私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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第1章・イキキル 後編④

「ヤバっ集合時間ギリギリだッ!」

 

私は少し焦りながらドアノブを掴む。

 

5分後に“赤い扉の部屋”の前に集合―――

 

モノクマのアナウンスにより苗木の部屋の捜査を諦めた私は、

その時間を全て身嗜みに費やすことにした。

 

この学級裁判は、私の超高校級の“探偵”としてのデビュー戦でもある。

故にオシャレに気合を入れるのも当然であろう。

だが、オシャレに気合を入れすぎたようだ。

もう時間ギリギリである。

 

私は慌ててドアを開いて――――

 

「えッ!?」

 

ドアを開けると、そこには赤い髪の男子が立っていた。

 

赤い髪の男子と私の視線が刹那、交錯した瞬間――――

 

 

「ひッヒィギィ~~~~~~~~~~~~~~~!?」

 

「う、ウォオオオオオオオオ~~~~~~~~~~~~ッ!?」

 

 

私は咄嗟に悲鳴を上げて、男子の方も驚きのあまり叫び声を上げた。

 

 

「ヒィイイイ~~ヒィ!?ヒィイイ~~ヒィ…?」

 

「ウォオオオオオ~~~オオ!?オ?オオ…?」

 

 

驚きのあまり私はその男子の正体がわかってからもまともに言葉を出すことが出来ず、

悲鳴を用いて確認を計った。それは相手も同じようだ。

私の悲鳴に相手も悲鳴をもって応えた。

それはまるで原始人が違う部族と遭遇したような反応。

 

「あ、あはははは…」

 

しばらく見つめ合った後、彼は笑い出した。

 

「いやいや、冗談キツイつーの!」

 

頭を掻きながら屈託のない笑顔を浮かべる彼。

私は彼のことをほんの少しだけ知っている。

彼が“野球”において超高校級の才能を持っていることを。

 

 

「いきなり出てきてマジでビックリしちゃったぜ!!」

 

 

超高校級の“野球選手”桑なんとかさんは、大袈裟なリアクションをとった。

 

「ドアを開けるタイミングが絶妙過ぎてマジでビビッたわ。

いやいや、久しぶりだね、黒木さん!元気してる?」

 

「え!?う、うん…」

 

私は桑なんとかさんのテンションについていけず、ドギマギしながらも頷いた。

 

いや、そんなことよりも…

 

 

「あ、あの、どうして私の名前を…?」

 

 

この野郎は以前、私のことを“喪女ちゃん”などと呼んでいたのだ。

なのにどうして今さら私の本名を…?

私は警戒心を露にする。

 

 

「え、どうして…て?」

 

 

そんな私の警戒心を他所に、桑なんとかさんは、彼独特のペースを崩すことなく話し始めた。

 

「いや、クラスメートの名前くらい覚えるの当たり前じゃん。もう1週間以上も経ってるんだぜ、あの入学式から」

 

「え…!?」

 

あまりの常識的な回答に私は息を詰まらせた。

 

 

「まさかクラスメートの名前をまだ覚えてない奴なんているわけねーつーの!

ね、黒木さん!」

 

「も、もちろんだよ…ハ、ハハハ」

 

 

私はぎこちなく頷きながら、愛想笑いを浮かべた。

その様子に桑なんとかさんは「ん…?」という表情で頬に大粒の汗を浮かべた。

何ともいえない微妙な空気が流れる。

 

 

「ひ、久しぶりだね。くわ、桑…桑…田?君」

 

「お、おう…」

 

 

瞬間的に脳をフル回転させ、候補を「桑田」「桑原」「桑本」まで絞り込んだが、

最後はなんとか運で正解を引き当てることが出来たようだ。

危ない、危ない。もう少しで、常識のない奴になるところだった。

 

「ハ、ハハハ」

 

「ウヒ、ウヒひひひ」

 

お互い見つめ合いながら、微妙な声で笑い合う。

 

“え~と、君、絶対に名前、忘れてたよね?”

