私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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イマワノキワ セレスティア・ルーデンベルク 後編

 

ええ、違いますわ、そうじゃないでしょ?

貴方も…わたくしも。

そんな人間ではありませんわ。

そんな風に…無邪気に無警戒に…

笑ってしまうような人間ではないはずじゃないですか。

感情なんてただの道具です。

わたくしにとっては戦術の一つに過ぎない。

敵が油断してくれるならいくらでも笑いましょう。

過信を引き出せるならいくらでも怯え泣き喚いて差し上げますわ。

私にとってそれは武器です。

そうやってわたくしは生き延びてきたから…

だから自然の感情なんて愚の骨頂ですわ。

自らの状態を相手に伝えるなんて…それこそ殺してくれ、そう言っているのと同じです。

それは貴方にとっても同じはずですわ。

軍人の貴方は…

わたくしと違って不器用な貴方は、敵に感情を、自分の心を読ませないため、それを殺した。

そうやって貴方は頂点にたどり着いたはずですわ。

だからダメじゃないですか、戦刃さん。

そんな風に…無邪気に無警戒に…

笑ってしまうなんていけませんわ。

隙だらけじゃないですか。

今ならわたくしですら殺せそうですわ。

孤高の軍人の貴方が…

教室でも研ぎすまされた刃のように目を光らせていた貴方が…

そんな風に笑ってしまうなんて…

それはきっと貴方にとってそういう出会いだったのでしょう。

名前も知らないその方との出会いが…

貴方をそんな風に変えてしまうような…そんな出会いだったのでしょうね。

ズルいですわ、戦刃さん。

わたくしの前で、そんな風に笑うなんて。

 

歩を進め教室に向かいながら思う。

もしかしたらそんな時期なのかもしれない。

高校生活の始まりとは、そういうものなのかもしれない。

あの戦刃むくろを変えてしまう…そんな出会いがあるような。

 

それはもしかしたら、わたくしにも…

 

教室に入り、自分の席に座り、隣の席の現実を目の当たりにして小さく溜め息をつく。

 

「ぶぅ…」

 

(ブゥ)!?」

 

隣に座る超高校級の”同人作家”山田一二三君が素っ頓狂な奇声を上げた。

 

「いきなりなんですか、山田君。そんな声を上げて驚きますわ」

「それはこっちのセリフですぞ!一体何なのですか、アンタは!?」

 

そう言って山田君は逆にわたくしを問い詰めました。

本当に何を言っているのでしょう、この〇〇は?

暑さで頭がおかしくなってしまったのでしょうか?

 

「ア、アンタ、今、明らかに溜め息に見せかけて豚の鳴き声をしましたね」

「はい?何を言っているのですか?たまたま溜め息に濁音が混じっただけですわ」

「溜め息にたまたま濁音が混じることなんてことは人体の構造上ありえねーんだよ!」

 

私の弁明に山田君は聞く耳をもってくれません。

人によって人体の構造上ありえるかもしれないじゃないですか。

なぜ可能性を追求しないのでしょう。

 

「いつもいつも僕を馬鹿にしやがって!覚えておけよ!」

 

わけのわからないことを叫びながら山田君は教室を出ていきました。

本当に何なのでしょうか、彼は。

あれでは難癖をつけて無理やりわたくしと話す機会を作ろうと目論んでいたとしか思えません。

もちろん、それが真実なのでしょうけど。

わたくしのような美少女が隣に座っていたら殿方としては放っておけるはずはありません。

彼のように何としてもわたくしに話しかけようとするに決まっています。

まったく罪な女ですわ。

ですが、山田君が抱えている問題はそんな単純なものではないのでしょう。

彼も一応は超高校級の才能を持つもの。

だからこそなのでしょう。

わたくしという超高校級…いえ、それをはるかに超越したまさに完璧な存在を前にして山田君はコンプレックスを抱いてしまったのでしょう。

決して報われることはないわたくしに対する憧れや恋慕はいつしか嫉妬と憎悪に変わり、日々劣等感に苛まわていたのです。

そしてそれは無意識の被害者意識を生み、わたくしのなにげない所作全てを攻撃されていると錯覚するに至った…ということでしょう。

本当は差別などされていなのに…本人はそれに気づくことはない。

全ては無意識なのだから。

 

