私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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第1章・イキキル 中編②

「しかし、どーなってんだよ!?モノクマの奴いねーじゃん!!」

「あのクソ野郎…呼び出しといて人様を待たせるなんざ、人の風上にも置けねえ奴だ!!」

「まあ、どっちかと言えば、熊なんですけどね…」

 

あちらの方でチャラ男と暴走族とラードが何やら喋っている。

彼らの言う通り、体育館に来た私達は、モノクマの奴に待ちぼうけを喰らわされていた。

私は何もすることがないので、とりあえず、体育館の隅に腰掛ける。

スカートを押さえながらの体育座りは女子学生の嗜み。

私は、そこからクラスメート達の様子を眺めていた。

 

(まだ、全員いるな…)

 

舞園さんを除くクラスメートは全員揃っていた。

 

校則⑥

 

あれを実行したクロはまだ脱出できていないようだ。

 

 

    “他の生徒には知られてはいけない”

 

 

それを達成するには、まだ時間が必要なのだろうか?

恐らく、“学級裁判”とやらにその説明があるのだろう。

 

「もこっち~~」

 

そんなことを考えていると、あちらであのバ…いや、あの子が私を呼ぶ声が聞こえた。

 

「お~い、もこっち~~」

 

江ノ島盾子。

少し仲良くなってから、ウザイくらいに絡んでくる超高校級の“ギャル”

その彼女が、私の名を呼び、ブンブンと手を振っている。

 

(何やってんだ…?あのビッチは)

 

私はよくわからずも、座った状態で半笑いしながら、小さく手を振り返した。

彼女と私との距離は少し離れてはいるが、ちょうど一直線上になっていた。

彼女は“ニンマリ”と笑みを浮かべる。

 

(え…?)

 

何やら悪寒が走った。ひどく嫌な予感がする。

彼女は、床に手をつけると、少し腰を上げる。

 

(クラウチングスタート…?)

 

私は目を疑った。

 

クラウチングスタートとは

陸上競技の400m以下の短距離種目でのスタートで用いられる姿勢だ。

 

いや、でも何故それをこの場で…?

私の嫌な予感はもはや、アラームのレベルまで成長している。

 

「ちょッ…」

 

私が彼女に声をかけようとした瞬間だった―――

 

「――――いッ!?」

 

次の瞬間、彼女は消えた。

本当に瞬間移動したかのように、3mほど前にいきなり現れた。

それはまるでミサイルの発射のように。

肉眼で彼女を追うことができなかった。

いや…それ以上に、私は見た。

スタートする瞬間、顔を上に上げた彼女の表情を。

 

 

あれは…“鬼”!?

 

 

まるで格闘漫画のように、口を三日月に開け、目を白く光らしていた。

私は一体何を見たのだ!?

白昼夢!?幻覚!?え、だって女子高生だよね、アイツ!?

 

だが、その刹那の思考の間にも、私と盾子ちゃんの距離は近づく。

盾子ちゃんは、疾走のエネルギーを利用し、滑りながら片足を上げる。

膝を曲げ、腰を捻り、力の伝達を最大に生かす。

 

それはまるでサッカーボールを蹴るかのように。

 

凶悪な“ローキック”が私の顔面に一直線に向かってくる。

 

 

 

 

 

 

―――――――死!?

 

 

 

刹那、私がそれを意識した瞬間…

 

 

私の

 

 

        “全細胞”が

 

 

反応した――――

 

 

 

「…。」

 

時間がゆっくりと流れている。

盾子ちゃんは、先ほどまさに私の顔があった場所にゆっくりと蹴りを撃ちこんでいく。

まるでスローモーションだ。

それを私は、彼女の頭より2mほど上空でぼんやりと眺めていた。

 

 

何があった!?