“いえいえ、そんなことないですよ”

 

そんな意味を含めながら。

 

 

「ま、まあアレだ。どうせ目的地は同じだしさ…一緒に行こうぜ」

 

「う、うん」

 

彼の言う通りだった。

私達が目指す場所は1つしかない。

また、それほど遠い距離にあるわけでもなく、

断る理由がまったくないので、私はすんなり彼の提案を受け入れた。

 

桑…田君が少し先行する形で私達は歩き出した。

桑田君の赤い髪と後ろ姿を見つめながら廊下を歩く。

いつもは短い廊下が今はとても長く感じる。

 

私は…あの時のことを思い出していた。

 

 

「いや~~黒木さんと話すの久しぶりだわ。あの時のこと、覚えてる?」

 

 

少しの沈黙をも良しとしない性格なのだろう。

桑田君の方から話題を振ってきた。

 

 

「入学式の時にさあ、十神と大和田が喧嘩しそうになって、

それを苗木が止めに入ったら、逆にアイツが大和田にぶっ飛ばされてさあ…」

 

桑田君は懐かしそうに語る。

ほんの10日前ほどの出来事を。

 

 

「それで気絶した苗木をアイツの部屋まで運んだじゃん。

俺と黒木さんと舞…」

 

 

その人の名前を最後まで呼ぶことなく、桑田君は言葉を止めた。

 

 

「うん…よく覚えてるよ」

 

 

私も思い出していたのだ。

あの日、桑田君と私の間には、気絶した苗木と…舞園さんがいたことを。

 

あれほど緊張して廊下を歩いたのは、人生で初めてだった。

あの時は私は会話にまったく入っていけずに拗ねていたが、

今となっては、それは遠い出来事のようだ。

 

だって…もう彼女はいないのだから。

 

「あ、、ああ、そうだ!アレだよ!犯人だよ!

黒木さんは、“クロ”は…犯人は誰だと思う!?

よかったら、教えてよ!スゲー気になるし!」

 

無駄に高いテンションを上げて、

桑田君は話題の変更を計った。

だが、その話題はホイホイと気軽に乗れるものではなかった。

 

 

―――クロは誰か?

 

 

それはこれから行われる学級裁判において明らかにされるのだ。

 

私は少し考える。

ここでネタバレさせていいものか、と。

別にここで話してしまっても、特にデメリットはないように思われる。

むしろ、桑田君が誰がクロだと推理したのかを知ることができるかもしれないので、

メリットの方が大きいかもしれない。

だが、私は少し悩み始めていた。

 

 

苗木が本当に“クロ”であるかどうかを

 

 

苗木の真剣な横顔と霧切さんの透き通った瞳が脳裏を過ぎる。

それだけで私の胸が苦しくなる。

 

不安…になる。

 

 

(よ、弱気になるな、私!推理は完璧…なはずだ!)

 

 

迷いと決別するために、私は意を決した。

 

 

「クロは…苗木君だと思うよ」

 

 

私は自論を変えることなく、桑田君に伝えた。

犯人は苗木誠である、と。

 

 

「そ、そうかぁ~~!や、やっぱり、そうだよなぁ!」

 

 

私の回答に桑田君は安堵の表情を浮かべ、大きく頷いた。

 

 

「実は俺もそうだと思ってたんだよねぇ~~やっぱり、クロは苗木しかいないよねぇ!」

 

 

頷きながら彼もクロは苗木であると考えていたことを告白した。

桑田君の力強い同意に、私はほんの少しだけ安心を取り戻した。

 

 

“多くのクラスメートは苗木君をクロだと思っている”

 

 

霧切さんがそのようなことを言っていたことを思い出した。

 

 

「酷よな…ホント。クラスメートを殺すなんてさ…でも、俺…」

 

 

少し俯きながら、桑田君は立ち止まる。

 

 

「俺…苗木の奴を憎むことができねーんだよねぇ…」

 

「え…?」

 

 

私も驚きのあまり立ち止まる。

その台詞は私が抱いていた桑田君のイメージからは遠いものだった。

 

 

「モノクマが俺達に個別に配ったDVDにさあ。

苗木にとってすごく大切なものが映ってたんじゃねーのかな?

