4月20日。私はテレビ局との交渉をまとめて事務所へと帰る途中であった。めっきり暑くなった春の午後。汗を拭き、上着は片手に抱えて。今日は服を間違えたかもしれない。
そうして、暑い暑いといいながら歩き、不意に足を止める。あと十分ほど歩けば事務所。だが、そこにある郵便局の前に見知った顔が見えたからだ。それも、
「神谷さん?」
加蓮と同じトライアドプリムスの神谷奈緒さん。そのふんわりとした髪が行ったり来たり、郵便局、いや、ポストの前をぐるぐるとしていた。
何やら腕に抱えものをして、どこかそわそわとしている。
何かあったのだろうか。
その様子が少し心配になり、声をかけることにする。だが、少しの駆け足で向かおうとすると、彼女の視線に入る手前で腕が引かれた。
「!?」
「しーっ!!」
すっかり混乱してしまい、私はあわてて声を上げようとする。だが、今度はやわらかく、ひんやりとした手で口をふさがれる。思わず、スパイ映画のような展開だ、などと頭の奥でそんな馬鹿な考えがよぎる。だが、引きづりこまれた物影で私はいつもの声を耳元で聞いて、途端に混乱は収まった。
「大丈夫、大丈夫、私だから」
「加蓮!? なにやってるんだ!?」
物陰から手を伸ばしていた加蓮はウィンクをし、かわいらしく口の前で指一本。その小さな頭の向こうには、どこか申し訳なさそうに頭を下げる渋谷凛さんもいた。
いつもはザ・クールなのに珍しく困り顔のへの字眉。
「渋谷さんまで、何やってんの……」
「あーごめんね、プロデューサーさん。特に変なことをしているわけじゃないんだけど」
物陰に隠れてストーキングしているのが変な事じゃなければ何なのだろうか。
説明しづらそうに頬をかく渋谷さんを見かねて、加蓮に説明を促す。すると、加蓮は目をたのしそうにきらきらと輝かせながら私の両手をつかんで言うのだ。
「Pさんも協力して! 奈緒の一生に一度の大勝負なんだから!!」
「せめてもっと具体的に頼む」
その勢いに気圧されながら話を聞くところによると、神谷さんは担当プロデューサーへの日頃の感謝を込めて手紙を書いたそうだ。で、それを今日までに投函すると、郵便局で特別な判を押してくれるそうで。
「一年に一回、今日だけの特別のハンコでね、恋が叶うとか言われてるんだ♪」
と楽し気な加蓮。SNS上で大いに話題になっているとか。……うまい事盛り上げたな、郵便局。
手紙が珍しくなった現代。いろいろと付加価値を模索中なのだろう。
「え、じゃあ、なに、神谷さん告白するの?」
一個人としては喜ばしいし、先輩の慶事なら応援してあげたいが、立場もある。
「あ、それは違うよ。内容は普通に感謝の手紙」
と補足してくれる渋谷さんに一安心。
「それなら普通に投函すればいいんじゃないか?」
「もー、わかってないよ、Pさんは。そういうことにも緊張しちゃうのが奈緒のかわいいところじゃない」
本当に楽しそうだね、加蓮。
そんな彼女が浮かべるのは、見惚れるくらい満面の笑顔。だが、その顔で日頃からかわれている私は、俄然神谷さんの応援をしたくなってきた。
ただ、加蓮達の存在を知らせるとなると、がっちりと腕をつかまれているので大声で呼ぶくらいしかないが、そんなことをするほど無粋じゃない。
結局、私は彼女たちとともに神谷さんを見守る道を選んでしまうのだった。そうして一分、二分どころか……。
「あ、また戻ってく」
「だめだめ! そっちに行っちゃ……!! あ、良かった戻ってきた」
「ふぅ……」
初めてのお使いか!!
ハラハラドキドキと神谷さんを見守る二人へ、心の中で大きくツッコミを入れる。にしてもあれだね、渋谷さんも加蓮側なんだね、やっぱり。
「あ、うん。ああしてる奈緒かわいいし」
と涼しい顔で渋谷さん。加蓮との縁でいろいろと仕事を共にしているが、こうした面を見るのは珍しい。仕事の場面ではお茶目さは少なめだし。
ただ、こうしている様子を見ると、先輩の『あの子はかなり可愛いぞ?』という評価もよくわかる。
「すごいな、もう十分くらいたつ」
神谷さんの往復回数も相当な回数となっている。その時間、ずっと動き回ってる神谷さんも大変だろうが、ずっと見守っている私たちもかなり汗をかいてきた。
「……これ、日よけに使って」
加蓮にスーツの上着を渡す。女の子二人くらいなら十分に隠せるだろう。あまり長い時間、日差しにあたっていないほうがいい。
「あ、うん、ありがと……」
「どういたしまして」
にしても、どれくらい時間かかるのだろうか。
「手紙書くのもすごい時間かかったからね」
「執筆中も付きっ切り?」
さすがにそれはちょっと引く。
私の目線が訴えていたのか、加蓮はちょっと慌てて手を振り否定する。
「そんなことはしていないよ! 一ヵ月くらい前からせっついていたんだけど。……書きあがったのは昨日」
長い。
「神谷さん、ほんと恥ずかしがり屋なんだな」
「「そこがいいんじゃない」」
「……そうだね」
先輩ともしょっちゅう何でもないことでツンデレ気味の喧嘩を繰り広げているそうだし。ただ、そんなところも彼女の魅力なのだろう。純情で真摯な姿勢はファンの心をつかんで離さない。
「あ!!」
と、渋谷さんが大きな声。慌てて神谷さんに視点を戻すと彼女はポストから少し離れたところで何度も深呼吸。
うおおおお!