 

 

…いやいや、私が知りたいですよ、旦那。

たぶん、一部始終を見た人がいたならば、子猫が驚いて飛び上がった。

バッタがビビッて大ジャンプしたように見えたに違いない。

某バスケ漫画のラスボス戦で、主人公チームの監督が今の私の動きを見たならば、

 

「それだ!」

 

と叫ぶに違いない。

私はあの体育座りの不利な態勢から、一瞬で飛び上がり、

あのビッチのマジ蹴りを回避したのであった。

私の格闘漫画の知識から推測するに、これは恐らく“外し”と呼ばれる現象ではないか?

 

某格闘漫画の暗殺一族の秘儀。

 

本来、人間は身体能力の3割程度にしか発揮できないように枷がかかっている。

強すぎる力により、肉体が耐え切れないために、脳がセーブをしているのだ。

それが極限状態において外れることがある。

所謂「火事場の馬鹿力」がそうだ。

能のリミッターを解除し、潜在能力を解き放ち、鬼神の如き力を得る。

それこそが、“外し”と呼ばれる技法だ。

その某格闘漫画では、トーナメントにおいて、潜在能力を100%解放できる

暗殺一族の代表が、ちょっと前に“最強宣言“をしたばかりである。

今の私をその状態にあると仮定しよう。

もしかしたら、私の潜在能力は70%近く解放されているかもしれない。

私の身体を信じられないほどの万能感と高揚感が包み込む。

 

ああ、何だろうこの感覚は…?今なら誰にも負ける気がしない。

 

ふと下を見ると、蹴りを空振りしたビッチがようやく私の不在に気がつく。

時間にしては、ほんの刹那。それは今の私にとって退屈になるほど長い時間だった。

私は、ビッチを侮蔑と哀れみを兼ねた瞳を持って見下ろす。

 

ああ、なんと哀れで愚かな女なのだろう。

 

たかが、ほんの少し、人より運動神経がいい程度で、思い上がってしまったのだろうか。

所詮、野良犬はどこまで行っても野良犬。

狼に張り合えるはずがないのに。

どうやら、分をわからせなければならないようだ。

 

悪い子には、おしおきが必要だな。

 

私がそんなことを考えていると、

ビッチは、顔を上げ、私の存在に気づき、驚愕を浮かべる。

スローモーションのようにゆっくりと歪んでいく表情。

その瞳に薄っすらと恐怖が浮かんでいた。

 

ククク、そうだ。それでいい。その顔こそが“獲物”にはふさわしい。

 

下に降りたら、たっぷりと可愛がってやるからな!

だが…まだだ。それだけじゃ、足りない。

ビッチをおしおきするだけでは満足できない。今の私の“渇き”を癒せない。

そうだ…アイツがいる。

 

私は、クラスメート達を見る。

この刹那の瞬間、クラスメート達は、互いに話し合いをして、こちらに気づく者はいない。

ただ一人を残して。

大神さくら。彼女のみが私の動きに気づき、驚愕していた。

 

素晴らしい。大神さん…いや、大神さくら!貴女こそ、私の“敵”にふさわしい!

二人で、求め愛!奪い愛!!!殺し愛!!!最高の闘いをしよう!

 

貴女を倒した後は、舞園さんを殺した犯人でも八つ裂きにしておくか。

そして、あのクマ野郎を…モノクマの奴の首を捻じ切ってやる。絶望を見せつけてやる。

 

その首を掲げ、クラスメートの前で宣言しよう。

 

 

この希望ヶ峰学園において、私こそが――――

 

 

 

          “ 最強 ” なのだ!!

 

 

 

「ハア、ハア、ハア…」

 

床に着地した私は、肩を弾ませ息をする。

身体がすごく重い。むりやり10キロほど、全力で走らされたみたいな疲れを感じる。

盾子ちゃんの蹴りが私の顔面に迫った瞬間からの記憶がない。

頭が混乱している。ひどい疲労と変な万能感が身体に同居している。

何か“最強宣言”みたいなことを言ってしまったような気がするのですが、

それは、幻覚か白昼夢か何かでしょうか?

