「志希、失踪したそうよ」
昼下がりのオフィス。フレデリカさんや城ケ崎さん達と食事に出ていた奏と加蓮は、何やら小さな紙をもって戻ってきた。
口に出すのは、いつも通りの失踪者名で。
「またか」
私はそっか、またかーなどと週一回ぐらいの報告と化したそれを聞く。最初の頃は社を上げて捜索したり、警察を呼ぶか何とかで大騒動になったものだ。もう、今は昔のこと。すでに慣れ切った私たちは少しの苦笑いでその事実を受け止める。
「そう、また。担当さんの手元には一枚の地図が送られてきたってフレちゃんが言ってたのだけど……」
「地図、なんだと思う。……たぶん」
と二人とも困惑顔。
「そんな変な地図なのか?」
尋ねると、それがこれなのよ、と奏は見せてくれる。だが、それは
「……地図?」
なにやら曼荼羅のような、幾何学的な紋様が一面に書かれた紙だった。確かに、これは地図かどうかも判別ができない。
「これ、ほんとに地図なの? え、なんか変な物質の構造式とかじゃないの?」
「書き置きに『この地図を解明してお宝を手に入れるのだ。にゃはは』って書いてあったそうだから。しかも、それを担当さん、一瞬で解いて走っていったって」
「アイツ、マジか」
一ノ瀬さん、フレデリカさんの担当である同期を思い出す。
最初はあまり目立たない、大人しい奴だと思っていたのに。一ノ瀬さんの担当になって以来、どんどんと人間離れしていった彼。先日のヘリコプター騒動の後、土産だと言って巨大なマグロの頭を送りつけてきた時には愕然としたものである。
ただ、浅利さんの手を借りて漬け丼としたそれは旨く、加蓮と奏にも好評だったことには感謝する。浅利さん曰く『最高級のクロマグロ』。一体全体どこで何をしてきたのやら。
「Pさんはどう? 解ける?」
と奏に聞かれ、あいつに解けるなら、私にだって、と数分くらい悩んでみるが。
「……わからん」
ギブアップ。無理だ。
「私も試してみたんだけどね、まったくわからなかった……」
と知恵熱出していそうな加蓮は疲れたようにジュースでのどを潤していた。
「どうも、図と文字で構成されている、ていうのは確からしいのだけど」
「文、字?」
え、どこが文字なんだ、この摩訶不思議アドベンチャーの。
「さすがは一ノ瀬博士。見てる世界が違う」
「それについていってる、あちらのPさんも大概変わってるわね」
ほんと、あの暴走娘のところは毎日楽しそうだな、と地図を放り投げる。まあ、しばらくすればあいつがとっ捕まえて戻ってくるだろう。最近は捕獲時間のタイムトライアルと化している。最短時間は現在1時間。そろそろ大台を超えるころだろう。
「失踪してからどのぐらいたった?」
「そうね、ちょうど50分ほど」
じゃあ、そろそろかな。と思ったころ、下の方から『にゃー!?』と一ノ瀬さんの嬉しそうな叫び声が聞こえた。
「新記録更新だな」
と密かにメモを取る。思った以上に早かった。
「ほんとに私たちのプロデューサーはPさんでよかったよ」
ため息を交えながら加蓮が普段ならばうれしく思うことを言ってくれる。だが、文脈を読むとあまり褒められてない気がするのはなぜだろうか。
「誉め言葉よ、一応」
「やっぱり一応かー」
どたどたと騒がしい喧騒を聞きながら、私は茶をすする。うん、今日もお茶がうまい。
地図と言えば。
「そういえば、昔、宝の地図にあこがれたことがあったな」
「それって何年前の話なの」
失礼な、少なくとも何十年前と言ってくれ。
というものの、どうも二人には信じてもらえないようだ。そんなに子どもか、私は。
「Pさんなら、今でもそういうの探してそうだもん」
「……否定はしない」
先日、鷺沢古書店で古めかしい地図を見つけたときはテンションが上がったものだ。その地図が指し示す場所も判然とはしなかったが。白坂さんが怪しげな反応を示していたが、大丈夫だったのだろうか、あれ。
「ほんと、男の子ってそういうの好きよね。暗号にミステリー、宝の山」
「いや、奏だって想像してみたらいいんだ。きっと楽しいぞ。海賊に宝を守る番人、冒険の旅!」
「奏の場合は……女盗賊とかどう? ビジュアルは最高にはまりそうだけど」
「そこまで要領よくないわよ、私は。宝を奪っても、すぐ取り返されちゃいそう。そういう加蓮は囚われのお姫様かしら?」
