私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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第1章・イキキル 後編②

霧切響子。“謎”の超高校級。

その容姿は端麗にして優美。

輝く銀色の髪と透き通った瞳は新雪を連想させ、

あの超高校級の“アイドル”舞園さやかさんと比肩すると言っても過言ではない。

だが、その性格は、傲慢にして冷酷。

まるで全てを凍らすブリザードのようだ。

普段は他者との関わりを最小限に留めているくせに、事件が起きてからは、一転。

いきなりリーダーぶるという厚かましさを発揮した。

それに留まらず挙句の果てには、

悲しむ私の前で、舞園さんを“遺体”と呼ぶ冷酷さを披露してみせた。

その無神経さには、私は正直、嫌悪感を抱いた。

 

怪しくて傲慢で冷酷でムカつく女。

 

それが私の霧切さんに対する現時点における偽りなき評価である。

彼女がそんな性格であるからこそ、私は以前に彼女を

モノクマが送り込んできた“スパイ”と疑ったのかもしれない。

 

出来れば話をしたくない。

 

そう思っていた。

まあ、そもそも彼女とは、何の接点もないのだ。

よって話す機会などそうそう来だろう。まして一対一でなんて。

そんなことを思っていた。

 

なのに…

 

 

「あの事件が起きた夜、朝日奈さんが舞園さんとあなたが厨房に入っていくのを

目撃しているの。その件について詳しく教えてくれないかしら?」

 

「は、はい…」

 

私はぎこちない返事をした。

そう、今は学級裁判における捜査の真っ最中。

好む好まずに関係なく、事件に関することを問われたならば、それに答える義務がある。

私は目の前の霧切さんを見る。

ああ、そういえばこの人も不相応にも探偵の真似事をしていたな。

ならば、この展開は必然なのかもしれない。

彼女は相変わらず何を考えているか読めない無表情さで私のことを見ている。

その透き通った瞳に私が映る。

食堂の入り口で、2人きりで私達は、お互いを見つめる。

 

(うう…どうやら、これは簡単に解放してくれそうにないな)

 

決して軽くない雰囲気がそれを教えてくれる。

もはや正直に話すしかないか…意を決して私は彼女に聞く。

 

「え~と、で、でも…何から話せば?」

 

「そうね…当日の舞園さんの様子はどうだったのかしら。

あなたから見て何か気になるところはなかった?」

 

「気になるところ…いえ、特には」

 

霧切さんの質問に私は言葉を濁す。

それは彼女に嫌がらせをしようという意図からではない。

本当に思い当たることがなかったのだ。

 

うん、彼女の様子は普通だった…はずだ。

 

「あなたが厨房に入ったきた時に、彼女…慌てていなかった?」

 

「え…?」

 

彼女のその言葉により、あの時の舞園さんの狼狽した顔が頭を過ぎった。

あの時…確かに彼女はひどく慌てていた。

 

何故だろう…?

 

「何か都合が悪いものを見られた…そんな顔じゃなかったかしら?」

 

「あ…!」

 

そうか…!あの時だったのか!

彼女が護身用の包丁をハンドバックにしまったのは、

私が厨房に入ったまさにあの瞬間だったのだ。

そうか…だから、舞園さんはあんなに焦っていたのか。

この状況下において、たとえ護身用にといえど、包丁という凶器を持ち出そうとした

瞬間を私に目撃されたと勘違いして彼女はあれほど取り乱したのか。

なるほど…彼女は、人の目を気にする方だった。

私が人生相談において、彼女の部屋に行くところを目撃されるのすら嫌がったくらいだし。

 

「その様子だと、彼女が包丁を持ち出そうとしたところを、あなた…見ていたのね」

 

「い、いえ…実際は見ていないけど、私も包丁は舞園さんが…」

 

まるで私の思考を読んでいるかのような霧切さんの質問に、

私は途中まで自然に回答してしまい、ハッと気づき言葉を止めた。

いつの間にかペースは完全に霧切さんに握られていた。

 

(こ、この人も舞園さんが包丁を持ち出したことに気づいたの…?)