 

「もこっち…」

 

その声を聞き、顔を上げると、盾子ちゃんが口元を抑え、絶句していた。

私はぼんやりと彼女を見つめる。

すると、彼女の瞳から突如涙が溢れていた。

 

「私…信じてた!もこっちなら、ギリギリのところで覚醒してくれるって…信じてた!」

 

そう言って、彼女の頬に涙が流れ落ちた。

 

なんということだろう。

突如、全力ダッシュからの顔面ローキックという暴挙に出た盾子ちゃん。

しかし、それは、全て私の潜在能力を引き出すためだったのだ。

 

「もこっち!おめでとう―――」

 

盾子ちゃんは、涙を流しながら、手を広げ私に抱きついてくる。

 

ああ、そうか。

全ては私のためだったのか。

今の顔面ローキックも、昨日のオレンジジュース入りのお茶も、朝食でスプーンで頬を突いたのも、全部みんな私のためだったのか。

 

 

盾子ちゃん、君はなんて友達思いな―――

 

 

「ってそんなわけねーだろ!!」

 

「ぐえェッ!?」

 

盾子ちゃんが抱きつこうとした瞬間、私はその腹にカウンターの頭突きを喰らわした。

 

全部悪意に決まってるだろ!誰が騙されるか!いいかげんにしろ!

 

「痛たた、ひどいよ、もこっち!そんな攻撃方法、軍隊格闘技でも習わないよ!?」

 

お腹を押さえながら、盾子ちゃんはあいかわらず意味不明なリアクションをとる。

 

 

「殺す気か―――ッ!?わ・た・し・を…殺す気か―――ッ!?」

 

 

全力顔面ローキックの件を思い出して、私は力の限り叫ぶ。

 

「殺す気だな!?お、お前も、私を殺して、ここから脱出する気だったんだな!?」

 

「ち、違うよ、もこっち!落ち着いて、あれは冗談なの!

落ち込んでたから、その…励まそうというか、ショック療法をしようと―――」

 

「全力の顔面ローキックがか!?死ぬぞ…!?私が避けなければ、絶対、死んでたぞ!?」

 

「いや、その…当たる直前で寸止めしようかな…と」

 

「嘘だ!完全に蹴り抜いていたじゃないか―――ッ!?」

 

私の全力の抗議に、盾子ちゃんは、“ちょっと失敗しちゃったぜ☆”みたいな感じで、

頭をかきながら“テヘへ”と少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる。

 

ダメだ…コイツ。

 

その態度に毒を抜かれ、私の怒りは飛散していく。

このビッチ女はやはり、どこか頭のネジが数本抜けているようだ。

そんなのに怒りを持ち続けていては、こちらの身がもたない。

それに、やり方は、これ以上ないくらいに最悪だったが、

私のことを気遣って、励まそうとしてくれたらしいのは事実だ。

 

しょうがない…許そう。

 

そう最終判断して、私は大きくため息をついた。

 

「もこっち…ため息したら、幸せが逃げていくよ?元気、出しなよ!」

 

“グッ”と親指を突き出し、“テヘペロ”という感じで舌を出す盾子ちゃん

一体、誰のせいなのですかねえ…?という感想しか出てこない。

 

「盾子ちゃん、悪いけど、今は無理だよ…」

 

「舞園さん…残念だったね」

 

私の言葉から、盾子ちゃんは、珍しく状況を悟ったらしい。

そうなのだ。

舞園さんが、あんなことになって…元気で居られるわけがないのだ。

励ましてくれるのは嬉しいが、今はそんな気には到底なれない。

 

「もこっち、私も同じだよ…」

 

「え…?」

 

先ほどまで、笑っていた盾子ちゃんが、急に真面目な顔をする。

声もいつになくシリアスだった。

 

「私…あまり舞園さんと話したことはなかったんだ。

でもね…やっぱり、クラスメートだからかな?同じ時間を過ごしたからかな?

