私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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ようこそ絶望学園(後編)

あの放送の後、私は苗木達の最後尾につき、体育館に向かう廊下を歩いていた。

廊下には至るところに監視カメラがつけられていた。

この学園は日本最高峰の学園であり、きっと貴重な品々が多いのだろう。

そのための防犯カメラの数々に違いない。まあ、過剰すぎるような気もするけど。

 

“入学式の催し物”

 

葉隠君の推理に私が同意した論拠は、あの放送の“体育館に来い”という指示にあった。考えて見て欲しい。私達はこの学園に今日、入学した新入生だ。

じゃあ、入学式はどこでやる?

それが、小学校であれ、高校であれ、変わらない。“体育館”だ。

そうだ。あの窓も玄関ホールもこの気味の悪いライトアップも入学したばかりの私達を驚かす演出に違いない。

私達が眠ってる間に、たぶん超高校級の“大工”みたいな奴らに命じたのだろう。

あの放送も私達を和ますジョークだったのだ。

 

まあ、効果は最悪だけどね…。

 

私はそう一人、納得しながら皆と一緒に体育館に足を踏み入れた。

 

体育館に着いた私は、再び不安になった。

すでに、先に行った新入生達は、待機しており、遅れて出発した私達を含めて、これで16人全てが集結したことになる。

だが、ここには、その私達の入学を祝福するはずの学園長、職員、そして大勢の在校生の姿はなかった。

私の予想では、私達が体育館に入った瞬間、クラッカーが鳴り、バックミュージックが響く中、「ドッキリ」のプラカードを持った在校生達の熱い歓迎が待っていると思っていた。

ところが、現実はまったく違った。

広い体育館には私達、16人のみ。ぴゅーと風が吹いてきそうだ。

そこには、空しささえ漂ってきた。

 

「なんかヤバげな雰囲気なんですけど…」

「他の生徒さん達はどこに行ったのでしょうか?どうして、私達しかいないのですか?」

 

この異様な雰囲気を前に、江ノ島さんと舞園さんが感想を述べる。

二人とも私と同じことを考えていたようだ。

 

一応、人数分の席も用意されており、見かけだけは間違いなく入学式。

だが、私の不安はどんどん高まっていく。

 

「ほら、俺の言った通りだべ?実際のとこ“普通”の入学式じゃねーか」

 

少しは空気読めよ!とツッコミたくなる葉隠君の言葉の直後だった。

私達が“普通じゃない”光景を目のあたりにしたのは。

 

この異様な雰囲気の中…“奴”は現れた―――

 

 

「オーイ、全員集まった~!?それじゃあ、そろそろ始めよっか!!」

 

 

奴は…いや、奴というより、“それ”はビヨ~ンと壇上の台から飛び出してきた。

擬音ではない。本当にビヨ~ンという効果音と共に真上に飛び出て、台に座ったのだ。

 

それは―――熊のヌイグルミだった。

 

体と顔の右半分は白色の愛らしい微笑。左半分は黒色の邪悪な笑顔。

左右非対称のツーフェイスのクマのヌイグルミ。

その姿に全員の目が釘付けになった。

ここまで何かに視線を奪われたのは、生まれて初めてかもしれない。

そう思うほどに壇上の台に座るクマの姿は、異常だった。

 

「え…?ヌイグルミ…?」

 

泣きそうな顔をしながら不二咲さんが呟いた。

その言葉に、その場にいる全員の気持ちが込められていた。

なぜ、ヌイグルミが、しかもクマのヌイグルミが飛び出てきたのか。

まるで見当が付かない。

しかし、そんな疑問など次の瞬間、全て吹き飛ぶこととなった。

 

「ヌイグルミじゃないよ!ボクは“モノクマ”だよ。キミたちの…この学園の…学園長なのだッ!!」

 

「―――!!?」

 

私を含む全員に衝撃が奔った。

不二咲さんの問いに返答する者がいることを誰も予期していなかった。

それは、そこにあるのは、ヌイグルミだけであり、学園長や職員など、本来、この状況を説明しなければならない人間が誰一人いなかったからだ。

だが、答えは返ってきた。

そこに座るヌイグルミ自ら、返答したのだ。

 

「ヨロシクねッ!!」

 

それは場違いなほど明るい声。

 

「う…うわわわ…ヌイグルミが喋ったぁぁぁ!!」

 

体をのけぞらしながら山田君が絶叫した。

 

「お、落ち着くんだ。ヌイグルミの中にスピーカーが仕込んであるだけだろう…!」

 