 

私は霧切さんの透き通った瞳を見つめる。

ぼっちの中二病女と目されていた彼女が、

まさか私しか気づかないと思われていた真実の一つに辿りついた…?

 

「どうしたの…?」

 

「あ、い、いえ…その」

 

彼女の瞳を見入ってしまったようだ。

彼女の瞳はまるで妖しく光る宝石のように感じられた。

マズイな…ここらで主導権を取り戻さないと…!

 

“お前がいつ、どの瞬間に主導権を持っていたんだ!?”

 

そんな幻聴が聞こえてきたが、無視だ。

 

「うん、た、たぶん舞園さんが包丁を持ち出した思います。

ハンドバックを持ってたし、ほ、包丁はきっとそこに入れて持ち出した…のかと。

き、きっと舞園さんは、何かあった時のために護身用に包丁を持ち出したんだよ!」

 

 

舞園さんは、護身用に包丁を持ち出した―――

 

 

この点に関しては、私と霧切さんの推理は完全に一致するだろう。

私も彼女がどこまで真実に近づくことができたか気になってきた。

この部分の推理の一致を皮切りにちょっと探りを入れてみるか。

 

それは主導権を取り戻すだけでなく、相手の手札を読むための最初の一手。

 

だが、それが次に繋がることはなかった。

 

 

 

「護身用…それはどうかしら」

 

 

 

「え…?」

 

霧切さんの言葉は同意ではなく、否定だった―――

 

 

(え、な、なんでそこを否定するの!?)

 

 

私は心の中で小さなパニックを起こした。

ここで同意を得た後に、いろいろ探りを入れようかと計画していた矢先だった。

そこに突如、奇襲をかけられたのだ。

狼狽えないわけがない。

 

霧切さんは相変わらず何を考えているのかまるで読めない表情で私を見ている。

その透き通った瞳に映る私の表情は不安の霧に包まれていた。

徐々に鼓動が高まっていくのを感じる。

 

舞園さんが包丁を持ち出した理由。

 

それは護身用以外にありえない。

それ以外の用法があるとしたらそれは“殺人”のための凶器である。

だが、彼女は被害者である。

凶器として使用された包丁に命を奪われたのが、彼女だ。

だから、舞園さんが護身用以外に包丁を持ち出すことは絶対にない。

 

それを否定すること…それは、彼女以外の誰かが包丁を持ち出した、と主張するに等しい。

 

(じゃあ、一体誰が包丁を持ち出して…あ)

 

まさに“察し”だった。

舞園さん以外に包丁を持ち出せた人物…それは一人しかいない。

この、私だ。

途端、心臓が爆音を奏で始めた。

嫌な汗が私の頬や背中をタラタラと流れ落ちていく。

 

 

霧切響子は、この女は私のことを…“犯人”だと疑っている―――!?

 

 

全ては繋がった。

霧切響子が、私に話しかけてきたのは、捜査のためなどではなかった。

 

 

彼女は私を犯人だと誤解し、直接対決を挑みにきたのだ―――

 

 

なんという中二病!

なんという探偵漫画のテンプレート通りの行動。

名探偵の孫やメガネをかけた蝶ネクタイの子供の姿が頭を過ぎる。

 

呆れて言葉が出ない。

どこまで残念なんだこの女は。

まさか我が親友・江ノ島盾子(故人)に匹敵する残念さを持った人物が

まだクラスにいるとは思わなかった。

天使の輪をした盾子ちゃんが手を振って笑う姿が頭に浮かぶ。

元気にしてるかな、あいつは…。

 