舞園さんが、あんなことになって、私は、嬉しくなかった。

全然…楽しくなんてなかったんだ。

私はこういう感覚にはあまりなれていないけど、

これは、きっと、もこっちと同じように、悲しい…てことなんだと思う。

本当ならこんなときにこそ、楽しいと笑わなければならないのに…。

私…この世界には、向いていなのかもしれないな…」

 

そう言って、盾子ちゃんは俯いた。

 

遠まわしな表現で、最後の方は声が小さすぎて聞き取り難かったが、

とりあえず「悲しい」ということだけはよくわかった。

 

超高校級の“ギャル”として、いつも笑っている盾子ちゃん。

 

そのため、どんな時でも笑っていなければならないと考えてしまっているのかもしれない。

だから、こんな残念な言い方をしたのかもしれないな…。

 

盾子ちゃん…無理しなくてもいいんだよ。

 

そんなことを考えてしまい、私は彼女に少し同情してしまった。

 

「もし…もこっちが死んだら…私はどうなってしまうんだろう?」

 

盾子ちゃんは、顔を上げて、真剣な眼差しで私を見つめる。そして―――

 

「もこっち!ちょっとここで死んでみてよ!死んですぐに生き返ってよ!」

 

「できるわけねーだろッ!?ゾンビか、私は!?」

 

すぐにいつもの彼女に戻った。あーあ、心配して損した、本当に。

 

「だから、そんな冗談を構っている余裕はないんだよ、私は…」

 

私は、クラスメート達の方に視線を向ける。

そこには、私達と舞園さんを除く、全てのメンバーがいた。

つまり…その中には、舞園さんを殺した犯人もいる、ということだ。

 

殺人鬼がいる…!

 

不安そうな顔をするクラスメート達。

その中に、その仮面の下に、確実に笑っている奴がいるのだ。

クラスメートを…仲間を殺して…。

そいつの正体は、殺人をゲームと嗤った邪悪な十神白夜かもしれない。

舞園さんを遺体と呼んだ冷酷な霧切響子かもしれない。

舞園さんの死体を見て、泣いていた朝日奈さんかもしれない。

可憐で身体の弱そうな不二咲さんかもしれない。

ああ見えて山田君は素早く動けるかもしれない。

考えれば、考えるほど、どいつもこいつも怪しく見えてくる。

 

怖い。

 

本物の殺人鬼がこの中にいる。

それは、漫画でもアニメでもない。犯人は目の前なのだ。

 

怖い…。

 

そもそも犯人は本当に脱出が目的なのか?

もしかしたら、快楽殺人が目的な変態殺人鬼かもしれない。

 

怖いよ…。

 

ならば、殺人はまだ続く?今度は、誰が狙われるの?

もしかしたら、次は私が…。

 

そう考えると、急に身体が震えてきて止らなくなった。

寒気がして、背中に冷や汗が流れ落ちる。

目には、涙が勝手に溢れてくる。

 

どうしてこんなことになった…?

私が何をしたというのだ…!

 

 

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 

 

(怖いよ~助けて、お母さん!お父さん!ついでに…智貴!)

 

 

その時だった――――

 

 

「え…盾子ちゃん?」

 

盾子ちゃんが、後ろからそっと私を抱きしめた。

突然のことに私は狼狽する。

何なのだ、いきなり!?私はそっち系の趣味はないぞ!?

 

「もこっち、心配しないで…」

 

「え…?」

 

 

「もこっちは死なないよ…だから心配しないで。もこっちは…私が守ってあげるから」

 

 

それはいつものようなテンションではなかった。

優しい声で、それに決意を込めながら、彼女は私にそう告げた。

その声を聞き、私の震えが少しずつ収まっていくのを感じた。

背中越しに彼女の心音が響く。

私は自分を抱きしめる彼女の手に触れる。

 

…暖かかった。

 

このように誰かに抱きしめられるのは、いつ以来だろうか?