俺の場合は、家族だったけど…きっと、アイツもさあ…」

 

 

モノクマに渡されたDVD

 

 

私が渡されたDVDには私の家族と親友のゆうちゃんが映っていた。

 

「苗木の奴、真面目そうだから、モノクマのハッタリを真に受けちまったんだよ。

それで、どうしても外にでなくちゃ、て思いつめてさ。

どうしようもなくなって…それで…」

 

 

破壊されたリビング・ルームと私の部屋が脳裏を過ぎる。

 

引き裂かれたソファ。

バラバラにされた人形(天ノ助)

 

家族の安否は不明である。

そのことを思い出すと私も不安になってくる。

ハッタリであって欲しい、と本気で思う。

 

「アイツの気持ち、ちょっとだけわかるからさぁ…苗木のことを

本気で憎むことができねーんだよなあ。だから、上手く言えねーんだけど、黒木さん。

苗木のことをあまり憎まないでやって欲しいんだよね…」

 

 

頭を掻きながら、桑田君はそう言った後、力なく笑った。

 

 

「桑田君…」

 

 

彼の言葉により、私は初めてそのことに気づいた。

私は苗木の動機はずっと、舞園さんを“ビィ~~~~”することだと信じていた。

だが、苗木の動機は本当は人質にとられた家族を助けるためだとしたら…

 

 

(いや…それでも)

 

 

それでも許されることではなかった。

 

殺人が許されるはずがなかった。

人殺しを正当化できるはずがなかった。

 

外に出たいのはみんな同じだ。

私は知っている。

 

クラスメートの誰よりも外に出たかった人がいたことを

 

 

 

 

――――帰りたいな…あの場所に

 

 

 

 

そう言って彼女は涙で瞳を濡らしたのだ。

 

 

「舞園さん…外に出たかっただろうな」

 

 

私は昨晩の舞園さんの美しくも寂しそうな笑顔を思い出した。

 

 

「う、うぅ…」

 

 

その時だった。

 

(え…?)

 

 

私が舞園さんの名前を呟いた瞬間、桑田君が顔色を変えて、私から目を背けたのだ。

彼は私に背を向けたまま、無言で立ちつくしている。

その背中は、微かに震えていた。

 

 

(あ…!)

 

 

その姿を見て私は全てを理解した。

桑田君のその態度が何を意味するのか、を完全に理解したのだ。

 

桑田君は―――

 

 

―――好きな女の子の死を…舞園さんの死を受け入れたくないのだ。

 

 

ああ、なんということだろう。

私は、かれが隠していた傷口を開いてしまったのだ。

 

 

“自分の好きな人が自分の前から、永遠に消えてしまう”

 

 

そんなこれからの人生を大きく変えてしまうような出来事が起きた時に、

その事実をすぐに受け入れられることができる人間はこの世界に何人いるだろうか?

私は恋愛経験が豊富というわけではないが、それくらいのことは理解できる。

 

私は目の前で“親友”を殺された。

 

その事実は、頭の中で理解はしていても、心ではまだ、それを受け入れられずにいる。

殺しても死にそうにない奴なのだ。

もしかしたら、本当はどこかそこらへんに潜んでいるのではないのか?と思うことがある。

彼もきっとそのような心境なのだ。

そういえば、顔色がひどく悪い。よほど心労が溜まっているのだろう。

 

うん、ここで話を戻そう。

 

要するに私は、やらかしてしまった…!ということだ。

 

ああ、なんということだ!

クラスで最も“空気を読むことができる女”と呼ばれる私がなんたるミスだ!

まるで霧切さんのようではないか!

ああ、桑田君が酷く落ち込んでいる…!?

 

な、なんとかしなければ…!

 

 

 

「く、桑田君は、そ、外に出たら何がしたいのかな…?」

 

 

気まずい空気が変えるために、俯く桑田君に私はそう問いかけた。

桑田君の背中がピクリと動いた。

 

(お、喰らいついたかな…?)

 

お調子者の彼のことだ。

きっと、以前、舞園さんに話したように

“歌手”になりたい!と、自慢げに話し始めるに違いない。

舞園さんに完全否定された儚い夢ではあるが、まあ悪いのは私だ。

彼の妄想話に付き合ってやろうではないか。

 

 

 

「…野球がしたい」

 

「え…?」

 

 

 

 

 

――――俺…野球がしたい!