目の前の霧切さんに視線を戻す。

彼女はほんの少しの冷静さも崩していなかった。

だが、きっとその心の中では、犯人との直接対決による興奮の絶頂にいるに違いない。

苗木もそうだったが、霧切さんも、なかなかの演技派である。

いやいや、感心している場合ではない。

私は、この人に現在進行形で犯人だと誤解されているのだ。

これはマズイ。

彼女はぼっちの中二病のくせに、この学級裁判の捜査において、

なぜかリーダー的立場に居座っている。

そんな彼女に騒がれては、私の華麗な推理劇を台無しにされかねない。

早いとこ、誤解を解いておかねばならない。

 

 

「ち、違います!包丁を持ち出したのは、私じゃないです!

私は舞園さんを殺した犯人なんかじゃない!」

 

霧切さんの得たいの知れないプレッシャーを跳ね除けるかのように

私は精一杯の声を張り上げた。

 

言ってやった。

 

小賢しい駆け引きなどしない。

彼女のくだらない企てを真正面から粉砕してやるのだ。

私はさながら決闘場で対戦相手を待つ剣闘士の心境になった。

 

「…何のことかしら。よくわからないわ」

 

「ウッ…」

 

だが、彼女は決闘場に降りてくることはなかった。

その表情は読めないが、まだくだらない駆け引きを続けるつもりのようだ。

 

(くそ、しつこいな。どうすれば…あ、そうだ!)

 

いきなり打つ手がなくなって焦ったが、直後、名案を思いついたのは流石、私だ。

 

「わ、私…舞園さんと仲が良かったんだから!

そう、もう少しで友達になれる…というレベルで!」

 

これだ!

私が舞園さんと仲がよかった事実を教えてあげることで、私の無実を証明してやるのだ。

 

「具体的にどう仲が良かったのかしら?

あなたが江ノ島さんと仲が良かったことは知っているけど、

舞園さんと仲が良かったのは初耳ね」

 

目の奥で射抜くような光を放ち、彼女は問い返してきた。

 

「て、天気の話をしたり、料理の話とか…あ、あとアイドルの仕事ことを

話してくれたよ!」

 

その瞳に若干、怯んだ私は、舞園さんとの会話の内容を慌てて話した。

 

「それは、ただの一般会話ではないかしら?

残念だけど、あなた達の仲の良さの証明にはならないと思うわ」

 

「うぐッ」

 

グサリときた。

確かに、客観的に考えれば、彼女の言うとおりただの一般会話である。

いくら私が楽しかった、と力説しても、それは個人の感想であり、

無実の証明と舞園さんとの仲の証明にまったく役に立たないものだろう。

 

 

「…そもそも、あの会話もあなたが無理やり話しかけて、

舞園さんも嫌々、相手にしたのではないのかしら?

舞園さんは超高校級の“アイドル”!

あなたなんかが相手にされるはずがないわ!

仲が良かった…なんて全てあなたの妄想よ。

黒木さん、身の程を知りなさい!

あなたは隅の方でダンゴ虫とでも遊んでいる方がお似合いよ!

オホホ…オーホッホッホッホ!」

 

 

(…と、すました顔して心の中ではそんなこと思ってるんでしょ!

わかってるんだから!)

 

某婦人のように満面の笑みを浮かべ高笑いする霧切さんを妄想して、

私は屈辱に震えた。

 

自分だってぼっちのくせに…!

くそ、なんとかギャフンと言わせたい!

 

もう完全に優先順位が変わってしまったが、

なんとしても彼女をギャフンと言わせた上で、私の無実をを証明したい。

 

(何か方法は…あ)

 

それは“察し”ではない。それは“閃き”だった。

あるではないか。

その二つを同時に達成する方法が。

 

「フフフ」

 

「…?」

 

私の不敵な笑みに、霧切さんは怪訝な表情を浮かべた。

 

「いきなり笑い出して…一体、どうしたの?」

 

「いや~すごいこと思い出しちゃった。話してもいいけど~どうしようかなぁ。

でも自慢話みたいになっちゃうし~どうしようかなぁ」

 

私はニタリ顔で霧切さんをチラ見する。

 

「…何かしら?すごく興味があるわ。黒木さん、どうか教えてください」

 

察したのか、霧切さんは瞼を閉じて、若干棒読みではあるが、そう私に懇願する。

 

「え、聞きたいの?本当にいいの?