幼稚園のかけっこで入賞して、お母さんに抱きしめられた時、以来ではないか。

“守る”そう言われたことが、今までの人生であったろうか?

いつか恋に落ちた異性に言われることを夢想することしかできなかった言葉だ。

彼女の手は暖かかった。

 

ああ、何か悔しいな。

 

彼女の温もりが嬉しかった。

彼女の温もりが、その言葉が、今の私には本当に嬉しかった。

触れた手は女子高生にしては無駄に鍛えられており、

抱きしめる力が強いため、少し痛くて、残念な感じがする。

でも、それが、絶望に堕ちた私の心を引き上げてくれた。

涙が出そうだ。

 

ああ、悔しいな。盾子ちゃんなんかに、救われるなんて…。

いつもバカなことしかしないくせに…。

空気なんてまったく読めないお祭り女のくせに…。

こんな時に空気読むなよな…。

 

もしかしたら、これも彼女にとっては、いつもの冗談かもしれない。

ちょっと、雰囲気に流されてこんなことをしてしまっただけかもしれない。

それでも私は、彼女に感謝したい。彼女の暖かさに。彼女の言葉に。

ああ、でも、やっぱり、悔しいな。盾子ちゃんなんかに感動させられるなんて。

 

 

……………

 

 

「…ギブ、ギブ、ギブアップ!!」

 

「フヒヒヒヒ…」

 

私は、自分の首に巻きついた盾子ちゃんの腕に高速でタップを行う。

盾子ちゃんは、感動している私の隙をつき、チョークスリーパーを

決め、タップする私を見下ろしながら、邪悪な笑みを浮かべる。

 

クソ、やっぱり冗談じゃないか!!私の感動を返せ!!

 

堕ちる寸前で、解放され、私は咳き込みながら、盾子ちゃんを見る。

彼女は、すっかりといつもの調子に戻っていた。

 

「うん、うん、いい感じ!そっちの方がもこっちらしいよ!」

 

盾子ちゃんは、ひとり満足そうに頷く。

 

「げほげほ、何を誤魔化そうとしてるんだよ!」

 

「いや、本当だよ、もこっち」

 

まだ咳き込んでいる私を見つめる盾子ちゃんは、何故か顔を赤らめて、モジモジしている。

そして、意を決したように、正対して、その言葉を放った。

 

 

「もこっち、私ね…」

 

 

 

 

―――――もこっちの“絶望している顔”が大好きなんだ!

 

 

 

 

「はあ?ハアああああああああああああああああああああ!?」

 

突如の告白…というか、突如の宣戦布告に私は声を上げる。

 

一体、何を言っているんだ!?このビッチは!?

 

驚愕する私を横に、盾子ちゃんは告白を続ける。

 

「私はもこっちの絶望した顔が好きでたまらないの。

教室で一人ぼっちを自覚した時や、何かやらかした時のあの顔が好きなの。

だから、私は君に近づいたんだ。その顔を出来るだけ近くで見るために」

 

それを思い出したかのように彼女の顔は紅潮する。

 

殴りたい…その顔すごく殴りたい。

 

私は、必死に堪えながら、彼女の告白を聞き続ける。

せめて、最後まで聞いた後、殴ろう…そう決意しながら。

 

「…でも、一緒に過ごすようになって。二人でバカな話をするようになって。

それが当たり前になった時に…気づいたんだ。私はいつの間にか―――」

 

 

  もこっちの絶望した顔より、笑う顔が好きになっていたんだ…て。

 

 

「…だからさ、笑ってよ、もこっち。悲しそうな顔は、君には似合わないよ」

 

そう言って彼女は、恥ずかしそうに笑った。

 

「盾子ちゃん…」

 

完全に品性は捻じ曲がってしまっているが、

どうやら彼女なりに、私を気遣ってくれていることだけはわかった。

 

 

しかし―――

 

 

「結局これまでの嫌がらせの正当化じゃないか!!いい加減にしろ――――ッ!!」

 

何、いい話みたいにまとめてるんだ!?