 

 

 

 

 

 

最初は呟くように、今度ははっきりと力強く。

“野球がしたい”と桑田君はそう言った。

 

私はあまりにも意外な回答に言葉を失った。

それは彼の才能を知っている者であれば誰もが予想することができる

当たり前の返答。

だが、等身大の彼を知っている私からはとてもかけ離れたものだった。

舞園さんと話していた彼は、

野球のことを“ダサい”と鼻で笑っていた。

もう辞める…とそう言っていたではないか!

なのに…なんで!?

 

 

「あ~~あ、ついに口に出しちまったよ、オイ!」

 

 

私の表情を察したのか、桑田君は頭を掻きながら顔を赤らめる。

 

 

「まあ、でも…これ以上、自分を誤魔化すことはできそうにねーわ」

 

 

そう言って彼は力なく笑った。

だが、その表情はどこか明るく、何か背負っていた重荷が取れた…そんな顔だった。

 

 

「俺達がここに監禁されてから、もう10日くらい経ったと思うんだ」

 

 

桑田君は語る。“野球がしたい”その回答に至った理由を。

 

 

「部屋にいる時にさ、ふと気づくと素振りしてるんだよね…バットなんてねーのにさ。

ありもしねーバッターボックスを意識しながら、何度も、何度も…」

 

 

桑田君はその場で軽く素振りを始めた。

 

それは打順を待つバッターのように。

野球を知らない私にもユニフォームを着て打席を待つ桑田君の姿が

イメージできるほどにその素振りは様になっていた。

 

 

「朝起きるとさ…指がカーブを投げる時の形になってんだよ。

ここにボールなんてねーのにさ。何の夢を見ていたのか、丸わかりだっつーの!」

 

 

カーブというのは、野球の変化球であることは、私でも辛うじてわかる。

 

 

「あんだけ“ダサい”とか思ってたのにさ…ボウズ頭になるのも、

スライディングの度に泥だらけになるのが大嫌いだったのにさ…」

 

 

少し声を震わせながら、桑田君は鉄の壁を軽く蹴った。

 

 

「こんなことになってようやく気づいたよ。

こんな鉄の壁に閉じ込められてやっとわかったんだ。

本当に今さらだけど…本当にバカみてーだけどさ。

 

俺はあの青空とグランドにいるのが好きなんだって―――」

 

 

 

俺は本当に―――

 

 

 

野球のことが好きなんだって――――

 

 

 

 

 

 

 

桑田君は語る。超高校級の“野球選手”は心の底から熱く語る。

野球が好きであることを。自分の才能を…“夢”を思い出したことを。

 

 

「…黒木さん。俺、ここから出たら、希望ヶ峰学園を辞めるわ」

 

「え、う、うん…え、ええええええええええ~~~~~~~ッツ!?」

 

 

話の流れで頷いてしまった私は、直後、叫び声を上げた。

彼のその選択は、私にとって…いや、全国の高校生にとって

決してありえない選択だった。

 

 

希望ヶ峰学園を退学する。

 

それはつまり、自ら人生の成功を手放すと言っているのも同じだった。

卒業すれば人生の成功が約束される…それが希望ヶ峰学園の生徒に与えられる特権。

その特権を得るために、全国の高校生がこの希望ヶ峰学園を目指す。

私も超高校級の“喪女”などというわけのわからん肩書きを甘んじるのも、

全てはその特権を得るためだった。

 

なのに、桑田君は自らその特権を放棄するというのだ。

驚かないわけがないではないか!