無意識とは本当に厄介なものですわ。

 

 

「まったく…少しは人類に近づいてくださいね」

 

 

わたくしは頬杖をつき本当の溜め息をつきました。

なぜわたくしはこんな席になってしまったのでしょう。

隣の山田君とは口を開けば喧嘩ばかり。

あの方とは仲良くなるなんて…まして友達になるなんて永遠にないでしょう。

戦刃さんの笑顔を脳裏を過る。

 

もし巡り合わせが違っていたら…あの方の隣の席だったら、どうなっていたのでしょうか?

 

視線の先で笑う彼を見る。

舞園さん達と楽しそうに話している苗木君を見つめる。

初めて彼に会った時…その輝くようなオーラを見た時からずっと気になっていた。

史上初のBランクになる存在かもしれないと、そう直観しました。

もし隣の席になり、彼がどうしても、と懇願するならわたくしの”ナイト”に加えることも検討して差し上げました。

ですが…結局なんの接点もないまま現在に至り、わたくしは彼を眺めているばかり。

 

(なんですか、これではまるでわたくしが恋する乙女じゃないですか!)

 

心の中で自分で自分にツッコミを入れ、苦笑する。

 

(そう言えば、あの頃はいつもこんな風に苗木君を見ていたような気がします)

 

この光景がやたら懐かしく感じた。

わたくしは…何を言っているのでしょうか?

まだ高校生活は始まったばかりだというのに。

何を懐かしんでいるのでしょう?

始まったばかりじゃないですか。

わたくしたちの青春はまだ始まったばかりじゃありませんか。

 

視界の先に一人の生徒が目に留まる。

誰よりも明るく笑う彼女に向けてわたくしは心の中で銃口を向けた。

超高校級の”ギャル”江ノ島盾子さんに向けてわたくしは引き金を引きました。

 

(…嘘つき)

 

ずっとどこか違和感を感じていました。

わたしの超高校級の第六感が何かを感じていました。

ようやくわかりましたわ。

あなたのお姉さんを…今日、戦刃むくろさんを見てようやく確信が持てました。

江ノ島さん…貴方、嘘つきですわ。それも超高校級の。

 

教室の中心で満面の笑みを浮かべる彼女が…

誰よりも光り輝く彼女の笑顔が…

同じ顔を持つ双子の姉が友との語らいで気が緩み、ふと漏れた本当の笑顔に比べたら…

 

その笑顔がいかに取り繕ったものか、よくわかる。

同じ外見でもその本質はまるで違うものだから。

 

(危うく騙されるところでしたわ)

 

今までの違和感の解決。

自身の超高校級の直観と洞察力にわたくしは満足しました。

 

(…そう…である…ならば)

 

そして作り笑顔を続ける江ノ島さんに

 

(彼女は…江ノ島さんは…)

 

視線を戻した直後…

 

 

今まで一度も本当の笑顔を見せたことがない…?

 

 

その影に潜むもう一つの真実に気づきました。

 

(ありえますの…?そんなことが)

 

背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

いくらわたくしでも数ヵ月も作り笑顔を続けることなどできない。

ふとした瞬間、必ず綻びが生まれてしまうから。

それはあの超高校級の”アイドル”である舞園さやかさんでさえ同じであろう。

数ヵ月の間…ずっと作り笑顔を続けるなんて…本当の笑顔を見せないなんて。

ありえない、そんなことは絶対に。

大きく息を吸い、呼吸を整える。

 

(杞憂ですわ。何を焦っているのでしょうか、わたくしは)

 

わたくしがたまたま見ていないだけで他の誰かには本当の笑顔を見せているかもしれないじゃないですか。

舞園さんが時折、苗木君だけにみせるように。

江ノ島さんの本当の才能が”ギャル”ではなく”俳優”である可能性は?