どう考えても、今までの嫌がらせの正当化と、これからも続行します宣言じゃねーか!?

誰が騙されるか!!

 

「アハハ…バレた?」

 

私の反応に、盾子ちゃんはいつものように笑みを浮かべる。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーッ!」

「アハ、無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」

 

腕をグルグル振り回し追いかける私に対して、

盾子ちゃんは、何か格闘技的な動きでかわし続ける

その様子を、遠くから、大神さんが興味深そうに眺めている。

 

 

 

 

「うわぁああああああああああああああああああああああああ――――」

 

 

 

体育館に叫び声が響き渡る。

まるで、あの惨劇の開幕を再現するかのように。

手四つで組み合っていた私達も、そして、他のクラスメート達も

一斉にその人物に目を向けた。

 

「苗木…」

 

組み合っている盾子ちゃんが、心配そうに呟く。

 

「ハア、ハア…」

 

気を失っていた苗木は起き上がり、あたりを見渡す。

 

「助けなきゃ…早く、舞園さんを助けないと―――」

 

そう叫び、駆け出そうとした苗木の身体が“ぐらり”と揺れる。

 

「危なねえ、苗木っち!」

「苗木君!まだ無理だ!」

 

倒れそうな苗木の身体を葉隠君と石丸君が支える。

 

「どいてよ、二人とも!早くしないと舞園さんが―――」

 

苗木は半狂乱になりながら、それでも前に進もうともがく。

 

(苗木…)

 

その悲痛な姿に私は声を失う。

今の苗木は、あの時の私のように、まだ舞園さんが生きているかもしれない。

その可能性に縋っているのだ。

私もそう信じたかった。でも…

 

「諦めろ。舞園さやかは、死んだ」

 

その幻想を完全に粉砕するかのように、十神白夜が非情な現実を苗木に告げた。

 

「嘘だ―――ッ!!」

 

その現実を否定するかのように苗木は叫んだ。

 

「何でこんな所にいるんだよ!こんな時に、何で体育館に集まってるんだよ!?」

 

「ぼ、僕らだって本意ではない」

 

「き、決まってるでしょ!あ、アイツに呼ばれたのよ」

 

苗木の問いに、石丸君と腐川さんがうろたえながら答える。

 

「私がみんなに提案したのよ。今は、アイツに従いましょうと」

 

「霧切さん…?」

 

壁に背を預けていた霧切響子が、ゆっくりと歩き出し、会話に割り込んだ。

 

 

「…いい加減に出てきなさい!そこにいるんでしょ?モノクマ!」

 

 

低く、そして強い声を上げて、霧切響子は、壇上を睨む。

 

 

 

「うぷぷぷぷ、うぷぷぷぷ、ぷひゃははははははははははははは」

 

 

 

体育館にあの笑い声が響き渡る。

 

来た――――。

 

壇上の台の扉がゆっくりと開いていく。

 

奴が来た――――。

 

このコロシアイ学園生活の黒幕の傀儡

 

あのクマ野郎が――――

 

 

「モノクマ…!」

 

私は、壇上の台の上で、はちみつのビンに手を入れる怪物の名を呟いた。

 

「やっと、苗木君が目を覚ましたね!