 

 

「自分でもバカだってのはわかってるさ。すげーもったいねーてのも」

 

 

私の表情を見て、桑田君は笑う。

 

 

「でもさ…そういうのはもういいんだわ」

 

 

その笑顔には、何か吹っ切れたような清清しさがあった。

 

 

「俺、希望ヶ峰学園を辞めた後、前の高校に戻ろうと思うんだ。」

 

桑田君は退学後のことを語り始めた。

 

 

「もう一度あの学校で、もう一度、野球部に入り直して…“甲子園”を目指すわ」

 

 

甲子園。それは全国の高校野球の頂点を決める大会。

彼は、再びそれを目指すというのだ。

 

 

「あんだけ調子に乗って、あんだけ喧嘩して、悪口言いながら退部した俺を

あいつらが…昔のチームメートが簡単に許してくれるとは思えねーけどさ。

俺、土下座して謝るわ。もう一度、ここで野球をさせてくださいって。

それでもダメなら、ボウズにして、玉拾いからやり直してもいい。

俺は…もう一度、あいつらと野球がしたいんだ。

今度は自分勝手にならずに、本当の“チーム”ってやつになって…

あいつらと一緒に甲子園を目指したいんだ」

 

 

その言葉から彼がチームメートとどんな関係だったか想像することができた。

以前の彼は、自分の才能に溺れ、チームメイトを見下し、野球を舐めていたのだろう。

だが、今の桑田君は違う。

今の彼は、心の底から野球がしたいのだ。それが伝わってくる。

 

 

「そういえば、俺が野球をやろうと思ったきっかけは、甲子園で投げるエースを見て

“スゲーかっけー”とか、そんな理由からだったんだよね。

ハハハ、どうしてこんなダサい奴になっちまったんだよ、

何やってるんだよ、俺は。

でもさ…本当に、本当に今さらだけど。

あいつらともう一度、甲子園を目指せば、戻れかもしれないって思うんだ。

本当に野球が好きだったあの頃に。

なれるかもしれないんだ…俺が憧れた甲子園のエースみたいに。

俺がもう一度、本気で野球に打ち込めば、

誰かに希望を与えることができるかもしれない。

舞園が…アイツがアイドルとしてファンに希望を与えたように。

俺も野球で活躍することで誰かの希望になれるかもしれない…なんてさ。

アイツの代わりに誰かの希望になることができるなら…

 

もし、それができれば…きっと、きっとアイツも俺のことを――――」

 

 

 

突如、ハッとした顔をして桑田君は言葉を止めた。

 

 

「ハ、ハハハ…」

 

 

額に汗を掻きながら、桑田君はぎこちなく笑う。

 

 

「いや~~何言っちゃってんの、俺!?いや、マジ恥ずかしいんだけど…」

 

 

そう言って桑田君は手で顔を隠した。

どうやら、熱く語ったことを恥じているみたいだ。

 

 

「いや…マジ恥ずかしいわ。ダメだ!俺、ちょっと先に行くわ」

 

 

恥ずかしさに耐えかねて、桑田君は走り出した。

 

 

「く、桑田君、待って!!」

 

 

その背中を私は呼び止める。

桑田君はその声に足を止めた。

 

 

 

 

 

「あ、あの、が、頑張って!わ、私、応援するから!」

 

 

 

 

 

「ああ…頑張るぜ!ありがとよ、黒木さん!」

 

 

振り返る瞬間、泣き出しそうな表情を浮かべた彼は、

次の瞬間、いつもの屈託のない笑顔に戻り、力強く応えた。

 

私は、走っていく彼の姿が視界から消えるまで見送った。

勢いで応援してしまったが、泣くほど喜んでもらえて、本当に良かった。

 

桑田君は、夢を取り戻したのだ。いや…それだけではない。

彼は自分の好きな女の子が…舞園さんがアイドルとして

ファンに希望を与えたように、自分も野球を通して希望を与えると決意したのだ。

 

 

 

 

 

(桑田君、君は私の趣味ではまったくないけれど…今の君は本当にカッコイイよ)

 

 

 

 

私はもう、君の名前を忘れることはない。

 

 

 

そう…君は、超高校級の“野球選手”桑田…

 

桑田…れ…ん、えーと桑田…れ、れれれれ!?

 

 

 

 

            うん…ドンマイ!!