いや~仕方がないなぁ。そんなに頼まれたら断れないよね。

じゃあ、教えちゃおうかな」

 

「…。」

 

霧切さんの苛立つ空気を肌で感じることで、私は有頂天となる。

さて、では驚愕の事実を教えてあげようか。

 

「実はね、私…」

 

 

 

舞園さんから“人生相談”を受けてたんだ―――

 

 

 

「…それは、本当なの?」

 

瞼を開いた彼女の瞳は真剣そのものだった。

その透き通った瞳がまるで研ぎ澄まされた刀のような輝きを放つ。

 

「本当に本当だよ。舞園さんがどうしても私に相談したいことがあるらしくて…

しかも、誰にも知られたくないから、自分の部屋に来て欲しいって。

深夜に彼女の部屋に行くことになってたんだよねぇ~でも…」

 

途中で言葉を止めて、私は霧切さんに視線を向ける。

彼女に別段の変化はない。

だが、その心の中は違うはずだ。

 

 

「キ~~~黒木さんのくせにナマイキよぉ~~~~!

あの舞園さんから、人生相談を受けるなんて…なんて羨ましいの~~~」

 

 

(…と、心の中ではそんなこと思ってるんでしょ!

わかってるんだから!)

 

先ほどとは真逆の結果に私は大満足する。

これで霧切さんも私と舞園さんがいかに仲がよかったか、理解してくれたはずだ。

私の容疑も晴れたことだろう。

よし、では彼女に続きを話してあげることにしよう。

 

そう、私は舞園さんの人生相談を聞くために、

深夜、彼女の部屋に行くはずだった。

 

 

でも…

 

 

「…でも、その約束は果たされなかった。

なぜなら、彼女が直前になって、約束の延期を申し出たから…違う?」

 

 

 

――――――――ッ!?

 

 

私は驚いて顔を上げ、霧切さんを見つめた。

 

ゾクリとした。

彼女は私の言葉の続きを言い当てたのだ。

まるであの場での私達のやりとりを見ていたかのように。

 

「なんで、なんでそのことを…!?」

 

なぜ彼女がそのことを知っているのか、私は聞かずにはいられなかった。

 

「…単純な理由よ」

 

霧切さんは、そう言って私を見つめる。

 

「だって…」

 

その透き通った瞳に私の姿が映る。

 

 

 

――――あなたは今、ここにいるじゃない。

 

 

 

「…はい?」

 

「あなたが今、こうして私と話していることこそ、

舞園さんがあなたとの約束を果たさなかった証明に他ならないわ。

乗り気なあなたの様子を見ると、約束をキャンセルしたのは、

舞園さんの方ということになる。

彼女の性格を考察すると、断る理由に延期を選ぶ可能性が高い…簡単な推理よ」

 

「え?ええ?」

 

彼女の意味不明な返答に私は狼狽えた。

 

何を言っているんだ???

 

「…奇妙な話だけど、この場合、あなたは舞園さんに感謝するべきね」

 

「え、ええ?な、なんで?」

 

私を見つめながら霧切さんは奇妙な話を続ける。

 

え?何を舞園さんに感謝しろと?

断ってくれてありがとうございます…というのか?完全に嫌味じゃねーか??