なんて言いそうな勢いでポストへ向かうと、最後の一瞬、けっこうためらって、抱えていた手紙をポストへと放り込んだ。
「やった!」
私は思わず、ガッツポーズ。と、私の横を通って、加蓮が一直線に神谷さんへ向かっていく。そのままタックルするように抱きついて、彼女の髪をわしゃわしゃと撫でながら、
『やったね、奈緒! がんばったねー!!』
なんて、こちらまで聞こえる声でほめたたえている。
一方の神谷さんは、顔を真っ赤にしながら、
『やっぱり見てたんだなー!? またやられたー!!』
なんてパニックを起こしていた。けど、言葉とは裏腹に、その顔は嬉しそうで。
「加蓮ね、奈緒のこと本当に応援してたから」
「渋谷さん」
「奈緒が書くのやめようとするたびに励ましたり、今日も、楽しんでるように見えて、まあ、楽しんでもいたんだろうけど、心配してたんだ」
「加蓮は優しいからね」
「……やっぱり、プロデューサーさんも気づいてたんだ」
「そりゃプロデューサーですから」
いつもより手がひんやりしていた。
時々、人との距離感に悩むことはあっても、仲間と友達を誰よりも大切に思っている。それが北条加蓮という優しい女の子だ。
「ふふ、いつもプロデューサーさんがからかわれているところしか見てないけど、加蓮とプロデューサーさんもいいコンビだね」
「失敬な」
渋谷さんの認識でも私はからかわれ要員だったとは。誰か、クールな大人としてみてくれる人はいないのだろうか。
「加蓮、からかうの本当に楽しそうなんだから」
笑いながら言う渋谷さん。それを受け入れるのは中々納得いかないものではあるが。
加蓮が楽しんでいるのなら、仕方ないか。
あちらで可愛がられている神谷さんと、じゃれついている加蓮のもとへ渋谷さんも向かう。それにやっぱり驚く神谷さん。そんな、仲の良い友人たちの姿を見ながら、私は心が温かくなるのを感じた。
あの景色を見れたのなら、すこし暑い思いをしたのも悪くない。
帰り道。私と加蓮は二人と分かれ、事務所への短い距離を散歩していた。日が陰ってきて、少し涼しい風が流れてくる。
「今日はありがと、付き合ってくれて。ほら、奈緒、担当さんと仲がいいじゃない。話も合うし、すごい信頼してる。だから、改めてお礼言いたいけど、口でいうのが恥ずかしかったらしいから」
「このくらいお安い御用だよ。それより、ちょっと暑かったけど体調は大丈夫か?」
「うん! ぜーんぜん平気だよ。Pさんのスーツのおかげかな?」
そう言ってくれるとありがたい。そう笑いあって。少しの楽しい時間を過ごす。
たった10分ほどの散歩道。少しの時間でもう事務所が目の前だ。
「ねえ、Pさんも手紙とかもらったら嬉しかったり?」
「そりゃあ、ね。中身にもよるけど」
答えると、加蓮ははにかみながら、
「じゃあ、はい、これ」
手渡されたのは可愛らしい柄の便箋。不意打ちに、私は少し受け取るのが遅れる。
「そういう顔が見たいから、からかっちゃうの! あ、これラブレターとかじゃないから、安心して。それとも残念だった? ……奈緒と同じで、いつもお世話になってるPさんへ」
中身は恥ずかしいから後で見てね、とにっこりと笑う加蓮に思わず頬が赤くなるのを感じる。
「……なんか、最近みんなから色んなものをもらってばかりだな」
しみじみと言葉を紡ぐ。
「けど、私も奏も、Pさんから色々なものをもらっているから、おあいこだよ」
だったら、
「それじゃあ、また、お返しもらえるように頑張らないと、かな?」
「じゃあ、今度は何あげようかな、考えとくね!!」
君たちの活躍している姿だけで十分だよ、なんて、気障な言葉は少し気恥ずかしくて言えなかった。
北条加蓮と友人
デレステのコミュだと度々衝突したり、すれ違ったり、少し人づきあいが苦手な加蓮。けれど加蓮ほど友人を大切にしている子もいないと思うのです。
本音を言ってしまえるほど信頼しているから、ぶつかり合うこともあるのでしょう。
加蓮がこれからも仲間と楽しく仕事ができますように、私ももっと応援していきたいです。
それでは、明日も奏と加蓮に投票をお願いいたします。