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「“赤い扉”の部屋か…」

 

 

私はあの“赤い扉”の部屋の前に立っていた。

この部屋…無茶苦茶、気にはなっていたんだけどな。

どうやら、ここは学級裁判を行う部屋のようだった。

 

「よし…!」

 

意を決して、私は扉を開く。“ギィ”という擬音と共についに扉が開かれて―――

 

 

「…。」

 

「え…!?」

 

 

扉の開いた先には、白と黒の二つの顔が私の目の前いっぱいに広がっていた。

 

 

 

「ヒィイイ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

 

 

悲鳴を上げて仰け反った私は、勢いのまま尻餅をつく。

白と黒の顔は、私の滑稽な姿を薄笑いを浮かべながら見下ろしている。

 

 

「コラ~~~~~もこっち、15秒の遅刻だぞーーーーーーー!!」

 

 

モノクマ。

希望ヶ峰学園の学園長を自称する殺人鬼が私に向かって“ガオー”と怒鳴り声を上げる。

 

 

「最後に登場することでヒロインぶろうとしてたんでしょ?ホント君は図太いよね~」

 

モノクマはキシシと口を押さえて笑う。

 

「でもさぁ、あんまり調子に乗ってると“おしおき”しちゃうよ?

君の親友の江ノ島さんみたいにさあ」

 

 

「クッ…」

 

 

怒りと共に槍に貫かれた盾子ちゃんの映像が頭を過ぎり、私は真っ青になる。

 

 

「さあ、早く、みんなの所にいってよ、ホラホラホラ!」

 

 

爪を立てながら、モノクマを私を追い立てる。

私は必死でみんなの所に走りこむ。

 

 

「うぷぷ…みんな揃いましたね。それでは、正面に見えるエレベーターにお乗り下さい。

そいつが、オマエラを裁判場まで連れて行ってくれるよ。

オマエラの運命を決める裁判場にね…ウププ」

 

 

見ると、大型のエレベーターが口を開け、私達を待っている。

どうやら、裁判所は地下にあるようだ。

エレベーターは一見、ただの大型エレベータだ。

だが、開けられたエレベーターの口は、

私にはまるで待ち構える狼の口のように見えた。

 

 

「な、何よ、ア、アンタは乗らないの!?」

 

 

エレベーターに乗り込んだ私達をモノクマはじっと見つめている。

沈黙に耐え切れず、腐川冬子が悲鳴に近い声を上げた。

 

 

「ああ、大丈夫。ボクいっぱいいるから。別のボクが下で待ってるよ」

 

 

「ヒッ!?」

 

 

モノクマが言い終わらない内に、“ウィ~ン”という擬音と共に床の扉が開いていく。

次の瞬間、腐川は、小さな悲鳴を上げた。

床から複数のモノクマが出現したのだ。

 

 

「逃亡しようなんて考えないでよね。

そんなことしたら、ボクだけじゃなくてアイツラも出動するから」

 

 

そう言って、モノクマは私達が入ってきた扉を指差す。

 

 

「ウぬ…ッ!!」

 

 

その光景を見て、大神さんが低い声で呻いた。

扉からは、人型の大きさのモノクマが出現した。

 

 

「モノクマボクサーに、モノクマ力士。暇だから、いろいろ作ってるんだよね~~」

 

 

モノクマは私達の驚愕を愉快そうに笑う。

 

 

「ホラホラ、見て!見て!

プログラムのタイミングを合わせれば、ボクだけで、こんなこともできるよ!」

 

そういうと、モノクマ達は、体育祭の組体操のようにお互いの上に乗り、

頂上に立った(本体と思われる)モノクマがポーズを取る。

その姿は、ちょっとだけ可愛かった。

 

 

「…。」

 

(え…?)