 

「でも黒木さん、これは有益な情報だったわ。

そうか…だから彼女はあの“メモ”を書いたのか…」

 

「???メモ…?」

 

そうわけのわからないことを言って、

霧切さんはぶつぶつと自分の世界に閉じこもってしまった。

 

(何を言ってるんだ、この人…。もう話が全然、噛み合わないや)

 

彼女が何を言っているのか、私には本当にわからなかった。

 

彼女は重度の中二病である。

よって、意味もなく何かカッコイイ台詞を言っているだけだ。

うん…そうに違いない。

先ほどの推理もマグレか何かだ。そうに決まってる。

ていうか、もう、そういうことにしておこう…。

 

そう結論づけることにした私はこの場から、霧切さんから離れることにした。

私は十分、協力したはずだ。

もうこれ以上、霧切さんの推理ごっこに付き合う義理はない。

 

「待って、最後にもう一つ教えて」

 

だが、彼女は解放してはくれない。

私の動きを恐ろしいスピードで察して、新たな質問を投げかけてきた。

 

 

「あなた、なぜ苗木君から逃げているの?」

 

「イッ!?」

 

まただ。また当てられた。

霧切さんは、またまるで見ていたかのように私の行動を言い当てた。

 

「ど、どうして、それを!?」

 

「これは別に推理という訳ではないわ」

 

微かに震える私を前に、霧切さんは肩を竦めた。

 

「私と話した後に、苗木君が舞園さんの件についてあなたに聞きに行く、と

言っていたからよ。その直後のあなたのあの全力疾走。

推理の必要はないわ」

 

(な、なるほど)

 

ありきたりな理由に私はほっと息をついた。

霧切さんに私の全てを知られているかのような…そんな感覚に包まれていた

矢先だったので、この常識的な回答に私は安堵した。

 

「で、なぜ…?」

 

「ウッ…!」

 

「なぜ、苗木君から逃げたの?」

 

だが、霧切さんは私に安堵する時間を与えてはくれない。

その瞳の前に、嘘やごまかしは無意味であることを

私の本能が教えてくれる。

 

「な、苗木が犯人だから…だよ。

あ、あいつが舞園さんを殺したクロだったんだ!

あ、あいつは今度は真実を知った私もこ、殺そうと―――」

 

そう叫ぶ最中、私は思い出した。

そうだ!

私は、苗木誠から…あの殺人鬼から逃げている途中だったのだ。

こ、こうしてはいられない。

こんなところにいる場合じゃない。は、早くどこかに逃げなくては。

 

「そう…ならば聞かせて。あなたの“推理”を」

 

(う、ううう…)

 

でも、霧切さんが私の前に立ち塞がり、逃げることができない。

私は恐る恐る後ろを振り返る。

そこに人影はなかった。

どうやら、苗木の奴は私を追ってきてはいないようだ。

 

「犯人に襲われることを恐れているなら安心しなさい。

その可能性は限りなく0よ。モノクマが保障してくれるわ」

 

「え!?」

 

その名を聞き、私はギョッとする。

 

モノクマ…この学級裁判を主催する殺人鬼。

 

なぜ、彼女が奴の名を…まさか

 

 

霧切さんは、本当にモノクマの“スパイ”…!?

 

 

「この建物中に設置された監視カメラで、アイツは私達を監視している。

奴の目的は学級裁判の開催。

そのために、アイツは捜査の間、私達を守らなければならないの。

全員を無傷で学級裁判に参加させるためにね」

 

そう言って霧切さんは、天井の監視カメラを睨む。

 

なるほど…その通りだ。

捜査中に犯人に襲われたなんてことになったら、裁判どころではなくなる。

おかしな話だが、あのクマ野郎が、

現在において私達の最強のボディーガードとなっているのだ。

 

「これで何も心配はなくなったわね。

さあ、あなたの推理を私に見せてくれないかしら」

 

(ぐうッ…!)

 

完全に外堀を埋められてしまった。

もはや、断る理由がどこにもなかった。

くそ、裁判で初披露するはずが…仕方がない。

私の容疑も完全に晴らすことも含め、霧切さんに教えてあげよう。

 

本物の女子高校生探偵の実力を!!