そう言いながらも、石丸君は頬に冷や汗が流れていた。

 

「だからさぁ…ヌイグルミじゃなくて…モノクマなんですけど!しかも、学園長なんですけど!」

 

「うわぁぁぁぁ!動いたぁぁぁ!」

 

再び山田君が絶叫した。いや、そこにいる全員が騒然となった。

ヌイグルミは、腕をブンブンふって抗議したのだ。まるで生きてるように。まるで人間のように。それは場違いなほど能天気な振る舞い。

 

「落ち着けっつってんだろ!ラジコンかなんかだ…」

「ラジコンなんて子供のおもちゃと一緒にしないで。ボクにはNASAも真っ青の遠隔操作システムが搭載されていて…って、夢をデストロイするような発言をさせないで欲しいクマー!!」

「クマ…?ベタですわね?」

 

大和田君の指摘に対して、ボケで返す余裕をみせる人外。それをセレスさんが他人事のように見物していた。

 

「じゃあ、進行もおしてるんで、さっさと始めちゃうナリよ!」

 

(キャラ、ぶれてんじゃねーか。日曜日を思い出すから、止めろよその言葉遣い)

 

ふと懐かしい記憶が蘇る。アイツ、コロッケ食うだけで何の役にも立たなかったな。

やっぱり、飼うなら青タヌキか。ん?そういえば、声が似てないか?アイツ。

 

私が、懐かしい思い出に浸っている中で、奴は話し続ける。

 

「ご静粛にご静粛に、えーではでは、起立、礼!オマエラ、おはようございます!」

「おはようございます!」

 

突如、行われたモノクマの挨拶に、一人、石丸君が反応する。

イレギュラーに弱いんだな“風紀委員”て。

 

「では、これより記念すべき入学式を執り行いたいと思います!まず最初に、これから始まるオマエラの学園生活について一言…えー、オマエラのような才能溢れる高校生は、“世界の希望”に他なりません!そんな素晴らしい希望を保護する為、オマエラには…“この学園内だけ”で共同生活を送ってもらいます!みんな、仲良く秩序を守って暮らすようにね!」

 

「は…?」

 

(ん?寮生活の説明かな…?)

 

いきなり始まったモノクマの入学説明に、苗木は間の抜けた声を上げた。本来なら“夢”や“希望”など抽象的なリア充話が基本設定である入学説明において、奴が最初に話したのは、学園における共同生活についてだった。

 

「えー、そしてですね…その共同生活の期限についてなんですが…期限はありませんっ!!一生ここで暮らしていくのです!それがオマエラに課せられた学園生活なのです!」

 

「―――!?」

 

だが、事態は予想外の方向に向かって行った。

 

「何て…言ったの?一生ここで…?」

 

あまりの想定外の状況に人見知りが激しそうな腐川さんですら声をあげた。

 

「あぁ…心配しなくても大丈夫だよ。予算は豊富だから、オマエラには不自由はさせないし!」

「そ、そういう心配じゃなくて…!」

「つーか、何言ってんの…?ここで一生暮らすとか…ウソでしょ?」

 

能天気なモノクマの反応に、舞園さんと江ノ島さんが絶句する。

私も何が起きているのか、イマイチわからない。

学費と寮生活は無料とは聞いている。奴はそれを大げさにいっているだけなのかな?

学園はこれだけ広いから、学園内だけでも生活は可能であり、君達の生活は希望ヶ峰学園が保障する…みたいな感じかな?そう私は強引に解釈した。

 

「ボクはウソつきじゃない!その自信がぼくにはある!あ、ついでに言っておくけど…外の世界とは完全にシャットアウトされてますから!」

「シャットアウトて…じゃあ、教室や廊下にあったあの鉄板は…僕達を閉じ込めるための…!?」

「そうなんだ。だから、いくら叫んだところで、助けなんて来ないんだよ。そういう訳オマエラは思う存分、この学園内だけで生活してくださーいっ!」

 

“シャットアウト”という言葉から連想されるのは、窓の鉄板や玄関ホールだろう。

苗木の問いに対して、奴は平然と“閉じ込めるため”そう語った。

 

(え、何それ…?)

 

「なんだよ…これ…希望ヶ峰学園が用意したにしては、いくらなんでも悪ふざけが過ぎるんじゃあ…」

 

ウザいくらいに元気だったチャラ男の桑田ナントカ君が青ざめる。

 

「そんな…困りますわ…こんな学校でずっと暮らすなんて…」

 

セレスさんも不安そうに俯く。

 

「おやおや、オマエラもおかしな人達だねぇ…だって、オマエラは自ら望んで、この希望ヶ峰学園にやって来たんでしょう?それなのに、入学式の途中で、もう帰りたいとか言い出すなんてさぁ」

 

(私は違うけどなっ!)

