集合時間の8時まではまだ少し時間があった。

 

(ちょっと、早かったかな?)

 

緊張でガチガチになりながら、私は玄関ホールを凝視する。

 

(誰もこないなら、ちょっと学内散策でもしようかな…。私は生徒だし、いいよね)

 

あまりの緊張で私はちょっとした過呼吸を始めている。

いかん、いかん、少しでも緊張を解さないと今日もちそうにないや。

 

そんなことを考え、私は第一歩を踏み出した。

それは新しい学園生活の始まりとなる希望に満ちた一歩…となるはずだった。

 

 

グニャ~~~~~~~

 

 

「―――!?」

 

だけど、その一歩目を踏み出したのと同時に私の視界がぐるぐると歪み始めた。

 

(いかん!緊張しすぎて貧血に!?)

 

もはや遅かった。

世界は解けた飴細工のようにドロドロと溶け、混ざり合う…

 

ぐるぐるぐるぐると、ドロドロドロドロドロドロドロになって――

 

次の瞬間には…ただの暗闇。

 

 

 

それが…始まり…そして日常の終わり…

 

 

 

この時点で私は気づいてもよかったかもしれない。

私が希望ヶ峰学園に入学できたのは“幸運”なんかではなく…

 

 

やっぱり、ただの“不運”だったという事に。

 




すいません。本当にクリアの勢いだけで書きました。
連休にふと書いたら、面白くなってしまい8000字も書いたので捨てるのが惜しくなりました。
連載できるなら、作者としても幸運です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。