 

 

 

―――――これが事件の真相だ!!

 

 

 

 

……

………………

………………………………

………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「…というわけで、犯人は苗木の奴しかいないんだよ」

 

ゼエゼエ、と息を切らせながら、私は自分の推理を語り切った。

 

「…。」

 

私が推理を語っている間、

そして今も彼女は目を閉じて私の話に耳を傾けていた。

話を聞くことに集中したいためだろうか。

それとも、己が浅ましさを恥じているのだろうか。

 

「…なるほど、よくわかったわ」

 

私がそんなことを思っていた矢先、彼女は目を開けた。

 

「黒木さん…私はあなたに2つ謝らなければならないことがあるわ」

 

その言葉とは裏腹に彼女の眼光は鋭く光る。

 

「1つは、あなたを過小評価していたことに対して、よ。

よくテープクリーナーとネームプレート気づいたわね。

あなたがあれに気づくとは夢にも思わなかったわ。

これはあなたを見かけで判断した私の落ち度。

自分の未熟さが恨めしいわ。

黒木さん、本当にごめんなさい」

 

そう言って、彼女は私に頭を下げた。

 

「え!?う、うん。だ、大丈夫。わかってくれれば」

 

彼女の突然の謝罪に私は慌てた。

意外だった。

彼女がまさか、こんなに素直な人だったなんて。

 

(でも、これって褒めてるんですかね?それとも馬鹿にしてるんですかねぇ…?)

 

彼女があまりにも正直にその心情を告白したので、

私は判断をつけられずにいた。

 

「あなたは、私が知っているクラスメートの中で最も真実に近づいた人間だと思う。

もしかしたら、あなたには推理の才能があるかもしれないわね」

 

「え、そ、そうなの?いや~~~照れるなぁ」

 

今度は間違いなく賞賛の言葉であった。

彼女は重度の中二病ではあるが、見かけだけは知的な美人だ。

そんな彼女から褒められ、私は有頂天になった。

いや~~気分がいいな。

謝ってくれたことだし、私も霧切さんの数々の無礼を許してあげることにしよう。

 

あ、そうだ…ついでに聞いておくか。

 

「ふ、2つ目は何かな?」

 

彼女は謝る理由が2つあると言っていた。

もうすでに謝ってもらったので、あまり興味はないが、

暇つぶしに聞いてあげることにしよう。

状況は謝罪を受ける私が圧倒的に有利であった。

だから、私はちょっと調子に乗りすぎてしまったのだ。

 

「そう…そんなに聞きたいの。わかったわ」

 

彼女はほんの少し微笑を浮かべた。

その顔は私が初めて目にした彼女の笑顔。

銀色の髪を靡かせて微笑む彼女はまるで、女神か菩薩の化身のようだった。

 

だが、何だろう。

彼女の笑顔がどこか作り笑いのような感じを受けるのは。

そして何だろう。この嵐の前の静けさは。

 

すごく…嫌な予感がする。

 

「二つ目の理由、それは…」

 

 

 

今から私の怒りをあなたにぶつけることよ―――――

 

 

 

瞬間、凍てつくような冷気が食堂を駆け抜けた。

目の前に菩薩に代わって、銀髪の鬼が悠然と立っていた。

 

「ヒッ!?」

 

私は思わず後退りした。

怒っている。

あの無表情な霧切さんが本気で怒っている!?

私は腰を抜かして倒れそうになるのを必死で堪える。

 

理由がまったくわからなかった。

なぜ彼女はこんなに怒っているのだ!?

 

「黒木さん、今から私が言うことはあなたを傷つけることになるでしょう。

だから、私を憎んでも、許さなくてもいい。

あなたには、その権利があるわ。

この感情をあなたにぶつけることが正しいとは私も思っていない。でもね…」

 

彼女の表情は変わらない。

だが、その言葉から静かな、だがとても強い怒りが込められていた。

 

「それでも私は言わずにいられない。

自分でも驚くほど、あなたに対して怒っているから。

黒木さん…私はあなたの推理が許せないのよ」

 

「え…?」

 

私は彼女の言葉に戸惑う。

推理?一体なんで?