超高校級の才能ならばそれこそ数ヵ月でも演技し続けれるでしょう。

周囲との関係でそうせざるを得なかったのかもしれない。

彼女には彼女の事情があるのだ。

あの天下の江ノ島盾子が実は人の目を気にして

作り笑顔を続けている、なんて逆にカワイイじゃありませんか。

何も気味悪がることはありませんわ。

それに…もし本当に笑えないならば…いつか笑える日がきますわ。

戦刃さんがそうであったように、きっと。

そういう時期じゃないですか。

高校生活の始まりはきっとそんな希望に溢れた刻じゃないですか。

 

(わたくしたちの青春は始まったば)

 

刹那、江ノ島さんとふと目が合った…

 

 

その瞬間―――

 

 

 

現実には存在しえない巨大な怪物に半身を嚙み砕かれた―――

 

 

 

…それがわたくしが見た幻影(ビジョン)

あの刹那、わたくしの第六感が可視化したプレッシャーだった。

 

「ヒュウヒュウ、ハァハァ」

 

息が上手くできない。過呼吸?このわたくしが…?

 

「ハァ、ヒュウ、ハァ、ハァ」

 

教室の風景はいつもと同じだった。

江ノ島さんは苗木君達と楽しそうに笑っていた。

 

「ハァ、ハァ、ヒュウ、ハァハァ」

 

全身の毛穴から汗が流れ出す。

暑さのせいではない。冷たい、嫌な汗だ。

 

「ヒュウ、ハァ、ハァ、ハァ」

 

狂った資産家と生き血を賭けたギャンブルでさえ…

エジプトで魂をコインに賭けた時でさえ…

 

こんなプレッシャーは感じたことはなかった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 

生存の可能性がミリ単位も存在しないレベルの即死の幻影(ビジョン)なんて…

 

このありふれた高校の日常の中で…

 

(わ、わたくしは…)

 

 

 

わたくしは”ナニ”を見た―――ッ!?

 

 

 

「ど、どうしたのですか、セレス殿!?」

 

山田君が席に戻ってきたようです。

わたくしの異変に気付いた山田君は慌てて声をかけてくれました。

 

「ヒュウ、ハァ、ハァ、や、山田君…」

「そんなに息を乱して一体何が…あッ!」

 

言葉ではわたくしを気遣いながら、彼の顔はどこかニヤけていました。

 

 

「アレですか!?おめでたですか!?一体誰の!?もしかしてぼ―――」

「オラァアアアア―――ッ!!」

 

 

”世界を獲れる右”を山田君の脇腹に突き刺す。

ゆっくり倒れていく山田君の体がぼやけ、辺りを炎が包み込む。

 

(熱い…ですわ)

 

灼熱と共に…わたくしの意識は現実に帰還しました。

 

(何ですの…あの記憶は?)

 

夢ではない。

あの教室での体験は夢などでは決してない!

山田君の笑顔…決して仲良くなるはずがないと思っていた彼と

ぶつかりながらも少しづつ打ち解けていった思い出は今、確かにわたくしの中にある。

クラスの皆さんとの思い出が、まるで堰を切ったように溢れ出す。

 

(どうして…わたくしは忘れてしまっていたのですか?どうして…)

 

直後、その視線に気づき顔を向ける。

視線の先にはモノクマが笑っていた。

 

炎の中でわたくしを嘲り笑う怪物と目が合う。

 

 

   ”失われた記憶”

        

                  ”最高の二年間” 

         

     ”なぜ忘れて…?”

        

 

     ”人類史上最大最悪の絶望的事件の後に”

         

       

”わたくし達はこの学園に…”         

   

      ”戦刃むくろ”   

             

                 ”彼女はどこに…”

             

        ”あの方の笑顔…どこかで… 

 

  ”双子の姉”

             

                      ”まさか…”

 

         ”同じ顔で”

 

   ”入れ替わって…”

 

                  ”じゃあ死んだのは”

 

    ”モノクマは…黒幕の正体は…” 

 

        

                                 

               ”違う笑顔”

    

     

 

 

 

              

                          

超高校級の”絶望”は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あの(”江ノ島盾子”)かッ!!