じゃあ、さっそく卒業に関する補足ルールである“学級裁判”について説明します!」

 

はちみつを舐めながら、モノクマははしゃぐ。

その姿は、この展開を心の底から喜んでいることが伝わってくる。

最悪に気分が悪い。

 

全部、コイツのせいで…。

 

そう思っているのは、私だけではないようだ。

他のクラスメイトもモノクマに憎悪の瞳を向けている。

だが、モノクマにとって、それは、まるで真夏のクーラーなのだろう。

その様子にさらなる笑いを堪えていた。

 

「オイ、モノクマ、その前に確認させろ」

「ん?なんだい、十神君」

 

説明を始めようとするモノクマを十神君が止める。

 

「お前の望むとおり殺人が起きたわけだが、その犯人は卒業…つまり外に出られるのだな?」

 

誰もが口にすることを憚るも、知りたがっていたことを平然と十神は口にした。

 

「うぷぷぷぷ、うぷぷぷぷ、ぷひゃははははははははははははは」

 

だが、それ問いに対して、モノクマは盛大な嘲りをもって返答した。

 

「そんなの大甘だよ!デビル甘だよ!地獄甘だよ!むしろ本番はこれからじゃん」

 

そう言ってモノクマは“学級裁判”について話し始めた。

 

 

学級裁判

それは、殺人が起きた後、一定の捜査時間を設けられ、その後、開かれる裁判らしい。

その裁判において、クロ(犯人)が誰かを私達が議論する。

そこで私達が導き出された答えが正解ならば、クロに“おしおき”。

間違っていた場合には、シロ(私達)、全員が“おしおき”される

 

 

“おしおき”とやらがどんなものかは想像できないが、

とにかく、クロの完全犯罪を見抜くことができれば、私達の勝ち…ということだろう。

 

 

「あの~おしおきとは、どんなものなのでしょうか?」

 

ちょうど私が疑問に思っていたことを山田君が額に汗をかきながら質問する。

 

「ん?ああ、処刑だよ。しょ・け・い。電気椅子でビリビリ。

毒ガスでモクモク。ハリケーンなんちゃらで身体はバラバラってやつだよ」

 

「―――ッ!!?」

 

その言葉に私達の間に戦慄が走る。

 

「は、犯人を間違えば、僕ら全員が処刑される?」

 

「いいね、かしこいチンパンジーだね。

さりげなく自分が犯人じゃないとアピール小技もグッド!」

 

「ぐ…ッ!」

 

モノクマは可笑しそうに親指を向ける。

石丸君は、顔を赤くしながら、言葉を止めた。

 

「つまり、裁判員制度ってやつだよ。犯人を決めるのは…オマエ達だ!」

 

「それは…違うよ!」

 

「ん?なんで…?」

 

ポーズを決めたモノクマが反論者を睨む。

その先にいたのは…苗木だった。

 

「何が違うのかな?苗木君」

 

「こんな裁判、やる必要はない。だって犯人はお前しかいないじゃないか。

お前が…お前が舞園さんを殺したんだ!そうに決まっている!!」

 

苗木はモノクマを指差し、力の限り叫んだ。

 

「僕はそんなことしないよ~それだけは信じて。

あのね、僕はこの学園の主旨に反することは決してしません!

僕ってクマ一倍ルールにうるさいってサファリパークで有名だったんだから」

 

モノクマは神に告白するかように、両手を胸の前で組む。

あの世があれば、確実に地獄に行くであろうコイツにとっては、

その行為自体、苗木を挑発するための遊びに過ぎない。

苗木はその姿を見て更なる怒りを燃やす。

 

「嘘だ!殺人が起きないことに焦ったお前が、舞園さんを殺したんだ!!」

 

「苗木君、カッコいいな。まるで自分が犯人じゃないみたいじゃないか」

 

「ふざけるな!当たり前だろ!」

 

「ぷぷぷ、本当かな?ところで、捜査を頑張る皆様に、プレゼントを用意しました。

手元の電子手帳をご覧下さい!」

 

苗木の追求を嘲笑いながら、モノクマは突如、話題を変えた。

 

(プレゼント…?)