 

「黒木さん、あなたの推理は一見、

犯行現場の証拠品から苗木君を犯人であると特定していたかのように見える。

でもそれは違う。

あなたは捜査の前から犯人を苗木君だと決めていた。

だから、この推理は順序が逆転しているの。

あなたは、証拠品から犯人を推理したのではなく、

苗木君を犯人にするために証拠品を見つけ、推理を組み立てたのよ!」

 

ドキッ――――

 

心臓が脈打つのを感じる。

 

「な、何を…何を根拠に…」

 

私は頬に汗を流しながら、まるで犯人のような言葉を述べた。

 

「根拠…それはあなたの行動が証明しているじゃない」

 

「え…?」

 

「あなたは…」

 

 

 

――――殺人現場以外のどの部屋も捜査をしていないじゃない。

 

 

 

「うぎぃいい!?」

 

彼女が放った言弾が私の心臓を撃ち抜いた。

 

「それが、あなたが苗木君が犯人であることを前提に推理をしていた動かぬ証拠。

推理が完成したことに満足して、他の部屋を捜査する必要がなくなったから…

この推理に何か反論はある?」

 

「う、うう…」

 

私はまるで論破された犯人のように沈黙する。

言われて初めて気がついた。

そうだ…私は捜査する前から無意識の内に苗木を犯人だと思っていたのだ。

 

 

“あらあら、大変ですわ。ご覧になってください。

舞園さやかさんの死亡現場…苗木誠の部屋、となっていますわ。

これは一体どういうことなんでしょう?“

 

 

あの体育館でモノクマファイルを読むセレスさんの声が脳裏に蘇る。

あの声を、あの事実を聞くことで、私はいつの間にか苗木を犯人であると

無意識下で決めつけていたのだ。

 

 

「…もっとも苗木君を犯人であると思っているのは、クラスメートのほとんどだし、

私も今さらその点であなたを責めようとは思っていないわ。

私が怒ったのは、そこじゃない。

黒木さん、あなたに推理の才能があるかもしれないと言ったのは嘘ではないわ。

あなたの推理は、少しだけ真実に近づいたのは紛れもない事実。

だからこそよ。だからこそ、私は怒ってる。

私が怒っているのは、もっと本質的なこと。

あなたの推理に対する態度。真実に向かう姿勢についてよ」

 

「え…?」

 

私は顔を上げる。

彼女透き通った目には、強い怒りと共に恐ろしいほどの真剣さがあった。

 

「黒木さん、私は真実と向き合うということは、全ての可能性に向き合うことだと思う。

自分にとって嫌なこと、考えることすら憚られることも含めてね。

だから推理する…ということは、全ての可能性に全力でぶつかることだと思うわ。

でもあなたの推理は、都合のいいものしか見ようとせず、

都合の悪いもの全てから目を逸らした。

私はそんなあなたの推理が…あなたの態度が許せなかったのよ!」

 

低く静かに、それでも力強く彼女は語る。

彼女にとって、推理とは何であるかを。

 

「これがただの推理ゲームなら、私は何も言わなかったかもしれない。

ただのゲームであるなら、あなたの推理が間違いに終わり、

あなたが笑い者になるだけで終わるでしょう。

でもね…これは“殺人”ゲームなのよ!

モノクマという本物の殺人鬼によって、

強制された裁判の形式をとった殺人ゲーム。

そこで私達の命を守る唯一の武器は、推理しかない。

私達は自分の推理に命を賭けるのよ。

黒木さん、あなた本当にいいの?

そんな推理にあなた自身の命を賭けて。

そんな態度で辿りついた真実に、あなた、命を賭けられるの?

