私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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週刊少年ゼツボウマガジン 中編②

不二咲千尋。超高校級の”プログラマー”

希望ヶ峰学園の新入生。

私のクラスメイト。私の友達。私の親友。

 

親友―――

 

紛れもなきその事実に、その言葉に気恥ずかしさより先に、

まだしっくりとこない違和感を覚えるのは、

やはり、ちーちゃんが私にとって、あまりにも遠い存在だったからに他ならない。

 

私が彼女の存在を知ったのは、中学3年生の時だった。

舞園さんがアイドルの新星として、テレビに出始めた頃、

盾子ちゃんが注目のモデルとして、ギャル雑誌の表紙を飾り始めた同じ頃、

超高校級のみんなの才能が開花し始めたあの頃、

その中で誰よりも注目を集めたのが、

 

”天才IT少女”

 

と呼ばれたちーちゃんだった。

 

彼女の開発した自動応答システムに特化したプログラム言語は、

IT業界だけでなく、人間とロボットが共存する

近未来社会の実現への大きな1歩となったと世界中から絶賛された。

一躍、時の人となったちーちゃんは、テレビをはじめ、

あらゆるマスメディアから特集を組まれた。

彼女の顔を見ない日がないほど熱狂的に。

各テレビ局は、競うかのようにちーちゃんに番組の出演を依頼した。

真面目な番組からお笑いまで、

ジャンルを問わず様々な方向からオファーが舞い込んできたらしい。

だが、なぜかちーちゃんは、出演を全て拒否、

その他メディアへの露出も最小限に控えた。

その慎ましさが、ある種類の男達・・・わかりやすくいえば、

山田君のような奴らのハートに火をつけた。

所謂、オタクと呼ばれる男子達から、ちーちゃんは、

あの舞園さんや盾子ちゃん以上の支持を得たのだった。

恥ずかしながら、我が弟もちーちゃんの隠れファンだったようだ。

暇つぶしに、奴の部屋を捜査しようと、部屋に入った時に、

机の上にあったのはちーちゃんが表紙のIT専門誌。

ちーちゃん目当てに普段読みもしないIT専門誌など買ってきたようだ。

余談だが、この時期のIT専門誌の表紙は、全てちーちゃんで埋め尽くされていた。

ちーちゃんが表紙だった時の号は

前月号と比べて3倍以上売り上げが伸びるらしいので、この事態も頷ける。

ここで、この時期の彼女に対する心情をありのままに告白しよう。

どちらかといえば、苦手・・・いや、はっきり言えば、嫌いな存在だった。

同じ中学3年生にして、片や歴史に残る天才。片や凡人。

しかもその天才は、愛らしい容姿も天から与えられている。

完全な差別である。

嫉妬しないはずがないではないか。

このIT専門誌を台所に放置して、智貴を辱めてやろうと雑誌を手に取る。

表紙には表彰され、花束を貰い、嬉しそうに笑う不二崎千尋の顔があった。

その笑顔は、本当に嬉しそうだった。

そこには、可愛く魅せようとする女特有のあざとさはなく、ただ純粋な笑顔があった。

 

例えるなら、そう・・・それは”ひまわり”のような笑顔。

 

その笑顔を見ていると、醜い嫉妬心が消え、いつの間にか自分も微笑んでしまった。

そのことを今も強く覚えている。

遠い存在だった彼女と友達になり、あのひまわりのような笑顔がいつも傍にある。

それはまるで夢物語のような出来事で、

本当に全て夢なのでは?と不安になることがある。

遠くて近い存在。私のクラスメイト。私の友達。私の親友。

 

そんな彼女がこちらに向かって歩いてくる。

倉庫からもってきたらしい、スポーツバックを両手で持って少し重そうにしながら。

声をかけようとするが、何と言えばいいのか躊躇してしまう。

こんな時間にこんな場所に

まるで潜んでいるかのように立っている理由を聞かれたら、少々困る。

そんなことを考えている間に、ちーちゃんは私の目の前を通り過ぎて行った。

自分の存在感のなさに、額に汗が流れた。

まあ、夜時間を迎え、消灯した暗い中で、

柱の影の闇の中に、クラスメイトが潜んでいるなど、

ちーちゃんは想像すらしていないだろう。

決して、私が存在感がない・・・というのが主な理由ではないのだ!