 

 

 

入れ替わっていたのだ…!

江ノ島盾子と戦刃むくろは入れ替わっていた。

瓜二つの姉妹だから。

最初から入れ替わっていたんだ!

希望ヶ峰学園に立てこもった直後にアイツらに襲われて…

変なカプセルに入れられて…

クソ!これ以上は思い出せない!

アレで記憶を消された…?

じゃあ、外の世界に希望はもう…

 

全ての記憶が戻った。

わたくし達はあの”人類史上最大最悪の絶望的事件”の後、

この希望ヶ峰学園に立てこもったのだ。

人類の最後の希望として。

だから…外からの絶望の侵入に備えて自ら出口を塞いだ。

 

(ウフ、ウフフ、フフフフ、アハハハハ!)

 

なんて滑稽なことでしょう!

自分達で塞いだ出口から出るためにコロシアイをしていた…なんて。

絶望しかない外に出るために、山田君と石丸君を殺し…た。

 

ウフフ…なんて滑稽なのでしょう。なんて間抜けな道化で…

 

ふざけろあのクソ女!よくも!よくもわたくしを謀りやがったな!

嘲り…嗤いやがって!

畜生!畜生!ふざけるな!クソ野郎!

 

 

 

ちく…しょう・・・・・・・・・

 

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・伝え…なければ。

 

 

皆さんに…伝えなければ。

皆さん!騙されてはいけません!

これは江ノ島盾子の…超高校級の”絶望”の罠です!

外の世界に希望なんてありません!

愚かなわたくしのように騙されないでください!

 

 

 

(…そう叫べるキャラなら…よかったですわね)

 

敗者は黙って舞台から去る。

 

それがギャンブラーを志してから今に至るまでの信念。

その誇りを胸に数多の敗者達の背中を見送ってきた。

自分の番となり、たとえ如何なる理由があろうとその信念を覆ることは許されない。

超高校級の”ギャンブラー”の誇りに賭けて。

 

モノクマの視線を…嘲り嗤う江ノ島盾子の視線を感じる。

あのクソ女はわたくしが信念故に皆さんに真実を伝えないことを見切っているのだ。

その上でわたくしの心を嘲り嗤っている。

わたくしの信念も覚悟もその全てを…

クソ野郎が!ふざけんな!ぶっ殺してやる!

八つ裂きにして、滅茶苦茶のメチャクチャにして…やり…ますわ。

 

(…くやしい…ですわ)

 

all or nothing

 

全てか無か。

それがギャンブルの鉄則とはいえど、これはない。

こんなものはギャンブルであろうはずはない。

それでも…自分はもう舞台から降りるしかないのだ。

 

絶望が全身を覆いその身を締め付けようとした…その時、

 

 

ふと目が合い、くすりと笑ってしまった。

 

 

涙を拭い、顔を上げ、強い眼差しで自分を見つめる悪友の姿に思わず頬が緩んでしまった。

 

(少しはマシになったじゃないですか。この勝負の”鍵”を握るのは本当に貴方かもしれませんわ)

 

サイレンの音が近づいてきた。

舞台から降りる刻がきた。

 

舞台を降りた後は…そうですね、

今度は観客として希望のエンディングを信じて見守るのも悪くないかもしれません。

 

 

 

 

ねえ、そうでしょ…?黒木さん。

 

 

 

  

 

 




【あとがき】
今回の話はガリガリ君コーラ味様から挿絵を頂いたことがきっかけで書くことができました。
ガリガリ君コーラ味様の超高校級の”挿絵”はあらすじに貼ってありますので、是非ご覧ください!

超高校級の”挿絵”は今後も永年募集します。
個人的には超高校級の”展覧会”をしたいと思っています。
そんな遊びに付き合ってくれる方をいつまでもお待ちしています。


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