 

心の中で私は即答する。

 

超高校級の“喪女”なんて称号をもらってみろ!その瞬間から世界が変わるぞ。ネットでもリアルでも完全に晒し者じゃねーか!全部お前ら希望ヶ峰学園のせいじゃないか!

 

選択肢のなかった当時の状況を思い出すとモノクマが涙で歪んで見えてくる。

ネットに追われ、リアルから逃げ、辿りついた先にいたのが、あのクマもどきだ。

そりゃ泣きたくもなるよ。

 

「まぁ、だけど…ぶっちゃけた話、ない訳じゃないよ。ここから出られる方法…」

 

口を押さえ、笑いを噛み殺しながら唐突に、そうモノクマは切り出した。

 

「ほ、本当に…?」

 

モノクマの言葉に、不安で顔を歪ませた腐川さんが反応する。

 

「学園長であるボクは、学園から出たい人の為に、ある特別ルールを設けたのですっ!それが『卒業』というルール!!では、この特別ルールについて説明していきましょーう。オマエラには、学園内での“秩序”を守った共同生活が義務付けられた訳ですが…もし、その秩序を破った者が現れた場合…その人物だけは、学園から出て行く事になるのです。それが『卒業』のルールなのですっ!」

 

「その“秩序を破る”とは…何を意味するんだ?」

 

わざと抽象的に話すモノクマに、十神君が鋭い口調で問う。その声や表情からは強い怒りが窺えた。

 

「うぷぷ…それはね・……」

 

 

 

 

 

 

―――人が人を殺す事だよ…

 

 

 

 

ゾクリとした。

愛らしい口調のモノクマが発した最後の一言はまるで地の底から響くような低く恐ろしい声だった。

 

「殴殺刺殺撲殺斬殺焼殺圧殺絞殺惨殺呪殺…殺し方は問いません。『誰かを殺した生徒だけがここから出られる…』それだけの簡単なルールだよ。最悪の手段で最良の結果が導けるよう、せいぜい努力して下さい」

 

黒い左半身の切り裂かれた口をさらに大きく開きながらモノクマは再び愉快そうに笑う。

 

「うぷぷぷ…こんな脳汁ほとばしるドキドキ感は、鮭や人間を襲う程度じゃ得られませんな…さっきも言った通り、オマエラは言わば“世界の希望”な訳だけど…そんな“希望”同士が殺しあう“絶望”的シチュエーションなんてドキドキする~!」

 

「な、何言ってんだっつーの!殺しあうって…なんなんだよ…!?」

「どうして私達が殺し合わなくちゃいけないの!?」

「そうだ、そうだ!ふざけた事ばっかり言うな!さっさと家に帰せー!!」

 

桑田ナントカ君に、朝日奈さんや山田君が一斉に叫び、場が騒然とする。

皆が一様に不安に顔を歪め、ちょっとしたパニック状態に陥っている。

この場を支配するのは、“不安”と“恐怖”

そんな状況の中で、私はこの学園に来て、はじめて“安心”した。

 

 

 

(ハハ、なんだ…これ“バト・ロワ”のパロディじゃん)

 

 

 

説明しよう。

“バト・ロワ”とは、無人島において、中学生達がたった一つの生存枠をかけて、様々な武器を手にとり、クラスメート同士で殺し合いを行う、という小説を原作とする物語である。この作品は、映画化されたことを機に、大ヒットを記録し、後のアニメ、漫画、小説に多大な影響を与えたB級パニックホラーの傑作である。

私もこの作品が大好きで、よくクラスの中を見渡しながら、もし“バト・ロワ”に巻き込まれたら、最初に殺すべきターゲットはこの中の誰だろう…?と馬鹿なことを真剣に考えたものだ。

 

その“バト・ロワ”の冒頭で、ラスボスである教師のセリフに以下のようなものがある。

 

 

―――今から皆さんに殺し合いを行ってもらいます

 

 