 

去り行くちーちゃんの後ろ姿を見る。

身長は私と同じくらい。小さい背中と細い首を無防備に晒している。

 

もし・・・も、だ。

もし、ちーちゃんが何者かに殺害されて、ここで倒れていたらどうなるだろう。

犯人である”クロ”に関する情報はまるでなく、ただ死体だけが発見されたとしたら・・・?

そんな状況下では、推理してクロを論破することは不可能なのではないか。

桑田君が論破されのは、使用したトリックが、彼にしかできないものだったからだ。

トリックは諸刃の刃である。

成功すれば、容疑者から外れることができるが、失敗すれば、一気に追い込まれてしまうから。

だけど、クロに関する情報がなければ・・・一切なければどうなるだろう?

推理することはできないのではないだろうか。

 

苗木君も・・・あの霧切さんですら。

 

クロは・・・ただ、泣いていればいい。親友を殺されたと、ただ泣いて同情を引けばいい。

刑法37条に「緊急避難」というものがあるらしい。

通称”カルネアデスの板”

海難事故が起きたとき、一枚の板に対して2人の人間が掴もうとした時に、

その板が沈まないように、相手を突き放して、結果、その相手は水死した。

後に裁判にかけられたその被告は、

殺人の罪で裁判にかけられたが、罪に問われなかった。

 

今回の件も、それに該当するのではないだろうか・・・?

あのことが暴露されたら、私は(社会的)に死ぬ。

某動画サイトに私の音声を使用した大量のMAD動画が誕生するのは不可避。

一生ネットの晒し者となるだろう。

生きながら死ぬとはまさにこのことである。

それを防ぐためならば、許されるのではないだろうか?

クラスメイトのみんなを見捨てることも・・・親友をその手で・・・。

ちーちゃんのか細い首を凝視する。

その首を両の手で絞めるだけでいいのだ。

ただ3分だけでいい。カップラーメンの時間でいいのだ。

あの時の・・・舞園さんの目を思い出す。

まるで空から獲物を狙う猛禽類を連想させるあの目。

彼女もきっと、あの時、こんな気持ちだったのだろう。

私もきっと、今、あの時の舞園さんと同じ目をしているのだろう。

この状況は神が与えた贈り物にすら感じる。

そうだ・・・カルネアデスの板だ。全ては正当化できるのだ。

 

 

闇の中、ぬっと現れた2本の腕がちーちゃんに向かって伸びていく。

 

 

 

「きゃあ!?」

 

 

 

暗い廊下にちーちゃんの小さい悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・だーれだ?」

「・・・もう、びっくりさせないでよぉ、もこっち」

 

私はちーちゃんの顔を両手で覆った。

突然のことに悲鳴を上げたちーちゃんも、私の声に安心して振り返った。

 

「てへへ、ごめんごめん」

 

手を離し、とりあえず謝る。悪気はないが、驚かしてしまったことには変わりないだから。

そう、これでいいのだ。

当たり前じゃないか。

私はちーちゃんの親友だ。そんなことするはずないではないか。

 

 

 ”君は・・・不二咲さんは・・・私が守る―――ッ!!”

 

 

あの時、誓った言葉に嘘はない。

私には、そんな力はないけれど・・・だから、せめて、私の邪な心からちーちゃんを守りたい。

 

そうとも・・・!

 

ちーちゃんを殺すくらいなら、私が(社会的に)死んだ方がマシだ。

 

 

「ちーちゃん、こんな時間にどうしたの?」

 

自分の中のくだらない葛藤に終止符を打ち、とりあえずちーちゃんと話すことにした。

そもそもなぜ、ちーちゃんは、こんな時間にここにいるのだろう。

 

「う、うん・・・ちょっとね」

 

ちーちゃんは、返答を濁した。

彼女の両手に持っているスポーツバックから青いジャージのそでが飛び出ていた。

ちーちゃんは私の視線に気づくと、慌てて、ジャージをしまい、バックのチャックを閉めた。

 

「ゴメンよぉ・・・このことについては言えないんだ。”約束”だから」

 

「そ、そうなんだ。うん、気にしないで!」

 

申し訳なさそうにするちーちゃんに、私は手をフリながら気にしてないことをアピールする。

 

(そうか・・・誰かと待ち合わせしているのか・・・)

 

あの日から、ちーちゃんは少しずつ変わって行った。

いつも怯えて不安そうだった彼女の姿はなく、

その笑顔にはどこか強さのようなものを感じさせた。

 