 

モノクマが喋った後、一瞬、霧切さんの眼が光ったような気がした。

 

 

「それにさあ、ボクは今、記録しているんだよ。

この光景を、ボクの内臓カメラでじっくりとね。だってさあ、これが最後なんだよ」

 

 

「え…さ、最後って…?」

 

 

組体操から降りたモノクマはニヤニヤと忌まわしい笑みを浮かべ、

意味深な台詞を述べる。

それの理由を不二咲さんが泣きそうになりながら問いかける。

 

 

「だってさあ…考えてごらんよ」

 

 

モノクマは私達、全員を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

―――生き残るのは、“クロ”と“シロ”の2つに1つ。

 

 

 

 

オマエラが同じメンバーでエレベーターの乗ることは2度とないんだよぉ~~~~ッ

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

全身を悪寒が、恐怖が、ありとあらゆるおぞましい負のイメージが駆け巡った。

 

ドロリ―――

 

闇の底から黒衣を纏った白骨の死神が姿を現した。

その死神に抱きつかれ、私は動けなくなる。

首に大きな鎌を当てられ、呼吸すらできなくなる。

それは、私だけではなかった。

朝日奈さんも、不二咲さんも、桑田君も、山田君も、石丸くんも、葉隠君も。

いわゆる超高校級の才能において“表”の側に属するクラスメート全員が、

顔を真っ青にして、金縛りにあったように動くことができなかった。

 

モノクマが放ったもの――――

 

 

それは、世界の経済を裏で支配する

あの超高校級の“御曹司”十神白夜のクールな顔が敵意で歪むほどの―――

 

 

それは、裏の世界を生き抜いてきたあの超高校級の“ギャンブラー”

セレスティア・ルーデンベルクが瞳を見開き、髪を逆立てるほどの――――

 

 

それは、武闘派ある超高校級の“暴走族”である大和田 紋土君と

人類最強の超高校級の“格闘家”大神さくらさんが即座に身構えるほどの――――

 

 

それは、あの霧切さんの透き通った瞳が刹那、不安に染まるほどの――――

 

 

 

 

          “絶望”的なほどの黒幕の悪意。

 

 

 

 

(あ…)

 

 

だけど…

 

 

そんな中で…

 

 

苗木は…

 

 

苗木だけは―――――

 

 

 

怯むことなく――――

 

 

まっすぐな瞳で―――――――――――――

 

 

 

 

 

        モノクマを見ていた――――――――

 

 

 

 

 

 

「チッ…!」

 

 

それに気づいたのか、モノクマは機械音交じりの舌打ちをした。

その直後、エレベーターのドアがゆっくりと閉じていく。

 

ゆっくりと地下に向かうエレベーターは、まるで奈落へ落ちていく棺桶のようだ。

その間、誰も言葉を発することはなかった。

全員が互いを不安と恐怖の目で見ていることだけはわかる。

 

思い出していたのだ。モノクマのあの言葉を。

 

 

 

―――生き残るのは、“クロ”と“シロ”の2つに1つ。

 

 

 

それは、私達が再び、このエレベーターに乗るとき、誰かが死んでいるということ。

それが“クロ”なのか“シロ”なのか…全ては学級裁判で決まるのだ。

 

いよいよ始まる。

 

不安と恐怖の中、私は両の手を合わせ、強く握る。

 

 

(舞園さん…盾子ちゃん…私に、力を貸して!)

 

 

亡き親友と友達候補の名を祈るように呟く中で、エレベーターは落ちていく。

 

始まる。

 

 

命がけの裁判…

 

 

命がけの騙しあい…

 

 

命がけの裏切り…

 

 

 

       命がけの謎解き…命がけの言い訳…命がけの信頼…

 

 

 

 

 

         命がけの…学級裁判が始まる…!

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。
最近は、仕事が忙しくて1時くらいに帰ってる状況です。
そのため、今日を逃すといつ投稿できるかわからないので、こんな時間帯に
投稿することになりました。お許し下さい。
誤字脱字、変な文章は後で訂正します。

「状況」

桑田・・・夢を取り戻すために、クラスメートを切り捨てることを決断するも、
    もこっちの善意の刃物に後ろから刺されて泣く。
  
桑田は、根はいい奴なので、なんとかいい部分を引き出したいと思い、
今回の話を書きました。
桑田の活躍は神作・「俺新訳~」様の方でご覧下さい。


苗木・・・超高校級の希望の才能の芽生え。

モノクマ・・・苗木の存在に気づく。

もこっち・・・モブ化が進むw


だが、待っていて欲しい。
このモブは5章において、霧切さんすら絶望する中で、
”絶望”の悪意を吹き飛ばし、モノクマに言弾を叩き込むのだから。




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