どうだろう…完全にパクリである。

モノクマはセリフと設定をわずかに改変しているが、ベースは完全に“バト・ロワ”をパクっている。いや、これは、パクりというより、パロディなのだ。

そう、モノクマも含めてこれはやはり、私達を驚かすために希望ヶ峰学園が用意した“催し”なのだ。

たぶん筋書きはこんな感じだ。

希望ヶ峰学園は超高校級の“科学者”みたいな在校生が開発した二足歩行遠隔操作ロボットの発表を入学式と同時にやろうと企画した。だが、普通にやってはつまらない。それで考えたのがこの“バト・ロワ”のパロディなのだ。本来、愛らしいクマのぬいぐるみが“殺し合いをしろ”なんて言ったなら、逆に恐怖は100倍になる。私ですら、ちょっとビビッたくらいだ。ならば、たぶん“バト・ロワ”を知らないであろう我がクラスメート達は効果抜群だ。ビビッてるを通り越して完全にパニック状態だ。今のところ、希望ヶ峰学園の目論見は完璧に成功しているといっていいだろう。だから、あと少しだけ待っていれば職員が「ドッキリ」のプラカードをもって現れるはずだ。気楽に待っていよう。

 

 

        『希望ヶ峰学園の入学式で新型ロボットの発表』

 

×月×日、希望ヶ峰学園において在校生である超高校級の“科学者”である○○さんが開発した近未来型二足歩行ロボット“モノクマ”の発表が、新入生の入学式において行われた。まるで人間のように動く“モノクマ”に新入生達は驚きの声を上げた。

 

写真は、モノクマの動きに驚く新入生の黒木智子さん(16歳)

 

 

明日の朝刊には、こんな風に書かれるかもしれないな。

いや、もしかしたら、テレビで放送されるかも!?ヤバイ…寝癖とか大丈夫かな。

 

「いいかい?これからは、この学園が、オマエラの家であり世界なんだよ?

殺りたい放題、殺らして殺るから、殺って殺って殺って殺りまくっちゃえつーの!!」

 

熱い演技を続けるモノクマをよそに、私はテレビ放送に備え、髪の手入れを始める。

恐怖に慄くクラスメートには悪いが完全にお気楽モードである。私は、もはやモノクマなど眼中にはなく、その興味は、何時このパロディが終わるのか、に移っていた。正直なところ早く終わってほしかった。

そんな中、あのバ…いや、葉隠君が余計な事を言ってくれた。

 

「おいおい…いつまで続ける気だって。もう十分ビックリしたからよ、そろそろネタばらしにすんべ?」

 

(なっなに余計なこと言ってんだあの鳥の巣!)

 

空気の読めない葉隠君を見て、私は内心で毒を吐いた。

せっかく、パロディで私達を騙そうと頑張って熱演してるのに、そんなことを指摘しては身も蓋もない。

 

「はあ?ネタばらし…?」

 

葉隠君の指摘にモノクマは首をかしげる。

 

あ~あ、ほら、モノクマさんが意地になってしまわれたではないか。

もしかしたら、もうすぐネタばれだったかもしれないのに、あのウニめ、余計なことを。

 

「…もういい。テメェは、どいてろ!」

 

そんな時、事態はさらに余計な方向に動いていく。

怒りの表情の大和田君が、葉隠君を押しのけてモノクマの前に立つ。

 

「オイコラ、今更謝ってもおせぇぞ!テメェの悪ふざけは度が過ぎたッ!」

 

(あ~あ、だからパロディなのに。なにマジになってんだよあの昔の不良は…)

 

完全に騙された哀れなピエロである大和田君の行動をため息をしながら見物する。

いや、職員の方もこの事態に焦っているはずだ。逆に、あのリーゼントが暴れてくれた方がこのパロディは強制的に終了するかもしれない。

 

「悪ふざけ…?それってキミの髪型の事?」

 

(プッ…)

 

モノクマのツッコミに私が吹いてしまった直後だった―――

 

「がああああぁぁぁあああッッ!!」

 

体育館全体に響くような雄たけびと共に大和田がモノクマに掴みかかった。

 

「捕まえたぞ、コラァ!ラジコンだかヌイグルミだか知らねえが、バキバキに捻り潰してやんよッ!!」

「きゃー!学園長への暴力は校則違反だよ~ッ!?」

 

大和田君に掴み上げられたモノクマは、直後こそジタバタしたものの、そのセリフの後は、

ぐったりと糸の切れた人形のようになった(まあ、人形みたいものなのだが)

私は、いよいよ職員や在校生達の登場かと、モノクマにかまわずに辺りをキョロキョロと見ていた。私が再び、モノクマを見るのは、突如、モノクマから発せられ始めた“ビーッビーッ”という機械音がどんどん大きくなっていくのに気づいた時だ。ん?故障かな。