 

私達は不審に思いながらも、電子手帳を開ける。

 

「何だべ、これ?ページが増えてる!?」

 

「本当だ!モノクマファイル…?」

 

葉隠君と不二咲さんが声を上げた。

確かに、そこには新しいページが増えていた。

そこには、舞園さんの写真と共に、その死因が克明に書かれていた。

 

「あらあら、大変ですわ。ご覧になってください。

舞園さやかさんの死亡現場…苗木誠の部屋、となっていますわ。

これは一体どういうことなんでしょう?」

 

「な―――ッ!?」

 

「ぷぷぷぷぷ」

 

(え!?嘘ッ!?)

 

セレスさんが冷たい笑みを浮かべ、その事実を指摘する。

私達全員は、食い入るように、その箇所を見つめる。

 

 

 

死体発見現場となったのは、寄宿舎エリアの苗木誠の個室

 

 

 

確かにそう書かれていた。

その事実に苗木は驚きの声を上げ、モノクマは嘲り嗤う。

 

「おい・・苗木!てめーそういうことかよ!?」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!ち、違うんだ!」

 

「フン…何が違うというのだ?」

 

大和田君と十神君を先頭に私達、全員が一斉に苗木に疑いの目を向ける。

 

(え、な、苗木が犯人なの…?苗木が…舞園さんを…)

 

私達の疑いの瞳に顔を青くした苗木が必死に弁明を始めた。

 

 

舞園さんが、何者かに狙われていると怯えていたこと。

一晩だけ、部屋を交換したことを。

 

 

確かに、彼女はいろいろ不安になっていたようだ。

私に相談を持ちかけてきたし。

 

でも、苗木には…

 

 

―――え、ええ…そうですね。苗木君とは仲がいいのは本当です。

   でも、苗木君は、男の子ですよね。あの、だから、話せない事もあって…。

   それで、同性で話しを聞いてくれそうな黒木さんなら、

   全部お話することができると思いました。あの…今夜、無理そうですか?

 

 

そう言っていたはずだ。

だから、舞園さんは苗木には相談を…

 

「本当かよ、それ。うそくせーな、オイ!」

 

私がそう思考している最中、チャラ男が声を上げる。

その一声により、情勢が一気に決まった。

皆、苗木を疑いの目をもって見つめる。

それは、もはや仲間に対してのものではなかった。

 

それは、仲間を殺した殺人者を見つめる眼差し。

 

「そんな…。みんな…僕を、信じてくれないの?」

 

苗木は絶望した顔で私達を見る。

 

「そうだ。お前を疑うのは当然だろう」

 

十神白夜は冷徹な瞳をもって、その事実を告げる。

 

「ぷぷぷぷ、苦しいな~大ピンチだね、苗木君~」

 

その後ろで、モノクマが嬉しそうに嘲り嗤う。

 

 

「さてと、面白くなってきたところで、始めますか。

それでは、捜査をスタ――――」

 

 

モノクマが壇上に上り、捜査の開始を告げようとする。

 

まさにその時だった。

 

 

 

 

――――――ちょっと、待って!!

 

 

 

誰かが、その合図を止めた。

 

「誰かな?空気の読めない残念な生徒は…?」

 

調子を崩されたモノクマが、額に血管を浮かべ、その生徒を睨む。

 

そこにいたのは、女子高生なら、誰もが知る超高校級の“ギャル”

 

 

「じゅ、盾子ちゃん…!?」

 

 

あのバカ…江ノ島盾子だった――――――

 

 

 

 




こんばんは、勢いで書き終わったので投稿したいと思います。
誤字、脱字、変な表現があった場合は後日、
見つけ次第、修正します(見直したので多分大丈夫かな?)

久しぶりの10000字超えです。結構、頑張りました。
今回は、ギャグにシリアスにいろいろ混じってます。
残姉の回の前編になります。
もこっちとは、あの2年間で親友レベルだったという設定を取り入れています。
そのため、キャラの性格に関しては、賛否も多いかと思いますが、
もし、楽しんで頂けたらなら、二次作家として幸いです。

次回は、いよいよ・・・とにかく実際書いてみないことには作者もどうなるかわかりませんw

ではまた

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