本当に…後悔しない?」

 

そう彼女は私に問いかける。

そこには、さきほどあった怒りはない。

その瞳はただ純粋に私の答えを待っていた。

 

だが、私は答えられなかった。

今さらながら、現実の重みに…怖さに震えがきた。

舞園さんと盾子ちゃんの死体が脳裏を過ぎる。

この推理が間違いであるなら、私もあんな最後を…

 

「…それに、賭けるのはあなたの命だけじゃない。

同時に私達、犯人を除いた13人の命も賭けられることになるのよ」

 

「あ、あああ…!」

 

彼女は更なる冷徹な事実を私に告げる。

私が間違えれば、必然的にみんなも死ぬことになるのだ。

私はもはや何も言葉が出なかった。

ただ、震えながら、霧切さんを見る。

 

「そう、あなたは何の覚悟も自覚もなしにこのゲームに参加して、

私達全員の命を危険に晒すところだったのよ。

それだけじゃない。

あなたは、苗木君から逃げることで、彼から推理する機会を奪うことになった。

それは、彼が真実に辿りつく可能性を奪った、と同じことなのよ!あなたは…」

 

 

 

あなたは真実と私達、全員の命を侮辱したのよ―――――

 

 

 

「うう、うぐ、えぐ、ウエエ」

 

私は泣くを必死で堪えた。

というか、もうほとんど泣いていた。

怖かった。

霧切さんが。そして目の前の現実が。

 

「…舞園さんの件は、私から苗木君に伝えておきます。

だから、黒木さん…あなたは捜査に戻りなさい。

時間の許す限り、最後の最後まで出来る限り捜査しなさい。

最後まで真実を追い続けなさい。

それが、この学級裁判に参加するあなたの義務。

黒木さん、責任を果たしなさい!推理するということ…は…」

 

「…?」

 

そうの途中で当然、彼女は言葉を止めた。

 

「痛ッ…うう」

 

次の瞬間、突然彼女は頭を押さえた。

 

「ハァ、ハァ」

 

苦しそうに息をしながら、彼女は顔を上げた。

そして…

 

「そうか…私は、推理を、真実をそうとらえていたのか。

もしかしたら、これが記憶の鍵になるかもしれない」

 

…などと意味不明な供述を始めた。

 

「クッ!!」

 

その隙に私は走り出す。

霧切さんに背を向けて、どこかに向かって駆け出した。

 

(また中二病か。今度は記憶喪失設定か、いい加減にしろ!)

 

彼女を毒づきながら、私は走り続ける。

 

でも、彼女の言っていることは正しかった。

私は何の覚悟もなかった。

今がどんな状況であるか、本当のところ、まるで理解していなかった。

それを見抜かれていた。

撃ち抜かれてしまった。

まるで、弾丸が心臓を通り抜けるかのように。

 

霧切さんは、中二病であるが、真実にだれよりも真摯な人だった。

私は、なぜ彼女を苦手としていたのか、今ごろになってようやくわかった。

 

彼女のあの透き通った瞳。

 

 

その瞳に私の浅ましさが全て見透かされてしまいそうな…そんな気がしたから。

 

 

(う、ううう…)

 

私は走る。

行き先もわからぬまま。

彼女の瞳から…真実から逃げるかのように。

 

 




お久しぶりです。だいたい1万字くらい書きました。

霧切さん、ガチ説教。もこっち、言弾を喰らい、泣く。

こんなどうしようもない関係の2人ですが、
第5部において、もこっちが仲間として対等な立場から霧切さんに説教することになるから
人間の成長なんてものはわからないものですw

ではまた次話で!



9/28 2000字ほど書けました。

10/5 7500字ほど書けました。

学級裁判開始まで行きたかったのですが、
それだと1万5000字を超えそうなので、分けようかと考えています。
話が進まない作家で申し訳ありません。近日中には投下したいです。

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