 

「危ない、投げて…ッ!」

 

意外なことにその声は、霧切さんのものだった。

クールな彼女もこのパロディにどっぷりと嵌ってしまったようだ。

必死になっちゃてカワイイなあの子。

その様子に私は笑いを噛み殺していると、私の周りにいたみんながバッと私から離れた。

 

「え…?」

 

彼女の言葉を真に受けた大和田君がこっちに向けて、モノクマを放り投げたのだ。

回転しながら私の方に向かってくるクマもどき。

 

激しい機械音を発しながら、私の遥か真上で…

 

奴は薄笑いを浮かべながら…“ちゅどーん”と盛大に…

 

 

 

爆発した―――

 

 

 

「…ッ」

 

頭の上で何か光ったと思ったら、激しい突風と黒い煙により視界が遮られた。

その直後、頭の上にと何か破片のようなものが降ってきた。パラパラ、パラパラと。

さっき、手入れしたばかりの髪は、爆風により、寝癖以上にボサボサとなった。

私は、何が起こったのか、しばらく理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 

「と、智子ちゃん…大丈夫?」

「黒木よ…怪我はないか?」

 

朝日奈さんと大神さんが恐る恐る私の名を呼んだ。

 

「あ、あい…」

 

私は辛うじて返事をした。だが、まだ意識は現実に戻ってはこずに、二人が自分の名前を覚えてくれて、気遣ってくれたことに嬉しい…!なんてちょっと悲しいことを考えていた。

 

 

ああ、そうか。モノクマが爆発したのか。

だから、髪の毛がこんなにボサボサなのか。えへへ、さっきちゃんと手入れしたのに台無しだな。げほげほ、煙が器官に入った。ああ、服に何か墨みたいな汚れがついちゃったよ。

後で洗濯しなきゃ。まあ、でも、私は無事だ。怪我は一つもない。よかった。よかった。

 

 

うん…私は、大丈夫だ。

 

 

そう、大丈夫、大丈…夫…

 

 

 

じゃ…ねぇ~~~~~~~~~~~~~ッ!!

 

 

 

         『希望ヶ峰学園の入学式でロボットが爆発事故』

 

×月×日、希望ヶ峰学園の新入生入学式において試運転された近未来型二足歩行ロボット“モノクマ”が突如、爆発した。この事故により、本日、希望ヶ峰学園に入学する予定だった黒木智子さん(16歳)が巻き込まれ、死亡した。警察は、学園関係者に事情聴取を行っている。

 

 

         [超高校級の]黒木智子スレ95[喪女]

 

 

「入学したと思ったら死んどるw」

「爆死とかw」

「不謹慎だがクソワロタwwww」

「智子ちゃん…なんて人生だ…w」

「おい、もう智子ちゃんのAA出来てるぞw」

「職人、仕事早すぎwっていうか、これヤムチャじゃねえかw」

「ヤムチャのAAと合体しててワロタw不憫すぎるw」

「一 生 ネット の 晒 し 者 」

「いや、死んだからw」

「おい、スレの流れが速すぎるw今日中に100狙えるぞw」

 

 

 

(クソが…!危なく“祭り”になるところだったじゃねーかッツッ!)

 

危ない、危ない。あと少しで、朝刊じゃなくて夕刊の一面を飾るところだった。

クソ!大和田~ぶっこ○すぞ、てめー。お前が智貴だったら、今頃、とび蹴りを喰らわしてやるところだ。

私は、気づかれないように、大和田に殺意を向ける。だが、相手は、超高校級の“暴走族”だ。とび蹴りなんてしたら、本当に殺されてしまいます。

チッ…今回は勘弁してやるよ。命拾いしたなリーゼント野郎。

 

「でも、爆発したって事は…あのヌイグルミも壊れて…」

 

小動物のようなカワイイ不二咲さんが、怯えながら話を切り出す。

 

そうだ。モノクマだ。あの欠陥品のクマ畜生だ。

こんなふざけた催しを企画した学園長や職員に、きっちり事情を説明してもらい、謝罪してもらわないと腹の虫が収まらない。こっちは危なくネットの伝説になるところだったんだぞ。もう「ドッキリ」じゃ済まされない。

 

私は、体育館を見渡すも、誰も出てくる気配がない。

いや“気配”はある。私の真後ろで、何か床が“ウィーン”と開く音がしたと思い、振り向いた瞬間、ビヨ~ンと奴が…モノクマが飛び出してきた。

 

「ヌイグルミじゃなくてモノクマだよーーーー!」

「ぎょえええええぇぇぇえええええ~~~~~ッツ!!」

 

あまりのことに、私は“北斗の拳”に出てくるモヒカンの断末魔並みの声を上げた。

 

「うわ~驚かせるなよ黒木さん。うぷぷ…酷い顔だな。だから、モテないんだよ」

「な…!?」

 

突如現れ、私の名を呼ぶヌイグルミの化け物に私は恐怖で立ちすくむ。

ん?コイツ、最後に何か余計なこと言わなかったか…?