 

 ”ボクは・・・強く、強くなりたいんだ”

 

 

その言葉を叶えるために、彼女は1歩ずつ前に進んでいるようだ。

私以外のクラスメイトとも打ち解け始めた。

きっと、仲良くなったクラスの誰かと待ち合わせをしているのだろう。

 

親友の成長を嬉しく思い、そして、少しだけ寂しい気持ちになった。

 

「もこっちこそ、ここで何をやってるのぉ?」

「う・・・」

 

逆にちーちゃんの方からストレートな質問がきた。

 

「な、なにか眠れなくて・・・ちょっとブラブラとしてた・・・かな?」

 

葉隠を殺そうと探し回ってました、なんていえるわけもなく、一部真実を述べることにした。

 

「明日の正午・・・だよね」

 

ちーちゃんの言葉に私は力なく頷く。

明日の正午、モノクマの奴にみんなの秘密が暴露される。

私も公開処刑されるのだ。

 

「ボク・・・話すから」

「え・・・?」

「ボク、モノクマが秘密を暴露する前に、自分で秘密を話すよ」

 

驚きちーちゃんを見る。

その綺麗な瞳には、揺るがぬ意志があった。

 

「みんなに話すんだ、ボクの秘密を・・・聞いて欲しいんだ、もこっちに」

「ちーちゃん・・・」

 

ちーちゃんは真っ直ぐな瞳で私を見ていた。

私はその瞳に釘付けとなった。

 

 

―――――ありがとう、もこっち。

 

 

ひまわりのような笑顔でちーちゃんは感謝を口にした。

 

「え・・・何が?」

 

その言葉に私はうろたえた。感謝されるようなことをした覚えはまるでない。

 

「ただ震えて泣くことしかできなかったボクを、変えてくれたのはもこっちだよ」

 

ちーちゃんは話し続ける。感謝の理由を。

 

「もこっちと出会えたから、ボクは前に向かって歩き出すことが出来たんだ。

希望を信じて、歩き出すことができたんだよ」

 

ちーちゃんは語り続ける。私を見つめながら。

 

「だからありがとね、もこっち」

 

 

  ボクと友達になってくれて、ありがとう。

  あの時・・・抱き締めてくれて、ありがとう。

 

 

「ボクは・・・僕は、変わるんだ。強くなりたい。

強くなって家族を守りたい。クラスのみんなを守りたい。大切な人を・・・守りたいんだ」

 

だからね・・・今度は―――――

 

 

 

        僕がもこっちを守るよ!!

    

 

 

「ち、ちーちゃん・・・!」

 

胸にジーンときた。

男の子に言われたら恋に落ちてしまいそうになるほどに。

その言葉は、ちーちゃんの友情は、私の心に響いた。

うう・・・ありがとう、ちーちゃん。

ほんの0.00000000000001%でも君に対して殺意を抱いた私を許しておくれ~~。

 

「もこっち・・・明日、秘密を話したら、本当の僕と・・・」

 

ちーちゃんは、言葉を止め、そして笑った。

 

 

 

「ううん、明日!また明日ね!」

 

 

 

元気よく、手を振り、2Fへの階段を上がっていく彼女を手を振り、見送る。

 

明日、私の運命が決まる。

あの音声は、モノクマの手により、世界中に拡散され、

さらにこの建物で24時間放送され続けるだろう。

明日、私は、超高校級の”喪女”から超高校級の”変態”となるだろう。

 

ちーちゃん、こんなどうしようもない私ですが、どうか・・・

 

 

         友達のままでいて下さい・・・。

    

    

 

この時の私は、明日に絶望して、自分のことに精一杯で、

ほんの少しもちーちゃんのことを考えることができなかった。

この時のことを何度も思い出す。何度も、何度も。

どうして・・・どうして、

私は、呼び止めることができなかったんだろう・・・どうして・・・うう、どうして!

あの時、私はあまりにも明日に絶望していて、

ちーちゃんの笑顔があまりにも綺麗で、あのひまわりのような笑顔に逆に励まされてしまって。

だから・・・声をかけることなんてできなかった。

 

私達に明日なんてなかったんだ・・・

 

 

          私に・・・希望なんてなかったんだ。

       

       

      

 




最後まで希望を抱き・・・運命の刻、近づく。


【あとがき】

次話から・・・です。

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