「うーん、そういうシチュエーションなら、私も冒険家の方に回りたいんだけどなー」
そうやって楽しそうに二人は想像を巡らせる。奏の盗賊も、加蓮の姫もどれもきっと似合うし、それが逆でも当然、魅力的だ。
ただ、私としては……
「じゃあ、二人がナビゲーターで、私が冒険家とか」
そういうワクワクは自分でもやってみたいものだ。ただ、そう言うと二人はちょっとにやりと一笑い。
「いいの? 罠のあるほうに誘導しちゃうわよ」
「うーん、Pさん相手だと、そういうことしたくなっちゃうかも」
「……二人ともずっと隣にいてください」
その絵を想像すると寒気が走った。せめて目の届くところにいてもらったほうが安心だ。主に私の身の安全が。
と、
「二人ともどうしたんだ?」
なぜか二人とも後ろを向き、心なし耳が赤いような……。
「なんでもないわ」
「いや、でも」
「ほんと、いつか刺されちゃうんだからね」
「なんで!?」
いや、変なこと言った自覚はあるが。そこまで言われなくても……。
などと落ち込んでいると、そういえば、と思い出したことがあった。
「あれはどこだったかな、っと。あった」
「Pさん?」
私は机の中を探して奥からファイルをとりだす。一番下の棚、その一番奥。ずっとそこにしまい込んでいたその背表紙は私が入社したときの日付だ。
「懐かしいな、これ」
中に封じられている古ぼけたA4紙には、奇妙な文字と、地図が書いてある。
「あら、これ事務所の見取り図ね」
「正解。これ、入社式の後の歓迎会で配られたんだ。いつか、この地図を解いてみたら面白いものが見れるってね。先輩から」
「へー、先輩って?」
「神谷さんのプロデューサー」
「なるほど。Pさんに劣らずロマンが大好きだもんね。それで、Pさんは解けたの?」
加蓮は答えが分かったように、ちょっと苦笑い。当然、私の答えは決まっている。
「それがなあ。しばらく頑張ってみたけれど、その後は忙しくなってしまって」
「あらら、それじゃあ謎のままなんだ」
もう、だいぶ昔のことになってしまった。地図はちょっと茶けて古びてしまったけれど、未だ形と文字は残っている。今から解いても、きっと、遅くはないだろう。
私は精一杯に恰好をつけて、二人にそれを差し出した。
「さて、可愛い探検家さん達は、この謎を解けるかな?」
「あら、それじゃあPさんはゲームマスターね。でも、私たちが解いても良いの? Pさんの問題だったのに」
「教えられたのは、アイドルとプロデューサーは一心同体だってこと。じゃあ、みんなで解いても私が解くのと同じじゃないかなってね」
「それじゃあ、Pさんの自慢のアイドルが知恵を出してみるとしましょうか」
「そうね。Pさんの宿題を解いてあげましょう」
「なんか、そう言うと宿題やり残した子供みたいなんだけど」
奏はクールな中に隠し切れない楽しさを。加蓮は本当に面白そうに。
地図を手に取り、ああでもないこうでもないと。
私はそんな様子を見ながら、さて、地図の先にはどんな宝が待っているのかなどとまだ見ぬ冒険に夢踊らせる、はずだったのだが……。
「「解けたよ」わよ」
「早くない!?」
どうやら、ウチの冒険者たちはとんでもなく優秀だったようだ。私のロマン思考はあっけなく終わり。謎解き所要五分の時間を解いた私たちは宝の隠し場所へと向かうのだった。
モノクロームリリィとロマン
クールアイドルであり、かっこいいお仕事をしていたり、豊富な知識をもっている二人。けれど、その心の奥は茶目っ気たっぷりですし、ロマンチックなシチュエーションにあこがれる少女らしさもしっかりとあります。
冒険を求めるというのは、男の子が多いかもしれませんが、二人も結構ノリノリに付き合ってくれるかもしれませんね。そんな冒険を一度はしてみたいものです。
さて、10話。全体の期間の1/3となりました!! 皆様のお気に入り登録、評価、そして温かい感想、本当にありがとうございます。
加蓮のPさんも、奏のPさんも、今年は勢いがありますね。これなら二人そろっての上位入賞、そしてシンデレラガールへの道も開けるかもしれません。
それでは明日も、奏と加蓮に清き一票をお願いします!!!