 

「うぉ…!別のが出てきやがった」

 

桑ナントカ君が恐怖の声を上げる。

 

「テ、テメェ…!さっきの…マジで俺を殺そうとしやがったな」

 

(…お前もな!)

 

青い顔をしてモノクマを睨む大和田を私は気づかれないように睨む。

 

「当たり前じゃん。マジで殺そうとしたんだもん。校則違反するのがイケナイんでしょ!今のは、特別に警告だけで許すけど、今後は気をつけてね。校則を破るものを発見した場合はグレートな体罰を発動させちゃうからね!」

 

モノクマは血管を浮き出させながら、爪を立てる。

 

「そ、そんな無茶苦茶だよ!」

 

「ではでは、入学式はこれで以上になります。豊かで陰惨な学園生活をどうぞ楽しんで下さいねッ!」

 

朝日奈さんの声を無視し、モノクマは、壇上の台に立つ。直後、台が開き、モノクマの姿は台の中に消えていった。

 

 

後に、残ったのは私達と静寂だけだった。

誰一人、話そうとはしなかった。目の前で起こった悪夢に、この現実を前に誰もが押し黙っていた。

 

(え…ええ?ほ、本当に…本当に、パロディじゃないの…?)

 

この悪夢に対して、私は現実を受け入れようとせずに、まだ職員が「ドッキリ」のカードを持って現れることを信じていた。今、現れてくれるなら全部許せる。人生史上、最高の

ほっとした笑顔を新聞に載せてあげてもいい。だから…早く…だれか来てよ…!

 

だが、この静寂と沈黙は、その儚い希望を塗りつぶしていく。

黒くドロドロとしたものが、私の心を染めていく。

 

「この中の誰かを殺せば…ここから出られる…わけですね」

 

私達の中で最初に言葉を放ち、私達にとって最悪の事実を口にしたのは、セレスさんだった。

 

「そ、そんな馬鹿げた話が…」

 

いつも気合を入れて赤い顔をしている石丸君の顔が真っ青になる。

 

「ねえ…ウソだよね…?」

 

不二咲さんは、泣き出しそうに…いや、すでに泣き出していた。

 

「本当かウソかが問題なのではない。問題となるのは…」

 

イケメン眼鏡の十神君が吐き捨てる。

 

 

「この中に、その話を本気にする奴がいるかどうかだ」

 

 

その言葉を最後に、再び私達は押し黙った。

その沈黙と静寂の中、私は自分の心臓が高鳴っていくのを感じる。

本物の“バト・ロワ”。本物の殺し合い。私は…その中に、突如、投げ込まれたのだ。

 

「ヒッ…?」

 

私は小さく悲鳴を上げた。

全員が私を見ていた。いや、全員が“全員”を見ていた。

この中で誰かが自分を殺そうとするかもしれない…そんな目で。

互いの胸の内を探ろうとする視線からは、薄っすらとした敵意まで感じ取れた。

 

そして…そこで、私はモノクマが提示したルールの本当の恐ろしさを知った。

 

『誰かを殺した生徒だけがここから出られる』

 

その言葉は、私達の思考の奥深くに“恐ろしい考え”を植え付けていた。

『誰かが裏切るのでは?』という疑心暗鬼を…。

 

 

こうして、私の新たな学園生活は始まった。

でも、期待に胸を膨らませてやって来たこの学園は…“希望の学園”なんかじゃなかった。

 

ここは…“絶望の学園”だったのだ。

 

 

 

 

 

ようこそ絶望学園(完)

 

 

 

生き残りメンバー残り―――16人

 

 

 




ゲームでは、この後にOPが流れます。
私のイメージでは、もこっちはヘッドフォンを装着して、山田あたりと一緒に紹介されます。
主役のはずなのに、単独で紹介されないモブの鏡!

次回からようやく第一章に入ります。
構成は

自由時間①、②、前編、中編、後編

となりそうです。生暖かい目でよろしくお願いします。

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